No.667223

友情は友の心が青臭いと書く

歩人さん

鬼灯の冷徹の二次創作です。
鬼灯さまと烏頭と蓬の三馬鹿の日常を妄想して書きました。
こんな風に飲んだりしていたらいいと思う。

2014-03-01 22:53:51 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1975   閲覧ユーザー数:1973

 ここは地獄である。比喩的表現などではなく、ここは日本人なら皆知っている、

生前悪行を為した者の魂が送られ、責め苦を受けるという恐ろしい場所だ。

しかし、地獄が恐ろしい場所、というのは、あくまでも亡者にとってである。

責め苦を受けるということは責め苦を与える獄卒―――"鬼"がいるということで、

その者にとっては職場であり、生活すべき場所であるので、恐ろしい場所という認識はない。

むしろ日常を楽しむ場所である。

 この話は、その"楽しい"地獄に住む鬼のひとりである、烏頭が旧友に声をかけたところからはじまる。

 

「おーい、鬼灯」

 

 烏頭はいつものように、友人の名前を呼んだ。

鬼灯は同世代にも関わらず、地獄で一番の有名人である閻魔大王の側近という、

烏頭が到底及ばぬ地位にまで出世しているのだが、

幼馴染である烏頭は気後れすることなく接することができている。

 そのはずであった。

 

「さんをつけろよデコ助野郎ッ!!」

 

 突然の平手打ちである。

烏頭が吹き飛ばされるのを見て、もう一人の幼馴染である蓬が血相を変えて走ってきた。

これでいつもの三馬鹿が揃ったというわけである。

 

「烏頭、大丈夫か!?

そ、そうだよな。鬼灯って今は閻魔様の第一補佐官だもんな……。

今まで呼び捨てにできてたことがおかしいんだよな」

 

「いえ、冗談です。このセリフ一度言ってみたかったもので」

 

「冗談で友人の顔殴るんじゃねーよ!ちくしょう!!」

 

 右手に持っている金棒を使わなかったところを見ると、

殺意はなかったのだと信じたいが、烏頭の頬はひりひりと痛んでいた。

鬼灯の馬鹿力め、と烏頭は心の中で独りごちる。

 

「すみません。お詫びと言っては何ですが、これを。

あの淫獣が作った薬なので効くと思いますよ」

 

 そう言って、鬼灯は白澤が調合した薬を差し出した。

白澤というのは桃源郷に住む神獣で、彼の作った薬はよく効くと評判である。

しかし、鬼灯は白澤と水と油のように仲が悪い。

そんな相手が作った薬をわざわざ持ち歩いているということは、

今回の平手打ちは計画的犯行だったのではないだろうか、という邪推すら生まれてくる。

本気でそう思えてしまうほどに、鬼灯という男は嫌がらせに関しては普段から用意周到なのだ。

 

「して、私に何か用事でしたか?」

 

「今から蓬と飲みに行くから、お前もどうかと思ったんだよ……明日非番だろ?」

 

 烏頭の言葉を聞いて、鬼灯は無愛想な顔をさらに顰めた。

やはり、第一補佐官ともなると忙しいだろうから、

たまの休みはゆっくり過ごしたいのだろうか。

とはいえ、この男なら嫌な時は嫌だとはっきり言うだろう。

烏頭がそんなことを考えていると、鬼灯は思いもよらぬ台詞を吐いた。

 

「最近誘いがないと思ったら、もしかして私が非番の日以外は避けていたんですか?

今さらそんな気を遣うような間柄じゃないでしょうに」

 

「いや、だって鬼灯毎日忙しそうだからさ……声をかける暇もない日が多くて」

 

 申し訳なさそうに言った蓬のもじゃもじゃ頭を掴むと、

鬼灯は眉間の皺をさらに増やし、ドスのきいた声で静かに叱責する。

 

「あなた方に、私に気を遣うなんて考えが及ぶ脳みそがあるとは思いませんでしたよ。

忙しければその都度断りますし、そうやっていちいち気を配られる方が迷惑です。

そもそもそんな風に気配りできるほど精神に余裕があるのであれば、もっと仕事量を増やしても構いませんね。

しかも私が明日非番だなんて誰からの情報ですか?

あぁ、閻魔大王ですか。あの人口軽いですからね。

明後日出勤したら口を縫ってやりたいところですが、

そうすると業務に支障をきたすので、朝一で釜茹でするくらいに留めておきましょう」

 

 怒っている。しかも、ものすごく怒っている。

おそらく彼は、気を遣って鬼灯を誘わずに烏頭と蓬が二人で飲みに行っていたりしたのではないか、

という事実にも怒っているのだろう。

自分が呼ばれなくて寂しい、などといったかわいい理由ではなく、

彼は回りくどいことが嫌いで、何事も白黒はっきりつけたがる節がある。

 そのことを実感した二人は、今後は彼に気を遣って声をかけない、

などという行為は一切しないようにしようと心に決めた。

そして、自分たちのせいで明後日釜茹でされるであろう上司に、

心の中でこっそりと謝罪したのである。

 

 そういうわけで、結局飲みに行くことになったのであるが。

 

「店はどこなんです?」

 

「まだ決まってないんだよなー」

 

 てっきり店に向かって歩いていると思っていた鬼灯だったが、

どうやら烏頭は歩きながら店を物色していただけらしい。

何とも彼らしいことだと思いながら、鬼灯はどこかいい店はないかと考える。

この三人が行動を共にする場合、鬼灯が提案し、烏頭がそれを煽り、蓬が文句を言いながらついてくる、

というパターンが圧倒的に多い。

 

「お、旦那じゃねぇか。ウチで飲んでいくかい?」

 

 唐突にいつもの狐が声をかけてきたので、鬼灯が無言で睨むと、

狐は「冗談だよ」と言って客引きに戻って行った。

まったく油断も隙もない狐である。

 

「そうですねえ……何が食べたいですか?」

 

「鬼灯の行きつけか?でも高いんじゃねぇの?お前高給取りだろ」

 

 烏頭の言葉に呆れながら、鬼灯はその辺りにある年季の入った屋台を指差す。

確かあの店は、閻魔大王と以前行ったことのある店だ。

連れて行かれた、という表現の方が正しいのかもしれないが。

職場の飲みニュケーションというものを、現世で最初に考えたのはいったい誰だろうか。

もしそいつが地獄に来たら厳しい拷問を与えてやろうと、鬼灯が改めて実感した日でもあった。

 

「そんなわけないでしょう。普通に大衆居酒屋や屋台などでも飲みますよ」

 

「意外だな、お前って潔癖そうだから屋台とか行かないのかと思った」

 

 ホッとした様子で胸を撫で下ろしたところを見ると、

蓬は高い店を提案されたらどうしようと心配していたのだろう。

そういえば彼は、昔から少し臆病なところがある男だった。

 

「店の衛生環境が気にならないといえば嘘になりますが……。

こういう店も、趣があって好きですよ」

 

「じゃあここにしようぜ!ここのおでんうまいんだよなー」

 

 例え話で話題に出しただけなのだが、烏頭が乗り気になってしまったので、

この日は屋台で飲むことになった。

とはいえ、この店ならば味も知っているので安心ではある。

鬼灯も特に反対する理由はないので、席に座っておでんを注文することにした。

 

「よし、じゃあ乾杯だ!」

 

「乾杯って、何にです?」

 

「……友情?」

 

 ぼそり、と蓬が呟いたのを聞いて、烏頭が「お前たまに恥ずかしいこと言うよなー」と笑った。

だが、久しぶりに三人揃った、という意味ではあながち間違いでもないと思ったので、

三人は乾杯することにした。―――友情に。

 

「あ、鬼灯様」

 

 注文したおでんを待ちながら談笑していると、

屋台の外から鬼灯の名を呼ぶ少女……いや、雌の声。

 

「おや芥子さん、偶然ですね」

 

 背後にいたのは一見かわいらしい白兎であるが、

彼女も立派な獄卒、亡者に責め苦を与える仕事に就く者である。

特に、一度スイッチが入ると手がつけられなくなる激しい性格は、

鬼灯が獄卒の鑑として太鼓判を押すほどだ。

 

「こんな飲み屋街を歩いているということは……。

また合コンですか?大変ですね」

 

「いやですよ鬼灯様。もうあんな場は懲り懲りですよ。

今日はたまたま買い物の通り道だっただけです」

 

 頬を染めながらクスクスと笑う姿は実に愛らしいが、

背中に背負っている風呂敷の隙間からは、大量の唐辛子やハバネロが覗いている。

おそらく、拷問に使う辛子の材料なのだろう。

 

「お前って顔広いよな……」

 

 兎が去った後も何人かに鬼灯が声をかけられたところで、

こんにゃくを頬張りながら蓬がしんみりとそう言った。

第一補佐官なんだから当り前だろう、と烏頭が笑うと、蓬は何やら考えこみ始める。

 

「俺たちっていつまでこうしていられるんだろうな」

 

 いつになく深刻な様子に、烏頭も茶化すのをやめた。

「何かありましたか」と鬼灯が尋ねると、

どうやら言葉がうまくまとまらないのか、蓬は「うーん「」とうなる。

それでも、蓬はポツポツと思いの丈を話し始めた。

 

「俺のお袋がさ、お前らは一生もんの友達だから大事にしろって言うんだよ。

でもさ、鬼灯は俺らと立場が違って忙しそうだし……。

今でこそ三人揃うことって頻繁にはできないのに、

この先もし誰かに嫁ができて、子どもも生まれてってなったら、

今よりもっと会えなくなって……いつか疎遠になっちゃうのかなって」

 

 なんとも、臆病者の蓬らしい悩みである。

さてどう言ったものかと鬼灯が考えあぐねていると、

少し頬の赤い烏頭が身体を乗り出した。

 

「お前さ、そんなこと考えてても仕方ないじゃん。

終わる時は終わるんだし。その時はそれまでだろ」

 

 随分とデリカシーのない物言いだが、事実ではある。

しかし、言葉が足りないせいで、蓬はさらに落ち込んでしまった。

鬼灯は少し考え込んだ後、酒を呷りながら言葉を紡ぐ。

 

「友情というものは、自分の力ではどうにもできないものですからね。

自分がいくら努力しても、相手にその気がなくなれば破綻してしまう。

そんなものについて心配しても意味がない……それには同意です。

ですが、私は貴方のそういう慎重なところ、美徳だと思いますよ」

 

 鬼灯の言葉を聞いて、蓬は感激したように瞳を潤ませる。

と、烏頭が蓬を指差しながら、ケラケラと笑いはじめた。

 

「そうだなーお前、昔からビビリだったもんなー!」

 

「お前な!せっかく鬼灯がいいこと言ってくれたのに!!」

 

「あとお前たまにすげー臭いこと言うよなー!」

 

 二人とも酒が入っているせいか、大きな声で騒ぎはじめた。

店に迷惑がかかるからやめなさい、と鬼灯は嗜めようとしたが、

面倒になりそうなので放っておくことにした。

 

「いいじゃないですか、臭くても。

友情とは友の心が青臭いと書く、とはよく言ったものです」

 

「それ誰の格言よ?」

 

「現世で有名な、天の道を往き総てを司るヒーローです」

 

 何だよそれ!とおかしそうに笑う烏頭と、

ホッとしたように微笑む蓬を見て、

少なくともしばらくはこの友情が破綻することはなさそうだ。

と、はんぺんを頬張りながら、鬼灯はこっそり考えていた。

 

 

 

「あ、今日財布忘れたわ。鬼灯金貸して」

 

「金の切れ目は縁の切れ目という言葉をご存じですか?」

 

 

おわり

 

 


 
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