No.631143

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十九話

Jack Tlamさん

新キャラ登場。

久々にいちゃつく一刀と朱里。しかし違和感バリバリである。

お楽しみください。

2013-10-25 06:29:42 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:8291   閲覧ユーザー数:5644

第十九話、『思わぬ再会と新たな出会い』

 

 

―遂に始動した『計画』。最初の協力者は雛里、次いで白蓮をはじめとする公孫賛軍の面々。

 

多くの頼もしい仲間を得た俺達は、皆に次にやるべきことを伝えていく。ここからが正念場なのだ、気合を入れ直さねば。

 

誓いをした翌朝、俺達は再び謁見の間に集まっていた―

 

 

 

「―公孫賛軍は反董卓連合に参加してくれ」

 

俺がまず頼んだのはそれだった。

 

「…ふむ。私達は北方の異民族と対立しているが、烏丸も鮮卑もあまり動きを見せていないから、ごまかしはきかんということか。

 

 なるほどな。確かにそれは後々重要な問題になる。この連合が解散してからのな…」

 

そう。幽州は北方の烏丸及び鮮卑と国境を接し、争ったり交流があったりする。烏丸の方には白蓮も手を回しているのだが、動きが

 

殆どないのはわかっていたから、彼らをダシにすることはできない。いずれは戦うことになるだろうが、今は反董卓連合に参加して

 

おかないと後で袁紹軍に攻め入られる口実を与えてしまう。鮮卑もこのところ動きが無いので、こちらもダシにはできない。念のため。

 

これが大陸西部の羌や氐であれば何とかなったかもしれないのだが、あいにくとここ幽州は大陸東部だ。つまり、反董卓連合に疑いを

 

もたれてしまう可能性が非常に高い。

 

加えて、大勢力となった白蓮が参加しないのも不自然だろう…色々と大勢力が不参加なのはお約束だが、黄巾党との戦いであれほどの

 

戦果を挙げた公孫賛軍が参加しないのは、はっきりいって…麗羽はともかく曹操と孫策あたりが疑いを持ちかねないから。

 

どっちみち、麗羽は攻めてくるだろうけど…その時期を遅らせられるなら遅らせた方が良いのだ。

 

「成程…して、主よ。主と朱里はどうなさるのです?」

 

「徐州に向かい、張三姉妹を保護する」

 

「天和達を…ああ、そういうことですか。曹操の勢力拡大を防ぐためですな?」

 

「そういうことだ。ここに来て、黄巾党に潜入させていた忍者兵が生きてくる。備えあれば憂いなしというやつだ」

 

「は~…一刀、あんたそこまで予防線張ってたんだ…正直、死んでも敵に回したくないね」

 

涼音がおぞ気に襲われたかのように両腕を胸の前で合わせてしまう。まあ、気持ちはわかる。

 

俺と朱里は明日にでもここを出立し、徐州へと最短ルートで向かうことになっている。張三姉妹の保護のためだ。

 

彼女達は『超越者』ではないため記憶を甦らせることはできないが、忍者兵を通じて説得は可能だろう。

 

「張、三姉妹…?」

 

ふと、水蓮が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

「水蓮?」

 

「…あの、私、張三姉妹、と、知り合い、なんです。遼西に、巡業で、来ていたところで、会って…良い、歌でした」

 

「…そうか。水蓮は知り合いだったのか…俺は魏にいた時は警備隊隊長と並行してあの子達の世話役をやっていたし、曹操の勢力が

 

 拡大するのを少しでも防ぐため、あの三人を保護するという作戦はここに来たその時から進行していたんだ。黙っていてすまない」

 

「いえ…」

 

思わぬところで接触があったようだ。遼西はかなり遠いから三人とも諦めるかと思いきや、しっかりと行っていたらしい。

 

水蓮も一人の観客として三人の歌を聞き、見物料と一緒に路銀と、俺達も持っている思抱石の御守りを渡していたとのことだった。

 

世の中、わからないものだ。

 

「その後は洛陽、か?」

 

「ああ。月達に会って、俺達を勢力下に加えてくれるように頼んでみる。

 

 馬騰からも働きかけてくれるよう頼んであるから、向こうも門前払いはしないだろう。面子が面子だけどね…」

 

「月?」

 

涼音が首を傾げる。

 

そういえば、昨日の説明では真名を持ち出すのは涼音達が知己を得ている面子に限定していたんだっけな。俺もうっかりしていた。

 

「ああ、ごめん。それは真名。董卓のことだよ」

 

「雅な真名だね~…あんたの話とあわせて考えると、流されてる噂がまったくアホらしいよ。いい子なんでしょ?」

 

「ああ。儚げな子だよ。優しいし、気立ても器量も良し。多少、天然で腹黒いのが玉に瑕かもしれないが、ご愛嬌ということで」

 

…ごめん、月。今から会いに行くよ。謝りに。

 

そして、ここからが重要だ。今までも重要だったが、俺達は新たな腹心をあそこに送り込むことになる。それは…

 

「…星」

 

「…私個人に何かやってほしいことがあるのですな、主よ」

 

「ああ…君はここを離れ、平原に向かってほしい。君の中立的視点と論理的思考は、劉備軍の暴走を抑制するのに最適だ」

 

「…ふむ。私を大計の布石にするとおっしゃるか…」

 

彼女は公孫賛軍の一大戦力だ。正直、ここで抜けさせるのは戦力的に痛いのだが…そもそも公孫賛軍はもう質では曹操軍に匹敵する。

 

それに将も優秀だ。そうそう後れは取らないし、何より今回は事情が事情だしな。本格的な殺し合いはしない。これに備えて兵の質を

 

高めていたという側面もある。だから、星が抜けても穴は埋められるだろう。

 

それに加え、現状劉備軍関係で一番の問題になっているのは…あの子のことだ。

 

「それもあるけど、一番の問題は雛里なんだ。昨日も言ったが、あの子は初めて会った日の君との会話や、俺達の言動の端々から、

 

 自力で『計画』に辿り着いた。ここに来る前、あの子は俺達が洛陽に行くということを見抜いていたんだよ。陣営内では孤立気味だ。

 

 愛紗は雛里に辛辣だし、孔明も桃香寄りだし…鈴々とは変わらず仲良くしているけど、君にもあの子を支えてほしいんだ」

 

「あいわかった。私にお任せあれ」

 

星はいつものように不敵な笑みで俺の頼みに応じてくれた。

 

これで雛里の心労も多少は軽減してあげられるだろう。星は非常に落ち着いた女性だ。加えて誰かを盲信するようなこともなく、

 

常に中立的視点を保ち、一点に捕らわれない大局的な視野を持っている。雛里にとっても強力な援軍になるだろう。

 

「幽州防衛のために残る指揮官は誰にするのです?」

 

「…そこなんだよなぁ~…星が抜けるなら水蓮は連れて行きたいし、涼音や優雨も前線で戦えるから必要だろうと思う。

 

 加えて稟と風の知恵も借りたいし…だから防衛に回せる人材がいないんだよなぁ。今回、幸いにも優秀な人間は多いんだけど…」

 

白蓮がそうぼやいていると、番兵をやっている兵がやって来る。

 

「どうした?」

 

「は。公孫賛様に御目通り願いたいと申す者が来ております。名は諸葛均と言うそうです」

 

…なんだと?

 

「そうか…よし、通せ」

 

「はっ」

 

…これは思わぬ事態だ。朱里が言うには、これまで諸葛一族の他の人間がいた例はないらしい。朱里の家族を除いて。

 

縁者はいたようだが…朱里も名前を思い出すことができなかったようだ。これも外史の規定というやつなのだろうか。

 

だが、親が同じ諸葛均の名前が出なかったということは、これまでは『いなかった』のだろう。

 

 

やって来た少女―諸葛均は、かつての朱里より若干背が高い少女だった。精々数センチ差だろうけど。

 

顔立ちや髪の色は朱里とよく似ている…瞳が青いことと、長髪で頭の左右で輪を作っているところは違う。どことなく巫女っぽい。

 

小蓮みたく巨大な輪ではない。小さい輪が両側にあって、それで余った髪は流している感じだ。

 

「―お初にお目にかかります、公孫賛様…わたしは諸葛均、字を子魚と申します」

 

「うむ。よく来たな。私が公孫賛、字は伯珪だ。此度は何故涿までやって来た?」

 

「…わたしは姉と共に水鏡塾で学んでいたのですが…姉が学友の鳳統と共に旅立ち、黄巾党の乱があってからは、わたしも

 

 いてもたってもいられず…水鏡先生にお願いして、水鏡塾を出てこちらまで参りました。御噂はかねがね伺っております。

 

 こちらに仕官させていただきたく存じます」

 

全然噛まない。朱里には失礼だが、随分と落ち着いた子だ。小柄ながら武人的な気配もある…おそらく剣を扱うのだろう。

 

実戦で使うのかはともかく、立ち振る舞いは純粋な軍師のそれとは似て非なるものだ。

 

「ふむ…お前の姉とは諸葛亮のことだな?」

 

「えっ…!?…た、確かに、わたしの姉の名は諸葛亮ですが…」

 

「彼女は今、平原で私の学友である劉備に仕え、軍師をやっている。鳳統も一緒だ」

 

「平原…あの、幽州に降り立ったという『天の御遣い』がいると噂になっているところですか?」

 

「その『天の御遣い』は今ここにいるがな…あと、ここでは上下関係はあれど、口調について気にする必要は無い。

 

 礼を失するようなことが無ければ、私は特に形にはこだわらんつもりだ。それはお前の本来の口調ではあるまい?」

 

「…はい、わかりましたの」

 

いきなりお嬢様口調に変わる諸葛均…麗羽とはまた違う、楚々としていて高飛車さを感じない口調だ。

 

「ふむ。では聞こう、諸葛均。お前はどの方面が得意だ?うちには軍師が既に三名いるが…まあ優秀な人材が多いに越したことはない。

 

 分け隔てるつもりもないから、遠慮せずに申し出てくれ。それを活かす法を共に考えようじゃないか」

 

そう朗らかに語りかける白蓮の言葉を受けて、諸葛均は少しの間思案していたが、やがて顔をあげて問いに答える。

 

「…わたしは軍略において鳳統に及ばず、政において姉におよばず。しかし政において鳳統を超え、軍略において姉を超えますの。

 

 どっちつかずと言っても良いでしょうが…」

 

中間的な立ち位置にあるのか…史実でもほとんど情報が無いし、『三国志演義』に至っては劉備に仕えたかどうかの記述すらない。

 

どういった能力を有しているのかはわからないが、それなりの職は貰っていたはずだから優秀なのは確かだろう。

 

もっとも、雛里も政治が不得手ということは無いし、孔明も軍略が不得手ということは無い。それでも二人にはそれぞれ得意分野があり、

 

諸葛均にはそれがなく、どちらも同程度にこなせるということだろう。

 

「そうか。しかし、先程から見ていて、お前の立ち振る舞いにはどこか武人のそれを思わせるものがある。武も身に付けているのか?」

 

「実際に使う機会はあまりありませんでしたけれど、同門の徐庶より剣を教わっておりましたの。剣も持って来ておりますの」

 

「ふむ…おい、彼女が持ってきたという剣を持ってきてくれ」

 

「はっ」

 

白蓮が兵に言って、剣を持ってこさせる。兵が持ってきた諸葛均の剣は、細身の両刃剣…刀身が炎のように波打っていて、イメージは

 

フランベルジェといったところか。鈴々が使う蛇矛もあるからこういった類の剣が存在することに不思議はない。長さは使用者の身長から

 

考えて、ギリギリ適正サイズと言ったところだろう。リング状の鍔を持つところはレイピアに近く、どこか西洋的な印象を受ける剣だ。

 

全体的に青系の色で統一されていて、優美かつ静かな雰囲気を漂わせている。相当な名匠の手によるものだろう。

 

「銘を『血焔熾刃(けつえんしじん)』と申しますの。姉は剣を使いませんから、何度も咎められましたけれど…わたしの軍師としての覚悟ですの」

 

「覚悟?」

 

「はい。軍師は献策次第では多くの血を流す…己の血も例外ではありませんの。それから逃げるわけには参りませんの。いくら綺麗に

 

 振る舞っていても、わたし達軍師は常に多くの血を流す覚悟をしなければなりませんの。そうならないのが一番良いのですけれど…。

 

 おそらく、この乱世にあってはそれも叶わないでしょうから…」

 

「ふむ…私の知人に蛇矛を使う者がいるが、こういった刃を持つ武器は殺傷力が高いと聞く。なぜこのようなものを?」

 

「…剣で相手を傷付けることは、誰でも出来ますの。しかし、わたし達軍師は前線に立たない分、献策によってより多くの血を流し、

 

 癒え難い傷を相手に与えることがままありますの。その刃は、わたし達がしていることへの戒めの意味も内包しているんですの」

 

悲しげに言う諸葛均。しかし見事な覚悟だ…孔明が同様の覚悟を持っているかどうかはわからないが、ここまで覚悟した上でのことなら

 

ちょっとやそっとでは屈しないだろう。見た目はたおやかでも、芯は相当に強いと見た。

 

「…白蓮、彼女の覚悟は凄いと思わないか?」

 

「ああ、私もそう思っていた。若いが、ここまでの覚悟を持っているとなれば…才能がどうという話は二の次にするべきだな。

 

 覚悟があれば自分が思っている以上の力を発揮することもできるだろうし…よし、諸葛子魚。我が軍はお前を歓迎する。よろしく頼む」

 

「よろしくお願いしますの!わたしの真名は静里(しずり)と申しますの。これよりはそう呼んでいただきたいですの」

 

そこからはお互いに真名を交換し合い…最後に俺達の所に来た。

 

「あなた方が『御遣い』様方ですの?」

 

「ああ。姓は北郷、名は一刀。国の風習が違うから字と真名は無い。名を真名として扱ってほしい」

 

「姓は北郷、名は朱里。同じく字と真名を持たない身です。名で呼んでいただければと思います」

 

俺の名を聞いているときの静里は特に反応しなかったが、朱里の名を聞いたときはさすがに反応した。

 

「朱里…?姉と同じ名ですの…同じ名であっても国が違うのですからおかしいことではありませんけれど…他人の気がしませんの」

 

「私もですよ、静里さん。よろしくお願いしますね」

 

そう言って朱里は静里の手を取る…すると、静里がそのまま目を閉じて思案するように首を傾げたが、数瞬で目を開く。

 

「…なるほど。そういうことでしたの」

 

「?」

 

「わたし、物や人に触れるとそこに宿る意志が見えるんですの。この力は二人の姉と鳳統、徐庶と水鏡先生以外には知りませんの。

 

 叔父の諸葛玄ですらこれを知りませんの。人に対して使うことは好みませんけれど…不気味だと思われるでしょう?」

 

言葉こそはきはきとしているが、どことなく不安そうな面持ちの静里。

 

なるほど…感応能力か。接触が前提となるとサイコメトリーに近いのだろうか。人外の能力を持った人間は何人も見てきたが、

 

超能力者というのは初めてかもしれない。近いのは雪蓮か。彼女の勘はほとんど予知に近いからな。

 

そんな、別方向で人間を超えた能力を持つ少女軍師は、たおやかな笑みを浮かべながら驚くべき言葉を放った。

 

「後で詳しい話をお聞かせ願えますか?……もう一人のお姉様?」

 

「!?」

 

朱里の肩がビクリと震えた。仮面に隠れてわからないが、口が開いているところを見るに相当驚愕している様子だ。

 

それはそうだろう。たった数瞬の接触で、自身の正体までも看破されてしまったのだから。それで相手が落ち着きを失っていないのも

 

驚くべき点だ。静里は孔明の妹であり、そこで大して驚いた様子を見せずに笑みを絶やさない彼女に、俺達は少しばかりの恐怖と、

 

形容しがたい頼もしさを感じていた。

 

 

―それから一刻の後、別室で朱里の話を聞いていた静里が俺の許に来て、『計画』への参加を申し出てくれた。

 

曰く、

 

「お姉様にも困ったものですの。他者の心情を慮ることなど軍師としての在り方以前に人としての在り方の問題でしょうに。

 

 それに、雛里さんが心を砕いても耳を貸そうとしない主に心酔するとは、人を見る目が無いと言われても仕方ありませんの」

 

とのことだった。

 

自分の姉に対して随分と辛辣な言葉だった。姉のことは好きだと言っているが、それとこれとは話が別らしい。何はともあれ、

 

彼女もまた『計画』の協力者となってくれたのは有り難かった。取り得る手だてが増えるだろう。

 

幽州の防衛には「策略家は名を隠すものなのですよ」と言って稟が残ることになり、将としては俺達が平原に行っている間に登用して

 

いたらしい、麋竺・麋芳姉妹が配置された。挨拶をしなければなと思ったが、彼女達は今は薊にいるとのことで、すぐに会うことは

 

かなわないため、よろしく伝えておいてくれるよう稟に頼んでから俺達は町へ出かけた。

 

 

 

「―おお、北郷様。お待ちしてやしたぜ。こいつが頼まれてた長弓だ」

 

「こいつは…素晴らしい出来だな」

 

城を出てからは町の武器職人の所に行き、頼んでおいた大長弓を入手した。これは俺が設計した弓で、この大陸の様式と、和弓の要素を

 

融合させた複合弓だ。和弓のように上下で長さが違う長大な弓で、動物の骨や腱、『思抱石』を溶かすことで金属として精錬したものを

 

板状にした金属板などを組み合わせて作った特注品だ。長大であるため取り回しは悪いが、俺は標準より身長が高いので、このくらいが

 

ちょうどいいだろうと思ってのことだ。下が短いのは馬上での取り回しも考慮してのもの。騎射にはまだあまり自信が無いけどね。

 

量産ができないという欠点はあるが、元々この弓は普及兵器としての運用自体を想定しておらず、俺が「氣」を遠距離に放つ際の制御に

 

使う道具に過ぎない。勿論通常の弓としても使用できるが、「氣」を純粋状態で放つには細かい制御を全部「氣」で行わなければならず、

 

連発するには正直負担が大きい。これを媒介とすれば長射程の氣弾をより効率良く生成できる。遠距離戦の重要性は痛感していたので、

 

以前、試しに弓を媒介としてみたら、消耗を抑えられた上に射程距離が飛躍的に伸びた。やはり、何かを制御の媒介として使用する方が

 

楽なのは変わらない。氣弾を遠距離に放つなり、矢に氣を纏わせて放つなりで使い分けられる。ようは燃費重視ということだ。破壊力を

 

重視するならあの指向性衝撃波でもいいんだけど…あれは正直、破壊力が高すぎて持て余すところがある。

 

「中々難しかったが、なんとかできやしたぜ」

 

そう言って武器職人はこれを渡してくれた。代金は前金として数か月前に支払ってある。複合弓は製造に時間がかかるからだ。

 

思抱石を使っているせいか非常に堅牢で、相手の矢を弾いたりしても損傷はしないと言ってくれた。訓練中の弓兵に矢を射ってもらい、

 

それを弾いてみたが、確かに傷はつかない。俺が氣を流しているせいもあるだろうが…思抱石の新たな特性を発見できたな。俺の氣を

 

流しても砕け散ったり溶けたりする様子もない。素晴らしい弓だ。先制攻撃の際には活用させてもらおう。

 

試しを終えて店に戻ってくると、職人がドヤ顔で出迎えてくれる。

 

「どうでしたかい、北郷様?」

 

「ありがとう。最高の弓だよ。これで俺も遠距離で戦える」

 

「北郷様は弓が無くとも遠距離で戦えると警備隊の方から聞いてますがね」

 

「そこまで距離は稼げないよ。弓があればもっと遠くまで攻撃できるし、俺の馬は俊足だから騎射で使えると思う」

 

「まあ、武将として名高いあの北郷様に使っていただけるんだ。あっしも鼻が高いですよ」

 

本当に素晴らしい出来だ。じっくり眺めていると、店で待っていた朱里から絶妙なタイミングで提案があった。

 

「一刀様、銘を付けてあげましょうよ」

 

朱里のものではないが、どこか嬉しそうだ。見た目にも美しい弓だ、朱里も綺麗なものを眺めるのは好きなので、喜んでいるようだ。

 

いつだったか、「さいはての村」で桃香や朱里、星、恋、華琳、凪…後は姜維がいたな…彼女達を伴って五胡との戦いに臨んでいた時、

 

華琳が当時俺が佩いていた剣に銘がないことを知り、「名は力になる」と、その時に流れた一筋の流星に掛けて『流星剣』と名付けて

 

くれたことがあった。

 

今使っている二振の刀にも『五行流星』や『五常流星』という銘があるし、こいつもこれから俺が使うのだ、銘を付けてやらないとな。

 

「そうだな…よし、こいつの銘は『開闢弓(かいびゃくきゅう)』だ」

 

俺達はもう立ち止まれない。しかし行く先々に壁は存在するだろう。そうした壁を悉く撃ち貫き、歩むべき道を開く弓。そう願って、

 

俺はそう名付けることにした。職人に厚く礼を述べ、俺達は連れだって店を出る。

 

その後は町の見回り…言ってしまえば警邏だ。警備隊の連中も午後の警邏で出張っているので俺達がする必要は無いのだが、今だけは

 

公孫賛軍の将に戻り、町を見回る。とはいえ正規の仕事としてやっているわけでもないので、いろいろな店を回って景気を聞いたり、

 

世間話をしたりして最近の状況を生で把握する。忍者隊は定期的に報告してくれていたが、やはり生で得られる情報は大きいのだ。

 

「涿もますます賑わってるな」

 

「そうですね。遼西の方まで賑わいが拡大しつつあるようです。遼東のほうはまだだそうですけど…」

 

「あそこは最東端だしな、仕方ないよ。あっちは遼東公孫氏が治めているんだっけ」

 

「はい。幽州全域の州牧は白蓮さんですが、あちらは公孫度さんや公孫康さんが半独立政権を営んでいるそうですし」

 

幽州の北東部は多くの異民族と接する辺境で、漢や魏などの中華王朝からも絶域とみなされ、公孫度が漢から自立したり、公孫淵が

 

燕王を名乗った地だ。現在は遼東公孫氏が漢王朝の認可を受けた上で半独立政権を樹立しているため、遼西公孫氏に属する白蓮は

 

あまりそちらに干渉しないようにしている。そういえば史実だと公孫度は黄巾の乱以来の混乱に乗じて半独立政権を樹立したのが、

 

今回はちゃんと漢王朝からの認可を受けているあたり、ここの公孫度にはあまり野心が無いらしい。史実だと色々と酷い面もある

 

公孫賛、つまり白蓮があんな人が良い少女になっているので、そこはまあ受け入れられる変化だろう。

 

「これまでの外史よりも動きが激しいな。やはり規定された物語が存在しないというのは大きいんだな」

 

「ええ…でも、それもうまく利用していけばいいでしょう。腕が鳴りますね」

 

そう言って朱里はどこか優しげな、それでいて不敵な笑みを浮かべる。昔は無邪気な笑みを振りまく愛らしい少女であった朱里も、

 

今ではこんな不敵な笑顔が似合うほどに成熟した。愛らしいのは変わってないけど、何と言うか、大人の凄みを身に付けた感じだ。

 

そんな朱里を見ていたら、思わず朱里の頭に手が伸びてしまった。

 

「はわわ!?ど、どうされました…?」

 

…久しぶりに聞いたなぁ、朱里の「はわわ」。孔明のはよく聞いてたけど、朱里のそれは外史に来てから初めてじゃないだろうか。

 

「いや、つい」

 

「つい、じゃないですよぉ、もう」

 

仮面に隠れてわからないが、きっと頬を真っ赤に染めているに違いない。こういうところは昔から変わっていない。いくら心を

 

冷たく堅く鎧っていても、根っこは寂しがり屋の少女なのだから。そういう朱里の一面も、忘れないようにしなければならない。

 

悠久の時流の中で俺が最も強く愛した少女の素顔を、俺は覚えていなければならないのだ。朱里が俺の本当の姿を覚えていてくれる、

 

それと同じように。

 

そんな感じで半ばデートじみた警邏を続けていると、ふと前方から二人分の声が聞こえてきた。

 

 

「―ちょっとお昼時を逃しちゃいましたけど、まだ開いているみたいですね」

 

 

…この声は。

 

 

「―ええ。まだそこそこ混んでいるみたいだけど…評判の店だという話だし、今来て正解だったみたいね」

 

 

「…はっ!?こ、この声って…!」

 

もう一つの声に朱里が反応する。朱里の知り合いだろうか…考えられるとしたら。

 

「…行ってみるか、朱里」

 

「はい…!」

 

俺達は半ば駆け足気味に、声がした方に向かっていった。

 

 

そこはこの涿でも評判の店だった。昼飯時から少し外れているため、今はそこそこの混み具合と言ったところか。

 

ここの海老餃子がうまいのなんのって。どれもうまいけど。ここの女将は涿では有名な料理の鉄人で、朱里とも仲が良い。

 

ここなら華琳も満足するんじゃなかろうかという名店だ。

 

店に入ってみると、果たしてそこには―

 

 

「―炒飯と海老餃子をそれぞれ二つずつお願いします」

 

 

見覚えのない黒髪の少女と、見覚えがあり過ぎる青髪の少女がいた。

 

「…元直ちゃんです…あの子…」

 

「元直?じゃあ、あの子が徐庶か」

 

『前回』までは朱里や雛里の話にしか出てこなかった、徐庶という少女。お菓子作りが得意だったとか。

 

それにしても、物凄い美少女だ…やや癖毛っぽい、所々はねている長い黒髪をポニーテールに結っている。愛紗のそれは滑らか

 

だったが、徐庶のそれはかなり毛がはねていて、どうにも直し難いのでそのまま放置しているという印象だ。目は釣り目がちで、

 

瞳は澄んだ翡翠色。左目には眼帯を着けているが、怪我でもしているのだろうか。

 

朱里はあまり彼女について多くを教えてくれなかったが、ここまでの美少女ならそれも頷けるな。

 

ようは嫉妬だろう。可愛いなあ、全く。朱里だって負けず劣らずの美少女なんだが。

 

「…ちなみに、元直ちゃんが美人でないとするなら大陸に美人はいないとまで水鏡先生に評されていました」

 

…過大評価だとは思わない。俺の知り合いには美少女や美女が多いが、あそこまでの美少女はいなかったように思う。

 

「水鏡先生も相当な美人じゃなかったっけ?」

 

「ええ、とてもお美しい方です。いずれ会う機会もあるでしょうね…それと」

 

「わかってる。俺は朱里一筋さ。誰が何と言おうと、俺にとっては朱里以上の女性はいないよ」

 

「そ、そうですか…」

 

意図せずして朱里をまた赤面させてしまう俺。たらしと言われても仕方ないな。噂では陰で「もげろ」なんて言われてたらしいが。

 

「氏ね」と言われたこともあったな、大々的に。あれは天下一品武道会の時だったか、天下一品料理大会の時だったか…

 

まあそれは置いといて。

 

「なんで流琉までここにいるんだ…?」

 

それがわからない。季衣はもう華琳の許にいるのはわかっているし、忍者隊の報告でそれ以降将の追加はないとわかっている。

 

黄巾の乱が終わってそれなりに時間は経過している。季衣は手紙を出したんだろうし…届かなかったのだろうか?

 

「元直ちゃんは私達が水鏡塾を出る前に旅に出ていましたから…流琉ちゃんは元直ちゃんについてきたんだと思います」

 

「なるほど…そういうことか。季衣の手紙は届かなかったということだな」

 

これも「縁」というやつだろうか。ともあれ、声をかけておかない理由は無いか…。

 

「―おや、北郷様じゃないか。お昼かい?」

 

厨房から女将が顔を出す。俺達は女将の方を向いたが、流琉と徐庶がこちらに顔を向けたのがわかる。

 

…そういえば昼飯はまだ食ってなかったな。

 

「ああ。まだ食べてなかったんだよ」

 

「そうかい。そんじゃ、空いてる席に座っておくんな」

 

そう言って女将はまた厨房に引っ込む。飯を炒める軽快な音が聞こえてくる。

 

どの席に座るか。空いた席は幾つかあるからと探していると、俺達に徐庶が歩み寄ってきていた。

 

「―よろしければ、こちらで相席でもいかがですか?」

 

…つまり、向こうもこちらと話したいことがあるのだろう。俺達に断る理由は無かった。

 

「ああ」

 

「はい」

 

 

 

―席について、俺達が注文した料理も運ばれてきてからしばらく。食事の間はまずは食事に集中するということか、向こうも話を

 

持ち出してこなかった。俺達も取り敢えず料理を平らげることに専念する。美味い料理とは言え、俺達は何度か食べに来ているから

 

もう食べるだけなのだが、流琉と徐庶はそれはもう美味しそうに食べていた。

 

そして食事を平らげた頃には、客も既にまばら。女将に頼んで、昼時の店仕舞いになっても居させてもらえることになった。

 

客が一人また一人といなくなっていき、ついに俺達だけになると、女将は奥に引っ込む。

 

店内が静寂に包まれた時、まず徐庶が切り出してきた。

 

「『御遣い』様方の御噂はかねがね伺っています。私は徐庶、字を元直と申します」

 

「私は典韋です。兗州の山村の生まれですけど、そこにいても噂は聞こえていましたよ」

 

「俺は北郷一刀。姓が北郷、名が一刀。今は流浪の身だ」

 

「私は北郷朱里です。姓が北郷、名が朱里。同じく流浪の身です」

 

ここでやはりというべきか、徐庶が反応した。

 

「朱里…?」

 

「徐庶さんは水鏡塾のご出身だそうですね。孔明さんや雛里さんからお話は伺っています。

 

 孔明さんとは同じ名前なので、合意の上で字で呼ばせてもらっています。もちろん、真名は預かっているのですが…」

 

「あの子たちを知っているんですか?」

 

「ええ。私達がつい数日前までいた平原で、劉備さんに仕えていますよ」

 

「そうですか…では、平原にあなた方がいるという噂は本当のことでしたか」

 

「はい。もっとも、私達は平原を離れたので…今となっては、そんな噂も嘘でしかないですけど」

 

皮肉っぽい言い方をする朱里。それを聞いて徐庶が思案顔になる。次いで典韋が話しかけてきた。

 

「涿郡に来た時に、海沿いで作っているっていう塩の味を知る機会があって、興奮しちゃいました!

 

 あれって確か新しい技術を使って作られた塩なんですよね?天の国の技術なんですか?」

 

…ああ、漁陽郡の海沿いで作っている塩のことか。確かにあそこでは俺達の世界のやり方で製塩を行っている。

 

今では幽州の主要な輸出品として経済を潤している、美味い塩だ。視察に行った優雨の話では、工場を増設する計画があるとか。

 

「確かにあそこでは天の国の技術を使って製塩を行っている。美味かったかい?」

 

「はい!とっても美味しい塩でした!」

 

「それはよかった。あれが成功してからというもの、幽州はますます活気づいてきたからね。経済も潤っているし」

 

「そうなんですか…!」

 

料理人である彼女には、良い塩というのは重要なものだろう。そうでなくとも塩は重要だが、質が良いものであればなお良し。

 

朱里も「さしすせそ」には相当こだわっている。おかげでいつも美味い飯が食えるわけだが。

 

「ふふ…典韋さんはお料理が好きなんですね」

 

「はい!」

 

「私もです。天界では一刀様と二人暮らしだったので、私がお料理をしていました」

 

「そうなんですか…天の国ってどういう料理があるんですか?」

 

「この大陸で食べられているような料理は全部あると言っていいでしょう。他にもいろいろありますが…」

 

「へぇ~…うわぁ~…」

 

料理談議に花を咲かせ始める二人を余所に、俺はじっと思案している徐庶が口を開くのを待った。

 

少し待っていると、徐庶は顔を上げ、俺をまっすぐに見つめてくる―凄い眼力だ。華琳や雪蓮にも劣らないぞ。

 

「…平原を離れられたのは何故です?」

 

静かな口調でそう問いかけてくる。責めるような調子も無い。ただ静かに問うてきている。

 

「…そこから話すとなると長いな。城に案内しよう…朱里、先に行って白蓮に話を通しておいてくれないか?」

 

朱里に声をかけると、朱里は料理談議を中断して、こちらに頷いてみせ、そのまま席を立ち、店を出て行った。

 

「私達もついて行っていいのですか?」

 

「ああ。ここでするには長すぎる話だ…それに、君の学友もいるからね」

 

「学友?」

 

「静里…もとい、諸葛均が午前中に来たんだよ。それでそのまま仕官が決まった」

 

「あの子が…そうですか。ではお言葉に甘えて。あなたもそれで良い?」

 

「はい」

 

二人の同意も得られたので、俺は二人を連れて城へと向かった。

 

 

白蓮は仕事中だったし、俺たちの私的な客ということで顔を出すことは無かった。俺は東屋に二人を招き、朱里を待つ。

 

ややあって朱里が静里を伴って東屋に戻ってきた。朱里の手には五人分の湯呑みと茶菓子を載せた盆がある。

 

「静里!」

 

「灯里さん、お久しぶりですの。あなたもこちらに仕官しにいらっしゃったんですの?」

 

「いえ、ちょっと会いたい人がいたから…」

 

徐庶の言葉に、俺の方をちらと見やってから、静里が再び口を開く。

 

「一刀さん達のことですの?お二人は確かに有名な方ですけれど…旅をしていたあなたがわざわざ?」

 

「…誰かに仕官しなければと思いながら旅をしてはいたんだけど、納得できる仕官先が見つからなくて…」

 

「こだわり癖は相変わらずですの」

 

互いに顔を見合わせ苦笑する二人。さすがに旧知の仲だけあって互いのことはよく把握しているようだ。

 

しかし、旅に出ていたと一口に言っても、どこに行っていたのだろうか。孔明たちよりは先に出ているはずだから、旅の間に

 

黄巾の乱が起きているのは確実だ。大陸西部であればまあそこまで…といったところだが。

 

「徐庶、一ついいか?」

 

「はい?」

 

「君は雛里達よりも先に水鏡塾を出ていると聞く。旅をしていたとはいうが、黄巾の乱もあって大陸は荒れた…どこにいたんだ?」

 

「黄巾の乱が起きる前は天水にいたんですけど…その後はまあ、乱の真ん中を突っ切る形で徐州へ」

                                               

「かなりの激戦だったんだ。巻き込まれたりはしなかったのか?」

 

「ごく少人数の黄巾兵に襲われたことは何度か。でもそのたびに斬り捨てて来たので問題ないですね。私、こう見えても剣を使うので」

 

そうだった。彼女は静里の剣の師匠だった。史実でも徐庶は武芸に優れた人物だったし。ここの徐庶は…杖を持っているが、十中八九

 

仕込み杖だろう。戦闘スタイルはまともに打ち合うのではなく、一撃必殺を志向したものになるはずだ。南海覇王並みの強度があれば

 

いいが、こういった隠し武器は大抵通常の武器よりも強度が劣っているのが普通だからだ。

 

「…なるほどね。典韋とはどこで?」

 

「黄巾の乱が落ち着き始めた頃に徐州を出て、彼女が住む村の近くまで来ていたんですが、そこで熊に襲われて。そこを彼女に」

 

そういえば典韋は山村の出身。熊退治はお手の物と言っていた。『伝磁葉々』を繰り出されたらさすがの熊もたまらないだろうな…。

 

流石は悪来典韋と呼ばれるだけはある。牙門旗を一人で持ってたりとかしたしな…。

 

「それで、私も見聞を広めたかったのと、色んなところの料理が知りたくてご一緒させていただいたんです」

 

その後を典韋が引き取った。そういう経緯があったということは…黄巾の乱が収束するかしないかという所で出会ったのだろう。

 

季衣は手紙を出しただろうが、何らかの理由ですれ違ってしまったのかもしれない。彼女が親友の手紙を無視することは有り得ない。

 

「なるほどね。さて、徐庶…先ほどの君の質問に答えよう。俺達が何故平原を離れたのか。取り敢えずは黙って聞いてほしい…」

 

そこから、俺の説明が始まった―

 

―――

 

――

 

 

「―そんなことが本当に有り得るのですか…!?」

 

「まあ、信じられないのも無理はない。典韋、君は?」

 

「驚きの連続です…御遣い様が季衣…許緒を知っているということから、私が曹操さんに仕えていたということ…いろいろ」

 

これまでの外史では会うことも無かった徐庶は懐疑的な面持ちだったが、典韋の方は完全に驚ききった顔である。

 

「それに、彼女が…諸葛孔明ですって?あの子は今、平原にいるはずでしょう?」

 

そう言って朱里の方を見やる徐庶。朱里は静かな目でその視線を受け止める。当然、朱里は仮面を被ったままだ。

 

これで仮面を取れば、多少成長しているとはいえ、孔明と全く同じ顔が現れる。徐庶に返答しようかと思ったが、静里が先に口を開く。

 

「一刀さん達の仰っていることは嘘ではありませんの。朱里さんは間違いなく、かつて諸葛孔明を名乗っておられましたの」

 

すると、徐庶は小さくため息をついて、苦笑を浮かべた。

 

「なるほどね。静里のお墨付きなら私も信じるしかありませんね」

 

「…静里。君の『力』はそんなに精確なものなのか?」

 

「詳細にはわかりませんの。ですけど、相手の心の深い部分に触れる分、どう偽ったところで、私にはわかってしまいますの。

 

 それに、意志は記憶から生じるもの…わたしの力の本質は、深奥の記憶を垣間見ることですの。故に、偽ることはできませんの」

 

俺達も通称「ウソ発見『氣』」を使えるため、相手が嘘をついているかどうかくらいはわかる。だがこれは通用しない相手が存在する。

 

自分が嘘をついているという自覚が無い人間だ。これは人間であれば誰もが体外に常に放出している微弱な「氣」を読み取ることで

 

成立している技術なのだが、静里の場合は相手の心の底にある記憶を直接的に垣間見るため、どんな偽りも見抜けるらしい。

 

「心を偽ることができるのは時として重要だが…深い部分まではどうしても偽れないからな…」

 

「はいですの。でも、本当は対話に対話を重ねてやるべきことですの。わたしの力は、そういうことに使うものではないと思いますの」

 

静里の言う通りである。だから人に対して使うことは好まない。相手に悟らせないとはいえ、相手の心の奥に踏み込んでしまうのだから。

 

「ですから、灯里さん…お二人の言を信じてあげてください。底知れぬ闇…わたしのような者には到底推し量れない闇をお持ちですけれど、

 

 それはあまりに強い痛みであるが故の闇ですの…。お二人の覚悟を知ったわたしは、どうしてもお力になりたいと思い…お二人の言う、

 

 『計画』に参加することを決心いたしましたの。公孫賛様もお二人の『計画』に賛同し、反董卓連合への参加の準備を進めていますの」

 

静里が口にした『反董卓連合』という単語に、ピクリと眉を動かす徐庶。天水にいたということは、董卓と面識があるのだろうか。

 

「反董卓連合…そう、やっぱりね。どうもきな臭いと思っていたら。あんないい子を生贄にするなんて…信じられない」

 

…やはり、そうか。彼女は董卓と知り合いだったのか。董卓の人柄を知っていれば、この連合が如何に愚かしいものであるかは誰でも

 

わかるはずだ。雍州の人間がこれを聞いたら怒り狂うだろうな…雍州は董卓の堅実な治政で平穏そのものだし。連合が組まれれば、すぐに

 

噂が流れるだろう…撤退戦を行うには良い地盤ができている。馬騰の協力も既に取り付けてあるしな。漢王朝に忠実なあの人のことだ、

 

皇帝を保護している董卓は知人という関係以上に重要な人物として見ているはず。それに、都にいるのは劉協だけで、劉弁は既に涼州へと

 

密かに脱出し、馬騰の許に保護されていることがわかっている。つまり、董卓とは協力関係にあるということだ。俺が仕組まなくてもね。

 

「どんな人なんですか?」

 

「一言で言えば質実剛健。儚げに見えてすごく芯が強い子よ。民からも慕われているし…何事にも懸命に臨む。そんな子よ、董卓は」

 

「そんな人を…ひどい…そんな連合に、正義はありませんよ!」

 

董卓の人物像を知り、嫌悪感もあらわに反董卓連合を弾劾する典韋。彼女はかつての外史では天下統一が成し遂げられるまでは董卓と

 

面識を持たなかったから連合に特に疑問は抱かなかったと記憶しているが、今回は董卓の人物像を知る人間からそれを聞いて、もともと

 

正義感の強い彼女には連合が許し難いと思えたのだろう。

 

「俺達は董卓を救うため、これから一度徐州に赴き、要人を保護してから洛陽に向かう。

 

 公孫賛軍は連合の追及を躱すためと、呑み込んでからしばらくして効いてくる『毒』として連合に入り込むことになっている」

 

「…それは『計画』のためですか?」

 

「それもある。だが、俺自身が彼女を救いたいからそうするんだ」

 

「…お話を伺った限り、連合にもあなたがかつて愛した人々がいるのでしょう?彼女達を敵に回しても、同じことを?」

 

「言えるさ。失うことを恐れていては、本当に取り返しがつかないものを失うことになる…それがわかっているからね」

 

「…」

 

俺が答えると、徐庶はまた考え込んでしまった。次いで典韋が口を開く。

 

「私も…そうだったんですよね?」

 

 

「ああ…」

 

「それでしたら、私の真名はご存じですよね…怒りませんから、言ってみてください」

 

「…典韋、真名を流琉。許緒と同郷の少女。手にする武器は『伝磁葉々』」

 

「…すごい、全部正解です…」

 

真名以外のことも言ってみたが、より効果的だったようだ。季衣と同郷なのはともかく、武器の名前まで出されてはね。

 

典韋の問いは続く。

 

「北郷さんの仰っていることはよくわからなかったんですけど…悪いことをしようとしているわけじゃないんですよね?」

 

「…見方によっては悪いことのように見えるかもしれない。でも、やらなければならないことであるのは確かだ」

 

「…」

 

ここで彼女も考え込んでしまう。

 

この二人との接触は…静里もだけど、正直予想外のことだ…『計画』のことを話したのは失敗だったか?

 

静里はともかく、他の人間はある程度俺達と接していて、人柄をわかっているから参加を決めてくれたのだろうし、今日会った

 

ばかりの二人が参加してくれるとは到底思えない。求めるつもりもない。参加は彼女達の自由だ。それを止めることはできない。

 

世界の行く末を操ろうとしている俺達が言えたことではないかもしれないが、そこで個々人がどう生きるかまでは干渉できない。

 

自ら選び取らなければ、未来は掴めない。そして、それは決して容易なことではないのである。俺達ができるのは道を示すまで。

 

それ以上のことは一切しない。俺達が示す道を選ばないという選択肢もまた、存在しているのだから。

 

しばらく沈黙が続いた後、徐庶が今度は朱里に話しかけた。

 

「…顔を見せてもらえますか?」

 

…そうきたか。

 

朱里は思案していたが、ややあって無言のままゆっくりと仮面に手を掛け、それを取る。仮面の下から現れた素顔に、徐庶が

 

驚愕の表情を浮かべ、ついで納得したように頷いた。

 

「…本当に瓜二つね…あの子が少し成長したらこんな感じかしら。声も聞いている限りではそっくりだったし…」

 

「…私が仮面を被っているのは、孔明さんと同じ顔だということで周囲を…特に劉備軍の方々を刺激したくなかったためです。

 

 孔明さんがいる以上、かつての名は名乗れませんし…もう、捨てた名ですので」

 

「そう…静里が太鼓判を押している以上、それは事実だと証明されたようなものね…それに、悪い人たちではなさそうだし…

 

 もう一度だけお訊ねしますが、あなた方の本当の目的は何ですか?」

 

彼女の目は真剣そのものだった。隣に座っている典韋もまた、真剣な目を向けてきている。

 

「すべては『救うため』…二つの世界の崩壊を阻止し、未来を守ることです。そのためならいかなる罪も背負いましょう。

 

 咎はすべてが終わった後で…私達は『人ならざる何か』に堕ちるでしょうが…それでも、私達がやらなければいけないんです」

 

「…それはあなた方のためになるのですか?」

 

「…そんなこと、考えたこともありませんでした…ただ、未来を守れるならそれで良いと思っていただけですから。もちろん、

 

 今は天界にいる家族を守りたいという思いは個人としてありますし、生きて再会したいという思いもあります…でも、それしか

 

 望むことはないんです…もしそれが叶わなくても、未来を守れたなら、私達は一切の後悔無く闇に消えていくことができます」

 

「それがご家族を悲しませることになったとしても?」

 

「悲しまれる機会が作れるなら、それで良いのです…世界が崩壊すれば、悲しむということすらできなくなってしまうのですから」

 

「…」

 

そうだ…世界が崩壊してしまえば、じいちゃんや鞘名達は俺達のことで悲しむことすらできないのだ。世界を守った代償として

 

俺達が命を落とし、じいちゃん達に悲しんでもらえるというなら…それで良いのだとも思う。勿論、ちゃんと帰ってまた再会を

 

果たしたいという思いは、朱里が言ったように当然ある。だが…それもすべて、世界の未来を守れたらの話なのだ。つまり、

 

前提条件として「世界を守る」ことを達成しなければ、再会の喜びも、喪失の悲しみも、すべてが無くなってしまう。それだけは

 

何としても阻止しなければならない。

 

「私達に、それに参加してほしいと?」

 

「もし参加していただけるのであれば、何人も拒むことはしません。ですが、求めることもしません。私達は世界の行く末を操る

 

 ことで目的を達成しようとしていますが…人の意志までは、操れませんから…答えを急ぐこともしません。ここにいらっしゃる間、

 

 この軍の将の誰かに申し出ていただければ、いつでも参加できる手筈になっています」

 

「…私達が力を貸すとして、それは何のためなのですか?」

 

傍から見れば意地悪いと言える問いを繰り返す徐庶。だが、そんなことに苛立つようでは駄目なのだ。根気強く答えなければならない。

 

試されているというのはわかっている。彼女は軍師なのだから、相手の腹を探るくらい何のことは無い。だからこそ、人々を従えようと

 

する者は、自らの意志を誠実に語り、それに対して同意を求めてはいけないのだ。それは相手が判断することなのだから。

 

「人々が…命あるもの達が未来に生きてゆくためです」

 

「…あなたは?」

 

再び俺に話が振られたので、一瞬の思案の後、徐庶の問いに答える。

 

「命あるものとして、ただ誇り高く絶望に抗うためだ。迫る破滅のさだめを打ち破り、命溢れる未来を掴むために」

 

これが俺達の本心だった。世界の破滅というたとえようもない絶望。終末論は定期的にブームになるが、今回はそれとはわけが違う。

 

傍から見たら俺達は終末論を唱える危険人物のようにしか見えないだろうけど…実績は残しているし、信じてもらえるだけの材料は

 

用意できたと思いたい。塩の重要性は料理人である典韋はよくわかっているだろうし、今では涿のみならず遼西からこちら側の郡で

 

行われている治政を見れば、軍師である徐庶にも俺達の本気は伝わるだろう。

 

ややあって、徐庶が静かに口を開いた。

 

「…少し、考えさせてください」

 

随分と慎重に思えるが、初めて会った人間からこんなとんでもないことを聞かされたのだ。誰だって慎重になるだろう…俺だって、

 

彼女とは今回初めて会ったのだから、どういう人間かなんて把握していない。朱里に訊けばそのあたりはわかるのだろうが、それは

 

卑怯だろう、幾らなんでも。それに、目の前にいる人物を見定める目くらい、俺でも持っている。そうでなければ軍師や君主なんて

 

やっていられない。基本的に相手を信頼する事から始めるとしても、相手がどういう人間かは見定める必要があるのだから。

 

「わかりました…参加するかどうかはあなたの自由です…ただ、このままここを去られるとしても…今後の無事をお祈りしています」

 

そう締めくくって、朱里が席を立つ。しばらく考えたいだろうと思うので、彼女達は東屋に残していこうか…静里の方を見ると、彼女は

 

俺に頷いて見せる。どうやらこちらの意図が分かったらしい。俺も席を立ち、朱里と共に東屋を出て、白蓮のいる執務室に向かった。

 

町の宿に、というわけにもいかないので、客間の手配をするためだ。まあ白蓮ならよほどのことでなければ二つ返事で許可をくれる。

 

幽州は兗州からは比較的近いが、それでも遠い。まして大陸中を旅していた徐庶は、行く先々で路銀稼ぎはやっていたとしても、ここに

 

来るまでに大分手持ちを消耗しているはずだ。どうせならゆっくり考えてほしいからね。

 

…いろいろと状況が見えてくる。天和達や稟、風、霞は所在が分かっているからともかく、三羽烏の所在がわからないということは

 

まだあの三人は在野なのだろう。これまでは黄巾の乱が発生してからそう時間が経たないうちに曹操軍に加入していた三人が今もって

 

曹操軍に加入していないとなれば、『始まりの外史』並みに曹操軍は人材難ということになる。後々都合が良いにせよ、人材を求めて

 

曹操が無茶をやらかさないかと少し心配だ。桃香の所あたりにラブコールでもかけに行くだろうか。孔明か雛里は彼女としても欲しい

 

人材には違いない。愛紗なんて言わずもがな。まあでも、それが叶わないことはわかっている。

 

それに…すぐにそんなことは言っていられなくなるだろうからな。

 

 

(side:灯里)

 

北郷さん達が東屋を離れてからしばらく。私は先程まで話に夢中になっていたせいで放置されていたお菓子を口にしていた。

 

どことなく、私が水鏡塾で作っていたそれと味が似ているような気がする。水鏡塾を出てからここまでそう長いことどこかに腰を

 

落ち着けるなんてことは無かったから、お菓子作りの事を思い出すのも久しぶりだ。朱里や雛里、静里もだけど、私が作るお菓子を

 

楽しみにしていてくれたっけ。そう考えると、ますます目の前のお菓子が私が作っていたもののように思えてくる。私が必ず入れる

 

独自の隠し味までしっかり再現されているからだ。あれはお母さんに教わったもので、雛里達には教えていない秘伝の技。それを、

 

あの朱里…かつて諸葛孔明を名乗っていた少女は完璧に再現してみせた。それでいて、朱里が作るときに必ずやる癖のようなものも

 

ある。私のお菓子の製法を朱里が忠実に再現したとすれば、こんな感じになると思う。大部分は私、そこに朱里特有の癖がある。

 

これはもういよいよもって信じるしかないかもしれない。

 

「このお菓子、凄くおいしいです…!」

 

傍らの流琉も美味しそうに食べている。食の鉄人と言ってもいい彼女が言うのなら間違いなく万人受けする美味しさだろう。

 

普段はあまり甘味を口にしない静里も、幸せそうな表情を浮かべながら齧るようにして食べている。

 

「…静里」

 

「はい?」

 

私は先程の会話の途中からずっと気になっていたことを訊いてみることにした。

 

「あなたはあんな荒唐無稽な話を信じたの?心が読めるあなたを相手に、偽証なんてできないことはわかっているけど…」

 

「灯里さんは本当にこだわり癖が強すぎますの。質問にお答えしますと、わたしは心を読んでそれが事実だとわかったからといって

 

 ついていくことを決めるほど考えなしでは無いんですの。ここに仕官に来るまでに、涿郡の様子を見てまいりましたの。それが、

 

 あの方々のお話を信じる決定的なものだったんですの」

 

静里に言われて、私もここに来るまでに流琉と一緒に見てきた涿郡の治政の様子を思い浮かべる。水鏡先生の所でも習わなかった、

 

斬新かつ効果的な町の区画整理の手法。商人たちの話によると、商売がしやすい環境ができあがっているそうだ。警備兵の人にも

 

訊いたけど、なんでも『楽市楽座』という手法らしい。天の国での手法だという話だ。それを見ただけでも軍師としての私の血が

 

騒いだ。店の軒先に吊るされている「鳴子」というものは、やたらと大きな音が鳴るらしく、それを鳴らせばすぐに警備兵がその

 

地点に駆けつけ、事態を収拾するという態勢が常に整えられているという。この町が平和なのはそうした仕組みが整えられている

 

からなのだろう。

 

「警備隊の方々は一刀さんが直接調練なさっていたとのことですの。どんな小さな犯罪も見逃さないことで心理的に犯罪を起こし難く

 

 する『割れ窓理論』という手法も導入されているそうですの。徹底した治安維持と並行して楽市・楽座制度の導入、区画整理による

 

 町の運営の効率化など、一刀さん達が行ってきた涿郡の善政への助力はどれも素晴らしいものばかりでしたの」

 

珍しく興奮気味に喋る静里を前に、私の考えはある一方に傾いていた。

 

この静里…諸葛子魚という少女は、姉である諸葛孔明とは違って積極的ながら非常に落ち着いた性格で、正直言って姉の方がどうも

 

妹っぽく思えるほどだった。背も静里の方が高いのだから。その静里が興奮するほどのもの。私が興奮しない筈もなかった。

 

そして次に静里が語った言葉は、驚くべきものだった。

 

「一刀さん達が五台山の麓に降り立った時、数百人の盗賊を相手にお二人で大立ち回りを演じて八割がた…死者を出さずに倒して

 

 しまったそうなんですの。もっとも、その後は駆けつけた公孫賛様の軍との戦いで相当数死亡者が出たそうですけれど…」

 

「…感じ取ってはいたけど、そう…そんなことが」

 

「朱里さんもここで客将をやっていらっしゃる間、軍師兼武官として働いておられたそうですの。

 

 あの方の高速戦闘には誰もついていけないという話までありますの。『常山の昇り龍』の噂をご存知ですの?」

 

「『常山の昇り龍』…黄巾党征伐で名をあげたあの趙雲という武将のこと?」

 

「さすがは灯里さんですの。ええ、その趙雲さんも高速戦闘を得意とされる方なのですけれど、そんな方が完全に見失うほどの速度で

 

 戦うそうなんですの。武器を持たずとも拳一つで戦えるそうですの。一刀さんの方も五千の賊を相手に一人、しかも四半刻足らずで、

 

 その上相手に一人の死者も出さずに制圧してしまったというお話も伺いましたの。打ち負かされた賊は全員公孫賛軍の配下となり、

 

 ここで働いているそうですの。ここにいる全兵力が束になっても、あのお二人の内片方一人にも勝てないそうですけれど…」

 

…董卓軍には呂布という化け物じみた武将がいた。あそこにいる武将は皆凄まじいけど、それにも匹敵…或いは凌駕するかもしれない。

 

かつて諸葛孔明を名乗っていて、今は名乗っていない理由もわかった。静里のお墨付きだということだけで信じるほど私も安い女では

 

無いつもりだ。あの目は本物の朱里…目の前にいる静里や、今は孫策軍にいるらしい姉の諸葛瑾…緑里(みどり)さんのような青い目ではない、

 

私が知る諸葛三姉妹の中で唯一紫に染まる目。近い色合いなら月の目もそうだけど、朱里のそれはもっと暗い色合いだ。あの目は

 

見間違えようがない。違う部分もあるけど、それは経験の違いだろうから…。

 

「…お二人は本当に悲しい人生を歩んでこられましたの。それでもお二人は希望を失わず、絶望に抗おうとしているんですの。武技を

 

 身に付けたのは…献策や指揮をしていたとはいえ、今までは見ていることしかできず無力感に常に苛まれていたこと、何より互いを

 

 失いたくなかったからというのが理由だそうですの」

 

悲しい人生…か。二人の話が本当だとするなら、私なんかには二人にどういう言葉をかけたらいいかわからない。そして、これまでの

 

世界で二人が歩んできた道は、規定された道筋に沿ったものでしかない。そこでどのような思いを抱いていたにせよ、結局は同じ結末に

 

辿り着き、また振り出しに戻される…これまでの思い出も、それに抱く思いも、すべてを忘れて。そしてまた出会う。或いは対峙する。

 

自らが歩んできた人生に意味が無いと知った時、どれほどの絶望に苛まれたのだろうか。互いを愛し合ったという記憶を失っていたと

 

気付いた時、どれほどの…

 

「そんなのって…ないわよ…」

 

「ええ…」

 

もし私がそんな目に遭ったとしたら、間違いなく耐えられない。そんな絶望を乗り越えてようやくまた結ばれたというのに、またしても、

 

今度はそれよりもさらに大きい絶望に抗おうとしているなんて。なんと救いのないことか。神はどこまで彼らを苦しめれば気が済むと

 

いうのだろうか。そして、彼らはそれでも神の試練に挑もうというのか。なんという精神力。そんなものを見せられては、静里の保証を

 

受けなくても信頼するしかないではないか。天下に目を向けるにも相当な精神力が必要だというのに、彼らはそれよりもさらに先を…

 

「…自身の目的だけに傾倒することなく、善政を敷き、人々の安寧を守るためにも戦っている…」

 

底意地が悪いようだけど、見方によってはそれも他者を信じさせるための布石なのかもしれない。けれど二人からはそんな様子など欠片も

 

感じなかった。民も、彼らの名を知らない人はいないと言っていいほどで、各所で聞かれた彼らの人物像は、全く裏表のない誠実なもの。

 

類い稀な武技と精神力、そして知識を持ちながら、誰に対しても裏表ない親しみを以て接する人物…私は、そんな人間を見たことが無い。

 

…ああ、きっと私は彼らに惚れ込んでしまったんだ。

 

やたら理屈をつけているのは、彼らが語る話があまりに荒唐無稽だったからに過ぎない。でも、それ以外の部分に目を向ければ、彼らが

 

民のために奮闘しているというのがはっきりとわかる。旅の間、天水に本拠を構えていた月、流琉と出会った村からほど近い陳留の曹操。

 

善政を敷いている場所をいくらか見て来たけど、どれも何か一つ欠けていた。平原の劉備は今では大きな噂になっているけど、あれは…

 

静里の話を聞く限り、彼らにかなり頼ったもので、承諾を得ずに神輿として祭り上げて得た名声だという。決してそれだけではないとは

 

思うけど…雛里は終始反対していて、今では彼らの言う『計画』の協力者…彼らの腹心として劉備陣営に身を置いているという。あんな

 

気の弱い子がそんなこと、とも思ったけど、そうさせるだけの何かを、彼らの話から感じ取ったんだろう。

 

そして、それは私も同じ…もう長いこと旅を続けてきた。ここで心機一転、新たな旅路に挑むのも良い。元より私は何事にも体当たりで

 

臨んできた。月も含めたこれまでの君主に感じなかったものを、彼らには感じた。ここまできたら…もう私が選ぶべき道は決まった。

 

「決めた。私も彼らの『計画』に加わるわ。私らしくなかったわね、こんなに疑ってしまって」

 

「それは当然のことですの。ですけど、あの方々は…ただの人として見ても、この乱世にあっては貴重な方々だと思いますの」

 

「そうね…それだけでも、ついていきたいと思えるわ。そんな人達が考える『計画』が、芯から悪行であるなんて考えられないからね」

 

そう。世の中には必要悪という概念がある。彼らはそれを敢えて為そうとしているんだ。そうだと信じたいし、信じられる…。

 

水鏡塾を出て以来、さすらいの旅人だったこの身にも、やっと宿り木が見つかったのかもしれない。

 

 

(side:流琉)

 

「―ふぅ~」

 

客間の寝台に腰を下ろし、私はちょっとわざとらしく息を吐いてみる。気分転換という意味で。

 

私と灯里さんは、お城の客間に通された。北郷さん達が手続きを取ってくれていたみたいで、とてもありがたかった。

 

路銀はまだ心配ないけど、そう多いわけでもないし…。

 

灯里さんと諸葛均さんの話は長く続いたけど、そろそろお腹が空いたかな、と思う頃には終わったので、私たちは夕飯をどうしようか

 

相談していた。そこに現れた趙雲さんが、ちょうど夕飯ができたのでよかったらどうかと提案してくれたので、私たちは一も二も無く

 

賛成し、私は料理を東屋に運ぶのを手伝った。北郷さん達が作ったらしい。そういえば朱里さんの方は料理が好きだって言ってたっけ。

 

料理が揃う頃には城主の公孫賛様も東屋にいらっしゃって、公孫賛軍の武将・軍師全員と私たちで食べることに…ちょっと緊張したけど、

 

凄く美味しかった。なんていうか、凄い勢いで箸が進む。会話も弾むし、ご飯は美味しいし、本当に楽しい時間だった。

 

「楽しかった~…あんなに楽しいご飯なんて久しぶりだったなぁ…」

 

なんだか、そこにいた人達…私と灯里さんを除いてだけど、みんな軍人さんだったのに、そんな風には感じられなかった。

 

話題の中心に居るのは北郷…一刀さん。趙雲さんや程昱さんがかますボケに公孫賛様と一緒になってツッコミを入れていた。

 

田豫さんはそのあまりのおかしさに湯を吹き出しかけ、簡雍さんも笑いをこらえるのに必死みたいだった。

 

肩がこわばらないっていうのかな。皆優しい人なんだと思うんだけど、一刀さんが加わることでそれが前面に出てきているように思う。

 

みんなを自然と笑顔にしてしまう人。そんな印象だった。

 

「…」

 

…でも、と私は自分の中の考えに待ったをかける。

 

そんな人たちでも、私たちと話していた時は正直ぞっとするくらい冷たい空気を纏っていたように感じた。

 

本当に同じ人かどうか疑うくらいに。

 

二人の話はよくわからなかった。季衣だったらもう最初の二言三言で目を回すんじゃないだろうか。かくいう私も途中で目を回して

 

しまったけど…その後でなんとか一刀さんの問いには答えることはできた。驚きが何周も回っちゃって、かえって落ち着いたのかも。

 

だいたいのところ、私が驚いたのは、二人が何百年じゃ足りない年月を生きていて、それは私も、季衣も同じだということ。

 

私が季衣に誘われて曹操さんにお仕えしていたということ。

 

…まして、私と一刀さんが…

 

「~ッ!!??」

 

思わず寝台に倒れ込んで足をじたばたさせてしまう。そんなこと考えるだけで恥ずかしい。

 

しかも、行くところまで行っていた…って。顔が熱い。きっと私の顔は唐辛子よりもずっと赤くなっているに違いない。

 

私より年上の灯里さんも恋愛経験はないって言ってたし、私にそんなものあるはずもない。よく耳年増なんてみんなに言われてるけど、

 

なまじそういうのが想像できちゃうので、なおさら私の顔は熱くなっている。季衣だったらきょとんとしてるだけで済むだろうけど…

 

はぁ。いろいろ知ってるっていうのもそれはそれで不便だなぁ。

 

「…でも、反董卓連合、か…そんなの、ひどいよ…」

 

気持ちを切り替えて、話題に上っていた反董卓連合というものについて考えてみる。

 

灯里さんの話では、董卓という人はすごく良い人らしい。灯里さんが「あの子」と呼んでいるくらいだから少なくとも灯里さんよりは

 

年下なんだろうか。そんな若いのに刺史なんてものをやっているなんて、正直凄いと思う。

 

今は都にいて、どういう風に治めているのかまではわからないみたいだけど、一刀さんたちの話も含めて考えれば、噂に聞こえるような

 

暴政を敷いているとはとても思えない。一刀さんたちが言うには、権力闘争の生贄にされただけっていう話だし…

 

「そんなに権力が欲しいのかな、みんな…」

 

権力なんて必要ないとは言わない。でも、それはそんないい人を犠牲にしてまで得たいものなんだろうか。

 

天下統一だとか、そんなことは私にはよくわからない。そんなことをする必要があるのかも。そのために権力は必要なのかもしれない。

 

だけど、それはそんな卑怯なことをして得るものじゃないはず…あ、そうか。

 

「風評なんて…作れるもんね…」

 

私の考えは多分間違っていない。董卓さんがどんなに都で頑張っていたにせよ、連合が組まれてしまった以上、董卓さんの風評は地に

 

落ちているし、その後の操作も容易…皇帝陛下がいる限りは、とも思わなくはないけど、今の皇帝陛下は私たちとそう変わらない年頃の

 

女の子だという話を一刀さんから聞いている。皇帝陛下を確保してしまえば、今の漢王朝の衰退ぶりを考えて、いいように情報操作が

 

行えてしまう。皇帝陛下は董卓さんの事をご存じなんだろうけど…きっと、連合を組んでいる諸侯はそれを何とかする自信があるんだ。

 

「一刀さんたちは、董卓さんを助けたいって言ってた…」

 

それはきっと正しいことだと思う。世間的には悪評が立ってしまうだろうけど、董卓さんを「結果的に負けさせない」ことで、そんな

 

風評なんていくらでも改善できるってことだと思う。実際、董卓さんは良い人みたいだし、根気強くやればきっと風評改善は叶うはず。

 

その時、逆に風評が落ちるのが連合を組んでいた諸侯なんだ。一刀さんたちはそれをわかったうえで、それを利用して天下統一を行うと

 

言っていた。董卓さんみたいないい人を生贄にするなんかより、そっちの方がずっといい。

 

季衣は曹操さんに仕えているみたいだけど、そんな状況を利用して誰かを生贄にしてまで得る権力や名声なんかに価値は無い…!

 

一刀さんたちがやろうとしていることも、究極的には同じことなのかもしれない。でも、あの二人からは権力欲なんて全く感じなかった。

 

そういう人にこそ、権力が集まるのが相応しいんじゃないだろうか。それに、間違ったことをしていない人に味方して、間違ったことを

 

する人に敵対してっていうのは、きっと正義なんだ。間違ったこともいずれはやらなきゃいけないって言ってたけど…

 

「…私は、許せない…」

 

そう、私は許せない。

 

董卓さんみたいないい人を生贄にしようとしている人たち。

 

そしてそんな不確かな情報を真に受けて董卓さんを悪と断じて討ちに行こうという人たち。

 

普段どんなにいいことをしていても、そういうことをする人たちが許せない。

 

一刀さんたちもいずれは悪いことをするかもしれないと言っていた。でも、それは正しいことをするために必要なことで、董卓さんを

 

助けるっていう正しいことをしたうえでそうするなら、きっと必要悪なんだと思う。曹操さんたちも同じ考えかもしれない。でも、私は

 

一刀さんを信じたい気持ちだった。

 

それは、直接会って話したからかもしれない。

 

でも、それ以上に…私はあの人についていきたくなった。あの人の背中を追いかけなければいけないとも思った。

 

なんでなのかはわからない。だけど、もうそこまで思ったら私が迷う理由なんて欠片も無い…!

 

「…季衣、ごめんね…私は、季衣の敵になる」

 

…結果的にはみんな正しいことをしようとしているんだとしても…私は、私の正義に従う。

 

やっぱり、良い人をそんな残酷な方法で犠牲にしてまでやることじゃないと思うから。姉妹みたいに育ってきたあの子と敵対するのは

 

辛いけど…一刀さんたちはもっと辛い覚悟をしているんだ。正しいことをするために苦しむのは、きっと正しいことなんだ。

 

そこで苦しまない人がいるとしたら、そんな人は正しいことをしているなんて、言えないんだ。

 

 

(side:一刀)

 

―翌朝。

 

旅支度を終えた俺達は、謁見の間に集まった皆と別れの挨拶を交わしていた。

 

平原に向かう手筈になっている星はまだ仕事が残っているため、明日以降の出立になるという。故に、俺達の道連れはいない…

 

いや、ここにいる皆は全員道連れだろうな。

 

ここに集い、共に絶望に抗わんと、誇りも高く起ちあがった者達。

 

茨の道なんて生易しいものじゃない、血の匂いに満ち満ちた冷たい風が吹きすさぶ道なき道。そこを共に歩むことを選んでくれた者達。

 

己が生涯の記憶に意味が無いと知った時、その身を未だ現世に繋ぎとめるは、ただ今を生きているという誇りのみ。

 

それを以て、俺達は運命に挑む。たとえ客観的に見れば意味のない人生であったとしても、それは俺達にとっては意味のあるものだから。

 

規定された物語を歩んできただけだとしても、そこで懸命に生きてきたことの意味は、誰にも否定させやしない…!

 

 

 

「道中、平原国は通らないのか?」

 

「通る意味もないしね…電影達の俊足ならさっさと抜けられるだろうけど、見つかったらことだ…ここに来る前に、桃香は猛然と

 

 反対していたからね。どういう気持ちで反対したのかは…わかるだろ?」

 

白蓮が冗談めかして問いかけて来たので、俺もやや笑みを浮かべながら応じる。

 

平原を通る意味もない。通ってもいいけどね…感情的に通りたくない。別に桃香達が嫌いになったわけではないけどね…。

 

「…ああ…はぁ~…慮植先生が聞いたらなんて言うか。あいつの母親にでも聞かせたら、今度は海に突き落とされるぞ」

 

すると白蓮は今度はあからさまにため息をついてがっくりと肩を落としてしまう…ん?

 

「桃香の母親?どんな人なんだ?」

 

「ああ。すごく厳しい人でな…あいつは『阿備』なんて呼ばれてたし、たびたび川に突き落とされてたな…」

 

…あらま。そんなことがあったのか…桃香の家族の話って聞いたこと無かったけど、そんな人に育てられたのか…。

 

あんな天然惚けの少女が、そんな荒っぽい教育を受けていたとは到底思えないけどなあ。

 

「ま、それはいいとしてだ。連合が集結するまで二か月以上はある…徐州を回って洛陽に行くには十分だろう。

 

 途中で襲われないように気を付けろよ…と言いたいところだが、お前らにそんなことを言っても、襲う連中の方が可哀そうになるな」

 

そう言ってカラカラと笑う白蓮。すっかり人外扱いである。今の俺達を見ればまあしょうがない評価ではあるんだけどね…。

 

「忍者兵はどうするんですか~?」

 

風が思い出したように忍者兵の話題を出す。

 

「忍者兵の指揮は半数を風に、半数を稟に任せる。情報収集ならあの連中の右に出るものはない」

 

「お兄さんたちも必要になるのでは~?」

 

「張三姉妹の護衛をやっていた連中がいれば十分だよ。ただ念のため、幾らか洛陽の方に先行させておいてもらえると助かる」

 

「わかりましたぁ~。では風に任せていただいたほうの忍者兵から供出しておきますね~」

 

もう董卓軍の方にも幾人か潜入させているけど、もう少し欲しいかなとは思っていたので、多少供出してもらうことにした。

 

俺達は天和達を護衛している連中を回収した後、洛陽に向かえばいい。個々の強さも中々だし、戦力としても期待できるだろう。

 

どのくらい強いかって?まあ少なくとも三羽烏とはやり合えるんじゃないかな。凪相手だと微妙だけど…。

 

「まったく、何から何まで…あなた方の手腕には畏怖さえ抱きますよ」

 

「ほんとだよね~…一番敵に回したくないけど、味方にすれば一番頼もしいっていう感じかな?」

 

「ええ…一介の武将というにはやり過ぎの感があるわね」

 

「でも、それが、今になって、役に、立っているのは、事実です」

 

思い思いの感想を述べる後の四人。ちなみに星はといえば、何を思ったか先ほど謁見の間を退出していってしまっている。

 

客人である徐庶と典韋も(当然だが)ここにはいない。彼女達にも挨拶はしていかなければなるまい。

 

ここで別れになることもまた有り得ることなのだから。彼女達がどうしようと自由であって、俺達に二人を引き止める権利なんてない。

 

徐庶は仕官先が見つからなければ水鏡塾に戻るという選択肢もあるだろうし、典韋にしても親友がいる曹操軍に行くという選択肢が

 

あるのだから。俺達ができるのは道を示すまで。それを歩むかどうかは相手に任せるしかない。

 

「さて…一刀、朱里。私達は私達の役目を果たそう。月達を頼んだぞ」

 

「ああ。たぶん、事実を知った桃香は暴走するかもしれない。その時はすまないけど…」

 

「わかっているさ。ぶん殴ってでも諌めるよ。それが友情だろうしな。曲がりなりにも、あいつは私の友達なんだ」

 

どれほど厳しく接していても…いや、厳しく接しているのは白蓮が桃香に強い友情を感じているからこそだ。たぶん、白蓮は本気で

 

桃香を殴るだろう。桃香が暴走すればの話だけど…十中八九暴走するだろうから。報告は忍者兵から聞くとしよう。

 

…あまり、良い趣味とは言えないな。できれば二人には争ってほしくないが…おそらく、二人の友情は…いや、是非もないか。

 

「君には嫌な役回りを担わせてしまう…すまない」

 

「なあに、いつも損な役回りを演じてきた私だ。今度も上手く演じて見せるさ」

 

それはもう不敵な笑みを浮かべて俺の言葉に応じる白蓮。今回の外史で出会った時から、彼女のこれまでの印象は変わりっぱなしだ。

 

『始まりの外史』で最初から俺の事をそれなりに認めてくれていた数少ない人物であり、色々と不運に見舞われても立ち上がってきた

 

剛毅な少女。影が薄いとかでよくいじられてはいたが、今の彼女にはそんなものをかけらも感じなかった。もちろん、俺はそんな風に

 

いじったりは絶対にしなかったけど…本当はこんな風に義理人情に篤く、炎のように激しい部分も持ち合わせた人物だったのだろう。

 

彼女のことも、俺は愛していた…いや、今でも愛している。それは今でこそ友愛の感情なのだが…それでも、今もって大切な人である

 

事実は変わっていない。

 

そんな彼女が『計画』に加わってくれて、本当に嬉しかった。百万の味方を得た気分だったと言っていいだろうな…。

 

「…それじゃあ、白蓮、みんな。俺達は行くよ…また会おう」

 

「ああ。幽州が攻められる頃には間に合ってくれよ?」

 

「もちろんです。では…!」

 

そう言って、俺達は謁見の間を後にしようとした―

 

 

 

「「―待ってください!」」

 

 

 

そう大声をあげて謁見の間に現れたのは、徐庶と典韋だった。

 

 

どうも廊下を走って来たらしく、少し息が上がっている二人。

 

「急にどうしたんだ?」

 

「話の途中、二人に主たちが今日旅立つと教えたら、部屋を飛び出しましてな…急ぎの用事があるようですな」

 

二人が息を整えるのを待って問うた白蓮だったが、その問いには二人の後からやって来た星が答えた。

 

どうも星は星で二人に話があったようなのだが、そこで俺達がもう出立するということを教えたため、話の途中で部屋を飛び出してきて

 

しまったという感じだろうか。徐庶はともかく典韋のことは星も知っている。当然だが…前回は結局最終的には会わなかっただろうし、

 

懐かしさも手伝ったのだろう。

 

「急ぎの用事だって?まあいいが…徐庶、一体どんな用事なんだ?」

 

白蓮がそう問うと、徐庶は一瞬目を伏せ、それから顔を上げて応じた。

 

「突然申し訳ありません。ですが、御使い様方が出立されると聞いて、これは急がなければと思った次第です」

 

「一刀達に用事だったのか?」

 

「はい」

 

非常に真剣な表情で、訴えかけるような眼で返答する徐庶。傍らの典韋も言葉は発しないが、同じく真剣な表情だ。

 

白蓮は数瞬思案すると、ふっと表情を緩めて言う。

 

「…わかった。二人は間もなく出立するが、お前達の用事を済ませるくらいの時間はあるだろう…いいよな、一刀?」

 

「ああ」

 

まあそのくらいの時間はある。予定というものは多少遅れても大丈夫なように組むものだからな。俺が承諾し、朱里も頷いてくれる。

 

それを見た徐庶と典韋は俺達の許に歩み寄ってきて…二人とも、持って来ていた武器を置き、片膝をついて、右の拳を左手で包んだ―

 

この姿勢は、最敬礼だ。それが意味するものは、つまり…

 

「北郷一刀様、北郷朱里様。この徐元直、あなた方のお人柄と想いに触れ、甚く感銘を受けました。

 

 今まで大陸中をさすらってきましたが、いよいよ私も自らが歩む道を見定めなければならないと思っていた折、あなた方と出会い…

 

 そして、あなた方の『計画』を知りました。らしくもなく疑心を抱きましたが、あなた方がどれほどの御覚悟を以てそれに臨むかを

 

 考えた時…これまでになく強く惹かれるものを感じました。願わくば、私もあなた方の『計画』に参加させていただきたいのです」

 

これまでの気さくな口調ではない、真剣そのものと言った口調だった。表情も相俟って、今の徐庶は相当な迫力があった。

 

徐庶の言葉が終わってから少し間を置き、続いて典韋が述べる。

 

「…私も…お話を聞いて、自分なりにいろいろ考えて…北郷さんたちについていきたいって思いました。

 

 諸侯から目の敵にされる董卓さんを助けたいっていう、そんな優しい人たちが言う『間違ったこと』っていうのは、きっと必要だから

 

 やるだけで、すごく苦しいことなんだろうなって思います。そう考えたらいてもたってもいられなくて…私も、連れて行ってください」

 

まだ年若い…幼いとも言える典韋は難しい言い回しは使わなかったが、かえって彼女の真摯な気持ちが伝わってくるように感じた。

 

二人とも、俺達の『計画』に参加したいと申し出てくれた。それは本当に有り難かったが、一つ確認しておきたいことがあった。

 

それぞれ、俺達の敵になるであろう勢力に友人がいるのだから。

 

「徐庶、雛里は俺達の協力者だからともかく…孔明とは敵対することになるぞ。それでも、俺達についてくるか?」

 

「…この乱世、そんなことは日常茶飯事でしょう…できればそうなりたくはないですが、私は私が信じた道を往きたいと思います」

 

「私もです。季衣…許緒とは姉妹のように育った無二の親友ですけど、覚悟はできてます…!」

 

「典韋…友と敵対するのはこの上なく辛いぞ…それでもか?」

 

「だからこそです…あの子が間違ったことをしようとする人の手助けをしようとするなら、私があの子を止めます!」

 

それは悲壮な覚悟だった。同じ私塾で学んだ学友、そして幼少からの親友…そういう人間を敵に回す辛さは如何ほどか知れない。

 

俺達も似たような境遇だが…それは俺達が進んで選んだ道だ。同情してほしいわけではないし、後悔もしないと決めた。

 

…この二人も同じなのか。それを覚悟しなければ、俺達が示す道を歩むことはできない…だが、俺達と共に歩むことを選んでくれたなら、

 

俺達は二人の覚悟を受け止め、それに応えるべきなんだ。それが、二人が選んだ道なのだから。

 

「…君達の覚悟は、この北郷一刀がしかと受け止めた…今この時より、君達は俺達の同志だ。徐庶元直、そして典韋。よろしく頼む。

 

 あまりにも過酷な道になるが…命あるものとして誇り高く歩み、未来を掴みとろう。そのために、君達の力を俺達に貸してほしい」

 

「はい!」

 

「よろしくお願いします!」

 

そう力強く答えてくれた二人に、俺は立ち上がるように促す。二人が立ち上がったところで、俺は右手を差し出した。

 

二人もそれに応え、右手をそれぞれ差し出してくれる。これから同志になるのだから、互いに手を取り合うということを示すために、

 

握手は最良の挨拶だろうと思う。確か『後漢書』には握手に関する記述があったはずだから、この時代には握手が存在していたはずだ。

 

まあ実際のところ、うろ覚えもいいところなんだけどね…

 

「改めて自己紹介をしよう…俺は北郷一刀。国の風習の違いで字と真名は無いが、名を真名として扱ってほしい」

 

「一刀さんですね。確かにお預かりします。私の真名は灯里と申します。この名をあなた方にお預けしたいと思います」

 

「ありがとう、灯里。確かに預かった」

 

「よろしくお願いします、灯里さん。私も一刀様と同じです。名を真名として呼んでください」

 

「さん付けはしなくても…あなたにさん付けされるとどうにも違和感が…声も顔も同じだし…」

 

「そ、そうですか。では私の名も呼び捨てていただいて構いません」

 

「ええ。よろしくね、朱里」

 

そりゃそうか。二人は『閉じた輪廻の外史』になって以来の学友だからな…。

 

朱里はこれまで灯里のことについて話す時は字で彼女を呼んでいたが、それは真名という風習ゆえであって、朱里自身は灯里から

 

真名を預かってはいたはずなのだ。さん付けで呼ぶのは朱里にとっても違和感があっただろう。雛里に対してもさん付けだったが、

 

あの時もきっと違和感バリバリだったはずだ。俺と二人きりの時はこれまで通りの呼び方だったけど。

 

灯里にとっては『朱里』と呼ぶ人物が二人に増えたわけだが…そのあたりはちゃんと呼び分けるつもりなんだろう。

 

「じゃあ私も…もうご存知でしょうけど、改めて。私の真名は流琉です。お二人にお預けします」

 

「ああ、確かに預かった。ありがとう、流琉」

 

「よろしくお願いします、一刀さん、朱里さん」

 

こうして、俺達の『計画』に、また二人の心強い仲間が加わってくれた。これは意図しない完全な偶然の出会い。

 

静里もそうだったが、人の『縁』とはなんと不思議なものだろうか。規定されていた出会いではない、出会いの本来在るべき形。

 

それが如何に素晴らしいものであるかを、俺達はしみじみ感じていた。

 

 

―そして、町の門。

 

それぞれの愛馬に乗った俺達を、皆が見送りに来てくれた。

 

ちなみに灯里は朱里と一緒に颶風に、流琉は俺と一緒に電影に騎乗することになった。二人を歩かせるわけにもいかないしな。

 

電影達は特に気にした様子もなく、流琉や灯里を背に乗せてくれた。

 

「一刀、道中気をつけろよ」

 

「ああ。白蓮も…反董卓連合でいろいろ言われるだろうけど…頼む」

 

「任せておけって。私だってやるときはやるんだってことを見せてやるさ」

 

そう言って、不敵な笑みを浮かべる白蓮。

 

 

「再会は遠くなるやもしれませぬが…いずれ必ず、また一献の盃を交わしましょうぞ」

 

飄然と、しかし強い意志を込めて微笑む星。

 

 

「幽州のことはお任せください。また会える時を楽しみにしております」

 

いつもの癖で眼鏡を直しながら、凛然と笑んで佇む稟。

 

 

「董卓軍の人たちにも、お兄さんの暖かい光を分けてあげてください~」

 

いたずらっ子のような笑みではない、どこまでも優しい笑みを浮かべる風。

 

 

「あたし達はどこまでも、あんた達の味方だよ!」

 

溌剌とした口調に良く似合う、快活な笑顔の涼音。

 

 

「あなた達と共に歩めることを、この上なく誇りに思うわ」

 

いつもより堅さのない口調で述べ、嫣然と微笑む優雨。

 

 

「頑張って、ください、ね。無事を、祈って、います」

 

途切れ途切れの言葉の中に、途切れない想いを織り込んでくれる水蓮。

 

 

「覚悟を決めて歩む人には、きっと良いことがありますの」

 

強い覚悟を内に秘めながら、たおやかに笑んで励ましてくれる静里。

 

 

「ああ…皆、ありがとう。また会えることを祈っているよ!」

 

「皆さん、それまでお元気で…!」

 

「応!さあ、我らの合言葉を以て、しばしの別れの言葉としよう。『ただ、誇りとともに』!」

 

 

 

「「「「「「「「「「ただ、誇りとともに!」」」」」」」」」」

 

 

 

皆で腕を天に向かって突き上げる。それを合図にしたかのように、電影と颶風も嘶く。

 

強めの風が涿に吹く。まるで天が俺達の出立を祝福してくれているようだ…今の俺達には、そう感じられた。

 

旅立ちの風も吹いた…さあ、いまこそ野を駆ける時!

 

「流琉、しっかりつかまっていろ!朱里、灯里、往くぞ!」

 

「はいっ!」

 

「往きましょう、一刀様!」

 

「私達の新たな旅路へ、いざ!」

 

「応!電影ッ!!」

 

「颶風、お願いッ!」

 

二頭の馬が鋭く嘶き、次の瞬間、それらは力強く大地を蹴り、駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほどの闇が待ち受ける道か、それは俺達にもわからない。

 

 

 

 

 

だが、俺達には共に歩んでくれる仲間がいる。皆で支え合えば、必ずその道の先にある未来に辿り着くことができるはず。

 

 

 

 

 

だから、今は駆けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は、まだその道の入り口に立ったに過ぎないのだから―

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

ちょっと間が空きすぎましたね。Jack Tlamです。

 

いろいろ考えた挙句、追加でもう一人新キャラを追加しました。それで遅れに遅れてこれでは…

 

大変お待たせいたしました。

 

 

諸葛均については文中にある通りほとんど記述が無く、字も創作らしいという話を聞きました。

 

それでも職は与えられていたようですから、今作では朱里と雛里の中間的な能力を持つ軍師として登場させることにしました。

 

なんだか戦闘軍師ばっかりになって来たな…フランベルジェなんて凶悪なの持ってる上に、サイコメトリーって…

 

 

流琉がここに来たのは何のことは無い、私が好きだからにほかありません。

 

魏陣営からの人材剥離が凄まじいことになっております。はい。華琳様涙目です。だがそれがいい(←ドS)

 

まあ、妹成分が一刀一行に必要かなと思ったのもありますけど。

 

 

灯里…徐庶は作中一の美少女ということで設定しました。性格のイメージソースは…まだ秘密です。

 

本編に出てないからってやりたい放題だな…ちなみに、武器は仕込み杖です。中身は直刀です。

 

癖毛を直さないというよりは直しても無駄というレベルで髪がはねてるので、諦めてほったらかしという子ですけど。

 

眼帯という中二病装備までしてるし…作者の妄想の権化だなこりゃ。

 

 

何度か言及していた、雛里への強力な援軍とは星のことでした。

 

彼女みたいなキャラがいるから蜀√もまだ形を保っていられたのかな、なんて思うんですよね。

 

これで雛里も楽になるでしょう。硬軟どちらも使い分けられる貴重で強力な存在が援軍に来てくれるわけですから。

 

 

一刀に新武器を追加しました。でかい複合弓です。和弓に関してはあまり詳しくないので、間違ってたらどうしようか…

 

弓の訓練なんてしてないじゃんって?

 

いやいや、客将とは言え軍にいたんだからそのくらいはやっているっていうことで。

 

 

まあ今回もいろいろありました。

 

次回、またお会いしましょう。


 
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