No.664432

銀の月、買出しに行く

研修の一環で人狼と人里に買出しに行くことになった銀の月。そこで、再びあの少女と出くわした。

2014-02-18 22:04:54 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:602   閲覧ユーザー数:598

「やあああああああ!!」

「おおおおおおおお!!」

 

 人里に向かって飛んでくる二つの弾丸。

 まるで競うように横に並んだそれは、同時に人里の門を猛スピードで潜り抜ける。

 

「うわあっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 二人の勢いは止まらず、激しくブレーキングをしながら地面をすべる。

 それは土煙を巻き上げ、周囲を土色に染めた。

 そんな二人に、住人は大いに驚くのだった。

 

「ふふん、僕の勝ちだね、ギルバート!」

 

 執事服の少年が相手の金髪の少年に自信たっぷりにそう話しかける。

 

「いいや、タッチの差で俺の勝ちだ、銀月!」

 

 すると、ギルバートも銀月に勢い良く答えを返す。

 

「そんなはずはないよ。絶対僕の方が速かった!!」

「違うね、俺の方が速かっただろ!!」

 

 天下の往来で二人は激しく言い合いを始める。

 そんな二人に、忍び寄る影が一つ。

 

「ほほう……なら、どっちが先に音を上げるか我慢比べをしてみないか?」

 

 二人の頭をがっしりと掴み、慧音は地の底から響くような声を発する。

 上から降ってきた声に、二人の頬を冷や汗が伝う。

 

「うっ……」

「こ、この声は……」

 

 二人がそう言った瞬間、頭を掴む力が握りつぶさんばかりに強くなる。

 

「お~ま~え~ら~! あれほど周りに迷惑を掛けるなと言っただ、ろう! 何度言えばわかるん、だ!」

 

 

 じっしん。みっしん。

 

 

 ぶつかり合う額。脳髄まで響く衝撃。暗転する視界。

 倒れこんでしばらくして、強烈な痛みが二人の頭に走った。

 

「うぎゃあああああああ!!」

「ぐおおおおおおおおお!!」

 

 あまりの痛みに悶え苦しむ二人。

 そんな二人に、麻袋と手袋が渡される。

 

「お前達には罰としてゴミ拾いをしてもらうぞ。集めたゴミは夕暮れまでに寺子屋の前に持って来ること。いいな」

 

 慧音はそう言うと、その場から立ち去ろうとする。

 すると、倒れていた二人はゆっくりと立ち上がった。

 

「……よし、どっちが多くゴミを拾えるか勝負だ、ギルバート」

「……いいぜ。制限時間は二時間、分別しなけりゃ減点だ。準備はいいな?」

 

 二人はふらつく足を何とかしてしっかりさせ、お互いに深呼吸をする。

 

「「レディー……ゴー!!」」

 

 二人はそう言うと勢い良く駆け出した。

 砂煙が走っていった方角から、再び悲鳴が聞こえてくる。

 

「こらぁー! 少しは静かに出来ないのかお前らは!!」

 

 それを聞いて、慧音は再び二人を追いかけることになった。

 

 

 

 

「……なあ、何でお前らそんなところで伸びてんだ?」

 

 白黒の服を着た金髪の少女が、倒れている金髪の少年の頬を突く。

 少年達の額には大きなタンコブが出来ている。

 

「……ゴミ拾いをしていたら石頭に襲われただけだ」

「酷いよね……僕達は真面目に掃除してたのに……」

 

 二人は憮然とした表情でそう言い合う。

 それを聞いて、魔理沙は大体何があったのか察して大きく頷いた。

 

「おーけー、把握した。要するにまたやらかしたんだな」

「おい、またって何だよ、魔理沙?」

「言葉の通りの意味だぜ、ギル」

 

 白い視線を向けてくるギルバートに、魔理沙はさらっとそう答える。

 それを聞いて、銀月は首をかしげる。

 

「……そんなに僕達何かしてたかなぁ?」

「むしろ何もしていない事の方が珍しいと思うぜ? というか、お前達勝負以外に何かすることは無いのか?」

「そりゃあ、あることはあるけど……ねえ?」

 

 そう言って銀月はギルバートの方を見る。

 

「二人で勝負したほうが早く終わるんだよな、色々と」

 

 銀月に対してギルバートは頷きながら答える。

 それを聞いて、魔理沙は呆れた表情でため息をついた。

 

「ああそうかい。で、今日は何しにここに来たんだ?」

「また親父の言いつけだよ。そうでもないと来るか、こんなところ」

 

 本気で嫌そうな顔をしながらギルバートはそう答える。

 そんなギルバートの肩を魔理沙が叩く。

 

「だからそんなこと言うなって。お前が人間嫌いなのは分かるけど、人間だって良い奴はいるだろ?」

「ふん、全員がそうだとは限らないだろ。人狼を追い出したのは人間なんだからな」

 

 魔理沙の問いかけに、ギルバートは憮然とした表情でそう言い切った。

 それを聞いて、魔理沙はがっくりと肩を落とした。

 

「はぁ……おい銀月。こいつの人間嫌い、いい加減治らないのか?」

「あはは……これでもマシになったんだよ? 僕なんて初対面で殺されそうになったし」

 

 銀月は乾いた笑い声を上げながらそう話す。

 すると、その横から大きなため息が聞こえてきた。

 

「……その後きっちり数倍にして返したくせに何言ってやがる。あれは人間だったら首の骨折れて死んでたぜ?」

「うん、今になってちょっとやりすぎたかなって思ってる」

 

 呆れ顔のギルバートに、銀月はにっこり笑ってそう返す。

 笑顔でさらりと口にされたそれを聞いて、魔理沙は背筋に寒気を感じてぶるりと肩を震わせた。

 

「……私、やっぱりギルバートよりも銀月のほうが怖い気がするぜ。人間やめてるって言われても驚かないぜ、私は」

「そりゃあなあ……親父からも、銀月を人間と思うなって言われてたしな」

 

 魔理沙の発言にギルバートは遠い眼をしながらそう相槌を打つ。

 その発言を聞いて、銀月は膝を抱え込んでいじける。

 

「……みんな酷いや。僕、ちゃんと人間なのに……」

「だったら壁走りとか天井に着地とかしないで人間らしい動きをしろよ。どう大目に見てもあれじゃあ忍者だぞ?」

「だ、だれだって修行すればあれくらい……」

「お前、昨日何時間修行して怒られたんだっけか?」

「……五時間です……」

 

 ギルバートにジト眼で尋ねられ、銀月は小さくなりながらそう答えた。

 そのやり取りを聞いて、魔理沙が首をかしげた。

 

「ん? 何でそんくらいで怒られるんだ? 一日暇ならそれくらいやっても……」

「魔理沙。今俺達は執事の研修を受けていて、朝から晩まで仕事があるんだ。それで、睡眠時間や休憩時間を合計すると自由時間は精々十時間だ。その上で、こいつは毎日人狼の里と博麗神社の間を往復している。これで分かったな?」

 

 ギルバートは呆れ顔のまま魔理沙に銀月の現状を話す。

 すると、魔理沙は唖然とした表情で銀月を見た。

 

「……銀月、お前修行中毒か何かか?」

「だ、だって修行を一日サボると取り返すのが大変で……」

「だからその量がおかしいんだよ、お前は。バーンズも言ってただろ、維持するだけならそんなにやる必要はないって」

「でも、どうせやるなら強くなりたいし……それに、無理はしてないよ?」

 

 銀月はそう言って二人に抗議の視線を送る。

 

「本当かよ……」

「私はもう十分無茶をしてると思うぜ」

 

 しかし、二人から返ってきたのはじとっとした視線であった。

 残念ながら、銀月は二人の共感を得ることは出来なかったようである。

 

「む~……」

 

 銀月は二人の視線に不満げに頬を膨らませる。

 そんな銀月に、魔理沙が話しかける。

 

「それで、銀月はどうしてここに来たんだ? ギルバートの付き添いか?」

「それもあるけど、一番の理由はお使いを頼まれたからかな? お茶屋さんで買い物しないと」

「で、今日は確かお前も半ドンだったろ?」

「うん。だから一回人狼の里に帰ってから、またここに来るよ」

「んじゃ、先に買い物済ませちまおうぜ」

 

 そう言うと、三人は指定された緑茶を買いに茶屋に向かった。

 買い物を済ませると、三人は人里の入り口へと向かった。

 

「それじゃ、僕は一回戻るね」

「おう。さっさと戻って来いよ」

「うん。じゃあ、また後で!!」

 

 銀月はそう言うと、ものすごい勢いで空へと飛んで言った。

 風を置き去りにする銀月の速度に、魔理沙は呆然とする。

 

「速ぇ~……どうすれば銀月みたいになるんだ?」

「人間離れした修行を人間をやめる勢いで繰り返せばああなる」

 

 魔理沙の質問に、ギルバートは淡々と答える。

 それを聞いて、魔理沙は苦笑いを浮かべる。

 

「……やっぱあいつ人間やめてるんじゃないか?」

「ああ、あれは銀月と言う名の生物と見たほうが良いな」

 

 ギルバートは銀月が飛び去った方角を見ながらそう言って笑う。

 それに釣られて魔理沙も笑う。

 

「同感だぜ。で、この後どうするんだ?」

「どうするもこうするもねえよ。適当にぶらぶらするしかないし」

「銀月が帰ってくるまでどれくらい掛かるんだ?」

「そうだな……あいつが全力でここまで来るのに三十分掛かるから、一時間ぐらいじゃないか?」

「一時間か……ちっとばっかし半端な時間だな。まあ、ここに居てもしょうがないし、適当に歩こうぜ」

「そうするか。けど、あんまり人が多いところはやめてくれ」

「オーケー、じゃあまずは商店街に行ってみようぜ!!」

 

 魔理沙はそう言うと商店街に向かって歩き出そうとする。

 その肩を掴んでギルバートが止める。

 

「おい、人の話聞いてたか? 俺は人が少ないところに……」

「却下だぜ! さあ、早く行こうぜ!」

 

 魔理沙はそう言うと素早くギルバートの腕に抱きつき、商店街へと引っ張っていく。

 

「あ、こらっ!?」

 

 ギルバートはそれに引っ張られ、商店街へ行くことになるのだった。

 

 

 

 

 

「……ったく、相変わらず人の話を聞かないな、お前は」

 

 商店街の隅のベンチで、ギルバートは膝に頬杖を付いて不機嫌そうにそう呟く。

 右手には先程青果店でもらったみかんが握られている。

 その横で、魔理沙がみかんを美味しそうに食べていた。

 

「まあ良いじゃないか。人間の良いとこ探しもはかどるだろ?」

「ああ、人間の強引さ探しにはちょうど良いだろうよ」

 

 魔理沙の発言に、ギルバートは白い視線を魔理沙に向ける。

 それを見て、魔理沙は肩をすくめて首を横に振った。

 

「やれやれ、そんなに不機嫌になることもないだろ? ささっと通り抜けただけじゃないか」

「それを商店街の端から端まで、腕を掴んだまま何往復したよ?」

「三往復だぜ!!」

「……じゃあ今からお前に三往復ビンタを食らわせてやる。こっち向け」

 

 ギルバートは軽く袖を捲くりながら魔理沙にそう言った。

 すると魔理沙は座ったまま少し後ずさった。

 

「な、何だよ、お前女の子に暴力振るうのか? 弱いものいじめはしないんじゃなかったのか!?」

「じゃあ逆に訊くけど、人が嫌がることをしてはいけないと言われなかったか? それにな、ハンムラビ法典という有名な法典があってだな、やられたことをやり返すような法典があるんだよ」

「い、今は関係ないだろ! とにかく暴力反対だぜ!」

 

 魔理沙はそう言うと立ち上がって逃げようとする。

 

「逃がすかよ!」

 

 しかし、ギルバートは素早く反応して魔理沙の肩を掴みにかかる。

 鍛えられている彼の速度に魔理沙は逃げ切れず、ギルバートに捕まった。

 

「わ~っ! 放せ~!」

「あ、魔理沙ちゃん!! うちの子を見なかったかい!?」

 

 魔理沙がギルバートから逃げようとジタバタしていると、一人の女性が話しかけてきた。

 二人はじゃれあうのを止め、そのほうに眼を向ける。

 

「えっ、見てないぜ? どうかしたのか?」

「うちの子がお父さんと喧嘩して、出て行っちゃったのよ。それで町中探したんだけど居なくて……」

「わかった、こっちでも探してみるぜ! 行くぜ、ギル!」

 

 魔理沙はそう言うと走り出そうとする。

 ギルバートはその肩を掴んで止めた。

 

「はあ……ちょっと待て、魔理沙。すみません、その子が直前まで使っていた物とか、家にありますか?」

「あの子が使っていた布団ならあるけど……」

「よし、魔理沙。この人のうちに行くぞ」

「え……何でだ?」

「……こんな面倒なこと、さっさと終わらせたいからな。ほら、早く行くぞ」

「あ、ちょっと待てよ!!」

 

 すたすたと歩いていくギルバートに、魔理沙は慌ててついて行く。

 女性に案内されて中に入ると、ギルバートは何かに集中しているようであった。

 

「これがあの子が使ってる布団だけど」

「失礼します……」

 

 ギルバートはそう言うと、布団に顔を近づけた。

 そして、周りにあるものにも顔を近づけていく。

 

「ちょ、お前何してるんだよ!?」

「……よし、行くぞ魔理沙」

 

 ギルバートは顔を上げると、すたすたと歩き始めた。

 

「だからちょっと待てって!」

 

 魔理沙はギルバートの行動の意味が分からず、急いで追いかける。

 

「……こっちか」

 

 ギルバートは時々しゃがみこんであちこち振り向く。

 そこに魔理沙が追いついて声をかける。

 

「おい、ギル! 何やってんだよ、さっきから!?」

「俺は人狼、半分は狼だぜ? 人間より鼻が利くんだよ。匂いをたどればどこに行ったかぐらいすぐに分かる。次はこっちだ」

「ああ、わかったぜ!」

 

 ギルバートの嗅覚を頼りに、二人はどんどんと歩いていく。

 そして、ギルバートはとある辻の匂いをかぐと、その場に立ち止まった。

 

「……この方向は……」

「おいおい、マジかよ……」

 

 二人はそう言って目の前にあるものを眺める。

 そこにあったのは、人里の外へと続く門であった。

 

「急ごう! 里の外で襲われたらどうしようもないぜ!」

「あ、おい待て魔理沙!」

 

 駆け出していく魔理沙を、急いでギルバートが追う。

 匂いをたどっていくと、どんどんと深い森の中へと入っていった。

 

「お~い! 出てこ~い!」

「……ちっ、まずいな……妖怪の匂いがしてきてやがる……魔理沙、こっちだ!」

 

 ギルバートは追ってきた匂いの他に別の匂いが混ざっているのを感じ取り、魔理沙に手招きをした。

 

「ああ!」

 

 魔理沙はギルバートが指した方角に先行し、子供を捜す。

 すると、藪の中に小さくなっている影を見つけることが出来た。

 

「見つけた!」

「な、魔理沙姉ちゃん!? 何でここが……」

「馬鹿野郎! お前里の外に飛び出して妖怪に襲われたらどうするんだ!? さあ、帰るぜ!」

 

 魔理沙はそう言って隠れていた少年の手を引こうとする。

 

「しゃがめ、魔理沙!」

 

 そこに、突如としてギルバートの叫び声が聞こえてきた。

 魔理沙が倒れこむようにしゃがみこむと、魔理沙の頭上を黄金の閃光が通り過ぎていった。

 

「うわあああああ!?」

「魔理沙、そこを動くな。下手に動くと狙われる」

 

 しゃがみこむ魔理沙を背に、ギルバートは立つ。

 その前には、背丈を遥かに越える大きさの蠍が立っていた。

 ギルバートは目の前で尻尾を振り上げるそれを睨む。

 

「キシャアアアア!」

 

 蠍は鋏を振り上げ、魔理沙に突き刺すように振り下ろす。

 鋏はそれだけでギルバートの背丈と同じくらいあり、突き刺されば人間などひとたまりもない。

 

「はあああっ!」

 

 ギルバートはそれを魔法で強化された脚で蹴り飛ばし、軌道をずらす。

 それを受けて、蠍は標的をギルバートに変えた。 

 

「砕けろっ!」

 

 正面を向いたところを、ギルバートは顔面に黄金の魔力弾を叩き付けた。

 しかし蠍は後ろに大きく後退したものの、身体を覆う殻は僅かに焦げた程度であった。

 それを見て、ギルバートは舌打ちをする。

 

「……ちっ、かってえな……」

「ギル! 後ろぉ!」

 

 魔理沙の悲鳴のような叫び声に後ろを振り向くと、いつの間にか背後に大きな翼の生えたカメレオンのような妖怪が自分に向かって舌を伸ばしていた。

 

「なっ……」

 

 完全に不意を撃った捕食攻撃。

 しかしギルバートに向かって伸びるその舌を、上から降ってきた黒塗りの槍が貫いた。

 

「あがぁっ!?」

 

 カメレオンのような妖怪は、攻撃が失敗したと見るや素早く舌を戻し、槍を飲み込んで空を睨む。

 すると、空から白装束の少年が降りてきた。

 

「ふぅ……何とか間に合ったみたいだね。上手く行ってよかった」

 

 銀月は大きくため息をつきながらそう言った。

 それを見て、ギルバートはニヤリと笑う。

 

「へっ……遅いじゃねえか、銀月」

「捜したんだよ? 君の魔法がなかったら僕は見つけられなかったよ」

 

 銀月はそう言って安堵した様子でギルバートを見る。

 彼は先程ギルバートが放った黄金の弾丸を目印に、ここにやってきたのだった。

 銀月は全員の無事を確認すると、妖怪達に語りかけた。

 

「さてと……二人とも、退いてくれないかな? 里の人間を食べなくても良い様な仕組みになっているはずなんだけど?」

「笑わせるな、人間。里の外にいる時点で食われに来た様なもの。それを見逃すなど笑止だ。貴様も共に喰らってやろう」

 

 銀月の問いかけを、カメレオンのような妖怪は一笑に付した。

 それどころか、銀月達まで食べようとしているようである。

 それを聞いて、銀月は小さくため息をついた。

 

「……そう、退く気は無いんだね……」

「こっちも退く気は無いみたいだぜ」

 

 ギルバートの目の前には、再びじりじりとにじり寄ってくる大蠍の姿があった。

 二人は背中を合わせ、話をする。

 

「行けそう?」

「余裕」

 

 銀月の問いかけに、ギルバートは笑って答える。

 その返答を聞いて、銀月も笑う。

 

「そっか……じゃあ、どっちが先に倒せるか……」

「ああ。勝負だ、銀月!!」

 

 その瞬間銀月は札を取り出し、ギルバートは真紅の丸薬を飲んで群青の狼と化した。

 

「やああああっ!」

 

 銀月はカメレオンの妖怪に次々と札を投げつける。

 手を振るたびに手品のように現れるその札は、全てが吸い込まれるように突き刺さっていく。

 

「ふん、痒いな」

 

 しかし、相手は涼しい顔でそれを受け流しながら銀月に舌を延ばす。

 表皮には札が刺さりっぱなしになっているが、痛手にはなっていないようである。

 

「……思ったより堅いね。皮が厚いのかな?」

 

 銀月は相手の舌を躱しながら札を投げ続ける。

 今度は投げる位置を目元や口の中など、表皮に守られていない部分に集中させている。

 

「ええい、猪口才な!」

 

 妖怪はそれを煩わしく感じて舌で薙ぎ払う。

 その瞬間に、銀月は後ろに飛びのきながら妖怪から少し距離をとる。

 

「散!」

 

 銀月がそう言った瞬間、妖怪の身体に刺さった札が銀色の閃光を発しながら爆発した。

 

「ぎゃああああ!?」

 

 突然の衝撃と熱に、妖怪はたまらず声を上げて落下する。

 表皮には所々穴が開いており、傷口は黒く焼け焦げていた。

 

「まだまだ……せいやっ!」

 

 銀月は落下する妖怪の腹を、下から全力で蹴り上げた。

 鱗のない柔らかな腹が、ずぷりと体の中へと沈み込む。

 

「ぐふぇっ……」

 

 妖怪は腹を激しく圧迫され、飲み込んでいたものを吐き出した。

 銀月はその中から槍を拾い上げた。

 

「槍は返してもらうよ。で、まだやる気?」

 

 銀月は槍を片手に相手にそう問いかける。

 

「こ、小癪な……」

 

 すると妖怪はまだ諦めていないらしく、銀月に向けて舌を伸ばした。

 銀月はそれを悠々と避ける。

 

「やれやれ……ふっ」

 

 銀月は一息ついて槍をしまい両手に札を持つと、音も無くすれ違うように妖怪の隣を駆け抜けた。

 

「ぐああああああ!?」

 

 すると妖怪の皮膚は深々と裂け、中から血が流れ出した。

 悶える妖怪の眉間に、銀月は槍を突きつける。

 

「……死に急ぐな、木っ端。これでも銀の霊峰の門を叩いた者、君ごときにやられはしない。早々に去るが良い。まだやると言うのならば、私は生きるために君を殺す」

 

 銀月は相手の目を冷たい眼で見やりながらそう呟く。

 その表情は無表情で、まるで相手の命を奪うことに躊躇いが無いように見えた。

 

「ぐ、ぐううううう……」

 

 それを受けて、妖怪は銀月に背を向けて去っていった。

 

 

 

 一方その頃、ギルバートは大蠍を相手に立ち回っていた。

 

「はっ、遅い!」

 

 相手の大振りな攻撃を躱し、相手の間接部分を掠めるように爪を滑らせる。

 黄金の爪は柔らかい間接部分を容易く切り裂き、中から体液が漏れ出す。

 しかし、大蠍は一向に引く様子が無い。

 

「ちっ……何度もやられてるのに退く気はないか……言葉も通じないし、死ぬまで止まらないか、これは?」

 

 そう言いながらギルバートは相手の攻撃を躱していく。

 なるべく追い払うだけにしようと考え、いつでも切り落とせる間接を全て斬りつけるだけに留めていたのだが、どうやら無駄になりそうである。

 

「最後通告だ、これで退かなきゃ殺す!」

 

 そう言うと、ギルバートは相手の眼を殴りつけた。

 その攻撃を受け、大蠍は眼を庇う様に鋏で覆って後ろに下がった。 

 

「キシュ……シャアアアアアア!!」

 

 しかし、すぐに襲い掛かってきた。

 鋏を振り上げ、一直線にギルバートに向かっていく。

 

「……警告はしたからな!」

 

 ギルバートはそう言うと、両手に金色の魔力を集めていく。

 手には眩しい位の光が集まり、辺りを黄金色に染め上げた。

 

「ぶっ飛べ!」

 

 ギルバートは両手を振り上げ、地面に振り下ろす。

 するとギルバートを中心として黄金の竜巻が現れ、周囲のものを吹き飛ばしていく。

 それは大蠍も例外ではなく、遠くへと吹き飛ばされていった。

 

「終わったか……おい、銀月。そっちはどうだ?」

 

 ギルバートは目の前から大蠍が消えたのを確認すると、人間形態に戻り手に付いた土を払うように振りながら銀月に問いかける。

 銀月は妖怪の体液で汚れた槍を、札から水を流して洗っていた。

 

「こっちも今終わったよ。お疲れ、兄弟」

「ああ、お前もな、兄弟」

 

 二人はそう言いながら、笑顔で拳をあわせる。

 お互いの無事を確認すると、ギルバートは魔理沙に眼を向けた。

 

「二人とも怪我はないか?」

「ああ、ないぜ……」

「う、うん、俺も大丈夫……」

 

 ギルバートが声をかけると、魔理沙と助けられた少年は呆然とした様子で応答した。

 どうやら目の前で起きた戦いが強烈だったようである。

 そんな二人を見て、銀月はホッと胸を撫で下ろした。

 

「良かった。それじゃあ、早く里に戻ろう。みんなきっと心配してるよ」

「そうだな。まだ他に妖怪がいるかもしれないし、急いだほうがいいだろ」

「うん。それに僕お昼ご飯食べてないんだ。早く食べたいよ」

 

 銀月は弛緩した表情でそう告げる。

 そんな銀月に、少年が声を掛けた。

 

「……なあ、兄ちゃん。もうちっと格好いい喋り方できねえ?」

「え?」

 

 少年の一言に、銀月は固まった。

 そんな銀月に構わず、少年は二の句を継ぐ。

 

「だって、兄ちゃんの喋り方弟と一緒なんだもん。ガキっぽいよ」

 

 その瞬間、銀月は石になった。

 やはり年下の子供にガキっぽいと言われるのは流石にきついものがあるようである。

 そんな銀月の横で、ギルバートは腹を抱えて笑い転げた。

 

「ぶわはははははは! ガキっぽいとか、確かにそうだ!!」

「あ、酷いよギルバート! そんなに笑うことないじゃないか!」

 

 大笑いしているギルバートに、銀月は若干涙眼になりながら抗議する。

 そんな銀月に、魔理沙が横から口を挟む。

 

「でも、いつまでもその喋り方じゃおかしいとも思うぜ? もうちょっと男っぽい喋り方して見ろよ」

 

 魔理沙がそう言うと、銀月は悔しそうに少し唸った後、大きく深呼吸をした。

 

「お、男っぽい喋り方ねえ……そうだな、こんな感じでいいのか? 俺には良く分からないが」

 

 銀月は少し考える仕草をすると、あっさりと口調を変えた。

 子供っぽい口調から、涼やかな声の穏やかな口調への変化。

 普段から演劇をやっている銀月に、口調を変えるだけのことなど造作も無いことであった。

 突然の変化に、少年が驚いた声を上げた。

 

「うわっ、なんかいきなり雰囲気が変わったぞ?」

「へえ、喋り方一つで結構変わるもんだな。今度からそれでいけよ、銀月」

 

 驚く少年とは対照的に、ギルバートは感心したように頷く。

 それを見て、銀月はため息をついた。

 

「……良く分からないが、これで良いんだな? まあ、慣れるまでが大変だろうが」

「ま、そんなことより早く帰ろうぜ。急がないとまた妖怪に出くわすからな」

「なら飛んで帰ろう。ギルバート、魔理沙は任せた」

「オーケー。じゃあ魔理沙、背中に掴まってろ」

「それじゃあ、君は俺が抱えて帰るとしようか」

「分かった」

 

 ギルバートが魔理沙を背負い、少年を銀月が背負う。

 そして飛び立つ前に、銀月は少年に声を掛けた。

 

「よし、じゃあしっかり掴まっ、ってろよ?」

 

 思いっきり台詞をかむ銀月。

 どうやら、自然に男っぽい口調をすることにはまだまだ苦労しそうである。

 それを聞いて、隣で飛び立とうとしていたギルバートがヘナヘナと崩れ落ちた。

 

「おいおい、もうちょい流暢に喋ろうぜ、銀月?」

「うるさい、喋りなれてないんだから仕方ないだろ!! ああもう行くぞ!!」

「わわっ、ちょっと待ってよ兄ちゃん!!」

 

 銀月は真っ赤な顔を隠すように、急いで飛び上がっていった。

 その後から、ギルバートがゆっくりと飛び立つ。

 そんなギルバートに、魔理沙が話しかけた。

 

「そういや、何でお前は私を手伝ってくれたんだ? 人間嫌いだったら無視すると思ったんだけどさ?」

「……幾ら相手が人間でも、友達と認めた奴を捨てておくほどろくでなしになった覚えはない。それだけだ」

「そっか……結構格好良かったぜ、ギル」

「……ふん、人間に言われても嬉しくねえよ」

 

 ギルバートはそう言って魔理沙から顔を背ける。

 その反応に、魔理沙はニヤリと笑った。

 

「おお? ひょっとして照れてる? 照れてんのか? んん?」

「っ、馬鹿野郎! 放り投げるぞ、テメェ!!」

 

 からかう様な魔理沙の言葉に、ギルバートはそう喚きながら身体を揺する。

 それを受けて、魔理沙は笑いながらギルバートにしがみつく。

 

「にゃはは、悪い悪い。悪かったから落っことすのは勘弁だぜ」

 

 無邪気な笑みを浮かべながら、魔理沙はギルバートにそう話す。

 それを聞いて、ギルバートは憮然とした表情を浮かべた。

 

「ちっ……これだから人間は……」

「おいおい、この前確か人狼も似たようなものって言ってなかったか?」

「あ~あ~、聞こえねえなぁ~」

 

 魔理沙とギルバートは楽しく話しながら一緒に人里へと戻っていった。

 その後、無事に少年を両親の元に送り届けると、三人は仲良く里の中を歩き回ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 里を歩き回って日も暮れた頃、銀月は博麗神社へと足を運んだ。

 宵闇に満たされた境内に足を踏み入れ、霊夢の住居へと足を運ぶ。

 

「お邪魔するよ、霊夢」

 

 銀月が家の中に入ると、今で寝そべっていた霊夢がむくりと身体を起こした。

 その表情は笑顔であり、久々の暖かい夕食への期待が込められていた。

 

「待ってたわ、銀月。早くご飯作って」

「……相変わらず努力する気は無いんだな」

 

 眩しいまでの笑顔を向けてくる霊夢に、銀月はそう言ってため息をつく。

 すると、霊夢は若干うんざりした表情を浮かべて答えを返した。

 

「だって、銀月に任せたほうが確実じゃない。私が料理を頑張ったところで食材の無駄よ」

「だからって、俺に任せ切りで良いのか? 何かの拍子で俺が来れなくなったらどうするつもりだ?」

 

 銀月はもう紫と一緒に何度したか分からない質問を霊夢に投げかける。

 そんな銀月に、霊夢は首をかしげた。

 

「……ねえ、その喋り方どうしたの?」

「……色々あるんだ、ほっといてくれ」

 

 霊夢の問いかけに、銀月は憮然とした表情でそう答える。

 すると、霊夢はそれっきり興味を失ったように笑顔を見せた。

 

「まあいいけど。そんなことより早くご飯♪」

「はいはい、分かったよ。それじゃ、さっさと作るとしますかね」

 

 霊夢に催促されて、銀月は苦笑いを浮かべながら料理を始めた。

 なお、この日の料理は銀月の執事修行を兼ねて、材料持込のかなり豪華なフルコースとなっていた。

 これに味を占めた霊夢が後日同じことを銀月にねだって大弱りさせたのだが、それは余談である。


 
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