No.66391

その昔、花売りは思った

篇待さん

この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。
霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。
忘れられた、彼らの物語。

2009-04-01 13:37:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:800   閲覧ユーザー数:751

 おばあちゃんが風邪をひいたというので、私がお見舞いに行くことになった。ママにパンとぶどう酒の入ったカゴを渡される。けっこう重いけど、大丈夫。私だって今年でもう10歳だ。もうひとりで井戸から水を汲んでくることだって出来る。もう、一人前なのだ。

 おばあちゃんの家は村の外れにある。小さい村なので、外れといってもそれほど距離があるわけではない。それでも10歳の私にとっては近くはない距離だ。

 

 ノックをしても返事はなかった。きっと寝込んでいるのだろう。鍵は開いているようだったので、勝手に入ることにする。

 確かにおばあちゃんは寝込んでいた。縄でグルグルに縛られて、猿轡を噛まされた姿で。私の姿を見て、モガモガと必死に何かを訴えてくる。それが危険を知らせようとしているのだということはわかっていた。しかし、手遅れだったのだ。私がこの部屋に入った時点ですでに手遅れだったのだ。喉元にナイフを突きつけられて、私は大人しく縛られた。泣き喚かなかったのが不思議なほど、そのとき私は恐怖で震えていた。

 強盗は、私を縛った紐の端をベッドの脚に括りつけて、再び家捜しの作業に戻っていった。あの作業が終わったら、私たちは殺されてしまうのだろうか。そう考えると恐ろしくなった。

 泣きたくなった。でも、泣いたりしたらきっと殺されてしまう。泣かなくても殺されてしまうかもしれないけれど、それでも少しでも長く生きていたかった。奥歯がカタカタと不愉快な音をたてている。止まらない。

 強盗が、私を見る。

 ついにその時がきてしまったのだ。

 

 

 強盗は私たちを殺すことはなかった。

 哀しそうに私たちを見て、彼は何もせずに逃げていった。私とおばあちゃんは互いの無事を喜び、泣いて抱き合った。

 そして私は思ったのだ。

 いつかどこかで死にかけている人を見つけたら、私は無償でこの手を差し伸べよう。

 嗚咽をもらしながら、そんなふうに思ったのだ。

 

 


 
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