No.66361

四月一日の愚か者

紡木英屋さん

せっかく四月一日なので、短くても物語を。
不完全燃焼な感じは、……仕様ですよ?

2009-04-01 07:06:02 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:540   閲覧ユーザー数:515

 

「どうして四月一日は、春休みになるんだろうね?」

 

「意味が分からん。一億年後に掛けなおせ」

「いやんっ、そんなに長い間も俺と関わっていたいなんてっ」

「滅べ」

 

 通話を切ろうとした携帯から、ぎゃーやめてーなどという悲鳴が上がる。だが知ったことでは無い、容赦なく切る。

 ぷつっ――。通話は切れて携帯の画面には、味気ないカレンダーが映る。その画面を数秒眺めて、彼女は携帯を閉じようとした――のだが。

 

 ルールールル、ルールー。

 

「…………」

 この能天気な着信音は、間違いなく先程の男だ。仕方ないので、出る。

「実は俺……、大富豪の息子だったんだ……。ほら、野摘財閥の」

「嘘だろう」

「うん」

 

 悪びれる事も無く、電話の向こうの男は軽薄そうに笑った――ような気がした。詳しい事は分からない、実際に遭って話しているわけではないからだ。会ってではない、遭って、だ。

 

「ねー、里枝。暇だし駅前まで来てよ。あーそーぼっ」

 無垢な笑顔が脳裏に浮かぶ。今日は四月馬鹿の日だ。信用ならない。

「そうやって私を騙す気か。どうせお前は駅に来ないんだろう?」

「もー。どんだけ俺悪いヤツよ? そんなことするわけ無いだろ」

 

 ほんとに疑い深いよねー里枝、としみじみと語り始めたヤツのペースに乗せられてはならない。その手口に騙された男女は数知れなさそうだ。詳しくは、やはり知らない。

「じゃ、駅前で待ってるから。財布は……まあ、こっちで全部持つから別に持ってこなくてもいいかな」

「そういって私を何駅か先で置いてけぼりにするつもりだな」

 沈黙。

 

「ねえ、里枝。本当に、疑うの止めてよ」

「否定しないのか」

「いや、違うよ。純粋に、里枝と遊びたいだけだよ」

 電話越しの声が沈んでいるのがよく分かる。呆れているのか、落ち込んでいるのか、それは分からない。四月馬鹿の日だから仕方ないと言っても、さすがに悪い気がする。

 

「……まあ、少しだけなら時間が無いわけでもない」

「本当!?」

 ぱあああ、と相手の表情が明るくなるのが目に見えた。これは、ほぼ確信。

「じゃあ十時に駅ね!」

「え後六分しかな」

 ぷつ――。通話は無情にも切られた。

 約束してしまっては仕方ない、少しでも折れてしまった自身が悪い。もう少し粘っていれば何か状況が変わっていたかもしれないが、後の祭り。同じ轍を踏まないよう、今後の課題とすればいい。

「さて、」

 とりあえずパジャマの姿をどうにかせねば。

 

 

「りーえー!」

 駅の看板近くでヤツは楽しそうに手を振った。背後の看板には波の打ち寄せる浜辺の写真に決め台詞、『君と夏、××××』。

 

 ヤツの周りの大人たちが、いぶかしんでこちらを見る。そこで微笑んだサラリーマン、これが殺意が湧く瞬間と言うものだろうか?

「ちょっと黙れ」

「酷い……。今に始まったことじゃないけど」

 何気に暴言を吐いたヤツの懐に拳を一発。それでも平然としているところは、さすがヤツと言うべきか。何十年も付き合ってきたわけだが、未だにヤツの性格はいまいち掴めない。

「じゃ、行こっか?」

 ヤツは少し屈んで、俯いた私の顔を見上げてくる。こういう仕草は、少しだけ可愛いかもしれない。

 

「少し隈できてるね。お化けみたい」

 

 ……前言撤回。とりあえず頭を数発殴る。

 それでも飄々としているところが、ヤツの長所であり、短所。

「切符はもう買っておいたから、行こ。里枝」

 直接聞く声は、やけに静かで心地がいい。ヤツの声だけは、割と好きだった。

 

 

 込み合った車内で、残念ながら席は空いていない。

「大丈夫? 吊り革に手ぇ届く?」

「大丈夫だ」

 少し蒸し暑い車内、周りは自分達よりも背の高い大人たちばかりで、全てに押し潰されてしまいそうだった。手の届く範囲に吊り革があった事は、不幸中の幸いと言うべきか。

 

「一駅だけだし、ちょっとだけ我慢しててね」

 

 

       ・

       ・

       ・

 

 がたん、ごとん。窓から見える景色が、ゆっくりと流れていく。車内には、他の客がいなかった。橋を渡りきり、がたんっと少し大きめの揺れ。

 彼はその長い髪を揺らしながら、傍らの人物に顔を向けた。

 

「……続き、もう書かないんですか?」

「厭きたからね。結末が思いつかない。未完、という完成だよ」

「それは残念です」

 

 B5のノートを閉じて、長い髪の男子はそれを相手の鞄の中にしまった。その様子をちらりと見て、それからすぐに興味をなくして、茶髪の彼は流れていく景色を見た。暖かな日差しが車内に入り込んで、言葉を溶かす。

 

「有理は、どうしてこの物語を書き始めたんですか? 恋愛ものを書くなんて、珍しい」

 

 髪の長い男子は、前を見たまま隣の茶髪に話しかける。その問いかけに、素っ気無く有理は答えた。

 

「気まぐれ。……実はその物語、実話に基づいているって言ったら、どうする」

 口元を哂うように歪ませて、彼は髪の長い男子に問いかけ返す。向かい側の窓に、その表情が映っていた。

「さあ。今日は四月一日ですからね」

「嘘吐きたちの日だしね。――で、榧雪は信じる?」

 

 ふふ、と榧雪は髪を小刻みに揺らしながら小さく笑った。その仕草は何処までも優雅で、声は静かで心地がいい。

 

「どちらでも。……実話であろうと無かろうと、私には関係ありませんから」

「ふうん、何気に冷たい奴だね。別にどうでも良いんだけれど」

 

 車内のアナウンスが、終着駅の名を告げる。もうすぐ、この電車は帰路に着くのだろう。車内の二人だけの客が、立ち上がった。すぐに、左側の扉が開く。

 

 

「これを信じるのも信じないのも君の勝手だからね。違いなんて信じた愚か者だったか、疑い深い愚か者だったか、だけだ」

 

 

 二人は、誰も居ない寂れたホームに降り立った。

 

 

 


 
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