No.643728

ある狂人の日常"2"

十五夜の頃にカリカリと書き上げたのですが、投稿するのが面倒だったのでずっと放り出していた作品を投下してみます。
少しは調整しましたが、特に何も考えてません。

2013-12-08 17:44:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:246   閲覧ユーザー数:246

 中秋の名月。今日は特に、すごく綺麗な満月がでていると聞いた。悪いことをするには持ってこいな日だ。まあ、犯罪をするのに持ってこいな日なんてないんだけど。ハンズオブグローリーにでも火を灯して、今日の犯罪日和を占ってみようかしら。まあそんな不気味で仕方のない物持ってないけど。というか、あんなもの実在してたら、今の世の中お巡りさんを呼ばれるわよねアレ。要するに死体の一部なんだから。遺跡でお骨が発掘されたときでさえお巡りさんが呼ばれるのに。いや、そもそも持っていない物について、私はいつまでこんなどうでもいい考えを巡らせなきゃならないのか。まあいいか。どうせ暇だし。

 そんなわけで、アベックと家族連れがアホみたいにいる山頂の公園を横目に歩く。ところで、昔のとある牛丼チェーンについてのコピペじゃないけどさ。バカかと。アホかと。お前等中秋の名月ごときで普段こない公園になんて来てるんじゃないぞ、と。パパのこの望遠鏡、すごいだろー、とか、どこに隠してたかもわからない安物の望遠鏡出して、子供に、パパすごいぞ、存在感あるぞって思わせてるんじゃないぞ、と。普段ないくせに。まあそもそも、私の両親は存在感もクソも、存在自体してないのだから存在感アピールもクソもない。今更アピールされてもいろいろと困るし。っていうか、30にもなって特定の相手もなく、特定の仕事もなく、挙げ句お薬漬けの過去でぶっ壊れてる娘を見ても困るだけよね、正直。

 そんな社会のゴミ代表の私は、そっと公園をすぎて、脇道にそれ、柵とかいろんなアレをそこそこ身軽に乗り越え、っていうか、そもそも私が身重になる理由がないんだけどさ。さっきも言ったとおり、特定の相手もいなければ、普段は家に引きこもりで、男性はおろか人間と接触することさえ稀だし。だいたい、私の身体は身重になる要素が取り除かれてるし。で、なんで私は自分の身体的特徴を語る羽目になっているんだろう。不思議な話だけど気にしないでおこう。ホント。いつまでもこんなどうでもいい思考をする気はない。

 で、どこまで話したっけ。そうそう、柵を身軽に越えて、余裕の立ち入り禁止区域を、私は悠々自適に歩いていたわけだ。まあ別に、ガイガーカウンターがガリガリいうから立ち入り禁止というわけでもなく、かといって熊がでるわけでもない。単純に、足場が悪いから立ち入り禁止というだけの、ただそれだけを説明するために、私はこんな回りくどい言動を労することになる。私はものすごく素直だから、本当はこんな回りくどい言い方をする必要はないのに。ちなみに大嘘。私なんて、素直という言葉が聞いてあきれるレベルでひねくれてる。

 さて、たどり着いたのは穴場スポット。真下は断崖絶壁。でも視界が通っていて、おまけに月が真正面に見える最高のロケーション。やれ木が邪魔だのなんだの言いながら、あんな人混みで場所取り合戦をするよりはよほど良い。なおついでに言うと、ここは隠れた自殺スポットとしても有名だ。何せ、ここはこっちからみると、まるでぽっかり穴があいたようになっているけど、外側から見ると、何にもわからない。私だって、知ってても外側からここを探すには苦労する。今まさに死なんとする人間に気づくのは、ほぼ不可能に近い。ついでに今気づいたけど、あの柵とかでここが立ち入り禁止にされているのは、きっとそれもある。意味ないけど、大して。

 ちょうど私が崖っぷちに腰掛けたとき、真正面には月がいた。何が楽しいんだろうね、私は。足をぶらぶらさせながら、適当な鼻歌まで歌っちゃって。まあ、綺麗なものを見るのは私好きだし。今にも滑り落ちそうなくらい楽しく、時間が経つのも忘れて、私は月を見つめ続けた。

 まあ、本当は何も楽しくなんてない。だいたい、今自分が生きているのか、あるいは死んでいるのか。実は自分と思っている自分は、自分以外の誰かじゃないだろうか、とか。私に残ってるものなんて何もない。私がそこそこ遊んで暮らせる程度には、お金は入り続けているから、何もせずともだらだら暮らしていけるけど、無気力無感動の生活を送っているのだって、結局はそれをどんな形であれ、終わらせる気力すらないからだ。ホントは、辛い。

 と、ここまで思えば、きっと大多数の人は私を可哀想な人だと勘違いしてくれただろう。大体嘘。どのくらい嘘かっていうと、本当は何も楽しくない辺りから全部。大体、私がこんなまともな思考をしてたら、今頃部屋で白骨化してる。まともな思考をしていないからこそ、今私はこうして綱なしバンジー飛び込み台みたいなところでテンションをあげられるわけだ。なんたらと煙は高いところが好き、というのは本当らしい。私がそのなんたらだし。

 がさ、と、後ろで枝を踏み折り、草葉の揺れる音がした。誰だろう。近所のおじさんだろうか。「こんなところで何をしているんじゃー!」と怒鳴られそうな気がする。まあ、確かに危ないよね。柵も何もない断崖絶壁だし。うっかり落ちたら、ちょっと痛いじゃ済まないし。いや、痛いどころか痛いって感じることすらできないかも。

 で、私はというと、無視してた。後ろからド突かれるかもしれないけど、まあそうそうそんなことをする奴はいない。だって、ここは発見されにくいだけで、要注意ポイントとしてマークされてるしね。だから封鎖されてるし、ここ。それに、いくら発見されにくいとはいえ、落ちたら私は極彩色をぶちまける羽目になるわけで、そうなったら、いくら現代の日本人がご近所さんに無頓着であっても、間違いなく気付く。あ、でも気付かないのかも。見たら気の弱い人だと気を失うだろうし。で、私はいつまでこんなどうでも良いことに気を配り続けなければならないのかな。

 誰かが草むらから出てきたらしき音。そこで音がやむ。なーんだ、誰もいなかったのか。落とされるんじゃないかと心配して損した。でも、この次の瞬間、後ろから突き飛ばされるんじゃないか、という、ギリギリのスリルがここで終わってしまったのは悲しい。楽しかったのに。ホント。で、そろそろ私を信用する人はいなくなっている頃かな。ちょうどいい。

 月もぼちぼち見飽きてきた。元々見るのを楽しんでたとも言い難いけど。でも私の身体は楽しそうに揺れていたし、きっと楽しんでいたのだろう。たぶん。

 振り向く。女の子が立っている。今時死滅したんじゃないかと思える、いや、よく考えると、私の前に現れる女はたいがい絶滅危惧種の類だ。つまり逆に言えば、私がいる限り、絶滅危惧種が引き寄せられるから、絶滅危惧種は絶滅危惧種になり得ないわけだ。なんだ、私って案外すごい存在じゃないか。世界中の生物学者は私を頼るべきだ。それだけで絶滅危惧種のリストは意味をなさなくなる。でも冷静になると、私は絶滅危惧種な人間の女の子しか引き寄せられない。やっぱ意味ないわ。世界中の生物学者の皆さんごめんなさい。大嘘ついたわ。

 で、どこまで言ってたっけ。そうそう、絶滅危惧種な女の子、としか言ってなかった。どう絶滅危惧種なのか、というと、あれだ。今時見ないくらい真面目な、校則にぴったり沿った黒セーラー。スカートが極端に短いこともない。アホかこいつは、っていうくらい狂ってる、まともな格好をした少女。ところでどうでもいいんだけど、どうしてスカートが校則よりも短い子って、階段を上るときに極端に下を気にするんだろう。そんなに気になるならスカートを短くしなければいいだけの話なのに。で、そういうのに限って、スカートの中見られてると自意識過剰に反応して勝手に機嫌を悪くするのよね。全く、あんたみたいな奴の汚いおぱんてぃなんか誰が見るんだっていうお話。誰も貴方のスカートの中身なんて気にしてないし、嫌ならスカートをはかなければそれで丸く物事は収まるっていうのに。

 さて、私が振り向いて、アホなことに思考を巡らせてる間も、彼女はずっと、私を不思議そうな目で見ていた。この子、割とすごい子なんじゃないだろうか。私を不思議なものとして認識するとは。私を見ると、やれ無口だのクールだの深窓の令嬢だのと、私の本来の属性とはまるっきり逆なことばかりいって見とれやがる。アホか、そんな属性かけらもないわ。単純に言葉として話すのが面倒だから無口なだけで、それだけで言いたい放題ほめられるってのも気分が悪い。そろそろ信用なんて皆無だろうけど、ここは事実。まあどうでもいい事実よね、これ。それに、不思議なものを見るような目で見てるのは、きっとこんなところに自分以外の人が来たり、いたりするとは思っていなかっただけだろう。正直そのくらい純粋そうだし。

 さて、振り向いた私と女の子は、しばらくの間見つめ合っていた。見つめ合うと素直におしゃべりできない、というわけじゃない。ぶっちゃけ話す理由がない。だって、たまたまここで会っただけの仲だし。ここで会っただけのナカちゃんだよー。やっぱり私には似合わないキャラだからやめよう。解体されるのも御免被る。

「あの、えっと」

 ようやくのことで、女の子がそんな感じで音声を発声した。すごい機械的な言い回しよね、これ。案外、私も機械的に働いていたことあるし、こういう言い回しの方が私には似合っているのかもしれない。でもかっつんかっつんして肩が凝るっていうか間接が痛くなりそうなレベルだから却下。

「月が、綺麗ですね」

 ようやっとで絞り出した言葉がそれか。しかも月が綺麗ですねって。「私ハ汝ヲ愛ス」なんて日本人は言わないから「月が綺麗ですね」くらいに訳せって言われた、夏目漱石の生徒か。今はそんな奥ゆかしい風潮なんてあんまりなさそうだけど。つまり告白か。出会って一分で合体。AVだとちょっと遅いわよね、これ。あっちは出会って数秒以内で合体だから。で、たぶん彼女はそういう意味で言ったんじゃないだろう。おそらくは、言葉通りの意味。

 しかしどうして昔の夏目漱石さんは、"I love you."を月が綺麗ですねと表現したのやら。おもしろくて笑いがこみ上げてくる。ふふっ、と思わず笑ってしまう程度には笑いがこみ上げてきた。

 それを、不思議に思ったらしい。彼女は困ったように首を傾げている。おそらく私みたいに、自分で無意識に考えていることすら冗談みたいな人種とは、全くの真逆の人種なのだろう。これまた冗談みたいに真面目な子。やっぱり私と同人種かも。

「あの、えっと、おかしかった、ですか?」

 大丈夫大丈夫、君がおもしろい訳じゃない。あ、すごくしれっと失礼なことを言った気がする。言い直そう。私がおかしいだけだから何も気にする必要はない。首を横に振って、私は笑顔を作って見せた。新潟県に在住する熟練職人の手により、一つ一つ心を込めて手作りした笑顔です。で、笑顔の原材料は何だろうね。

 

 なんやかんやの末、私は横に彼女を招き、腰掛けさせた。地べたに座るのに慣れているのは、さすが今時の学生か。もとい田舎者の。私が最初に抱いていたイメージが崩れかけ。頭髪まで偽装してた建築家の手で作られております。危険ですので絶対にお近づきにならないようご注意ください。別にイメージが実体を持ってるわけじゃないから、崩れたところで誰一人としてケガしないけど。あ、でもヘコんだ私が勝手にケガするかも。ヘコまないしケガしないけど。

 で、私は何をしたかといえば、何もしない。横に座らせて、また月を見るのを再開しただけ。女の子は何か期待してたっぽいけど、あいにく私はそういう期待を裏切らないと気が済まないタチ。別にタチとかネコとかで薔薇の花が咲く展開にはならない。というかそもそも私だって一応女のような何かなんだから、そういう言葉で表現するのとはちょっと違うと思う。咲かなきゃならない花は百合だ。

 どうやら、私は言葉を話すことができない、と思われたらしい。少女は対話を諦め、ぽつり、ぽつりと、自分の言いたいことを話し始めた。ごめん、はっきり言おう。お淑やかとか見た目だけだわこの子。案外すごい図々しいわ。

 で、何を語ってたかについてはさっぱり覚えてない。だって一方的に、私の意志も聞かずに勝手に話し始めたのだから、聞いてやる義理なんて欠片もない。大体、自分が辛い自分はダメだ自慢なんて聞いてもおもしろくないし。おおかた、私がいたから自殺を留まることができたとかそういう意味不明の感謝もされるに違いない。全く何なのかしらね、ホント。私如きがいる程度で崖下の平和が守れるならここに住もうかしら。あ、でもやっぱ嫌だ。今はともかく、普段はこんな月が綺麗にみれるとは限らないし、第一こんなとこ、快適という言葉とはおおよそ無縁よね。私はできれば丸一日寝てても何ら問題ない場所の方がいいんだけど。

 もう少女の方に興味をなくして。ただただ私は月を眺めていた。しかし、ホント綺麗ねこの月。こんな綺麗なものだと、なんだか惑わされそうな気さえする。村正さんの刀が、人斬りをいっぱい作ったとか、そういう逸話も、案外そういうもんじゃないの、と思う。ところで、村正の刀は諸説あるけど、刃を研ぐと研いだ人間の気が狂う、という話もあるらしい。ということは、ずぼらな奴は絶対操られない。つまり、私は操られない。私最強。

 で、ふと横を見ると、少女の姿はなかった。帰ったかな。いや、帰ったのなら、来たときみたいに音が聞こえるはず。ということは、忍者に変身して帰ったのかな。忍者なら何ができても不思議じゃないし。たとえば、空を飛ぶみたいな、そんな感じの。

 小さく、どさ、って感じの音が聞こえた。四国の人でもいるのかな。それは土佐か。ということは。私は、そっと崖下に顔を出した。暗くてよくわからないけど、なんか変な物体が転がっているのが見える。何だろうね、アレ。こんなところから不法投棄だなんて、下に人がいたら危ないと思うんだけど。まあ、でもアレがなんであれ、このままここにいるのはマズい気がする。名残惜しいけど、退散するか。家電リサイクル法違反でしょっぴかれても嫌だし。

 遠くで、サイレンの音。もう気付いたのか、早いな。警察も暇なのかしら。まあ暇じゃなかったらサイレン鳴らしてここに来たりしないわよね。私は立ち上がり、大欠伸を一つ。腰をとんとん、と叩いて、自分の家とは言えないアパートへと、足を向けた。ナンセンスなギャグ。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択