No.564720

はがない エイプリルフールはラスボスが手強い

エイプリルフール作品第5弾。数少ない男友達が次々と散っていく中、小鷹は果たして生き残れるでしょうか?


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2013-04-10 00:12:04 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2659   閲覧ユーザー数:2528

はがない エイプリルフールはラスボスが手強い

 

 2013年4月1日午前11時 柏崎邸。

「俺は絶対に死にたくないっ! ようやく掴んだ幸せをこんな所で手放してたまるかぁあああああぁっ!!」

 ベッドの上で丸まって命の危機に怯え、延命を天に願う。

 突然だが、俺は今人生史上最大の危機を迎えている。もっと言えば殺される危機が迫っている。

「何をそんなにビクビクしているのよ?」

 本日2度目のシャワーを浴び終えた星奈が俺のいる客間へと入ってきた。白いバスローブ1枚という扇情的な姿で。

「そんなに警戒しなくても警備厳重なこの屋敷に夜空たちが乗り込んでくるなんて不可能よ。だからもっとシャンとしなさいっての」

 星奈はタオルで髪を拭きながら備え付けの三面鏡の前に座って化粧水だの何だのを塗りだした。

 付き合い始めてから星奈はごく平然と俺の前で化粧をしたり落としたりするようになっている。俺のことを信頼している証なのだろう。けど、男の子的にはちょっと女の子への幻想が崩れてしまう悲しい光景だったりする。

 って、そんなまったりと日常の風景の意味を解説している場合じゃない。

「そうは言うけどさ……今朝高坂さんからメールが届いてからまだ4時間。4時間なんだぜっ! なのに、なのに……」

 涙が込み上げてくる。

 始まりは1本のメールだった。

 

 

 

 今回の俺はノーマルエンドに到達したので星奈と付き合っている。詳しくは恥ずかしくて言えないが、俺と星奈の仲は彼女がバスタオル姿で俺の前をウロウロしていても不自然ではない仲だ。

 理事長にも父さんにも俺たちの仲は報告済み。隣人部のメンバーにも大体不承不承認めてもらった。

 俺たちはそんな仲であり、理事長のご好意もあってこの春休みは小鳩と共に柏崎邸に逗留させてもらっている。

 結婚後に備えて礼儀作法やあれやこれやを学んだりと完全に自由なわけではない。だが、基本的には楽しく、かつ優雅に暮らし始めて1週間ほど経った今日。俺は1本のメールで目を覚ますことになった。

 

 

From:高坂京介

Sub:エイプリルフールに嘘をつくと死ぬぞ(強調)

本文:エイプリルフールに嘘をつくと、特に結婚に関連する嘘をつくと女たちに無慈悲に残酷に冷酷に殺されるぞ。気を付けろ。絶対に死ぬからな。念を押しておくぞ。

 

 

『何だ、この警告というには残念すぎるメールは?』

 送り主はブラコンな妹を持つ兄仲間で1歳年上の高坂京介さんというハーレム王だった。

 高坂さんは何人もの女の子に好意を寄せられてあっちへフラフラこっちへフラフラしている典型的なラノベ主人公タイプ。

 当然、結婚の話など持ち出せば他の女の子に恨まれて刺されてしまう悲劇的な展開を迎えるだろう。だが、俺の事情は異なる。高坂さんとは違う。

『フッ。星奈エンドに到達し、女の子を1人に絞った俺に死角はないはずだっ!』

 俺もかつては隣人部や生徒会の女の子たちに囲まれてあっちにフラフラこっちにフラフラしていた。あの頃の俺ならエイプリルフールは恐ろしいイベントだったかもしれない。

 けれど、今の俺は星奈一筋。ある機関とタイアップした研究に忙しいとかで学校に来なくなってしまった理科以外の了承を得た俺に死を呼び込む隙などない。

『ちょっと小鷹……朝っぱらから何を騒いでいるのよ?』

 隣で寝ていた星奈が不満そうな声を上げた。起こしてしまったようだ。

『いや、高坂さんからメールが来てな。今日、結婚に関して嘘をつくと女の子に殺されるって警告だよ』

『ふ~ん』

 星奈はタオルケットで胸を隠したまま上半身を起こした。ちなみに裸だ。まあ、その辺は深くツッコミを入れるな。話の本筋とは関係ない。

『小鷹はあたしと結婚してくれるんでしょ?』

『そのつもりだが』

『じゃああたしに刺されることはないでしょ』

『あってたまるか!』

 星奈は自分の行動に滅多に悪意を持たない分、怒ったら普通に刺してきそうで怖い。

『まさか、他に結婚の約束をしている子がいるとか? 自分でも覚えていない幼い時に結婚の約束をした子がいるとか?』

『そういうパターンで婚約していたのは俺と星奈だろうが』

『そう言えばそうだったわね』

 星奈は軽く息を吐き出した。

『夜空や理科たちが本当に諦めたのかはちょっと怪しいけど……小鷹が今日1日この屋敷にいる限り心配はないわ。この屋敷の守りは普通の女子高生じゃ突破できないわよ』

 星奈はタオルケットを巻いたまま立ち上がった。ちなみにそうなると、俺の方が裸でベッドの上で座っている状態になる。何故裸なのか詳しく聞くな。本筋とは関係ないから。

『小鷹の死の心配もなくなったことだし、あたしは天使義妹の小鳩ちゃ~ん♪と朝シャワーを浴びに行ってくるわ』

『あんまりベタベタしすぎるとまた嫌われるぞ。せっかくやっと仲良くなったのに』

『あたしは苦労してやっと羽瀬川兄妹エンドに辿り着いたんだから。小鳩ちゃん分の補充は当然のことなのよ』

 星奈は鼻息荒く語ると大股でのっしのっしと部屋を出て行った。

『俺ルートじゃないのかよ』

 ちょっと不貞腐れつつ、高坂さんの心配は俺とは無縁だなとちょっと楽しくもあった。

 

 

 

「そんな風に余裕をかましていた時期が俺にもありました」

 ベッドの上でメソメソと泣く。

「何でそんな落ち込んでいるのよ?」

 星奈が鬱陶しいというニュアンスを隠そうともしない白眼をぶつけてくる。

 でも、そんな視線さえも気にならないほどに俺はブルーに陥っていた。

「けど、だけど、高坂さんが警告を発してからまだ4時間しか経ってないってのに……既に富樫くんと姫小路くん、吉井くんはあの世に旅立ち、智樹は音信途絶状態なんだぜ。みんな、みんな今日という日に殺されてしまったんだぁ~~っ!」

 両手で頭を押さえつけながら、エイプリルフールに散ってしまった仲間の死を悼む。

 ブラコン妹を持つ兄同士である富樫勇太くん、同じくブラコン妹を持つ兄仲間の姫小路秋人くん、ロリの濡れ衣疑惑を着せられている仲間の吉井明久くんは散ってしまった。

 たった1本のメールを俺たちに遺して。

 

 

From:富樫勇太

Sub:警告を守れませんでした

本文:どうやら俺はここまでのようだ。ダーク・フレイム・マスターと呼ばれた俺も……女たちの嫉妬の業火は制御しきれなかった。願わくば、お前たちが俺と同じ末路を辿ることがないことをいのr

 

 

From:姫路小路秋人

Sub:僕も駄目みたいです

本文: 『人の話はよく聞いて役立てよう』 僕が最期に見せるのは代々受け継いだ未来に託す姫小路魂です。シスコンの魂です。秋子ぉ~~っ! ……ごめんなさい。高坂さんの警告を守れなかった末路がこれです。みなさんは僕と同じ末路を辿らないy

 

 

From:吉井明久

Sub:警告は守ったつもりだったけど

本文: 僕は今日、女の子たちに対して何1つ嘘をつかなかった。でも、駄目だった。女の子たちのペースに乗せられてそのまま流されていったらこのザマです。みんなも女の子たちのペースに流されty

 

 

「どうしてだよ? どうして俺の数少ない男友達がみんな今日という日に死んでいくんだよぉっ!?」

 友の死が悲しくて仕方ない。

「嘘をつかなくても殺されるって……それじゃあ、俺も死ぬのがもう決定しているみたいなもんじゃねえかぁっ!」

 目前に迫りきているに違いない自分の死が悲しくて仕方ない。

「ああ~もうっ! 本当に鬱陶しいわねっ!」

 星奈は俺のイジケ態度に遂に痺れを切らした。

「ステラには今日この家に誰も通さないように言ってあるし、パパにも今日は小鷹を外に連れ出さないように念を押しておいた。執事見習いの雄雌雅(おめが)たちも警戒に当たっていて警備は厳重。賊の入れる余地はないわ」

 俺の前で着替え終えた星奈は俺の肩へと手を置いた。

「そしてもし変な女が小鷹を襲ってきても……あたしがアンタを守ってみせるわよ」

 星奈はニカっと逞しい笑みを浮かべてみせた。

 俺の彼女は……本当に眩しすぎて強すぎて尊敬を通り越して呆れてしまうぐらいだ。

「だから小鷹は自分が死ぬかもなんて考えなくて良いわ」

「…………そう、だな」

 女神のように輝く彼女のおかげで少し気分が楽になった。

 ほんと、俺の彼女は頼もしすぎて涙が出てしまいそうだ。

「さあ、そろそろ昼食の時間だから食堂の方に行くわよ」

「おっ、おう」

 星奈に腕を引っ張られながらその後ろを歩いていく。

「ああ~食事時間になると小鳩ちゃんと会えるから幸せ~~♪」

「さっき小鳩と一緒にシャワー浴びてただろうが。午前中だけで2回も」

 俺の女神様は輝きすぎて奔放すぎて本当に退屈しない。それから何故2回もシャワーを浴びることになったのか理由は詮索するな。本編とは関係ないんだ。

「フッ。つまりそれは言い直すと、小鷹はあたしと一緒にお風呂に入りたいのね。分かったよ。仕方ないわね。今日の夜は一緒に入ってあげるわ。小鷹のエッチ♪」

「誰もそんなこと言ってないっての! ……えっと。よろしくお願いします」

 俺が落ち込まずにいられるのは彼女のおかげに違いなかった。

 

 

「小鳩ちゃ~~ん♪ げっへっへっへ。星奈お義姉ちゃんが食べさせてあげまちゅよぉ~~っ♪」

「やーっ!」

 その広さと家具の高級感にもだいぶ慣れてきた柏崎邸の食堂。

 やたらと締まりのない顔をした恋人が妹にご飯を食べさせてやろうと犯罪チックに指をワキワキ動かしている。俺としてはどう行動するべきだろうか? 警察に訴えるべきか?

「ええいっ! あっち行けっ! 先ほどから貴様、我を誰と心得ておる? 我こそは年に1度この日だけこの娘の身体を借り受けて現し世に現れる、悠久の時を生きる吸血鬼の真祖レイシス・ヴィ・フェリシティー・煌なんじゃ!」

「あたしったら小鳩ちゃんに全力で拒否られているぅ~~っ♪ 全然好かれてない~♪ しかも中二病全開で意味分かんない~~っ♪」

 俺の恋人という身分の変態女は小鳩に拒絶されることさえご褒美にしてしまっている。本気で救えねえ。

 それでも完全拒絶の以前と比べれば星奈と小鳩の仲は遥かに円滑になった。星奈が変態行為さえしなければ小鳩は一緒にいることを嫌がらないぐらいには懐いている。

「あたしやっぱり小鳩ちゃんと結婚したい~~っ♪ あたしのお嫁さんになって~♪」

「我が半身のこと、捨てる気け?」

 小鳩の瞳が鋭くなった。

「そ、それは……ごめんなさい」

 小鳩に向かって頭を下げる星奈。妹も星奈の扱い方がだいぶ分かってきたことが2人の仲が良くなった理由の一つだろう。星奈は俺たち兄妹に凄まれると急におとなしくなる。そこが不思議で可愛い彼女だ。

 

「はっはっはっは。小鷹くんと小鳩くんが来てからこの家は実に賑やかで楽しくなった」

「騒がしくしてすみません」

 同席している理事長に向かって頭を下げる。

「いやいや、何々。君たちが来る前の娘との2人きりでの食事の時はほとんど会話もなく実に寂しいものだった。それに比べて今の賑やかさはなんと楽しいことか」

 理事長は楽しそうに笑っている。

「今日は自宅で昼食を採るようにして正解だった」

「あの、お忙しい所をわざわざ戻って来ていただいたようで恐縮です」

 理事長は柏崎家の当主として学校の理事長職だけでなく様々な事業の統括も務めている。その日々が忙しいのは言うまでもない。

「な~に。自宅での食事は私にとっても良い息抜きになっているさ」

 理事長は首をゆっくりと回してみせた。

「それに、私の仕事は娘の婿となる君がいずれ継いでくれるのだ。今だけ頑張ればいいと割り切ればそう大変でもないさ」

「は、はあ」

 理事長にそう言われるとちょっと困る。

 星奈と結婚するということはそういうことなのだ。

 友達もろくにいない能力も人並みの俺なんかに人の上に立つことなんてできるのか疑問は湧いてくる。

だけど星奈は一人娘で、その星奈には社長業を継ぐことに興味がない。しかもあの性格なのでお世辞にも人を使うことに長けていないので俺が継ぐしかない。本人だけハイスペックでも組織は立ち行かないのだ。

 そんなこんなでこの春休みの逗留は俺の強化合宿という側面もあったりする。

 

「まあ、そんなことよりもだ」

「はい。何でしょうか?」

 理事長の鼻の穴が微かに広がった。

「今日も夕方には家に戻る。だから男同士、風呂に入って親睦を深めようではないか」

「えっ? またですか?」

 否定的な想いが思わず少し声に出てしまった。

 理事長は俺がこの家に逗留するようになってから毎日一緒に風呂に入ることを所望してくる。

 理事長は昔父さんに銭湯に連れて行ってもらったことがよほど強く印象に残っているらしく、裸の付き合いの重要性をやたら説いてくる。

 裸の付き合いに理事長に勧めたのが父さんであることを考えると断り辛い。そんな感じで入浴を共にする日々が続いていた。

 しかし、1週間もそんな日々が続くとさすがに鬱陶しくなってくる。何しろ理事長と一緒の入浴だと却って気疲れしてしまうから。理事長は俺にとって義理の父親というべき人だから気を使わずにはいられない。さて、どう断ったものか?

「残念ね、パパ。小鷹は今晩、あたしと一緒にお風呂に入るってもう決まっているのよ」

 小鳩を抱き締めながら星奈が大きく胸を反らした。

 父親相手に何を勝ち誇ってるんだ、コイツは?

 っていうか、それは言っちゃまずいだろ!

「おいっ! 星奈っ!」

「あたしと小鷹がこの家でどんな風に夜を過ごしているのかはパパだって当然把握しているわよ。だったら、お風呂を一緒にするぐらい今更別に構わないでしょ」

 星奈はあっけらかんと赤裸々なことを述べてくれる。理事長が怒って俺たちの交際に支障をきたす恐れとか考えないのだろうか?

 それ以前に恥ずかしくないのか?

 エロゲ脳は星奈の頭から羞恥心という言葉を消してしまったのか?

「そんなわけで今日から小鷹はあたしと毎日お風呂に入るから。パパは1人で入ってね♪」

 星奈は理事長を見ながらウインクをかますという挑発行為を行ってみせた。

「おいっ、星奈っ! 幾らなんでも今のはやりすぎだろうが」

 あれじゃあ理事長のプライドはズタボロだ。どんなお怒りが飛んでくるか分かったもんじゃない。俺たちはまだ結婚前だということを考えて欲しい。

「小鷹はちょっと黙ってて。どうしても確かめたいことがあるのよ」

 星奈の瞳が鋭く尖った。ただの冗談で理事長を挑発したわけではないらしい。

「確かめたいこと?」

 だが俺には星奈が何を考えているのか分からない。理事長の何を一体確かめたいと言うんだ?

 星奈は一般常識に欠けるが頭の回転は無茶苦茶に早い。凡人の俺ではこういう時についていけないのだ。

 

「星奈っ! お、お前という娘はっ!」

 理事長が星奈を見ながら目くじら立てて怒り始めた。やはり、年頃の嫁入り前の娘が毎日交際相手と一緒に風呂に入ると宣言すれば怒るのは親として保護者として当然のことだろう。

 いずれ小鳩に恋人ができた際、妹が恋人との性的な生活を誇ろうとすれば俺だって怒るに決まっている。

 俺自身星奈とはそういう関係なのだが……女の子の口からそういうことを堂々と言われるのは耐えられない。男とはエロい割りにシャイな生き物なのだ。

「私から小鷹くんの心と体を奪っただけでは飽き足らず、入浴する楽しみさえも奪おうというのかっ!?」

 理事長は激しく狼狽しながら星奈を怒る。

「はあっ?」

 それを聞いた俺は理事長の発言の趣旨を掴み損ねていた。

「…………やっぱりね」

 対して星奈は首を縦に2度振って頷いている。何かに気付いたらしいが俺にはちっとも分からない。頼むから一般人レベルに落として伝えて欲しい。

「男同士の入浴っ! 裸の親睦を邪魔しようとは、幾ら愛娘といえども許せんっ! 男同士の間柄は女が割り込んでこられるほど安っぽいものではないのだぁ~っ!」

 理事長はその場で激しく地団駄踏み始めた。まるで子供のような仕草。時々子供っぽく振舞うこともあるけれど、今のこの言動はどこか不自然なものを俺に匂わせた。

「なあ? 理事長は一体どうしちまったんだ?」

「さあ? あたしに分かるわけがないでしょ」

 星奈は首を横に振った。

「でも、パパをこんな風にした奴なら見当がつくけどね」

 今度は食堂の出入り口付近をキツい瞳で睨みつける。そして鋭い声で言い放った。

 

「そこにいるんでしょう、理科っ! 出てきなさいっ!」

 星奈は部活の後輩少女の名を大声で叫んだ。

「お見通しか。さすが柏崎星奈は本質を直感的に見抜く力に長けてるね。まさか僕の正体が見破られるとは思わなかったよ」

 星奈の声に対して聞き慣れた声が返ってきた。ただし、普段のテンション高い声とは正反対の抑揚に乏しい声。

 木の靴底が床を鳴らす音がして1人の小柄な人物が食堂の中へと足を踏み入れた。

「えっ? 理科……じゃないのか?」

その姿は俺が知る天才科学者少女とはまるでかけ離れていた。黒い執事服に身を包み、鋭利で重い雰囲気を纏った短髪の少年だった。

「えっと、君は柏崎家の執事見習いの雄雌雅(おめが)くんじゃないのか?」

 1ヶ月前に新しく雇われたという新米の執事見習いの雄雌雅数学(おめがすうがく)くん。

 担当が理事長専門ということもあり、俺とは喋ったことはおろかほとんど顔を合わせたことさえない16歳の少年だった。

「パパをこんなにしたのは理科、アンタなんでしょ?」

 星奈は雄雌雅くんを理科と呼ぶ。

 もしかすると、雄雌雅くんの正体が理科だということなのだろうか?

 いや、この状況において他に解釈のしようはない。

 けれど、俺の目の前を通り過ぎていくクールというか冷たすぎる雰囲気を放つ彼が理科だなんて俺にはどうしても思えない。でも雄雌雅くん自身、星奈の言葉に反論しない。即ち、自身が理科であると認めているということ。俺にはもう、何がなにやらだった。

「さて、まず柏崎星奈の問いに質問で返させてもらうよ。こんなにしたというのはどんな意味なんだい? 僕に詳しく教えて欲しいよ」

 雄雌雅くんが星奈を覗き込むようにして見る。

「僕? だい? よ?」

 一人称は僕だし、やたらテンション低いしで俺には全然理科とは思えない。

 メガネを外してポニーテールを解いて髪染め直して切った程度の変化じゃない。人間の内側的なものがまるっきり別人だ。でも、でもだ……。

「今の理科は別キャラを演じている、のか?」

 腐女子でハイテンションという彼女のキャラは俺がそれを望んでいるから続けているものであるらしいことは本人から聞いている。

つまり、俺の知る理科は作ったキャラであるということ。それも割と即席なキャラを延々アップデートし続けたものらしい。

 頭の良い彼女のことだ。全く別のキャラを作り上げて別人として俺たちの前に現れる可能性は十分にある。実際俺は理科が柏崎家に入り込んでいることに気付かなかった。

 だが、何故今になってそれを実行する? 一体、何のために?

「パパが小鷹が性的な目で見るようになったことについてよ」

 星奈はまたまた直球ど真ん中な返答を行った。

 

「小鷹に害を加えるためにうちに入ってきたみたいじゃないから今までは放っておいたけど……パパにこれ以上魔改造施すのはやめてくれない? そろそろ鬱陶しいレベルなんだけど」

 星奈は冷たい瞳で理科を睨む。

「僕は無二の親友である隼人氏の息子ともっと仲良くなりたいという柏崎天馬の望みを叶えるお手伝いをしているだけだよ」

「仲良くって明らかに性的な関係の方へ傾いているじゃないのよ!」

 星奈の言葉に対して雄雌雅くん、いや、理科が怒りを露にした。

「柏崎星奈だって、羽瀬川小鷹と仲良くなったら、後はひたすらに性的な関係を結んでばかりじゃないかっ!」

 クールだった理科から炎を吹き出したかのようだった。

「僕たちには2人の愛の高尚さだの清廉さだの語ってみせたくせに、結局やっていることは毎日毎日まぐわうことばかり。さっきだってまぐわってた。そんなの動物と何も変わりがないじゃないか!」

「なあっ!?」

 理科の直球ストレートな物言いに今度は星奈の方が固まってしまった。

「他人への思慕の情の先にあるのなんて所詮は性欲。それを満たす方向に僕は調整しただけさ」

 やはり今の理科は普段俺や星奈が知っている少女とはまるで別人だ。すごく暗い闇、満たされない苦しみをその全身から感じる。

 もしかすると、これは普段俺たちに見せない理科のもう一つの面自体なのかもしれない。理科には特に負担ばかり掛けてきたから、俺たちには曝け出せないストレスが溜まっていたのかも。

「だが、ヘタレだとばかり思っていた羽瀬川小鷹でさえも一皮向けば他のオスと変わらない性獣だった。そのことは僕が目的を達成するためには丁度いいよ」

 理科は疲れた表情で薄目で笑ってみせた。

「理科の目的って何なんだよ?」

「そんなこと決まっているさ」

 理科は俺を見て瞳の奥に眠る狂気の一端を垣間見せた。

「羽瀬川小鷹総受け肉奴隷化計画の実行だよ」

「なんじゃそりゃぁああああああああああああぁっ!?」

 あまりにも突然すぎる展開の連続に俺は世界の悪意を感じずにいられなかった。

 

 

「やれやれ。結局アンタはあたしと小鷹を引き裂こうとする獅子身中の虫ってわけね」

 星奈は少年執事として扮した理科を見ながらため息を吐いた。

「柏崎星奈が三日月夜空や楠幸村や僕を警戒して防御を外に向けて固めていた。だから僕は内側から切り崩しにかかった」

「あたしは最初からアンタが理科だって気づいていたけどね」

「本当に柏崎星奈の本質をいきなり突いてしまう秀才ぶりには驚かされるよ。僕と違って何でも持っている完璧お嬢さまは羨ましすぎて反吐が出る」

 理科は短く切ってしまった髪を掻き揚げて苦笑してみせた。

「あたしは友達いないし、クラスの女子連中にはバカにされるしでずっとイライラを募らせて暮らしてきたわよ」

「生まれて初めて興味を持った哺乳類に振られて、しかもその哺乳類を君に取られた僕の気持ちが分かるかい?」

「あたしは他人の気持ちが分からないから嫌われるんだって、クラスメイトの女子たちに何十回何百回言われてきたわよ」

「パーフェクトお嬢さまな君には僕みたいな性根が卑屈で根暗でイジイジした人間の心は分からない、か」

 理科は鼻から息を吐き出してもう一度苦笑してみせた。

 

 ……会話に入って行き辛い。

 

 星奈と理科には互いに思う所が色々とあるらしい。2人とも学校を代表する才女で残念なわけだが、彼女たちの自己評価はだいぶ異なるらしい。

 そして俺のせいでごちゃごちゃは頂点に達したと。うん、入り込めねえ。

 

「で、どうして小鷹をパパに襲わせようとするのよ? 腐女子キャラはアンタが小鷹に接近するために作り上げたもんでしょ」

「確かに腐女子“キャラ”は、小説や漫画を参考にして、ちょっと引かれながらも親しみ易い女子というポジションを得るために即興で作り上げたもの。対羽瀬川小鷹用の演技さ」

 理科はそこでニタッと笑いながら唇の端を歪に上げてみせた。あ、あの笑みは……っ!

「けれど、BL趣味自体は別に演技でも何でもない。僕の“真実”だよ」

 あれこそまさに戦闘マシーンの氷の微笑と言われるウォーズマン・スマイル。

 やべえ、理科のヤツ。覚悟を決めてやがるっ!

「天才だなんだとチヤホヤされても僕も所詮は16歳の小娘。自分の理解者、仲間が欲しいと甘ったれていた。そして僕は遂に得たんだよ。BLという魂を共有できる同志にね」

 理科は斜め前方に向けて右手を高々と掲げた。

「ジーク・BLッ!!」

 そしてとても意味不明なことを大声でのたまった。

 だけどそれを述べた理科の瞳はいつになく熱い炎を宿していた。

 

「僕の所属する“No More 美少女”では“人類ホモ計画”を推進している。地球上の男女のカップルを全て破綻させ、男同士の愛に溢れた楽園へとこの星を生まれ変える。ただそれだけの目標を目指すごくありふれた組織さ」

「そんな危険極まりない組織がありふれてたまるかってのよ!」

 星奈の意見に同意だ。もしそんな世の中になったら人類は次の世代が生まれなくなって絶滅してしまう。

「そして“No More 美少女”が行動を起こすのにエイプリルフールは都合が良かった。嘘をつくことで別れるカップリングが大量に発生するだろうって目論みもあってね」

 理科の周囲が再び深い闇に包まれていくようなそんな錯覚を抱いてしまう。何なんだよ、今日の理科は?

「ところが事態は僕らの予想とは裏腹な方向に進んでしまった。少女たちは想い人に裏切られたという怒りの強さから、ホモ計画の要となる男たちを次々と刺殺していった」

 理科は首を横に振ってヤレヤレという意思表示をしてみせた。

「吉井明久と坂本雄二のカップリングは注目株だったのに2人とも死んでしまった。富樫勇太と姫小路秋人もいい穴要員になると思ったのに殺されてしまった。今日はホモ躍進となる日のはずだったのに、実際には後退もいい所だ」

 理科の口から舌打ちが漏れ出た。

 俺の友達が志半ばで散っていった裏でそんなプロジェクトが動いていたとは。

「それで組織としては急遽方針を変えなければならなくなった。ノーマルカプの破綻を待つだけでなく、総受け肉奴隷を来るべき日に備えて積極的に作り出していかないといけないってね」

 理科は俺へと視線を動かした。

「そして“No More 美少女”が総受け肉奴隷対象に選んだが……羽瀬川小鷹。君だよ」

 ようやく、話が繋がった。理科はその“No More 美少女”とかいう危ない組織のために、俺をBL道具に落とそうというのだ。

 

「フッ。バッカじゃないの」

 理科の計画を鼻で笑ったのは俺の恋人だった。

「小鷹にはあたしがついているんだから、そんな展開に陥るわけがないでしょ。失恋してヤケになったからってそんな変なことができるかっての」

 確かに、俺には最強の盾と言うべき星奈がいてくれる。俺がBL時空に囚われることはないはずだ。

「ああ。だから僕も下準備はさせてもらった」

 理科は理事長を見た。

「小鷹くん…………ガルルルルルルルルルルッルウッ!!」

 理事長は遂にヤバい唸り声を上げながら俺を見始めている。

「理事長の‘改良’は時間を掛けて念入りに行ったからね。後1度羽瀬川小鷹のパンチラでも見せれば理性を完璧になくすよ」

「誰がパンチラなんてするかってのッ!」

 大体俺はズボンだ。パンチラなんてする余地はない。

「そして君、柏崎星奈だけど……」

 理科は薄く笑った。理科らしくない嫌な笑み。

「君の存在はどうしても邪魔なんで、来月から君の母親のいるイギリスに長期留学するように手配している」

「アンタ、ねえっ!」

「僕が柏崎天馬の専属のお付きになった意味、その柏崎天馬を僕が自由に操れる意味をもう少し考えるべきだったね。君は頭もいいし行動も素早いのに、隣人部員に対しては対応がぬるい。僕の正体に気付いているのなら早々に追い出すべきだった。そういうことだよ」

「クゥウウウウウゥッ!」

 星奈が地団駄踏んで悔しがる。

「まあ、そういうわけで遅かれ早かれ柏崎天馬は完璧に理性を失って羽瀬川小鷹を襲う。そして羽瀬川小鷹はこの広い屋敷に監禁されながら男たちの慰み者にされ続けて総受け肉奴隷として今後の人生を過ごすのさ」

「おいっ! 理科っ! お前、もう、いい加減にしろよっ!」

 今までは黙っていたけれど、遂に俺も口を挟むことにする。

 このまま理科の思い通りに人類ホモ計画の礎になってたまるかっての。

「……お前、随分と荒んでおるんな」

 そして理科がこの部屋に現れてから一言も発してこなかったもう1人のブロンド髪の少女が立ち上がって口を開いた。

 

「お前……我が半身から随分と好かれておったようなのに、随分とつまらん人間に成り果てたようやな」

 小鳩はとてもつまらないモノを見る瞳で理科を眺めている。普段の小鳩らしくない瞳。

「いまだ恋もしたことがないお子ちゃまな君には分からないだろうね。人はまっすぐにばかり伸びられないってことさえも」

「クックックック。悠久の時を生きる吸血鬼の真祖レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌も随分と舐められたもんじゃな」

「「えっ?」」 

 俺と星奈の声が同時に揃った。

 小鳩が、普段と違う。

 いつもの中二病とは何かが違う。何が違うのかは分からないけれど、何かが異なる。

「反省して早々に失せろ」

 小鳩が空の右手でモノを投げる仕草をしてみせた。

 すると、次の瞬間……。

 

「なっ、何故だぁっ!?」

 理科は“突如足元に出現した”バナナの皮に足を滑らせて後頭部から一回転しながら地面へと叩きつけられた。バキッとどこかの骨の折れる音がした。

「闇の力を甘く見るな」

 つまらなそうに理科転倒の原因を述べる小鳩。

 今日の妹は理科同様にどうかなっちゃっているのかもしれない。

 ともあれ小鳩の放った“魔術?”により理科は大ダメージを受けた。

 ラスボスは身体能力的には貧弱らしく想定外なできごとに弱かった。だが──

「くっくっくっく。所詮僕は、最強の総攻めを解き放つ研究を進めてきた科学者に過ぎない。真のラスボスはもうここにいるのだから」

 理科は苦しそうな表情で理事長を見た。

「そして幸いにも僕は自分の身を犠牲にすることで最強のラスボスを起動させることに成功しそうだ」

 理科は大きく口を開けて荒い呼吸を繰り返しながら笑ってみせた。

 その右手で俺のズボンの裾を握り締めながら。

「まっ、まさかっ!?」

「ジーク…………BLッ!!」

 理科は力任せに俺のズボンを引っ張った。

 火事場の馬鹿力でも発動したのかと思うぐらいに強大な力が俺のズボンに加わり、ズボンは千切られた外れ馬券のようにビリビリに引き裂かれた。

 俺の乙女の秘密たる白と青の縞々トランクスが公衆の面前に晒されてしまう。

「イヤ~ン♪ マイッチング~~♪」

 俺は必死にパンツを隠そうとした。

 でも、その努力は実を結ばなかった。

 

「ペガサス幻想(ファンタジー)~~~~~~ッ!!」

 

 俺の露出した下着を見て理事長は、ラスボスとして覚醒を遂げてしまったのだった。

 

 

「ガルルルルルルルゥッ!! 小鷹ぁあああああああぁっ! 私のモノになれぇええええええぇっ!!」

 理事長が理性を失った獣と化したことは間違いない。それはすなわち──

「フッフッフッフ。羽瀬川小鷹が柏崎星奈ルートに進むのがデフォルトだと言うのなら……君たちにとってのラスボスは三日月夜空や僕じゃない。柏崎星奈の父親であり、羽瀬川小鷹とも個人的に親交がある柏崎天馬、になるのさ」

 理科は笑いながら泣いていた。

「さあ、ラスボス柏崎天馬よっ! ノーマルカップルのラブコメを打ち砕いて、男同士の肉弾戦、熱く激しすぎるR-18ストーリーで世界を埋め尽くしてやるんだぁっ!」

 ヤケになった理科の声が響き渡り、俺と星奈にとってはラスボスだという理事長は完全にスイッチが入ってしまった。

「ペガサス幻想おぉおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」

 理事長は両手を床について獣のように4本の手足を使って俺へと襲い掛かってくる。

「何のジョークだよ、これはぁああぁっ!?」

 180度振り返って必死になって逃げ出す。冗談みたいな展開ではあるものの少しも笑えないのが現状だった。

「俺は夜空や理科に殺されるんじゃないかってビクビクしてたのに……よりによっておっさんに狙われるなんてぇっ!!」

 必死になって理事長の攻撃を避ける。

「はっはっはっは。それは今まで女心を散々踏み躙ってきた罰だよ。大人しくやおい穴を柏崎天馬に差し出すが良いさ」

「そんなことできるかっ!」

 理事長にお尻を差し出すなんて真似ができるはずがない。いや、それ以前に今の理事長は凶暴になり過ぎていて、一度でもまともに攻撃を受ければ死んでしまえる自信がある。

 おいっ、理科っ!

 お前、理事長の出力制御に明らかに失敗しているっての。

 って、そんなことを考えている間に四隅の壁際に追い詰められてしまった!?

「ペガサス……流星拳ッ!!」

 野獣と化した理事長から音速を超える速さの拳が繰り出された。

 えっ? あれっ?

 これって、もしかして俺、死ぬんじゃねえか?

 殺される相手こそ女の子じゃないものの、結局は今日という日に俺もこの世とおさらばするってことじゃねえか!?

 星奈、小鳩スマン。

 俺は、どうやらここまでのようだ。

 2人とも、俺がいなくても強く生きてくれよ……。

 

「博多とんこつラーメンウォールッ!!」

 

 俺が死を覚悟して最愛の家族2人に別れを告げようとした時のことだった。

 俺の前に黒いゴスロリ少女が体を割り込ませて、眩く光る金色の防御壁を展開させた。

「こっ、小鳩っ!?」

 俺の前に立って理事長の攻撃を防いでいるのは見間違えるはずもない。俺の妹羽瀬川小鳩だった。

「小鳩ではない。我はレイシス・ヴィ・フェリシティ・煌じゃ」

 小鳩は涼しい顔をしながら理事長の攻撃をシールドで防いでいる。

「これって……エイプリルフールの冗談、なのか?」

 小鳩の前面に張られている防御壁は目の錯覚でもCG処理でもない。現実のものだ。

 何がどうなっているのかはまるで分からない。けれど、今日の小鳩はすごい。

「もしかして、このまま理事長を倒して正気に戻すことも可能か?」

 絶体絶命の危機が一転、頼もしい妹のおかげで逆転の機会が生じたかもしれない。

「それは無理なんよ」

 だが、小鳩は軽く目を閉じて首を横に振った。

「この体、小鳩は魔術を使う鍛錬を積んどらん。攻撃系魔術を使うことはできん」

「じゃあ、どうしたらこの危機を乗り切れるんだ?」

 改めて拳を振るい続ける理事長を見る。

うん、無理。俺じゃあどう頑張っても勝てない超人な動きをしている。

「我、レイシスの力を一時的に他の娘に移し、その者にあの野獣を倒してもらうしかなかろう」

「代わりの娘って……」

 星奈へと自然と視線が集中する。星奈は理事長の豹変ぶりに近付くこともできず、気絶した理科の体を食堂の隅へと移動して戦況を注視している。

 あれだけいがみ合っていたのに理科の安全を考える。星奈は理科の言う通りに隣人部相手にはぬるい……というか優しいらしい。

「うむ。あのおなごは小鳩の姉であるし、人間にしては高いスペックを誇っておる。いけるかもしれんな」

「星奈は小鳩の本当の姉じゃないけどな」

 レイシスは小鳩と星奈の関係をよく知らないらしい。本当にレイシスって何者なんだろうか? まあ、今はそんなことに構っている場合じゃないけれど。

 

「我の計算ではそろそろあの野獣の攻撃は一旦打ち止めになる。その次の攻撃が始まるまでのわずかな時間を見逃さずに一気に姉の元に辿り着くぞ」

「ああ、分かった」

 それから果たして5秒後、拳の連続での繰り出しに疲れた理事長の攻撃が一瞬やんだ。

「ガッ、ガルル…………っ」

 理事長が肩で息をしながら呼吸を整えている。さすがに疲れたようだ。

「今じゃっ!」

「おおっ!」

 理事長の隙を見逃さず一気に横を駆け抜ける。

「ガッ、ガルルルッルルルルルッ!!」

 理事長が慌てて俺たちを追いかけてきた。

「レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌を甘く見るんじゃなか!」

 レイシスは走りながらバナナの皮を出現させた。

「グォォオオオオオオオオオオオオォッ!?」

 芸人的気質に溢れる理事長は皮を踏んづけて大きく空中で一回転する。

 だが、そこは貧弱な引きこもりである理科と違って普段から体の鍛錬を怠らない理事長。

 4本の手足を使って器用に後方に着地してみせた。

「構わずに今の内に姉の元に辿り着くのじゃ」

 俺たちは全力疾走で星奈の元へと走っていく。

 

「へっ? ちょっと? 何でこっちに来るのよぉ~っ?」

 星奈は俺たちを見ながらやたら慌てている。理科の避難はどうやら自分の避難でもあったらしい。ちょっとがっかりだ。さすがは残念女王。

「それで、レイシスよ。どうすればお前の力を星奈に明け渡せるんだ?」

 全力疾走しながら妹に尋ねる。すると、小鳩、いやレイシスは顔を真っ赤にして俯いた。

「………………チッス」

「えっ? 今、なんてっ!?」

「だから、我と姉がチッスすればっ! 我の力が一時的に姉に移るんよ!」

「なっ、なっ、なんだってぇえええええええええぇっ!?」

 レイシスの衝撃の告白に俺の脳は真っ白になってしまいそうになる。

 それはつまり、レイシスの、小鳩の唇が星奈に奪われてしまうことを意味する。

 

『あんちゃん……ウチ、星奈お義姉ちゃんのお嫁さんになるんよ』

 

「小鳩は一生お嫁に行かないでずっと俺の側にいてくれぇえええええええええええぇっ!」

 魂の咆哮が漏れ出た。

 俺の大切な妹が、俺の嫁の嫁に行ってしまう。

 そんな倒錯的な出来事が許されて良いのか?

「小鳩も星奈も俺のもんだぁあああああああああああぁっ!!」

 俺の正直な気持ちが溢れ出た。

「ちょっと小鷹っ!? この非常時に何を恥ずかしいことを口走ってんのよ!」

 星奈は顔を真っ赤にしている。

「まったく、我の半身は魔界にいた時と変わりなく恥ずかしい男なのじゃ」

 レイシスも顔を真っ赤にしている。俺はそんな恥ずかしいことを口走っただろうか?

「なら、こうするしかなかろう」

 レイシスの体が光を帯びて宙へと浮いた。

「へっ?」

 レイシスってそんなことまでできるの?

 えっと、これ、どこまでが現実?

 壮大なエイプリルフールのジョークなのか?

「我のこの身体での初めての口付けをお前に許す栄誉を授けるのじゃ」

 レイシスはそう言って俺の首の後ろに両手を回し……その小さく可憐な唇を、俺の唇に押し付けた……。

 

「ああああああああああぁっ!! 小鷹と小鳩ちゃんがキスしてるぅうううううううぅっ!!」

 

 星奈のやたらうるさい声が俺が今どんな状況に陥っているのか説明してくれていた。

「そしてこのチッスは……我の半身の伴侶への間接チッスのプレリュードでもある」

「「へっ?」」

 レイシスが俺の体から離れていく。それと共に俺は全身の力が抜けて床に座り込んでしまった。

 魔力で浮遊するレイシスは星奈の元へと飛んで近寄っていき

「我が半身からの間接チッスのプレゼントじゃ」

 再び桜色のその可愛い唇を今度は俺の彼女へと押し付けた……。

 

「なっ、何て倒錯的な光景なんだ……」

 ブロンド髪の美少女(妹)がブロンド髪の美少女(彼女)にキスしている。しかも、年下が年上の唇を奪う形で。

 俺はこの光景を生涯忘れないだろう。涙が……出てきた。

 おかしいな。これって俺の彼女が妹にNTRれているのと変わらないはずなのに。

 

「小鳩ちゃんからの熱いキス……キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」

 

 歓喜の絶叫と共に星奈の全身から黄金の光が溢れ出す。スーパーサイヤ人みたいなことになっている。レイシスの言っていたように力が移ったということか。

 理科といい理事長といい小鳩といい星奈といい、今日は本当にどうなってんだ?

 エイプリルフールの冗談だとしてもおかしすぎる。

「我が半身よ……」

 一方で力を失ったらしいレイシスは宙から床へと落ちた。弱々しい瞳で俺を見ている。

「力を失った我は再び眠りに就く。次に目が覚めるのは1年後の4月1日じゃ」

「そう言えば去年の4月1日も小鳩はおかしかった気がするな」

 もしかするとレイシスは4月1日限定で現れる本物の闇の眷属なのかもしれない。小鳩のヤツ、ただの中二病だと思っていたが、自分の知らない所で本物だったとは。

 って、そんなことを言っている場合じゃない。

「大丈夫なのか、レイシスッ!?」

 慌ててレイシスの元へと這い寄って手を握る。

「我は悠久の時を生きる吸血鬼の真祖。一時的に眠るだけじゃ」

「そ、そうか」

 何だかちょっとホッとする。

「しかしこの身体、小さい方が愛らしいからと成長を止めておったが、やはりもう少し大きゅうならんと体力も魔力も保たんのじゃ」

 レイシスは自身のペッタンコな胸に手を置きながらため息を吐き出した。

「って、小鳩の成長が平均以下なのはお前のせいかっ!」

「じゃから来年までに姉並のナイスバディーに」

「小鳩は可愛い方がいいんだっ!」

 兄として譲れない一線がある。星奈はあの体型だからいい。小鳩は小さいから可愛い。

「ほんと、どうしようもないシスコンじゃな」

 レイシスから小さな笑みが毀れた。

「ほっとけ」

「では我が半身よ。この身体を来年の今日まで必ず守り通せよ……」

 レイシスはクックックと笑いを見せようとして笑顔だけ見せて……目を閉じた。

「えっ? ちょっと、待てよ? まだ、危機は去って……」

 俺は途中で言葉を切った。

 レイシスが眠りに就いてしまったのは明白だった。

 そして

「行くぞぉおおおおおぉっ! 小鷹ぁああああああぁっ!! ペガサスローリングクラッシュウウウウウウウウウウゥッ!!」

 野獣が、野獣と化した理事長が俺に迫ってきた。

 喰われる。

 色んな意味でそんな恐怖が俺を占めた。

 体が恐怖ですくんでうごけない。

 

「パパに小鷹はあげないってのッ!!」

 その時だった。光の戦士が俺と理事長の間に入り込んできたのは──

 

「パパにあたしの愛する小鷹と小鳩ちゃんをやらせはしないわっ!」

 星奈はレイシスから受け取った力で全身のコスモを高めて激しく光り輝いている。

「邪魔をするなぁああああああああああああああぁっ!!」

 一方理科の力によってBLの悪魔と化した理事長は全身から腐ったコスモを燃やしている。

 ……エイプリルフールってこんな日だったっけ?

 まあ、今更考えるだけ無駄か。

「星奈と星矢は似ている。だからあたしにはこれが使えるはず。ペガサス流星拳ッ!!」

「馬鹿な娘だっ! ペガサスとは私の名。すなわちペガサス流星拳とは私の技だッ!!」

 星奈と理事長の拳のぶつかり合いはJOJOで言う所の「オラオラ」「無駄無駄」な状態に突入している。

 星奈は確か殴り合いなんてまるでできなかったはずなのに……すげえな、レイシスの力。

 

「私とパパは全くの互角。でも、体力はもう残り少ないわ。次の一撃に……あたしは全てを賭けるッ!!」

 星奈のコスモがかつてない高まりをみせている。いつの間にかクライマックスに突入しているようだ。

 だが……。

「ハッ! 小娘がぁあああああぁっ! 俺はお前を倒して、お前の目の前で小鷹を喰らい尽くしてやるわぁあああああぁっ!!」

 俺の見た所、まだ理事長の方が力を残しているようだった。

 俺が加勢しないと星奈は負ける。

 その予感がヒシヒシと俺を包み込む。

 だから俺は自分に何ができるかと必死に探した。

 そしてみつけた。偶然にも視界に入り込んできた。

「これだぁあああああああぁっ!!」

 床に向かってダイビングしながらそれを右手に掴む。

「「勝負ッ!!!」」

 少年漫画のクライマックスシーンのように熱く滾りあっている2人が最後の一撃を交えるべく走り出す。

 俺は星奈を援護すべく自身にできる最善の行動を取るべく力を振り絞った。

「理事長……覚悟ぉおおおおおおおおおぉっ!!」

 俺は右手に掴んだ“バナナ”を理事長の足元に向かって全力で放り投げた。

 レイシスが魔力で生み出した特注のバナナだ。

 これなら、絶対に理事長はすっ転ぶッ!!

 

「うぉおおおおおおおおおおおおぉっ!?!?」

 俺の思惑通り、理事長はバナナの皮を踏んで滑り一回転しながら空中へと舞っていく。

 それはすなわち、全力全開の攻撃態勢に入った星奈の前に無防備な姿を晒すことを意味していた。

「小鷹の作ってくれたチャンス……無駄にはしないんだからっ!」

 星奈の右手に全てのコスモが集中するっ!

「さようなら、パパ。あたし、小鷹と小鳩ちゃんと幸せになるから…………ペガサス彗星拳ッ!!」

 百を越える拳が一箇所に集中して理事長へと激突する。

「ぐぁあああああああああああああああぁっ!!」

 着物がパンチの衝撃でビリビリに引き裂かれて理事長は全裸を晒すことになった。そしてその身体は大きく吹き飛んで壁に叩きつけられた。

「見事、だ。さすがは我が娘……っ」

 壁にめり込んだ理事長の身体が床へと崩れ落ちていく。

「だが、この勝負はまだ決着したわけではない。次に私が目覚めた時が小娘どもの命と小鷹のお尻の最期だっ! BLは不滅なのだぁっ! あっはっはっは……ガクッ」

 全裸を見せつけたまま理事長は気絶した。

 

「やったな、星奈っ!」

 振り返って星奈に笑顔を向ける。

 理事長の言葉が気になるものの、星奈がスーパーサイヤ人モードならきっと何とかなるだろうと希望的観測を込めながら。

「どうやらあたしが頑張れるのはここまでみたい。パパのBLを封印する仕上げは小鷹に任せるわね……」

 星奈の顔は疲労困憊の限界の様相を見せていた。黄金の輝きは既に失われていた。

「あたしと小鳩ちゃんと理科の命……小鷹に託すから」

「託すって言われても、理事長をどうすれば良いのかなんて俺は分からないっての!」

「その方法を調べるのも……小鷹に託す、わ。あたし、完全に戦闘用に特化しているみたいで、分析系の力とか…ないの」

 星奈の身体が大きくふらつき

「じゃあ……お願いね」

 その言葉を最後に意識を失って上半身から床に倒れていく。

「危ないっ!」

 星奈の身体を支えて地面との激突だけは避ける。けれど彼女は俺の腕の中で何の反応も示さない。完全に気を失っていた。

 

「これからどうすれば良いんだぁあああああああぁっ!?」

 星奈を床に寝かせ直しながら頭を抱えてしまう。

 理事長の言葉が正しいのなら、理事長は再び起き上がった時に先ほどと同じように俺を襲う。

 一方でこちらにはもう戦力がない。レイシスの力がもう使えない以上、理事長と戦う力は残ってない。

 唯一の手は理事長が目を覚ます前に正気に返すことだが、その方法が俺には分からない。

 完全に詰んでいた。

 

「旦那さまを元に戻す方法なら存じてますよ」

 

 若い女性の声が聞こえた。

 知的で凛としたその声の主に俺は心当たりがあり過ぎた。

 おそるおそる振り返る。

 するとそこにはこの屋敷のもう1人ブロンドヘア女性、柏崎家家令のステラさんが立っていた。

「真のラスボスがついに出てきたぁ~~~~~~っ!!」

 俺はとても大事なことを失念していた。

 全ての星奈ルートにおける最強の試練の存在を。

 星奈ルートにおけるラスボスは理科でも理事長でもない。

 俺たちをおもちゃにして愉悦するこの人だっ!!

 

「未来の旦那さまは随分と失礼な方ですね。私は理科さまの手足となって働いていただけですよ。言い換えれば雑兵に等しい存在です」

 ステラさんは眉を微かに寄せて不服を表現してみせた。

「えっ? そうなんですか?」

 てっきり、理科を後ろから操っていると思ったのに。

「理科さまにアイディアの供出を強要され、私のアイディアを盗まれる形で旦那さまの洗脳は進み、最終段階では私1人で作業をさせられ、旦那さまの洗脳の解き方の秘密は私1人に握らされるという心理的苦痛まで負わされました。そんな私がラスボスであると?」

「使いっ走りにされていたのはどう聞いても理科の方ですっ! ラスボスはやっぱりステラさんです」

 天才とはいえ理科はコミュ力ないからなあ。ステラさんにいいように利用されていたと。

「では、私をラスボスだとおっしゃるのなら未来の旦那さまに一言申し上げましょう」

「何を、ですか?」

 ステラさんは踏ん反り返りながら俺へと人差し指を差してきた。

「未来の旦那さまには世界の半分を差し上げましょうっ!」

「ラスボスっていうか、大魔王の領域に入っちゃったよ、この人はっ!」

 まあ、俺にとってステラさんって毎回無理難題をぶつけてくる恐ろしい人なんだが。

「世界の半分を差し上げるとはどういう意味か聞きたいですよね? 当然聞きたいですよね?」

「…………いえ…………あっ、はい」

 途中で抵抗しても時間の無駄だということに気付いて話を聞いてみる。

「では、そのためにはまず、旦那さまの呪いの解き方からお教えしましょう」

「むしろそこだけ聞かせてください」

 ステラさんはドヤ顔を誇ってみせた。

「旦那さまを救う方法はただ1つ。それは小鷹さまが旦那さまにマッスル・ドッキングすることだけです」

「はっ?」

 俺は一瞬にして凍りついた。ステラさんのたわ言を理解したくなかった。

「理科さまの旦那さま洗脳のコンセプトは小鷹さまの総受け肉奴隷化です。その小鷹さまが男を喰らう男色の悪魔だったらどうでしょうか? そうです。旦那さまが小鷹さまにマッスル・ドッキングされることによって旦那さまの洗脳は理科さまの妄執と共に消え去るのですッ!!」

「そんな理屈が通じるのはNo More 美少女の連中だけだっての!」

 体は硬直した状態から口だけを動かしてステラさんに文句を述べる。

「ほぉ~。未来の旦那さまは私がNo More 美少女の闇の三巨頭の一角だと知っておられたのですね。さすがは次期柏崎家の頭首となられるお方」

「そんなこと知らないっての」

「未来の旦那さまと星奈お嬢さまの恋愛を後押ししている私が何故No More 美少女の大幹部なのか知りたいですよね?」

「後押しじゃなくて愉悦しているだけですよね?」

「私がNo More 美少女に席を置く理由。それはその方が楽しいからです。愉悦です」

「そうですよね、やっぱり」

 ツヤツヤした顔で語るステラさんに納得以外できない。

「後、ついでに妹の方が先に結婚するのが悔しいので、その腹いせに小鷹さまをいじめて愉悦しようかと思いまして」

「何でステラさんの妹さんの結婚の悔しさを俺に当てるんですか!」

 すごい理不尽だ。

「詳しくは述べられませんが、私には十分にその権利があると思います」

「何でだぁあああああああああぁっ!?」

 果てしなく理不尽だ。

「そして先ほど未来の旦那さまが世界の半分を獲ると述べたわけ。それは、小鷹さまが総攻めに生まれ変わって地球上の男たちを食いまくるって支配するということです」

「男限定支配かよっ!」

 涙が出た……。

 

「さて、そんなことよりも旦那さまの洗脳を解くのを急いだ方が良いのではないですか?」

「そんなことって……」

 渋々ステラさんに倣って理事長の様子を見る。微かに手先が動き始めている。復活の時は近いかもしれない。

「さあ、未来の旦那さま。お嬢さま、小鳩さま、理科さまをお救いするために旦那さまを陵辱してください」

「できるかっ!」

 体は相変わらず動かないので大声でツッコミを入れる。

「それでは小鷹さまはお嬢さまたちをお見捨てになると?」

「見捨てるわけがないだろうが!」

「なら、さくっと陵辱してください」

 ステラさんはビデオカメラを構えた。

「ご安心ください。このビデオは個人で楽しむためのものです。柏崎家が破滅すると困るのは私も同じなので流出の心配はありません」

「流出も何も、俺が理事長相手にそんな気持ち悪いことができるわけがないでしょうが!」

 俺は星奈一筋なんやぁ~っと心の中で叫びながらステラさんの野望を阻止しようとする。

 だが、相手はラスボス。外道だった。

「未来の旦那さま。先ほどから声ばかりで体が動いていないようですが?」

「ステラさんが変なことばかり言っているんで呆れてダルくなったんですよ」

「なるほど」

 ステラさんは意味深に頷いてみせた。

「つまり未来の旦那さまの調整も順調だということですね」

「えっ?」

 とても嫌な単語が俺に対して使われたような気がする。

「まあ、柏崎家の料理の配膳を担当しているのは私だというだけの話です」

「食事に一体何を盛ったぁああああああああああぁっ!?」

 柏崎家の食事は豪華で良いなあと無邪気に食べていた自分が憎すぎる。

 

「では、未来の旦那さまに最後の質問です」

「それよりもまず、俺に施した調整とやらを解いてくれぇえええええぇっ!」

 ステラさんは俺の魂の叫びをごく簡単にスルーしてくれた。

「今すぐ旦那さまを野獣のようにして襲い陵辱し尽くして肉奴隷にしていただけますか?」

「だからどう頑張っても不可能だから! 俺は理事長には興奮しないからっ! だから、ステラさんが洗脳を解いてくださいってば!」

「承知いたしました」

 ステラさんは俺に向かって恭しく一礼してみせた。えっ?

「では、小鷹さまから直々のご命令をいただきましたので早速実践したいと思います」

「えっ? あの、実践って?」

「レッツ・マッスル・ドッキング」

「へっ?」

 ステラさんが指を鳴らした瞬間、俺の体が勝手に動き出した。

 何を言っているんだと思うかもしれないが、本当のことなんだ。

 俺の体は俺の意思に反して理事長の元へと近付いていっている。

 これって、まさか……いや、もしかしなくても!?!?

「ステラさん……これって!?」

「未来の旦那さまの固いご決意。私は決して忘れません」

 ステラさんは涙を流していた。

「お嬢さま、小鳩さま、理科さま。そして私を守るために旦那さまを手篭めにする決意を固めてくださったことを私は忘れません」

「してないから! そんな決意固めてないからっ!」

「しかし、小鷹さまは確かに私に洗脳を解いて欲しいと。洗脳を解く方法は旦那さまの陵辱しかないと先ほど申したはずです。それで私が未来の旦那さまを操って目的を果たすことにしたのです。小鷹さまの命令を実行するために!」

「ひどい言いがかりだぁああああああああああああああぁっ!」

 その間にも俺の体は勝手に動いて理事長の背後に回ってしまった。

「やっ、やめてくれぇええええええぇっ!」

 俺の腕は理事長の腰を持ち上げて尻をこちらへと向けさせる。

 悪夢だった。悪夢だった。悪夢だった。

 夢から早く覚めたかった。早くベッドから起き上がりたかった。

 なのに、夢から目が覚めてくれない。

 ならば舌を噛み切ろうと考えるもののそれすら敵わない。

「悪のラスボス柏崎天馬は正義のヒーロー羽瀬川小鷹の熱い一撃によって敗れ去ったのでした。めでたしめでたし。パチパチパチ」

「何もめでたくねえ~~~~っ!!」

 もう、俺にできることは何もなかった。

 ただ、俺の大好きな星奈、小鳩、敵になっても憎めない理科に心の中で(社会的に)先立つ不幸を詫びるだけだった。

 

 ごめんな

 

「それでは…………カウントダウン開始。5・4・3・2・1……」

 ステラさんが拳を振り上げると共に、俺の体は脳の命令とは無関係に動いていった。

「レッツ・ゲキガインッ!!」

「ユニバ~~~~~~スッ!?!?!?」

 

 

 2013年4月1日。

 俺、羽瀬川小鷹は色々な意味で死んだ。真っ白に燃え尽きた。

 ステラさんはあの時の映像を流出させてはいないようで、星奈や小鳩に何かしつこく聞かれることもない。俺があまりにも暗いので時々変に思ってはいるようだけど。

 理科も反省したのかあれからは特に何も仕掛けては来ない。ハイテンション腐女子キャラはもう続けても意味がないとかで、今は新たなキャラを模索中らしい。

 それから理事長だけど……

「小鷹くん…………ポッ♪」

 乙女な瞳でよく俺を見るようになった。あの時の記憶はないはずだというのにだ。理事長が今後どう転がってしまうのかは非常に気になる所だ。

 そしてステラさんは

「私は未来の旦那さまに絶対の忠誠を誓います。しかし、私を裏切るような真似をすれば……映像流出の危険性は否定できません。フッ」

 今日も真のラスボスだった。明日も明後日もラスボスとして君臨し続けるに違いない。

「俺も……吉井くんや姫小路くんたちの元に旅立っていた方が楽だったかなあ?」

 4月の遠夜の大空に、エイプリルフールに散っていった男たちが笑顔でキメていた。

 

 了

 

 

 


 
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