No.624740

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第十九話

ムカミさん

第十九話の投稿です。

良くも悪くも大陸が大きく動く。
大きな戦が遂に始まります。

2013-10-03 10:02:13 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:9339   閲覧ユーザー数:6856

一刀が洛陽を出て数日、陳留に帰還した一刀はその足で軍議室へと出向いていた。

 

主要文官、武官が揃い踏みする中、一刀は跪いて帰還の報告を行う。

 

「夏侯恩、只今戻りました」

 

「桂花からの指示で僻地の守備隊の視察に出ていたそうね。ご苦労だったわ、一刀」

 

「勿体ないお言葉です。して、此度の召集の内容とは?」

 

「そうね。他の者は既に知っていると思うけど、今一度言うわ。先日、私の元に南皮の袁紹より檄文が届いたの。それによれば、ここ最近慌ただしかった都、洛陽にて相国の地位に就いた董卓が帝を傀儡にして暴政を働いている、とのことらしいわ。袁紹は各地の諸侯を集めて董卓を討たんとしている。私にも参加しろ、とのことよ」

 

これを聞いた一刀は、やはりか、と心中で舌打ちする。

 

月-董卓-を直にその目で見た身としては、この”反董卓連合”の結成だけは実現して欲しくないものであったのだから。

 

「桂花、この話の真偽のほどは?」

 

華琳に話を振られた桂花はチラと一刀を見てから報告をする。

 

「董卓が相国に着任した際に送りこんだ草は、相手側の手により追い詰められ、辛くも逃げ帰ってきました。その際の情報はほぼ皆無。現在は新たに草を送り込んでおりますが、情報は未だに入ってきておりません」

 

「そう。それじゃあ桂花の私見ではどうかしら?」

 

この質問には桂花も少々考え込む。

 

事実、今の時点で一刀の報告を聞いていない桂花が持つ情報は、桂花自身が語ったそれなのである。

 

そこから導き出した桂花自身の意見を頭の中でまとめ終えると、桂花は口を開く。

 

「草の報告によれば、少なくとも洛陽の復興は董卓着任以降かなり進んでいるとのことです。とても暴政を働いているとは考えられない、というのが正直な意見です」

 

「やはり、と言ったところね。今回のこともどうせ麗羽のつまらない見栄でしょう」

 

「それでは華琳様、もしやこの呼びかけに応じられないので?」

 

華琳の言葉を聞いた零は疑問を投げかける。

 

華琳は口元に笑みを湛えて逆に零に質問を返した。

 

「あら?なら零の意見はどうなのかしら?」

 

「実際の思惑や事実はどうであれ、これには参加すべきでしょう。聞けば、名のある諸侯の大半は既に参戦を表明しているとのこと。ならば、ここで名を上げることによって華琳様の名は瞬く間に諸侯の間に広まります。そうなれば、華琳様が大陸に覇を唱える大きな一歩となりうるでしょう」

 

「桂花の意見はどうかしら?」

 

「私も概ね零と同意見です。あえて加えますと、このような噂が民の間に流れることを防げなかった時点で、真実はどうであれ、董卓が暴君であることは事実となります。ならば、これを討つは世の大義であると言えましょう。むしろ、ここで様子見を選ぶと他諸侯に大きな遅れを取るかと」

 

桂花と零の意見を聴き終えた華琳は更に笑みが深くなる。

 

どうやら2人の意見に相当満足したようであった。

 

僅かな沈黙の後、華琳は一同を見渡して告げる。

 

「私の考えも貴方達と同じね。いいわ。ならば、我々は袁紹の発足した反董卓連合に参加する。出発は明日。皆、万全の準備をせよ」

 

『はっ!』

 

一同は気合の入った返答をし、各自の持ち場に散って行く。

 

一刀もまた出陣の準備を整えるために情報室へと向かう。

 

その心中にはやるせない思いが渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀が情報室に到着して暫くすると、扉が開いて外から桂花が入ってくる。

 

桂花は室内に入って扉を閉めると、すぐに口を開いた。

 

「悪かったわね、一刀。予想していた以上に事態が早く動いてしまったわ」

 

「いえ、そこはどうしようもないことです。特に問題はありません」

 

「一応聞いておくわ。董卓達のこと、調べはついたのかしら?」

 

桂花自身、一刀から色よい返答はあまり期待していなかった。

 

その分、一刀からの報告には度肝を抜かれるほどであった。

 

「はい、董卓、賈駆、更に張遼と直接接触する機会がありました。その際、色々ありまして、真名の交換も行っております」

 

「は、はぁ?!」

 

「董卓の容貌は儚げな少女そのものといったところです。押しに弱そうな性格ではありますが、民を、そして部下を想う心はまさに善に満ちたものでありました。賈駆はその董卓を側で支え、守ることを第一としている節があります。洛陽の政治も、董卓の意思を汲んだ賈駆が実質的に動かしているものと思われます。また、情報の管理に関しては、ここを除けば右に出る者はいないでしょう」

 

「あんた、向こうでの活動期間なんて3日、多くても4日くらいでしょ?よくそれだけの情報を集められたわね…」

 

「今回は完全に運がよかったとしか言えません。事実、あと半日でも呼び出しが早ければ手ぶらでした」

 

一刀のこの発言はまっこと真実である。

 

僅かなタイミングの差、それが此度の幸運を呼んでいた。

 

「張遼に関しての情報は?」

 

「それに関しては余り多くはありません。ただ、風に聞く通り、その戟を振るう速度は神速と呼ぶに値するものではありました。私の所感ですが、春蘭でもなんとか勝負になるかどうか…」

 

「そう…それだけでも分かったのなら十分よ。作戦立案時に大きな利となるわ」

 

武人の情報は注意すべきか否か、基本的にそこが分かればある程度、戦略はたてやすくなる。

 

まさに一刀の情報は値千金と言えるものだった。

 

「話すことはこんなところかしらね。今回は我らの軍の総力を上げて手柄を取りにいくことになるわ。一刀には恐らく将としての仕事の他にも私や秋蘭から指示があるかもしれない。それだけは忘れないようにしておいて頂戴ね」

 

「はっ」

 

そこまでで洛陽の報告は終わり、各々の出立準備に移る。

 

自室に戻った後も、一刀は表面上平静を装ってはいるが、内心では月たちを何とかして助けたいと考えていた。

 

しかし、おおっぴらに動けば曹軍へのダメージが計り知れないことになる。

 

といって、小規模ゲリラ的に動こうとしても、先程聞いた連合の大きさを考えれば、最早止めることは不可能である。

 

解決の見込みのないこの問題に、一刀は大きな溜息を吐く。

 

どういう思惑があるにせよ、反董卓連合は組まれてしまった。

 

このまま何も考えつかなければ、あの月が無実の罪によって殺されてしまう。

 

「天の御使いを名乗ろうとする者が、他人の天命に喧嘩を売る。おとぎ話も真っ青の滑稽な話だな」

 

自嘲気味に呟く一刀の手には、棚の奥から無意識の内に取り出していた懐かしい衣が握られているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍議の翌日に陳留を出立した曹軍は、やがて袁紹の指定した連合の集合場所に到着する。

 

その間も、一刀は何とか出来ないものかと考え続けてはいたのだが、結局その答えが見つかることはなかった。

 

袁紹の部下に案内された先で陣を構築している間、華琳は春蘭と桂花を連れて軍議の場に赴いていた。

 

一刀が兵に指示を出しつつ自身も天幕を張っていると、声が掛けられる。

 

「おう、隊長。どうしたんだ?なんか元気ないみてぇだが?」

 

声の主は周倉だった。

 

どうやら一刀は傍からひと目で分かる程に悩んでしまっていたようである。

 

「いや、ちょっとな。今の世の流れじゃあどうしようもないような問題を抱えてしまっていて、どうしたものか、とな」

 

そう言い、困ったように頭をかく一刀。

 

それを見て周倉は一言呟く。

 

「なんだからしくねぇな」

 

「え?」

 

「いや、あんたらしくねぇと思ってよ。あんた、俺達に攻められた時も無茶苦茶な策で打ち破って一気に形勢逆転まで持っていったじゃねぇか。そんな型破りなあんたがそんな型にはまった悩みを持つとは思ってなかったんでよ」

 

「型破り…」

 

「そうだろ?普通の人間なら考えもしないようなことを平然とやってのけたじゃねぇか。あまつさえ、上層部を説き伏せて敵の首領を味方に引き込ませるなんてよ、あんたの考える策の方向性っていうのか?それが型破り以外のなんだってんだ?」

 

「…そうか。そうだな。ありがとう、周倉。やり方を変えてもう少し考えることが出来そうだ」

 

大陸の者とは異なる、一刀の特徴の一つ。

 

それはこの時代の常識、考え方にとらわれることのない、未来由来の自由な発想である。

 

奇しくも、この時は一刀よりも周倉の方がそのことを理解していたようであった。

 

勿論、周倉はその自由な発想の源が未来の知識にあるなど知る由もないのだが。

 

何はともあれ、ようやく活路が見えてきたかも知れない、と一刀は考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陣を構築し終わって待機していると、半刻もしない内に華琳達が帰ってきた。

 

華琳は自身の天幕まで戻ると、早速将達を呼び出して自軍の会議を開始する。

 

「取り敢えず、私達は初戦は後衛待機に決定したわ。けれど、麗羽の指示通りに何もせずにいるわけにはいかない。虎視眈々と手柄を狙っていくわよ」

 

「この位置からですと、目指すのは汜水関、虎牢関を抜ける道でしょうか?」

 

進軍ルートを確定しておかねば作戦の建てようもないため、軍師としての見解から零が華琳に質問を飛ばす。

 

「ええ、そうよ。一応麗羽のところの間蝶が守将の名だけは探ってきていたわ。汜水関が華雄、虎牢関が張遼と呂布、だそうよ。ただ、少し前のことだそうだから、今現在の状況を知るためにも私達の方でも斥候を出しておきなさい、桂花」

 

「はっ」

 

「初戦の先鋒はどこが配置されたのでしょうか?」

 

「劉備と公孫賛の部隊よ」

 

「それでは余りに戦力が小さくありませんか?何かの作戦ですか?」

 

「いいえ、違うでしょうね。端的に言えば麗羽に押し付けられたのよ」

 

「進軍方法はどのように決まったのでしょうか?」

 

「あとで伝令を寄越すとは言っていたけれど、どうせ碌なものではないでしょう」

 

その後も矢継ぎ早に質問がなされ、華琳が答えていく。

 

そこから明らかになるのは、驚くほどの連合の規模。

 

大陸における名門たる2つの袁家、涼州を治める馬一族、長沙の孫堅、さらに平原の相となった劉備。その他、袁家に多少なりとも縁のある諸侯達。

 

総数実に20万に届かんとするほどの大軍勢。

 

しかし、それと同時にもう1つ、別の意味で驚く事実が明らかになっていく。

 

それは、とても一枚岩とは言えない、連合の脆弱性。

 

個々の軍では実力の高いところがあれど、その間に連携の二文字は無いと言ってもよい。

 

互いが互い牽制し、手柄を独り占めしようとしているのが目に見えるようであった。

 

そんな中、袁紹からの伝令が到着したとの報が来る。

 

渡された書簡を広げ見た華琳の額には傍目から見ても明らかなほどに青筋が立っていた。

 

「華琳様、袁紹はなんと?」

 

一同が対応しあぐねていると、春蘭がまさに空気を読まない発言をかます。

 

数人は華琳の爆発を恐れ、身を縮こまらせたが、実際には答えた華琳の声は不自然なほどに普段通りの声であった。

 

「”雄々しく、勇ましく、華麗に前進”、だそうよ」

 

「おお!袁紹もいいことを、むぐっ」

 

「ちょ、少し黙ろう、春蘭!」

 

さすがにマズイと判断した一刀は春蘭の口を塞ぐ。

 

他の者達は華琳から感じる薄ら寒い気にあてられて固まってしまっていた。

 

春蘭は敵の武人の雰囲気には敏感なのに、なぜ華琳の雰囲気の変化には鈍感なのだろうか。

 

つくづく謎なものである。

 

華琳はそんな春蘭と一刀を一瞥した後、目を瞑って2、3深呼吸し、心を落ち着かせた。

 

「もう大丈夫よ、一刀。落ち着いたわ。ありがとう」

 

「いえ」

 

答えて一刀は春蘭から手を外す。

 

「ぷはっ!おい、一刀!いきなり何をする?!」

 

「姉者、少し黙っていてくれ。それに今のは一刀の好判断に姉者が助けられている」

 

「む?秋蘭がそういうのならしょうがないか…」

 

姉妹の会話を横目に華琳は一同に告げる。

 

「いいわ。麗羽の指示を都合よく捉えましょう。こちらの判断で進軍してよい、と。いいわね、桂花、零」

 

『はっ』

 

「それではこれで…」

 

「失礼しますっ!」

 

華琳が軍議を締めようとしたところへ、伝令兵が慌てた様子で入ってくる。

 

その兵を秋蘭がすぐに戒める。

 

「何事だ。今は軍議中だぞ?」

 

「申し訳ありません!しかし、急を要すると判断致しましたので。曹操様に会いに来たという者が陣に赴いております!」

 

「名は?」

 

「孫堅、と」

 

瞬間、場がざわめいた。

 

孫堅。江東の虎の呼び名で知られた、圧倒的な武の持ち主。現在は長沙に拠点を構え、その部下は少数ながら精鋭揃い。

 

また、この場では一刀と桂花のみが知っていることだが、その部下、周泰の諜報技術は黒衣隊の精鋭でも及ばないほどのもの。

 

少数精鋭の理想像、ここにあり、といった勢力であり、これからの時代に台頭してくるであろう者達の最有力候補でもある。

 

そんな人物が華琳に会いたいと言っているのだから、当然の反応と言えた。

 

「わかったわ。一刀、孫堅をここに案内なさい」

 

「はっ」

 

命じられた一刀は伝令と共に孫堅の下へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝令に付いて孫堅のいる場所へと向かっていると、その先に3人の女性が立っているのが確認できた。

 

更に寄っていくと、その内の1人から得も言われぬ存在感を感じる。

 

俗に言う本物の覇気とは恐らくこのことであろう。

 

当の本人は気を張り詰めている様子もなく、実に自然体でいるのだから尚更恐ろしい。

 

一刀は孫堅の下へ急ぎながらその様を観察する。

 

3人が3人とも布地のやたら少ない服を着ているので、そこは南方の服装の特徴なのだろう。

 

孫堅自身は腰すら越える程の長い桃色の髪を湛え、君主を示すのだろう髪飾りが威厳を増している。

 

その腰には見るからに立派な刀剣を佩いていた。

 

孫堅の下まで辿りついた一刀は己の役目を果たすべく行動する。

 

「お待たせして申し訳ありません。貴方が孫堅殿でよろしいでしょうか?」

 

「ああ、そうだ。あんたは?」

 

「私は夏侯恩と申します。曹操様に天幕までの孫堅殿のご案内を仰せつかっております」

 

そう答えた一刀を孫堅は値踏みするように隅々まで眺める。

 

そして口元に笑みを作ると面白いものを見るように口を開いた。

 

「ほぉ~。あんたみたいな男、まだこの大陸にもいたんだね」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「いや、何でもないさ。雪蓮、冥琳。あんた達も挨拶しときな」

 

そういって孫堅は後ろに控える2人を促す。

 

1人は孫堅程長くはないが、同じ桃色の髪を伸ばした女性。

 

もう1人は髪の長さこそ孫堅と同じ程だが、こちらは綺麗な黒髪を髪の先で縛って纏めている女性。

 

2人とも目つきは鋭いものがあって共通しているが、その雰囲気が正反対と言える。

 

桃色の女性は生粋の武人といった印象であるのに対し、黒髪の女性は眼鏡をかけ、落ち着いた知的な印象が強い。

 

その2人は孫堅に促されるままに進み出ると、まず桃色の女性が口を開き、黒髪の女性もそれに続いた。

 

「孫策よ。字は伯符。よろしく」

 

「私は周瑜だ。字は公瑾。よろしく頼む」

 

「先程も名乗りましたが、我が名は夏侯恩と申します。故あって字はありません。以後よろしくお願いします」

 

互いに必要な言葉以外を交わさない、実に簡潔な挨拶を終えると、孫堅が口を開く。

 

「それじゃ、曹操のとこに案内してもらおうか」

 

「はい。先導いたします」

 

一刀は3人を連れて軍議場としている華琳の天幕を目指す。

 

その間、孫堅の後ろで孫策と周瑜がヒソヒソと話していた。

 

「ねえ、冥琳。なんで母様はあいつに興味を示してるんだと思う?」

 

「さあ、私には分からんな。月蓮様のお考えは偶に全く理解できん時がある」

 

「娘の私にも分かんない時があるもんね~。見たところ、あいつはそんなに武があるようでもなさそうだけど…」

 

聞き耳を立てていた一刀はその内容に内心で溜息を吐く。

 

ここに来るまでに十分心構えを作って置いたので、妙な態度は取っていないはずである。

 

にも関わらず孫堅に興味を持たれてしまったようだ。

 

できれば目をつけられたくはなかったな、と独りごちる一刀だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「華琳様、お連れしました」

 

「ええ、ありがとう。中に通しなさい」

 

「はっ。孫堅殿、孫策殿、周瑜殿。どうぞこちらへ」

 

一刀は天幕の入口を開けて支え、3人を中に通す。

 

3人は一刀の脇を通って天幕に入る。

 

と、その瞬間、孫策と周瑜が何かを感じ取ったのか、僅かに身を固くした様子が伺えた。

 

果たしてそこでは華琳が孫堅同様、覇気を放って待っていた。

 

「よう、曹操。さっき以来だな。そんなに威圧しなくても、別に取って喰いやしないよ」

 

天幕に入るなり、実にフランクに話しかける孫堅。

 

そんな孫堅の態度に毒気を抜かれたのか、華琳も発していた覇気を抑えて応対する。

 

「いきなり江東の虎ともあろう者が訪ねてきたら、緊張して警戒もするものでしょう?」

 

「あんたが緊張?ははっ、面白い冗談だね!」

 

孫堅が華琳の言を笑い飛ばす。

 

他の者が同じ対応をしようものなら、春蘭が即座に華琳を侮辱した、と怒り狂っていただろう。

 

しかし、孫堅の持つ独特の雰囲気のせいなのか、一同はそのやり取りを一種自然なものに感じてしまっていた。

 

「おっと、そう言えばこいつ達の紹介を忘れてたね。こっちが私の娘の孫策。でその隣が軍師の周瑜だ」

 

流れも何もなく、孫堅が周囲を見渡しながらそう発言する。

 

唐突な紹介にも関わらず、2人は一歩前へ出て黙礼する。

 

どうやら孫堅の自由奔放さにはとっくに慣れてしまっているようであった。

 

「で?連合発足早々に訪ねてきた理由は話してもらえるのかしら?」

 

「ああ、何、折角こうやって連合を組むんだ。他の諸侯への改めての挨拶と」

 

そこで孫堅は一拍開けてから、その先を続ける。

 

「それぞれの様子をこの目で確かめたくてね」

 

孫堅の顔にはまだ笑みが残っている。

 

しかし、今、天幕内は奇妙な緊張感に満ち満ちていた。

 

曹軍の武官のほとんどが、孫堅から突如発せられた気に反射的に反応し、数人は己が武器に手を伸ばそうとしている。

 

そんな殺気立ちそうな一同から孫堅を守ろうと、孫策と周瑜も武器に手を掛けている。

 

まさに一触即発な空気の中、華琳と孫堅の声が響く。

 

「皆、落ち着きなさい!孫堅は全く本気では無いわ」

 

「お前たちもだ。雪蓮、冥琳。ちょっとした戯れさ」

 

この2人にそう言われては武器を下ろさざるを得ない。

 

全員がそろって武器から手を離し、ようやくその場は落ち着いた。

 

「はっはっは。悪かったな。だが、いい部下持ってんじゃないか」

 

「全く悪いと思ってないでしょう。でも、今ので大体のことは掴まれてそうね、貴方ならば」

 

「ん~、どうだろうな~」

 

華琳の言葉に対しても、孫堅は惚けるようにそう言うだけだった。

 

 

 

その後、2、3話しただけで孫堅は帰ることを宣告する。

 

どうやら、先程のことは発言自体は本当のことだったようだ。

 

その帰り際、天幕を出る前に孫堅が思い出したように華琳に問う。

 

「ああ、そう言えば。曹操、あんたのとこ一の武、中々に面白いねぇ。さすがの私も、久しぶりに個人的な興味を持っちまったよ」

 

それだけ言い残して去ってしまった。

 

「…春蘭。あなた、孫堅に何かしたのかしら?」

 

華琳の当然の疑問に春蘭は慌てて否定する。

 

「何もしておりません、華琳様!そもそも先程の軍議の折が初顔合わせです!」

 

「それもそうよね。あの者の考えることは本当に分からないわね」

 

華琳を筆頭に曹軍一同は皆、孫堅の言葉の真意が分からず頭上に疑問符を浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ちょっと予定外のことがあったけれど、軍議はこれで終わりにするわ。桂花、あんなに堂々としなくていいから、こちらも他の諸侯の情報を集められるだけ集めておきなさい」

 

「はっ」

 

孫堅が去った後、華琳が軍議の解散を宣言する。

 

その後の指示には皮肉がたっぷりと込められていたのだが。

 

軍議が終わると一刀は桂花を訪ねる。

 

「桂花殿、少しお話が」

 

「何?間蝶なら追加情報が必要と考えるところには既に送り込んであるわよ?」

 

「いえ、零殿のことで少し」

 

「零の?」

 

一刀はこの連合を、自分の考えを試すいい機会だと考えていた。

 

あの相談を受けてから考えた末に、ただ一つだけ思いついた方法。

 

問題があるとすれば、零の名が大陸に売れるかどうかは疑問であるところなのだが、少なくとも華琳を含めた味方内での評価は得られる。

 

「はい。此度の戦、零殿が策を練ることもあるでしょう。その際、対外的には”新参軍師の力量査定”とでも銘打って、零殿の名を伏せてください。出来れば、策の説明が必要な際でも他の者を立てて頂ければ」

 

「…それはもしかして、零のあの体質に関してのことかしら?」

 

「その通りです。私の考えが正しいのだとすれば、こうすることで少なくとも不可解な現象に依る策の失敗はなくなるものと思われます」

 

一刀の返答に桂花は少し考え込む。

 

しかし、それほど時間を置かずに再び口を開いた。

 

「理屈なんかは私でも全くわからないのだけど、あんたがそこまで言うのだから何かしら確証があるのでしょうね。分かったわ。零が策を立てる時はそれを念頭に置いておく」

 

「ありがとうございます」

 

礼を告げ、一刀は桂花の下を辞す。

 

その足で今度は零の下へ向かった。

 

程なく菖蒲といるところを発見し、先程桂花に提案した内容を伝える。

 

話を聞いた零は内容を吟味しているのか、少しの間黙り込んだ。

 

「…これで私のアレは治るの?」

 

「この方法では”騙す”だけですね。それも上手くいくかどうか、確証はありません」

 

零はさらに考え込む。

 

しかし、やがて意を決したのか、顔をあげて一刀に告げた。

 

「わかったわ。今は他に頼るものも無い。例え確率の低い賭けなのだとしても、そこに光明を見いだせるのなら賭けてやるわ」

 

「頑張ってください。その時が来たときは成功を祈っています」

 

一刀は零にそう告げ、自身の天幕へと去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩。

 

さすがに野営中に日課の鍛錬を行うわけにもいかず、いつもならそうしている時間を丸々月達のことの思案に費やしていた。

 

この連合が組まれてしまった以上、董卓は討たれてしまうことが決まったようなもの。

 

では、ここで発想を無理矢理転換してみればどうなるか。

 

そう。”董卓”は死ぬことが避けられないとして、では”月”ならば避けられるのでは無いのか。

 

ほとんど同じ様な事例がまさに自軍に存在しているではないのか。

 

”張角”は死んだが”天和”は生きているように。

 

情報の伝達が所詮人伝でしかないこの時代においては、真実がどうであろうと、大衆の信じる事柄が事実となる。

 

そこを突けば確かに成功はするかも知れない。

 

しかし、これには確かな問題が一つ。

 

天和のときとは違い、月の所は屈強な軍が付いている。

 

そこには詠という優秀な軍師も存在する。

 

そんなものを相手取って月の下まで到達し、月に世間的には死ぬことを納得させ、更に月を連れて先程の相手から逃げ切る。

 

これだけのことをやり仰せなければならないのだ。

 

或いは詠を説き伏せることが出来れば楽なのかもしれないが、詠は月が世間的に死ぬことを決して許しはしないだろう。

 

一刀の頭では現状これくらいしか思いつかず、非常にもどかしい。

 

とりあえず一案として頭の隅に置いておき、更なる良案を搾り出すべく、思案に没頭していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

袁紹の指示とは言い難い指示に従い、各諸侯が思い思いに汜水関に向けて陣を発つ。

 

華琳、孫堅を始めとした一部諸侯は、袁紹の間諜とやらがもたらした情報の上に胡坐をかくことなく、それぞれが独自に斥候を出して汜水関の様子を探っていた。

 

また、それらの勢力は連合内各諸侯へも間諜を放っていた。

 

どの軍にも積極的に協力しようとする気概など見えず、むしろ腹の探り合いが続く。

 

そうこうしている内に、少々の前後はあれど連合が汜水関前に到達する少し前に斥候達が帰還する。

 

入手されたその情報はやはりというべきか、袁紹の間諜が探った時とは異なっていた。

 

新たにもたらされたその情報は汜水関に到達すると同時に証明された。

 

汜水関上にはためく紺碧の張旗と漆黒の華一文字の2本の旗によって。

 

 


 
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