No.552160

後を濁した鳥(恋姫短編)

荒田柿さん

また短編です
前回は少し暗かったので、今回はラブラブな感じにしました

2013-03-07 07:52:02 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4566   閲覧ユーザー数:3879

ザクッザクッ

周りにはなにもないどっかの土地で今日も一日畑を耕す

今の俺にはこれくらいしかすることがない

住んでいる家の中には多少の本があるが、この時代に娯楽本なんてものはなく小難しい歴史や技術に関する本だけだ

残念ながらその知識は今の俺には役立てられそうになく、興味がわかない

 

一刀「ふぅ…」

 

一息ついて手ぬぐいで汗をぬぐう

そのとき、強い風が吹き手ぬぐいを飛ばし、やや畑から離れたところに手ぬぐいが落ちた

 

一刀「んー…あのくらいの距離なら行っても大丈夫か」

 

俺が手ぬぐいを取りに行くと

 

「どこへいかれるのですか」

 

あー…この距離でもアウトなのか

そんなことを考えてると後ろから抱きしめられた

彼女は凪

俺が一年半前この世界から消えたときの俺の隊の小隊長だ

そして半年前この世界に戻ってきたとき一番最初に彼女に出会った

 

一刀「違うんだ凪、ちょっと手ぬぐいを…」

凪「いやぁ…いやぁ…いやですよ!どこにも行かないで下さい!わ…私を見捨てないで下さい!消えたりしないで下さい!お願いします!私に何かいたらぬところがあったらなおします!謝りますから!だから…だから…だから!は、離れないでください!すっと一緒にいてください!一刀様!…あぁ…あぁ…うわああああぁぁぁぁぁぁん!」

 

凪は泣きながら抱きしめる力を強くする

その姿から以前のような頼もしさはとても感じられない

 

今の凪は俺が離れるとすぐにこうなる、しばらくは止まらないだろう

どうしてこんなことになってしまったんだろう

 

空を見上げると二羽の鳥が空を飛んでいる

あの鳥はきっと一羽だけでも飛べるんだろう

そんなことを考えた

 

あの日のことは今でも忘れたくても忘れられません

一年半前、三国の戦乱の決着の翌日のことです

華琳様が魏の主な将軍たちを招集したのです

前の晩の宴で飲みすぎたのか、二日酔いの方がちらほらいたのを覚えてます

ただ、隊長の姿がないことだけが気がかりでしたが、寝坊でもしてるんだろうくらいとしか考えてませんでした

招集の内容は軍師たち、春蘭様、秋蘭様も知らないようでした

そこに華琳様が現れ、普段の様子と変わった風もなく話を始めました

 

華琳「皆の者!此度の大戦、まずはご苦労であった!お前たちのような英雄の王となれたことを、私はあらためて誇りに思う!…さて、気が付いてる者もいると思うが、この場に北郷一刀はいない。おそらく、あらわれてくることは無いだろう。なにゆえか?北郷一刀は昨晩、この大陸の戦乱を終わらせるという天命を見事に果たし天へと還ったからである」

凪「……は?」

 

まずは意味が分からなかった

いや、意味が通ってないのではないかと思った

もし今の言葉通りなら『隊長はもういない』と言ったことになるじゃないか

そんなことは無いと思った、太陽が西から昇りはじめようがそれだけは無いと思った

華琳様はまだ何かを話をなされている

その話は聞かずに私は華琳様の言ったことがどういう意味なのかを考え続けた

冗談?―いや、それにしては分かりにくし、華琳様が招集までしてそんなことをされるとは思えない

隊長とは別に北郷一刀という人間がいる?―そんな人間はいないはずだ。あの方の名前は少々特殊だ。偶然の一致なんてものは考えられない

天というのは朝廷のこと?―あの方はまともに朝廷へ行ったこともないし、朝廷を毛嫌いしてる華琳様が朝廷のものを国の一幹部にするとは思えない

 

考えに考えた結果、これは夢ではないかと疑い始めた

だから、華琳様に詰め寄る春蘭様も霞様も泣いている季衣様も流琉様もそれを慰めている秋蘭様も顔をまっさおにしている軍師たちもすべて夢ではないかと疑い始めた

 

沙和「ひっく…ぐすっ…凪ちゃん!…凪ちゃん!」

 

沙和が抱きついてきた

 

真桜「凪?だいじょうぶか?…しっかりせえ!」

 

真桜が肩をつかんで揺らしてきた

 

やめろ

そんなことされたら夢だと疑えないじゃないか

これが夢だということも否定しなきゃならないじゃないか

もう私には夢だと疑うしかないんだ

疑えなきゃ『隊長はもういない』ってことが現実になってしまうんだ

そんなことありえないだろう?

ありえないとおかしいだろう?

ありえないと言ってくれよ…誰でもいいから…

 

凪「…隊長はもういない?」

 

そこから先はいまいち覚えていない

ただ、間違いなく私はこの日生涯で一番涙を流した日になっただろう

その日以降、私の一日の流れは型を取ったかのように同じだった

まず、昼はひたすら仕事に打ち込んだ

北郷隊は『北郷三鳥羽隊』と名を改めた

北郷三鳥羽隊は普通の隊と違い、一つの隊に私、沙和、真桜の三人が隊長となる特殊な部隊だ

といっても、やることはあまり変わらない

昼のうちは基本的に警邏か新兵の訓練をしている

それはもう必死に打ち込んだ

考えられるありとあらゆることをした

どんな小さなことにも目を光らせた、盗賊を捕獲した、争いの仲介を行った、身寄りのない人の世間話の相手になった、新兵を鍛えた、部下と相談した、街の案内をした、子供と遊んだ

非番の日はひたすら修行を行った

気を失うまで一人で修業した、気を失うために一人で修業した

 

そして、夜になれば酒を飲むか、自分を慰めていた

酒は次の日に備えて多少酔いが回ったら布団の中に入った

眠くならなければ薬に頼ってでも寝た

自分を慰めるときは隊長のものを使った

隊長の部屋に忍び込んでそこから何らかのものを盗み、翌日に返すのだ

隊長の部屋は丁重に保管するように言われている

しかし、どうしても我慢ならなかった

もしかしたら知られていたが放置されていたかもしれない

あと、盗みに行く際に盗った覚えのない物が消えてることがある

他の人も同じことをやっていたかもしれない

自分を慰める際はやはり気を失うまでやった

 

昼と夜にこのようなことをするために作られた絡繰りのように毎日を過ごした

とにかく空白の時間を作りたくなかった

空白の時間に何かを考えたくなかった

 

そして、半年前

いつもの様に仕事が終わり、何をしようか考えながら部屋に入ると、私の前に光が現れた

眩かんばかりの光が収まったとき、そこにあの方の姿が現れた

意味が分からなかった

冗談?―冗談だとしたら悪趣味すぎる。第一、あの光はどうしたのか

別人?―私があの方を見間違えるはずがない

夢?―これが夢でないことは前に沙和と真桜に証明してもらった

じゃあ、何だ?

認めてもいいのか?認めてしまっていいのか?崩れたりしないのか?

まさか…まさか…まさか!

 

凪「たい…ちょ…う…?」

一刀「久しぶり…ただいま…凪」

 

ひとしきり泣いた

 

 

 

そして、話し合った

あの方は一年の間こっちに帰ってくる方法を探し、今日謎の老人に出会い、問答の末に気付いたらここにいたらしい

 

凪「これからどうなさるおつもりですか?」

一刀「そうだなあ…まずは、華琳に挨拶しとかなきゃな」

 

そこでふと考えた

この方はこれからきっと、華琳様の幹部として復帰なさるだろう

すると、いくら平和になったとはいえ、きな臭いことに巻き込まれるのは避けられない

そうなると、またこの方は私の知らないところで消えてしまうのか?

いや…いや…駄目…いや…いや…駄目…いや…やだ…駄目…駄目……いや…駄目…いや…やだ…やだ…いや…いや…駄目…やだ…やだ…駄目…いや…駄目…いや…いや…駄目…いや…駄目…駄目…いや…駄目…いや…駄目やだ……駄目…やだ…駄目…駄目…いや…いや…いや…やだ…やだ…やだ…いや…やだ…いや…いや…やだ…やだ…いや…隊長は…一刀様は…私と一緒にずっといるんだ!

消えてしまう可能性なんか潰してしまおう

どこかに逃げてしまおう

どう考えても異常なこととしか考えられないが、これが私には天命にさえ思えた

 

凪「お腹はすいてませんか?」

一刀「あ、そうなんだよ!今日はまだ晩飯食べてないんだよ。いやー、なかなか言い出せる雰囲気じゃなくて困ってたんだ。相変わらず気が利くな」

凪「あはは。まあ小腹がすいたとき用の肉まんですけど…ちょっと待っててください」

 

無理矢理眠るときの薬がこんなときに役立つとは思わなかった

 

そこからは迅速に一刀様と必要最小限荷物を荷馬車に詰めて馬を走らせた

明確な目的地はないが、とにかく遠くへ行った

誰も追ってこれないように

 

そこで見つけたのが今の家だ

見つけたときは荒れ果てていた

なんでこんなところに家と畑があるのかはどうでもいい

どうみても人は住んでなかったので使わせてもらっている

ずっとこれで一刀様と一緒だ

そう考えるとこのぼろ家も美しい宮殿に見えた

 

今は最初のころと違い、家も人が住めるようになっている

なるべく自給自足をするようにはしている

どうしても困ったときは私が変装して近くの村まで歩き、買い物をしている

馬は逃がした

馬から足がつくかもしれないし、私と一刀様は二人っきりがいいのだ

 

今日は一刀様が逃げてしまうのではないかと思ったが、単に手ぬぐいを落とされただけだった

ああ、やはり不安だ

畑仕事も私がやった方がいいかもしれない

とりあえず今夜も思いっきり甘えよう、抱いてもらおう

 

空を見上げると二羽の鳥が空を飛んでいる

あの鳥はきっと一羽では飛ぶことができないんだろう

そんなことを考えた


 
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