No.638227

BADO〜風雲騎士〜最終話:在方

i-pod男さん

完結です。ここまで読んで下さってありがとうございます。

2013-11-19 21:47:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1026   閲覧ユーザー数:1023

達人同士が試合をする時、剣戟の刹那、相手の刀が止まって見えると言う現象がある。時間感覚の延長に寄って引き起こされる稀な現象だ。今の凪は正にそれを感じていた。唯一違うのが、その現象の間隔が何倍にも引き延ばされて感じている事だ。イルマの一挙一動全ての物の動きが緩慢で緩やかに見えている。

 

二人が戦闘を開始してから、一分と十数秒しか時間は経過していない。だが、凪とイルマはまるで何時間も前から戦っていたかの様に息を荒らげていた。鎧の奥で目を凝らし、耳を澄ませ、空気の味を感じ、匂いを嗅ぎ、そして肌で殺意を感じ取っている。全神経を集中させながら振るわれる月影棍を回避し、再び反撃。二人の得物は既に数百合以上は打ち合っただろう。

 

「凪よ、このままでは埒が空かんぞ。時間ももう二十秒と無い。」

 

ゲルバの言葉に、兜の奥で凪は顔を顰めた。イルマが鎧を解除したのを見て、凪もまた鎧を解除した。

 

「技術はほぼ互角だな。だが、」

 

瞬きをしたその刹那、イルマの姿は消えていた。左肩に凄まじい衝撃を感じ、凪はよろめき、爪先で回転して振り向き様に魔戒剣を振るったが、刃は空を斬った。

 

「術ならば俺の方が達者だ。俺はこの日の為に生きて来た!」

 

再びイルマの姿は凪の視界から消えて、今度は臑を強かに殴られる。足をすくわれてひっくり返り、凪は背中から地面に叩き付けられた。

 

「ゲルバ、何だあの術は?!瞬間移動か?!反応出来ない!!」

 

肺の空気を強制的に吐かされて一瞬呼吸困難に陥った凪は咳き込みながらも言葉を絞り出した。

 

「違う。あれは恐らく『影遁密葬』と言う術だろう。我も術の効能などの詳しい事は分からん。だが、対処方法が無い訳ではない。暫くこの体制を維持しろ。」

 

「何?!」

 

「攻撃される方向が立っている時より限られる。方向の予測も不可能ではなくなる筈だ。」

 

「いや、もっといい方法がある。『 闘破風刃・鎧』、『 闘破雷撃・憑』、『 闘破水厳・衣』。」

 

風、雷、そして水の三重幕が凪と半径一メートル弱の空間を完全に包み込んだ。しかし、

 

「それで防御を固めたつもりか?言った筈だぞ、術ならば俺の方が達者だとなあ!!」

 

なんと、イルマはどうやったのか、三重の幕の内側、つまり凪が立っている空間の中に現れたのだ。咄嗟の事に対応が遅れてしまい、魔戒杖の一撃を防御する間も無く叩き込まれ、術も解除された。

 

「愚かな。お前は今まで何人の造反者を斬って来た?遺族の慟哭を何度聞いて来た?お前こそ学習しなかったのか?お前の様な輩も、また陰我を増やす要因なのだと!!」

 

「魔戒騎士の使命は、ホラーを殺す事。それを邪魔する者は、敵と見なす。魔戒騎士、魔戒法師であれば、尚の事。遺された者達には申し訳ないが、それが掟だ。我々はホラーが及ぼす被害を最小限に留める事だ。たとえ納得のいかない結末になろうとな。」

 

唇が浅く切れて、そこから一筋血が流れ出した。凪はそれを拭い、魔戒剣を構える。それを見て、イルマは冷ややかな声で嘲笑いながら嘯いた。

 

「貴様は神にでもなったつもりか?一体誰の許しを得て造反者や俺を斬る?我が一族を裁く権利は誰に与えられた?そうだ、お前は誰にも何も与えられていない!貴様は一族を悪と断じ斬り捨てるのは、自らの手に正義があると思い上がっているからだ。その傲慢さが、思い上がった考えが・・・・一体どれ程の人間を苦しめて来たと思う!?」

 

「俺は神や仏になったつもりは無い!人間だ、俺も、お前も。真の正義が何かなど分かる筈も無い!!故に、自らの手に正義があると思い上がっているのは否定出来ないが、これだけは言える。お前は俺の『守りし者』を危険に晒し、傷つけた。お前を悪と断じて斬り捨てる理由など、それだけで十分だ!」

 

凪は剣を逆手に構え直した。鎧を召喚する前の零が使う構えだ。そして拳闘士の様に鋭い突きを幾つも繰り出し、イルマに攻撃を叩き込んで行く。彼の言葉にイルマの表情は微かに引き攣った。

 

「確かにお前達を裁く権利は与えられてはいない!だが、何かを成し遂げたいのならば、結局は己の手で遂行しなければならないんだ!秩序を『守りし者』を守る為に、俺は戦い続ける。この命の灯火が尽きる最後の一瞬まで、俺は剣を取る! 『闘破水厳・覚』」

 

だが、何も起こらない。それを見たイルマは先程の凪の言葉に逆上して打ちかかって来た。影の中に足を踏み入れ、何と水中にはいるかの様にその中に潜り、背後から襲いかかる。そう、イルマが瞬間移動している様に見えたのはこの術の所為だったのだ。影から影へ移動しては奇襲を掛ける。

 

「そこか。」

 

振り向き様に魔戒剣を振り下ろし、イルマの右腕に一太刀を入れた。

 

「馬鹿な・・・・!?」

 

「『闘破水厳・覚』。空気中の水分と俺の五感を繋げて隠れた気配を探れる。当然、範囲は限定されてしまうが、そちらから近付いて来るのならば話は速い。動き出すのを待って、対応すれば良いだけだ。何万回やろうと、もうお前のその術は効かない。」

 

そう言いつつ、凪は剣を地面に突き刺した。そして両手の親指で喉、胸、そして鳩尾の三カ所を突く。

 

「何の真似だ?」

 

「互いの技術は互角ならば、技術の差を圧倒的な『力』で埋めて、拮抗状態を覆す。」

 

オゾンの異臭が辺りに漂い始める。最初は微かだった放電の音も、やがてバチバチと凄まじい音で凪の全身を駆け巡って行く。

 

「これは代々口伝でしか伝えられない風雲騎士の奥義の一つであり、禁術だ。先程突いたツボは体内の気の流れを加速させる。それにより気力が膂力に変わる。」

 

「何だと・・・?!そんな事をすれば」

 

「ああ。今の状況で発動すれば只では済まないだろうな。だが、ツボを突いてしまった以上もう遅い。後戻りは出来ん。一瞬だ。一瞬で、終わらせる。」

 

イルマは鎧を召喚し、更には魔導馬『幻角』すらも召喚した。黒い体に金の鬣、そして頭からは鹿の様に枝分かれする見事な二本の角が生え出ている。月影棍を地面にこすりつけて赤黒い炎が魔導馬と幻無を包む。

 

凪も剣を取って鎧と共に魔導馬の雷鳳を召喚すると、風雲剣が一つに合わさり、疾風迅雷剣となった。それを天に掲げると、月光はあっと言う間に雷雲に飲み込まれてしまい、森は闇に包まれた。唯一の光は、断続的に発生する雷と魔導火だけだ。

 

『 闘破雷撃・天雷万絶』。」

 

剣を手と擦り合わせて魔導火を自分と雷鳳に包みこむと、疾風迅雷剣を天に掲げた。青紫の炎が赤い炎や雷と共に森の暗闇を照らし出す。二頭の魔導馬は嘶き、駆け出した。空中に飛び上がり、烈火炎装を発動した二人の騎士もその勢いを利用して飛び出した。二人の位置が魔導馬と共に入れ替わり、鎧が解除された。

 

「く、そ・・・・・!!」

 

倒れたのはイルマだった。凪も激痛に表情を歪め、倒れ込んだ。

 

「凪、しっかりせんか、凪!」

 

「ゲルバ・・・・体に力が入らない・・・・零に、伝えろ。イルマを、倒したと・・・」

 

掠れる様な声で必死に呼び掛けるゲルバにそう言い残すと、凪は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「凪!!凪!!凪!!起きる!!!凪!!!」

 

「ララさん、駄目ですよ!まだ怪我をしてるんです。」

 

「そうだよララちゃん。それに、怪我人は兄さんだけじゃないんだ、もっと静かにしないと。」

 

「ん・・・・?」

 

瞼を何度かパチクリとさせて、見た事のある天井が目に入った。自分の住まいである。そして聞き覚えのある声が三つした。聞こえた順はララ、レオ、そして零である。

 

「ララ・・・・」

 

体中は相変わらず鈍痛で動けないが、とりあえず無理をして起き上がった。そしてララを無言で抱き寄せた。

 

「わぅっ!?な、凪、苦し」

 

「良かった。無事で・・・・・本当に良かった・・・・・」

 

そしてあろう事か、凪は泣き出した。涙が後から後からボロボロと零れて行く。それに気付いたララは、優しく彼の頭を撫でて背中に自分の腕を回す。

 

「凪、ありがと。」

 

ララの胸の中で涙を流す凪はまるで子供の様だった。だが、その美しい瞬間をぶち壊しにしたのは、一人の人間の口から溢れ出す馬鹿笑いだった。ソファーの方で寝そべって一部始終を見ていた獅子緒である。体中に包帯が巻かれている満身創痍だ。

 

「クハハハハハハハハハハハハ、アッッハハハハッハハハハハハハ! 驚いたぜ、全く! ヒヒヒハハハハハ!あの鉄面皮の風雲騎士様が泣くなんてなぁ。ナハハハハいってぇ!」

 

だがその馬鹿笑いは邪美と烈花が彼を殴った事に寄って止まった。

 

「全く、空気の読めない無粋な男は嫌いだよ。」

 

「ここは黙って二人にする所だぞ。馬鹿なのかお前は?」

 

泣いていたのを見られていた事に今更気付いた凪は慌てて涙を拭った。

 

「貴様・・・・・やはり今この場で息の根を止めてやろうか?」

 

「上等だ、あん時の決着今ここで付けてやんぜ。来いや!」

 

二人は数秒の間睨み合ったが、どちらも再び笑い始めた。零も吊られて笑い、邪美、烈花も笑った。室内が笑いで満たされて行く。

 

「凪・・・・笑ってる・・・・・!凪、笑った!!!」

 

「いやいや、まあ、とりあえずなんとかなったな。ありがとな、俺なりのケジメつけさせてくれてよ。あん時ゃあ、ああ言っちまったが、その・・・・・感謝してる。ほんと、ありがとよ。」

 

「いや。立神、礼を言わなければならないのは俺の方だ。お前があいつを足止めしてくれたお陰で、俺はララを無事に連れ戻す事が出来た。恩に着る。今までの無礼な発言も撤回して、謝罪したい。すまなかった。」

 

「おいおい、待てよ。お前は頭下げる方じゃなくて下げさせる人間だろうが?もっと堂々としろよ、らしくねえ。」

 

「お前がそう言うなら、そうしよう。後、お前を改めて『ザルバ』と呼びたい。」

 

「ザルバ?」

 

「旧魔戒語で友達って意味よ。」

 

ルルバが口を挟んだ。

 

「好きにしやがれ。」

 

「ん・・・・?」

 

改めて部屋を見渡すと、一人足りない事に気付いた。

 

「翼はどうした?姿が見えないが。」

 

「鈴ちゃんに会いに行ったよ。」

 

「戦いが終わって、無事だって事を伝えにね。そこら辺は相変わらずよね?」

 

零が腕を組んでクスクスと笑った。シルヴァも含み笑いを隠そうとしていた。

 

「そうか。」

 

「でも、凪さん、貴方はまだ安静にして下さい。傷の方は大した事はありませんが、大規模な術の連発による疲労と強力な術を強引に発動した反動で、体は衰弱しています。一ヶ月位は様子見としてララさんに見てもらって下さい。」

 

「一ヶ月!?二週間もあれば」

 

「駄目!!」

 

「凪、ララ助けた。今度、ララ、凪助ける。おあいこ。」

 

父親同様意中の異性の押しには弱いのか、凪は素直に引き下がり、ベッドに横たわった。

 

「分かった。イルマはやはり死んだのか?」

 

「ええ、そうです。鎧も魔戒杖も元老院が回収して保管しています。ブルトスレイヴも、全て破壊しました。事は全て、終息しました。今はゆっくり休んで下さい。腕も完治しましたし、僕はグレス様に報告が残っていますから、これで。」

 

「ありがとうございます。」

 

「んじゃ、僕もそろそろ管轄に戻ろ〜っと。番犬所の神官もうるさくてさ。ララちゃん、ファイト。兄さんも、早く元気になりなよ?」

 

そう言い残して零とレオは去って行った。

 

「さてと、あたし達はもう少し残る事にする。二人の治療を一人でこなすには無理があるだろう?少なくともどっちかが完全に治るまで、アタシらが面倒見るよ。」

 

「ただ、この馬鹿は先に移動させる。同じ部屋じゃゆっくり出来ないだろうからな。」

 

獅子緒を担架で別室に運んだ。途中で運び方が雑だの何打の文句を垂れる獅子緒の怒声と烈花の怒号が聞こえたが、それもすぐに収まった。

 

「凪、やっと笑った。」

 

「ああ。自分でも不思議だよ。無くなっていた何かが、戻って来た。そんな気分だ。」

 

ララは凪の頬に手を当てた。ひんやりとした白魚の様な指が顔を撫でる。その感触はたまらなく心地良く、落ち着く物だ。二人の顔の距離は徐々に縮まって行き、二人はいつの間にか唇を合わせていた。

 

「凪・・・・・大好き。」

 

「俺も、ララが好きだ。」

 

再び抱き合うそんな二人の周りに、開いた窓からそよ風に乗っていくつもの花弁が舞い込んで落ちて行く。それはまるで二人を祝福しているかの様に見えた。

 

 

 

ED:風〜旅立ちの詩〜

 

 


 
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