真・恋姫無双 黒天編“創始” 外史を終結させるために少女は弓を引く
第1章 夏の思い出 中編
一刀らは第一体育館の横にある細い通路を進んでいた。
「すごい人だなぁ・・・、いつもこの通路はこんなに混まないんだよ」
三人横に並んで歩けば通路をふさぐことができるほどの細い通路はクラブ見学者やライブ見学者によってごった返していた。
肩幅をできる限り狭くして人と当たらないように注意しながら歩いても、肩がぶつかってしまうことは避けれなかった。
この通路はフランチェスカにある第一体育館と第二体育館をつなぐ通路であり、同時に柔道場やダンスレッスン室、アーチェリー場などにもつながっている。
そして、この時間帯には第一体育館ではバスケットボールとバレーボールの公開練習が行われ、第二体育館では吹奏楽部やフォークソング部などのライブが行われる。
そのスクランブル交差点のような状態の通路を通って、現在一刀たちが向かっているのは第二体育館の横に設置されている弓道場である。
「ほんとに見なくていいのか?バスケとかはともかく、ライブとかは興味あるんじゃないのか?」
「うん、そういうのを見学するのもオープンキャンパスの醍醐味だと思うけど、ここの弓道部がどんなのかじっくり見ときたいんだ。たぶん私が入るとしたら弓道部か剣道部になると思うし・・・」
「ほえ~~~、“和”やね。まさに咲蘭ちゃんは“戦うやまとなでしこ”やね」
そう言うのは一刀の後ろからひょこひょこと顔をのぞかせる及川であった。
一刀に投げられた後、及川は数秒もしないうちに一刀たちのあとを追いかけてきたのだ。
その後、“かずっちと一緒に行く~~”と駄々をこね始めたので、一刀は仕方なく同行を許したのだった。
「それにしてもかずっちに妹さんがおったなんてな。何で言うてくれへんかったん?」
「言ったらお前に“紹介してくれ”って言われるのは分かってたからな。妹の身を案じてだ」
「ひどっ!オレめっちゃ危険人物扱いやんっ!!いくらオレかて“学校の最中”は九州まで行こうとは思わんのに・・・」
「“夏休み”とかに“かずっちの実家に遊びに行きたいねん”とかほざくのも眼に見えてんだよっ!」
一刀は及川の頭を思いっきりひっぱたきながら話をしているのを見て、咲蘭は自然と笑みを浮かべていた。
「仲いいんですね。二人って」
「そうやで~~、唯一無二の友ってやつやな。どう?友達を大事にするオレ。かっこいいやろ~~。オレやったら咲蘭ちゃんのことも大事にすんで~~」
「あはははは・・・」
及川の眼鏡越しから伝わってくるキラキラとした視線に愛想笑いを返していると、咲蘭はあることを思いつく。
「お兄ちゃんと唯一無二の友なら、お兄ちゃんの女性関係とかにも詳しいですか?」
「おうっ!!ばっちりやね」
「お・・・おいっ!!」
「ぜひ、その話を詳しくっ!!」
うろたえる一刀をよそに咲蘭は及川にぐっと近寄ると、及川はふふんっとちいさく鼻を鳴らした。
「教えてあげるかわりに明日、オレと駅前の喫茶店でお茶でも・・・」
「それはお断りします」
及川の言葉が言い終わる前に咲蘭は誘いをピシャッと断ると、及川は露骨に残念そうな表情を浮かべる。
「でっ!お兄ちゃんはモテるんですかっ!?」
「そんなわけないだろ・・・」
「お兄ちゃんは黙っててっ!!それでっ?どうなんですかっ?」
「今現在かずっちにつき合っている人はおらんっ!これは断言できるっ!!」
「そうなんですかっ!やっぱりですかっ!!ふふふっ♪」
「何でそんなにうれしそうなんだ?お前・・・」
「だがしかぁ~~~し!!カゲでめちゃめちゃ人気があるのもまた事実やっ!!」
及川は右手の人差し指で一刀のことをビシッと指しながらそう断言した。
「えっ!そのあたりを詳しくっ!」
咲蘭は受験対策会で使うはずだったノートを取り出し、ボールペンを持ってメモを取り始めた。
「オレがかずっちと仲良くしていることをいいことに、かずっちがおらん時にかずっちを狙う女子がオレに“なぁ、及川。一刀様の好きなものとか何か知ってる?”と聞かれたことはもはや数えきれん」
「かずとさまぁ?」
及川の発言に驚いたのは咲蘭ではなく、話の中心である一刀本人であった。
「そうやっ!オレに対しては呼び捨てやのに、かずっちに対しては“様”付けやっ!!オレのこともこれから“様”付けしてくれるんやったら教えたるゆーたら、なぜか思いっきりグーパンチやっ!」
「貴方のことはどうでもいいです。その他には?」
「今の咲蘭ちゃんみたいな視線やったわ・・・“貴方のことは興味ありません。かずっちの情報教えろや”みたいな・・・」
「いいからっ!!はやくっ!!」
「はいはい・・・」
及川と咲蘭の会話に少し遅れだしてきたのは、何を隠そう一刀本人であった。
「その聞いてきたんも一人とか二人ちゃうで。軽く30はいくな。しかも同級生だけじゃなくて、先輩や後輩、卒業したOG、さらには熟女から新任教師まで幅広く・・・」
「おい・・・さすがに誇張しすぎじゃないか・・・」
「これがウソやったらどんだけいいと思っとんねんっ!!だいたい先生らのなぁ~~、かずっちと他の男子生徒らとのあいだの扱い方が全然違うちゅーねんっ!!分かってないのかずっちだけやっ!!かずっちは国語の若い先生の授業で寝てても、頭なでられながら“起きなさい”っていってもらえるやん!!でも、俺らがそれやってもらおうと思って授業中寝たら、机ひっくりかえされたやんかっ!!」
及川の口からマシンガントークが繰り出されながら、眼からキランと涙が落ちた・・・ような気がした
「そりゃ・・・オレが注意された後にワザとらしくクラスの男子が全員イビキをかいて、寝たふりしたらどの先生でも怒るだろ・・・」
「んじゃ、なんで俺の机がひっくりかえされたんやっ!!机の角が後頭部にゴーンって痛かったんやからな」
「ちょうど先生が前にいてやりやすかったんだろ?」
「そんな話いいです。早く続きを」
冷静でかつ一人だけ温度が醒めた様子で、二人の会話を咲蘭がピシャリと止める
「こほん。ほんで、聞いた話やねんけどな。なんか・・・ファンクラブもあるらしいわ」
「ファンクラブ!?おいっ!!マジかっ!!全然知らないぞっ!」
「マジでマジで・・・ってどないしたん。咲蘭ちゃん?」
咲蘭はノートにファンクラブと書き殴ったような字で書いたあと、なぜか右手が震えていた。
そして、ミシミシっと軋む音が聞こえ、ポキッという乾いた音とともにボールペンが二つに折れた。
「あ・・・やっ、やだっ!このボールペン・・・古かったのかな~~~あは・・・あはははは・・・」
咲蘭は折れたボールペンをサッと背中にかくしつつカバンにしまい、新しいペンを取りだした。
(またつぶさないといけないじゃない・・・いったい何個つぶしたと思ってるのよ)
「んっ?なんかゆった?咲蘭ちゃん?」
「い、いえ・・・別に・・・」
「でもな・・・なんか、“鉄の掟”があるらしいで?抜け駆け禁止~とか露骨に話しかけない~とかいろいろ・・・」
「ん?それぐらい普通じゃないですか?」
咲蘭が首をかしげながらそう言うと、及川は三人にもっと近くに寄れと手招きした。
「いや・・・何か深刻らしいで・・・。お前・・・3年2組の女子バスケ部のキャプテンしってるやろ?めっちゃ巨乳でドリブルするたびに別のボール2つもドリブル始めるっていう」
「ああ・・・地元中学が一緒の人な。それがどうした?」
(あいつか・・・ここにいたのね・・・)
北郷の苗字を持つ二人はどうやらすぐにどの人物なのかピンときたようだ。
「あの人自体は高校のファンクラブには入ってないらしいんやけど、中学校の時は所属してたらしいんやけどな。そんで好きの気持ちの限界がきて、かずっちのこといろいろアタックかけとたらしいんやけど気ぃつかんかったんか?」
「いや・・・全く・・・」
「かずっち、鈍感にもほどがあるからなぁ~~。・・・話し戻すで、その人の話によるとかずっちに対して、抜け駆けを働くと何者かに狙われるらしいという噂が地元にあってんてさ」
「はぁ?誰にだよ?」
「それが分からんから怖いんちゃうんかな?先輩、かずっちの下駄箱に手紙入れて、待ち合わせ場所で待っとったら、紙飛行機が飛んできて、それを開いてみたら赤い字で“いつまで待ってても来ねえよバ~カ~”って書いてあったらしいで」
「・・・・・・はぁ?」
「それで怖なったらしくて、家に帰ったらしいんやけどな。家のポストの中に大量の手紙が入ってて、全部“あきらめろ”とか“お前じゃ釣りあわね~よ~”とか書いてあったらしいねん。警察に被害届だそっかって話にもなったらしい」
「・・・・・・・・・」
もはや、絶句するしかない一刀であった。
「んで、その被害は先輩だけかと思ったら、おんなじような被害を受ける子がぎょうさんおったらしくてさ・・・結局、中学のファンクラブは自然消滅したらしいで。解散後はとくに何もなく平穏やったらしいんやけどもな」
「・・・・・・ぜんぜんしらねぇ・・・」
「その話を先輩がガクガク震えながら話すもんやから、みんなビビってもうたらしくてな。ほんで“鉄の掟”ちゅ~のが誕生したわけやな」
「オレのしらねぇところで・・・そんなことになってたとは・・・」
「オレが言ったってこと内緒やからな?咲蘭ちゃんもむやみにかずっちにくっついたらあかんで。狙われるから」
「そ・・・そうですね・・・あは・・・あはははは・・・」
「ん?どうした?なんか、顔引きつってるぞ?ベンチで休むか?」
「だっ!大丈夫だよ~~お兄ちゃん・・・心配性だな~~~あははは・・・。あっ!!あれだよねっ!!弓道場っ!!早く行こうよっ!あっ!お話ありがとうございました。及川さん。じゃ、じゃあレッツゴ~~」
咲蘭はまくし立てるように話し始めると一人で走っていってしまった。
「どうしたんだろう?急に・・・」
「さぁ・・・お前と同じでちょっと変わってんのとちゃうか?」
「オレのことはともかく、咲蘭のことをそんな風に言うな」
「おぉ~~シスコン~~~」
「っ!!は・・・早く行くぞっ!!つーか、これ以上ついてくんなっ!!」
「それは無理な相談や~~で~~」
及川はクルクルとバレエダンサーのように回りながら人込みを避けつつ、咲蘭のあとを追いかけていった。
一刀はおおげさに大きなため息をついた後、人ごみの中を先を行く二人を追いかけるのであった。
「思ったよりもレベルが高かったな~。もう、決定かな」
弓道場をあとにした三人は人込みをかき分けつつ、入学説明会会場であるフランチェスカ大講義堂へと向かっていた。
「そうなん?オレ見てるだけじゃあ、全然分からんかったわ。袴姿の先輩はキュートでビューテフォーやったちゅーのは分かったけどな」
「及川さんってほんとに女性にしか興味がないんですね・・・」
「これが俺の親友かと考えるだけでむなしくなるな・・・」
咲蘭はもはや呆れた表情で及川に冷たい視線を送り、一刀は額に手を当てながら大げさにため息をついた。
「でも、顧問の先生もおもろかったな。“北郷”って名前聞いただけで露骨に震えとったもんな」
弓道場で活動していた弓道部は特にオープンキャンパスだからと言って特別なことはせず、ただの公開練習を行っているだけだった。
マイナーなスポーツでもあるせいか見学に来ていたのも咲蘭たち3人だけだった。
それを見た弓道部の顧問の先生が“弓道に興味があるのか”と話しかけてきたのだ。
顧問の先生と話しているうちに咲蘭が経験者であることを知ると、“一度やって見せてほしい”と咲蘭に唐突に弓を渡してきたのだ。
咲蘭は“正装じゃないし・・・”と丁寧に断ろうとするも、顧問の先生が引きさがってくれなかったため、仕方なく3本ほど腕を見せることになった。
結果はあたりを魅了してしまうほど素晴らしく、もちろんミスもなく3本とも的の中心を打ち抜いた。
そのとたん顧問の態度が一変し、“ぜひ、うちの部に入ってくれ”と懇願を始め、“ウチの部は・・・”と部のいいところをアピールし、“おれは・・・”と自分の功績を話し始める。
初めの方は仕方なくその話を聞いていたのだが、徐々に説明会の時間が近付くと、一刀と及川がその顧問の話を無理やり止めてくれたのだ。
その顧問が“最後に名前だけっ!”と叫んだので、咲蘭は小さな声で“北郷咲蘭です”と自己紹介するとまた、顧問の態度が一変した。
「ほ・・・ほんごうって・・・まさか・・・えっ?フミ師匠の・・・」
「北郷フミは私のおばあちゃんです」
「ちなみにオレが咲蘭の兄で2年の北郷一刀です」
「オレは咲蘭ちゃんの(フゴッ!)」
及川が何か言おうとしたのを敏感に察知した一刀がすかさず及川の口をふさぐ。
しかし、顧問の先生はそんなことはもはや気にならないようで、ジッと咲蘭の顔を眺めていた。
そして最後に、3人が弓道場を後にすると、顧問が大きな声でかつ少し震わしながら“お待ちしていますっ!”とビシッとお辞儀をしていた。
「俺的には少し顧問の先生が心配なんだが・・・まぁ、咲蘭が良いって言うなら・・・」
「おお~~、シスコン~~・・・イテっ!」
及川が茶化すような口ぶりを見た一刀が容赦ない後頭部への一撃を放つ。
「ほんとお兄ちゃんは心配性だよね。えっと、次はどっちに行くの?」
「ああ、大講義場はそこを右だ」
一刀が及川を叩いた腕をそのまま上げて、これから進む方向を指さした。
咲蘭はその方向を見ると、なにやら見知った人物が歩いてくるのが見えた。
それに一刀も及川も気がついたらしく、及川がいち早くに声をかけた。
「白蓮ちゃ~~んっ!それに、斗詩ちゃんもおるやんっ!!」
及川は全力で両手をあげて二人に手を振ると、それに気がついた二人が歩いてきた。
「一刀さんにえっと・・・及川さん。こんにちは」
「北郷、昨日は悪かったな。荷物持ってもらっちゃってさ。咲蘭ちゃんもどう?楽しんでるか?」
斗詩は生徒会役員の腕章をつけた手で資料の束が入った紙袋を持って、一刀の顔を見てにっこりほほ笑み、白蓮も斗詩と同じような紙袋をぶら下げていた。
「オレが真っ先に声かけたのに、真っ先に話しかけられるのはかずっち・・・それに斗詩ちゃんは俺の名前思い出すのに時間かかるし、白蓮ちゃんにいたっては無視・・・」
「お前と関わるといろいろ面倒だからな」
白蓮からのさらなる追撃を受け、斗詩からは最初にあいさつされて以降、目を合わせてもらえない及川のことを少し憐れみながらも一刀はそのまま話を続ける。
「二人だけか?ある意味珍しい組み合わせだな。猪々子と麗羽はどうしたんだ?」
「文ちゃんは麗羽様の準備を手伝ってますよ。生徒会長として話をするときの服が決まらないとかで・・・もう少ししたら追いついてくると思うんですけど」
「制服でいいだろ・・・というか、こんな言い方もなんだけど、服選びを猪々子に任せてよかったのか?」
「あはは・・・まぁ、なんだ。猪々子に会場の仕切りとかできそうにないだろ?斗詩じゃないとさ。かといって、私でもな・・・」
「つまり消去法と・・・」
斗詩は呆れたような笑いを浮かべ、白蓮も全く同じような表情を浮かべていた。
「おっ!ここにいたのか~~。と~~~し~~~」
「お~~~っほほほ~~~」
噂をすれば何とやら、猪々子は両手に何か持ちながらブンブンと手を振り、麗羽はいつもの高笑いとともに一刀らの前に現れた。
「おっ、アニキも一緒なのか。ちょうどよかった。ちょっと舞台に上がる時の服を選ぶの手伝ってくれよ」
そう言いながら一刀たちの前に両手に持っていた何かを見せつけるように突きだした。
「わたくし的には、白鳥の方がいいと思うのですけれど?」
猪々子の右手に持たれていたのは白鳥の首がにょっきりと伸びた“まわし”であった。
もう一方の手に持たれていたのは白鳥ではなく、白馬の首がにょっきりとのびたこれも“まわし”であった。
「これを着て一体どうするんだ?」
「やはり、生徒会長としてのインパクトを新入生諸君に見せつけた方がよろしいかと思いまして、お~っほっほ」
「これを着けながら高笑いして、それでかつ超まじめな話をする麗羽様、なっ!シュールだろ?」
そう言いながら猪々子は二つのまわしをプラプラとすると、二つの首が規則正しく上下に首を振る。
「これだけを着けて舞台に上がるのか?」
「そんなわけないだろっ!アニキっ!ちゃんと全身白タイツに身を包んでこいつを着けるんだよ」
「文ちゃん・・・」
斗詩は親友である猪々子にむかって、いつものことではあるけれど、もはや憐みの視線しか送ることができなかった。
「わ・・・私的には・・・その・・・白馬の方が・・・」
「おいっ、白蓮、お前までそっち側に行くと斗詩の突っ込みが間に合わなくなる。やめてやれ」
「す、すまない。だが、ここはこう言わないといけない気がしてだな・・・」
「頼むからお前だけはこいつらに毒されないでくれ」
「さすがウチの生徒会長、次元がちゃうわ。オレは断然白鳥やな」
「あらっ!やはり及川さんもそう思いますでしょうっ!私も実は白馬よりも白鳥の方がいいと思っておりましたのよ」
「え~~っ、白馬も捨てがたいですよ~~。なぁ、アニキの意見を聞かせてくれよ」
「ちゃんとした制服で出ろっ!」
一刀の後ろでは斗詩と白蓮が一刀に賛成と言わんがばかりの勢いで首を縦に振っていた。
「一刀さん・・・あなたにはがっかりですわ・・・」
「そうだぜ、兄貴。遊び心がねぇなぁ~~」
「超まじめな催し物に遊び心なんかいらねぇ!!先生に絶対怒られんぞっ!」
「えっ?それならもう了承を得ましてよ?」
「『学校紹介にはインパクトがだ・い・じ♪私もピンクビキニであいさつするわぁ~~ん』って理事長が言ってたぜ」
辺りにはあの理事長なら言いかねないという雰囲気に包まれた。
あの理事長なら絶対やる。
「・・・・・・もう勝手にしろよ。おっと、こんな話してる場合じゃなかった。時間大丈夫か、咲蘭?」
この話においてけぼりをくらっているだろう咲蘭の方を見ると、咲蘭はあごに手を当てながら斗詩、猪々子、麗羽の顔を順番に見つめているようであった。
(3人ともお兄ちゃんのこと気にしてるわね。斗詩さんはとても清潔感があっていい感じ。猪々子さんは活発そうだけど、ちょっと粗暴感が否めない・・・。麗羽さんは見た目と性格が派手すぎね。でも、付き合うと変わるタイプの人かも・・・でもでも、お金持ちそうだから浪費癖とかありそうだし・・・)
「咲蘭?」
咲蘭は右手で携帯を操りながら口元は何やらぶつぶつと動き、一刀の言葉は全く聞こえていないようだった。
(斗詩さんは第一項目『第一印象』と第三十四項目『清潔感』、第五十九項目『おしとやかさ』は文句なしのクリア、でも減点項目第二十三条の『押しに弱い』の気があるわね。猪々子さんは第三十二項目『元気・活発さ』は文句なしだけど第五十九項目はダメかな・・・経過観察ね。減点項目二十四条『粗暴・暴走気質』の節もあるかな。麗羽さんはまだ何とも言えない・・・でも『第一印象』は残念だけど△で減点対象、バツをつけるのはもう少し情報を集めてから。減点項目二条『浪費癖・極度のブランド好き』についてもしっかりチェックしていこう。白蓮さんは今の感じだと斗詩さんと同じ『押しに弱い』感が・・・)
「咲蘭?大丈夫か?」
「えっ?・・・あっ!ごめんね、お兄ちゃん。大丈夫だよ・・・ってああっ!!もうこんな時間っ!私行ってくるねっ!!」
「おう、大講義堂はあの赤い三角屋根の煉瓦造りの建物だ」
「うん、わかった!!」
咲蘭は携帯画面の時計を見て飛び上がると、一刀の指さす煉瓦造りの建物へと一直線へ駆けて行った。
「終わったら左横の建物にあるフードコートで待ち合わせだから、分からなかったらメールか電話くれ」
「は~~い。いってきま~~す」
カバンを肩にかけなおしながら、一刀に対して手を振り、そのまま人込みの中へと消えていった。
「でっ?一刀さんは本当はどちらがいいと思っていますの?」
「いや・・・だから・・・」
どうやらこの話はまだ続くようだと、一刀はがっくりと項垂れるのであった。
「んっ~~~っ・・・、ちょっと疲れちゃったな」
大講義堂で某有名進学塾の講師と大学教授たちのためになりはするものの、退屈で堅苦しい話が終わり、咲蘭は大講義堂の長い廊下を他の参加者に交じって歩いていた。
講義中の参加者は皆が真剣にフランチェスカ受験の傾向をメモに取り、勉強のやり方、ポイントまで聞き逃すまいと傾聴していた。
そのような雰囲気の場にいると、いやがおうにも緊張してしまうのが人間である。
しかも、周りの人たちが皆、自分よりも頭が良いように見える錯覚も脳裏によぎるため、常に気を張っている状況にもあった。
そんな状況からやっと解放されたのだ。
咲蘭は外の新鮮な空気を背筋をグッと伸ばしつつ、めいいっぱい吸い込んだ。
同時にちょっとした空腹感も襲ってくる。
おなかが鳴りそうになるのをこらえつつ、咲蘭は講義堂の外へ出た後、一刀に言われたフードコートへと向かおうとした。
フードコートと大講義堂をつなぐその道は、夏の草花が生い茂り、葉桜の隙間から心地よい木漏れ日が漏れており、大変目を楽しませる素晴らしいものであった。
「あれっ?あれは・・・」
その通路の途中に設置されているベンチには、以前話したことがある女性が座っており、取り囲むようにして他の二人の女生徒が立っていた。
白蓮を囲んでいる女生徒は見た目はかなり派手な格好をしており、明らかに金持ち出身だということが分かった。
「白蓮さん?なんか変だな・・・」
遠目からで詳しい表情までは分からなかったが、空気からして何やら重々しい感じが漂っていた。
通路を通る他の生徒たちは明らかにその三人を避けるようにして歩いているのが分かった。
(気になる・・・よね)
咲蘭はそのベンチから1mほど離れた大講義堂を支える一本の赤レンガの柱のカゲへと入り、ひっそりと観察しながら白蓮たちの話に聞き耳を立てる。
あまりほめられた行為ではないが、白蓮の表情からどうしてもそのまま通りすぎるということができなかった。
「あなた、また生徒会長に媚び売っちゃって。よく人の目を気にせずそんなことできるよね」
「そうよ、前も自宅のお呼ばれされたらしいじゃない。さぞかしいい思いをなされたんでしょうね」
「あれは・・・麗羽の家でオープンキャンパスの案内資料を作るのを手伝っただけだぞ」
「別にあなたは行かなくても良かったんじゃない?生徒会長には斗詩さんや猪々子さんがいるんだから」
「だから、その斗詩に頼まれてたんだって」
「どうせ行ったってあなたは何もしてないんでしょう?」
「そんなことは・・・」
「だいたいね。あなたはどこだか知らないけど田舎出の普通の子、麗羽さんは由緒正しい家系出身で将来を約束されたお人なのよ。立場の違いを考えなさいよね」
「普通に過ごしてたら絶対関わることのない人なのよ?それなのに麗羽さんにちょっと優しくされただけで調子に乗っちゃってさ」
「どうせ、麗羽さんからおこぼれをもらおうとか、おいしい思いできるとか思っちゃったんでしょ?ほんとに田舎出はいやしいわ」
「そんなことは思っていない。それに、田舎出はいやしいという考え方は間違っているぞ」
「ほんとあなたってああ言ったらこう言う人ね。それにね、転校生だからってちょっとちやほやされすぎなのよ。麗羽さんやそれに・・・一刀様まで・・・」
「そうよ、私だってまだ一回しかお話したことないのに・・・あなたはベタベタしちゃってさ。それに聞いたわよ。昨日の夕方、一刀様と一緒にトウキョウ駅を歩いてたって」
「あっ、あれは・・・麗羽の家の帰りで荷物が多かったから...だな・・・それで持ってあげようかって言われて・・・、帰り道も・・・その・・・一緒だったから・・・」
「ファンクラブにも入らないで・・・生意気なのよ」
「ふ~ん、醜いわね。嫉妬・・・」
話は途中からしか聞けなかったが、大体の全貌をつかむことはできた。
つまりは白蓮が財閥の令嬢である麗羽たちと仲が良いいのが気に食わず、さらに一刀とも仲がいいのも気に食わない。
自分たちは近づきたくとも近づきがたい2人にやすやすと近づいた白蓮が気に食わないということだろう。
この女生徒二人は白蓮の方から麗羽、一刀に近づいたと考えているらしい。
しかし、それは全く持って違う。
一刀に至ってはたまたま地元が同じで、たまたま白蓮のおばあちゃんの経営するお茶屋さんに一刀が訪れたことがきっかけである。
これは全くもっての偶然
麗羽との出会いも白蓮が実習棟の場所が分からず、オロオロしているところに麗羽が声をかけてきたというもの
その時になぜか気に入られ、斗詩、猪々子を紹介され、今に至るのである。
「(でも白蓮さん、お兄ちゃんの話の時だけ、明らかににキョドってるんだけど・・・)さてと・・・どうしよう」
咲蘭は北郷家の “弱きを助けるために力を振るう”という 教えのもと、こういう場面に出くわすと必ずなりふり構わず突っ込んできた。
自分の知り合いともなればなおさらだ。
しかし、今自分が関わることで白蓮の立場をさらに悪化してしまうのではないかと危惧する自分もいた。
「でもやっぱり、ほっとけないか・・・あんな陰湿なことする連中なら、白蓮さんに声かけるだけでどっか行っちゃいそうだし」
咲蘭は最後に小さいため息をついた後、柱から飛び出して白蓮さんと叫ぼうとする。
「ぱ・・・」
「お~~い。白蓮~~~」
だが、咲蘭が白蓮にかけた声よりも3倍はでかい声が後ろから響き渡り、咲蘭の声はかき消されてしまった。
咲蘭はその予想外な声に慌ててしまい、なぜか再び柱へと隠れてしまう。
(な・・・何で隠れちゃったのよ・・・別に何もないのに・・・)
そうしている間にその声の主が咲蘭が隠れた柱をスッと横切って、白蓮と2人の女生徒のもとへと駆けて行った。
すると、それに少し遅れてまた別の人影が柱の横を通り過ぎていくのを咲蘭は感じる。
咲蘭は再び柱から少しだけ顔を出して、白蓮たちの様子を眺めることにした。
(私・・・あやしい人みたい・・・)
「白蓮、ここにいたのか~」
猪々子は駆けながら一直線に白蓮のもとへと行き、勢いそのまま白蓮の肩へと手をまわした。
「斗詩が早く来てくれ~って悲鳴あげてたんぞ」
「す、すまない」
「まぁ、アニキが手伝ってくれたから、もう平気だけどなぁ~」
猪々子は白蓮の背中をバシバシと叩きながら、豪快な笑みを浮かべている。
その後、豪快な“お~っほっほっほ”という高笑いとともに、その場に現れたのは生徒会長である麗羽であった。
「白蓮さん、仕事を頼んだっきり戻ってこないからどこに行ったのかと思ったら、こんなところで油を売って・・・」
「わ、わるいな。麗羽。これ・・・生徒会室に忘れてたやつだ」
「それは今日の最後に使うので、あとで斗詩に渡しておいてくださいますかしら?それよりも、お昼にいたしましょう。斗詩と一刀さんたちがフードコートで待っていましてよ」
「そうだぜ!それに今日は麗羽様が超高級洋菓子店のプリンを用意してくれたんだってよ」
「猪々子、プリンではなくプディングでしてよ。一日に20個しか作られないめずらしいものを急きょ用意させました、ありがたくお食べになってくださいな」
「だってよ~、じゃ、行こうぜっ!麗羽様、先行ってま~す」
「えっ!ちょ!おいっ!!押すなって」
猪々子が元気良く手を挙げた後、白蓮の後ろへと回り込み、背中を一回強めにトンと押したかに思うとそのまま突っ張りを始めた。
白蓮は猪々子に流される(押される)まま、その場を退場して行った。
通路のベンチの前には先ほどまで白蓮と供にいた女生徒二人と麗羽が残された。
「あら?あなた方は・・・白蓮さんのお知り合いですの?」
「い、いえ、別に・・・」
「その、何にも・・・ねぇ」
突然登場した麗羽に今まで白蓮にとっていた態度とは違い弱弱しくなって、同時に状況もあまりつかめてないらしくオロオロしていた。
「そうですの。遠目から見てますと、何やら白蓮さんが悲しいそうなお顔をなされてましたので・・・てっきり、田舎者といじめられているのかと思いましたわ」
麗羽がそう口にすると女生徒は肩を少し震わせ、何事もないような顔で
「な・・・何を言ってるのですか。麗羽さん・・・別に私たちは・・・」
と言ってみるものの、足の震えと額からにじみ出る脂汗が止まらない。
平静をよそってみても、麗羽から放たれる気迫のようなものが女生徒二人の身体をこわばらせる。
「そうですわよね。白蓮さんは私の大事な友人でとてもいい人ですもの。いやなことを言われる子ではありませんわ。私のことをお金持ちのご令嬢と見ないで、麗羽と呼びかけてくれます。家柄など関係なくですわ。媚を売るとか、おいしい思いであるとかそんなことを考えて近づいてくる輩とは違いましてよ」
ここにきて二人の震えはもはや隠しきれないほどまでになっていた。
そして血の気が一斉に引き始める。
先ほどの話を全て聞かれていたのだと...
すると、麗羽が突然右手の人差し指で一方の女性を指さした。
「確か、あなた・・・――さんでしたわね」
「ッ!!」
そして、その指先を隣にいる女生徒へとスライドさせ・・・
「あなたは――さんで間違いなくて?」
「えっ!?あ・・・はい・・・」
麗羽はその返事を聞いた後、その指先を自分の顎へと持っていき何かを考え、そして一言
「分かりました。覚えておきます」
と、麗羽は冷ややかな表情を見せつつ猪々子たちが向かって行った方へと優雅に歩いて行った。
そう冷たく言い放たれた二人はその場から一歩も動くことなく、ただただ、肩を震わせるのであった。
その場だけ、オープンキャンパスの雰囲気と違い、冷えに冷え切っていたのであった。
「麗羽さん・・・かっこいい・・・」
その一部始終を見ていた咲蘭は麗羽が歩いていく後姿をジッと見ながら、ぽつりと言った。
「たぶん、白蓮さんにもう何も言わないだろうな。あの二人」
そう言いつつ、咲蘭は携帯電話を取り出した。
「やっぱり、第一印象だけで決めつけちゃダメだな~。第一印象での項目の比重を下げよう・・・見た目でだけ装ってお兄ちゃんに近づく人もいるだろうし」
そう言って、データ全体の書き換えを行う。
人を始めに判断する材料と言うのは第一印象である。
その人の趣味や嗜好などを判断する際に欠かせない。
しかし、それだけで判断するのは尚早であると改めて咲蘭は思うのであった。
携帯を操作しつつ、咲蘭は携帯画面の時計へと目をやる。
「やばっ・・・、もう行かないと・・・」
咲蘭は今まで隠れていた柱から飛び出すと、まだ立ち尽くしている女生徒二人の横を通り抜け、麗羽と一刀たちのいるフードコートへと向かうのであった。
それと同時にあることを画策する。
(あの二人・・・たしかファンクラブって・・・あの二人はもうダメ。お兄ちゃんにふさわしくない。潰しておかないとね。ふふっ・・・ふふふふふっ・・・)
END
あとがき
どうもです。
今ぐらいしかのんびり書ける時間がないので、今のうちに書き貯めとかしています。
今回は麗羽を中心に書きたいなって思って書いてみました。
第一部で全く登場してなかった人たちを中心に、こちら側で登場させようといろいろと考えていますが、ほとんどボツになると思います。
次は美羽と七乃かな・・・
気長にお付き合いください。
では、今日の所はこれで失礼します。
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どうもです。
前後編にしようと思ったのですが、中編までできる分量になったので急きょです。
お楽しみいただければ幸いです。