No.561187

しまのりんち2話

初音軍さん

二人きりの生活が始まるも早速訪問者が。苦手なあの人が来て乃梨子はどうなることやら。

2013-03-31 17:27:13 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:617   閲覧ユーザー数:583

【乃梨子視点】

 

 私と志摩子さんが一緒に暮らし始めてから1週間。

まるで天国にいるような気持ちでいられ、仕事と勉強の疲れも

志摩子さんに甘えるだけで吹っ飛ぶようだった。

 

 その間、誰の邪魔も受けずに二人きりの時間を満喫

していたというのに、あの方が空気も読まずに割り込んできたのだ。

 

ピンポーン

 

 普段のようにソファーでごろ寝して志摩子さんの極上膝枕を

堪能していた時に玄関からインターホンが鳴り響く。

志摩子さんが出ようとしたのを私が制して自分で向かっていく。

 

 せっかくの休みの日に志摩子さんと戯れる貴重な時間を

妨げたのは誰かと思いながら。ろくでもない訪問者なら即追い出してやる

という意気込みで玄関を開ける。

 

 目の前にはにこにこと邪気のない笑みを浮かべた濃い顔をした

美人が手を挙げて私の名前を呼ぶ。

 

「やぁ、乃梨子ちゃん」

 

 私は何もなかったかのように玄関のドアを閉めようとすると

どこぞの悪質なセールス販売のごとく手と足を滑りこませて

閉められないように引っかける。

 

「ちょっと、つれないじゃないの~」

「なんで聖さまがここにいるんですか!」

 

「かわいい孫と妹の顔を見たいおばあちゃん心をわかっておくれ!」

 

 なんだかんだで押し切られた私は渋々と聖さまを玄関にあげた。

 

「いやぁ、何だか押しかけたみたいで悪いね」

「本当に悪いですよ」

 

 いくら私が志摩子さんのバトンを受ける前がこの人と姉妹でも

私にはこの人の性質が合わないのです。それも絶望的に。

 

「いやね・・・。また元気にしてる志摩子が見たくなってさ

あとやり残したこともあるし」

「・・・なんですか、それは」

 

 急に真顔になってそんなこと言うものだから私はつい緊張を

顔に出してしまい、それを見た聖さまが「祐巳ちゃんみたいだね」

とか言われてしまった。

 私は百面相になるほど表情が豊かではないはずだけれど。

と首を捻りつつリビングへ向かった。

 

 聖さまが来てるとは知らず、志摩子さんがテレビを見ながら

マリアさまの心を鼻歌で歌ってる光景が何だか和やかな気分になった。

それをこの方は遠慮もせずに。

 

「しーまこっ」

「きゃあぁぁっ!」

 

 いきなり後ろから飛びつかれもすれば悲鳴すら上がるだろう。

志摩子さんが気の毒に思えたが声を聴いて振り返ると私に向ける

笑顔とは違った表情を浮かべていた。もちろん最初は驚いてはいたが。

 

「お姉さま!?どうしたんです」

「ん、志摩子の顔を見たくなった」

 

 この場合のどうした、は何でここにいる。の他にもどうやって

この場所を知ったのかっていうのも含まれていて

当然その疑問も私は抱いていたのだが、謎はあっさりと解けた。

 

「いやぁ、祐巳ちゃんに聞いたところ素直に教えてくれないから

セクハラして聞き出しちゃった」

 

 聖さまの言葉で容易にその場面を想像してしまい、祐巳さまが

気の毒に感じられた。この人のセクハラ術はなんというかすさまじいから。

 

 

 そのままの姿勢でいるわけにはいかないだろうと、志摩子さんが

聖さまに離れることを言ってから隣にあるテーブルの椅子に

聖さまを座らせて紅茶を振舞う志摩子さん。

 

「うん、美味しい」

「今日はコーヒーじゃなくてよかったのですか」

 

「たまには紅茶の気分なの」

 

 数秒も経たずに二人の空気を作り出して私はすっかり蚊帳の外に

いるような気分だった。

 

「乃梨子ちゃんもどう?」

「結構です・・・」

 

 聖さまからの誘いに私はムスッとして断ると、志摩子さんが

おっとりとした口調で。

 

「乃梨子もこっちにきなさい」

「はい」

「志摩子の言葉だと素直なのねぇ」

 

 にやにやしながら私の顔を舐めるように見る聖さま。

ちょっと照れくさくて私は俯きつつ、指定された場所へと座る。

 

「どうなの、新生活」

 

 聖さまは誰に言うようでもなく呟くように聞き出した。

志摩子さんは黙っていたから私が代わりに答えた。

 

「えぇ、今の所なんの問題もなくやっていってます」

「そうじゃなくて、ちゃんと幸せにしてるかってことよ」

「なっ・・・!」

 

 そんな臆面もなく恥ずかしい言葉を出す聖さまに狼狽えていると

隣に座っている志摩子さんが微笑みを浮かべながら肯定をした。

 

「ふーん」

 

 ため息を漏らすような声を出しながら聖さまはおもむろに手を

伸ばしてきて志摩子さんの胸の辺りを鷲掴みしていた。

 

「・・・!」

「すっかり柔らかくなって」

「どこの話をしてるんですか!」

 

 言葉が詰まっている志摩子さんの代わりに私がその手を叩いて

ツッコミを入れると楽しそうな顔をして謝ってきた。

 

「ごめんごめん、別に胸の話じゃないよー」

 

 といいながら今度は頬をぷにっと抓んで当たり前のようなことを

のたまう。

 

「もちろん頬のことでもない。すっかり女の子らしくなったってことだよ」

 

 その時、私は「あっ」と小さく言葉を漏らす。私が最初に会った頃も

志摩子さんは綺麗だったけれど、どこか上の空で同じ世界で生きてる

はずの私たちとどこか空気が違っていたことを思い出す。

 

 そしてみんなで助け合って、笑い合って、志摩子さんの時間が

ようやく動きだしたかのように感じたことがあった。

聖さまはその時にはいなかったけれど、妹の言動一つで悟ったような

顔をしていた。やっぱりこの人には敵わないのかなって思うと

少し悔しく感じられた。

 

「志摩子、綺麗になったね」

「ありがとうございます。お姉さま」

 

 劣等感を覚えそうになる私の腕を志摩子さんがとって言った。

 

「乃梨子と一緒なら、私何でもできそうな気がするんです」

「おぉ、志摩子が惚気るとは。やるねぇ、乃梨子ちゃん」

「ふ、ふふふ、二人とも!からかわないでください」

 

 と強く抗議を唱えてはいたが内心うれしくて仕方なかった。

それは私の表情で二人とも察したようで恥ずかしいやら幸せやらの

時間が過ぎていった。

 

 そしてその時間はいつもよりも短く感じて時計を見た聖さまが

声を上げて椅子から立ち上がった。

 

「どうしました、お姉さま」

「これから用事があるんだった。ごめんね、二人とも!

また今度遊びにくるから!」

「もう来なくてもいいですよ・・・」

 

 最後に私は捻くれた言葉の一つも捧げると聖さまは嬉しそうにして

私の前から消えていった。一応玄関まで見送ったけれど、

何だか物足りない気がした。

 

 そんな私の顔を横から志摩子さんが覗き込むと。

 

「いいお姉さまでしょう」

「はい・・・」

 

 私が変えたとはいっても、繋ぎ止めていてくれたのは

誰でもない・・・佐藤聖さまなのに。私は礼も言えず。

 

「また遊びに来てくれるわ。元気出して」

「・・・はい!」

 

 ちょっと気分が落ち込んでも志摩子さんの励ましで

私は単純だからとことん明るい気分になれるのだった。

 

 

【聖】

 

 本当にあの子、心から笑っていた。私はそれがとても嬉しい。

一緒に手を繋いでいても、あの子の心を潤したのは誰でもない。

乃梨子ちゃんのおかげだ。

 

 もちろん、仲間との絆も大いに彼女を助けていただろう。

私もお姉さまや仲間のおかげで立ち直れたんだから・・・。

 

「ちょっと、貴女から呼んでいて遅刻とかいい度胸してるじゃない」

「せっかく久しぶりに3人で遊びにいくっていうのに」

 

 少し走ってたどり着くと暇を持て余した蓉子と江利子の姿があった。

私は悪気なそうに「悪い悪い」とつぶやくと苦笑しながらも

親友二人は私を手招きしてオープンカフェで一息ついた。

 

 注文したカフェオレを口に含めながら、気づかれないように

息を整えてはいたのだが。

 

「聖が急いでくるなんて槍でも降るのかしらね」

「もしかしたら最近付き合ってる加東さんと一緒だから

礼儀が見についたんじゃないかしら」

 

「え、誰誰。その人、教えてよ蓉子」

「ちょっと、蓉子!何漏らしてんのさ」

 

 江利子に食いつかれると面倒だから話さなかったのにと

目で訴えるも効果なし。彼女は嬉しそうに詳細を江利子に話していた。

蓉子もお堅い雰囲気から少し柔らかくなって

おしゃべりが好きになっていた。

 

「で、志摩子の様子はどうだったのよ」

 

 説明も一区切りついたところで気になっていたことを

聞こうと江利子が身を乗り出して聞き出してきた。

それには私も止める理由はなくて、幸せそうな笑みを浮かべながら

今日訪れたことを手の動きで表現しながら話した。

 

 ちょっとしたお話風に。二人とも卒業してからは少ししか

顔を出せずに心配していたこともあってか嬉しそうに耳を傾ける。

基本蓉子や江利子は自分の妹にしか口は出さないが

他の子のことも気にかけてはいるようだ。

 

「そう、聖と違って妹と孫は優秀なようで」

「失礼だな!ま、確かにそうだけど」

「認めるんだ」

 

 蓉子のツッコミで3人で笑いあう。こんな他愛もないことも

実に数か月ぶりなので楽しくて仕方なかった。

 

「いやぁ、あんなに変わるとは。ああいう志摩子なら一度は祐巳ちゃん

みたいにセクハラしてみたいな」

「いいんじゃない。昔はありえないくらい健全で固かったからね」

「あの時の志摩子はあんなセクハラしたら壊れちゃいそうだったからね」

 

 しみじみとして言い、全員で大きく頷いた。

人形みたいだというと聞こえはいいけれど、それはどこか壊れ易そうで

儚そうで。だったら私は人間らしくいて欲しかった。

 

 私が預かっていた時はそれは叶えられなかったけれど、

乃梨子ちゃんに預けてからはみるみる内に成長していった妹を

見ていると幸せになれる。相手が乃梨子ちゃんでよかったと心から思える。

 

 私は空を見てため息を吐いた。それは幸せな気持ちから出る

甘い、甘いため息だった。

 


 
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