No.627489

インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#110

高郷葱さん

#110:一時の休息/欠ける歯車




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2013-10-12 21:34:31 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1332   閲覧ユーザー数:1236

[side:箒]

 

IS学園を離れた私たち生徒、そして教職員が案内された先は『更識綜合警備保障』というIS学園の警備を請け負ってきた企業が保有している保養施設だった。

『保養施設』と言っても島がまるごと全てという『リゾート島』と言うべきシロモノで、ホテルに旅館にグラウンドに――と至れり尽くせりな場所。

 

それが、私達の仮の住まいとして提供された場所だった。

 

 

到着後、島を出発する護衛艦隊を見送りしたらすぐに洋室・和室の希望取りが行われお世話になる旅館、ホテルへと割り振られた。

部屋割は寮の部屋割、学年、クラス、所属する部などを考慮しているらしい。

 

ちなみに私は旅館の一階にある和室で同室は簪と本音と鈴の四人部屋。

左隣はラウラ、シャルロット、セシリアの三人が入っていて、右隣は山田先生ほか、一年担任団の居室兼臨時職員室が続いている。

 

一夏は言うまでも無く一人部屋で、教職員部屋を超えた先。

 

―――と、部屋割は行われたのだが、それを遵守している大人しくしている生徒は殆ど居ない。

漫研や文芸部の面々は大部屋を占拠して『〆切りに追われて旅館に缶詰する作家ごっこ』を楽しんでいるらしいし、運動部もそれぞれが活動できそうな場所の近くに何らかの拠点を用意しているらしい。

 

 

 

 

 

私はと言うと一夏の部屋に上がり込んでゆっくりとした時間を過ごしていた。

 

 

ラウラとシャルロットはセシリアを連れて散歩に出かけているし、鈴はクラスメイトの所に行っているらしい。

簪と本音は完全に行方不明だが、迷うほど広い島でもないし、この島を所有する警備会社自体を簪の親族が営んでいるらしいから挨拶にでも行っているのだろう。

 

そんなこんなで出来上がった久しぶりの二人きり。

 

 

…だからと言って特段何かをする訳でもない。

一夏が何処からか調達してきた、煎茶と茶菓子を供にしてぼんやりと時間を過ごすだけだ。

 

 

「こうやってゆっくりできるのも、久しぶりだな。」

 

「―そうだな。」

 

 

そういえば、IS学園に入学してからずっとドタバタしていたな。

夏休みに入ってからは毎週のように何かしらのイベントがあったし、事件にも巻き込まれた。

 

 

…思えば、よく五体満足でここまでこれたものだと思う。

正に『命がけ』と言うべき戦闘も一度や二度では済まないことを考えると、誰ひとり欠ける事なくここまでこれたことが奇跡に思えてくる。

 

 

…ある意味では、奇跡なのだろうな。

全てが偶然で、奇跡で、それでもって必然なのだろう。

 

私と一夏が、こうして同じ時を過ごしているのも…

 

 

「箒?」

 

「ッ、な、なんだ?」

 

呼ばれたことに気付いてハッと我に帰ると、一夏がこちらの顔を覗き込むようにしてきていた。

 

「いや、なんかぼーっとしてたから…」

 

「な、なんでもない。ただ、そう言う気分だっただけだ。」

 

「それならいいんだが…」

 

本当のことなんて言える訳が無い。

 

「それよりも一夏…」

 

「ん?」

 

「着物、似合ってるぞ。」

 

「そうか?」

一夏が恥ずかしそうに頬を掻く。

 

今の一夏は鉄紺色の着流しに紅い線の入った白角帯を締めた――所謂、着物姿だ。

束姉さんと、父さん母さん出資のもとで用意した、一週間遅れの誕生日プレゼント。

 

羽織りも用意はしているのだが、今は不要なので仕舞われたままになっている。

 

「ああ。」

――思わず、見惚れてしまった位に。

 

「ん、なんかむず痒いな。」

声に出さなかったが、何処か伝わってしまったのだろう。

居心地悪そうに一夏は居住まいを正そうとしているのがモゾモゾと動く。

 

うむ、矢張り一夏は和服が似合うな。

 

「ああ、そうだ。」

 

「どうかしたのか?」

 

「その桜色の着物と帯、新しいヤツだろ?」

 

「わ、判るか…?」

 

「おう。似合ってるぞ。」

 

「そ、そうか…」

 

一夏の唐突な言葉に思わず頬が熱くなる。

 

「帯の色遣いは俺のと間逆なのか。ある意味、お揃いだな。」

 

私のは赤地に白の線で、一夏のは白地に赤の線。

店の人が言うにはペア用(そういうもの)として作られたものらしい。

 

 

…狙っていたとはいえ、いざ言われると――――なんだかすごく恥ずかしい。

 

「大丈夫か?顔、真っ赤だぞ?」

 

「う、うるさい!お前のせいだ!」

 

もう、熱くて熱くて仕方が無い。

 

きっと、顔は真っ赤だ。

もしかしたら頭に薬缶を乗せたらお湯が湧くかもしれない。

 

「えぇ…」

どこか釈然としない様子の一夏。

 

でも、私は間違ったことは言って居ない。

 

私が真っ赤になっているのは一夏のせいだ。

…半ば、私の自爆のようなものだが。

 

「揃いは…嫌、か?」

 

「それは……嫌じゃ無い、けど…」

 

絞り出すような、ささやくような声になってしまったが、私の問いはちゃんと届いたらしい。

 

今度は一夏が赤くなる番だった。

 

「………」

 

えも言えぬ沈黙が私達の間に横たわる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが解消されたのは、それから半刻後。

散歩に出ていた鈴、ラウラ、セシリア、シャルロットの四人が部屋に遊びに来た時だった。

 

 

後に、彼女らはこう語る。

 

『あの時の二人は、完全に若夫婦そのものだった。』

『思わず二度見した。』

『時代劇から出てきたのかと思った。』

 

と。

 

 * * *

学園施設の受け渡しは、終わってみればあっけないものであった。

 

『応接室で双方が必要な書類に間違いが無いかを確認したうえで署名をする。』

 

文字にすれば四〇文字にも満たないそれだけの作業が淡々と行われただけなのだ。

…とはいえ、広大な敷地と施設を有するだけに書類の数も多いためにそこそこに時間は掛った訳で。

 

書類の確認に、施設についての引き継ぎ事項や申し送り事項の伝達なども行われたため、全てが終わった頃には辺りは既に薄暗くなり始めていた。

 

 

 

 

千冬は職場だった(・・・)場所を振り返る。

 

「まったく、やってくれる。」

 

視界に広がるのは先日の襲撃でボロボロになった校舎。

主戦場となった整備科棟付近は一部立ち入り禁止区画となっているのだが、撃破されたまま放置されたゴーレムの残骸に興味を示した研究者たちが区画を無視して群がっている。

 

千冬は声をかけようとして、辞めた。

 

幼馴染もそうであったように、科学者というものは興味の対象に接している時間を邪魔される事を酷く嫌う。

施設は既に自分たち教員のものでもないのだから、注意する権利も義理も無い。

 

(何のための三角コーンなのか、よく考えるのだな。)

 

心の中で呟きながら、千冬は学園最外郭に位置する駐車場へと足を運ぶ。

 

「もう、いいのですか?」

 

「はい、態々ありがとうございます。轡木理事長。」

 

そこで待っていたのは一台のバスと柔和な笑顔を浮かべた初老の男性。

 

――轡木十蔵。

普段は用務員として学園に駐在している彼こそがIS学園を含む学校法人の理事長である。

 

「ええと、そろそろ宜しいですか?」

 

バスの運転席から声が掛る。

 

学園御用達の警備会社から派遣されてきたという運転手は待ちくたびれているらしい。

 

「では、行きましょうか。」

 

「はい。」

 

校舎に向かって軽く会釈をした千冬は少々急いでバスに乗り込む。

 

そこには、生徒たちの船出を見送った港湾区職員や千冬のように『やるべき仕事』のあった教職員たちが揃っていた。

 

「では、出しますよ。」

 

「はい、お願いします。」

 

バスが出て、だんだんと遠ざかる学園。

 

誰もが別れを惜しむように、その姿を目に焼き付けるように窓から眺め続ける。

 

「船が使えれば楽なんですがね。」

 

学園を退去した生徒、教職員たちがいるのはある企業が所有する保養施設だ。

それは島ひとつを丸ごとリゾート地化させたもので行き来にはフェリーやヨットが使われる。

 

生徒の輸送が海上自衛隊の護衛艦だったのもそれが理由の一つにある。

 

「いま、港はISコア返納のための輸送艦で一杯ですからね。向かい側の港まではバスですよ。」

 

学園の港は現在、委員会が用意した港湾スタッフにより運営され、各国に返納させたISコアを運ぶ輸送艦やその護衛の入港・補給作業を行っている。

当初は生徒同様に海上自衛隊の護衛艦を迎えに出すと言っていたのだが、『そんな艦艇が入港する余裕は無い』と施設管理者となったIS委員会から却下されたためにこうしてバス移動となったのだ。

 

「成る程。」

 

「それに、港以外の揚陸可能地点には係留機雷が敷設されているそうです。」

 

その言葉に、誰かがピュゥと口笛を吹いた。

 

「念が入っている、と言うべきですかね?」

 

「そうしておきましょう。」

 

明らかにやりすぎな気もしないでもないが、IS学園も一時期は度重なる侵入を受けていたことは千冬も知っている。

 

今は千冬の肩に頭を預け、あどけない寝顔を晒している空が『赤いインクの詰まったペイント弾での狙撃』のような脅しをかけて侵入者を撃退した事が有るということも、だ。

 

 

そんな話をしている間に、バスは学園と対岸の市街を結ぶ唯一の、普段は食料品などの生活物資や消耗品、機材などの搬入路として使用されている橋へと差し掛かる。

 

どんどんと遠ざかってゆく校舎の姿に、えもいえぬ寂しさが溢れてくる。

 

「この風景も、見おさめですかね。」

 

「また、帰ってこれる事を信じましょう。」

 

「…そうですね。」

 

千冬も、黙ったまま見えなくなるまで学園の姿を見つめ続ける事にした。

 

 

「―――ん?」

 

窓から外を眺めていると波間に何かが見えた。

ほんの数瞬、二本の白波が―――

 

 

 

 

 

 

不意の衝撃がバスを襲う。

 

『何だ』と言う間も無く火を噴く路面。

 

 

 

何が起こったのか判らないまま、バスは浮遊感に包まれる。

 

「ッ――対ショック姿勢!何でもいいから頭を抱え込め!」

「え、わぷっ!」

 

千冬に出来たことは、声を上げることと寝惚けたまま混乱しているの空を問答無用で抱え込むこと位であった。

 

 * * *

 

簪は、まず最初に我が目を疑うことにした。

次に自分の行動を顧みる。

 

『ちょっと野暮用で外に出てて、旅館に戻ってきて、部屋に誰も居ないから居そうな場所に行ってみた。』

 

そして、改めて眼前の光景を確認する。

 

「うん、これは夢だ。」

 

「かんちゃん…現実から逃げちゃダメだよ。」

 

そして出した結論は簪の側に控える本音に否定された。

 

「だって…」

 

「気持ちは判るけどさ…逃げても現実は変わらないんだよ。」

 

本音に諭されて簪は覚悟を決める。

 

さっきは慌てて閉めてしまったドアに再び手を掛ける。

 

思い切って開け―――

 

「こなくそ…シャルロット、そっちに行ったぞ!」

 

「オーケー。任せて。」

 

「鈴さん、ラウラさんの相手は任せましたわよ。」

 

「そっちこそ、やられるんじゃないわよ。」

 

先ず、目に入ったのは畳に寝転がって携帯ゲーム機をカチャカチャとやっている鈴、ラウラ、セシリア、シャルロットの四人。

 

簪が来たことにも気付いてない様子で夢中になって遊んでいる。

 

「おかえり、簪。」

 

「今、茶を淹れるからな。」

 

そして、その傍らで四人を微笑ましそうに眺めていた着物姿の一夏と箒。

 

その雰囲気といい、似た柄の帯といい、―――

 

「まるで時代劇とかに出てくる商家の若旦那夫婦みたいだねー。」

 

「ふ、ふうっ!?」

本音の何気ない言葉に箒が真っ赤になる。

 

簪は判っている。

一夏が着ている着物は箒が誕生日プレゼントとして用意したもので、箒は普段着の一つとして着物を着ることが有ることも。

 

 

 

「ほい。熱いから気をつけろよ。」

 

一夏が、本音と簪の前に湯のみの茶菓子を差し出す。

 

「わーい、ありがとー。」

 

素直に喜ぶ本音をまるで遊びに来た子どもに向けるような、なんというか微笑ましいものを見る目のような…そんな表情を浮かべる一夏に簪は思う。

 

ああ、確かにこれは父性型の人誑しだ。

 

「おーい、そっちはお茶要るか?」

 

「あ、あたしも貰う!」

 

「私もお願いしますわ。」

 

「僕もー。ラウラは?」

 

「貰うとしよう。」

 

手元のゲーム機から目を離さない四人は何と言うか普段より子どもっぽく見えた。

 

「――箒。」

 

「判った。次はほうじ茶だな?」

 

一方の一夏と箒はなんだか言葉を不要にしつつあるらしい。

 

「何と言うか、熟年夫婦?」

 

「だね。」

 

 

 

簪の中で『もういい加減結婚してしまえ』と結論が決まりかけたとき――

 

『がちゃん!』と音を立ててセトモノ同士がぶつかる音がする。

 

「箒、大丈夫か!?」

 

「ああ、私は大丈夫だ。」

 

すぐさま一夏が箒の下にかけより、ゲームに熱中していた四人も手を止めて寄ってくる。

 

簪も、何が有ったのかと様子を見に行く。

 

予備としておいてあるらしい、湯のみが見事に割れていた。

 

「湯のみ茶碗が…」

 

「偶然、だといいが…」

 

誰かに、何かあったのだろうか。

 

その答えはまだ、だれも判らない。


 
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