No.61326

帝記・北郷:閑話休題・参~目覚め~


帝記・北郷のインターバルラスト。
いよいよ華琳様のお目覚め。そして新たなる天下への蠢動。

オリキャラ注意

2009-03-03 02:38:56 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:7927   閲覧ユーザー数:6456

 

『帝記・北郷:閑話休題・参~目覚め~』

 

 

今日も少女は眠る。

雛菊に別れを告げた後、いつものように華琳の部屋にやってきた一刀が見たものは、以前と変わらずに眠り続ける想い人。

白磁のような肌も、金糸のような髪もそのままに華琳は小さな規則正しい寝息を立てていた。

「やあ華琳…今日も元気そうだね」

そう話しかけながら、一刀は華琳の眠る寝台の縁に腰かける。

そうして始まる取り留めもない話。

入って来た時には流琉と藤璃がいたのだが、藤璃が「お邪魔みたいですの~」などと言いながら流琉を連れて出てしまった。

一刀の声が流れ、それに健やかな寝息が答える。

ここ数週間繰り返されてきた光景。

「でな、兗州の平定の為に風が龍志さんの所に行くことになったんだ。ほら、あそこって風の故郷だろ?結構あっちじゃあ地元の有力者に顔が利くらしくってね。それに、兗州は華琳達が最初に治めた土地だからさ、龍志さんも手を焼いているらしくって……」

目を細める一刀。

兗州は陳留の郊外で華琳と出会ったことが、自分の新しい人生の始まりだった。

あれから決して短くはない月日が流れ、気がつけば今や自分は大陸の雄の一人となり、華琳は亡国の君主となっている。

その間、ほとんどの時間を華琳と共に過ごしてきた。

覇王と天の御遣いから始まり、男女の中になるまで。

「華琳……」

呟いて、華琳の頬にそっと手を当てる。

小動物のような温かさと、壊れてしまいそうな繊細さに微かに手が震えた。

「………」

無言で、華琳の唇に自分の唇を重ねる。

それは触れるだけの、ほんの一瞬の行為。

その一瞬でいいから、華琳との繋がりが欲しかった。

「……はは、御伽噺みたいにはいかないもんだな」

照れ隠しに頬を掻きながらそう言うと、一刀はおもむろに寝台から腰を上げる。

「じゃあ…また来るよ」

そうして踵を返すとそのまま部屋を出て行った。

だから、一刀は気付かない。

華琳の手が微かに震えたことを。

 

 

雍州・長安。

かつて漢の都として栄えたこともある大陸屈指の大都市。

今は、大陸西方に睨みを利かせる魏国の要所として機能している。

そこの城壁の上、はためく夏候の旗の下に立っているのは透き通るような水色の髪を肩上で切り、右目を前髪で隠した女将。

鄴で一刀達の援護をした後行方をくらました秋蘭であった。

華琳救出戦の時に去り際の紅燕が秋蘭に残した策が、この長安入りであった。

長安は洛陽の西に位置している。これに加えて洛陽北部を維新軍本隊が押さえて、東部から兗州を攻略した龍志軍が迫れば洛陽を三方から攻めることができる。

また魏国の重鎮である秋蘭が魏国に叛して、華琳暗殺未遂の真実と華琳が既に維新軍に保護されたことを魏の臣に流せば、魏の内部をガタガタに揺さぶることができる。

事実、すでに夏候姉妹と同じく譜代の家臣である曹仁を始めとする荊州北部の魏臣は秋蘭と協力する体制を取り(これにより洛陽は南方からも攻撃を受けることとなる)、雍州、涼州も同じく彼女と連合を組んだ。

尤も、まだ維新軍が華琳の存在を公にしていないために彼らへ協力するとは明確にしていないが。

いずれにせよ、この天下を揺さぶる策を秋蘭を見た瞬間に思いついたというのだから、恐るべきは紅燕の深謀遠慮と言ったところか。

「華琳様…姉者…一刀…」

秋蘭の胸に去来する愛しき人々の姿。

華琳が未だに目覚めていないということは維新軍からの伝令から聞いていたが、春蘭達の挙動は全く解らなかった。

最後に来た報告は、春蘭、桂花、稟、季衣の四人とその手勢が忽然と姿を消したという報告だけ。

「まあ…悩んでもしょうがないか」

ふっと笑う秋蘭。

姉にせよ主にせよその他の者にせよ、そうそう死ぬような者達ではない。

今自分がするべきは、来るであろう決戦に備えること。

決意を新たに、再び秋蘭は遠くを見る。

今度は彼女達の敵、于吉のいる洛陽の方角を。

 

「おお、兄上ではありませんか」

華琳の部屋から執務室に戻っていく途中、声をかけられた一刀は足を止めあたりを見回した。

「こちらです兄上」

再びかけられた声に中庭の方を見ると、藤璃と流琉が椅子に座ってお茶を飲んでいた。

「に、兄様……」

一刀を見て気まずげに顔を伏せる流琉。

恐らく、今日の華琳の面倒を任されている自分がこうしてお茶を飲んでいる事を気にしているのだろう。

大方、あの後藤璃に誘われたのだろうが。

「どうです兄上。兄上もこちらでお茶など」

藤璃の勧めに、一刀は残りの仕事の量を計算して。

「………」

おもむろに中庭に足を踏み出した。

仕事が少ないからではない、今ここで休んでおかないと再び青鸞に嫌味を言われかねないと思ったからだ。

決してサボりたかったわけではない………一応。

「兄様…その、あの…」

「落ち着きなよ流琉。お前さんにここにいるよう言ったのは某じゃないか」

「あう…姉様……」

何とも言い難い表情で藤璃を見る流琉。

その姿に藤璃は。

「ああもう!流琉は可愛いな~~」

「ひゃわ!!」

流琉を思いっきり抱きしめた。

まあ、大斧を軽々と使う膂力で抱きしめたら大惨事だろうから、手加減はしているようだが。

「仲良いな~二人とも」

呼ばれておいて置いてきぼりを食らった一刀が、椅子に座りながら二人の姿を見てそう言った。

「うむ。流琉は某の妹のようなものです」

胸を張って藤璃が答える。

流琉は藤璃から解放されしばらくは息も絶え絶えだったが、すぐにお茶を茶器に注いで一刀に渡した。

「ん。ありがと。しかし、妹か~」

『妹』の言葉に、流琉はぽっと頬を染めた。

思えば、今まで流琉には姉貴分にあたる者はいなかった。季衣とは幼馴染でどちらかと言えば姉のような立場であったし、春蘭秋蘭との関係も姉妹とは少し違う。

「ふふ、良かったな流琉」

ぽふぽふと頭を撫でる一刀に、流琉はますます顔を赤くするだけだった。

「ほう、なかなかうらやましいな流琉よ」

それを微笑ましげに目を細め見つめる藤璃。

「藤璃もして欲しいのか?」

何となく聞いてみると、藤璃はクスリと笑い。

「いやいや、某は結構。それよりも某も一つ…」

「うん。了解」

手を伸ばして来た藤璃に、一刀は流琉の頭を撫でる箇所をずらす。

そしてそこを、藤璃の細い手がゆったりと撫で始めた。

「もう!兄様!姉様!」

先程以上に顔を真っ赤にして、しかしまんざらでもなさげな流琉。

なんとものどかな光景が、なかなか戻ってこない一刀を探しに青鸞がやって来るまで続いた。

 

 

深い深い闇の中。

少女は一人漂う。

音も無く。

匂いも無く。

光は勿論無く。

果たして自分が目を開いているのか閉じているのかすら判断できない。

触れるものは何も無く。

ただ、自分が何者なのかという意識のみあった。

少女の名は華琳。

大陸の覇王。

いや、覇王だったと言うべきだろうか。

今や彼女は、戻るべき場所も命も失った君主。

「失った…と、どうして言えるのですか?」

闇に響く初めての音。

それは男とも女ともとれない声だった。

「現実から目を背けて、この想念の暗黒海に彷徨するあなたに、どうして失ったという事が解るのですか?」

「ここが死後の世界などではないことはあなたも気づいているはずですよ」

「あなたはただ現実から目を背けているにすぎない」

「………」

華琳は答えない。

「何を恐れるのです?」

「王で無くなること?」

「輩を喪うこと?」

「民に見放されること?」

「誰かの下につくこと?」

羅列される恐怖。

それらは確かに恐ろしくないと言えば嘘になる。

だが…。

「否」

初めて華琳が声をあげた。

その声は漆黒の闇に凛と響く。

「…でしょうねぇ」

満足気な声が響く。

「貴女の恐れるは、それら全てでありそれら全てでない。あなたが恐れるは、今迄の自分の否定」

くっくっと笑い声が聞こえる。

それは嘲笑のようであり。

それでいて、不思議と不快になることがない。

「貴女が築いてきた曹操という存在。今、現世に戻ればそれは失われかねない……最も解り易く言うならば、覇王・曹操は消える」

そしてそれは、彼女がこの乱世に築いてきたものの象徴が消滅することを意味する。

「けれど、それを受け入れられないほど貴女は弱くない。それでもあなたがここにいるのは……」

「覚悟が出来ていないからよ」

「そう、覚悟。それは前に進む為の力。未知と未来を恐れぬ心の原泉」

歌うように紡がれる言の葉。

「そして貴女にはこの彷徨の海にてあまりにも時間を重ね過ぎた。そう、それは覚悟を固めるのに充分な時間であり、より迷うのにもまた充分すぎる時間。あなたのように思考の激しい人間には特に……ね」

その旋律は静かに華琳の耳朶を打つ。

「されど時間は有限…選択の時ですよ曹孟徳。闇より出でて新しき道を進むか、この闇に彷徨い続けるか」

「答えなど決まっているわ」

闇を震わす強い声。

それと共に満ちて来る光。

「答えなど決まっていた…ただほんの少しの…たった一つの躊躇いが私を縛っていた」

「悩むこともないであろう答えが…ですね」

「あなたは何でもお見通しなのね」

光は徐々に広がり、華琳の目覚めが近いことを知らせる。

「最後に一つ良いかしら?あなたは一体何者なの?」

その問いに、声はしばしの沈黙の後に、再び流れるような旋律で。

「我は水鏡。揺らげども砕けぬその身に、朧の中の一抹の真実を映すもの」

そうして世界は光に満たされる。

 

 

「あーうん。また来たよ華琳」

たははと笑いながら一刀は再び華琳が眠る部屋へと来ていた。

寝台に腰かけながら、一刀は苦笑したまま話を続ける。

「あの後さぁ、流琉と藤璃と一緒にいたら青鸞に見つかっちゃってね」

これが他の人物だったら小言の一つでも言われて仕事に連れ戻されるのだろうが、相手は青鸞である。

『お疲れでしたら、言ってくだされば融通はしましたのに…今日はもう休んでいただいて結構ですよ。まあ、今日の残り程度なら私が何とかしときますから』

そうして一刀に返事の時間も弁解の余地も与えずにさようなら。

結局、気まずくなったお茶会は解散し、一刀はこの部屋に戻ることとなる。

「もうちょっと青鸞も、言い方をこう変えてくれたらいいのになぁ……」

「迷惑をかけておいて言う言葉じゃないわね」

「はは、そうだな……へ?」

突然帰ってきた返事に、驚いて一刀は華琳の顔を見た。

深い藍色の瞳が、こちらを見つめている。

しばらく、時が止まったかのように二人はそのまま見つめ合う。

「……何、馬鹿みたいな顔してるのよ」

「いや…さっきのキスが効いたのかと……」

「はあ?」

「い、いや。ただの妄言だ!忘れてくれ!」

「ふぅ~ん」

何かを企むような眼をする華琳。

その眼すら、一刀には懐かしい。

「なぁ、華り…むぐっ!!」

唇に当たる柔かな感触。

それが華琳の唇だと言う事を理解するのに一刀が有した時間はおよそ一分半。

先程まで寝たきりだったとは思えない動きである。

それは蒼亀の治療が関係していたりするのだが…ここでは割愛する。

どれほどの時間が過ぎたろうか。

おもむろに二人は唇を放し、再び見詰めあう。

「…ただいま、一刀」

「ああ。お帰り、華琳」

天の御遣いと覇王。

二人の物語が、形を変えて始まろうとしていた。

 

 

 

 

おまけ

「あ、水鏡先生。どこにいらっしゃったんですか?先程から蒼亀様達がお待ちですよ」

「おやおや…それは失礼しました。ちょっとお仕事をしていたもので」

「お仕事?」

「ええ…水鏡のお仕事ですよ」

「えっと…それはそのまま先生のお仕事ということですか?」

「ふふ、そういうことにしておきましょうか」

 

 

私は帰ってきたーーー!!

 

というわけで(何が?)閑話休題終了です。次回から二部に入ります。

正直、思いのほか閑話休題が長くなりました。詰め込み過ぎかもしれません。

 

ここでお詫びを。

最近、コメントや応援メッセージへの返信が遅くなっています。申し訳ありませんが、気長にお待ちください。

 

それから、基本的に読者の皆さまから出場願いのあったキャラは目立つ立ち位置に出そうと思っています(あくまで一刀を食わない程度に)。未だに登場していない馬幼常殿もごゆるりとお待ちください。

 

あと、書くまでもないかと思いますが、最後の華琳と一刀の「ただいま」と「おかえり」は気付いたら立場が逆になっていたというものですので、誤記ではありません。念のために。

 

では、次作でお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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