「立てますか? 美空さん」
「ん…」
泣くだけ泣いてから、ディアーリーズは美空が立てるよう手を掴んで支えてあげる。怪我は既に完治しているとはいえ、まだ無茶が出来るような状態ではないからだ。
『思い出せない、けど……思い出、まだ作れるから……あなた、と…一緒に…』
「ッ…」
先程、美空の告げた言葉が脳裏に浮かぶ。
美空はディアーリーズを恨んではいなかった。一緒にこれからの新しい思い出を作って欲しい。彼女は確かに、彼に対してそう願った。そこまで言われてしまえば、彼だって断る訳にはいかない。
(彼女の為なら、僕は…!!)
「ッ…あ!」
「!? 危ない!」
歩こうとした際に足が縺れたのか、美空は危うく倒れそうになり、それに気付いたディアーリーズが慌てて彼女を受け止める。
「「…あ」」
しかしその際、二人の顔が近距離まで近付いていた。息を吹きかければ届いてしまうくらいに。
「す、すいません! わざとじゃありません…!」
「大丈、夫……ありが、とう」
二人は顔を赤らめながら無言になり、その後は何とかディアーリーズが美空を支える形で立ち上がろうとした……その時だった。
「ふぅ~ん……お熱い状況じゃないの?」
「…ッ!!!」
瞬間、ディアーリーズの動きが硬直した。聞こえる筈の無い声が、自身の耳に聞こえてきたのだから。
「私達の知らないところで、また一人堕としていたなんて…」
「そ、その声は…」
油の差していないブリキの如く、ディアーリーズは首をギギギと後ろに向ける。部屋の入り口では、黒いロングヘアの女性が腕を組んだまま仁王立ちしていた。
「ア、アキ…!? 何でここに…!!」
「朱音さんから連絡を受けて、さっきここまで飛んで来たのよ……それよりもウル」
黒いロングヘアの女性―――アキは右手の骨をコキコキ鳴らす。
「これが一体どういう状況なのか……少しばかりO☆HA☆NA☆SHI、させて貰おうかしら?」
「ア、アハハハハハ…」
数秒後、ディアーリーズの断末魔が
「…ディアーリーズ、大丈夫か?」
「ふぁい、なんほか…」
「そっとしとけ、放っとけば元に戻るだろうよ」
「ウル兄ちゃん、大丈夫?」
その後、食堂に集まった一同。
アキから何かしらお仕置きを受けたのか、ディアーリーズは椅子に座ったまま口から魂がエクトプラズムしてしまっていた。okakaが心配そうに声をかけるもガルムがそれを引き止め、赤毛にポニーテールの少女が心配そうにディアーリーズを揺さぶっている。
「うん、大丈夫だよ~咲良ぁ~…」
「あ、ウル兄ちゃん起きた!」
(起きたって言うのか、これ…?)
ディアーリーズが赤毛の少女―――咲良に返事を返すが、やはりまだ色々なダメージが抜け切ってないのは明らかである。
「全く……私達の知らないところで、また一人女を作っちゃってたか」
「本当よ。こっちには何の連絡もしない癖に、また一人で勝手な事しちゃってさ」
ピンク髪の女性―――こなたは何処か諦めたような表情で頬杖をついており、アキは不貞腐れたような様子で腕を組んでいる。二人からすれば、ディアーリーズのこういった行動については既に慣れてしまっているようだ。
「でもビックリよ。ウルがまた一人女を作りやがったってアキが言うもんだから、相手は誰なのかと思ったら…」
薄茶色で長髪の女性―――アスナが横目でチラッと見る。
「まさか、美空ちゃんがそうだったなんてね…」
「…?」
アスナは溜め息をついてから、美空と向き合う。
「ねぇ美空ちゃん、本当に覚えてないの? 私と咲良ちゃんの事も」
「…ごめん、なさい」
どうやらアスナや咲良とも面識があったようだが、美空は二人の事も思い出せなくなったようだ。美空が申し訳無さそうにアスナと咲良に謝罪する。
「みっちゃん……わたしたちのこと、忘れちゃったの…?」
「…本当に思い出せないみたいね。これも全部、管理局の仕業かしら?」
「管理局の仕業なのもあるっちゃあるんだが……とある事情から、彼女の記憶が修復される事を良しと思わない奴も何人かいてな。ちなみに、彼女の記憶を消したのはアイツだ」
ガルムは離れた席でコーヒーを飲んでいる竜神丸を指差す。
「…またアイツかい」
こなたが竜神丸を睨み付けると、それに気付いた竜神丸はコーヒーを一気に飲み干す。
「ぷはぁ……仕方が無いでしょう? 放置すればナノマシンの暴走もあり得る状態でしたし、何より団長さんからの勅命ですから。従わざるを得なかったんですよ」
「…それにしては、躊躇って物がまるでありゃしないね」
「そう言われましてもねぇ……元はと言えば、ディアーリーズさんが彼女を助けるなんて言わなければ、最初からこんな事にはなっていませんよ。あのまま死なせた方が、彼女は記憶が残ったまま、あの世とやらに昇天する事も出来ていたでしょうに」
コーヒーを飲み終えた竜神丸が立ち上がる。
「とにかく、この
そう言って、竜神丸は食堂を立ち去って行った。その際、任務から帰還したロキとルカが入れ違いで食堂にやって来た。
「あぁ~疲れたぁ……ってあれ? アキちゃんに、こなたちゃん?」
「あ、アスナさん。それに咲良ちゃんまで…?」
「ヤッホー、タカナシ兄弟。久しぶりだねぇ」
「あ、ろーくんにるっくんだー!」
ロキとルカに気付いた咲良が、元気良く挨拶する。この時、手を振り返したロキとルカだけでなく、他のメンバーも彼女の可愛らしい一面に心を癒されたのはいつも通りの話である。
「…あ、それで四人共。いつの間に
「朱音さんから『ディアちゃんが若干落ち込んでるから、何とか立ち直らせてあげて』って連絡を受けてね。ウルを苛め…ごほん、慰める為にわざわざ飛んで来たって訳よ」
(((((苛める為って言おうとしたな今)))))
アキが言葉を訂正したのを聞いて、咲良以外のメンバーは心の声が一致する。が、直接口にすると後が怖いので誰も表には出さない。
「なるほどねぇ……んで、こなたちゃんはどうしたのさ? そんな怖い顔して」
「ん? あぁいや、何でもないよ」
先程まで竜神丸と話していたからか、こなたの表情は若干不機嫌なものだった。ロキに指摘され、すぐ柔らかい表情に戻す。
「ところで、ディアーリーズさんを慰める為って言ってましたけど…」
「えぇ。最初はウルだけ意地でも立ち直らせてやるって考えでいたけど……美空ちゃんの事も、ひとまず何とかしてあげなきゃとは思っているわよ」
「…美空ちゃんの事はすまなかった。俺もディアーリーズと一緒に助けようとしたんだが……結局まともな形では救えなかった」
「ロキさんが謝る必要はありません。こうなったのも全部……僕の所為ですから」
「「「「「……」」」」」
その場の空気が重くなる。何人かのメンバーは何かを言いたそうにはしているものの、言葉が上手く出ない所為で結局は無言のままでいる。
「いつまでも重っ苦しい空気出すなよ、お前等」
「「「「「!」」」」」
そんな彼等を見かねた支配人が、運んできた料理をテーブルに置く。
「望んでいた形とは違えども、命までは落としちゃいねぇんだ。時間だっていくらでもある。記憶が全部なくなっちまったんなら、またこれから新しい記憶を作っていきゃ良いんだ」
「支配人さんの言う通りよ」
朱音も和食料理を運んできた。
「美空ちゃんの事が心配なのも分かるわ。けどねディアちゃん……いつまでもそうして立ち直れないでいたら、私達やアキちゃん達だって心配になるし、美空ちゃんにも不安を感じさせてしまうわ」
「朱音さん…」
「…ところで朱音さん、その料理は―――」
「失敬ね。作ったのは和食だけよ、洋食にまで手は出しちゃいないわよ」
「「お前の突っ込み所はそこかい!!」」
kaitoのズレた発言に、okakaと支配人が同時に突っ込みをいれる。
「とにかく、空気の重くなる話は止めだ止め! ここからはなるべく楽しくなるような話で盛り上げていけば良いんだよ。そうだろ?」
「…ま、確かにそうだね」
ロキ達だけでなく、アキ達の表情にも笑顔が戻る。
「そういう訳だ! せっかく俺と朱音さんで作った飯だ、一つたりとも料理を残したりすんじゃねぇぞ野郎共!!」
「「「「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」」
「って食うの早ぇなお前等!?」
支配人の言葉にokaka、蒼崎、ガルム、kaitoの四人が料理に食い付き始める。流石の支配人も予想していなかったスピードで料理がどんどん食い尽くされていく。
「ヤバい!! このままじゃ俺達の分がなくなっちゃうよ兄貴!!」
「ちょ、待てやお前等!! 任務帰りの俺達に飯を食わせろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「食うのは良いがよ……少しは行儀良く食えんのかアホ共ォッ!!!」
「ギャーッ!? 支配人がキレおったーっ!?」
ロキがokakaの食べようとしていたフライドチキンを無理やり奪い取ったり、支配人の投げたフライパンがkaitoの顔面に命中したりと、食堂があっという間にカオスな空間へと変貌してしまった。
「あ~あ、何でこうなっちゃったのかしらね」
「まぁ、薄々こうなっちゃうのは分かってたけどさ」
「あははは…」
「みんな楽しそう~!」
アキは呆れたような目で男メンバー達を見据えるが、こなたはこうなる事は分かってた様子。アスナは乾いた笑みを浮かべ、咲良は楽しそうに両目をキラキラ光らせている。
「まぁとにかく、皆も楽しみなさい。支配人さんの作った料理ならまだたくさんあるわ」
「…仕方ないわね」
朱音の誘いを受けて、アキは溜め息をつきつつも楽しそうに笑ってみせる。
「それじゃ、私達も楽しむとしようかしらね……ウル、それに美空ちゃんもこっちに来なさい! 思い切って楽しみ―――」
「皆」
楽しく暴れている野郎共を他所に料理を食べ始めようとしたアキ達を、ディアーリーズが呼び止める。
「…ごめん。僕が立ち直れてない所為で、皆に心配かけちゃって」
「今更何を言ってんのよ。あなたはとにかく、私達の為にあってくれればそれで良いの(じゃないと他に苛める相手がいないじゃないの)」
「ウルがどれだけ落ち込もうとも、私達がいつでも慰めてあげるからさ。美空ちゃんの事だって面倒は見てあげられるよ(その方が、ウルの好感度も上がってこっちも都合が良いし)」
「必要な時は呼びなさいよ。私達は何時だって、ウルの味方なんだから(しまった、私もウルに手料理を振舞ってあげるべきだったわ)」
「ウル兄ちゃんもみっちゃんも、元気出してね?」
アキ、こなた、アスナ、咲良の四人はそれぞれ励ましの言葉を投げかける。もちろん、咲良以外の三人は他に何か思惑があるようだが。
「それでもだよ。僕なんかの為に…」
「皆、本当にありがとね」
「「「…ッ!!!」」」
ディアーリーズが笑顔を見せながら礼をしたのに対し、咲良以外の三人は顔を赤らめながら思わず両手で自分の鼻を押さえた。
(((出た、ウルの無自覚過ぎる純粋な笑顔……可愛過ぎる…!!!)))
顔を赤くしたまま鼻を押さえる三人に対し、ディアーリーズは「?」と頭にクエスチョンマークを浮かべる。どうやら自分の見せた笑顔が原因でこうなっている事には気付いていないようだ。
「ねぇねぇ、料理なくなっちゃうよ? 早く食べようよ~」
「ハッ!? いけない、このままじゃ私達の食べる料理がなくなるわ!!」
「ちょ、アイツ等、いくら何でも食べるの早過ぎじゃないかい!? あんだけあった料理がめっちゃ減っていってんじゃんか!!」
「大丈夫よ!! いざという時は、この私が手料理を振舞うわ!!(それで上手い事、ウルを落としてやれば…)」
アキ達は急いで自分達の料理を確保しに向かい、男メンバー達と料理を巡って大乱闘を開始してしまった。結果、ディアーリーズと美空、そして咲良の三人だけがその場に取り残される。
「えぇっと…」
ディアーリーズはどうするべきかと考えながら、チラッと横目で美空を見る。
「…楽し、そう」
「え…?」
美空は不思議そうな目で、料理を巡った大乱闘を起こしているロキ達やアキ達を見ていた。
「みっちゃん」
「!」
そんな美空の手を、咲良が小さく可愛らしい手で掴む。
「一緒に食べよ? ウル兄ちゃんも」
「一緒、に…」
美空がディアーリーズに目を向ける。視線を向けられたディアーリーズは若干戸惑いつつも、その表情に少しずつ笑みが戻る。
「食べましょう。美空さんも一緒に」
「…はい」
ディアーリーズが手を差し伸べる。無表情だった美空も、嬉しそうな表情で彼の手を掴んでみせた。
食堂で一同が騒いでいる一方、とある資料室では…
「なるほど……この娘達ですか」
「さて、これからどうしてくれましょうか…」
竜神丸とデルタの二人が、壁に張られたポスターに目を向けているところだった。
「どうもこうもありません。我々OTAKU旅団は、いかなる敵も始末しなければならない……やるべき事自体に、何の変わりもありはしない」
「おやおや、心の無い言葉ですねぇ」
「…あなたにだけは言われたくありませんよ」
デルタは服の袖から取り出した三本のナイフを、ポスターに向かって投げつける。三本のナイフはそれぞれ、ポスターに写っている三人の少女に突き刺さる。
「さぁ、次はあなた方の番ですよ……機動六課」
八神はやて。
フェイト・T・ハラオウン。
そして、高町なのは。
いずれ管理局にて、とある部隊を設立する事になる少女達だった。
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再起:立ち直る獅子・そして始まるはカオス