No.544929

ウテナはなぜ王子様になれなかったのか?

「少女革命ウテナ」の主人公・天上ウテナは、なぜ、王子様になれなかったのか? 当時の資料や劇中の台詞を引用しつつ考察します。

2013-02-16 09:44:38 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:38222   閲覧ユーザー数:38209

 

昨年3つの「ウテナ」が終了した。TV版「ウテナ」と漫画版「ウテナ」と舞台版「ウテナ」である。TV版は「王子様はいない。あえて王子様になろうとする者は、こんなにつらい」という男性の女性に対する主張の出たラストになっていて、これは作品を創ったのがビーパパスの男性スタッフだったから、当然の結果だった。(さあ私とエンゲージして/さいとうちほ)

 

緊張のあまり吐きそうになりながら観た「少女革命ウテナ」の最終話「いつか一緒に輝いて」の放映日から、長い年月が過ぎようとしています。筆者の感想は「大変なものを見せられてしまった。どうしよう」でしたが、当時は、「よくわからなかった」という感想が大半でしたし、「期待はずれ」という評価もありました。

 

結末が「王子様になった天上ウテナが姫宮アンシーを救う」なら、「少女革命ウテナ」は、もっとわかりやすい作品になっていたはずです。期待通りのラストに、視聴者の多くが、スッキリとした満足感を得ることができたでしょう。

 

けれど、天上ウテナは「おせっかいな勇者様」になることはできても、「本当の王子様」になることはできませんでした。

 

あれほどひたむきに姫宮アンシーを救いたいと願い、彼女のために命がけで闘った天上ウテナが、なぜ王子様になれなかったのでしょうか?

 

ビーパパスの一員であった榎戸洋司によれば、「王子様、というのは、女の子がお姫様になるために必要な装置である」(少女革命ウテナ脚本集 下 薔薇の刻印/榎戸洋司/アニメージュ文庫)とのことですが、筆者は、男の子にとってのお姫様についても、同じことが言えると考えます。

 

つまり、「お姫様、というのは、男の子が王子様になるために必要な装置である」わけです。王子様を王子様たらしめるのは、お姫様の存在であり、男の子が王子様であるためには、彼が守ってあげるお姫様が必要です。

 

自分に恋をして、自分を頼る女の子がいれば、男の子は自分を肯定することができます。自分を必要とする女の子に、己の存在理由を見いだすことができるのです。

 

「少女革命ウテナ」の世界で、守ってあげるべき対象の女の子は、「輝くもの」であったり、勝者の証であったり、純愛を捧げる対象であったりしました。

 

そういう守るべき女の子、男の子が王子様になるために必要な装置であるお姫様が、お姫様になることを拒否したら……王子様を拒絶してしまったら?

 

最終回、鳳暁生に別れを告げた姫宮アンシーが体現していたのは、まさしくこのことでした。

 

「もういいんです……あなたはこの居心地のいい棺の中で、いつまでも王子様ごっこしていてください……さよなら」

 

「私はお姫様にならなくていい」と決めた女の子は、王子様という装置を捨ててしまいます。お姫様に逃げられた王子様には、存在理由がありません。男の子は、本物の王子様ではなく、「王子様ごっこ」の王子様になってしまいます。

 

拒絶された王子様は、「少女革命ウテナ」の初期にも登場しています。

 

「僕が君を……僕が君の美しい音色を守ってあげるよ」

 

これは、第5話「光さす庭・フィナーレ」の薫幹の台詞ですが、守られているお姫様であるはずの姫宮アンシーは、対戦者の天上ウテナに声援を送ります。

 

「そこだ~ウテナ様、やっちゃえ~」

 

姫宮アンシーにとって、薫幹の思いは、滑稽なひとりよがりの「王子様ごっこ」でしかありませんでした。

 

最終話にもどって、生徒会のデュエリストたちがバーベキューを囲み、有栖川樹璃が、「姉を助けようとして川に飛び込んだ少年の名前を忘れてしまった」という話をするシーンに注目してみましょう。つい話に引き込まれてしまいますが、音声を消して見ると、話し手の有栖川樹璃、聞き手の西園寺莢一、桐生冬芽、薫幹の瞳が、震えていることに気付きます。

 

指輪をはめた彼らは、デュエリストです。決闘の勝利者には薔薇の花嫁が与えられ、世界を革命する力を手にすることができるといわれています。デュエリストであるということは、つまり、王子様をめざす者である、ということなのです。

 

人よりも優れているという自覚を持つ彼等は、彼等をデュエリストに指名した「世界の果て」である鳳暁生に時には逆らいながらも、二度、あるいは三度、薔薇の花嫁を奪い合う決闘というゲームに参加することになります。

 

彼等デュエリストにとって、そして、元王子様であった鳳暁生にとって、「王子様になる」というのは、どういうことだったのでしょう?

 

第34話「薔薇の刻印」で描かれた小屋に押し寄せてくる人々、紙を吐き続けているFAXの描写は印象的でした。王子様になれば、どんなに疲れていても、傷ついていても、「守って」と救いを求める女の子たちの期待に、応え続けなければなりません。

 

バーベキューのシーンのデュエリストたちが、ひどく傷つけられた表情を見せてるのは、「王子様になる」ということが、助けようとした女の子を助けられず、その上、名前も忘れられてしまうくらい虚しく、割に合わないことだ、と悟ってしまったせいなのかもしれません。王子様を目指すということ、デュエリストであり続けることは、早々にこのゲームから身を引いた桐生七実が言った通り「バカバカしいこと」に違いないのです。

 

このバカバカしさを理解した上で、それでも王子様になることを選んだ者が、お姫様に、「守ってくれなくてもいい」と拒絶されたら、一体どうすればいいのでしょうか?

 

姫宮アンシーに捨てられた鳳暁生の、

 

「どこへ行くんだ、アンシー!」

 

という悲鳴のような叫びには、自分の存在のすべてを否定された悲哀さえ滲み出ていたように思います。

 

かつて王子様であった鳳暁生は、デュエリスト同士の決闘によって出現した最強の王子様の剣によって、ディオスの力を取り戻そうとしていました。「薔薇の刻印の掟」と彼が呼ぶ企みは、用意周到に準備され、最強の剣を持つ天上ウテナが「世界を革命する者」に選ばれました。

 

「あの扉には、永遠の、輝くものが、奇跡の力がある」

「力があれば何でもできる。彼女を運命から解放することもできる」

「力がなければ、所詮誰かに依存した生き方しかできないのさ」

 

鳳暁生は、ディオスの剣より強い天上ウテナの剣を欲し、彼女を誘惑し、彼女と決闘し、そして姫宮アンシーの手で彼女を傷つけて、それを奪います。

 

「だけど、力をどう使うかは……俺が決めることさ」

 

鳳暁生は、天上ウテナの剣で薔薇の扉に挑みますが、剣は折れてしまいます。

 

「この剣でも、また駄目か」

 

彼は、薔薇の扉を開けることが出来なかった理由を、「天上アテナの剣が、本物の王子様の剣でなかったから」と考えたようです。

 

が、本物であろうがニセモノであろうが、王子様の剣では、薔薇の扉を開くことはできなかったのではないでしょうか。

 

この後、天上ウテナは、剣によってではなく「ひたむきさ」で封印を開きますが、それでも、彼女は、自分が、王子様にはなれなかったことを認めています。

 

「やっぱり僕は王子様になれないんだ。ごめん、姫宮……王子様ごっこになっちゃってごめんね」

 

このことは、何を表しているのでしょうか?

封印は、なぜ、王子様の剣で開かなかったのでしょうか?

封印を開いた天上ウテナが、王子様になれなかったのは、なぜでしょうか?

 

「そのとき、奇跡の力で僕は本当の王子様に……」

「どうせアニメでしょ、それって」

 

最終回の予告に登場した影絵少女の台詞には、「普通のアニメだったら、最終回に王子様になれるだろうけど、これはそういうお話じゃないよ」という警告が込められていました。

 

革命とは、支配されている者が、その支配のシステムを破壊することである。少女革命とは、だから少女が、少女を支配するものから自由になる物語だ。(少女革命ウテナ脚本集 下 薔薇の刻印/榎戸洋司/アニメージュ文庫)

 

もし、天上ウテナが王子様になってしまったら、それは姫宮アンシーにとって、鳳暁生と天上ウテナが入れ替わるというだけで、革命とはなり得なかったでしょう。

 

天上ウテナが王子様になる、ということは、「王子様とお姫様」というシステムを肯定することです。その支配のシステムを否定して、革命を成し遂げるために、天上ウテナは王子様となってはならなかったのです。

 

だからこそ、天上ウテナが王子様になった、と視聴者が確信した瞬間に、姫宮アンシーは、天上ウテナを刺さなければならなかったのでしょう。

 

最終回、「彼女(ウテナ)にも革命は起こせなかった」と呟く鳳暁生に、姫宮アンシーは、こう告げます。

 

「あなたには何が起こったかもわからないんですね」

 

ウテナの物語の中で成し遂げられた少女革命は、また、少年革命でもありました。

 

女の子を支配していた「王子様とお姫様」というシステムには、男の子も支配されていたからです。

 

守るべき女の子がこのシステムを否定して、お姫様をやめてしまったら、男の子も王子様を目指す必要はなくなってしまいます。

 

支配のシステムから自由になった女の子と男の子は、一体、どこへ向かうことになるのでしょうか。

 

第39話のラストで私達の前に示されてのは、「いつか一緒に……」という漠然としたビジョンでした。

 

行く手の道程は、降る雪で定かに見えない。

だが姫宮アンシーは、毅然とした歩様で、その寒い道を歩きはじめた。(少女革命ウテナ脚本集 下 薔薇の刻印/榎戸洋司/アニメージュ文庫)

 

「王子様とお姫様」というシステムは、最近いろいろな不都合が目立つようになってきましたが、それでも何百年も何千年も機能してきた、それなりに便利なシステムです。

 

姫宮アンシーの鳳暁生に対する思いは、このシステムの中で成立していました。システムが脆弱なものであるならば、姫宮アンシーと鳳暁生の絆は、とっくの昔に断ち切られていたはずなのです。

 

そういう強固なシステムだからこそ、「システムが破壊された後、どうすればいいのか」は、簡単に解決できる問題ではありませんし、物語の中でシステムが破壊されたことすら、今だに理解されているとはいえない状態です。

 

けれど、「少女革命ウテナ」は、確かに、少女の革命を描く物語であり、それは、少年の革命を描く物語でもありました。

 

天上ウテナを王子様にせず、安易な結末に視聴者を導かなかったことで、「少女革命ウテナ」は、「よくわからないけど好き」「よくわからないけど感動した」と、今も語り継がれるアニメになったのではないでしょうか。

 

引用・参考文献

「とりかへばや、男と女」河合隼雄著 新潮文庫

「少女革命ウテナ脚本集 上」榎戸洋司著 アニメージュ文庫

「少女革命ウテナ脚本集 下」榎戸洋司著 アニメージュ文庫

 

 
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