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真恋姫無双幻夢伝 第三章8話『夜明け前』

劉備との決戦の前。長い話ですが、ちょっとしたポイントになっています。

2013-12-23 07:47:11 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3004   閲覧ユーザー数:2616

   真恋姫無双 幻夢伝 第三章 8話 『夜明け前』

 

 

「報告します」

 

 凪が口火を切り、ようやく会議が始まった。寿春での大敗から3日経っていたが、合肥に建設した本陣で開かれた作戦会議はまだ重い空気に包まれている。凪は寿春に忍び込んでいる密偵の報告から伝えた。

 

「我々に賛同してくれた市民の代表者3名は全員処刑されたそうです。他の者も委縮してしまい、もう反乱を起こす可能性は無いと思われます」

「劉備軍の数は?」

「今はまだ千名程度。しかし続々と徐州から来ているという報告が」

「それだったら私の担当なの。劉備軍は総勢1万程度。袁術軍が5千だから、合わせて1万5千ってとこになってます」

 

 李靖軍の兵は8500ぐらい。1500ほどの兵が先日の戦で死傷して減少した。相手の2分の1だ。

 

「まいったな。なぜ奴らは袁術軍に味方している?元々反目していたはずだ」

 

 椅子に座るアキラのつぶやきに誰もが首をかしげた。高圧的な外交政策を採る袁術に、陶謙の時代から反発してきた過去がある。なにか理由が無ければ援助しないだろう。

 そこへ華雄が前に出てきた。殿の時、腰に受けた切り傷を覆う包帯が痛々しいが、本人は平然としていた。

 

「アキラ。気になることがあった」

「なんだ?」

「援軍に来た劉備軍の中に『公孫』という旗が見えた。たしか公孫賛は死んだはずでは?」

「何?…いや、まてよ。そういうことか!」

 

 口に手を当てて納得したように首を縦に動かすアキラ。真桜が疑問の声を上げた。

 

「隊長。どういうこと?」

「おそらく劉備は公孫賛を匿っている。確か同郷と聞いたことがあるな。そういえば公孫賛には一騎当千の武将がいると聞いたが、それが趙雲だったか」

「アキラ。それだけでは分からん。ちゃんと説明しろ」

 

 少し声を荒げて華雄は説明を求めた。状況がやっと理解できたのか、アキラは「まったく。せっかちだなあ」とおどける余裕を見せながら説明を始めた。

 

「公孫賛を匿ったということは袁紹との仲が必然的に悪くなったということだ。さらには曹操に逆らって処刑された董承に協力したという噂も出ている。北海まで出張ってきた袁紹と強大化しつつある曹操に挟まれては、劉備は辛かろう」

「なるほど!北と西に巨大な敵がいるから、今のうちに南に勢力を確保しておこう、ということやな。隊長!」

「そうだ。しかも陶謙が先月死んだばかりだ。戦争を仕掛けて、無理やりにでも軍の結束を固めておこうという意味もあるはずだ」

 

 病床の陶謙に頼まれて徐州の太守になった劉備。しかし納得していない陶謙の部下も当然いるだろう。既存の部下と陶謙の部下を融合させるには共同作業、この場合では戦争が最も効率が良い。

 アキラは頭の後ろで手を組んで得心のいった表情を見せる。

 

「奴ら、袁術がこれでもかっていうくらい弱った最高の機会に入り込んできた。こりゃあ袁術の勢力全て取り込む気だな」

「確か相手の軍師は諸葛孔明という者」

「そうだな、凪。険悪だった袁術と渡りをつけたんだ。それだけでもよっぽど優秀なやつだろう」

「敵を褒めるのはそれまでにしておけ。それで、これからどうする?」

 

 華雄が疑問を呈したところで、ちょうど知らせが舞い込んできた。

 

「申し上げます。孫策様のご使者が到着しました」

「ま、そういうことだ」

 

 

 

 

 

 

 寿春城内の雰囲気は戦勝気分とは言い難かった。援軍に来た劉備軍や黄巾族出身の半ば傭兵のような袁術軍とは異なり、寿春の民はこの事態に不安を隠せないでいた。先日の戦いでは多くの“仲間”が主君に反乱を起こして失敗、町のあちこちにその傷跡が残っている。しかも主君は自力で鎮圧した訳では無く、他国の軍隊に頼っている。汝南の反乱軍は未だ合肥に駐屯中だ。

 現状への不安と未来への恐怖を抱えた寿春の民。彼らが劉備軍を見る視線の温度は、その先に天の御遣いや軍師がいても、冷たいものだった。

 

「小沛とは全然違う…」

「そうですね。ご主人様」

 

 自分の主君を救ってくれたにも関わらず、この対応。これを異物への不信と捉えるのか、もしくは袁術への信頼感の無さと捉えていいのか。一刀と朱里は戸惑うばかりだ。

 

「なんか俺たち、歓迎されてないな。さっきの売店のおばちゃんも塩対応というか」

「『塩対応』?それはどういう意味ですか?」

「ああ、それは態度がクール…じゃなくて冷たいっていう意味だよ」

 

 誰からも声をかけられぬ道を歩き続け、袁術と劉備がいる外城に辿りついた。すると、愛紗がぼろぼろになった門の近くで待っていた。

 

「ご主人様、お待ちしていました。軍議にお越しください」

「何かあったの?」

 

 愛紗は周りに聞こえないように耳元に近づいて囁いた。

 

「また戦争です」

 

 

 

 

 

 

 会議が行われている部屋に行くと、いきなり一刀の胸に美羽が飛び込んできた。

 

「かずと!かずと!孫策がくるのじゃ!」

 

 一刀にしがみつく美羽。まだ2日の付き合いというのに、彼女は彼を信頼しきっているようだ。誰かが「このたらしめ」とつぶやいた。

 

「美羽さま。孫策の軍隊が来るわけで、孫策自身が来るわけではありませんよ」

 

 七乃が微笑んで一刀に張り付く美羽の肩にそっと手をのせながら、さり気なく一刀から剥がそうとする。一刀は七乃の目が笑っていないことに気が付いていた。

 しかし美羽はなかなか離れようとしない。

 

「あやつは怖い!怖いのじゃ!前に会った時も睨んでおった!」

 

 美羽は七乃の目も怖くなっていることを察していないのか。一刀は七乃から目をそむけた。が、そらした視線の先に、桃香や朱里、特に愛紗があからさまに怒っている表情を見てしまった。モテる男は辛い。

 一刀は苦し紛れに話題を変える。

 

「そ、それで、孫策軍はどのくらいの数なの?」

「…ハァ~。3000ってとこだよ、一刀」

 

 ため息交じりに白蓮が応答してくれた。一刀が感謝を込めてウインクすると、「よせよ」と顔を赤らめる。また誰かが「女殺し」とつぶやいた。

 やっと気持ちを落ち着けた朱里も現状の分析に努める。

 

「それが加わって李靖軍の数は11000から12000だと思います。今の我々と同じぐらいです」

「でも数日後には劉勲将軍が3000名の兵士を引き連れて合流しますから、こちらのほうが有利になりますよ」

 

 七乃も朱里の方を向きながら意見を出す。しかしまだ引き剥がそうと美羽を抱えようとしているが、一向に離れない。七乃の横顔が見える一刀からは右のこめかみがピクピクと動いているのが見えた。

 ここで桃香が周りを見渡しながら思い切った意見を出してきた。

 

「ねえ、みんな。次はこの城の外で戦わない?」

 

 皆がギョッと桃香の方を見つめた。いつの時代も城を盾にして戦った方が有利なのだ。まだ食料も豊富にある。それにもかかわらず出された桃香の意見はあまりにも常識外れだった。

 

「このまま城の中で戦うのは無理だと思うの。町の人にも迷惑がかかっちゃうし」

「迷惑って、そんなこと…」

「私も同じ意見です。城の設備も先のいくさで破損したところもあります。さらにもしかしたら、また反乱が起きてしまう危険性もあります」

 

 七乃を遮るように朱里が意見を出す。桃香も朱里も所々壊されて治安も悪くなった町の様子を見に行っている。いつ不測の事態が起こってもおかしくないように見えた。

 まさかの意見に七乃や袁術側の重臣たちは動揺を見せる。代表するように七乃が会議の進行を止めようとした。

 

「ま、待ってください!話し合わせてください!」

「美羽はどうなの?」

「かずとたちに任せるのじゃ」

 

 一刀の問いかけに美羽が考えもせずに答えてしまったことで、結論が決まってしまった。七乃や他の重臣は主君の命令に逆らうことは出来ず、おとなしく従った。

 愛紗がまとめに入った。

 

「では、敵が進行してきたら郊外へ出陣するということでよろしいですね。これで軍議を終わりにしたいと思います」

「かずと!とっておきのハチミツがあるのじゃ!一緒に来るのじゃ!」

「ちょ、ちょっと待てよ」

 

 終わった途端に美羽は一刀の手を引いて部屋を出て行ってしまった。劉備やその部下もぞろぞろと出ていった。美羽と一刀の関係をうらやましく思っている人もいるが、兄妹のようだとほほえましく感じる人が大半だった。二人の姿を見て、彼らは顔をほころばしていた。

 残った七乃たち。彼らの目は劉備たちとは対照的に怪しく光っていた。

 七乃が、劉備たちがいなくなった空間に向かって一言、つぶやいた。

 

「このまま、おとなしく従う私たちではありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 孫策からの援軍が来るのが明日に迫った夜。ここ最近では特に冷え込んだ夜だった。

 暖房もない時代。アキラは自室に使っているテントの中、ベッドの中で身を丸めて眠っていた。布団にくるまっていても凍える。

 彼はふと何かを感じた。背中の向こうに誰かがいる。布団に隠していた短刀を引き寄せながら尋ねる。

 

「誰だ」

 

 返事がない。まだそこにいるようだ。

 アキラはかけ布団を剥いで飛び上がり、ベッドの上で立ち上がった。そしてすかさず短刀をその“誰か”に向けて突き刺した。

 感触は無い。改めて構え直し、周りを見渡す。すると、隠しようもない巨体が彼の横にいた。

 

「うふふ、さすがだわ。あの子たちが選んだ理由が分かった気がする」

 

 もみあげから出ている三つ編み以外に綺麗に禿げ上がった頭。蓄えたあごひげ。ぴくぴくと動く筋肉。そして氷が張るほど寒い夜というのにふんどし一丁で仁王立ちしているおっさんがそこにいた。身体をくねくねさせて満面の笑みを浮かべている。

 アキラはそれを見て背筋にぞくぞくと冷たい感覚を覚えた。

 

「えげつな」

「……今のは見逃してあげるわ」

 

 一瞬真顔になったが、その巨大な男は再び笑顔になって自己紹介を始めた。

 

「始めましてだわね、アキラちゃ~ん。あたしの名前は貂蝉よ。よろしくね♡」

「そいつは、なんとも、ショックだ」

「あら、そんなに褒められても困るわ。でもこう言った方があなたには分かりやすいかもね」

 

 貂蝉は腕を組んでアキラの視線と自分の視線を合わせた。

 

「あたしがこのゲームの『主催者』よ」

 

 アキラの脳裏に電流が走り、何年も前の記憶が蘇った。短刀を握る手に力がこもる。

 

「左慈と于吉が言っていた“ボス”か」

「あたーり。さすがに頭の回転が速いこと」

 

 貂蝉は顎に片手を添えながら部屋の中をゆっくり歩き回り始めた。女性らしい仕草ではあるが、一方では大胸筋がより強調されて、いびつな光景になっていた。

 

「あの子たち、こんな大それたことをしでかしてくれて、まったく、困り者だわ。しかもご丁寧に、あなたのデータに介入できないようにプログラムも書き換えてたのよ。おかげでお客様に叱られちゃったわ」

「あいつらはどうした」

「それがさあ、あの子たちも改変できないようなプログラムになっちゃってるの。拷問にかけたって無駄じゃな~い?あたしだって手荒い真似はしたくないし。しょうがないからアラスカの奥地で交通量調査をやらせることにしたわ。今後一生ね♡」

 

 アキラは二人に対して本当に気の毒に思った。そして同時に、外部からの介入がないことに安心した。

 

「あいつらに感謝しないとな」

「あら?それは早とちりよ。彼らはあたしからあなたに介入する権利を奪っただけで、この世界には結構介入できるものよ。今までだって色々と介入したもの。何か思い当たらない?」

「……なるほど、洛陽を放火したのはお前だな」

「正解よ!ああしないとこの世が乱れないもの。当然でしょ。それに、ご主人様を劉備玄徳と引き合わせたのもあたしよ」

「北郷一刀のサポートってことか」

「そうよ。こうなったらあなたに勝たせないためにも、あたしはご主人様を応援しちゃうわ」

 

 これで合点がいった。あれは偶然ではなかったのだ。

 アキラの当初の目的は十常侍への復讐であった。彼らがいなくなっても、洛陽という中心とそこにある朝廷の官僚機構がある限り、その影響は限定的だ。今の状態はそれが無くなったことが大きく絡んでいるに違いなかった。

 ここまで考えてみたところで、アキラは今更ながらある疑問を持った。

 

「おい」

「なにかしら」

「なんでここまでべらべらと話す?なぜ手の内を明かすようなことをする?」

「あら、簡単なことよ」

 

 貂蝉は歩みを止めて、再びアキラを見る。そして声をより低くしてアキラに言い放った。

 

「あなたはご主人様に勝てない」

「………」

 

 貂蝉はその太い人差し指をアキラの顔に向けながら続ける。

 

「あたしは賭けをしているお客様に気付かれないくらいのイカサマを出来る。でもあなたにはそれが無い。ご主人様にはあたしという守護がいる。でもあなたにはそれが無い」

「結局、何が言いたい」

「絶望しなさいってこと。勝てないゲーム盤の上でせいぜい必死に踊りなさい。これはあなたに贈る“い・や・が・ら・せ”♡」

 

 そう言うと貂蝉は見上げた。もう段々とお互いの顔が見えやすくなってくる頃になっていた。

 

「もう夜明けね」

 

 彼女はアキラに投げキッスをして、別れを告げた。そしてアキラがまばたきをする間にスッと姿を消す。

 影の無い彼女は彼に言い残した。

 

「知ってる?夜明けは人を選ぶの。選ばれた人しか見ることが出来ないのよ」

 

 笑い声が聞こえる。嘲笑を込めたその言葉はアキラの耳に残る。ベッタリとくっついたようだった。

 もう彼女はいない。声も聞こえない。彼はどこかで見ているはずの彼女に向かってそっとつぶやく。

 

「阿呆め」

 

 アキラは外に出た。まだ太陽は昇っていない。白んできた空に半分明るくて半分暗いままの雲が浮かんでいる。風は無い。

 彼は太陽が昇ってくるはずの方角を向く。そして白い息を吐きながら言うのだった。

 

「朝日は自分で迎えに行くものだ」

 


 
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