No.583194

外史異聞伝~ニャン姫が行く~ 第一篇第四節

竈の灯さん

さて、第一篇第四節です。

楽しんでもらえれば、幸いです。

誤字・脱字がありましたら、ご報告下さい。

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2013-06-03 20:07:50 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:773   閲覧ユーザー数:693

第一篇第四節 【昨日の敵は、今日も敵?のこと】

 

 

 

ニャ『もう少しで、森を抜けて、人間が使っている道に出るわよ』

 

 小さな広場に出ると、ここまで案内してくれた雌の黒猫が、一刀に声を掛ける。

 

 傷だらけの女性を治療し、猫たちに人の居る所へ案内してもらい動き始めたのは、今朝。案外、近いところに人里があり、驚いた一刀たちだったが、それならばと一晩をその場で過ごし、次の日の朝移動なったとなった。

「そうなのか。華陀さん、もう少しで、森を抜けるみたいだよ」

 

「そうなの?それじゃ、一旦この辺りで休憩しましょうか。北郷君もそろそろ休んだ方が良いわ。太陽も高くなってきたし」

 

 一刀に華陀と呼ばれたレースクイーン姿の女性は、自分の荷物を固定していた背負子を降ろし、彼が背負っている女性を支えているため使っている縄を緩めにかかった。

 

「わかりました。大煌、君のかか様を降ろすから、数多を降ろして横になってくれるかな」

 

 華陀に手伝ってもらっている間に、一刀が赤虎の大煌に声を掛ける。

 

ガル『ん。数多、降りて』

 

「はーい。ありがとう♪だいこうちゃん」

 

 大煌は、数多を降ろすと、三日月の様に自分の身体を横たえる。そこへ、一刀と華陀はゆっくりと未だに気を失っている女性をゆっくりと寝かせる。

 

 女性が身に纏っていたボロボロの防具は、運ぶのに邪魔なので、あの場に放置。武器などもなかった。どこかで落してしまったらしく、荷物になるので探すこともしなかった。一応、一刀が大煌に確認をしたが、分からないとのことだった。

 

 さて、その傷負って目を覚まさない女性だが、一刀も華陀も名のある武将なのだろうと推測した。

 

 単刀直入に大煌に尋ねることにした一刀。彼女からは蓮煌(れんこう)という名が返ってきたが、それは真名と考えられ、軽々しく呼ぶこともできない。再度聞き返すと、返ってきた名は、孫堅文台であった。

 

 桃色の髪に水色の瞳、関係者ではないかと勘繰っていたが、まさか蓮華と小蓮の母である孫堅であるとは思わなかった一刀。

 

 場違いにも、以前の外史で出会うことのなかった英雄に会えたことに嬉しさを覚える一刀だったが、彼女が重傷を負っている上、意識不明である。それどころではないなと思い直し、軽い自己嫌悪に苦笑いを浮かべたのだった。

 

「ふう、よし、傷の開きもなし。鍼の効果はあったみたい。しばらく安静が良いのだけれど。それも、人里に着けば解決ね。それにしても、本当に北郷君たちは動物とお話ができるのね」

 

 華陀は、横たえた孫堅の右手首を取り、脈を測り終えると一刀に気になっていたことを口にした。

 

 旅の医者だと名乗る華陀。最初、その名を聞いたとき、あの神医のと思い出していた一刀。男性のはずの華陀が女性であることを不思議に思った。しかし、この間は自分が猫だったことを思い出し、何をいまさらと考えるのをやめた一刀は口を返答を口にする。

 

「ええ、俺もそれを知った時は、驚きました。ただ、どうしてかと聞かれると“出来た”としか答えられません。まあ、今こうして役に立っているってことでお願いします」

 

「…分かったわ。ただ、あまり人に話さない方が良いかもね」

 

 確かに、と一刀も思った。もし華陀に、以前猫になったことがあると言っても、荒唐無稽過ぎて、信じてもらうことはできないと考えた。

 

 華陀もそれ以上聞いてこなかったので、話題を変えるために数多に目を遣る。

 

「数多。こっちにおいで、汗を拭こうか」

 

 そう言いながら、一刀は竹でできた水筒を腰から外した。これは、孫堅が腰に下げていたもので、一刀たちが倒れていた川で汲み直したものだ。生水なので、飲料水としては使えないが、布に含ませて顔を拭くためには十分だった。

 

「うん」

 

 一刀は、自分の前に数多を立たせると濡れた布で、顔や首筋を拭いていく。

 

「にゃはは」

 

 それがくすぐったいのか、身じろぎながら声を出す数多。

 

「こら、ちょっとじっとしてくれよ」

 

「にゅう、だって、くすぐったいよ」

 

 一刀は、逃げようとする数多をじっとさせると、髪に絡まった木葉を取っていく。

 

「ふふふ」

 

 そんな二人を微笑みながら見つめる華陀の姿があった。

 

「うし。完了♪」

 

「じゃあ、あまたは、だいこうちゃんのママをふいてあげるの」

 

 そ言いながら、一刀の持つ布を引っ張る。

 

「お、じゃあ、もう一回濡らさないとな」

 

 一刀は、そう数多に話しかけながら、再び布を濡らし、絞ると数多にそれを渡す。

 

「ありがとう、パパ」

 数多は、布を受け取ると、孫堅に近づき、頬や額を拭いていく。

 

「さて、半刻後に出発しましょうか」

 

 それを、静かに見守っていた華陀は、一刀たちにそう言いながら、飲料用の水筒を出すために、自身の荷物へと向かった。

 

 

 

 

 一刀が再び孫堅を背負い直し、しばらく斜面を下ると森を抜けた。

 

 彼らの前には、整備された道とは言えないが、利用する人がいることは確かなようで、草の生えていない肩幅二つ分ほどの道が現れた。

 

ニャア『それじゃあ、あたしはここまでね』

 

 黒猫が話しかけてくると、少し先に農村らしき集落が見えている。

 

「ああ、ありがとう。助かったよ」

 

ニャ『なんの。困った時は、お互いさまよ。じゃあね』

 

 そういうと黒猫は、元来た森の中を戻って行く。

 

「ありがとうな」

 

「ありがとう」

 

一刀と数多は、笑顔でそう声を掛けた。

 

「ありがとう」

 

クル『ありがとう』

 

 一刀たちの言葉で察しが付いた華佗と大煌は、それぞれにその後ろ姿にお礼お言うと、黒猫は尻尾を立てて走って行った。

 

「意外と恥ずかしがり屋の猫さんだったのね」

 

「そうですね。じゃあ、行きましょうか」

 

 華陀の言葉に相槌を打ち、集落へと続く畦道を歩いて行く。

 

 しばらく、歩いて行くと、畑が見え、農作業をしている人々がちらほらと見えてきた。そして、一刀たちが村の入口に近づくと、土で汚れた数人の男の村人が、大煌を警戒してか農具を武器に立ちはだかる。

 

「何者のだ。貴様ら」

 

「俺たちは…」

 

「あたしたちは、旅の者です」

 

 言い澱んでしまった一刀を助ける様に華陀が割って入る。

 

「ほう、旅の方ですか。そちらの虎は貴女の」

 

 その男たちの後ろから、杖をついた老人が、見たことのない赤毛の虎とキラキラと輝く白い服を着る一刀と数多を注意深く見ながら、話しかけてくる。一刀の着ている服は、聖フランチェスカ学園の白い詰襟。森を歩いたせいか、ところどころ傷はあるものの、そのポリエステルの光沢は失われることなく、陽に当り輝いていた。

 

「いいえ。ですが、旅をする仲間です」

 

 彼女は、大煌の横に立つと額の辺りを撫でる。大煌も孫堅を治療してくれた恩人である華佗に懐いており、撫でられても怒りはしなかった。

 

「その虎は危険ではないと」

 

「ええ。見ての通り、子供が乗っても大人しく、賢い子ですよ」

 

 老人は、大煌とそれに跨る数多をしばらく見ると、笑顔を浮かべた。

 

「…無礼を許していただきたい、旅の方。先の戦の残党が未だに居っての。警戒しないわけにはいかんのだよ」

 

「いえ、こちらこそ突然に伺い申し訳ありません。それとしばらく滞在の許可を…時におじい様、こちらに御病気か怪我をされた方がいらっしゃいますか」

 

「な!なぜそれを」

 

「実は、あちらの方向から、気の歪みを感じるのですが」

 

 そう言うと華陀は、村の奥にある周りより一回り大きな家を指差す。

 

「おお。実は、昨日行き倒れの道士様が二人も居りましてな。怪我と衰弱が酷く儂らで看病しておっての」

 

「あたしは医者を志している者です!是非その方たちを診させて下さい!」

 

 老人の言葉を聞き、その手を握りしめ、その顔に迫る。

「おお…二人とも意識がなく困っていたところじゃ。しかし、儂らには、薬やそれに似合う物は…」

 

 あまりの勢いと目に麗しい女性の顔に顔を赤くする老人は何とかそれを口にする。

 

「大丈夫です!そう言ったも…いえ、しばらく滞在できる家を貸して頂ければ、問題ありません」

 

「そ、それであれば空き家があるが…」

 

「北郷さん!彼女を横になれるところへ運んでください。あたしは、すぐに患者さんたちを診ますのから!」

 

「ひええ」

 

 それを聞いた華佗は、奇声を上げる老人の手を握りしめたまま走りだした。

 

「…まず村長の家へ行ってくれるか。道士様たちも村長の家に居るからな。まあ、空き家はこっちで準備しとこう」

 

「わかりました。お願いします」

 残された一刀は、そう言い残しどこかへ行ってしまう男性を見送ると、孫堅を担ぎ直し、華佗が駆け込んだ村長の家へと、数多たちを引き連れ歩いていくのだった。

 

 

 

 

「どうです?」

 

 準備のできた空家に孫堅を寝かせてきた一刀が、華佗の治療をしている村長の家の離れに入るとそこには、二人の男性が寝かされていた。

 

「ええ、大丈夫。二人とも若いし、身体の作りが頑丈みたい。気の流れがとても強いから大丈夫。彼も右腕の火傷が酷いけれど、それ以外は問題なさそうよ。目を覚まさないのは、精神的な衰弱と空腹みたいだから、安静にしていれば直に目を覚ますわ」

 

 そう言いながら、華佗は黒髪の男性のツボを探し、細い鍼を注意深く刺していた。一刀は、村長から貰ってきた水桶と布を彼女の近くに置きながらその様子を黙って見つめていた。

 

「これで、よし。ところで、北郷君、彼女は?」

 

「ああ、空家を準備してもらったので、そちらに寝かしてきました。今、数多と大煌が付き添ってます」

 

 村長宅の右隣の家を借り事が出来たことを華佗に伝えると、彼女は立上った。

 

「わかったわ。彼女の様子を見てくるから。少しの間、様子を見ててくれる」

 

「はい。でも、鍼は?」

 

「ああ、大丈夫よ。動くと抜けるから」

 

「はあ?」

 

 華佗は、そうウインクしながら、離れから出て行った。

 

「さて、やれることをやるかな」

 

 そう言いながら一刀は、自分が持ってきた水桶に布を浸し、絞る。そして、奥に眠る金色の短髪の青年の顔を軽く拭いていく。腕もと思ったが、華佗の鍼がまだ刺さっているので、拭くことはせず、再度布を水桶に浸し、絞る。

 

「…ここは?」

 

 そして、長髪の青年の顔を拭き終え、布を絞っている時に、その人物が目を覚ました。

 

「お!目が覚めたか?じっとしててくれ、今、医者を」

 

「北郷一刀?」

 

 一刀は、目を覚ました青年に話しかけ、華佗を呼ぶために立ち上がろうとすると、彼は一刀と目を合わせると、一刀の名を口にした。

 

「え!?なんで俺の名前を?」

 

 突然、見も知らぬ青年の口から自分の名前が出てきたことに驚き、中腰のまま動けなくなってしまった。

 

「…あなたが助けたのですか?」

 

「いや、ここの村の人と旅医者の華佗さんが助けてくれたんだ。俺は看病していただけだ」

 

 力なく出る彼の言葉を肯定し、簡単な説明をする。その時には、寝ている彼から届かない距離に離れていた一刀。それは、単に前外史からの経験からだろう。

 

「そうですか…まさか、こんな形で救われるとは、左慈が聞いたらどんな顔をするのでしょうか」

 その様子が可笑しかったのか彼は、顔に苦笑を浮かべながら、その名を口にした。

「さ、左慈だって!?」

 その名を知らない訳がない。あの外史を破壊しようとした、あの雄猫の名だ。一刀の中の警戒心が跳ね上がっていく。

「ええ、そちらに寝ているのが左慈。そして私は于吉です」

 

 于吉と名乗った長髪の青年は、隣に眠る左慈を横目に見ながらそう言った。

 

「左慈と于吉。管理者の…」

 

 一刀は、自らの手が真っ白になるまで、拳を握りしめ、二人を睨みつけていた。

 

「ふふ、そう管理者…だった。左慈と于吉です」

 

 しかし、于吉は力なく、そんな一刀を眺めていた。まるで、眩しい何かを見ているように目を細めながら。

 

「だった?」

 

 于吉の物言いを訝しく思う一刀は、目を細めその真偽を問うように見下す。それは、まるで王のように。

 

「…ええ、どうやら方術は使えず。外部との連絡も…無理のようですね」

 

 于吉は、その空気に当てられ、刹那の空白が生まれるが、それを気にせず、淡々と答える。

 

「ふふ、そんなに警戒しないでください。使えるならば、あなたを拘束するなり、逃げるなりしていますよ。まあ、疑われるのは、しょうがないでしょうね」

 

「…」

 それを静かに見守る一刀。

 

「ところで、ここは何処でしょうか?」

 

 降参とばかりに、話題を変えてくる于吉。

 

「ふう…ここは、徐州の瑯耶と言うところに近い農村だ」

 

 一刀は、深い溜息をつき体の力を抜くとそう答えた。

 

「なるほど、泰山の東の辺りですか」

 

「医者を呼んでくる鍼が刺さっているからじっとしててくれ」

 

 そう言って、于吉との会話を切る一刀は、振り返ることなく華陀を呼ぶべく離れから出て行った。

 

「…目覚めているのでしょう。左慈」

 

 一刀の気配が家から離れるのを感じた于吉は、隣に眠ているはずの左慈に話しかけた。

 

「…」

 

「ふふ、あなたはだんまり(・ ・ ・ ・)ですか」

 

「ちっ」

 

 その舌打ちを聞き、必至に笑いをかみ殺す于吉だった。

 

 

 

つづく


 
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