No.547713

新たなる世界の片隅に/魔法の代償編3 魔法少女とその弟子:Introduction

佐倉羽織さん

新たなる世界の片隅に/魔法の代償編3
魔獣に襲われた暁美ほむらとその親友美樹さやか。さやかを救うため魔法少女の力を覚醒させたほむらは、魔獣を倒すと意識を失う。巴マミと佐倉杏子に助けられ、マミに弟子入りすることになったほむらは、さやかのサポートの元、マミの厳しい特訓を受ける。鹿目まどかによる世界改変後の世界で、魔法少女達の友情と希望を描いたシリーズ第三巻。
【今作品は合計一〇巻になる連作です。三巻目の冒頭部分を公開します。連作である関係上、二巻目の結末に対してネタバレになっていますのでご了承ください。】
続きは頒布物での公開のみになります。ご了承ください。
頒布物は二編各五冊ずつ、計一〇冊になります。

2013-02-23 10:52:22 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:375   閲覧ユーザー数:372

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それは前触れもなく起こった。

 

その直前、さやかはベンチで隣り合わせに座っている、ほむらを優しく慰めていた。だが内心はとても憤っていた。やはり、巴マミと佐倉杏子は、ほむらを、この優しい娘を何か厄介事に巻き込もうとしている。

だが、この生まれたてのヒヨコのような娘は、それでも優しくしてくれた人々を信じようと、葛藤して泣いているのだ。

 

それにしてもわたしは。結局わたしは。

大事な人を守ると言いながら、見守る以上の事ができていない。ほむらを、だけじゃない。恭介を、だってそうだ。『さやかがそこで聞いてくれていると思うと心強いね』そう言って笑ってくれたのはもう何年前の事か。

正直に言えば、今も自分が恭介の支えになっているのかは分からない。でも、それを止めてしまったら自分が自分ではなくなる。さやかはそんな気がしていた。

だから、あの佐倉杏子が言う事は――人間本当の意味で守れるのは多くて一人かそれ以下だという主張は――絶対に信じない。絶対に二人ともわたしが守る。さやかはそう心から思っていた。

 

さやかはほむらの顔を、今自分がとなりに引き寄せ優しく撫でている、ほむらの顔を見た。偶然、ほむらもさやかを見ていた。そして思い詰めた顔で、

「さやか、私……」

と話し始めた。さやかはその声に心を傾けようとした。

 

だが、それは前触れもなく起こった。

 

何かを言いかけたほむらが一瞬にしておびえた表情になり、後ろを振り向いて、

「何? この声!」

と呟いて立ち上がった。だがさやかには何も聞こえない。思わずさやかも立ち上がる。

「え? わたしには何も聞こえないよ?」

ほむらはさやかの方におびえきった顔を向けて言った。

「あの時の……魔獣の声がするよ!」

魔獣! 巴マミが、人間の持つ負の感情が集合したものだと言っていたあの魔獣?

だとしたら、状況はかなり自分たちに不利だ。二人はこの間、確かに魔獣が軽々と退治されたところを目撃している。しかしあの時魔獣と戦っていたのは、魔法少女である巴マミだ。人間が、さやかとほむらが魔獣相手にどこまでやれるのか。それは未知数だ。しかもまだ、さやかはその敵の位置が分かっていないのだ。

 

「何? わたしには聞こえないよ? どこ?」

さやかは焦るあまり早口になりつつ周りを探った。しかし見つからない。同じように辺りを探っていたほむらは、既に一点を、公園の中で一つだけ孤立している広葉樹の陰を見つめていた。さやかはその視線の先を追う。そこから、先日と同じよう

に僧衣(そうえ)のような服装を着た、しかし先日とは違ってかなり身長の低い魔獣が徐々に見え始めた。

 

「ッ! ほむら、下がって!」

さやかはそう叫びながら、周囲に何か武器になるものはないかと探した。遊歩道を区切る柵の中に一つだけ、立子(縦棒)のとれかかっている場所を見つけた。それが使い物になるかどうかを考えるより先に、そこへ駆け寄り、力一杯引き抜いた。

 

「きゃっ!」

 

引き抜いた棒を手にした時、ほむらの悲鳴が聞こえた。振り向くとほむらは地面に転んでいた。瞬間的に頭に血が上ったさやかは、得物を手にすると猛然と魔獣に駆け寄った。

「オマエの相手はこっちだ! うすのろめ!」

さやかには相手に言葉が通じるのか、そもそも物理的な攻撃が効くのかを考えている余裕はなかった。だが、幸い魔獣はさやかの方に向き直り、姿に似合わない早さでこちらに移動してきた。

ほむらから奴を引き離さなきゃ……。そう考えたさやかは、威嚇しながらも、じりじりと下がっていく。魔獣は間合いを詰めながら、さやかの誘導にのってほむらから離れていく。

いいぞ、こっちへ来い、このまま、このまま……。彼女は自分の作戦が順調であると思っていた。だが、その時、手札は本人の気がつかない間に尽きていた。

彼女は自分が下がった勢いで、そのままコンクリート製滑り台の壁面に背中から激突した。さやかはごく短い悲鳴を上げたが、それを魔獣に悟られまいとした。だが自分が主導権を持って引き離しているはずが、単に追いつめられているという事実を認めざるを得なかった。

 

こんな事であきらめてたまるか! 声に出さない決意を秘め、彼女は、せめて、ほむらだけでもこの場から逃げるように呼びかけようとした。

 

だがその時、さやかは魔獣の背後に強力な光が発生するのを感じた。ほむらが転んでいた方向からの光を。

「何? どうなったの? ほむら!?」

叫びは疑問に代わり、さやかの口から発せられた。余りにも明るい光に目がくらみ、そして唐突に光がやんで目が暗闇になれるまでの短い間に、そこには不思議なデザインの服を着て黒い弓を魔獣に構えたほむらの姿があった。

アレは魔法少女だ。さやかはすぐに思い当たった。ほむらの左手中指、巴マミがそれを指摘して答えを迫ったと、ほむらが言っていた指輪。アレは本当にソウルジェムだったのだ。そうさやかは認めざるを得なかった。

 

そんなさやかの葛藤をよそに、ほむらは弓を構え、何もない虚空を弦の様に引き絞った。そして動きを止めた。

「さやか! 伏せて!」

力強いほむらの声に、呼びかけられた守護者は狼狽していた。

もはやほむらが魔法少女である事は疑いのない事実だ。それならば、巴マミの目的も、本当にほむらを巻き込む為だったのだろうか? 自分のアドバイスは、本当に、ほむらの為になっていたのだろうか?

そんな疑問が頭の中をぐるぐる駆けめぐった。

しかしどのような思い違いがあったにせよ、ほむら自身に魔

法少女の自覚がなかったのはどう考えても疑う余地がない。もし仮に、彼女が何らかの事情でさやかを騙していたとして、それが何だと言うのだ。彼女は事実として、今、わたしを守ろうとしてくれているではないか?

 

「さやか! 早く!」

さやかは、そこで葛藤を止た。棒を放り投げ、頭を両手で守りながら目をつぶってしゃがみ込んだ。

次の瞬間。強烈な無数の光がほむらの方から魔獣に向かって移動したのを感じた。さやかはおそるおそる目を開けた。目の前の魔獣は無数の光る矢に串刺しにされ、そこから徐々に溶け出していた。

幾つかの矢は貫通し、若しくは魔獣をかすめ、さやかの頭上の、コンクリートの滑り台の壁面に刺さっている。その数の方が実際に魔獣に刺さっている数よりも多いのではないかと思うぐらいだ。

やがて、魔獣が消滅したのと間を置かずに、大量の光の矢は弾けて消え去り、そこには何も痕跡がなくなった。

辺りは、ただ街灯が照らす普通の公園に戻っていた。

 

さやかは、ハッと気づいてほむらを見た。ほむらは魔獣のいた方向に弓を向けて、厳しい表情をしたまま動かない。

 

さやかは急いでほむらに駆け寄ると、ギュッと抱きしめ、もう、終わったよ。もう。――そう呟いた。ほむらはハッとしてさやかに顔を向け、優しい表情をした。そして、

「さやか……助かったんだ……良かった……」

と、安堵の気持ちがこもった、しかし弱々しい声で言うと、全身の力が抜けたようにさやかの方に寄りかかってきた。ほむらは気を失っていた。

 

 

何か長い夢を見ていたような気がする。

でも、夢なんて起きてしまえばすぐ忘れる、そう言うものだと思っていた。

 

人生の大半をこんな風な部屋で、私は夢を見て、窓の外を眺めて過ごした。

だから夢は見慣れている。

 

空を飛ぶ夢、

だれかと冒険する夢、

キスする夢。

 

そして、

魔法少女になる夢。

 

そのどれもが非現実的で、どれ一つとっても叶いそうになくて、

だから一様に現実的で……。

 

もう私は現実と空想の区別も付かないのではと、

そんな風に思っていた。

 

だから。

 

今日もまた同じように夜が明けて、真っ白い壁に何かを思い浮かべる、

そんな今までと同じ日々がやってくるんだと思っていた。

 

ここを出る事が決まっていたとしても、

それが事実なのかどうかも実感できずに。

ただカレンダーに付ける印がだんだん運命の日に近づいているのだけを見て。

 

何かが変わるのかな、

でもきっと変わらないんだろうな、

 

そんな風に思っていた。

 

あの日までは。

 

新たなる世界の片隅に/魔法の代償編2 魔法少女とその弟子:Introduction

一次創作 Magica Quartet「魔法少女 まどか☆マギカ」

 

○私の大事な人

 

「ほむら? ほむら! ほむらーー!」

さやかは闇雲(やみくも)に名前を呼んだ。だがほむらは眠ったように動かない。

救急車を! まずさやかはそう思った。

だが、巴マミの「魔法少女は、もはや人ではない、異質な存在だ」という説明をすぐさま思い出した。それならば、この状況は医者に見せてどうにかなる物ではないはずだ。

(巴さんを呼ばなきゃ! でもどうやって?)

 

その時さやかは、先ほどほむらが座り込んでいた辺りに、ほむら自身の携帯が転がっているのを見つけた。

(そうだ、ほむらなら、巴さんの連絡先を……)

 

そう決心したさやかは、まずはほむらを優しく抱いてベンチに移動させた。鞄からタオルを取り出すと、何回か折り、それを枕替わりに敷いて寝かせた。

ほむらの様子に変化が無いのを確認すると、すぐに落ちている携帯を取りに行った。ベンチに戻るのももどかしく、タッチスクリーンにふれる。そこに表示されたのは無情にも四桁のパスフレーズを要求する画面だ。

(ロックされてるよね、そりゃ……)

だが、さやかはあきらめずに、思い当たる番号を順番に試して行った。ほむらの家の番地、電話番号、ほむらの生年月日……。

だがどれも無情にもはじかれる。

(駄目か。…………、待って、まさか……)

半信半疑で入力したその数字で、携帯のロックが外れ、画面いっぱいにさやかと仁美とほむらの笑顔が映し出された。

(……ほむら……)

さやかは泣き出しそうになった。いや、今は連絡を取るのが先だ! そう思い直すと、電話帳の「と」の欄から巴マミを選び、コールする。

 

呼び出している時間が永遠に続くように感じられた。

「はい……暁美さん、どうしたのこんな時間に」

巴マミが電話に出た。だが、さやかは動転してすぐに話が出来なかった。

「……暁美さんじゃないわね。美樹さん? 美樹さんなの?」

自分の名前を呼ばれて、我に返ったさやかは、かろうじて絞り出すように願いを言った。

 

「……巴さん……ほむらを、ほむらを助けて……」

さやかはそうお願いするのが精一杯だった。マミは力強く答えた。

「……美樹さん、分かったわ。落ち着いて答えてね。必ず助けに行くから。今どこにいるの?」

「……東見滝原三丁目……」

「そこを動かないで。暁美さんを、守っていてあげて。私は今そこからかなり離れた場所にいるの。でも、佐倉さんならすぐに駆けつけられると思うから、呼びかけてみるわ。暁美さんの意識は今あるの?」

「眠ったように倒れて、意識が戻らないんだ!」

「そう…………でも、大丈夫。絶対大丈夫だから信じて待って。その心が暁美さんを救うわ。いったん切るけど、暁美さんをしっかり守ってあげて。お願いね」

 

さやかはほむらを寝かせているベンチに戻った。そして頭の横に座ると優しく撫でた。本当は自分の膝の上に頭を載せてゆっくり撫でてあげたかったが、今動かすのは危険だと考えて、そのまま額を撫でた。ほむらの事を何があっても守ると言ったくせに、結局今の自分にはこうして優しく撫でる事しか出来ない。それが歯がゆかった。だが、マミは信じる心がほむらを救うと言っていた。だからさやかはほむらは必ず助かると信じて待った。

 

程なくして、ビルの間をハネながら赤いモノがものすごい勢いで近づいてきた。

魔法少女服を着た佐倉杏子だった。

 

杏子は到着するとさやかを一別したが、特に何も言わなかった。さやかは反射的にベンチから立ち上がり、杏子に場所を空けた。杏子自身はそれを待たず、寝ているほむらの体を注意深くまさぐり始めた。さやかは黙って待った。

 

杏子は、やがてほむらの左手の甲に何かを見つけた。それは黒桜色の菱形の宝石だった。杏子の表情は目に見えて曇った。杏子は丁寧にその宝石を撫で、観察した。

 

そしてついに怒りがこらえられなくなり、静かに強い調子で言った。

「何故こんな状態になるまでほうっておいた」

「え?……」

さやかの驚きを含んだ小さな呟きに続いて、杏子は感情を爆発させた。

「こいつはもう導(みちび)かれる寸前じゃねえか!」

事情が分かっていないさやかは、杏子の怒りを静かに受け止め、うなだれるしか無かった……。

 

 

さやかはマミのマンションで、膝を抱えて窓の外のビル群を寂しげ眺めていた。

「すまん」

後ろから杏子の声がした。

「あんたが何も知らないなんて思ってなかったんだ」

さやかの横に座る。

「あんたは、いや、あんた達は本当に何も知らなかったんだな……」

さやかは視線も移さず、独り言のように気持ちを吐露した。

「ほむらは助かるの?」

「今、マミが外傷の治癒をした後、ソウルジェムの穢(けが)れを

キューブに移してる。ある程度穢(けが)れを浄化出来れば山は越した事になる」

さやかはまるで杏子の言葉を聞いていなかったように、自分を責めながら言った。

「……あいつ、あいつバカだよ。わたしなんかの為に……」

顔を膝の上に置き、続ける。

「私は、あの娘を絶対に守る、そう言っていた癖にあの娘に守られたんだ」

杏子は何も言わなかった。

 

しばらく沈黙が続いた。さやかは目に涙を浮かべながら杏子を見た。杏子はさやかを優しく見守っていた。

「ほむらの携帯。ロックナンバーは、わたしの誕生日だったんだ……。そんなに大切に思ってくれているのに、わたしは……」

ほむらを守れなかっただけではなくて、彼女の命までも危険にさらしている。その思いは言葉にはならなかったが、杏子には伝わったように思えた。

彼女はわざと声のトーンを上げて言う。

「それなら、なおさらの事。あんたは、あの娘のそばにいてやらなくちゃ。あの娘の目が覚めた時に、お前が手を握っていなくてどうするんだよ。な」

さやかは驚いた。だが杏子の思いもよらなかった優しさにふれ、少し心が温かくなった気がした。

 

 

「マミ、どうだい」

杏子はさやかをつれてベッドルームに入ってきた。さやかは緊張したままベッドの上のほむらを見た。

ほむらは大きなダブルベッドの右側に寝ていた。

横の椅子に座っている巴マミは彼女の左手をさすりながら付き添っている。

 

マミはさやかの気配に気がついたが振り返らず、ほむらの顔を見たまま言った。

「外傷はほとんど無かったわ。ジェムの穢(けが)れが危険域に達していたけど、キューブは幸いストックがあるから」

その場にいる人間で、その説明が必要な人物はさやかだけだ。

「巴さん……」

さやかは何か礼を言うべきだと思った。でも言葉が続かなかった。

マミは振り向き、さやかを見た。悲しそうな表情をしている。

「私達、魔法少女は、力を使うとソウルジェムに穢(けが)れがたまっ

て行くの。そして、その穢(けが)れが限界に達した時、私達は円環(えんかん)の理(ことわり)に導(みちび)かれるの」

初めて聞く単語だった。さやかは繰り返した。

「円環の理?」

マミは優しい声で解説した。

「私達魔法少女の終末概念よ」

それは人間で言う『死』を意味する言葉である事を、さやかは理解した。

「円環の理に導かれた魔法少女は、この世からその存在が消え去るのよ。残された人々の記憶からも、永遠に。まるで最初からそこにいなかったように。唯一、他の魔法少女の中に宿る思い出を除いて……」

 

「え?……それって……」

 

さやかは絶句した。それはある意味死よりもっともっと悲しい。残された者はそれを偲(しの)ぶ事さえ許されないなんて……。

マミは静かに、心のこもったような声で言った。

「お医者さんじゃなくて、私達を呼んでくれて、本当にありがとう。もう少し遅かったら、暁美さんは逝ってしまっていた。あなたの中の思い出を道連れに」

マミの言葉は衝撃的だ。かろうじて彼女達を信じたのすら、絶妙なバランスで成立した判断だ。あの時魔法少女について聞いた、いくつかの話を、もし今よりもほんの少しだけ疑っていたら。さやかはほむらともう二度と会えなくなるだけではなく、その事すら忘れてしまっていたのだ。その事実を突きつけられて、愕然となった。

 

「そんな……」

 

かろうじて出た言葉。ほむらは自分の命を懸けて、わたしを守ってくれた。転じてほむらを守ると大見得を切った自分は、結局何も出来ずに、現実に今、オロオロするばかりなのだ。しかも、マミ達を疑って、ほむらに変な知恵を付けたが為に、彼女をただ追い込めただけなのではないか……。

そもそも。彼女を守りたいというのは、単に彼女を庇(ひご)護下に置きたいという自分のエゴなのではないか?

そんな思いがさやかを責め立てた。

 

「でも大丈夫。穢(けが)れがたまりきる前に、こうして感情エネルギーをキューブ(四角いグリーフシード)に固着出来たから、彼女はそのうちすっかり元気になるわ」

マミの言葉は優しい。続けて言う。

「ごめんなさいね。私達も、あなた達、いえ、暁美さんの事がよく分かってなかったから、うかつな行動が取れなくて……。それが誤解を生んだのね」

マミはほむらの方を愛(いと)おしげに見る。もっと自分達が慎重に行動していれば。さやかに余計な疑惑を感じさせないよう、慎重に行動していれば。そんな気持ちがあふれて来ているよう感じられた。

「暁美さんは本当に優しい子ね。彼女、私と出会った時は自分の危険も顧みず、子猫を助けてくれていたのよ」

ほむらの額に手をかけて、前髪をそっと優しく分ける。

「今日も、きっとあなたを助けたい一心で、その事だけを考えていたから、残っている全ての魔力を短期間に解放してしまったんだわ。……彼女、本当に何も知らなかったのね。魔力を調整する事も、何も」

 

マミはさやかを招き寄せて隣に座らせた。そして彼女にほむらの左手を託した。ほむらの左手にはもう宝石はまってはいなかったけど、普段の、か細いほむらの手そのものだった。さやかはその手をゆっくり自分の頬に付けた。体温が伝わってくる。

この体が、抜け殻だなんて、今サイドボードの上に置かれている宝石が、ほむらの本体だなんてとうてい信じられなかった。

 

思わず流したさやかの涙が一粒、頬から彼女の左手に伝わった時、ほむらは、けだるそうではあるが、ゆっくりと目を開けた。そして、彼女が今一番会いたかった人の姿を見つける事が出来た。

「……さやか?……」

まだ、声はか細かったが、しっかりとした発音でほむらは訊ねた。

「ほむら!」

「暁美さん!」

マミとさやかが同時に呼びかけた。ほむらは自分の大事な人の隣に、一緒にいて欲しいと願う人を見つけた。

「……巴先輩も? ……良かった、二人とも仲直りしたんだ……」

本当に安心した口調で気持ちを伝えるほむらに、マミが補足をした。

「美樹さんが、私達を呼んでくれたのよ」

それを聞いたほむらは、弱々しく笑顔を作ると、可能な限り嬉しそうな声で――それでもか細い声しか出なかったけれども――言った。

「さやか、助けてくれてありが、とう……また、さやかに守られちゃった、ね、私」

さやかは、こらえきれず、ほむらの手をぎゅっと握って反論した。

「違うよ、守って貰ったのは、わたしの方だよ、ほむら」

ほむらはかすかに首を振りながら言った。

「ううん、そんな事無いよ……だって、さやかが巴先輩を呼んでくれたんでしょ?」

さやかはもう泣き出しそうになって、でも、涙をこらえてほむらを見つめていた。

ほむらは少し頭を動かして、マミの方を向いて言った。

「先輩、私、また先輩に助けて貰いました……巴先輩も本当は、ちゃんと優しい人だったんですよね? だから助けてくれたんですよね?」

マミは、努めて優しい顔を作ったまま答えようとした。

「そうね……そうなるのかな」

ほむらは、ゆっくり微笑むと、

「……ふふふ……あの時と同じ言葉ですね」

と嬉しそうに言った。

二人の後ろから、杏子が補足した。

「お前も魔法少女として生きて行くんなら、魔力の調整方法をきちんと覚えねえとな……」

ほむらの位置からは杏子は見えなかったけれど、その声を聞いて驚き、そして今の体力で出来るぎりぎりまで喜びの声を上げてほむらは答えた。

「佐倉さん……佐倉さんまで来てくれたんですね」

さやかは少し体をそらして、視線を空けた。そこへ中腰になって、杏子が顔を見せる。

「その服……、佐倉さんもやっぱり魔法少女だったんですね。私全然気がつきませんでした……」

杏子はわざと自慢げに、

「完璧な演技だっただろ?」

といたずらな笑顔を作って言った。ほむらも優しい笑みを返して、

「……はい……でも、さやかはちゃんと気がついてたんです。私、かっこいい、すてきな親友がいて幸せです」

と答えた。杏子はいったん目を閉じると、優しい表情で、

「ああ。そう言うのはちゃんと大切にしないとな」

と言った。

ほむらは、さやかが褒められた事が心底嬉しかった。だから、無理をして明るい大きめの声で答えた。

「……はい……命の恩人ですから……いつも守って貰ってますから……」

さやかは、目に涙を浮かべながら必死に笑顔を作った。ほむらは、顔をさやかの方に動かして、

「さやか、また秘密を共有出来たね……私嬉しい」

と言うと、さやかが握っている自分の左手に右手を添えて握り返した。

さやかは、少々涙声にはなっていたけど、いつもの調子を出しながら言った。

「そうだね。ほむらの秘密の方が大きすぎるけどね」

 

それを聞いたほむらは少し微笑んだ。それは照れ隠しをしているようにも見えた。だが、急にまじめな顔をして、さやかに確認した。

「……私、魔法少女だったけど、人間じゃなかったけどまだ親友でいられるのかな?」

さやかは、諭すように言った。

「何バカな事言ってるんだよ。たとえ他の誰が忘れたとしても、わたしだけは君の事は忘れない。永遠に親友だよ、わたし達は」

ほむらはその言葉を聞いて安心したように、ゆっくりと目を閉じながら、

「……よか、った……私も絶対に忘れないよ、さや……か……」

と答えた。そして再び眠りについた。

 

「ほむら!」

さやかは慌てて呼びかけたが、マミがそれを制止した。

「大丈夫、眠っただけ。彼女のソウルジェムはまだまだ穢(けが

れが)抜けきってないわ。今はゆっくり休ませてあげましょう」

そう言って、マミはほむらの眼鏡をそっと外すと、丁寧にたたんでサイドボードのソウルジェムの隣に置いた。

さやかは、マミの方向に向き直りながら安堵した。

マミは振り返り、さやかとしばらく見つめ合っていたが、何かを決心して、まじめな顔を作って呼びかけた。

「美樹さん」

さやかは戸惑いながら、答えた。

「はい」

一呼吸置いて、静かにゆっくりとした重い口調で言った。

「あなたに聞いて欲しい話があるの」

さやかは次の言葉を待った。

「魔法少女の秘密について、全てをね」

さやかは驚いた。だが、今回の事態は結局は自分に魔法少女に対する知識が無かった事が原因なのは明らかだ。だから、その秘密について聞いておくべきだと思った。そもそも、これから、ほむらの魔法少女生活をバックアップする為にはできる限り事情を知っていた方がいいとも考えた。

それに、こんなにも一生懸命にほむらを助けてくれるのだから、マミはさやかが今まで思っていたような、何かを企んでいる人ではないと信じていいと思った。だから、少し躊躇(ちゅうちょ)はしたけれど、心を決めるとはっきりした声でマミに返事をした。

「……分かりました。聞かせて下さい。お願いします」

マミは頷いた。

 

 

一通りの説明が終わった頃、時計の針は午前一時を過ぎていた。マミはさやかを風呂に入れると、自分の替えのパジャマを着せた。

マミの家には寝室が三つある。マミの部屋、今ほむらが寝ている部屋を除いてもう一つの寝室。最初杏子は、自分がダイニングのソファーで寝るから、さやかがその寝室を使ってくれと主張した。だがさやかは、どうしてもほむらと一緒に寝ると言って聞かなかった。あまりその件で揉めて時間を使ったら、今度はさやかの体調が心配になる。そう思ったマミは、さやかがほむらと添い寝する事を認めざるを得なかった。

 

 

さやかは、ベッドの左側から、ほむらを起こさないようにそっと中に入った。ほむらは少し微笑を浮かべて、静かに眠っていた。

「ほむら、わたしは……」

さやかは横を向いてほむらを見ながらささやいた。言葉の最後は本当に小声だったので、世界中、誰一人として聞き取れなかったけれども、さやかはそれが本当に大事な儀式に思えた。

さやかは、もしほむらが起きてしまったとしてもかまわないと決心して、彼女の右手をベッドの中で探った。ほむらの右手はさやかが探し当ているのを待っているようにそこにあった。

そして優しく握ると、赤子のように握り替えしてきた。

さやかは、彼女は今日、生まれたのだな、と思った。

そして左手を通して感じられる彼女の体温に安心して、深い眠りに落ちて行った。

 

○弟子を取ると言う事

 

ダイニングでは、部屋着のままのマミがテーブルに腰掛けて、きちんと並べて置いてあるほむらとさやかの鞄を、物憂げな表情で眺めていた。

 

「マミ、あんたは寝ないのかい?」

風見野西の制服を着た杏子がダイニングに入りながら声を掛ける。マミは視線を動かさずに、

「わかりきった事を聞くのね」

と答えた。杏子は少し肩をすくめながら、彼女の隣に同じように座って、並んだ鞄を眺めた。

「寝ないと体に毒だよ、と言って欲しい? それとも、体を動かし続けると魔力を消耗するぞ、と言って欲しい?」

そう静かに聞いた杏子に、マミはゆっくり振り向くと、両方、とだけ答えた。

杏子はマミの方を向いた。表情は険しくなっていた。

 

「マミ、話ちまって良かったのか? 必然的にあの娘を巻き込む事になるのに」

「暁美さんが変身した所を、そして魔力を使い果たしかけたのを目撃した時点で、彼女は十分知りすぎてしまっていた。既に引き返せない所まできていたのよ」

マミは、努めて事務的な口調で話した。それはむしろ自分の心を欺こうとしているように杏子は感じた。ここで反論しておかないと、マミ自身がその責任感に押し潰されてしまうのではないか。そう思った。だから必要以上に感情を表に出して言った。

「そりゃー分かっちゃいるけどさ……。まさかあの子も魔法少女にする訳じゃないだろ? どう契約しても、あの娘は大きな魔法容量を持つ事は出来ないって、そう分かってるのにか!」

マミは気持ちの奥底を隠して、あくまでも冷たく語ろうとしている。

「暁美さんが独り立ちするまで、身近に彼女の秘密を守ってくれる存在が必要だわ」

杏子は。杏子は少し間を置いて答えた。その言葉を発する事自体を避けたかったように。

「……せちがらいね。あいつは捨て石かよ」

マミは一瞬その心の奥底を見せ、とても悲しい顔をした。だが一瞬後には元の事務的な態度に戻して、自嘲的に答えた。

「そうなのかもね」

そして、感情少しを出して続けた。

「でも、命を張って生きるってそう言う事でしょ」

杏子は、眉をひそめて、トーンを落として答える。

「ある意味、あたし達は人を食って生きてる、そう言いたいんだろ」

マミは、顔の向きこそ杏子の方に向けたままだったが、視線を彼女の目からもっと下に落として、寂しげに、そして自分に言い聞かせるように言った。

「そうね。なんだかんだ言って、私達は自分が生き延びる為に

生きているのだから」

 

杏子は。杏子はある意味安心をした。そして表情を和らげると、独り言のような口調で言った。

「……、ま、言行が一致しないのはいつもの事かな……」

マミは答えなかった。

「ほむらの魔法容量と技術の差は致命的だ。このままでは、いつ導かれても不思議じゃない。昨日の晩のようにね。だから早急に独り立ちさせる必要がある。それがどんな荒行だとしても、さ」

少しためらった後、強い調子で問う。

「子猫ちゃんの心をあの娘なら支えられる。そう期待してるんだろ」

 

マミは驚いた表情を隠せなかった。だが視線を杏子の顔に戻して、苦しい表情に変えて絞り出すように言った。

「……きっとそれは私を買いかぶりすぎているわよ……」

杏子はゆっくりと目を閉じると、しみじみと言った。

「あたしはあんたの一番弟子だぜ」

マミは即座に否定した。

「今は只のパートナーよ」

杏子は目を開け、優しい視線を送る。

「そうだったな」

「そうよ」

杏子は、あくまでも譲らないマミから視線を外し、腕を頭の後ろに組んで天井を見上げながら、

「そんなんだから、いまだに弟子の一つも取れないのかもしれないな、あたしは」

としみじみと言った。それは軽い気持ちの発言だったが、マミからは絞り出すような、重い言葉が返ってきた。

「弟子なんて……魔法少女なんて増えない方がいいのよ、本当は」

その言葉を聞いて杏子が再び視線を戻した時、そこには心を隠そうともしていない、むしろ、激しく真情を吐露するような強い言葉で反論するマミがいた。

「マミ、あんた……」

杏子は問おうとした。だが、その言葉を遮って、マミが叫んだ。

「だって私は、私は佐倉さんの大切なあの子を!」

今度はすぐさま杏子がマミよりもさらに大きな声でその発言を遮る。

「マミ!」

その大きな声に、マミは押し黙る。杏子は優しく諭す。

「もう終わった事だ。終わった事なんだよ、あれは」

杏子の言葉は、自分に言い聞かせているようにマミには感じた。後に残された沈黙は二人の気持ちが共有されるまで、続いた。

 

 

【続きは頒布版にて】


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