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恋姫†無双 関羽千里行 第3章 29話

Red-xさん

恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の第3章、29話になります。 この作品は恋姫†無双の二次創作です。 設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。
深夜の更新です。今回、うまくまとめられていればいいのですが...
それではよろしくお願いします。

2013-08-11 01:45:02 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:1874   閲覧ユーザー数:1598

第29話 -街道攻防-

 

??「だったら、その役目はウチが引き受けたるっ!」

 

 祭の後方からかけられた声に、祭は前を見据えたままニヤリと笑う。

 

祭「全く、来るのが遅いんじゃ!お前の分を儂が全て貰うところじゃったぞ?」

 

 それに霞は快闊に答える。

 

霞「黙って出て行ったくせに何言っとるんや!あとで愛紗にこってり絞ってもらうで!」

 

 そう言うなり祭の隣に馬とともに飛び込み獲物を構え、迫り来る兵を一閃する。

 

祭「む。それは困った。北郷でも壁に使うか。」

 

霞「一刀も災難やな...それはそうと、なんでこんなとこに馬超がおるんや。」

 

 目の端で猛威を振るう馬超を見据える。人が弾き飛ばされていく様は、まさに台風といったところだろう。

 

祭「儂にもわからん。じゃが、目の前にいるのは事実じゃ。」

 

 矢を放ちつつ、槍を振るいつつ言葉をかわす。

 

祭「汜水関の決着、つけてくるがいい。その他大勢は任されよう。」

 

霞「せやな...ならちょっと行ってくるわ!」

 

 霞は入り乱れる戦線の中に飛び込んでいく。

 

霞「久しぶりやな、錦馬超!」

 

 敵軍から親しみをこめた呼び声をかけられ、少しだけ驚いたような表情を見せる馬超であったが、

 

馬超「そっか...攻めてきてるのが北郷軍なら、こいつがいてもおかしくないよな...」

 

霞「ん?なんか言った?」

 

 ぼそりと呟くように吐かれた台詞は、騒がしい戦場の中で霞のところまでは届かなかった。怪訝そうにする霞に、

 

馬超「...なんでもないさ。久しぶりだな、張遼。あの時の決着をつけにきたのか?」

 

霞「そう思っとったけど...何や自分、エラい元気ないな。腹でも痛いん?」

 

馬超「...まあ気にするな。さっさと始めようぜ。」

 

霞「う、うん...」

 

 ひどくあっさり答えられ拍子抜けしてしまうが、そう言うなり武器を構える馬超に合わせて霞も武器を構える。

 

霞「(なんや?前と違って覇気がない...)」

 

 確かに、目の前に立っている馬超の構えには隙はない。迂闊に飛び込めばこちらが危ないだろう。しかし、その出で立ちからは、前の馬超から感じた雰囲気とは異なるものが感じられた。だが、ここは戦場だ。余計なことを考えていれば、うっかり命を落としかねない。霞はひとまず馬超との戦いに集中することにした。

 

霞「じゃ、行くで!はぁあああああっ!」

 

 一方、霞を送り出した祭も、霞が馬超を惹きつけてくれているとはいえ、まだまだ油断のならない状況ではあった。敵の士気は高いし、戦慣れしている。何より、ここで戦う場合を想定した訓練を積んでいるのであろう。一進一退の攻防が続けられている。それは器いっぱいに張られた水のように、ぎりぎりの所で均衡を保っているとも言えた。

 

祭「時間稼ぎとはいえ、このままでは埒が明かん。しかも入れ替えの多くきくあっちとは違ってこちらは少なく、兵が尽きればあとは使いきり...」

 

 おそらく馬超がいなければ、敵の士気がこれほど高くなければ、こちらももっと余裕をもっていられただろう。そしてもう一つ重要な要素、それは。

 

兵士「ぐはっ!」

 

祭「ちぃっ!」

 

 倒れた兵士を狙った元に向けて矢を放つ。祭たちを苦しめていたのは馬超だけではない。その後方にいる弓部隊だった。その弓部隊からの攻撃は、こちらと比べて圧倒的に物量が異なっていた。こちらが一本撃つ間にあちらからは数本まとめて飛んでくる。祭は自分の育てた精兵がその射撃精度で負けることは殆ど無いだろうと思っていたが、敵の放つ矢は時間がたってもその精度が落ちることはない。通常であれば、弓兵の射撃精度は時間が経つにつれ徐々に下がってくるものだが、あちらの精度はほぼ一定を保ったままだ。おそらく弩を用いているのだろうと祭は推測する。さながらスナイパーライフルとアサルトライフルで撃ち合うようなものだが、精度や射程に差が出なければその結果は歴然だ。歩兵もいるため安全に射撃できるわけではないという違いもある。今は祭の指揮でなんとかもっている状態とも言えるかもしれない。そこに、

 

兵士「後方から部隊接近!お味方ではありませんっ!」

 

祭「なんじゃと!?」

 

 慌てた様子で兵士が持ってきた報告は、祭に更なる追い打ちを掛ける。

 

隊長「ほーう。成都の連中、結構粘ってるみたいじゃねぇか。これは宛が外れたな...」

 

 東州兵を束ねる隊長は、速度を落として前方に並ぶ北郷軍とその先蜀軍との戦いを観察する。

 

隊長「なんかさっきまで前にいた連中もどっかいっちまったし...」

 

 追尾していた部隊は途中で半分になり、片方は見当違いの方へと走って行ってしまった。それをみて気づかれていたわけではないと判断したが、その動向は気になる所ではある。

 

隊長「今参加しても敵は倒せるが旨みがねぇ。斥候に出した連中もまだ戻ってこねぇし、ここはしばらく見物しておくか。」

 

 そう考え、全軍に停止命令を出そうとしたところで、

 

兵士「後方に砂塵あり!敵部隊だと思われますっ!」

 

隊長「なにぃ!?俺たちのさらにケツがいるだと!?」

 

 追いすがってきた兵士の報告に驚愕し、進みつつも後方に視線をやる。すると、確かに後方から砂塵が迫ってきていた。おそらく、その量から察するに自分たちの部隊の数倍...三万はくだらないはずだ。その部隊の旗には北郷軍の証である十文字の印が刻まれている。

 

隊長「くそっ!だからあれほど後方警戒しとけっていったじゃねぇか!くそ、あとで担当のやつは絞め殺してやるっ!」 

 

 だがそれも生きていればだ。彼は少しの間思考する。このままでは後方から追撃され、一方的に倒される可能性がある。さらには逆に前方か来た部隊と挟撃される皮肉な可能性さえある。残る選択肢は、この場で停止し迎撃するか、或いは、

 

隊長「めんどくせぇ、めんどくせぇ、めんどくせぇ!おい、全軍速度を上げて突撃しろ!!敵に追いつかれるより先に、前にいる奴らをぶち殺して成都に入る!」

 

兵士「は、ははっ!」

 

 前門の虎、後門の狼といったところか。しかし、少なくとも前にいる虎はまだ起きたてだ。そう判断した彼は東州兵たちに指示を飛ばすが、兵士たちにはすっかり安心しきっていたところから、どん底に叩き落された恐怖が芽生えていた。

 

愛紗「敵部隊を確認しました。いかがしましょうか。」

 

 前方には行軍中の敵部隊、さらにその先には味方の部隊が展開している。そしてさらにその先にはまた敵部隊が展開しているはずだ。

 

一刀「なんだか混みいってそうだな...でも、早く助けに行かないと。風、どうしたらいいと思う?」

 

風「そうですねぇ...前の人達もこっちに気づいたみたいですし、その場合の選択肢は二つですね。」

 

華雄「というと?」

 

風「ぐー。」

 

愛紗「大事なところで寝るなっ!」

 

風「おおっ?」

 

 風のボケ(?)にも慣れたのか、愛紗がすかさずツッコミをいれるが、今は確かに一刻を争うだろう。

 

愛紗「一刀様、こやつは本当に大丈夫なのでしょうか...」

 

一刀「だ、大丈夫じゃないかな...」

 

愛紗「声が上ずってますよ?」

 

 ジト目で愛紗が見つめてくるが、

 

風「あのー、続けてもいいですか?」

 

一刀「あ、ああ頼む。」

 

 なんだか、原因を作った本人にたしなめられるのは納得行かない気がする。

 

風「一つはあの場で停止してこちらを迎え撃つか。しかし、あの部隊を指揮しているのがまともな人なら戦力差を見てそれを判断することはないでしょうね~。」

 

愛紗「というともうひとつは...」

 

風「このまま走って行っちゃうかですね。元々前方にいた部隊を後方から襲い、成都と挟撃するのが目的でしたでしょうから、その利があるうちに前方の部隊を叩こうとするはずですよ。」

 

華雄「そうか。なら我らのとるべき道は一つだな。」

 

 華雄は肩に担いだ戦斧を握り締める。

 

華雄「突撃し、逃げる敵の後方からぶちのめしてやればいい!」

 

 得意そうにそう言う華雄に、

 

愛紗「まあ、そのとおりなんだが...」

 

風「猪さんに言われるとなんか納得いきませんねぇ...」

 

一刀「...ノーコメントで。」

 

 ジトーっとした目で華雄を見つめる三人に、

 

華雄「のー...なんだかしらんが失礼だぞ!私は正論を言ったまでではないか!」

 

一刀「まあそういうことで。愛紗よろしく。」

 

愛紗「御意っ!全軍駆け足!敵部隊を掃討する!」

 

兵士「応っ!」

 

華雄「おいっ!」

 

 この光景を見たものは何と言うだろうか。接戦を繰り広げる戦場に向かって突撃をかける部隊。さらにその突撃部隊に後ろから突撃をかける部隊。既に戦っている戦場では、前方の部隊に対処しつつ、後方から迫る部隊に潰されまいと備える。そこに突撃をかけてくる部隊は視線は前で待ち構える敵を見据えつつも、後ろから突撃してくる部隊に追いつかれてなるまいと必死に足を運ぶ。そしてそのさらに後ろでは既に戦っている味方部隊まで敵の手が届かないよう、前方を走る部隊をさらなる勢いを持って追いかける。全ては間に挟まれた東州兵の部隊の結末次第となるだろう。

 

馬超「はああっ!」

 

霞「くっ!」

 

 馬超の一閃をガードし、踏ん張らざるを得なくなる。馬超の突きは鋭いが、その剛力から繰り出されるなぎ払いもかなりの重さがある。しかも馬上の戦いでは自分だけでなく、馬の負担も考えて戦わなくてはならない。馬のちからが尽きた時、その上に跨る者も同時に敗北が決定するからだ。その意味で、馬超の攻撃は可能な限り受け流すか避けるかするべきなのだが、馬超はそれを許さず的確にダメージを蓄積させていく。

 

霞「(重い...でも...)」

 

 余計なことは考えないつもりだった。しかし、

 

霞「やっぱり前の馬超やない...)」

 

 馬超の振るう槍に、霞はどうしても考えざるを得なかった。どうして馬超はこんなにも何かを叩きつけるように槍を繰り出してくるのか。どうして馬超はその闘志を燃やすのではなく、感情を殺すかのように冷淡な表情で戦っているのか。どうして馬超は自分と闘いながらも自分を見ていないのか。

 

 一度泡のように湧き上がった疑問に霞の集中力は乱される。聞かずに入られない。だが、それを聞くにはまず彼女を力で屈服させなければならない。霞にはそう感じられた。だからこそ、それらの疑問も浮かんでは消し浮かんでは消し、馬超の武に答えようとする。だが馬超は集中しきれていない霞が倒せるほど、生易しい相手ではない。馬超こそその心に余裕はあまりないのだが、その余裕の無さが最高の武人との戦いをこよなく愛し、相手に対して真摯に向き合う霞の中にいらぬ考えを生み出している。そして状況はみるみるうちに馬超の方へと傾いていく。馬とともに、霞自身にも徐々にダメージが溜まっていく。

 

 キンッ!

 

 大きく振られた馬超の一撃を受け止めた霞だったが、そこで恐れていた自体が発生する。霞の乗っていた馬がよろけてしまったのだ。

 

霞「しもうたっ!」

 

 直ぐに霞は倒れかけた馬から転げるように地に足をつける。元々、途中で休みも入れていたとはいえ長距離を行軍してきたのだ。待ち構えていた彼女の馬との疲労の差が最初からあるのも当たり前である。膝を折り立ち上がろうとする愛馬を見つつなんとか立ち上がるも、これで均衡は完全に崩れてしまった。

 

馬超「...勝負あったな。悪いがその生命、もらうぜ。」

 

霞「ふっ、それはどうやろなぁ。馬はのうなったけど、ウチはまだピンピンしとるで?」 

 減らず口を叩いた所で、霞には馬超の攻撃から身を躱す体力は残されていない。それは馬超も見抜いているだろう。槍を向けた馬超が馬とともに突撃してくる。馬上から放たれる馬超の攻撃を、ダメージを追った霞が受け切れるかはわからないが、霞はここで死んでたまるかと、気力を振り絞って武器を構える。

 

馬超「はあっ!」

 

 馬の突進速度も載せた高速の突きが霞の胸めがけて放たれる。その突きは、おそらく手にした獲物で防いでも、それごと貫くのに十分な威力があるだろう。だが、

 

 キンッ!

 

 その槍は霞の胸を貫き、巻かれた晒しを赤く染めることはなかった。

 

愛紗「悪いが、横槍を入れさせてもらうぞ。」

 

 結果から言えば、北郷軍は前方の味方に接敵される前に東州兵の部隊に追いつくことができた。猛追する北郷軍に東州兵の部隊は必死に走り続けたのだが、彼らの前方で待ち構えていた祭の部隊による矢の雨に、一部足がすくんでしまったのだ。特に、彼らを指揮していた隊長が、祭によってその脳天を貫かれ走る馬から落馬していく様は彼らに多大な恐怖を与えただろう。

 

華雄「はっ!」

 

 戦斧を横に一薙ぎし、敵兵が数人まとめて吹っ飛んでいく。一人では敵わぬと思った敵兵は、塊となって華雄に襲いかかるが、それすらも華雄はなぎ払っていく。その様子を見守る一刀と張三姉妹であったが、三姉妹はその凄惨さに足がすくんでしまっていた。

 

地和「これが戦場...」

 

 怒号が飛び交い、命が次々と失われている。目を逸らしたくなるような、そんな中にあって一刀を見れば、一刀はその様子をしっかりと焼き付けているようだった。

 

一刀「俺には、これを見届ける責任がある。」

 

 三人の疑問に答えるようにして呟いた一刀はさらに口を開く。

 

一刀「前に愛紗とも話したけど...理想を掲げて人に付いてきてもらっている以上、俺にはその理想を叶える責任がある。だけど俺は、俺たちは百人中百人救うなんてことはできない。」

 

人和「理想のためには犠牲も厭わないと?」

 

一刀「...百人中六十人救えるなら、俺はそれを由とするよ。でも、それを、百人中百人救うことを諦めるべきじゃない。だからこれから先皆が笑って暮らせる世の中にするために、百人中百人救えるように、俺はみんなと力を尽くすよ。こうして戦って死んでいった人たちも、同じ理想を抱いてくれてたと信じて。」

 

 戦場にあっても、彼の優しさが失われているわけではない。その戦場をじっと見つめる一刀の視線に三人はそれを感じ取った。それと同時に、ここまで通ってきた街の人々のおことを思い出す。彼らは皆一様に一刀たちを歓迎し、平和な世の中が築かれることを願っていた。一刀がただの侵略者であれば、そんなことはなかったはずだ。

 

天和「天下統一...か。」

 

 恐怖にとりつかれた軍隊は脆い。その後は、追撃してきた北郷軍に刈り取られるようにして次々倒れていった。今は投降してきた兵の受け入れと残存兵力を無効化するために華雄たちの部隊が動いているおかげで、愛紗はここまで進んでくることができたのだ。援軍到着の知らせを受けた本郷軍は再びその息を吹き返す。しかもやってきたのが彼らの戴く君主の本郷一刀と、本郷軍でも最強と言われる軍神なのだ。その士気は一気にあがり、蜀軍を押し戻し始めた。

 

霞「愛紗!」

 

 自分を貫くはずだった槍をいなした人物を確かめ、霞は顔を綻ばせる。

 

愛紗「武人同士の戦いに無粋とは思ったが、今お前に死なれては困るのでな。」

 

霞「あ、愛紗もしかしてそれって...」

 

 顔を赤くする霞に、

 

愛紗「か、勘違いするなっ!お前に死なれると、我らが大願を叶えるのにさらなる時間がかかると判断しただけだ!」

 

 こちらも顔を赤くする。

 

霞「そんなこと言って...ホントはウチのこと好きーやから助けてくれたんやろ?一刀が言っとったもん、ツンデレって言うんやろ。」

 

愛紗「だから違うと...ええい、もう知らん!」

 

 愛紗はうっとりする霞をおいて、静観していた馬超に向き直り青龍刀を構える。

 

愛紗「我が名は関羽。次は私のお相手を願おう。」

 

馬超「...アンタが関羽か。...いいぜ、誰が来たってあたしが皆倒してやるっ!」

 

 距離をとって構える二人。一人は地に立ち、一人は騎乗している。だが、不利であるはずの愛紗の表情には焦りは全く感じられない。むしろその隙のない堂々とした構えに、馬超の方が一瞬気圧されるほどだ。

 

愛紗「馬超よ、お前になにがあったのか、あえて私からはきかん。今はただ、全力でうちかかってこいっ!」

 

馬超「くっ、言われなくても!はあああああっ!」

 

 馬とともに再び突撃してくる馬超。人馬一体となった攻撃は躱すことも、はたまた受けることも難しい。しかし、愛紗は突撃してくる馬超の動きを読み、その攻撃が自らに届く一瞬先に一閃を放つ。

 

愛紗「はっ!」

 

 攻撃を放った愛紗の背後を駆け抜けていく。その先でくるりと方向を変えた馬超の馬が、そのまま崩れ落ちる。

 

馬超「し、紫燕!?」

 

 馬から降り、取り乱したように愛馬を確認する馬超。霞との立ち合いによって、紫燕にも疲労が溜まっていたのだった。そこを見ぬいた愛紗は、馬超本人ではなく、彼女の一部となっていたとも言える馬の方に攻撃を加えたのだ。馬超は馬が打撲だけで命に別状はないとわかると、涙を流しその首にすがりつく。

 

愛紗「(翠...)」

 

 愛紗は、彼女の泣いた姿など見たことがなかった。翠...馬超にとって、馬たちは単なる移動手段や兵装などではない。彼女にとって、馬たちは一緒に育ち、一緒に戦ってきた仲間なのだ。彼女はそれを今失いかけたと思った。だからこその涙だろう。だが愛紗には、嗚咽混じりに泣く彼女の瞳には、それ以上の深い悲しみが見て取れる気がした。

 

 愛馬を一度労るように撫でると、むくりと立ち上がり、馬超は愛紗に向かって槍を構える。その目尻には、未だ光る雫が残っていた。

 

馬超「よくも...よくも紫燕を!」

 

 憎悪、悲しみ。自分を見つめる彼女のそんな瞳に、愛紗は彼女におおよそなにが起きたのか悟った。

 

馬超「はあああああっ!」

 

 気合とともに繰り出される槍をいなす愛紗。だが、一度感情の堰を決壊させた馬超の槍には、その精細さは完全に失われていた。突きを繰り出し全身する馬超。それを交わし、時に防ぎ、一歩一歩交代する愛紗。しかし、彼女の放つ一突き一突きに、愛紗は虚しささえ感じていた。やがて、自ら力を使い果たし、槍を支えに俯き、肩で息をし始める馬超。流れる汗が、地面にぽたぽたと垂れ、薄くシミを作っていく。その頃には、後方での戦闘を終えた一刀や華雄たちがその場に合流していた。

 

愛紗「...もうよせ。勝負はついた。」

 

 誰が見ても、今の馬超が愛紗に勝てる見込みなどない。その場にいる全員がそう思った。しかし、それは馬超にとって、絶対に認めてはならない事実だった。俯いた視線を愛紗に向け、馬超は言い放つ。

 

馬超「あたしは...あたしは敵をとらなくちゃいけないんだ!死んでいった月、詠、西涼の皆、蒲公英、そして父上のために!それまでは誰にも負けない...負けちゃいけないんだ!」

 

 泣き叫ぶようにして放たれた台詞に、見ていた一刀が口を開きかけるが、それは隣にいた華雄に寄って遮られた。その言葉に愛紗は一瞬の間の後、一層顔を引き締めると、

愛紗「そうか。ならば、我等北郷軍が少なくとも反董卓連合に参加していたのは覚えているだろう...私もお前の敵の一人というわけだ。」

 

 董卓たちが死んだと思っているのなら、確かに董卓たちを追いやった本郷軍は、愛紗の言うとおり馬超にとって友人の敵になる。愛紗はそれをわかっていても、堂々とそれに言い返す。

 

愛紗「ならば、私の首をとってみせよ!だが言っておく!大望に捧げた我が義の刃が、今の私怨でかすんだ貴殿のその槍ごときで折れることなどありえない!それでもというのなら、こちらも全力でお相手しよう。さあっ!」

 

 そして、

 

愛紗・馬超「はあああああっ!」

 

 二人は同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 馬超は今、疲労のピークに達したのか、片膝をついた愛紗の腕の中でぐっすりと眠っていた。馬超とともに出撃していた劉循、張任の部隊は馬超が倒されたことを期にこちらに投降の意志をみせ、今は街道を挟んで残りの蜀軍とにらみ合いの状態だ。しかし、成都制圧の報も入ってきているため、この状態もしばらくすれば解除されるであろう。日も暮れかかっていたが、愛紗と馬超と一刀の三人だけは、未だその場にとどまっていた。愛紗が我が子をあやすように、馬超の頭を優しく撫でる。

 

愛紗「色々あったのでしょう...彼女の泣き顔など、私は初めて見ました。」

 

一刀「ああ...起きたらなんて言葉をかけてあげたらいいのか、正直俺にはわからないよ。」

 

 起きたらまた、刃を向けられるかもしれない。それでも、彼女を殺すことも、ましてや放っておくことも二人にはできなかった。ただ、一人となってしまった彼女のそばに居てあげたかった。

 

愛紗「かけるべき言葉など、始めからないのかもしれません。ですが...」

 

 愛紗は一刀に向き直ると、

 

愛紗「彼女にも、貴方の優しさを分けてやってください。貴方のあたたかさは、彼女にとって何よりの薬になるでしょうから。」

 

-あとがき-

 

 結局また日をまたいでしまった...読んでくださった方はありがとうございます。祭りに参加していらっしゃった方は今頃戦利品を眺めていらっしゃる頃ですかね?そうであるならお目汚し失礼しました。

 

 成都でのお話は又次回になります。ここらへんまでにこの章終わらせたかったのですが...もう一話かかりそうですね。

 

 それでは、次回もお付き合いいただけるという方はよろしくお願いします。

 


 
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