No.602254

IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜

一周年記念番外編! 『織斑一夏殺人事件!? 〜真相なんてそんなもんさ〜』

2013-07-27 21:34:22 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:854   閲覧ユーザー数:770

IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜をいつもご愛読いただきありがとうございます。一周年企画という事で番外編を書かせていただきました!

 

それではどうぞ!

 

 

 

夏休みが始まって2日目。夏真っ盛りのIS学園で、事件は起きた。

 

「あ…ぁ……」

 

小刻みに震える少女の身体。汗が吹き出して、髪がはりつく。

 

目の前で起こっている現象が信じられないと言わんばかりに目を大きく開いている。

 

「あぁ………」

 

脚から力が抜けて、ペタンとそのまま座り込む。

 

「うそ…そんな……」

 

うわ言のように少女の口から漏れるその言葉。

 

しかし少女の二つの瞳は、逸れることなく一点を見ている。

 

 

目の前でうつ伏せに倒れる織斑一夏の姿を。

 

 

「お、お兄ちゃぁぁぁぁん!!」

 

少女の悲鳴が、蝉の鳴く空に吸い込まれた。

 

 

 

「一夏が教室で倒れてた?」

 

俺がラウラとシャル、簪の三人との自主練を終えてアリーナから戻る途中に耳に入ったのはそんなニュースだった。

 

「うん。二年一組の教室でマドカちゃんが最初に見つけたんだって。もう少し遅れてたら熱中症で大変な事になってたみたい」

 

説明してくれたのはクラスメイトの宮岸さん。

 

「早く見つかって良かったね」

 

「まったくだ。熱中症など洒落にならん」

 

「毎日…暑い…」

 

「今日、なんでか分からないけど先生達がほとんどいないでしょ? びっくりしたよ。ビットに織斑くん乗せて運んでたから」

 

斬新な使い方だな。ブレードビットで人を運ぶか。

 

「ほら、私保健委員でしょ? たまたま見つけてマドカちゃんと一緒に織斑くんを保健室に運んで手当したの」

 

「あいつ怪我してたのか?」

 

「おでこ軽く切ってただけだから絆創膏貼っただけだけどね」

 

「心配だな。様子見に行くか。教えてくれてありがとな」

 

「へ!? あ、うん! じゃあね!」

 

宮岸さんはそのまま走って行ってしまった。

 

「…あ! どこの保健室か聞くの忘れた! 宮岸さーん! っていねぇや。足速いのな」

 

どうしよ、とラウラたちに顔を向ける。

 

「一組の教室で倒れていたのだ。一番近い保健室が妥当だろう」

 

行ってみるとラウラの言った通り一夏がベッドに寝かされていた。

 

「あ、瑛斗。シャルロットたちも」

 

マドカが顔を向けてきた。箒とセシリアと鈴もいた。

 

「どうなんだ一夏は」

 

「なんとか大丈夫だよ」

 

「聞いたぜ。ビットに一夏乗せて運んだんだってな」

 

「う、うん。まぁね。早く運ばなきゃーって」

 

「まったく、本当に心配かけるんだからこのバカ」

 

「鈴の言う通りだ。見つけられたから良かったものの、見つからなければ…」

 

「そう言えば、マドカちゃんはなんで教室に一夏がいるってわかったの?」

 

「お兄ちゃんに用があったの」

 

「用……?」

 

「もうすぐ家に戻るから、その事でちょっとね。でもお兄ちゃん近くにいなくて」

 

「携帯でメールなりなんなりすればいいじゃない」

 

「それが…お兄ちゃん、携帯を寮の部屋に置きっ放しにしてて。待ってたら来るかなーって思ってたら帰ってこないし、それで、ブレーディアで白式探したら」

 

「教室に一夏がいたと」

 

「うん。それで行ってみたらお兄ちゃんが倒れてて…」

 

で、今に至るっつーことか。

 

「こうなって来ると、なんで一夏は教室にいたんだ?」

 

俺の言葉に全員がうーん、と首を捻る。

 

するとセシリアがおもむろに椅子から立ち上がった。

 

「これは…事件ですわっ!」

 

「せ、セシリア?」

 

「どうしたのよ急に…」

 

「みなさんも考えてみてくださいな。一夏さんはどうして誰もいない教室で一人で怪我をして倒れていたのかを。まさかご自分でやったと?」

 

「そりゃ…確かに…」

 

「そうとは考えられないが…」

 

鈴と箒が顔を見合わせるのを見てからセシリアは告げた。

 

「つまり! これは何者かが一夏さんを狙った計画的な犯行という事ですわ!」

 

「なんか話がデカくなってきたぜ」

 

「サスペンス…みたい……」

 

「一夏を狙った犯行だと…?」

 

「そんな大袈裟な…」

 

「ふむ、だが一応の筋は通っている。そしてこれが事故ではなく何者かによる犯行ならば第二、第三の被害者が出るかもしれん。…この専用機持ちの中からな」

 

「僕たちの中から?」

 

「あぁ。恐らく次に狙われるのはーーーーー」

 

ラウラが俺を見た。って、まさか…

 

「俺なのか!?」

 

「学園にいる二人の男子生徒のうち一人がやられたのだ。可能性は十二分にある」

 

「なんてこった…」

 

ラウラの言葉にはどこか説得力があった。

 

「確かに、そりゃ危ないな…」

 

明日は我が身、ってやつか。

 

「そ、それは危ないよ!」

 

シャルがラウラに賛同した。

 

「何としても犯人を捕まえないと!」

 

「瑛斗は…やらせない……」

 

簪も表情を硬くした。

 

決まりですわ! とセシリアが高らかに告げた。

 

「今回の事件、わたくしたちで解決しましょう! オルコット探偵団の結成ですわ!」

 

「なんでアンタ主導なのよ…それに探偵って……先生に頼めばいいでしょ? 少ないって言ってもいることにはいるんだし」

 

「かの有名な名探偵シャーロック・ホームズはイギリスで生まれたのですわよ! 同じイギリス国民としてこのわたくしが先導するのは当然のことですわ! それにわたくしたちは誇り高き国家代表候補生! 自分たちで目の前の問題を解決してこそではなくて?」

 

「…め、面倒なことになりそうだわ……」

 

鈴が何かげんなりしてる。その隣で箒は肩を竦めた。

 

「この際それでいい。問題は一夏を襲った犯人を探す方法だ」

 

「そうだね。セシリア、どうするの?」

 

「マドカさん、捜査の基本は情報収集ですわ!」

 

「情報収集?」

 

「まずは一夏さんのこれまでの行動を把握する必要がありますの。この中に一夏さんと一緒にいた方は?」

 

「俺は違うぜ。シャルとラウラと簪連れて第一アリーナで自主練してた。なぁ?」

 

三人に顔を向けると三人とも同様に頷いた。

 

「なるほど。これで瑛斗さんたちの疑いは晴れましたわ。後は…」

 

「もしかして…私たち?」

 

「ちょっと待ちなさいよ! アタシたちのこと疑ってるわけ!?」

 

「そ、そうだぞセシリア! なぜ私たちが疑われる!」

 

「もちろん心の底から疑ってなどいませんわ。あくまで確認ですのよ」

 

「あ、アタシもいなかったわよ。ラクロス部の急なミーティングあったし。他のラクロス部の子に聞いてみればいいわ」

 

「私も剣道部に顔を出していた」

 

「私は寮にいたよ」

 

「お一人で?」

 

「ううん。中山さんと一緒におしゃべりしてた。部屋を出る少し前まで話してたから中山さんにも聞いてみて」

 

「なるほど…これで無事にこの場にいる全員の疑いは晴れることになりましたわ」

 

「待てセシリア」

 

「なんですラウラさん?」

 

「お前のアリバイを聞いていない」

 

「あ、そう言えばそうでしたわ。ご安心を。わたくしは調理実習室で腕を磨いておりましたの」

 

別の事件が起きてそうな発言だった。

 

「証明する者はいるか?」

 

「えぇ。人ではありませんが、調理実習室で器具を使う場合は手続きが必要でしょう? それがありますわ」

 

「ふむ、自分からそう言うならそうなのだろう。念のため後で調べておくぞ」

 

「えぇ、どうぞ。さて、それではみなさんにも協力していただきますわ!」

 

「協力って…なに…するの?」

 

「聞き込みですわっ! 手分けして一夏さんのこれまでの情報を集めるのです! 一夏さんが襲われたのは今からそう遅くない、20分前後と考えていいでしょう。つまりそれ以前の一夏さんの状況を知る必要がありますわ!」

 

「おぉ、ドラマっぽい」

 

「犯人は必ず見つけます! このセシリア・オルコットの名にかけて!」

 

こうして、一夏殺人未遂事件の犯人捜索が始まった。

 

 

「え!? 一夏さんが殺されかけた!?」

 

鈴が最初に当たったのは蘭と梢。校舎内を歩き回る内にばったりと鉢合わせたのだ。

 

「一体誰がそんなことを!?」

 

「それを突き止めるためにこうして聞き込みやってんの。アンタたち、一夏が今日なにやってたか知ってる?」

 

「…知らない。私と蘭は今さっき寮から出て来たから、校舎で何かあっても気づかない」

 

「そう。ありがと。じゃーーー」

 

「ま、待ってください!」

 

鈴を蘭が引き止めた。

 

「それで一夏さんは!?」

 

「大丈夫。たいしたことないわ。マドカがそばにいるから起きたら連絡が来るわ」

 

「そ、そうですか…よかった」

 

「…何かわかったら、連絡する」

 

「頼むわ。あ、でもあんまり言いふらさないでおいて。犯人に察せられたらアンタたちも襲われる可能性があるから」

 

「なんだか怖いですね…」

 

「…気をつける」

 

「じゃ、よろしく」

 

蘭と梢と別れた鈴はメモ用紙にペンを走らせた。

 

「戸宮ってば、相変わらずアタシにはああいうしゃべり方なのよね…」

 

メモには『蘭、戸宮、無関係』と三単語だけ書かれている。

 

(ま、それよりも…)

 

鈴はセシリアの指示に従ってる風を装っているがそうではなかった。

 

(セシリアも単純ね。アンタの考えなんてお見通しよ)

 

一夏襲撃の犯人を突き止める。そこまではいい。だが、その後のセシリアの行動を鈴は予想していた。

 

(大方、自分の手柄にしようって魂胆でしょーけど、そうはいかないんだから!)

 

一夏に感謝されるのは自分! 意気込みながら鈴は聞き込みをするために校舎内を進む。

 

「あーもうっ! 最悪!」

 

「ん?」

 

「何だったのよもう!」

 

階段の踊り場で会ったのは同じ二年二組のクラスメイトの陸上部所属の新山弥子だ。

 

「荒れてるわね、どうしたの?」

 

「え? あ、鈴じゃない。ちょっとね」

 

「部活でなんかあった?」

 

どうやらビンゴだったらしく弥子は鈴に話し始めた。

 

「そうなのよ! ランニング中にいきなり大量のソフトボールが転がってきてさ! ふんずけて背中から思いっきり転んじゃったわ! おまけに顔面ギリギリにサッカーボールまで落ちてくるし!」

 

「怪我はなかったの?」

 

「なんとかね。私がふんずけて上がったソフトボールにぶつかってなかったらもっと遠くまで飛んで行ってくれたでしょうけど。でも軽く頭打っちゃった」

 

「でも、なんでソフトボールが転がって来たのよ?」

 

「わかんないわ。突然大量に。まるで籠ひっくり返したみたいにごろごろごろーって」

 

「そりゃ災難だったわねぇ」

 

なぜボールが転がってきたの疑問が残るが鈴は特に掘り下げることはしなかった。

 

「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあまたね」

 

弥子の方が動き出したからだ。

 

「あ、うん。お疲れー」

 

弥子が階段を上って行くのを見てから鈴は、重要なことを思い出した。

 

「ねぇ、ちょっと!」

 

「ん? なにー?」

 

「一夏と今日会ったりした!?」

 

「織斑くん? あー、ごめん! 会ってないや!」

 

弥子はそう言って鈴の視界から消えた。

 

「ボールとか、全然関係ない情報が手に入っちゃったわ…まぁいいか! 聞き込み聞き込みっと!」

 

 

単身行動していた箒は事件現場となった一組の教室にいた。

 

(こういう場合…現場を詳しく調べる必要があるはずだ)

 

マドカが、倒れていた一夏を見て混乱し、その時の状況をあまり覚えていないと知り、箒はここに来ようと考えていたのだ。

 

(確か…マドカの話では教壇のそばで倒れていたそうだが……)

 

「………………」

 

キョロキョロとあたりを見渡し誰もいないことを確認。

 

「い、一夏がここに立っていたとして…」

 

箒がおもむろに始めたのは現場検証であった。

 

「教壇のそば…という事は、一夏は教卓に頭をぶつけたと考えるべきだな」

 

探してみると、限りなく微量だが

血痕らしき小さな赤い点が教卓の下の方についていた。

 

「やはりか。だが…一夏は何者に襲われたのだろうか……」

 

ふと、風が吹き抜けて箒の髪を撫でた。

 

「窓が開きっ放し…」

 

窓を見たとき、別のものも視界に入った。

 

「これは…!」

 

窓のそばに転がっていたのは、ソフトボール。硬さもあり、これが勢いよく頭に当たれば昏倒させることも可能だ。

 

「…まさか、これが一夏に……」

 

ゴクリ、と唾を飲み込み。

 

「………ないな」

 

と、その考えを破棄した。

 

(そもそも…どうやってこのボールがこの教室に入ってこれるというのだ)

 

窓の外を見ると、確かにソフトボール部がノック練習をしていたが、打球が飛んで行く方向からしてまずこの教室に飛んでくる事はあり得ない。

 

そこで箒は新たな疑問にぶち当たる。

 

「…では、このボールはどこから…?」

 

誰かがわざわざ持って来たのだろうか。いや、そんなことをする意味がわからない。

 

『一夏を襲うために使った』意味以外には。

 

「しかし…凶器はこれと考えざるを得ん……」

 

凶器と言うのはいささかアレだったが、この場にあるのはあまりに不自然なボール。可能性は十分にある。

 

「皆に知らせるべきか…」

 

箒はボールを持って教室を出て、一夏のいる保健室へ向かった。

 

 

「お兄ちゃん…いったい誰に…」

 

ベッドの横に置かれた椅子に座りながら、マドカは一夏の寝顔を心配の浮かぶ目で見ていた。

 

「早く起きて話してくれればいいけど…」

 

「マドカさん、一夏さんの経過はどうです?」

 

聞き込みを終えたのかセシリアが戻ってきた。

 

「あ、セシリア。なんともないよ。そっちは?」

 

聞くとセシリアは首を横に振った。

 

「有力な情報は何も。事件直前の一夏さんを見た人はわたくしが会った中にはいませんでしたわ」

 

「そうなんだ…」

 

ふと、マドカはセシリアがボトルを持っていることに気づいた。

 

「あれ? セシリア、そのボトル何?」

 

「え? あぁ、スポーツドリンクですわ。水分補給はこの時期は必須ですし」

 

「へぇ」

 

「ちなみにこれ、わたくし特製ですの!」

 

「へぇ…え!?」

 

「? どうかしまして?」

 

「い、いや…別に? ところで、そのスポーツドリンクって、あれ? 粉末を水に溶かしたやつかな?」

 

「いいえ。わたくしなりに栄養のある疲労回復に効果的な素材を集めて凝縮、抽出したものですわ」

 

「そ、そーなんだー! すごいなー!」

 

マドカもセシリアの料理の破壊力は知っていた。以前、試食を頼まれ、食べた後の数時間味覚をめちゃくちゃにされるクッキー、いや、クッキーのような何かを食べたことがある。

 

それまでは鈴などから話だけを聞いていたのだが、その瞬間に冗談抜きでヤバいのだと確信した。

 

「本当は今日一夏さんに訓練の後に振る舞うつもりだったのですがふいになってしまいましたわ」

 

「そっ、それは残念! 残念でならないね!」

 

(お兄ちゃん危なかったね!)

 

マドカは一夏に内心で叫んだ。

 

「…ん?」

 

しかしマドカの不安は拭い去られなかった。

 

「じゃあ…なんで、ボトル持って来たのかな?」

 

「それはもちろん、一夏さんに飲んでもらうためですわ。聞き込みのついでに部屋の冷蔵庫で冷やしていたものを持ってまいりましたの。一夏さんも目を覚ました時にはきっと喉が乾いていらっしゃるでしょうし」

 

「そ、そうかな?」

 

「暑い教室で倒れていらしたのですから、当然でしょう?」

 

マドカは一夏の未来を予想してみることにした。

 

 

一夏が起きる→セシリア特製ドリンクを飲む→一夏の身体に異常発生←今ここ

 

 

(お兄ちゃんがまた保健室のベッドのお世話に…!!)

 

「セシリア!」

 

「な、なんですのマドカさん?」

 

突然立ち上がったマドカにセシリアは鼻白む。

 

「そのドリンク、お味見してもいい!?」

 

そこでマドカは考えた。自分がこのドリンクを飲み、異常を訴えればセシリアも一夏に飲ませる事は諦めるだろうと。

 

「いいかな!? 私それすごく飲みたい! 喉カラカラなの!」

 

「よ、よくわかりませんが、そこまで仰るのなら…」

 

セシリアはボトルの蓋を開けて備え付けの紙コップに中身を注いだ。

 

「はい、どうぞ」

 

「い、いただきます…!」

 

色合いはよく見るスポーツドリンクと遜色はない。しかしセシリアの料理は見た目で判断してはいけないことをマドカはよく知っていた。

 

(お兄ちゃん…私頑張るよ!)

 

「えいっ」

 

兄のためなら自分が。覚悟を決めて器に注がれた液体を一気に仰いだ。

 

「………!」

 

喉を鳴らして飲み込む。

 

口の中に残った味は、何の事は無い、ただのスポーツドリンクの味だった。

 

(………なんともない?)

 

「ど、どうですの?」

 

「う、うん、美味しい?」

 

「…疑問形のように聞こえるのは気のせいでしょうか?」

 

マドカ自身もセシリアの手作りが成功していることに困惑を覚えずにはいられなかった。

 

(ハッ…! もしかして遅効性!?)

 

そう思ったがいつまで経っても身体に変化は起きない。正真正銘スポーツドリンクだ。

 

「セシリア、もう戻っていたのか」

 

そこに扉を開けて箒が戻って来た。

 

「そのボトルはなんだ?」

 

「わたくし特製ドリンクですわ!」

 

「な、なんだと!?」

 

思わず後ずさった箒はマドカが持っている紙コップを見て驚愕した。

 

「ま、まさかマドカ、お前飲んだのか…!?」

 

「…うん」

 

「身体の具合はどうだ!?」

 

「い、今のところ大丈夫」

 

「ちょっと引っかかる言い方ですわ…それで、箒さん、戻って来たということは何か情報を手に入れたのですか?」

 

「あ、あぁ。教室にこれが」

 

箒は持っていたソフトボールを二人に見せた。

 

「ソフトボール、ですの?」

 

「そうだ。私たちの教室に落ちていた。マドカは気づかなかったのか?」

 

「ごめん、お兄ちゃんが倒れてたってことでいっぱいいっぱいで…」

 

「お待ちになって。おかしくありませんこと? ソフトボールが教室に落ちていたなんて。校舎外の倉庫に保管されてるはずですわよ?」

 

「教室の窓が開いていた。そしてこのボールが窓際に転がっていたのだ」

 

「飛んで入ってきたってこと?」

 

「信じ難いがな。私はこれが原因で一夏は昏倒したのだと思う」

 

「まさかそんなこと…」

 

「一夏さんはそれで殴られたというのですの?」

 

「殴られたかどうかは断言出来ないが、このボールが関係していると考えていいはずだ。一回皆を集めて情報の整理をしようと思うのだが、どうだろうか」

 

「そうですわね。鈴さんたちも何か掴んでいるかもしれませんし」

 

「じゃあ私、シャルロットに電話するよ。簪と一緒なんだよね」

 

数分経ってオルコット探偵団(仮)が再び保健室に集結した。

 

 

「一夏くんが? 襲われた?」

 

簪とシャルロットから事情を聞いた楯無は伝えられた内容を復唱した。

 

「うん…」

 

「そうなんです。大事には至りませんでしたけど、同じようなことがあったら危ないので、僕たちで解決しようってことになって」

 

「今度は、瑛斗が…狙われる、かも……お姉ちゃん…何か、知らない…?」

 

「う〜ん…残念だけど、心当たりはないわね。生徒会の仕事で書類の整理あったから校舎…っていうか生徒会室にはいたけど二年一組の教室の付近にはいなかったわ」

 

「一夏に備品の修理を頼んだりとかは?」

 

「残念だけど、それも無いわ」

 

「そうですか…」

 

楯無は簪とシャルロットを交互に見てから閉じた扇子を口元にやった。

 

「そう言えばラウラちゃんは? あの子もあなたたちみたいに瑛斗くんが好きなんでしょ?」

 

「え…あ、ら、ラウラ…は、瑛斗と、外で聞き込み…してるよ」

 

「二人で?」

 

簪はコクリと首を縦に振った。すると楯無は愉しそうに顔を綻ばせた。

 

「先を越されちゃったわね。ラウラちゃんに」

 

「ち、違います! そう言うんじゃなくてーーーーー!」

 

「ラウラなら、何かあっても、すぐに対処できるから…!」

 

「ホントのところを言うと?」

 

「「瑛斗と一緒がよかった」」

 

全く同時に同じことを言うと、楯無はカラカラと笑った。

 

「まぁでも、自分たちで解決しようって心がけはいいわね。おねーさんも手伝ってあげたいけど仕事が山積みで…」

 

「お仕事、ですか?」

 

「まぁね。当主なんかやってると大変でさ」

 

「お姉ちゃん…無理しちゃ……ダメ、だよ?」

 

「心配してくれてありがとう簪ちゃん。手伝えることがあったら言ってね?」

 

「うん…」

 

「じゃあ、失礼します」

 

生徒会を後にして、シャルロットはメモにペンを走らせた。

 

「楯無さんは無関係…と。大変そうだったね楯無さん」

 

「うん…お姉ちゃん、最近、いろいろ忙しそう…でも、頑張ってる」

 

簪はどこか誇らしげに言ったのを見て、シャルロットは微笑んだ。

 

「あはは! やー面白かった!」

 

「もぉ! からかわないでよ!」

 

前方から飛んできたのはそんな話し声だった。

 

「お、やほー二人とも!」

 

「あ、デュノアさん、更識さんも」

 

二年三組のユウナ・キュリエと岸谷美雨だった。二人ともサッカー部の部員である。練習の後のシャワー上がりなのか二人とも髪がわずかに濡れている。

 

「どうしたの? 何か楽しそうだったけど」

 

「そうそう! 美雨がさぁ!」

 

「ちょっ!? なんの迷いもなく話すの!?」

 

美雨の声を鮮やかに無視してユウナは続けた。

 

「シュート練習の時にボール思いっきり明後日の方向に外してさぁ! バランス崩してそのまんま転んじゃったのよ! 面白かったよ! きゃんっ! って、美雨がきゃんっ! って、いいながら尻餅ついて!」

 

「だーかーらー! もうやめてってば! そんなに面白がってるのユウナだけよ! それだったら新山さんが思いっきり転んでたとこの方が面白かったわよ!」

 

「いーじゃん。美雨があんな可愛い感じの声出すなんて新鮮でさ。もっと聞いてたいかも」

 

「なっ! ば、バッカじゃないの!?」

 

「楽しそうだね」

 

「なかよし…」

 

視線に気づき、美雨は話題を変えるため咳払いをしてからシャルロットたちを見た。

 

「二人はどうしたの? 生徒会室から出てきたっぽいけど」

 

「うん、実はーーーーー」

 

シャルロットが事情を話すと、ユウナと美雨は難しい顔になった。

 

「織斑くんが襲われた、か…」

 

「うん。一夏が今から30分くらい前に何をしてたか知らない?」

 

「動向がわかれば…犯人に繋がる、かも…」

 

「って、言われても…」

 

「ねぇ…私たち部活上がりでシャワー浴び始めたくらいの時間だし、わからないな」

 

「そっか、ありがとう」

 

「力になれなくてごめんなさい」

 

「ううん…気にしないで…」

 

「メールとかで他の人にも聞く?」

 

「あんまり、話が大きくなると大変……事故じゃないって、決まったわけでもない、から」

 

「そうなんだ、わかった。何かわかったら連絡するね」

 

「うん…お願い」

 

美雨たちが先ほどの話の続きをしながら立ち去ってからシャルロットは簪に顔を向けた。

 

「有力な情報はなかったね」

 

「……………」

 

「簪ちゃん? どうしたの?」

 

「一夏…本当に、襲われたのかな?」

 

「え?」

 

「セシリアが言ったから、そう思ってるけど…これと言って確証、無い…」

 

「あ、確かに…」

 

マドカから電話がかかって来たのはシャルロットも簪の考えに気づいた時だった。

 

「もしもし?」

 

『もしもしシャルロット? 今どこにいる?』

 

「えっと、生徒会室のそばだけど?」

 

『じゃあ一回保健室に戻って来てくれないかな。みんなに話しておきたいことができたんだ』

 

「話しておきたいこと?」

 

『今鈴も戻って来たところでね。できたら瑛斗にもこのこと連絡してくれると嬉しいな』

 

「わかったよ。瑛斗にも伝えておくね」

 

『はーい。じゃあよろしくね』

 

通話を終える。

 

「瑛斗に連絡…?」

 

「マドカちゃんから電話。保健室にみんなもう一回集まってって」

 

「瑛斗に連絡の意味は…?」

 

「え、瑛斗にもこのこと教えてあげてって。ほら、瑛斗、ラウラと一緒に外にいるでしょ?」

 

「あ、そう、だね…」

 

「じゃあ保健室に戻ろっか。瑛斗には行きながら電話するよ」

 

「…うん」

 

 

「ラウラ、別に一緒に来ることなかったんだぞ。外はこんなに暑いんだし」

 

瑛斗はラウラと一緒に校舎の外で聞き込みをしていた。

 

「お前一人でフラフラされた方が危険だ。シャルロットと簪の二人ならば校舎内の聞き込みは問題はないだろう」

 

「それもそうか…箒とセシリアと鈴も動いてるしそんだけいりゃあいいか」

 

瑛斗はのん気にそんなことを言って額の汗を拭った。

 

「しかし暑いな。何度だよ気温…」

 

(フフ…簪とシャルロットを相手にしたジャンケンに勝った甲斐があったというものだ……久し振りに瑛斗と二人になれたぞ)

 

うだるような暑さでも、ラウラは瑛斗といれることに喜びを感じていた。

 

「ん? どした? なんか俺の顔に付いてる?」

 

「あ、いや。別にどうもしない」

 

聞かれてから瑛斗の顔を見続けていたことに気づいた。

 

「それに、まぁ、なんだ。お前が倒れても私なら迅速に対応できるからな」

 

「はっはっは。なら安心してぶっ倒れられるな」

 

「なっ、倒れるつもりか馬鹿者」

 

「冗談だよ。冗談。季節ネタってやつだ」

 

「まめな水分補給は重要だぞ」

 

「現役軍人が言うと説得力が半端ないな」

 

「うぇ〜っ……ひどい目にあったっす…」

 

「ん?」

 

「む?」

 

前から呻くような声が聞こえた。

 

「大丈夫ですか先輩?」

 

フォルテだった。一年生の柳ミヒロに連れられてぐったりしながらこっちに歩いてくる。

 

「大丈夫なわけあるかっす! 走り込みの後にドリンク飲もうとしたらなんすかアレは!」

 

「フォルテ先輩」

 

「ん? あぁ…桐野っすか……それとボーデヴィッヒ…」

 

「き、桐野先輩とボーデヴィッヒ先輩!? こ、こここんにちは!!」

 

ミヒロは背筋を伸ばして瑛斗とラウラに挨拶した。

 

「おう。で、どうしたんです? かなりグロッキー入ってますけど」

 

「まぁなっす…飲んだスポーツドリンクが変なことになってて…」

 

「変とは?」

 

ラウラが聞くとフォルテの代わりにミヒロが答えた。

 

「サファイア先輩が、走り込みを終わらしてからボトルに入ったスポーツドリンクを飲んだらいきなりそれを口から吹き出して…」

 

「ま、待てっす柳! それじゃあ私が悪いみたいな言い方っすよ!」

 

「で、スポーツドリンクがどうしたんですか」

 

「いや、だから、飲んだスポーツドリンクっぽい何かがスポーツドリンクじゃなくて何か別のものだったんすよ…そう…アレは…劇薬っす…!!」

 

いまいちなにを言ってるのかわからず、首を捻る。

 

直後フォルテはブルブルと身体を震わせて口を手で覆った。

 

「ウゥッ! お、思い出したらお腹が…は、吐く……!!」

 

「えぇっ!? ちょ、先輩もうちょっと我慢してください! そこにトイレありますから! 先輩方、失礼します!」

 

「お、おぉ…」

 

フォルテがミヒロに連れられてトイレに向かって行く。

 

「フォルテ先輩があんなになるなんて、一体何を飲んだんだよ…」

 

一夏のことについて聞こうとしたがまともな答えられる状態ではなさそうだった。

 

「これも一夏の襲撃に関連しているのだろうか…」

 

ラウラは腕を組んで思案顔になる。

 

「流石にそりゃないだろ」

 

「わからんぞ。サファイア先輩も専用機持ちだ」

 

「言われてみれば…早くなんとかしねぇと。また被害者が出るぜ」

 

それから聞き込みを進めたが、有力な情報は手に入らなかった。

 

「ふぅ…」

 

ベンチに腰掛けて瑛斗は一息つく。

 

「当たりは無しだな」

 

ラウラも僅かに汗を浮かべながら瑛斗の横に腰掛けた。

 

「みーんな部活か自主練で、一夏を見た奴はいないんだもんなぁ」

 

「一度校舎に戻るか? シャルロットたちがなにか情報を掴んだかもしれん」

 

「そうするかぁ?」

 

流石にこの暑さに辟易し始めた頃だったので瑛斗はラウラの提案に乗ろうとした。

 

その時だった。

 

「え〜ん! どこ行ったのよ〜!」

 

「んん?」

 

「むむ?」

 

ベンチの下から半泣きの声が聞こえた。

 

二人してベンチの下を覗くと、ユニフォームを着て頬に土埃をつけて地面に這いつくばるようにしている女子がいた。一年一組、蘭と梢のクラスメイトのフィル・フューリーだった。

 

「…何してんの? フューリーちゃん」

 

「うぅ〜…え? わぁっ!?」

 

 

ガンッ!!

 

 

フィルは頭を上げようとしてベンチに激突。

 

「いだっ!?」

 

フィルは頭をさすりながらベンチの下から出てきた。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「全然大丈夫じゃないですよぉ〜…うぅ」

 

「何かを探しているようだったが?」

 

「あ、はい…ボールを…」

 

「ボール?」

 

そこで瑛斗は彼女がソフトボール部に所属していたことを思い出した。

 

「あ、ボール拾いね」

 

合点がいった気がしたが、そうではなかった。

 

「いえ…実は練習が始まる前に一個無くしてしまって…」

 

「そりゃまたどうして?」

 

「実は私、今日の練習の準備でボールが入った籠を持ってグラウンドに向かってたんですけど、ボクシング部の人がいきなり飲み物を吹き出して…」

 

「サファイア先輩のことではないか?」

 

「あぁ。タイムリーだぜ」

 

「ビックリして私ボールが入った籠をひっくり返しちゃって…」

 

「それでボールを無くした、と?」

 

「すぐに拾い集めたんですけど、最後の一個が見つからなくて…集められないと練習参加出来なくて。でもどこ探しても見当たらないんですよ」

 

「ふぅむ、そいつは困った」

 

と、瑛斗の携帯電話に着信が入った。

 

「悪り、俺だ」

 

電話の相手はシャルロットだった。

 

「もしもし。どうした?」

 

『瑛斗? どう? そっちは』

 

「ダメだ。これと言って情報はねぇ。シャルたちは?」

 

『うん、僕らの方もあんまり…』

 

「そうか…それで、電話して来たのは?」

 

『そうそう、マドカちゃんから電話が来て、これから状況整理をするから一旦最初に集まった保健室に戻って来てって』

 

「了解。すぐに行く」

 

『うん、僕たち先に行ってるから、待ってるよ』

 

そこで通話を終了した。

 

「シャルロットか?」

 

「あぁ。状況整理するから一旦戻って来いって」

 

「わかった。すぐに向かおう」

 

瑛斗とラウラは校舎へ戻ることに。

 

「っと…フューリーちゃん、俺ら戻んなきゃいけなくなった」

 

「あ、は、はい…」

 

「フューリー、一つ聞いておきたいのだが」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「30分ほど前に、一夏を見なかったか?」

 

「織斑先輩…ですか? 見てませんね。今朝の食堂で見かけたくらいですよ?」

 

「そうか。すまんな。行くぞ瑛斗」

 

「お、おぉ。じゃあフューリーちゃん、早く見つかるといいな、ボール」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

シャルロットからの電話の通り瑛斗とラウラは保健室へ向かった。

 

 

「それじゃ、全員集めた情報の公開と行きましょ」

 

一夏の眠るベッドを囲むようにして並び、鈴が開始の合図をした。

 

「わたくしはこれといった収穫はありませんでしたわ」

 

「僕と簪ちゃんは楯無さんに聞いてみたけど、楯無さんも心当たりはないみたいだったよ」

 

「マジ? 俺なんとなく楯無さんが絡んでんじゃないかって思ってたんだけど」

 

「生徒会室で…お仕事……してたみたい」

 

「なるほど。鈴は?」

 

「アタシも。今のところ一夏を見たって人はいないわ」

 

「瑛斗とラウラはどうだったの?」

 

「こちらも収穫はゼロだ」

 

「ただ暑い外をうろついただけになっちまったぜ」

 

「そうなんだ…それで、マドカちゃん、みんなが集まってから話したかったことって?」

 

「うーん…私っていうか、箒がね」

 

全員で箒の方を見る。

 

「じ、実はだな、こんなものを教室で見つけたのだ」

 

箒の手にはソフトボール。

 

「え、何それ?」

 

「「…あ!」」

 

瑛斗とラウラの声が重なった。

 

「箒、それもしかして…いや…確実に…」

 

「ソフトボール部のものだな」

 

「何か知っているのか?」

 

「いや、フューリーちゃんが探してたからよ。最後の一個が見つからないって」

 

「これが…その最後の一個だと?」

 

「多分な。ん? でも、アレ? なんで教室に?」

 

「それは私にも分からん。窓が開いたままだったからそこから入ってきたのではないかと考えている」

 

「どうやって?」

 

「それはわからないが…だが、教室にあったのは事実だ」

 

「ふむ…謎が深まったか」

 

「あーあ。これといって手がかりなしか」

 

鈴は腰に手を当ててため息をはいた。

 

「そういえば、弥子もソフトボールがどうこう言ってたわね」

 

「どんな風にだよ?」

 

「ランニングの途中で大量にソフトボールが転がってきて、ふんずけて軽く頭打ったとか」

 

「大量に転がってきた?」

 

「籠をひっくり返したみたいにって言ってたわ」

 

「籠をひっくり返す…フューリーの話と一致するぞ」

 

「後は…そうそう、サッカーボールが顔面ギリギリに落ちてきたとか」

 

「サッカーボール…が…?」

 

「それ…もしかして……」

 

「岸谷さんのことじゃないかな?」

 

「シャルたちもなにか知ってるのか?」

 

「うん。岸谷さんが部活でシュート練習してて、明後日の方向に蹴ってバランス崩して背中から転んだって、キュリエさんが話してくれたよ」

 

「おいおいおい、話が繋がってきたぞ」

 

「私と瑛斗は今の鈴の話の経緯を知っている」

 

「どんなのどんなの?」

 

「フォルテ先輩いるだろ? ボクシング部じゃん? で、走り込みのあとにスポーツドリンク飲んだら思いっきり吹き出したんだって。それに驚いてフューリーちゃんは籠を落としたらしい」

 

「スポーツドリンクを吹き出すって、どういうこと?」

 

「さぁ? そこまではわからないけど、吐くとか言ってたし、相当のモンだろうな」

 

「奇特な方ですわね。あ…」

 

「どしたのセシリア?」

 

「そう言えば…わたくし、調理室から出て行く時に、ボクシング部の方とぶつかりましたわ」

 

「セシリアは何を作ってたのかな?」

 

「スポーツドリンクですわ。一夏さんに訓練の後に飲んでいただこうと思いまして」

 

「あ、私飲んだよ」

 

「飲んだの!?」

 

「全然普通だったよ。箒と鈴も飲んだし」

 

「お前たちまで!?」

 

「自分でも信じられないが…」

 

「なんともないのよね…ついに耐性が出来たのかしら」

 

「耐性?」

 

「マジか…それで、セシリアはボクシング部の誰とぶつかったんだ?」

 

「確か…一年生の柳さんでしたわね。何度かお話したこともあったので覚えてますの。何本もドリンクボトルが入ったホルダーを重そうに運んでいるところにわたくしが前方不注意でぶつかってしまいまして…」

 

「ボクシング部のドリンクボトル……」

 

瑛斗はハッとしたように顔を上げた。

 

「セシリア!」

 

「はい?」

 

「お前のそのドリンクボトルってさ、ボクシング部のと同じだったりしないか?」

 

「そう言われると…そのような気がしますわ」

 

「……………」

 

そこで瑛斗の頭の中でパズルが完成した。

 

「フフフ…」

 

「瑛斗? どうしたのだ、急に笑って」

 

「…決まりだな、こりゃ」

 

「何が…決まり……?」

 

「みんな、俺今から凄いこと言うわ」

 

「何よ、もったいつけて」

 

「一夏が倒れたのは、事故だ。不運に不運が重なったな」

 

「どういうことですの?」

 

「まぁ聞けって。みんな、一夏とは全く関係ない情報を集めたと思ってるだろうけど実は違う。一連の出来事は全部繋がってたんだ」

 

「瑛斗が推理小説の探偵みたいなこと言い出したわ」

 

「みんなの集めた情報を繋げるとだな、セシリア作のスポーツドリンクが入ったボトルが柳ちゃんとセシリアがぶつかった拍子にたまたま同じだったボクシング部のボトルと入れ替わって、ランニング上がりのフォルテ先輩がセシリアが作った方のドリンクを飲んで盛大に吹き出し、その近くにいたソフトボール部のフューリーちゃんがビックリしてボールの入った籠を落として、散乱して転がったボールをふんずけた新山さんがすっ転び、空に上げられたボールが岸谷さんが蹴ってどっ外れしたサッカーボールに激突。さらに力を受けたボールが開いた窓から一組の教室に突入、教壇の前にいた一夏にクリーンヒット。倒れた一夏は教卓に頭をぶつけておでこ切って流血。マドカが発見した現場が完成だ。つまりーーーーー」

 

そこで瑛斗は次の一言のために息を吸い、遠い目をしながら窓の外を見た。そして、言葉を紡ぐ。

 

「…オリムラスイッチ♫ってわけだな」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

沈黙が漂う。

 

「???」

 

しかし、ただ一人セシリアだけはピンと来ていないように首をかしげていた。

 

「…う、うう……」

 

『!!』

 

一夏が目を覚ました。

 

「一夏!」

 

「お兄ちゃん! 大丈夫?」

 

「ここ…保健室か」

 

「何があったか覚えているか?」

 

「えっと…教室にいて」

 

「なんで教室にいたんだってば!」

 

「え…なんでって、瑛斗もう忘れたのか?」

 

「は? 何を?」

 

「ほら、朝の食堂でさ…」

 

 

〜〜〜〜〜この日の朝〜〜〜〜〜

 

 

「占い?」

 

「そーそー!」

 

「結構当たるんだよ!」

 

「おりむ〜ときりりんもやってみる〜?」

 

「占いか…俺あんまりそういうの信じないからなぁ」

 

「どんな占いなんだ? 見たところそれっぽいアイテム使ってないけど」

 

「最近流行りの占いサイトでね〜、誰でも占ってもらえるので〜す 」

 

「百聞は一見にしかずだよ! やってみよやってみよ!」

 

「じゃあ最初桐野くんね!」

 

「流されたぜ、まぁいいや。何をすればいい?」

 

「まずイニシャルを入力して、三つの質問に答えるだけだよ。一問目ね。あなたの目の前にはボールが三つあります。何色と何色と何色?」

 

「心理テストみたいだな。うーむ、白と、赤と、黄色かな?」

 

「あ、G-soulの待機状態か」

 

「四つだったら青も追加したけどな」

 

「じゃあ二問目。今日の晩ご飯は何が食べたい?」

 

「まだ朝飯食い終わったばっかなんだけどな…」

 

「今の気分でいいんだよ?」

 

「そうだな…カツ丼?」

 

「ふむふむ、最後の質問だよ。あなたは建物の中にいます。一つだけある窓からは何が見える?」

 

「見慣れてたし、星空だな」

 

「きりりんっぽいね〜」

 

「じゃあそんな桐野くんの今日の運勢は…あ! すごい!」

 

「お、マジで?」

 

「今日のあなたは超ラッキー! 懸賞の応募も当たっちゃうかも! だって!」

 

「きりりんすご〜い」

 

「お、おぉ。まぁ、俺にかかればざっとこんなもんだ」

 

「じゃあ次は織斑くんだよ」

 

「俺の番か」

 

「一問目、あなたの目の前にはボールが三つあります。何色と何色と何色?」

 

「白と、青、それから…緑」

 

「二問目、あなたは今広い荒野にいます。時間は朝? 昼? 夜?」

 

「ここは瑛斗の質問とは違うんだな」

 

「一問目の回答が反映されるからね」

 

「じゃあ、夜かな」

 

「次で最後だよ。ボールを使うスポーツ、何を思い浮かべた?」

 

「野球」

 

「えっと…織斑くんの運勢は……」

 

「運勢は?」

 

「……………」

 

「なんか沈黙してんぞ」

 

「織斑くん…これはヤバいよ」

 

「どういうヤバい? こっちのヤバい? あっちのヤバい?」

 

「あっちのヤバいだね…」

 

「あっちのヤバいか…」

 

「いやいやいや、わかんないから! どうなってんの俺の運勢!」

 

「今日のあなたは超どころか、超絶アンラッキー。死んでもおかしくないでしょう」

 

「占いで死の宣告!?」

 

「あ! でも大丈夫だよ! ラッキースポットに行けばアンラッキーを吹き飛ばせるって!」

 

「ど、どこ?」

 

「ラッキースポットは、学校の教室だって」

 

「学校の教室? 教室に行けばいいのか?」

 

「怪我の功名だな。偶然寮にいるんだぜ俺たち」

 

「だね。これで家とかだったら詰むよね」

 

「おりむ〜ある意味ラッキ〜」

 

「素直に喜べないんだけど…」

 

「まぁいいじゃねぇか。占いなんて気にして生活してたら一歩も外に出られねぇよ」

 

「確かにそうかもな」

 

「ま、超ラッキーって言われたからには信じるけどよ」

 

「都合いいなお前」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「…って」

 

「あー! あの占いな!」

 

瑛斗はポンと手を打ち、納得したように声を上げた。

 

「なんだよお前、信じてない風だったくせにバリバリ信じてたのかよ」

 

「いやぁ、最初は別に気にしてなかったんだけど、段々不安になって」

 

「窓開けてたのは?」

 

「なんて言うんだ? ほら、悪い気を外に追い払おうと」

 

「そしたらボールが直撃したんじゃねぇか」

 

「あぁ、確かに頭に衝撃が走ってからの記憶がないな。だからか」

 

「しょうがないやつだなお前は」

 

あはははは、と保健室に響く男二人の笑い声。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

鈴が二人の間に割って入った。

 

「何? まさか、そんなしょーもない事で、教室に倒れてたの?」

 

「しょーもないってなんだよ、死んでもおかしくないでしょうって言われたんだぞ」

 

「事実死にかけてるではないか!」

 

「全くですわ! 紛らわしいにも程があります!」

 

「な、なんでこんな怒られてんの? なぁ、マドカ」

 

「お兄ちゃん…」

 

「え!? 何その蔑むような目!? 」

 

四人のゴゴゴオーラにわけがわからなくなっている一夏を尻目に、

 

「じゃ、事件も解決したしフューリーちゃんも困ってるだろうし、ボール渡しに行くか。箒、そのボールくれ」

 

「わかった」

 

瑛斗はボールを受け取り、背中を向ける。

 

「お、おい瑛斗」

 

「よし…撤収!」

 

瑛斗はそのまま保健室からランナウェイ。

 

「あ、待ってよ瑛斗!」

 

「置いて行くな」

 

「私も行く…」

 

シャルロットとラウラ、そして簪も瑛斗に続いて保健室を出る。

 

必然的に一夏は取り残されるわけで、四面楚歌で八方塞がりになるわけだ。

 

「え、えっと…」

 

一夏は自分がすべきことを何と無く理解し、即実行に移した。

 

「なんか、ごめん」

 

満面の笑顔で言ったら、鈴のグーが飛んで来た。

 

この後、瑛斗はフィルにボールを渡し、フィルは無事に練習に参加することができた。

 

マドカは翌日、フォルテが今までにない腹痛に苛まれたと聞き恐怖に打ち震えることになるのだが、それはまた別のお話であり、瑛斗が占いの影響を受け、水族館の無料招待に応募して見事に当選するのも、また別のお話である。

 


 
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