No.581821

太公望

ピッグさん

シンデレラガールズ二次創作
肇ちゃんがアイドルになる直前という感じです。
昔書いて放置してたものにちょっと加筆。
スカウトスタートは大阪だけどこういうのもいいんじゃなかろうかと。
※5/31目に付いた範囲での誤字・脱字・表現不一致などの修正しました。大変失礼しました。

2013-05-31 05:03:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:371   閲覧ユーザー数:365

 

太公望

 

 梅雨のただ中と天気予報では言うが、雨は数日と続かず、窯のある工房が置かれた山林は薄曇りが続いていた。

 予報では今日も曇り、見渡す山の感じから突然降り出す事も無いだろう。

 おじいちゃんに何時もの場所へ釣りに行く旨を伝えて、ウエストバッグを腰に巻き竿を担いで川沿いのアスファルトを歩く。

 途中、川岸に下りて石をひっくり返し、腰に付けたバッグの中に入れているエサ箱へ見つけた虫を入れていく。

 そうしている内に、何時もの場所が見えてきた。

 

 座るに丁度良い窪みのある平らな大岩。おじいちゃん曰く、鬼が釣りをする為に運んできたそうだ。

 今日も使わせて貰います、と面識の無い鬼へ挨拶をしつつ腰掛けると、手早く仕掛けを済ませ、手になじんだ釣り竿を振った。

 竿先に付けた鈴を鳴らしながら、狙いとは僅かに違う箇所へ針が落ちる。

 

 窯のある工房から少し離れたこの位置は、体と気を休めるのに丁度良い。

 

 普段は。

 

 今は、自分の中にある得体の知れないものに、妙に不安を覚え、そして僅かな苛立ちを覚え、気が休まらないでいた。

 

 切っ掛けはおおよそ見当が付いている。

 窯出しの時に、祖父から言われた言葉だ。

 「肇も、漸く半人前になったなぁ」と私が手掛けた湯呑を手に、おじいちゃんは嬉しそうに言ってくれた。

 「この調子なら一人前になれるし窯を継がせられる」とも。

 幼い頃には祖父のように土に向き合う事を夢見ていた。と、思う。その頃なら喜んでいたのかもしれない。

 いや、違う。その頃でも今と同じく複雑な心持ちになっていたはずだ。でもその理由はなんだろう。

 

 慣れ親しんだ陶芸を捨ててまでやるべき事とは何か。その正体はようとして知れない。

 自分が何がしたいのか分からない。 

 一心不乱に土と向き合えば変わるかと思ったが、雑念が土に伝わり満足のいくものが作れない。

 かといって無心になる為と釣り糸を垂らしても、こうやって何かに捕らわれている。

 

 その時竿先の鈴が鳴った。気を取られてタイミングを逃す。慌てて竿を上げる。軽く宙を舞った糸を掴むと、針先には半端な残骸が残っているだけだった。

 ため息をつきながら針先に次の餌をと、エサ箱を手に取る。しかし思い直して竿を置くと、川岸に降りエサ箱に入っていた虫を逃がした。

 

 再び岩へと上がり、寝転がり天を仰ぎみる。木立の間を流れる雲は多いものの、雨雲を運んでくる様子も無い。今日も涼しいなと目を閉じる。

 木々のざわめきに混じる鳥の声に耳をそばだてると、幾分心が落ち着いてきた。

 鬼もこうやって悩んだ事があるんだろうか。

 そんな事を考えながら、沢を流れる涼風に身を任せていると、背に伝わる岩の固さや冷たさが薄れていき岩と一体になったような心持ちになる。

 

 どの位そうしていただろうか。遠くから祭り囃子のような音が聞こえてきた。

 

 何かお祭りあったかなと頭を上げると、岩は舞台のように飾り付けられ、川には河床が設えられていた。

 そこでは人々が川魚や膾を肴に開演を待ちわびていた。

 岩へと続くように幕が張られた舞台袖には、和洋ない交ぜの思い思いの楽器を持つ人々が鎮座し、思い思いの音を出している。

 皆ハレの日だと額の角を綺麗にしているなと私は思った。

 私はちゃんと手入れしてきたかなと不安になり、袖で自分の角を拭こうとしたが、上手く磨けない。

 このままじゃここに居られないと悲しくなって泣きそうになった所で、藍染めの手拭いが角を拭ってくれた。

 見上げると飛び込んできた立派な角に、おじいちゃんだとすぐに分かった。

 そら肇も座れとおじいちゃんの膝の上にちょこんと置かれた直後、拍子木が鳴った。

 辺りに響く音が無くなる。不思議な緊張感が場を支配する中、袖から華やかな衣装を纏った女性が登場し、スポットライトが当たる。

 楽器が整然と音を出し、女性は歌い出した。 

 

 石舞台の上の女性は万雷の拍手を受けていた。私も小さな手を頑張って叩き賞賛する。そしてその光景に胸が高鳴る。

 すると、舞台の女性は微笑みながら私の手を引いて舞台へと上げた。

 不思議と恐怖は無かった。すっと女性を見据えると、女性は私の肩に手を置き、「さあ」と促した。

 河床へ視線を落とすと、幼い私とおじいちゃんが和やかに見守ってくれている。不安とそれ以上の高揚感が私を満たす。

 あの音色が聞こえる。心の赴くままに口から歌を出す。その時、目を開けられない程のスポットライトが降り注いだ。

 

 思わず目を開き、そして眩しさに目を手で覆う。

 指の隙間から薄目で覗き見ると、薄曇りの雲は既に無く、青々とした青天が広がっていた。

 慌てて跳ね起きると、周囲には舞台も袖も、河床も無く、青天に照らされ色合いが増した普段の沢が広がっているだけだった。

 

 唖然と見渡して、可笑しくなって笑いが止まらなくなった。そして暫く笑うに任せた後、理解できた。

 この心に宿った、いや宿っていたものは、幼い頃にTVで見た華やかな世界。あれに対する憧れだったのだ。

 

 可能性を試してみたい。

 

 ただこのわだかまりを残したまま陶芸を続けるのは無理だ。心に眠る土塊の正体に気が付いてしまった以上忘れる事など出来ない。

 これを形にするのだ。たとえ人からは駄作と言われようとも、作り上げることで見えてくるものがきっとある。

 半端な覚悟だと怒られるかもしれない。でも、挑戦してみたい。

 おじいちゃんに話をしてみよう。竿に糸を巻くと、岩に一礼して足早に工房へと向かった。

 

 工房の戸を開けると、見知らぬ人がおじいちゃんと話をしていた。おじいちゃんは険しい顔のまま私を見返す。

 なにか不味いときに戻ってしまったのかと挨拶もそこそこに、竿を仕舞いに行こうとすると、スーツ姿のその人は私に会釈をし、名刺を差し出してきた。

 

 竿先に付けた鈴がりんと揺れた。

 

 
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