No.569413

子供たちの窓辺【よんアザ/アザさく】

かずあずさん

アクタベさん視点のアザさく。
約4100文字。

ROMがとうとう創作に乗り出しました。
アザさくが大好きで毎日が楽しい(*´ω`*)

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2013-04-24 13:52:26 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1012   閲覧ユーザー数:1011

 

「付き合う事になりました」

 

 

終業間際、薄暗くなり始めた事務所の中で報告されたのは、かれこれ二週間ほど前のことだ。

「職場内恋愛なので、一応ご報告を――……」

自分の座る所長机の前に背筋を伸ばして佇む彼女と、その足元に隠れ、身体の原型もぶれて見える程に震えている犬ヅラ悪魔。

そのまま視線を動かすと、応接机で馬鹿話をしながら菓子を貪っていた光太郎とベルゼブブが、二匹揃って口元を抑えて固まっていた。

大方口の中の物を噴き出した後なのだろう。

「……ふーん」

そうなのか、と思った。

特別驚くことではなかったが、何も思わなかった訳でもない。

ただ、特に咎める理由も無かったので、

「別にウチ、そういうの禁止してないから」

そう言って、手元の本に視線を戻した。

 

――ホントですか? じゃあ、別に問題ないんですね? 良かった~。

――ホンマに? アクタベはん、ホンマにえぇの?

――オイコラ糞共! どういう事か一から説明しろピギャアアアアア!!

――え。なに、ゼルさんねぇちゃんの処女食っちゃったの?!

 

耳に入ってくる声はそれからしばらく五月蝿かったが、読書の邪魔をする訳でもなかったので、放置した。

 

 

 

振り返ってみれば、兆候は、あったと思う。

彼女が悪魔達に甘いのは最初からで、それを時に諫め、時に痛い目を見させ、それなりの扱い方を覚えさせた。

……そのつもりだが、それでも彼女から甘さは消えなかった。

どうしてだろう、とは思っていた。

アザゼルのセクハラを嫌がる割に触れられることには嫌悪してないんだな、とか。最近やけにアザゼルのヤツを調査に同行させているな、とか。この間ヤツと会話した後に、ヤツが離れたタイミングで顔を赤くしていたが風邪でもひいていたのだろうか、とか、思っていた。

アザゼルにしてみても、元々あった浮き沈みが最近更に激しかった気がするし、よく思い返してみれば一日に「さく」と言う回数が増えているし、そういえばふと真面目な顔をしてさくまさんを見つめていた時があったな、と今思い出した。

――……つまり、原因はそういうことだったのだ。

 

 

 

朝から馴染みの古本屋を数軒回って、昼を前後してグリモアと関わりのありそうだと目星をつけていた場所を回り、夕方になる前に興味を引かれた調査依頼を片付けた。

特に何もない一日だった。

面白い事が起こったわけでも、クソみたいな事が起こったわけでもない。

事務所のある貸しビルに近づきながら、さくまさんは今日ベルゼブブを喚んだのだろうか、と考えていた。

今日はヤツの職能が必要な仕事は無かったはずだが、彼女は必要などなくてもしょっちゅう悪魔達を喚んでいる。

もし今日もそうだとしたら、夕飯に彼女の作ったカレーにありつけるかもしれない。

階段を上りながら、ついでにビルの周りに張った結界の様子を探った。別段変わった様子はない。

 

 

 

事務所のドアを開けると、道路に面した大きく開けた窓から、夕焼けが室内いっぱいに射し込んでいた。

その光量に、思わず目を細める。

「あ、本当だ。アクタベさんお帰りなさ~い」

オレを見て何が面白いのか、給湯室から顔を覗かせたさくまさんが笑って出迎えた。

……あぁ、カレーの匂いがする。

窓辺で外を見ていたらしい(つまり、オレが帰ってきたことをさくまさんに伝えたのはコイツだろう)ベルゼブブが、パタパタと羽を動かしてさくまさんの元へ向かった。

「さくまさん、アクタベ氏も帰ってきたことですし、もうよろしいでしょう?」

「よっしゃ~、やーっと飯が食えるぜ~!」

応接机に広げたノートに向かっていた光太郎が伸びをして、膝の上に乗っていたグシオンが転げ落ちた。

その先にいた身体の四割が肉塊のようになっているアザゼルは、落ちてきた衝撃で潰されたらしい自分の内蔵に悲鳴を上げた。

「アザゼルさ~ん、アザゼルさんもお皿運ぶの手伝ってくださいよ~?」

「さくちゃん?! ワシ今ちょーっと身体ぐしょぐしょなんやけど?! コレやったのさくちゃんだよね?! 覚えてる?!」

「もー、身体くっつけるだけなのにいつまでかかってるんですか~!」

一瞬だけこちらに集められた視線は、俺の存在を確認して、やがて動き出す。

まるで、俺がここに居ることが当たり前であるかのように。

夕焼けが、やけに似合う風景だと思った。

 

 

――召還部屋でちょっと調べものするから。さくまさんは経理が終わったら帰っていいよ。

――うん、挨拶は別にいらないから。お疲れさま。

 

 

そんな会話をしてから、数時間が過ぎた。

知りたかった事も一通り調べがついたので書物から目を離し、時間を確認する。時計の長針がちょうど頂点から一つだけ右に針を動かした瞬間だった。

短針の指す先には、11の文字。午後11時1分……1秒、2秒、3秒……。

(……アザゼルは、まだ残っているのか?)

ぼんやりと針が時を刻んでいるのを眺めていて、ふと疑問が湧いた。

この数時間の間に、ベルゼブブのヤツがオレの横を通り過ぎて召喚陣を潜ったのは、何となく覚えがある。

その時にヤツも一緒だったか? ――あるいは、オレが気付かなかっただけで、ヤツもいつの間にかここを通っていた?

時間を巻き戻して思い返し、可能性を否定する。

そんな事実は無い。

(…………まぁ、ヤツの事はどうでもいいが)

まさかさくまさんも残ってないだろうな。

可能性を思い付いてしまい、仕方なく椅子から立ち上がった。一応、確かめておいた方がいいだろう。

 

 

 

召喚部屋のドアをくぐると、明かり一つ無い暗闇が広がっていた。

ここの廊下の電灯は切れている。明かりが必要になる程遅くまで彼女がここにいる事は無いから、放っていた。

付け替えた方がいいだろうか。歩くついでに、少し検討する。

だが、彼女の性格から考えて、電灯が切れていることに気付いていたのなら、とうに申し出ているはずだ。それが無いということは、つまり彼女は気付いていないということで、つまり必要ない。

うん、現状維持。

考える事も無くなってしまったので、何も考えずに廊下を進んだ。単調なリズムで、軽い靴音だけが闇に響く。外の音は聞こえない。

 

 

 

事務所のドアの隙間からは、やはり光が漏れていた。

アザゼルだけか、さくまさんも居るのか知らないが、こんな時間まで何やってんだ。

思うのと同時に右手でドアノブを掴み、

 

オレは、その勢いのまま――……、何故、一息にドアを開けなかったのか?

何かを予感していたのか?

 

後に思い付いた推測に意味は無い。

全ては偶然だ。

ただ偶然、その時オレの開いたドアは、いつもよりゆっくりと開いていった。

恐らくオレの足元では、ドアの隙間から漏れていただけの明かりが、徐々に広がって闇の一部を削り取っていったのだろう。

――地面など、見ていなかったから、事実は知らないが。

その時のオレの目は室内に向けられていて、光量に目を細めたその先、大きく開けた事務所の窓辺で、アザゼルとさくまさんがキスをしていた。

 

ソロモンリングの掛かったデフォルメ悪魔を脇から持ち上げ、そっと目を瞑って唇を寄せる彼女と、その頬に手を伸ばし、自らも顔を寄せている野郎。

 

(…………大きなぬいぐるみに口づけているようだな)

最初に浮かんだのは客観的な感想だった。

子供達のごっこ遊び。おとぎばなしの絵本を真似たかのような光景だ。

(――そうか、こいつら付き合っているんだっけ)

オレの存在に気付かないままの二人をぼんやりと見つめて、改めて思い出した。

事実として認識したのは、この時が初めてだ。報告はされてたけど。

オレに見せていたコイツらの顔は、いつもと変わりなかった。

 

(――そうか、こいつら、本当に好き合ってたのか)

 

好きな者同士というのは、物語を作るのだという。

外に居るものには分からない、二人だけで綴る、二人にしか分からない物語。

前に、そんな文章を本で読んだ。

なるほど、と思った。

 

 

 

長いのか短いのか分からない時間が過ぎ、まぶたを上げた二人の視線が絡み合う。

二人同時に目を細めて、唇の端を上げた(アザゼルの口元はよく分からなかったが)

開けた時には驚くほど静かだったドアが、オレの隣でキィ、と小さく鳴った。

 

 

そうして二人は勢いよく振り向いて、オレの居る世界に帰ってきた。

さくまさんが顔を真っ赤にして、アザゼルは青を通り越して真っ白になって、オレの名前を口にする。

「ア、アク……っ」

「アクタベはん……?!」

さて。一体どんな言葉をかけてやるか。

「……そうだな。子供というものは、大人の知らないところで大人になっていくものだ」

「ハイ?」

「ヘ?」

とりあえず思ったままの感想を述べてみると、二人は思ってもいなかった言葉をかけられた、とでも言うように目を丸くした。

……まあ、オレの感想はどうでもいい。

一息ため息を吐くと、二人同時に肩を跳ねさせるのが面白かった。

付き合い始めると、そういうところも似てくるものなのだろうか。

「さくまさん、そーゆーことは事務所内ではやめてね。一応、ここ仕事場なんで。――それと、」

あ、とかいや、とか二人揃って言い訳をしようとしているのを目で止める。

とっとと本来の目的を果たそう。

「お前ら、こんな時間まで、ここで何をしてるんだ?」

 

 

 

アザゼルに一通りの折檻を与えた後、終電の迫っていたさくまさん共々事務所の外に放りだした。

オレは事務所に残って椅子の背もたれに体重を預け、窓から見えるビルの隙間の、更に奥に見える星空を目に映す。

今日一日の事を振り返っていた。

朝から馴染みの古本屋を数軒回って、昼を前後してグリモアと関わりのありそうだと目星をつけていた場所を回り、夕方になる前に興味を引かれた調査依頼を片付けた。

夕飯にさくまさんの作ったカレーを食い、少々の調べ物をして、さくまさんとアザゼルの逢い引き現場を目撃した。

……特に何もない一日だった。

 

 

どこか遠くの方から、電車の走る音が聞こえた。

さくまさんは電車に間に合っただろうか。アザゼルは帰ってくるだろうか。

あいつらはどこへ行くつもりなのだろうか。どこへ行くことになるのだろうか。

(……ま、どうにかなるだろ)

考えるのが面倒臭くなったので、オレは静かに目を閉じて、その一日を終わらせることにした。

 

 
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