No.689841

AC4 -Stardust Sunrise- #0

今更感溢れるAC4シリーズの小説です。
AC4とfaの間のお話。
見苦しい点も多々ありますが、楽しんでもらえれば幸いです。

最近のACは初めの試験が無いので、少し寂しい。

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2014-05-28 01:12:31 投稿 / 全31ページ    総閲覧数:747   閲覧ユーザー数:740

 

 

 

『それでは、作戦の説明をしよう。

今回のミッションは君たちリンクス候補生の実戦テストだ。

標的は旧GAEのハイダ工廠跡を不法占拠している武装集団、これを全て排除してもらう。

GA(グローバル・アーマメンツ)再建の一手として、まだ有効活用できるこの軍事施設を復興させるための露払いをしてもらうのが君たちの初仕事だ。

敵戦力は通常兵器とMT、ノーマル数十機と思われる。

多少規模の大きい勢力だがネクストを操る君たちならば、余程のことがない限り大丈夫だろう。

このミッションが成功すれば君たちはナンバーを与えられ、カラード所属の正式なリンクスとなる。

しかし、失敗すれば死ぬ可能性もあるミッションだ。

決して気を抜かないよう心掛けてくれ。

また君たちも知っての通り、今回は我が社の立ち上げた新プロジェクトのテストパイロット選考も兼ねている。

戦績によって君たちの人生は大きく左右されることになるだろう。

説明は以上だ。

期待させてもらおうか、君たちの本当の力に』

 

 

 

 

 

 

ARMORED CORE4 -Stardust Sunrise-

CHAPTER,00【Shining】

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリーフィングが終了すると同時に輸送機のカーゴがゆっくりと口を開ける。

眼下にはリンクス戦争の火種ともなった旧GAEのハイダ工廠跡が広がっている。

ここは数年前に各コロニーを蹂躙した悪魔の兵器「ソルディオス」が開発されていた場所で、リンクス戦争以後は誰にも管理されることなく打ち捨てられていた。

工廠が存在するのはこの広大な敷地の地下だが、地上に点在する施設にまで残された襲撃の傷痕は、変わることなく抗争を続けている人類の愚かさを象徴しているようだ。

 そして今、同じように災厄を撒き散らす兵器に乗り込んで戦争の一部となる自分も、愚かな人類の1人なのだと改めて思い起こさせた。

『なおこれ以後、試験番号01のコールサインはアサルトドッグ、02のコールサインはガードドッグと呼称させてもらう』

 心に渦巻く余計な考えを胸の奥に追いやり機体降下準備を整えていると、試験官はコールサインについて補足の通信を入れてきた。

01が僚機、02が私のことである。

『それでは、健闘を祈る』

「了解。ガードドッグ、降下します」

 私はそう返事をし、カーゴのロックから解放されたネクストと共に目標地点へ向かって降下していく。

 完全密封のカーゴ内を極低温に維持していたディムフロストコーティングが機体から剥がれ落ちていき、展開されたPA(プライマル・アーマー)と接触して白い霧を生む。

既にAMS(アレゴリー・マニピュレート・システム)を通じて機体と一体化している今、私には鋼鉄の肌にまとわり付く霧の湿気すら感じられるように思えた。

(身体がもう一つ増えたような感じ…やっぱりまだ慣れないな)

そんなことを考えながら地上が近くなると、私は機体のメインブースターを軽く2・3度噴かせながら機体を作戦領域の端に着地させた。

 

 

『わかっていると思うが、今回の作戦領域は室内での戦闘となる。狭い空間で集中砲火を受ければ、いくらネクストとはいえPAを剥がされ大破してしまうぞ』

気を付けるようにという試験官からの通信に「了解しました」と返答し、通信ディスプレイをいったん閉じた私は改めて作戦領域を改めて確認しようとする。

 同時に『こちらアサルトドッグ、了解した』という僚機の返答が聞こえてきた。

彼はリンクスになる以前からノーマル乗りとして名を馳せていたらしく、豊富な実戦経験に裏打ちされた自信ある声色は僚機として頼もしさを感じる。

そんなことを考えているとこちら側にアサルトドッグから通信が入ってきた。

『まあ、装甲が厚く出来ているGAのネクストなら問題ないだろうよ・・・ガードドッグのお嬢ちゃんは後から付いて着て、俺を援護しな』

彼は一方的な通信を切るとブーストを吹かし、そのまま施設入口へ突入してしまった。

どうやら私を戦力として、まったく当てにしてないらしい。

 元々ACを扱っていた身としては“1人でもやれる”という自信があるのかもしれない。

確かに実力者の乗るネクストなら、この規模の勢力なら瞬く間に鎮圧可能だろう。

彼のリンクスとしての実力は知らないが、もしかしたら伝説的な『アナトリアの傭兵』に匹敵するポテンシャルを秘めているかもしれない。

「……秘めてないかもしれないけど」

通信の切れたモニターを見つめながら独り言を呟くと、私は吶喊する僚機に多少の期待と一抹の不安を抱きながら、後を追うように施設入口へ向かっていった。

 

 

 アサルトドッグの後を追って工廠内に突入した私は、まず迷路のような構造が表示されたマップを確認し、敵機が残るブロックを目指すことにした。

化学の構造式の様に各ブロックが通路で繋がれた内部は、まだ敵を現す光点がレーダー上のそこかしこに表示されていた。

これを殲滅するには骨が折れそうだと思いながら、最初のブロックに機体を接近させるとコクピット内にアラートが鳴り響いた。

(ロックオンされた……けれど)

私は気にすることなく、そのまま部屋へ堂々と侵入する。

当然、敵機が集中砲火を浴びせてくるが、ネクストの纏うPAはMT《マッスル・トレーサー》の放った攻撃を軽々と弾いてしまう。

 PA《プライマル・アーマー》。

コジマ粒子を機体周囲に停滞させ、強固な防御フィールドと成すネクスト特有の機能で、MTのような通常兵器の攻撃には鉄壁ともいえる性能を持つ。

彼らの豆鉄砲ではこの強固な防壁を切り崩すことは出来ず、私は悠々とネクストを接近させながら出来るだけ冷静に状況の確認を行う。

(敵MTは……マシンガンを搭載した逆関節タイプか!)

ブリーフィングで“DEBRISMAKER”と呼称されていたMTを確認すると、腕部に装備したガトリングとバズーカを構え、お返しとばかりに掃射していく。

PAのような防御機能も強固な装甲も持たないMTでは、ネクストが装備する武装群の前で赤子も同然で、瞬く間に煙を上げて爆散してしまった。

 連続する爆発音、為す術もなく鉄塊へと変わるMT達、結局は1分も経たない内に全てのMTはレーダー上から消失していた。

(アサルトドッグは…東側へ向かっている)

私は僚機の位置をレーダーで確認すると、彼とは反対側の敵勢力掃討を当面の目的と定めて、次のブロックに向かうことにした。

それから何十というMTを相手にすることになったがまるで話にならない。

 あちらの火器は蚊に刺された程度のダメージしかネクストに与えられず、彼らは次の瞬間にはレーダー上から消失している。

こちらがまるで、人類を一方的に蹂躙する怪獣にでもなった気分だ。

(ネクスト…か…)

 シミュレーターでは今一つ体感できなかった、次元の違い。

何もかもを吹き飛ばしてしまう嵐のような、そんな危うい力を手にしているのだという事を、今更ながらに私は実感していた。

 

 

 ネクスト。

コジマ技術を応用した圧倒的な戦闘力と機動力を兼ね備えた旧世代型《ノーマル》を超えた次世代型《ネクスト》のAC《アーマード・コア》。

国家解体戦争において戦場の舞台に躍り出たネクストは、勝利をもたらす救世主であると共に世界を荒廃へと導く悪魔でもあった。

コジマ粒子の引き起こす環境汚染は研究段階から問題に上がっていたが、企業側にとってそれは重要なことではなかった。

国家に勝利し、他企業に勝利し、自らが世界の頂点に君臨すること。

勝つことが全てであり、その後の事など二の次だった。

何より彼らはネクストの力を持ってすれば、あらゆる戦争が瞬く間に終結すると高を括っていたのだろう。

 だが現実は違った。

 企業間紛争が本格化した時期からネクスト同士の戦闘により戦況は拮抗し始め、戦場はいたずらに広がるばかりだった。

その結果が、荒れ果てた大地の広がる今の世界だ。

勝者が誰かもわからないまま、汚染だけを残して戦争は緩やかに終息へ向かっていった。

 現在「リンクス戦争」と称されている戦争から数年経ち、AF《アームズフォート》という新たな兵器が台頭し始めた現在も、ネクストはその圧倒的な力で依然として戦場の主役であり続けている。

しかもリンクス戦争時に活躍していたネクストの半数以上が損失したにもかかわらず、現在の実質的な稼働率は当時と同等以上にまで回復している。

ノーマル以上にコストや危険性の付きまとうネクスト、それがたった数年で再度普及し得たのには様々な理由がある。

 

 

 まず技術の成熟によって、ネクストの管理が過去に比べ簡素になったことだ。

多大な人的資源を割かざるを得なかったメンテナンス面は、現在では数人のエンジニアさえいれば可能なレベルにまでなっている。

 これは秘匿されていたコジマ関連の情報・技術が、一部企業の崩壊によって流出、各陣営に少なからず普及されたことも大きいだろう。

これにより、コジマ粒子の安全面は格段に向上したと言われている。

 ネクストにおいて最もデリケートな部分の研究が進んだことによって参入の敷居が低くなり、前述したように特定の企業に肩入れしない独立傭兵、まさにかつてのレイヴンのような自由度の高い活動も可能とした。

だが、彼らも企業の支援がなければ活動できない者が殆どだと聞く。

 

 一方で、ネクストを増やすことでその”特異性”を失わせることが目的である、という説もある。

アナトリアの傭兵、そしてアスピナの傭兵。

リンクス戦争で活躍をした英雄的存在のリンクス達で、その名を知らない者はいないはずだ。

手綱を握っていた企業すら恐れを抱いた不確定要素《イレギュラー》。

彼らは世界の在り方を変えるほど、圧倒的だった。

 遂には巨大企業の一部を崩壊させてしまった事実は、あの時代を生きていた人々なら忘れることのできない出来事だろう。

その活躍は、ネクストの存在意義を改めて企業自体に問いかけた。

 そして導き出された結論が、リンクス管理機構『カラード』。

現存する全てのリンクスは、基本的にカラードへ所属することを強制される。

そして企業の都合や実力に見合ったランクを与えられ、企業連によってその動向を監視される事になる。

 用意された枠組みを外れないように、企業の飼い犬としてだけ責務を全うさせるために「首輪」を付けるのだ。

そうしてあくまで彼らが望む戦争の代理人として、ネクストの存在は許された。

積極的にネクスト数を増やすのも、再び現れるかもしれない不確定要素を排除するための備えだという考えもあるほどだが、あながち間違いではないだろう。

 

 

 そして最後にネクスト増加の最大の要因と言われているのが、企業が推し進めている『クレイドル体制』だ。

 先の戦争で地上はあまりに汚染され過ぎてしまった。

コジマ汚染は健康被害を起こすだけでなく、自然環境の砂漠化をも引き起こし、人が住める地域は目に見えて減少している。

企業も最初はこの地上を汚染から救おうと一応の努力はしたのだが、徒労に終わった。

 だから彼らは汚染された地上を捨て、居住型の超大型航空機《クレイドル》によって新たな生活圏を穢れのない空に創り出している。

 今はまだ、クレイドルの稼働数はまだ両手で数えられるほどでしかない。

だが地上に生活基盤を築く者達を除いて、人類を空に上げようというのだ。

そう遠くない未来、空を巨大な揺籠が埋め尽くす日が来るのだろう。

そんな未来を確信している企業にとって、汚染原因のネクストが地上で跳梁跋扈しようと関係のない事なのだ。

いずれ自分たちは上空からその喧噪を眺めるだけの天上の人になるのだから。

 

 

 ここで話題は変わるが、ネクストを運用するにあたって不可欠となるのがパイロットである「リンクス」だ。

機械であるネクストとは違い、先天的な適性も必要となってくるリンクスを人工的に作り出すことは今の人類には不可能に近い。

 よってリンクスの確保も重要な課題となるのだが、基本的には企業関係者やテストパイロット、ノーマル登場経験者などが選ばれることが普通だった。

しかし、私が所属するGAはそれだけでなく、数多くの所属コロニー市民に志願者を募る方法を取り始めた。

 かつての戦争でネクスト開発に出遅れた焦りと、大企業グループでも随一のコロニー保有数を誇る人的資源の活用、2つの思惑が結果としてこの施策を生んだと言われている。

環境だけでなく搭乗者にも悪影響を及ぼす狂気の兵器ネクスト、そんなものに乗せようというのだ、企業側が様々なメリットを提示したのは当然のことだろう。

中でも全コロニー市民を魅了したのが、空に浮かぶ新天地・クレイドルへの優先居住権だ。

汚れた大地から逃れるための唯一の救済である、空を目指すための片道切符。

この特権はリンクスだけでなく、その家族や親しい関係者にも与えられると提示された。

……無論、志願者が殺到したのは言うまでもない。

 いずれは全てのコロニー市民を空に上げると企業自体はニュース等で語っているが、汚染が生活圏の間近に迫っている現状で、早く空に上がりたいと思うのは当然の事だろう。

こうして試験を受けている私もこの特権目当てでリンクス候補となった一人だ。

しかし、今ここに至るまでの道のりは決して生易しいものではなかった。

シミュレーターを使ったAMS適性検査、痛みを伴うネクストとの接続機器の形成手術、慣れない負担に幾度となく挫けそうになる実動訓練…。

 死亡者も続出する過酷なテストを幸運なことに全てパスしてきたが、まだ私の前には最後の壁が立ちはだかっている。

リンクスとして新たな一歩を踏み出すために、そして私の愛する家族のために、今ここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 

 粗方の敵を片付けた私は、まだ敵の残っている最深部のブロックを目指していた。

レーダーを確認するとアサルトドッグも東側の最深部で戦闘をしているようだが、彼が通信を一方的に切っていて状況を把握できていない。

だがここまでの敵機が通常兵器やMTだった事を考えると、この先に待ち受ける光点の正体はノーマルに違いない。

(本番はここから、だな…)

 私はクイックブーストを吹かしながら通路を急ぎ、最深部に到達した。

そこにはレーダーの示す通り、十数機のノーマルがたむろしており、内部へ入った途端に一斉に砲撃を放ってきた。

 情報通りならば、武装集団の保有するノーマルはGA社の“GA03-SOLARWIND”、そして有澤重工製の“ZENIGAME”のはずだ。

モニターから確認する限りでは、人型のノーマル“GA03-SOLARWIND”が7機、タンク型のノーマル“ZENIGAME”が6機という編成のようだ。

その内の一機が私の動きを封じるように、ミサイルとキャノンを発射しながら近づいてきた。

 私はクイックブーストを駆使して攻撃を躱していこうとするが、機体の挙動に振り回されてしまい、ロック範囲から敵を外してしまった。

さっきまでは戦闘機動でクイックブーストを使わずにいたが、相手がノーマルだという事を警戒してつい使ってしまった結果がこれだ。

これがネクスト本来の動きとシミュレーターで認識はしていたものの、実際に行うとなると身体が付いて行かず、思わず「ああ、もうっ!!」と憤ってしまう。

 そして、背後で突然の爆発。

 モニター上のPAを示すゲージがガリッと減るのを見た私はさすがに肝が冷えた。

どうやら背後から別の機体の攻撃を受けたらしく、しかもその敵が強力な大型ミサイルを装備したタイプだったようだ。

(つっ……大丈夫、装甲を貫けたわけじゃない!)

MTの時とは違う、PA越しから伝わる重い攻撃に相手も“アーマード・コア”と呼ばれる存在であることを、遅ればせながら認識した。

 

 

 しかし、こちらのACは従来型とは別次元の存在である“ネクスト”だ。

このまま袋叩きにされでもしない限り、敗北はありえない。

そのことを反芻しながら冷静さを取り戻し、私はクイックブーストでターンしながらネクストにガトリングとバズーカを構えさせる。

「砕けろっ!」

恐れを振り払うように叫びながら、私は必死にトリガーを引いた。

そして銃器から放たれた鉄鋼の咆哮とともに相手の腕部はひしゃげ、頭部のカメラアイは無残に砕け散っていく。

数十発も打ち込んだころには、爆散してMTと同じような鉄屑に成り果てた人型ノーマルの躯が晒されていた。

「次っ!!」

私はその勢いのまま敵襲団へ目線を合わせ、距離を置きながら2体目の人型をロックオンする。

集中攻撃を避けるためにレーダーへ気を配りながらクイックブースト、なんとか敵を失わぬように加減しながら、私は徐々にネクストの軌道を身体に慣らしていく。

敵機をロックし続けながら両手の武器を乱射、暫くして相手の機体は倒れながら爆散した。

(この調子で…!?)

続いて3体目、4体目も撃破したところでガコン!という強烈な衝撃が機体全体を襲った。

 どうやらサイト外のタンク型からグレネード砲撃による盛大な歓待を受けたらしく、私は咄嗟にクイックブーストを発動させ、第二射を交わしながら遮蔽物の陰に身を隠した。

(相手のグレネードは人型の武装より強力……けどっ)

城壁のような防御力と亀のような機動力を持ち合わせたタンク型は、機動力で翻弄すればいいというレクチャーを訓練で受けたことを思い出す。

遮蔽物から飛び出すと、私はクイックブーストを2回、3回、左右交互に吹かせながら、素早く敵の背後に位置取り攻撃を加えていく。

確かにタンク型は今までの標的に比べると強固な装甲を持っていたが、何発も攻撃を受ければやがて崩れ去る運命にあるのは同様だった。

(このままいける…かなっ)

 爆散する敵を尻目に2体目のタンク型もロックオンし、先ほどと同じような方法でダメージを与えていく。

慣れてしまえば、もはや梃子摺ることも無い。

数分後には、敵機を示すマーカーは全て消失していた。

 

 

 何とかやれたようで、私は深く息を吐き出しながら緊張を解く。

『……へっ、まあそれなりにやるようじゃないか。ガードドッグ』

唐突に不機嫌そうな声で通信が入ってきた。

どうやらアサルトドッグのほうもうまくやったらしい。

とはいえ何か気に食わない要素があるのか、妙に突っかかるような口調である。

「それはどうも」

 ここで事を荒立てて試験をクリアした喜びに水を指すこともあるまい、と思い無難で適当な返答をした。

 そこに試験官からの通信が入る。

『アサルトドッグ、ガードドッグ、落ち着いて聞いてくれ。』

緊迫した声の感じからミッション完了の報告ではないようだが、どうしたのだろうか。

『領域外に正体不明のAC輸送ヘリを確認した。どうやら奴らはネクストも保有していたようだ。』

告げられた言葉に、さすがの私達も言葉を失う。

 対ネクスト戦。

確かに実戦ならば十分に有り得る事だ。

しかし、たかが武装集団がネクストを保有しているなどまず思わないだろう。

かつては「マグリブ解放戦線」という反体制勢力がネクストを運用していた事実もあるが、AC輸送ヘリまで保有しているなどまずありえない。

『ただの武装集団だと思っていたが…ネクストを保有しているとは想定外の事態だ。敵ネクストはすぐに作戦領域内に侵入してくるだろう。今からの回収は不可能だ。』

残酷な事実が試験官から告げられる。

となれば行き着く答えはただ一つ。

『すまないが君たち二人に迎撃してもらうことになる。突然のことでままならないだろうが、よろしく頼む。』

 

 

 有無を言わせず、という風な口調の通信がこちらに入ってくる。

まあ急いで作戦領域から脱出しようにも、最深部である現在位置からでは鉢合わせは避けられないだろう。

このご時世、正体不明ということは恐らくリンクス戦争の生き残りの可能性が高く、手練のリンクスなのは間違いない。

『…いいぜ、やってやる。ここでネクストの首をあげれば、頭でっかちな連中も俺の適正を見直すだろうさ!』

 さすがに恐怖を隠しきれない私とは対照的に、アサルトドッグはモニターの向こうで息巻いていた。

彼は“自らが敗北して死ぬ”という未来など思いもしないのだろうか。

それとも死の恐怖を振り払うために、わざと強がっているのだろうか。

アサルトドッグの無駄にポジティブな姿勢を、今の私はすこし羨ましく感じた。

(そうだ…やるしかない、やるしかないんだ。)

 私も恐怖に畏縮した自分の心をなんとか奮い立たせる。

コクピット内を支配する緊張感を和らげるように大きい深呼吸をした後、落ち着かせるように操縦桿を握っていた手を閉じたり開いたりする。

そしてモニターに広がる景色をしっかりと見つめ直した。

恐怖がかき消えたわけではないが、もう大丈夫だ。

だが、私たちの恐怖を煽るかのように試験官の通信にノイズが走り始めた。

『輸そ……、ネク…ト投………ん。数…し…する………。はや……ん…………』

ザーッという雑音のあと、試験官との通信にエラーが起きてしまった。

そしてモニター上のレーダーにも砂嵐のような歪みが発生し始めた。

 

 

 どうやら敵は強力なECMを展開したらしい。

しかも通信会話にまで影響を与える高性能な代物のようだ。

こんな兵器まで持ち合わせていたとなると、もはや相手はどこかの企業の支援で活動しているとしか思えない。

『くそっ!!ど、どうなって…!!』

 雑音混じりでありながらも、付近にいるアサルトドッグのうろたえる声は何とか聞こえた。

しかし敵機の位置が把握できないだけでなく、試験官の補佐なしでネクストを撃破しろというのだから、完全にお手上げ状態だ。

『ゴロツキ風情がECMかよ!!まったく……』

 また彼ががなり立てる声が聞こえるが、ふと声が途切れる。

そして考え込むような雰囲気の後にこちらに一つ提案をしてきた。

『…おい聞こえるかガードドッグ、俺が敵ネクストを引き付ける。お前が背後から挟撃しろ!』

「…挟撃…ですか?」

『二人一緒で正面から挑むよりは、勝ち目はあるだろうさ。こんな強力なECMじゃあ相手もモニター以外駄目になっているはずだ。レーダーが使用できない環境下なら、背後からもプレッシャーを与えられる挟み撃ちのほうが有利だと思うぜ』

 確かに相手が手練れのリンクスだとしたら、馬鹿正直に正面から戦うようであれば、二人でも勝ち目はあるかどうかわからない。

ならば熟練した者でも対応し辛い挟撃作戦を取るのは、妥当な判断と私も思える。

 少し焦りも感じさせる声色だが、この状況下で平静を保つことができるのは、戦場を生きてきたAC乗りとしての経験の差なのだろうか。

(不測の事態はACに乗っていればいくらでも起こるものだ。その時いかに冷静に対処できるかが生死を分けることを忘れるな)

試験官の言葉を思い出しつつ、私はこの案に乗ることにした。

『当然、誘い込むのは俺だ。まだ数分しか実戦を経験していない小娘にゃあ荷が重すぎるからな。』

いちいち嫌味を言うのは忘れないようだ。

しかし彼に突っ掛っても得るものは無いので、余計な一言は聞かなかったことにした。

『よし、じゃあ俺が先に入り口付近に向かって誘いをかけるから、ガードドッグは数分後に動き出せ。よろしく頼むぜ』

 もちろん敵側がうまく乗ってくれなければ意味がないし、どちらかが真っ先に撃破されては元も子もないという杜撰な作戦だが、策が無いよりはマシだと思うしかない。

とにかく今回は先の戦いとは違って、1人で勝てる相手ではない。

既に通信を切ったアサルトドッグを援護するため、私も気を引き締めて目の前の通路に飛び込んだ。

全ては勝利して、生き残るために。

 

 

 同時刻、工廠入口に先ほどの所属不明ネクストが静かに降り立った。

そのF1マシンのような鋭角なシルエットは、候補生の2人が使用しているGA製のネクストとは真逆の方向性を目指した機体であることが一目でわかる。

そのカラスの嘴のような頭部を入り口正面に向けると、保護シャッターがバシャリと音を立てて開き、複眼のようなカメラアイが煌めいた。

内部ではリンクスが食い入るようモニターを見つめている。

「…通信もレーダーも駄目か。まあ何とかなるか?」

 彼の機体にもECMは影響を及ぼしており、レーダーにはノイズとエラーメッセージが表示されていた。

しかしリンクスは気にする素振りも見せずに、モニターに表示されているデータをチェックしている。

そこにはどこから入手したのか、敵となるGAネクストの詳細なスペック・武装構成が記されていた。

一通り確認した後、彼は表示されたデータを閉じて、自機の動作を確認するようにネクストの両手を前後左右に動かす。

「思ったより、昔に近づいたか。…まあ、お手並み拝見だな」

 リンクスは独り言を呟くと、オーバードブーストの解放スイッチに手を伸ばした。

ネクストは背面カバーに隠されたオーバードブースターを展開、そして標的を定めた肉食獣の如く、大量のコジマ粒子を撒き散らしながらハイダ工廠に突入した。

 

 

 先に動いたアサルトドッグと合流するため、私はモニターに気を払いながら工廠内を移動していた。

ひょっとしてもうやられているのではないか?という最悪の考えを頭の隅に追いやり通路を急ぐ。

こちら側に来るかもしれないという不安もあったが、どうやら遭遇することなく指定の場所に辿り着くことになりそうだ。

(あえて中に入らず出口で待ち伏せをしているのかも…)

 待ち伏せをしているというのなら、変な小細工はやめて二対一での戦闘しかない。

正規のリンクスなら敗北はまず有り得ないだろうか、候補生程度の腕では正直どこまで食いつけるかわからない。

(せめて作戦が上手くいけば…)

 ただ急ぐ。

ブーストを間断なく吹かしながら。

やっとアサルトドッグの指定したブロックへ続く通路に差し掛かる。

同時に響く戦闘音。

バズーカの咆哮する音が聞こえてくる。

どうやら彼がうまく敵機を誘い込んでくれたようだ。

ならばあとは手筈通り、私が後ろから強襲を懸けるだけだ。

私はブーストを全開にして加速をかける。

そして遂に辿り着いた。

室内状況を確認しようとモニターを確認する。

「…っ!あれが!!」

 私は遂に敵ネクストを視認したが、同時に周囲を包み込んでいるPAが外から内へ圧縮するような歪みを見たような気がした。

違和感を覚えた次の瞬間、凄まじい爆発音と光が部屋全体を襲った。

ネクストの戦闘を注視していた私は、あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまう。

『…ど、どうい…ことだ…。あれがネ…トの動きだと…。じゃあ俺は一体……』

唐突に雑音混じりの通信が入り、そしてプツリと切れた。

 たった数分しか経っていないというのに。

光が消えた先に私が見た光景は、敵のプラズマキャノンによって頭部を破壊され、崩れ落ちるアサルトドッグの姿だった。

彼を圧倒した敵ネクストは静かにこちらを見つめ直す。

“03-AALIYAH”。

眼前に現れた黒色のネクストは、今は亡きレイレナード社の亡霊ともいうべき機体だった。

 

 

 その鋭角的なシルエットはこちらの無骨なデザインと違って、一種の美しさも感じられる。

ただ今の私には、地獄より這い出て命を狩りに来た死神にしか見えない。

相手の武装を目視すると、レイレナード製であることが一目でわかるライフル・マシンガン、そして先ほど使用したプラズマキャノンというバランスのいい構成で、あまり重武装にせず運動性に重きをおいた機体構成のようだ。

機体フレームの機動性や武装等の相性を鑑みれば勝負はわからないが、実戦経験はその差を容易く埋めてしまうだろう。

しかも二対一の数的優位すら崩された今となっては―。

(……とにかく引く!!)

 動揺を抑えきれず、次の策も思いつかない状態で私がとった行動は後退すること。

とにかく少しでも考える時間がほしい。

武装切り替え。

左腕バズーカを左肩部ミサイルに変更。

そしてロックオン。

(目晦ましくらいには!!)

ミサイルが弧を描きながら敵ネクストに向かっていき、同時にガトリングを斉射しながらバックブースターを吹かす。

敵ネクストは一瞬こちらを攻撃する動きを見せたが、弾幕の回避に専念し始めた。

その余裕綽々な動きに苛立ちも感じたが、とにかく今は撃てるだけ撃って此処から避難する時間さえ稼げればいいのだ。

 そしてミサイルをある程度撒いた後にその場でクイックブーストによるターン、と同時に起動していたオーバードブースターが展開し、コジマ粒子が溜められていく。

そして敵ネクストが武器を向けた時には、蓄積された粒子がプラズマ化して背部より一気に放出され、私の機体は高速でブロック外へ離脱していた。

 

 

 オーバードブーストを解除した私は、来た道を戻りながら何か手はないか熟考していたが、そう上手くはいかないものだ。

ネクスト一機を瞬く間に排除してしまった敵リンクス。

少なくともあの場所にたどり着くまでに数分しか経っていないはずなのに。

これでは先ほどまでと立場が逆だ。

一方的に圧倒的な力で捻じ伏せられる恐怖。

今まで私の相手をしていた敵機もこんな気持ちだったのだろうか。

「…とはいえ、このまま逃げていても埒は明かないか…」

 現状ではいずれ追いつかれて撃墜される結末しか待っていない。

何故か敵機が追撃してこなかったおかげで、冷静に考えるだけの時間が与えられたのは行幸だと言えるが。

あのまま追い縋られていたら、反撃する間も無くアサルトドッグと同じように哀れな姿を晒していたはずだ。

しかし、なぜあのまま追撃してこなかったのだろうか?

(あのままオーバードブーストでこちらを追えば、そのままやれた筈なのに・・・)

 ふと、先ほどの戦いで見たPAの歪みを思い出す。

そしてあの凄まじいコジマの光と響く爆発音、何か頭に覚えのある光景だ。

確かあれは模擬シミュレーターで……。

 

 

(………!)

思い出した。

あれは“アサルトアーマー”。

 映像でしか見たことはないが数年前に開発された、PAを応用したコジマ爆発によって近距離の敵にダメージを与える兵装だ。

ネクストのPAを一瞬で消失させることも可能だが、撃った側もPAを始めとしたコジマ関連兵装を使用できなくなってしまう最大の欠点がある。

敵機がすぐにこちらを追ってこなかったのも、アサルトアーマーによってオーバードブーストが使用不能になっていたためだ。

(……そういえば、ブリーフィングの時……)

 私はふと事前ブリーフィング時の機体説明を思い出す。

アサルトドッグと私が乗っているネクストは、試験にあたって企業より貸与された機体だ。

ベースとなっているフレームはリンクス戦争より使われている中量級の「SUNSHINE-L」だが、内装は最新のモノに変えられている。

武装面ではライフル、バズーカ、ミサイル、そしてレーダーという汎用性を持たせた構成になっていた。

 そしてもう一つ、「使うことはないと思うが…」と試験官に言われた武装があった。

機体状態をチェックする画面をモニターに映し出すと、それは確かに表示されている。

「アサルトアーマー…」

 近年までは新興企業『トーラス』の独壇場だったアサルトアーマーの技術をGAのグループ企業が再現に成功したらしく、量産体制の整ったパーツの先行試作品をデータ収集のため、この機体に搭載したとのことだった。

そしてこの時、このタイミングにうまく用意してくれたことを私は神に感謝したくなった。

(なら、やれるだけはやらないとね)

 これ以上時間をかければ、AMSの負荷に慣れていないこちらが不利になるだけだ。

もう相手のPAも回復して追撃してくる頃だろう。

ならば、と私は孤独なコックピットで一人呟く。

「……駄目で元々、当たって砕けるしかない…!」

その場で機体をターンさせ、敵機が来るだろう方向へ向き直す。

立ち向かう覚悟を決めた私に、もう迷いはなかった。

 

 

 所属不明ネクストはECMで難儀する中、撤退したアサルトドッグを追っていた。

(2体とも直ぐにケリが付けられれば良かったが…。長引くと撒いたECMが却って邪魔になってくるな)

アサルトドッグとガードドッグが挟撃策を採ったことで、無駄な苦労を強いられることにリンクスは苛立ちと驚きを感じていた。

彼のしかめ面を再現するように、ネクストのカメラアイが目を細めるような輝きを見せる。

(さっき潰したネクスト…。こちらを誘い込む動きを見せたからにはそれなりにやるかと期待したが…)

ネクストは機体制御の大半を人間の脳に依存している。

リンクスのメンタル面が不安定になれば、機体の動きにも悪影響が出やすい。

このリンクスと対峙したアサルトドッグも、実際のネクストと戦うという緊張と恐怖からうまく機体が動かせなくなり、自滅してしまった。

 彼はアサルトドッグに失望の念を抱くと同時に、自分の手を煩わせているガードドッグの操縦センスの良さに舌を巻いていた。

(まだ新人だっていうのに素早い戦況判断、淀みない機体動作…。リンクス戦争時なら間違いなくエースになれるな)

 粗製だらけの過去のGAとは時代が変わったことを実感させてくれるな、と彼は思った。

しかし今は、その優秀さが恨めしくもある。

(まあ、この逃走劇もすぐに終わるか。)

自分が侵入したときに入り口は全て封鎖されたため、既に逃げ出したという可能性も非常に低い。

更にハイダ工廠は地下に建造されている上に、コジマ技術対策が施された強固な外壁はネクストの攻撃で破壊されるほどやわでない。

 つまり敵を倒さずに脱出することは不可能だ。

(さて、次が最後のブロックだが…)

そして彼が最後のブロックに入ると、待っていたかのようにガードドッグのリンクスが武器を構えて佇んでいた。

 

 

「……っつ、遅かったね…!」

あのネクストが眼前に姿を現した時は少しドキリとしたが、あくまで気持ちを落ち着かせなくては操縦に支障が出る。

私は再度、深呼吸をしながら操縦桿を強く握りしめて敵機を見つめ直した。

 獲物を値踏みするように、敵ネクストの複眼がこちらを凝視してくる。

その眼光が鋭くなった瞬間、敵ネクストはクイックブーストで一気に距離を詰めてきた。

(……!!)

 私も釣られるようにクイックブーストで後退し、距離を置こうとした。

だが機動力に劣るこちらのネクストでは何の意味も無かったことを、眼前に迫る銃口を見て痛感する。

そして続く地震のような振動。

モニターに表示されたPAのゲージがみるみる減少してき、機体の耐久値であるAP《アーマー・ポイント》も削られていくのがわかる。

だが私はあくまでこれは必要経費と割り切っていた。

(大丈夫…!!実弾なら!!)

 真に注意すべきは実弾兵器ではなく、背部に装備されたプラズマキャノンとアサルトアーマーだ。

その他の武装はGA特有の実弾防御力の高さで押し切れると信じて無視するしかない。

一方的に撃たれていた私は体当たりをかますかのように、メインブースターを吹かせた。

すると敵ネクストはいったん射撃をやめ、クイックブーストで回避行動をとる。

そして私もターンしながら敵機をサイトに捉え、バズーカやガトリングを打ち込んだ。

PAを全て剥がすには不十分な攻撃ではあるが、少しは効果があるはずだ。

(あくまでも、距離は近すぎず……)

 とにかく相手との距離だけは常に気にしなければならない。

近距離に持ち込まれなければ、注意すべきはプラズマキャノンのみとなる。

サイドブースターを左右に吹かしながら接近する敵機を、何とかサイト内に入れ続ける。

(…まだ、まだなの…?)

戦闘開始からまだ数分しか経っていなかったが、プレッシャーと戦う私にはもう数時間が経過しているように感じた。

 

 

 敵も何度かプラズマキャノンを展開しようとするが、あくまで止めに使おうという魂胆なのか、発射することはない。

私も申し訳程度に反撃をしながら、なんとか見失わないように動き回る。

相手も被弾を嫌ってか、距離を取りつつ確実に攻撃を当ててきている。

このまま時間をかければ、AMSの負荷に慣れていないこちらが先に的になるだけだ。

それでも相手が先に痺れを切らさない限り、私も耐える他ない。

 奥の手が効くのはおそらく一度きりだ。

最も効果的なタイミングで使える時まで温存しなければならない。

そうして相手の動きを注視していると、遂に敵機が動き出した。

(………!!)

 敵ネクストは再度こちらの距離を詰めようとしてきたが、今までと違ってこちらに近付くようなブーストを行ってきた。

しかも敵装備の銃口がこちらに向いていない。

この動きから導き出される答えは一つ。

 すでにこちらが押そうとしているスイッチに、相手も手をかけているだろう。

だが先にやらせはしない。

私は体当たりをかますように、敵ネクストへクイックブーストで接近した。

「これであんたも……丸裸だ!!」

周囲を覆っていたPAが外から内へ圧縮されるようなコジマ粒子の動き、爆発的な力をため込もうとする空気の流れ、何かが振動するような音のゆらぎ……。

そして、私の機体から光が破裂した。

 

 

 光の向こう側に存在する敵ネクストへ向けて両手の兵装が雄叫びを上げた。

ただひたすらに撃つ。

「もう」

撃ち続ける。

敵ネクストはまだそこにいる。

「いいかげん」

反撃はない。

回避に専念しているのか。

「あんたも」

ならば反撃の隙も無く叩き伏せるまで。

「終われって!!!!」

カチリ、という音がした。

何かが空っぽになったような音だ。

ふとモニターに目をやると何かの数値がゼロになっている。

「……っ!!」

 残弾数ゼロ。

バズーカもガトリングも、ネクスト戦前で無駄弾を使い過ぎた、ということらしい。

「こっ…んなときになんて……っ!!」

急いでミサイルに切り替えようとするが、同時にガツンとコクピット内が揺さぶられ、目の前が真っ暗になる。

どうやら頭部メインカメラをやられたらしく、モニターにはゲージ類が表示されるのみだ。

(ゲームオーバーか……)

まあ、素人が玄人相手によくやったと自分を褒めてやりたいところだ。

悔いの残る終わり方であるが、ここまできたらもうお手上げである。

リンクスになれないまま死ぬのは悔しいが、運が尽きたと思ってあきらめる他ない。

ところが、死を覚悟した私の耳に入ってきたのは銃声ではなく聞きなれた声であった。

『そこまでだ、君たち!ミッションは終了だ』

 今まで途切れていた試験官の声だ。

どうやら気付かない内にECMも解除されているようで、レーダーにはしっかりと敵機を示す光点が現れていた。

『とにかく双方、PAを切って回収班を待て。話はそれからだ』

 突然の事態にどういうことかと問い質そうとしたが、もはや限界に近い私は黙ってドライバーシートに凭れ掛かるしかなかった。

 

 

 GA本社ビル、通称『ビッグボックス』。

ビル自体に巨大な砲台が設置されており、またその周辺の高層ビルにも様々な防衛設備が備えられた、現在のGAの頭脳と言える要塞都市だ。

 あの死闘から数日経ち、私はこのビッグボックスに呼び出されていた。

結局、私とアサルトドッグはネクストとの戦闘の後、回収班に運び出されて帰投することとなった。

出来ればその場で色々と聞きたかったが、ネクスト搭乗後の精神的・肉体的ストレスは尋常でなく、もはや話す気力すら持ち合わせていなかったのも事実だ。

だからこうして、日を改めて本社で試験結果と敵ネクストについて説明を受けることになったというわけだ。

 私は入り口から高速エレベーターに乗り込むと、緊張を解きほぐすように深呼吸をした。

あのネクストと遭遇した時の様に心臓の動悸が激しくなる。

なにせ、これから会うのはGAでも指折りの重要人物だからだ。

ポーン、という軽やかな電子音の後にエレベーターのドアが開くと、目の前には白塗りの静謐な廊下が広がっていた。

 確か向かうはずの部屋は左方向だ、とエレベーターから一歩踏み出すと、進行方向から来た通行人とぶつかりそうになってしまった。

「あ…」

「おっと……すまん」

私が通路側に避けると、相手は軽く会釈をしながらエレベーターに入って行った。

通り過ぎていく際に一瞥すると、『彼』ではなく『彼ら』だったようだ。

赤毛で身長180cmほどの男性の横に、小学生くらいの男の子の姿が見えた。

まさか普通の親子連れ、という事はないだろうと思う。

彼らが来た方向にはこれから私が会いに行く人物の部屋しかない。

いったいどういう人達なのか、気にはなるが今は部屋に急ぐことにした。

 そうして受付嬢の控えるドアの前まで行くと、私は自分の名前と要件を伝え、室内の人物へ確認を取ってもらう。

少しの間の後、受付嬢の「どうぞ」という言葉と共にドアをノックし、入室した。

 

 

「やあ、遠いところ悪いね」

中央部に備えられた来客用ソファーに座っている男性が、気さくに声をかけてきた。

 彼の名はローディー。

あのリンクス戦争を「粗製リンクス」と蔑まれながらも生き残り、また数多くの戦果をGAにもたらした彼は、全企業で見てもトップランクの能力をもつリンクスだ。

 現在は後進の育成にも力を入れていて、リンクス候補の教官としても活躍している。

歳は30代前半くらいだと聞いているが、実年齢よりも若く見えるのは、今も前線で精力的に活動しているリンクスだからだろうか。

「まあ、楽にしてくれて構わないよ」

 私は彼に促されると、会釈をしてソファーに座った。

しかし緊張が解けていないのか、錆の入ったロボットのようにギクシャクしてしまう。

そんな私を見かねたのか、彼は不意に立ち上がって壁際に設置されたドリンクサーバーでコーヒーを一杯入れてくれた。

「何の変哲もないインスタントだが、悪くはないぞ。ミルクはいるかい?」

「…じゃあ、お願いします」

笑顔で満足げに頷くと、彼はミルク二つを添えて私の分を持ってきてくれた。

とりあえず出されたものは飲まねばなるまい、とミルクを入れて少し口にする私。

温かい飲み物が少しだけ、私の緊張を解きほぐしてくれた…ような気がした。

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

と、ローディーは机の上に用意された紙資料を捲りながら話し始めた。

「とりあえず、実戦テストご苦労様でした。…色々聞きたいことはあると思うが…」

 何から聞きたい?という風な身振りで彼が私に言葉を促す。

だとしたら、試験結果も気になるが、まずはあのネクストの事だ。

先ほどまで死闘を演じていた敵ネクストと共に仲良く回収されるという、不可思議な状況は私の思考を停止させるに十分な出来事だった。

「ではまず、あのネクストについてお聞きしたいのですが…」

「ふむ」

ローディーは困ったように頭をぽりぽり掻きながら、事の真相を話し始めた。

 

 

「実は彼、BFF所属のリンクスでね。あの武装集団とは何の関係も無いのだよ」

 彼が資料をペラリと捲ると、そこにはあのネクストの写真が写っていた。

BFF(ベルナルド・アンド・フェリックス・ファウンデーション)。

かつては欧州地域で覇権を争っていた大企業の一つだが、リンクス戦争で本社を破壊されてからは、翼を失った鳥の様に失墜していった。

現在も再建に手一杯で、かつての栄光は取り戻せずにいると、テレビのニュースでコメンテーターが語っていたのを覚えている。

 しかしBFF社のリンクスがレイレナード製ネクストを使っているなど聞いたことはない。

リンクス戦争中は同盟関係にあった2社だから、何かしらの支援物資という可能性は捨てきれないが、わざわざ他社の機体に乗るメリットはないはずだ。

「そのBFFのリンクスがなぜ突然襲い掛かってきたのですか?しかもレイレナードのフレームまで持ち出して…」

「BFFは現在、新型ネクスト開発計画を水面下で進行させている。」

こちらと同じようにね、と言うと彼は更に話を続ける。

「彼らはリンクス戦争の経験から長距離偏重型のネクストだけでは限界を感じたらしい。前線でも活躍できる近距離型の機体を開発するそうだ」

だから接近戦向きのレイレナードフレームはちょうどいい素材だったということか。

 そこまで聞いて、私にもなんとなく事の経緯がわかってきた。

「そして彼らが実戦データを取ろうという時に、ちょうどよくこちらもリンクス試験があったからね。折角だからと先方から話を持ちかけられて、このようになったわけだ」

なるほど、と私もうなずいた。

「まったく……どこから嗅ぎ付けたのかは不明だが、BFFには権謀術数に長けた“あの老人”がいるから、まあ隠し事は出来ないのだろうな」

ローディーはコーヒーを一口飲むと、苦笑いを浮かべた。

「作戦の筋書きとしてはこうだ。君たちが武装集団を順調に撃破できれば、敵ネクストとして戦場に介入する。撃破できなければ味方として救援に向かうことになる。我が社としても貴重なリンクス候補を早々に死なせたくは無いからね」

「しかし、いきなりネクストとの戦闘は心臓に悪すぎますね。本当に死ぬかと思いました」

「……リンクス戦争から数年、ネクスト同士の戦いというのも珍しいものじゃなくなった。任務終了間際に敵ネクストが乱入してくるというケースも少なくない。ならばいっそ、テストで慣らしておくほうがいいんじゃないかと思ってね」

 確かに一理ある。

一理あるが……ゲームだったらコントローラーを投げ飛ばすところだ。

いきなり強敵が出てくるなんて理不尽すぎるではないか。

こちらが死なないように手加減していた、とローディーは言っているが、できればあんな出来事はこれっきりにしたいものだ。

「…ということは、あのECMも……」

「うむ、BFFの試作品だ。効力や実動時間を実戦で試してみたいというので、こちらも特別に許可した。これも不測の事態に君たちがどのような対応を見せるか、という試金石になると思ってね」

 再度資料を捲り、ECMの情報が乗ったページを見せてもらった。

どうやら輸送ヘリに搭載するタイプのようで、作戦領域上空からジャミングによってネクストを支援する目的で作られたそうだ。

私が体感したように効果は絶大だったが、消費エネルギーが高い上に、装備した輸送ヘリにまで悪影響を及ぼすほど強力なために正式採用は見送られる、と後記されていた。

私は資料から目を上げると、敵ネクストの次に気になっていた質問を投げかけた。

「……それで、気になっていたのですが……。新プロジェクトの件はどうなったのですか?」

そう聞くとローディーはにやりと笑ってこう答える。

「ふむ、君自身はどうなったと思う?」

彼にそう返され、私はすこし思案した。

 

 

 その前に、試験を失敗しながらリンクス登録されるのだろうかという不安がよぎる。

テストパイロットの件にしたって、私も結果としては撃破されたも同然なのだから採用は見送られるのかもしれないという考えもあった。

私が返答に窮していると、ローディーはにこやかに笑って答えてくれた。

「実は選ばれたのはアサルトドッグ……おっと、もうコールサインを使う必要は無いな。ドン・カーネル君だ」

 私はその言葉を聞いてガックリと肩を落とす。

やはり私のリンクスとしての腕が未熟だ、という現実を突き付けられたような思いだ。

これではカラードへの正式登録も有り得ないだろう。

予想していた中でも最悪の結果だが、これも仕方のない事なのだと思う。

 しかし、私の反応を見てローディーは慌てて言葉を付け加える。

「ああ、いやいや、何もリンクスとして失格の烙印を押しているわけじゃないんだ。

……君はリンクスとして正式登録される事になっている」

「…え?」

「そもそも、当初の任務である武装勢力の掃討は2人とも完了したのだし、落とす理由はないさ。ネクストの件は完全に用意されたイレギュラーだからね。」

言われてみればそうだ。

自身のネクストが撃破されたからには、試験は失敗したと思い込んでいた私が少し恥ずかしくなる。

 ならば何故、ドン・カーネルがテストパイロットに選出されたのだろうか。

「実は今回の新プロジェクトというのは“粗製リンクス”…つまり私のように期待値の低いリンクスを十分戦力になるレベルまで引き上げるネクストを開発するプロジェクトなんだよ」

そう言うとローディーは遠い昔を思い出すように天井を見上げた。

「よって、このプロジェクトで必要とされるのは戦力的に信頼性が劣っている方……というわけだ。まあ実のところ、試験の前から選ばれるのは彼にほぼ決まっていたのだが…」

「どういうことです?」

「彼が元々ノーマルパイロット出身なのは知っているだろう?そのせいかノーマルより高性能なネクストに乗ってからというもの、その力を過信しすぎる傾向があった。彼自身のAMS適正も決して高くなく、このままの状態では実戦投入は危険だと研究員に言われていてね……」

確かにミッションの途中から彼はどこか無理をしている感じが、通信モニターの向こう側から感じ取れた。

元AC乗りとしてのプライドが彼を増長させてしまったのだろうか。

「僚機がいれば、幾らか自制してくれると思ったのだが…なかなか難しいものだな」

ふう、とローディーがため息をつく。

「だから彼にはナンバーを与えて実戦投入するより、テストパイロットとしてネクストの運用に習熟してもらう方が良い、という結果になった」

 私が静かに話を聞いていると彼は再びこちらを向いて語り始めた。

「しかし、今回一番驚いたのは君の存在だよ。初めての実戦だというのにネクスト相手にあそこまでやれるとは……上層部も君の実戦テストを急かす理由がよく理解できた」

 

 

 はっはっはっ、と先ほどまでの重い空気を変えるようにローディーが笑い声を上げる。

「AMS適正も安定した数値で戦況判断も的確、将来有望な候補生であると資料には書いてあったよ。いや、私の頃とは時代が変わったな……」

一転してベタ褒めの連続に、私は背筋がむず痒くなってしまう。

「はぁ…」としか返答することができず、真っ赤になって俯くしかなかった。

「さて、私から説明することはこれくらいかな。他に何か質問はあるかい?」

「……いえ、大丈夫です。」

「では、話はここまでだね。これからの事については、追って通達があるはずだ。今日は疲れ様でした。」

 そういうとローディーは立ち上がって部屋のドアを開けてくれた。

私は残り少なくなったコーヒーを飲み干すと立ち上がり、ドアへと向かう。

「今日はお忙しい中ありがとうございました。ミスター・ローディー」

お辞儀をしながら私がそう言うと、彼は又しても笑いながらこう言った。

「ははは、これから忙しくなるのは君も一緒さ。今回のテストで君の力は認められ、今日から君はリンクスだ。」

 そう、リンクス。

今一つ実感が湧いてないが、これから私もリンクスなのだ。

この言葉を掛けられて、やっと胸中にじわりじわりと達成感が沸いてきた。

その喜びが表情を和らげてくれたのか、自然と頬が緩んでいたらしい。

 ローディーは「やっと笑ってくれたね」というと再度真っ赤になる私を見ながら、こんな言葉を投げかけてくれた。

「私も一人のリンクスとして歓迎するよ、メイ・グリンフィールド。これからは一人の戦士として、よろしく頼む」

私は一生忘れないだろう。

全ての始まりとなったこの日を。

 

 

CHAPTER,00【Shining】 end.

 

おまけ

 

 
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