No.555786

SAO~菖蒲の瞳~ 第三十二話

bambambooさん

三十二話目更新です。

毒蛇に咬まれたアヤメ君。
その毒を治療する術は、今はまだ存在せず……。

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2013-03-16 17:36:36 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:842   閲覧ユーザー数:791

 

第三十二話 ~ 菖蒲と仔兎 ~

 

 

【アヤメside】

 

「二粒……」

 

俺が手にする《ヴァイプハーブ》には、赤い実が二粒しか生っていなかった。

 

ヴァイプハーブは二粒で効果を発揮するアイテム。俺が自分の解毒のために使用すると、リンの解毒が出来なくなる。

 

逆を言えば、リンを解毒すれば俺が助からない。

 

……いや。それより先に、俺がリンの元にたどり着く前にHPが尽きて死ぬか。

 

あちらが立てばこちらが立たず、などと言う問題ではなかった。

 

モスケイルヴァイパーに噛まれた時点で、このクエストは失敗したのだ。

 

「クエスト…失敗」

 

そう呟くと同時に毒特有の気だるさが俺を襲い、俺は茫然とながら膝を着いて岩壁にもたれかかった。

 

やっぱり、このクエストは俺には早すぎた。

 

ゲームの進行状況だけではなく、実力的にも早すぎた。

 

「キュキュ!」

 

キュイがポケットの中で暴れたかと思うと、慌てた様子でマントの裾から転がり出てきた。

 

よくよく考えたら、俺はキュイが居なかったらここまでたどり着く事すら出来なかったのだ。

 

最初の段階で道が分からずキュイに案内して貰った。

 

例え、偶然たどり着けたとしても、《蛇木(ハハキ)の樹海》に入った直後の強襲でゲームオーバーだった。

 

本当に、キュイには感謝しても仕切れないな。

 

「……キュイ」

 

「キュィ……?」

 

心配そうに俺を見上げるキュイ。

 

その頭を軽く撫でて、俺はヴァイプハーブを差し出した。

 

「俺の代わりに、届けてくれないか?」

 

もう俺は帰れない。でも、それだとキュイの大好きなリンが助からない。だから、俺はそう提案した。

 

「怖いかもしれないけど、そうしないとリンが助からないんだ。だから、これを持って行ってくれ」

 

俺が死んだら、俺が持ってるアイテムまで消滅してしまうから。

 

「リンを助けたいんだ」

 

そう言うと、キュイはヴァイプハーブの茎をくわえた。

 

そして、心配そうに俺を見上げる。

 

「俺は大丈夫だよ」

 

嘘がバレないよう、優しい声をかける。

 

「キュゥ……」

 

嘘つかないで。キュイの目はそう言っているように思えた。

 

「嘘じゃない。大丈夫」

 

「キュキュ」

 

「いいから。気にするな。俺は後から追いかける」

 

それでもすがりついてくるキュイに、俺は何度も嘘をいた。

 

そしてとうとう、キュイは俺を置いて、後ろ髪を引かれながらも樹海に向けて走っていった。

 

それだけ懐かれたんだなと思い、俺は嬉しく思えた。

 

キュイの姿が見えなくなったのを確認して、視線を左斜め上に動かす。

 

残りHPは警戒域(イエロー)に達し、尚も減り続けている。

 

死へのカウントダウンは、刻一刻と迫ってきていた。

 

「無茶してお前が死んじゃ意味ないだろ、か……」

 

これは、少し前に俺がキュイに向けて言った言葉。

 

「はは。俺が言ってどうする」

 

今の俺の状況を思い浮かべ、自虐的に笑う。

 

「無茶した結果がこれだ。全く、笑い話にもならねぇよ」

 

顔を覆うように手を動かそうとしたが、動かなかった。

 

受けたデバフは《毒》だけのはずなのに、俺の体は《麻痺》を受けたかのようにピクリともしない。

 

その代わりなのか、頭だけは不思議なくらい活発に働いた。

 

これが走馬灯と言うものなのだろうか、忘れていた思い出まで蘇った。

 

妹が生まれた日の事。初めて親と喧嘩した日の事。道場に通った日の事。MMOにハマった日の事。涼に《ソードアート・オンライン》をプレゼントされた日の事。そして、この世界(SAO)に囚われた日の事。

 

「『人生は小説より奇なり』なんて言うけど、まさしくその通りだな」

 

矢張りというか、蘇った思い出の中で一番鮮明だったのはこの世界の思い出だった。

 

初日にシリカと出会い、その一カ月後には第一層攻略会議でキリトとアスナに出会って一緒に戦って、第二層ではそれにシリカが加わって――――

 

「俺が死んだら、アイツら泣くかな……」

 

思わず口から零れた。

 

「泣かせるのは……嫌だな」

 

キリトは気丈に振る舞うかもしれないけど、アスナ、そしてシリカは間違い無く泣かせる。

 

現実の方では家族、特に涼は大泣きするんじゃないだろうか。

 

それは、凄く嫌だった。

 

――妹に『行ってきます』って言ったからな。言ったからには、帰らなくちゃいけない。

 

デスゲームが開始されたあの日、俺はシリカにそう言ったはずだ。そして、その後に見たシリカの笑顔を曇らせないとも誓った。

 

「……死ぬわけにはいかないな」

 

鉛のように重く、麻痺を受けたかのように一寸たりとも動かなかったはずの指先が動いた。

 

「諦めが早すぎる。まだ死んでねぇんだぞ」

 

さっきまでの弱気な自分を叱咤し、岩壁から背中を離して立ち上がる。

 

体から気だるさと左足に感じる熱が「まだ動くな」と訴えるが、俺は構わずに立ち上がった。

 

このあと、どうすればいいのかなんて分からない。はっきり言って、生き残れる可能性はゼロに等しい。

 

それでも、なにもせずに死んで逝くのだけはしたくなかった。諦めず、奇跡にすらすがって、最後まで足掻いてやろうと、そう思った。

 

「諦めるのは死んでから……いや、死んでも諦めてやるものか」

 

宛もなく一歩踏み出したその時、突然強い風が吹いて樹海の葉を揺らした。

 

その風は何故か甘い香りがして、しかし、不思議に思うより先に、身体が勝手に反応してその香りを胸一杯に吸い込んだ。

 

しつこさの無い爽やかなその甘い香りは、まるで身体をケアをするかのように俺の全身を駆け巡り、心を落ち着かせた。

 

気が付けば、体の気だるさと左足の熱が引いていて、HPの減少が残り数ドットと言うところで停止していた。

 

 

【三人称side】

 

「キュィ」

 

太い樹木の根に隠れ潜みながら、ヴァイプハーブをくわえたキュイはふと後ろを振り向いた。

 

後方のそれほど遠くない場所で、別れてなおずっと気にかけていたあの少年が立ち上がる気配がしたからだ。

 

キュイにとって、アヤメはリン以外に初めて心を開いた人物であり、いつの間にかリンに勝るとも劣らないくらい大好きな人になっていた。

 

キュイは臆病な性格ゆえ、相手に敵意は無いかとか、自分に危害を加え得るものは近くに無いかとか、そう言ったものを敏感に察知することができる。

 

逆に、相手の好意や好きな人の位置を把握する事も得意である。

 

いや、察知や把握と言うより、おぼろげながらも《()える》と言った方が正しい。

 

キュイはその特技(スキル)を使い、アヤメに《モスケイルヴァイパー》の位置を教えたり、別れた後も常にアヤメの様子を気にかけたりしていたのだ。

 

「キュキュィ」

 

まあそれはさておき、キュイは大好きな人が立ち上がった事を嬉しく思い、そして同時にその様子をもっと良く見ようとも思った。

 

キュイは周りに敵が居ないかを確認したあと、黒いつぶらな瞳を閉じて、純粋な優しさを持って撫でてくれた小柄な少年の姿を思い浮かべる。

 

そのイメージが固まった瞬間、パッと目を開いた。

 

開かれた瞳は虹色に揺らめき、垂れ下がっていた耳は少しでも多くの音を拾おうと立ち上がる。

 

今のキュイの視界には、おそらく数百メートル先にいるアヤメの姿が直ぐ近くに居るように映っているだろう。

 

「キュィ」

 

キュイは満足げに一声鳴くと、もう一度目を閉じた。それに応じて、耳も垂れ下がる。

 

次に開いた瞳の色は、どこまでも深い黒だった。

 

いつもの瞳の色に戻したキュイはくるりと方向転換して根の陰から顔を出し、樹海の奥に目を向ける。

 

一歩踏みだそうとして、「俺の代わりに届けてくれないか」と言うアヤメの言葉が蘇りどちらに行くか迷った。

 

出口に向かう道と、奥へと続く道を交互に見やる。

 

迷いがあったからか、キュイは普段は怠らないはずの周囲の警戒を怠り、自分の姿を見つめる一対の爛々とする眼光に気が付かなかった。

 

そして、その隙を見逃すほどこの樹海は甘くない。

 

「キュキュ!?」

 

唐突に感じた敵意。

 

余りに突然で、キュイの小さな体を震え上がらせ、くわえていたヴァイプハーブを口から離した。

 

キュイは慌てて落としたヴァイプハーブを咥えようとしたが、それより早く、キュイのすぐ近くで深緑の苔が鱗を覆う蛇が鎌首をもたげて射抜くようにキュイの姿を睨め付けた。

 

「シャァ―――………」

 

敵意の正体であろう一匹のモスケイルヴァイパーが、音もなく這い寄りキュイの姿を一瞥する。

 

蛇に睨まれた蛙ならぬ、蛇に睨まれた兎。キュイは恐怖心に縛られ逃げられ無いでいた。それでも、アヤメに託されたヴァイプハーブだけは守ろうと小さな体で隠す。

 

その様子を見て、蛇は満足げに小さく唸ると、大きく口を開いてキュイを丸呑みにしようと襲い掛かった。

 

いつも逃げる側だったキュイには攻撃手段が無い。つまりそれは、反撃が出来ないと言うこと。

 

抗う術を持たないキュイは迫り来る死を前にして、オッドアイの少女と菖蒲色の瞳を持つ少年の姿を思い浮かべて目を閉じた。

 

――ヒュンッ!

 

「キシャァ―――――――ッ!」

 

その直後、風切り音を響かせて石ころが飛来したと思ったら、ゴンッ、と言う音を鳴らして蛇の頭を弾いた。

 

折角の好機を邪魔されたモスケイルヴァイパーは奇声を上げると、長い首を曲げて石ころが飛んできた方向に怒りの籠もった鋭い視線を向けた。

 

しかし、向き直った蛇が見た先には生き物の姿は無く、そこにあったのは、己の首を貫通するように描かれた紅い剣閃の跡だけだった。

 

 

【アヤメside】

 

「死なせたくないって言ったはずのキュイまで死なせそうになって……はぁ、本当に駄目だな」

 

キュイを襲っていたモスケイルヴァイパーを一閃のもとに斬り伏せた俺は、深い溜め息をつきながら《タロン》を仕舞い、念のためにと作っておいた《二代目ハームダガー+8》に入れ替えた。

 

「キュイ、大丈夫だっ――――」

 

「キュィキュィ!」

 

くるりとキュイの方に振り返ると、タイムラグ無しでキュイが胸に飛び込んできた。

 

鳴き声が少し震えていたのは、気のせいでは無いと思う。

 

「キュイ、大丈夫だったか?」

 

キュイを優しく抱き留めて、小さな背中を撫でながら尋ねた。

 

すると、キュイは顔を上げて少し怒ったような声で鳴いたあと、抱き締めていた俺の腕をカプッ、と噛んだ。

 

ほんの少しの不快感を感じ、HPが1ドットだけ減る。

 

「……ごめんなさい。キュイを一人で行かせて」

 

素直に謝ると、キュイはハツラツとした鳴き声を上げて軽やかに地面に飛び降り、そこに落ちていたヴァイプハーブをくわえて俺に差し出した。

 

「ありがとう。本当にごめんなさい」

 

もう一度謝ってから、地面に膝をついてキュイからヴァイプハーブを受け取りアイテム欄に仕舞う。

 

そのままメニューを閉じないで、俺はクッキー入り袋をオブジェクト化させた。

 

「ほら、キュイ」

 

クッキーを一枚取り出し、手に馴染んできた動作でクッキーを四等分して差し出す。

 

「キュキュィ!」

 

キュイは嬉しそうに受け取るとクッキーをかじり、あっという間にクッキー丸々一枚を消費した。

 

「美味しかったか?」

 

「キュィ」

 

「そうか」

 

肯定するキュイに優しく微笑みかけ、右手を差し出す。

 

すると、キュイは躊躇する事無く手のひらの上に乗っかり、そのまま右腕を駆け上がって肩まで移動した。

 

「……いつの間にこんなに懐かれたんだろうな」

 

昨日の夜との差に、そんな疑問を口にしながらキュイの喉元を人差し指で軽く撫でる。

 

「さて、リンの家に急いで帰るぞ」

 

「キュィ!」

 

キュイがマントの内側に潜り込んだのを確認した俺は、「もう二度とモスケイルヴァイパーに噛まれるものか」と呟いてから、出口に向けて薄暗い樹海の中を走り出した。

 

 

【あとがき】

 

以上、三十二話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?

 

アヤメ君無事生還。神様は頑張る人を見捨てないのですよ。

五話目にして言うのもなんですけど、アレですね、オリジナルストーリーは書くの難しいですね……orz

 

次回は《臆病な兎》編のラストになります。

 

それでは皆さんまた次回!

 


 
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