No.621126

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十四話

Jack Tlamさん

今回も戦闘はなしですが、黄巾党との決戦直前までを描きました。

ついに登場する覇王と小覇王。

一刀達より白蓮が活躍しております。

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2013-09-20 20:11:47 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:7014   閲覧ユーザー数:5161

第十四話、『それは穢れ無き想い』

 

 

――幽州から義勇兵六千が到着した翌日。公孫賛軍は出立のため陣を解体し、一路黄巾党の拠点の一つを目指して進軍を始めた。

 

桃園三姉妹と孔明、そして雛里は白蓮から与えられた義勇兵六千を統率して『劉備軍』となり、俺達が陣を解体している途中に

 

出立した。見送りの際、やはり桃香は縋るような目で俺を見てきたが、俺は気付かないふりをした。孔明達なら上手くやる筈だ。

 

そして、俺達はと言えば数日間の行軍の後、敵拠点に辿り着いていた――

 

 

 

(side:一刀)

 

「――さて、敵の拠点に接近したな」

 

「はい。今回私達の制圧目標となるこの拠点には、黄巾党の兵糧のおよそ半分近くが備蓄されているとの情報が入っています」

 

取り敢えず天幕なんて構えない簡易軍議。主立った将は全員集まっている。桃園三姉妹が軍を離れたため、涼音と優雨が将として

 

参加している。二人には其々愛紗と鈴々が預かっていた部隊を指揮してもらう予定だ。ちなみに桃香が預かっていた衛生兵部隊は

 

長く従軍する衛生兵を指揮官に抜擢し、指揮を任せている。勿論、案内役の斗詩もいる。最近影が薄いけど……。

 

「半分近く……そうか、ここを制圧すれば黄巾党の動きを大きく抑制出来るな。敵の戦力は?」

 

「約二万と言ったところですね」

 

単純な数の上でならほぼ互角……或いは数では此方の上を行かれていると見た方が良いか。だが、質的な側面では此方が上だろう。

 

「でも、策はあるんでしょ、朱里?」

 

「無論です。ねえ、風さん?」

 

「はいはい~、もちろんなのですよ~」

 

朱里に呼ばれて、風が進み出る。常に眠たそうな風だが、今の彼女の眼の色は知っている。攻めの戦に長けた軍師・程仲徳の眼だ。

 

「此度は陣攻めの形なのですが、守り易い陣を攻めるのは城攻めと同様、避けるべき一手なのですよ~。加えて敵の陣は森の中の

 

 開けた場所にあるので、そこを目指す此方は大軍を展開することが物理的に不可能なのですよ~」

 

「……すると、どう戦えばいい?」

 

白蓮が問うと、風は小さな手を口元に添え、にやりと口角を上げてみせる。まったくもって肝が据わっている。悪戯っ子のような

 

笑みを浮かべておきながら、彼女が提案する戦術は「えぐい」の一言に尽きるのだ。

 

「彼我の戦力比だけならほぼ同等と言って良いのですが、大軍が展開出来ない以上、此方が不利なのは目に見えているのですよ~」

 

「……で?」

 

「それを有効活用しちゃいましょうってお話です~」

 

――ほう。成程、そういうことか。横目で朱里を見やれば、彼女も我が意を得たりと言わんばかりに口元に微笑みを浮かべている。

 

「お兄さん、風が言いたいことわかりますか~?」

 

風が俺に話を振ってくる。俺は数瞬だけ思案し、自分なりの答えを出してから風の問いに応じた。

 

「……ああ。態と少数の兵で森の道まで誘い出し、然る後に伏兵部隊で攻撃を仕掛けて叩く。別働隊はその隙に陣に入り、兵糧を

 

 焼き払って拠点制圧を完了。そして逃げ出そうとする敵は予め別の出口に回り込ませた本隊で叩く……そうだろう?」

 

「おお、風が言いたかったことそのままなのですよ~」

 

「大軍が展開出来ないなら、木を以て兵と成し、地を以て陣と成す……誘い出しさえすれば、寧ろこちらが有利なのさ」

 

……そう。兵法三十六計が一、第十五計・調虎離山の計だ。本質的には声東撃西の計だが、大軍を展開することが出来ず戦力的に

 

不利なこの状況で確実に勝つには、敵を森の中を貫く道に誘い込む必要がある。誘い込みさえすれば後は伏兵の攻撃で倒し放題だ。

 

敵を守り易い陣から引き離し、此方に有利な状況に持ち込んでから叩き、別働隊は陣の兵糧を焼き払う……この二つの計略を以て、

 

今回の戦闘に勝利するための連環計と成す。

 

それに、風の提案はあの計――島津のお家芸たる『釣り野伏』そのものだ。森には伏兵を潜ませ易いしな。島津の血をひく俺には

 

随分しっくり来る計略。流石は風だ。少々形は異なるかもしれないが、数で勝る相手を少数で叩き潰すには有効な戦術だ。そして

 

この計略は俺達の力を涼音や優雨に示す絶好の機会だろう。その意味でも、今回の風の献策は「えぐい」な。

 

「お兄さんは軍師としても優秀なのですねえ~……完璧超人なのです~」

 

「光栄だな。だが、俺は完璧超人じゃない。俺も人間だ。どんなに力があろうとも、一人で出来る事なんて多寡が知れてるんだよ」

 

呉の大都督にもなった経歴は伊達ではない。経験は力になるのだ。そして努力して経験を積んで、それを仲間で共有して、初めて

 

何かが出来ると俺は常々思っている。何か指針を掲げたところで、自分が努力して経験を積まなければお話にならない。一人では

 

出来ないことも、仲間がいれば出来る――だがそれは、個々人の努力と成長による仲間への貢献が前提の理論なのだ。俺はそれを、

 

朱里をはじめとした『始まりの外史』での仲間達に教えられた。

 

「ふふっ、そんなお兄さんの姿勢が人を惹き付けるんですよ~……さて、こんな作戦で進めたいと思うのですが、如何ですか~?」

 

今度は他意の無い笑顔を向けてくれる風。彼女の言う通りなのだとしたら嬉しいが、胡坐をかいてはいけない。今後も益々研鑚を

 

重ねていかねば――俺がそう思う傍らで、風は軍師の顔に戻り、半ば置いてきぼりにされかかっていた白蓮に話を振る。

 

「……うむ、良かろう。だが、敵を誘い出して叩く部隊は必然的に少数になってしまう。ここは精鋭部隊を充てなければならんな」

 

「それでしたら、お兄さんの白十字隊と朱里ちゃんの黒十字隊の一部を充てますから、心配は要りません~。敵兵を攻撃する隊は

 

 お兄さんに指揮を執ってもらって、一方の朱里ちゃん自身は火を持って敵陣に殴り込みということで~」

 

「それはちょっと無茶じゃない?」

 

「勿論、黒十字隊の一部を率いて、ですよ~?」

 

「それにしても……」

 

朱里の持つ強大な戦闘能力を知る由も無い新参者である涼音と優雨が反対意見を述べるが、当の朱里は落ち着き払って風に応える。

 

「わかりました。では、黒十字隊の中でも最精鋭の兵を集め、先行します」

 

「……わかった。死ぬなよ、朱里」

 

「はい、一刀様。では、私はこれで」

 

俺の言葉に短く答えてから、朱里は敵拠点制圧部隊の選抜を始めた。ここで残った兵は俺が指揮を執る敵兵制圧部隊に編入となる。

 

「……ねえ一刀、あんた朱里をこんな無茶な戦術に送り出していいの?」

 

「まあ見てなよ。朱里なら上手くやってくれるさ」

 

涼音が心配そうに俺に問うてくるが、俺はその質問に笑顔で応じて見せた。朱里ならばやってくれる。そう信じて。

 

 

――その後はまあ、一方的な展開だったと言って良いだろう。俺は白十字隊の中でも精鋭とされる兵を率いて敵陣近くまで殴り

 

込みをかけ、数の少なさと強さで敵をまんまと誘き出し、伏兵を置いた地点まで誘導、そこを伏兵で攻撃を掛け、俺も反転して

 

粗方倒し、敗残兵が逃げ始めるまでには朱里の部隊が兵糧を始末し、敗残兵は森の別の道から出て来たところを白蓮達が率いる

 

本隊が叩いてしまった。ちなみに、ここに潜らせていた忍者兵は黄巾党本隊に追従しているので、ここにいるのは黄巾党の連中

 

だけ。今回の戦は大勝利としか言いようがないだろう。

 

 

 

「……信じらんない。たった六千程度の兵で二万の軍勢を粗方倒しちゃうなんて……」

 

「此方の損害は極めて軽微……なんてこと……」

 

俺と朱里が兵を連れて戻ってくると、涼音と優雨は呆気にとられた様子で迎えてくれた。なんというか、見事なまでの驚き顔だな。

 

「どうだ、涼音、優雨?二人の実力は?」

 

「直接見たわけじゃないから何とも言えないけどさ……ここまで凄い戦果を挙げられたらもう納得するしかないよね、うん」

 

「そうですね……軍師が戦えるということ自体は疑問ではなかったのですが、陣に敵が残っていなかったわけではないでしょうし、

 

 それをあんな少数の兵で、しかも短時間で制圧を完了させてしまうなんて……」

 

白蓮の問いにそれぞれ応じるも、二人はまだ呆然としていた。しかし続く白蓮の言葉が、二人の状態を一変させる。

 

「……まあ一人で盗賊五千人ぶっ飛ばして全員配下にした一刀や、それに次ぐ実力を持つ朱里を敵に回したのが黄巾党の不幸だな」

 

「「――っ!?」」

 

それを聞いた二人が揃って俺達の方に振り返る。緩慢な動きではなく、それはもう素早い動きで。

 

「一人で五千人ぶっ飛ばしたぁ!?」

 

「しかも、それに次ぐ武力を持つ軍師ですって……!?一体全体どうなっているの……!?」

 

涼音は文字通りひっくり返ってしまい、優雨も冷静さを失って両手で口を覆っている。今の話を聞いて驚かないのは董卓軍の連中

 

位だろう。呂布はこの後三万の軍勢を一人でぶっ飛ばすんだろうしな。

 

「……はあ……軍師として優秀な上に武官としても上を行かれているなんて……ちょっと自信を無くしそうです……」

 

斗詩も嘆いている。彼女とて袁家の二枚看板として名高い猛将・顔良なのだ。実力なら三国の一線級の武将達にも引けは取らない。

 

加えて斗詩は袁紹軍の頭脳労働もやっている……荀彧がいなくなってるからな。あんな逸材を逃してしまうとは本当に馬鹿だなあ。

 

それでも袁家だ、人材はまだまだいる筈……だと思って、取り敢えず斗詩に訊いてみる。

 

「なあ、斗詩。袁紹軍には軍師はいないのか?」

 

俺の問いに、斗詩は彼女が愛用する『金光鉄槌』に寄りかかりながら、泣きそうな顔で答えてくる。

 

「軍師も何も、今の袁紹軍には私と文ちゃんしかいないんです……あとは姫だけなので……」

 

「それ拙くない?」

 

「袁術軍よりはましだと思いたいです……あそこは張勲ちゃんしかいないですし」

 

「……」

 

そうでした。人材不足がヤバいのは袁紹軍だけじゃありませんでした。あっちはツッコミ役がいないぶん、袁紹軍よりヤバいかも。

 

七乃は優秀だが、結局は美羽にノる……じゃなくて美羽をノせて楽しんでいるので、益々タチが悪い。

 

「麗羽も猪々子も突っ走るから苦労するでしょ?」

 

「苦労した結果が一刀さん達に殆ど任せっきりというこの情けない状況なんです……文ちゃんもツッコミは入れてくれるんですが、

 

 なんだかんだで結局は姫と一緒にノっちゃうので……」

 

「……苦労するね、君も」

 

「うう……」

 

巨大な『金光鉄槌』を杖代わりに崩れ落ちそうになる体をなんとか立たせている斗詩の姿には、隠しようもない哀愁が漂っていた。

 

大勝利を収めた割にはなんだか重い空気が垂れ込めてきた将連中を見て取ってか、白蓮が手を叩いてその空気を消し、口を開く。

 

「……さて、今後の事を考えよう。今日はここで陣泊するが、明日以降のことはどうするかだ。朱里」

 

「はい。明日からは各地の遊撃になります。ここを潰せたということは兵糧が半分近く一気に減ってしまったということですから、

 

 冀州黄巾党……ひいては黄巾党全体の活動は急速に減退します。そのため、各地での抵抗も弱まると考えられます。暫くすれば

 

 決戦となるでしょう」

 

「うむ。では明日以降も戦いの連続になるが、皆、力を貸してくれ。陣張りが済み次第、解散とする。以上だ」

 

白蓮の号令一下、天幕を張って陣を作り、この日はここで泊ることとなった。

 

 

 

――その日の真夜中。曹操軍に潜入させていた忍者の一人が、曹操軍と劉備軍が合流したという情報を持ち帰って来た。どうやら

 

劉備軍は上手く敵の兵糧集積所を見つけ、兵糧の調達に成功したようだ。そしてそれに目を付けて曹操軍が接近・合流したらしい。

 

とはいえ、曹操軍から兵糧の補給を受け、近傍の邑から新たに義勇兵を募ったりしているなど、まあ俺が蜀にいた時と変わらない。

 

取り敢えず、遊撃を行っている曹操軍に確実に再合流出来るかがわからないので、決戦時まで公孫賛軍に留まるように報告に来た

 

忍者に命じ、俺と朱里も床についた。

 

 

――その後も公孫賛軍は各地で快進撃を続けた。

 

ある時は数と質で押し切り、またある時は策を用いて攻める。そうして各地で遊撃を繰り返すうち、洛陽と南陽の中間あたりで

 

黄巾党一個師団が呂布一人に殆ど全滅に近い形で敗れたとの情報を、その師団に同行していた忍者から入手した。忍者には損害

 

無し。張三姉妹も無事だそうだ。

 

そしてその情報が入ってからまた少し。遂に黄巾党は追い詰められ、諸侯は集結。ここに決戦の舞台が整った――

 

 

 

「――えっと……曹操軍、孫策軍、袁紹軍、劉備軍……結構集まってるね。総勢十五万ってところかな?」

 

「そのくらいでしょうね……敵は二十万を超えているという話だけど、はっきり言って戦力の質が違い過ぎるわ」

 

周囲を見渡して戦力分析を始める涼音と優雨。大体、俺が呉にいた時と戦力の内容は同じだ――実際にはかなり違うけど。一部が。

 

斗詩はここに到着してからすぐ白蓮や俺達に挨拶を済ませ、袁紹軍に戻った。なんだかちょっと震えているように見えたけど……

 

まあそれはさておき、黄巾党は今回もこの郡の太守の持ち物だった城に立て籠っている。

 

……しかし、この城の逃走経路なんて限られてるぞ……突入して保護を強行するにしても、諸侯にバレれば此方が危ない。夜なら

 

忍者達が闇に紛れて脱出することも出来るが……三姉妹を連れている以上、必然的に機動力が低下してしまう。況して、三姉妹の

 

人相について大まかに把握している曹操がいるし、ここで保護するのは得策ではない。向こうもこの城の逃走経路が限られている

 

ことくらい、既に把握しているだろう。そこに兵を向かわせる可能性もある。優秀な特殊部隊がいるからな。

 

そこで三姉妹が姿をくらませば、当然彼女は自分以外の誰かが三姉妹を確保したのではないかと疑いをかけてくるだろう。つまり、

 

この場での三姉妹の保護はここに来て不可能に近くなってしまったということだ。どうするか――。

 

「……一刀様」

 

「どうした、朱里?」

 

「今回のケースでは、予定通り張三姉妹を保護するのは極めて困難と言わざるを得ません……」

 

「……火計を使って誤魔化せないか?」

 

「その手も考えたのですが、私達が火計を使った上で城に突入したりすれば、曹操さんは間違いなく疑いをかけてきます。加えて、

 

 桃香さんや袁紹さんはまず無いでしょうが、孫策さん……いえ、周瑜さんが火計を仕掛け、城に突入する可能性も考えられます。

 

 その状況を利用すれば出来ないこともないですが……曹操さんも兵を潜入させる可能性があります。結果的に、三姉妹の保護は

 

 極めて難しいと言わざるを得ない状況です……」

 

……ここまで上手くやり過ぎたことも裏目に出ている。的確に敵がいる場所を突き止め、それらを仕留めてきた俺達が城内に突入

 

すれば、三姉妹の確保に動いたとして曹操は確実に疑いをかけてくる。事実上の袋小路であるこの城では尚更だ。加えて、周瑜が

 

火計を仕掛けるなら夜だ。そこで孫策軍と共に突入しようとすれば、誤魔化しは利くかもしれない。だが――。

 

「……孫策に先に発見されてしまえば……」

 

「はい……すみません、この状況を打開する策が浮かびません……『計画』を変更するなら話は別ですが」

 

朱里が策を出せないとなると、これは『丙計画』への移行を視野に入れなければならないだろうか――いや、待てよ?

 

「……俺達が攻め込めば、忍者が内応して……」

 

「っ!そうでした、張三姉妹の直近護衛を担当している兵は全員が忍者……」

 

「但し、これは孫策軍が攻め入った場合と仮定しての話だ。曹操は三姉妹を出来る限り殺さないため、まず火計は使わないだろう。

 

 周瑜も火計を使うとは限らない。単に攻めるには不利だから、攻めるなら火計を使うだろうが、向こうには甘寧や周泰がいる」

 

甘寧や周泰……思春や明命がいる以上、彼女達が火を放った後に張三姉妹が殺害されてしまう可能性は否定出来ない。あの二人が

 

潜入や暗殺のスペシャリストであることは、この中では誰よりも俺がよく知っている。孫策が張三姉妹を知っている可能性は殆ど

 

無いと言って良いだろうが、三姉妹の存在は黄巾党の中にあってあまりに異質だし、周囲の兵も彼女達を守ろうとするだろうから、

 

勘の良い孫策なら気付くだろう。思考に詰まった俺の口から次に出たのは――

 

「むむむ……」

 

――どこぞの錦の御旗を掲げた人の、有名過ぎる迷台詞だった。

 

「なにがむむむですか。計画の筋書きが狂いかけているんですよ?」

 

……そこでわざわざその台詞でツッコむ君も君だろう……しかしそれのお陰で朱里も肩の緊張が抜けたのか、ある提案をしてきた。

 

「張三姉妹を連れている以上、幾ら忍者が優秀とはいえ気配を消し切るのは難しいでしょう。ならば、気配を察知されないように

 

 敵全体を混乱させることで乱戦を作り出し、その隙に張三姉妹と忍者を脱出させてしまえば良いのです」

 

「この城の地図は入手しているか?」

 

「はい」

 

俺は朱里から渡された地図を見る。それはこれまでの外史で見て来たものと全く同じであった。ならば死角も同じところにあるな。

 

「……やはり蔵の辺りが死角になっている。それを見抜けば、周瑜は甘寧達を使って火計を間違いなく仕掛けるな。美周郎ならば

 

 確実に見抜く。そして確実に仕掛ける」

 

「……それは確信ですか?」

 

「ああ。俺の恩師でもある人だからな。冥琳ならばやるだろうさ」

 

そう。かつて俺が愛した女性の一人。半身たる雪蓮の志を果たし、俺達の目の前で眠りについた呉の大都督。彼女ならばやる筈だ。

 

「それなら……行けそうですね」

 

「そうだな。忍者兵の連中はアドリブにも強い。柔軟な対応力については特によく訓練したからな」

 

――見ていろ、曹操。俺がこうして君と道を違えた以上、君にあの三人を渡しはしないぞ……!

 

 

――それから暫く。曹操軍からあの三人組がやって来た。

 

まあこう言えばわかるとは思うが、曹操と夏侯姉妹だ。俺の記憶そのままの姿で、三人は現れた。別に拒む理由もないので、兵に

 

言って陣中に招く。白蓮も呼んで、三対三の会話が始まった。

 

「久しいわね、公孫賛。都で別れて以来だけど、随分と活躍しているみたいじゃない?」

 

「お前にそう言われるとは光栄だな、曹操。そちらもかなりの戦果を挙げていると冀州各地で噂になっていたぞ」

 

「ふふっ……当然よ」

 

……やっぱり自身の塊だなこの子は。多少声が柔らかいようには感じるけど。それは俺が変わったせいなのかもしれない。或いは

 

白蓮が嘗ての同僚だからか。麗羽に曹操が同僚で居たんではただでさえ苦労人の白蓮はさぞ苦労しただろう……目に浮かぶようだ。

 

「私は挨拶に来ただけではないわ。あなたの軍にいるという『天の御遣い』に会いに来たのよ」

 

曹操の言葉に、白蓮はやや大げさなため息をついてから応じる。

 

「……そんなことだろうとは思っていたよ。一刀、朱里……良いか?」

 

「ああ」

 

「はい」

 

俺と朱里が進み出ると、先に曹操が口を開く。

 

「あなた達が『天の御遣い』?噂は陳留にも聞こえていたけれど、見た目は随分と普通なのね……格好は変わっているけれど」

 

「まあ、そう呼ばれてもいるかな……俺は北郷一刀。姓が北郷、名は一刀。国の風習が違うせいで字と真名はない」

 

「北郷朱里と申します。一刀様と同じく、姓名のみで字と真名は持たない身です」

 

「私は曹操、字は孟徳。兗州陳留郡太守。いずれは天下を手に入れる者よ」

 

やっぱり大きく出たなあ。わかってはいたけど、それを表に出して隠そうともせず、尚も威風堂々たる佇まい……流石だ。

 

「こちらの二人は夏候惇、夏侯淵姉妹。私の従姉妹であり、我が軍最古参の勇将達よ」

 

「夏候元譲だ」

 

「私は夏侯妙才と申す」

 

ぶっきらぼうな夏候惇と、礼を失することはしない夏侯淵――よくよく考えたら、この二人も俺が知り合う以前から因縁浅からぬ

 

関係だったんだよな……劉邦に仕えた夏候嬰の末裔だというし。

 

そして何故か二人とも……夏候惇は特にだが、俺の言動について咎める様子はない。こちらの名が知れ渡っているからだろうか。

 

「よろしく……さて、曹操殿は俺達にどんな用事があって俺達に会いに来たのかな?」

 

「ふふ……あなたならわかっているのではないかしら?」

 

「何の事だかさっぱり不明」

 

「ふふっ……食えない男ね。いいわ、教えてあげる。私はあなた達二人を我が軍に迎え入れたいと思っているわ」

 

――これまた予想通り、か。

 

「……成程ね。曹操殿が俺達二人を軍に迎え入れたいのは、俺達が大陸を覆う乱世を収め、太平を齎す『天の御遣い』だからか?」

 

「それは数ある理由の一つでしかないわ。ただ、あなた達が涿郡に降り立ってからというもの、涿郡の治政は劇的な改善を遂げた

 

 という噂は最早大陸中の話題になっている。あなた達もそれは知っているでしょう。それを踏まえてのことよ」

 

「俺達の力を、あなたの覇道のために貸せということか?」

 

「慧眼恐れ入るわ。ええ、その通り。私はこのまま地方の一太守で終わるつもりは無いわ。我が覇道に力を貸す事こそあなた達の

 

 目指す乱世の平定、そして大陸の平和への近道だとは思わないかしら?」

 

「……ほう。治世においては能臣となり、また乱世においては奸雄となる、と?」

 

「何故それを……!?……ふふふ、まったくもって慧眼恐れ入るわ」

 

「あなたが言ったんだろう?いずれは天下を手に入れると。そして現在迄の漢の腐敗ぶりを考えれば、その程度のことはわかるさ」

 

俺もその予言の当事者なので知っているっていうのもあるけどね。俺の言葉に曹操は愉快そうに微笑みを浮かべ、再び問うてくる。

 

「そう……それで、我が覇道の為にその力を役立てる気は無いかしら?」

 

「……あなたの覇道に俺達の力が役立つかどうかわからない以上、今それに返答することは出来ない」

 

「あら、そうかしら?公孫賛の所にいるからそう感じるのであって、私の許に来ればその意識も変わるのではなくて?」

 

「……俺は、あなたに力を貸すことがこの大陸の未来のためになるかがわからないと言っている」

 

おそらく俺の言葉の真意をわかった上でそう言っているであろう曹操に少し強い調子で答えると、やはり夏候惇が進み出て来る。

 

「なんだと、貴様……!」

 

「春蘭、おやめなさい」

 

だが、曹操に諌められてすぐに下がる。きつい視線を向けてくるが、今の俺がその程度で動じる筈も無かった。曹操が話を続ける。

 

「いいわ、あなたは保留ということね。それで……北郷朱里。あなたはどうなの?」

 

 

「……私ですか?」

 

「そうよ。あなたは私につく気はないかしら?」

 

「……」

 

曹操にしてみれば、やはり男性である俺よりも、女性である朱里の方がずっと御眼鏡に適うようだ。それも当然だな……抑々の話、

 

彼女は公平な能力主義者ではあるが、同時に同性愛者としての側面を持つ。荀彧ほど極端ではないにせよ、基本的に男性は嫌って

 

いる。それに身内贔屓を抜きにしても朱里は可愛いし、元来の天才的な頭脳と、今では他の追随を許さない武力までも身に着けた、

 

まさに曹操が望む最高の人材と言うことが出来る。最悪女の方だけでも欲しい――曹操はそう考えているのだろう。

 

「あなたの軍師としての優れた才覚も、勿論噂になっているわ。そして……仮面を着けているようだけれど、それは何故?」

 

「……」

 

「ふふふ……いいわ。私はその仮面の下に何があろうと気にしないわ。あなたの才覚もあなた自身も、愛してあげる……」

 

――そして、今の彼女は『始まりの外史』に近いかな?なんだか実際的な会話ではなく、艶っぽい会話の内容になってきているな。

 

「仮面などで隠す必要は無い。私の許でなら、あなたの全てを曝け出せるわよ……?そして、それは私によって愛される……眼も

 

 美しいわね。その磨き抜かれた宝玉のような瞳、実に愛おしいわ……」

 

「か、華琳様……!?」

 

夏候惇が引き気味になり、夏侯淵の方も感情の起伏が少ない表情を変え、目を丸くしている。流石に曹操の態度が意外だったのか。

 

――いや、この二人ならこうなること位は予想出来た筈なんだが。

 

「……」

 

「齢は私よりも若いかしら……女の悦びも未だ知らないでしょう?私が全て教えてあげる。あなたは私に力を貸してくれるだけで

 

 良いわ。私なら、あなたが自身を軍師としても、女としても最高に活かせる場を提供してあげられる……どう?」

 

うーむ、あの時の変態性が垣間見えるな……いや、最早モロ出しだな。愛紗もとんでもない奴に目を付けられてたな、ホントにさ。

 

「……」

 

「どうかしたの?まさか想像してしまったのかしら?」

 

朱里は先程から沈黙している。流石に不審に思ったか、曹操も変態モード(?)を解き、にやついた表情のまま朱里に問う。

 

「……お話はそれだけですか?」

 

そして、朱里が漸く言葉を発したと思ったら……感情が一切感じられない、あの絶対零度の声だった。

 

「……」

 

その非人間的な冷たさに、あの曹操が気圧されている。夏候姉妹も、あらゆる感情が完全に欠落した朱里の声には驚きを隠せない。

 

「私も一刀様と同じく、私の才覚があなたの覇道に役立つかがわかりませんし、あなたに力を貸すことがこの大陸の未来のために

 

 なるかどうかも分かりません。それに、私が信ずるは一刀様が示される道……それ以外の道に進む気はありません」

 

「……成程……でも、そんな男の許にいて良いの?なにも同族が同じ場所に居なければならないという法は無いのよ」

 

おいおい、もう俺を「そんな男」呼ばわりか……やはり女好きは相変わらずか。俺と朱里を完全に別個の存在として捉えているな。

 

「私と一刀様は義兄妹であり、血の繋がりはありません。ですが、家族として同じ時間を過ごしてきた、互いにとって最愛の存在。

 

 そんな人の傍らを離れるなど……例えどんなに魅力的な誘惑があろうとも、そんな気持ちは欠片も湧きません」

 

「……ふむ。では、女としてはどうかしら?その男にあなたを満足させられるだけの器量があるようには見えないけれど?それに、

 

 私の覇道の価値も見抜けないような男の許で、あなたは自らの才覚を潰してしまって良いのかしら?」

 

「……」

 

曹操の不躾過ぎる言葉でさっきよりも周囲の温度が下がったような気がした。仮面の奥の表情は、きっと今迄見たことが無いほど

 

冷たいだろう。こういうことを躊躇いも無く言ってしまうのが曹操の良い所でもあり、悪い所でもある。

 

「……私は、一刀様ではない別の方にお仕えする気は全くありません。一刀様こそ、我が悠久唯一人の君。我が身の全てを捧げて

 

 愛した御方。私の主君は一刀様の他には有り得ません。他の方に仕えるくらいなら、私は自ら命を絶ちましょう」

 

「……」

 

――ある種の狂気とも言うべき絆。それは風にも言われた。俺達二人の間で結ばれている絆は、傍から見ると狂気にも似ていると。

 

それはあの曹操をも戦慄させるのに十分な威力を持っていた。

 

「……いいわ。そこまで言うのなら、私はこの場を引き下がりましょう。でも覚えておきなさい、私は欲しいと思ったものは必ず

 

 手に入れる。『天の御遣い』であるあなた達二人も、その例外ではないわ……春蘭、秋蘭、陣に戻ります」

 

少々不満げにそう言って踵を返そうとする曹操。その背に向かって、それまで黙っていた白蓮が怒りを滲ませた声色で言い放った。

 

「……私の客人を取り込みにかかった挙句に愚弄するとは、随分な作法もあったものだな……!」

 

白蓮の言葉に振り返る曹操。曹操が口を開くのを待たず、白蓮が畳みかけるように続ける。

 

「この争乱に覆われた大陸に、故郷を遠く離れて降り立った二人を、お前の覇道のためなどに渡してたまるか。況して、これ以上

 

 無いほど強い絆で結ばれたこの二人を、お前のために引き裂こうなどと……例え神が許したとて、この公孫伯珪が断じて許さん。

 

 乱世の平定の近道となる手立てがあるだろうことは否定しない。だが……お前の覇道がそうだとは、随分と自惚れたものだな!

 

 天下の全てがお前のものになるなどと思うなよ、人の身で至高の理想など抱けん!それはお前とて例外ではないぞ、曹操!」

 

白蓮の言葉に曹操がその端整な顔を不機嫌そうに歪める。夏候惇もそれに反応しかけ――次の瞬間、何かに気付いたようにやめた。

 

それは白蓮の覇気だった。峻烈極まる清廉な覇気が、白蓮の躰から湧き出ている。その強さに、俺も思わず拳を握り直してしまう。

 

桃香あたりが受けたらすぐに気絶するのではないかと思えるほどに、強い覇気だった。

 

曹操は首を横に振ると、いつもの悠然とした笑みを浮かべて立ち去って行った。

 

 

それから暫くは白蓮の機嫌が悪かったが、割とすぐにいつもの白蓮に戻っていた。しかし、悪いことというのは続くものだ。

 

今度は孫策軍から孫策と周瑜がやって来た。一応、普段腰に佩いている古錠刀は俺達に与えられた天幕に置いてあるので、それで

 

咎められる心配は無い。

 

白蓮に挨拶を済ませた二人も曹操と同じく、俺達に話しかけてくる(白蓮は俺達が『御遣い』であることは孫策に伝えている)。

 

「あなた達が『天の御遣い』?見た所普通の人間にしか見えないけどねえ~……」

 

「ふむ……立ち振る舞いもあまり特別には見えんな……装束は一風変わってはいるが……」

 

……懐かしい声だ。あの時、毒矢を受けて壮絶な最期を遂げた彼女が、赤壁の戦いを終えて静かに逝った彼女が、まったく元気な

 

姿で目の前に立って。俺は内心でかなり動揺していたが、それでも努めて冷静を保ちつつ、二人が名乗るのを待つ。

 

先ずは孫策が名乗ってきた。

 

「私は孫策、字は伯符。孫策軍大将で今は袁術の客将。あなた達は?」

 

「俺は北郷一刀。姓が北郷、名が一刀。字と真名がないが、これは国の風習の違いだ」

 

「私は北郷朱里です。姓が北郷、名は朱里。同じく字と真名はありません」

 

「真名が無い?へえ……」

 

まるで値踏みするように俺達をじろじろ見てくる孫策と周瑜――周瑜が名乗ろうとしないのは不自然なので、ツッコむことにする。

 

「……あなたは名乗らないのかい、美周郎?」

 

「おや、私を知っているようだな……しかし名乗らないのは失礼をした。真名が無いということに少々驚いてしまった。すまない。

 

 貴公の言う通り、私は周瑜、字は公瑾だ」

 

「よろしく。それで、あなた方はどういった用件で我が軍の陣に来たのかな?」

 

まあ、おおよそ俺の予測で合っていると思う。俺達を取り込みに来たというのは曹操と同じだろうが、内容はおそらく……あれだ。

 

「今は公孫賛軍の客将なのよね?でも……ウチにくる気はない?」

 

「どういうことだ?」

 

「民の噂で聞いてるけど、涿郡では素晴らしい善政を敷く手助けをしているいるというじゃない。武にも長けているという話だし。

 

 そこで、私達孫呉の未来のために力を貸して欲しいと思って、こうして話をしに来たのよ」

 

「……それで?」

 

「うふふっ……そんなに難しいことじゃないわ。あなたの胤を貰えるのは公孫賛軍の子達だけなのかなって」

 

――やはりか。しかし、まだ此方との関わりも薄いどころか無いにも等しいのにそれを言うのか。フリーダムさは変わってないな。

 

そのまま孫策は俺に向かって話し続ける。朱里のことも視界に入れているようだが、曹操と違って俺の方が優先順位が高いようだ。

 

「あなたの血を孫呉に入れれば、孫呉の未来の地位は更に高まるわ。今でこそ袁術の客将だけど、いずれは……ね。勿論それだけ

 

 じゃないわ。あなた達には高い地位を約束しましょう。決して悪い話ではないと思うけど?」

 

地位に関しての話は曹操も出さなかった。実務的な話も織り交ぜるあたりが孫策らしいところだな。確かに悪い話ではない。だが、

 

それは実務レベルの話でだけ。肉体関係を求めるような話は、俺はもう絶対に受けない。元より『計画』の筋書きには無い、故に

 

受けるつもりなど最初から無かったが。

 

「……それは断らせてもらう」

 

だから、俺はきっぱりと言った。当然、孫策は理由を訊ねてくる。

 

「あら、どうして?」

 

「俺にはこの朱里がいる。彼女以外と関係を持つつもりは無い。例え何があろうと絶対にだ。それに、種馬扱いも気に入らないな」

 

「あら……『天の御遣い』なんて御大層な呼び名で呼ばれてる割には、ちょっと器が小さいんじゃないの?」

 

俺を挑発するかのような笑みを浮かべてそう言い放った孫策に、やはり黙って聞いていた白蓮が再びキレた。

 

「……私の客人を種馬扱いした上に愚弄するとは随分な作法だな、孫策……?」

 

「客人、でしょう?いずれはあなたの許を離れるんじゃないの?」

 

「そうかもしれないな。だが言わせてもらう。一刀と朱里の仲を引き裂こうというならそれは断じて許さん。そして、私達は誰も

 

 一刀と関係を持ってはいない。一刀が好ましい男だと思うからこそ、その意志を尊重して関係を持たぬようにしている」

 

白蓮の言葉を孫策は手をパタパタと振って否定する。

 

「別に二人の仲を引き裂こうなんて考えちゃいないわよ。それにあなたも名家の出身でしょう?彼の血を一族に取り入れることは

 

 考えなかったわけ?公孫氏は幽州一帯でその名を轟かせているけど、それを機に地位や権勢を強められるんじゃない?」

 

だが、白蓮はあくまでも冷たく言葉を紡ぎ続けた。

 

「尚タチが悪いな……それに、そんな不義をしてまで家運を上げることなど、私には微塵も考え付かなかったし、これからもそう

 

 するつもりは無い。そして言っておく。一刀は人間だ、決して種馬などではない。もしそういう目的で一刀を利用しようとする

 

 輩がいるのなら……この私が、斬る」

 

……またしても、白蓮から覇気が湧き出ている。それはとても清らかな覇気。穢れ無くどこまでも澄んだ、透徹なる覇気。それは

 

まるで彼女の真名を体現するかのような気の波動。白蓮は孫策という稀代の英傑を前にしても、その存在感を示していた。

 

「ふーん……ま、いいわ。それじゃあ、またね」

 

白蓮の気迫を見て取ってか、孫策は満足げにあっさりと踵を返し、周瑜もそれに続いて立ち去った。

 

 

孫策達が去った後も、曹操とのこともあってか白蓮は相当に機嫌が悪かった。ここまで機嫌の悪い白蓮は、涿にやって来た桃香の

 

甘ったれた態度を指摘し、畳みかけた時以来だ。あの時も、白蓮は半ば自棄酒をするほどに機嫌を損ねてしまった。

 

「……どいつもこいつも……己の欲望や野望のために利用しようとする輩は消えないな……それだけではないのかもしれんが……」

 

「白蓮……」

 

「……ふっ、所詮は自己満足だとわかってはいるさ。だが、お前達が誰かの欲望や野望のために利用されるのは許すことが出来ん。

 

 私が言えたことではないかもしれんが、な……」

 

「……白蓮さん……」

 

「誰かを守ろうと思うことすら、烏滸がましいのかもしれん。必死にやれば誰かを結果的に守れるというだけだろう……ふふふっ、

 

 私も桃香のことは言えんな。結局は欲でお前達を縛っているだけ……期待しているだけと言っておきながら、これではまったく

 

 滑稽だ……友を守りたいという欲が、結局は、お前達を……」

 

自嘲する白蓮の顔は、今にも泣きそうに見えた。そんな白蓮を……慰めるとは言わない、ただ彼女がそんな表情をするのが許せず、

 

俺は言葉を紡いだ。

 

「……白蓮、人は欲望によって動くんだ。誰かを守りたいという想いもそうだし、何もかもがそれに端を発する」

 

「……」

 

「……だけど、友を守るというのは人として為すべきことだ。例えそれが欲だったとしても、人として為すべきことを為したなら、

 

 それは『義』だ。『義を見てせざるは勇無きなり』……君は決して欲望だけで動く人間などではない。だから、そんな風に自嘲

 

 するのはやめてくれ。欲だと自覚した上でそれを為すなら、君は勇敢な人間だ」

 

「一刀……」

 

「……歴史上、己の欲望に溺れ、身を滅ぼしてしまった者は幾らでもいる。元が平民でも、王者でも。だが正しいことを為さんと

 

 欲して勇敢に戦った者は、後世に英雄としてその勇名を遺した。元が平民だろうが、王者だろうが……だから、決して欲を持つ

 

 ことが悪いんじゃない。醜さあっての人間。光も闇もその内に抱いている。それを受け入れ、向かい合うことこそ肝要。そして、

 

 光り輝くだけの正義など存在しない。闇に覆われているだけの欲望もまた存在しない。だからこそ人の命は美しいんだ」

 

……歯の浮くような、陳腐な台詞だ。だが、陳腐な言葉だからこその説得力というものがある。そして、これこそが俺達の信念だ。

 

「……白蓮、君の真名の由来はなんだ?」

 

「……なんだ、藪から棒に……まあいい、話してやる。私が生まれた日、丁度庭に植えられていた白木蓮の花が咲いたのだと母に

 

 教えられた。私達の母は身分が低いために、あまり好い待遇は受けられなかったんだが、それでも庭のある家に住み、庭に木を

 

 植える程度のことは出来た。だが、それがどうしたんだ?」

 

「……白木蓮の花、つまり白蓮(びゃくれん)……転じて、それは心が清らかで穢れの無いことの例え……」

 

「……!」

 

「……君は真っ直ぐ過ぎる。その程度の欲望なんて誰でも持っているさ。でもそれを敢えて為したなら、それこそが正義。そして、

 

 正義を為しているという驕りを決して持たない君は、本当に立派だ……抑々、人間の取る行動が全て正しいなんてことは無い」

 

欲望に溺れてしまうこと。それは驕りに繋がる。正義を為したいと欲するのは当然だ、そこまでは良い。だがそれに溺れてしまい、

 

そして「自分は正義を為している」と思ってしまったが最後、それは最早正義ではなくなってしまっている。それこそが、白蓮と

 

桃香の最大の相違点と言えよう。

 

己の理想や正義に決して溺れることなく、それらが秘める負の側面にも決して逃げずに向き合い、常に自分を戒めて驕らない白蓮。

 

やっていること自体は正義であるとは言えども、己の理想や正義に酔い過ぎてその眼を曇らせ、負の側面に向き合えない桃香――

 

桃香が正義の味方を目指す者であるとすれば、白蓮は「本物の」正義の味方なのであろう。

 

「……済まない、そうまで言って貰えるとは思っていなかった。私はただ、お前達を普通の人間として見て、友として遇してきた。

 

 だからお前達の虚名を利用して大きく羽ばたこうとする桃香、己の野望や欲望の為にお前達の力や血を利用しようとする曹操や

 

 孫策に対して、私は苦言を呈した。やはり私はお前達を『天の御遣い』とは見ることが出来ない。ただ、民の希望になれるなら、

 

 そういう存在になって欲しかっただけなんだ。誰かの理想の旗印や駒、挙句には家運を上げるための種馬などと……そんな風に

 

 利用されることがただ許せなかった。だが結局は私の我儘だ。お前達がどうしたいかを、私が決めることなど出来はしない」

 

「……白蓮、それは違う。君の言う通りなのかもしれないが、俺は君がそんな風に俺達を見てくれているということが嬉しかった」

 

「私達だって人間です。どんな虚名や力を持っていたって、人間なんです……覚悟こそしていますが、嫌なものは嫌なんです……」

 

「……そうか、そうだよな。だがわかってくれ。私とて只の人間だ、聖人君子になど到底なれはしない。それでも、お前達は私を

 

 友としてこれからも遇してくれるか?」

 

「ああ」

 

「勿論です」

 

「……ありがとう」

 

聖人君子になれる人間などいない。人間が取る行動がいつも正しいなどと言うことは有り得ない。誰もが必ず間違いを犯す。だが、

 

ただ正しきを為したいと欲し、それに溺れない人間がいるとすれば、それは間違いなく――

 

 

 

――『英雄』なのだ。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

皆さんこんにちは、Jack Tlamです。

 

今回は短めですが、ここまで白蓮がなんだかカッコいいだけだったので、みっともない姿を一刀達に晒す様を描きたく、

 

こんな感じになりました。

 

本当は桃香との再会も描く予定ではありましたけど、今回出したら色んな意味で台無しにされてしまうので、今回は出番を

 

用意しませんでした。桃香が一刀達を引き入れたいというのはこれまで散々描写しましたし、ここでまだやるとなれば、

 

それは何より白蓮が辛いだろうと思ったからです。

 

 

「欲望のままに~」と桃香は原作中で発言していますが、欲望で行動しない人間なんていないって私は考えています。

 

欲望ってとかくよくないイメージでとらえられがちですが、希望と欲望はほとんど同義と言っていいでしょう。

 

正義を為そうとする想いは大切です。しかし本当に大切なのはそれに溺れない事。

 

白蓮は自分がやろうとしていること、やっていることが、正しいのか、あるいは間違っているのかを常々考えています。

 

自分がやっていることが正しいと心の底では信じつつも、それが独りよがりの正義にならないよう、戒め続ける姿はきっと

 

本当の正義の味方のそれだと信じたいところです。

 

正義という言葉に苦しまない正義の味方がいるとしたら、それはきっと偽りでしょうから。

 

 

白蓮の真名に関してはずっと考えていたことですが、元々義侠的な性質が強いキャラクターですので、欲を持ちつつもそれに

 

穢れたりはしない清い心の持ち主なのだろうと想像して描いています。出自に関しては正史に則ったものです。

 

 

さて、ちょっと予定を変更した形になってしまったかもしれませんが、次回はいよいよ黄巾党との決戦です。

 

一刀達は張三姉妹を保護することができるか。

 

 

 

ではでは。

 

 

 

追記

 

お気に入りにしてくださった方が遂に100人を越えました。ご愛読ありがとうございます。

 

これより先も邁進していく所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします。


 
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