No.54605

少女人形(小説)

イラスト「少女人形」を描いてる最中に思いついた小話。
どこかで見たような二番三番煎じの設定だらけですが書いてて楽しかったです(^ ^)

2009-01-27 22:56:27 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2170   閲覧ユーザー数:2108

 夜の11時過ぎ、バイトの時間が長引いてすっかり遅くなってしまった駅からの夜道を、俺は足早に歩いていた。

 別に急いで帰ったところで待っている家族も可愛い彼女もいない悲しい一人暮らしの身の上だが、こんな冬の寒い日は、早く家に帰ってストーブを付けてまずはあったまるに限る。

「…ん?」

 ふと、歩いている道の先に白いものが過ぎった気がして俺は目を眇めた。

 まさかこんな真冬に幽霊じゃないだろうなと、真夏だったところで心霊現象など信じていない俺は気楽に考えてるが、ひゅうと吹き抜けた風の冷たさに意識はすぐに家に帰る事へと切り替えられた。

 そのまま何事もなければ、その横を通り過ぎてそこで終わりになるはずった ――― のに。

 その幽霊がどうやら幽霊ではなく、人間の少女らしいと判別できるところまで近付いたところで、俺は何故か奇妙な違和感を感じた。――― なんだ?

 だが、そこに思い至るよりも先に少女が舗道からふらりと車道へと歩き出したのを見て、俺はぎょっとして早足をやめて駆け出す。青に変わった車道の向こうから、猛スピードで走ってくる車が見えたからだ。

「危ない…っ、止まれ!!」

 走りながら叫ぶが、少女は立ち止まりも振り返りもしない。

 ちっ、と舌打ちして走るスピードを上げる。車が少女に気付いて、耳障りの悪い甲高いブレーキ音が交差点に響く。

 

 …間に合えっ!!

 

 ――― まさに間一髪。少女の手を掴んだ俺は自分が転ぶのも構わず思い切り舗道側へ引っ張った。肩が抜けたとしても死ぬよりはましだろう…多分。

 ブレーキ音が消え恐る恐る目を開けると、つい先程まで少女が立っていた場所に車が止まっているのが見えた。自分の身体は尻餅をついた腰以外痛い所はないし、腕の中には確かな重み。

 …間に合った。

 ほっと息を吐こうとすると、車の中から当然のように怒鳴られる。

「危ないな、気を付けろ!!」

「は、はい。すみません」

 言ってからなんで俺が謝ってるんだと思うが、そう言う間もなく車はさっさと走り去ってしまった。

 改めて大きく息を吐くが、腕の中の少女は未だ微動だにしない。

「おい、大丈夫か?」

 ひょっとしてどこか怪我でもしたかと声をかけて、俺はさっき感じた違和感の正体に気付く。

 

 少女の長い髪は、年端もいかない少女のものとは思えないくらい、殆ど真っ白に見える程に色素が薄かった。その肌も、欠陥が透けて見えるという表現は事実だと分かるくらい、信じられないくらいに白い。

 何より…この真冬の寒空の下で薄いノースリーブの白いワンピース一枚しか身に付けていない。

 

 抱き留めている身体は、当然のように冷え切っていた。

「おい…?」

 まさか本当に幽霊じゃあるまいなと、心持ち恐る恐る声をかけると、ようやくぴくりと肩が動く。

 そして ―――

 俺の方を振り仰いだ瞳は、晴れた冬の空よりも淡い水色。

 

 俺は、これを知ってる。発売されて5年は経つが、未だにテレビのニュースで見ない日はない、あの…

 

「少女、人形……」

 

 俺の無意識の呟きに、少女がぱちくりと目を丸め、初めて仄かに微笑む。

 その作り物めいた、幼いながらも完璧に整った綺麗な顔。

 

 当然だ。この少女は人に見えるが、人ではない。

 “忙しい生活に潤いと癒しを” ――― そんな名目で作られた、少女のかたちをした生きた人形、だった。

 

 

 

 

 

 

 人形とはいえ、この寒空の下こんな薄着の少女…いや少女の形をしたものを放り出すのはさすがに気が引けて、俺はひとまず少女を家に連れ帰った。

 テレビで散々言ってた謳い文句では、確か少女人形は人間と同じように感情があり、温度も感じるはずだ。その割にこの少女は一言も寒いとは言わなかったが、言えないだけで寒さを感じているなら可哀想で、俺の着ていた上着も提供した。

 ――― 人が善すぎるとは同級生やバイト仲間にもよく言われるが、性分なんだ、仕方ない。

 拾い物として交番に届けられればいいのだが、生憎と俺の住んでるアパートの近くには交番がない。とりあえず一晩家に置いて、明日駅前の交番に連れて行こう。

 

 部屋に入るとまず灯りを点け、すぐにストーブの電源を入れる。

「すぐに部屋あったまるから、こっちこい」

 玄関に突っ立ったまま動こうとしない少女の手を引いて、ストーブの前に座らせる。

 しかし喋らないしえらく反応の鈍い子だ。少女人形って、確か育て方によっては普通の人間より優秀だとか聞いた事ある気がするけど、まだ育てられて間がないのかな?

 

 それにしても、自分がまさか目の前で少女人形を拝む日がくるとは思ってなかった。

 “生きた人形”と言われるだけあって、少女人形は恐ろしく高い。

 買う目的は子供のいない夫婦の子供代わりだったり、老夫婦なら孫代わりだったり、姉妹代わりだったり。あるいは観賞用というか愛玩用だったりするらしいが、購入者の大半は金持ちだ。貧乏とまではいかなくても、ただの大学生の身の上の俺にはとても手が届く存在じゃない。当然友人にも買えるような身分の奴はいないから、今までテレビの中でしか見た事がなかった。

 触れれば柔らかいし、感情もある…まさに夢のような“人形”。

 しかもこの異様なまでの色素の薄さ。俺の記憶が確かなら、最新式の「色シリーズ」だ。

 

 「あなたの色に染めてください」とかいう、どこのギャルゲかとツッコミたくなる謳い文句で去年売り出された、白い少女人形。

 白 ――― つまり何にも染まっていない色から育てる事で、世界に一体の自分だけの少女になる、とかなんとか。

 実際どういう仕組みか育てていくと髪や瞳が白から色んな色に変わるらしい。

 そんな最新システムを組み込んでいながら、自分が一から育てる手間がある為に従来の値段の半額で売り出されて、ようやくちょっと頑張れば普通の人でも手が届くかも…? な値段になったとか、テレビや友達が言ってた。

 とはいえそれでも俺なんかでは手が届く額じゃなく、贅沢な嗜好品である事に変わりはない。

 そんな高価な“少女人形”が、なんでこんな場所をあんな薄着でふらふら歩いていたのか。

 

 ストーブの前に座ってきょろきょろと興味深げに部屋の中を見回している姿は、成程人間の少女にしか見えない。実際、見た目は10歳くらいだろうか。

「お前、名前は?」

 声をかけると、彷徨っていた視線がくるりと俺の方を向く。――― まるで吸い込まれそうな、淡い綺麗な空の色。

 見惚れそうになって、はっと我に返る。

 瞳はこんな薄い色で髪もまだ殆ど白に近いし、育てられて間がないと思った俺の考えはあながち間違いじゃないのかもしれない。

 そういえばずっと一言も喋らないし、まだ喋る事もできないのかもと思った所で微かな、けれど澄んだ声が聞こえた。

「…スイ」

「え?」

「水、と書いてスイ。マスターが、付けてくれた」

「あ、あぁ、名前な。スイか。…へぇ、綺麗な名前だな」

 思わずそう言うと、少女は嬉しそうにふわりと笑う。

「で、そのマスターは? はぐれたのか?」

 駅前かその近くではぐれたのなら、交番に届けが出ているかもしれない。そう思って尋ねると、少女 ――― スイから幻だったかのように笑顔がかき消える。

「マスター、いない」

「いない?」

「スイ、捨てられた。もう、ずいぶん前」

「え…」

 そう言ったきり俯いたスイをよくよく見れば、確かに服はもうあちこちぼろぼろだったし、髪も肌も薄汚れている。髪はもしかしたら若干色付いてるように見えて汚れてるだけか?

「捨てられたって、どうして…」

「スイが、何もできないから」

「でも、色シリーズってそういうコンセプトで作られたんだろ?」

「スイ達を育てるの、人の心。人と接する事。そうやって、覚えていくの。でも…スイのマスターは、スイを買ってお金がなくて、でも食べなきゃいけなくて、その為にいっぱい働いて、スイに構えなかった」

 あぁ、そういえば値段が安くなった事で貯金崩したり借金したりして無理して買って、結果少女人形を育てられなくなったマスターが多いってニュースで聞いた事ある。

 更に、少女人形は人間と同じように食事もする。高い購入費に一人分増える食費。癒しや夢や希望を抱いて少女を買って、けれど生活する事さえままらならず、一般人なら少女を養えなくなる事もあるだろう。

 スイを買ったっていう人も、そんなマスターの一人だったんだろう。

 人間、身の丈以上の事を望んじゃいけないって事だな、うん。

「人と触れ合わないと、スイ達は育てない。だから、いつまでも何もできない。マスターは働くのに、スイは役立たずのまま。覚えられなくて役立たずだから、捨てられた」

「……そうか」

 人と接する事で育つのに、マスターの側が少女と接するだけの時間が取れなくて、少女はいつまでも満足に育たない。そのうち何も出来ないままの少女に苛立ち、結果買った少女を放り出すという訳か。何とも残酷で身勝手な話だ。

 それで、あんな風に一人でふらふらと街を彷徨っていたのだろう。

 予想外の話に部屋の空気が一気に重くなり、温度まで下がったような気がする。

 

 ――― ん? てことはつまり…

 

「お前、宿無し? 行くところないのか?」

 俺の言葉に、こくりとスイが頷いた。

「新しいマスターとかは…」

 今度はふるふると首を振る。

 という事は、交番に届けたところでスイを探してる人なんてのはいないわけで。つまりは無駄ってわけで。

「心配しなくても、明日には出ていく。大丈夫」

 そりゃ全然大丈夫な状況じゃないだろうと思うのは、俺の気のせいか?

「…念の為に聞くけど、少女人形ってマスターから捨てられたり放棄されたらどうなるんだ?」

「スイ、難しい事はよく分からない。けど…多分、貯蔵燃料が切れたら、動けなくなる。動けなくなったら、すくらっぷ」

「スクラップ…」

 その言葉の響きに、俺は思わず黙り込む。

 そりゃそうだ。使えなくなった機械はスクラップされる運命だろう。いや、リサイクルはあるかもしれないが、それでもそれはもう「スイ」じゃなくなるんだ。

 出会って一時間足らずでこんな事を思うのもどうかと我ながら思うけど、知り合って言葉を交わした幼い少女が「スクラップ」にされるところを想像したら、もう放ってなんておけない。

 

 人がいいと笑いたきゃ笑え。

 

「親に頼むのもカッコ悪いし、明日からもう一つバイト探すかなぁ」

「?」

 俺の言葉に、何を言ってるか分からないというようにきょとんとした瞳が見上げてくる。

「俺でよければ、一緒に住むか?」

「え?」

「少女人形と暮らした事なんてないけど、スイがちゃんと育てるくらいには、構うようにするよ。出来るだけ大事にするから、スイさえ良ければこのままここにいていいよ」

「いいの? ほんとうに?」

 訝しむ瞳の中に縋るような感情を見つけて、俺は覚悟を決めてあぁと頷く。

「俺は…っと、そういえば名前聞いといてまだ名乗ってなかったな。俺は雪弥。遠野雪弥だ。宜しくな」

「ユキ、ヤ…?」

「親しい奴はユキって呼ぶ。呼びにくかったらそっちでいいよ」

 ほんとは女みたいで嫌なんだけど、この際だ仕方ない。

「……ユキ」

 確かめるように、スイが俺の名を繰り返す。

 そして ―――

 次の瞬間、スイは花が綻ぶように、とても綺麗に微笑んだ。…さっき、名前を褒めた時のように。

 

 

 こうして、俺は22年間生きてきて初めて“少女人形”を育てる事になったわけだ。


 
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