No.542492

②七色の紫と藍(戦国BSR佐→←幸・腐向け)

紫は「誰そ彼(たそかれ)」という佐弁小説ベースですが、全く問題なく読めます。藍などもっと問題なく。ただ7色シリーズではあるので、2色で対っぽくなっております。赤→紫→藍の順でございます。

2013-02-10 15:55:30 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:806   閲覧ユーザー数:806

<紫>

 

 

 

 幸村は傷だらけの戦装束をまとい、森の中を駆けていた。

 

 此度も武田騎馬隊として一番槍を任せられた戦だが、今回は、かなりの苦戦を強いられた。

 恐らく勝負は、今日中にはつかないだろう。問題は、その今日を、幸村自身が無事にくぐり抜けねばならないという事だ。

 陽は直に沈もうとしている。頼りになるのは己の感覚のみ。腹からは止血しても、なお流れる血を手で抑えながら、一度も足を止めずに走る。

 

 2本あった槍も、今は1本だけだ。先ほど忍びの軍勢を倒した際に失った。

 

 森を抜け、河原が見えたところで、幸村はようやく足を止めた。まだ安心は出来ないが、ここならば視界も広いと、この日始めて安堵のため息をついた。相手にも見つかりやすいだろうが、味方も見つけやすい。

 

 腹を抑えていた手は、血でべったり汚れている。

 

「ちと、まずいな」

 

 殺した誰かの血の上からの物だが、気になどしない。むしろ、流れすぎている自分の状態を危惧した。

 

 幸村は川で、手と一緒に傷口を洗った。そしてハチマキを外し、無いよりはマシだろうとして腹に巻く。そして隠れやすい影を選び、木を背にして座り込む。

 

 木の葉の隙間から見える空は、夕暮れと夜の狭間となっていた。

 

「静かだな……」

 

 つい先ほどまであった緊張感が嘘のような静寂に、また一つ息を吐く。

 

 退却のほら貝を遠くに聞いてどれほど経ったのか。今頃は皆が、心配して探しているだろうなと息を吐くが、その呼吸が浅い。

 

「は、……」

 

 僅かながらも懐に隠していた薬草も、戦いのどさくさで無くしてしまった。傷口に手を添えれば、ハチマキから滲む血の量に、眉をしかめる。

 

「は、は、……っ、はあ……」

 

 今回の戦は、最初から佐助とは別行動だった。とはいえ他の十勇士である鎌之助と海野が付いていたが、森ではぐれてしまった。

 

 幸村は、足を止めてしまったのは軽率だったと奥歯を噛み締める。せめて味方の陣地まで走るべきだった。そうすれば、常駐する医師なりに身を任せることも出来たのに。

 

 あれだけ走れた足が、今は重い。あれだけ研ぎ澄ましていた神経が、今は鈍い。早く、という声すら言葉にならなく、代わりに浅い呼吸が続く。

 

 このまま誰も助けに来ないのか、それとも、最初に見つけるのが敵ならどうなるのか。残った槍を握るが、既に刃は欠けている。

 

 幸村は、佐助が血まなこになって探しているであろう事を想像し、僅かに口角を上げた。

 

 この想像が過信ではないからこそ、幸村は己の状態を冷静に危ぶむ。

 

「はあ……は、……」

 

 ぼやける視界に、頭を振る。目を細め、日没を迎える前の、色鮮やかな空を慰めに意識を留まらせる。黄昏の奥に、月と星が見えた。

 

 人は死ねば星になると、誰が言ったのか。幸村は努めて長く、呼吸をした。

己が死しても、星にはならない。ただ沈むのみ。

 

 血濡れの世界を作った鬼が、いつか同じ鬼に呼ばれるだけのこと。

 

 それが今では無いと現に縋る視界には、いつしか炎の揺らめきが見え出した。

 

 日没した薄明の中、まだ水面が月明かりや星で光るには早い。影のない光景で浮かぶ灯り。青とも紫とも言える複数の炎は、蜃気楼のように、ゆらゆらと河原を別世界へと変えていった。

 

 この世と思えぬ色だが、幸村に動揺はない。やがてその中の一つに目を止め、音もなく笑った。

 

「よくよく、お主も、業が深い……」

 

 揺らめきはただ、揺らめくばかり。

 

「もみじ……」

 

 迷うことのない呼称名は、かつて幸村が弁丸であった頃に名づけた名前だ。

 

 佐助が信玄の用命で外出していた際、弁丸は幽霊と知りながらも、上田城まで連れてきた童がいた。名すら与えられることなく賊に殺された童に、弁丸は「もみじ」と名を与えた。

 

 赤い目の童はその名を大層気に入り、この世から消える間際に『まっているね』と弁丸に告げた。

 

 己とは違い、全てを持っていると思い焦がれた童が、「一緒には行けないけど、いずれ行くから河の前で待っていても良い」と言ったから。

 

 今と同じ、紫の空が生んだ、黄昏の逢魔が時の出来事。

 

 律儀にも幸村の命が削られた場面になると、童は現れる。これが、幸村が見る幻だとしても、もみじが未だ賽の河原で待っているような気がしてならないのだ。幾多の者を殺した男を、誰も殺していない童が案内人となって。

 

 だけど、まだだ。

 

 幸村は奥歯を噛み締めて、あえて腹を強く抑えた。痛みのある現実を選び、間違えようもない気配が急速に近づくや、肩の力を抜いた。

 

「……迎えに、来たか……」

 

 いつしか紫に見えていた炎に、再び笑みを浮かべる。

 

「すまぬ。まだ、そちらに逝く訳にはいかぬのだ」

 

 約束は違えない。いずれいくが、まだいけない。

 

 何度言ってきたか分からぬ言葉と共に炎は消え、闇を纏った佐助が幸村の視界を埋めた。

 

「旦那!」

 

「佐助……」

 

 想像通りの忍びらしからぬ狼狽ぶりに、生き延びた実感を噛み締める。

 

 佐助は無駄の無い動作で、懐から出した手ぬぐいに塗り薬を付け、忍び袋に入れていた薬草ごと傷口に当てた。ハチマキはなるたけ汚れていない所を再利用し、固定させるのに使う。

 

 応急処置だけ済ませるや、労わりながら幸村の身体を抱き上げる。微かに強くなる指先は、震えを押し隠すためだが、あまり効果は無かった。

 

「遅くなってごめん」とだけ呟けば、幸村も「大事無い」とだけ返した。

 

 この場から立ち去る間際、幸村は河原に目線を向ける。

 

「ふふ、また会いに来い……。その度に俺は、生き抗ってみせようぞ」

 

 佐助に身体を預け、力を抜く。訳が分からない忍は、不穏な物だけは感じ取り、眉をしかめる。

 

「誰と話してるの、あんた」

 

 目を閉じる前、幸村は偲ぶ心をもって答えた。

 

「誰(た)そ彼(かれ)ぞ」

 

 何度も手招く紫の刻が、何より現し世で生きる証なのは、幸村と童だけが知る秘密。

 

 

 

 

<青>

 

 

 

 珍しい刻限に目が覚めたと、幸村は目をゆっくりと開け、閨から障子を見やる。

 

 まだ外は暗いが、月明かりは消えていた。いつ時かは分からないが、夜明けは近いと思い、そのまま起き上がった。

 

 朝餉の仕度すらまだ遠いのだから、寝直しても問題はない。しかし眠気は遠のいてしまった。ある理由から気が張っているせいで、眠りが浅いために起きてしまったといえる。

 

 どうするかと首を捻っていると、障子の紙越しに外の色が変わったことに気づく。何事かと褥から出て、音もなく障子を開ければ、庭から見える空が濃い青色に染まっていた。

 

 日中の青空とは全く異なる藍にも近い色に、幸村は思わず板張りの濡れ縁まで出て、そのまま見惚れて立ち尽くす。

 

「これは見事な色だ」

 

 感嘆の声を上げれば、天井から声と共に佐助が降りてきた。

 

「日の出前に起きるなんて珍しいね」

 

「佐助」

 

 弾む声のまま名を呼べば、幸村の少し後ろに立ち、同じ空を軒下から眺める。

 

「これは日の出前と日の入り後に見えるやつだよ」

 

「ああ、彼は誰時(かわたれどき)、と言うそうだな」

 

 黄昏時と同じ意味だが、いつしか明け方を彼は誰時、夕方を黄昏時と呼ぶようになった。

 

 佐助は幸村が「と言うそうだな」という言い回しを使ったことに気を止め、わざとらしく声の調子を上げた。

 

「おや、詳しいじゃないの。独眼竜にでも聞いた?」

 

「よく分かったな」

 

 目をパチクリとさせる主に、もう少し隠し事は出来ないものかと心中ため息をつく。

 

「伊達と同盟結んでからというもの、真田の旦那から出る話の大半が、あの独眼竜からだしね」

 

「そ、そうだったか」

 

「そうですよぉ」

 

 どことなく刺のある返しに、幸村の目が別の意味で丸くなる。

 

「ん、どうした佐助。何やらいつもと雰囲気が違う気がするぞ」

 

「旦那の気のせいでしょ」

 

 首を傾げるのを、いつも通りの調子でかわす。

 

 秋の終わりに差し掛かる頃。武田と上杉、そして伊達は、三国同盟を結んだのだ。とはいえ冬の終わりまでという、期限付きだが。

 

 それからというもの、雪で道が閉ざされるまでの間、幸村と政宗は文を交わしていた。つい先日も幸村は招待を受け、伊達の領地にまで足を運んでいる。

 

 年の近い好敵手との交流は、命を削り合っていたのが嘘のように、友好な関係となっている。そんな嬉々としている最中の幸村が、忍びである佐助の心情などにまで気づく筈はないと、たかをくくっていたのだ。

 

 ところが、その独眼竜によって、忍びの心は易々と主にバレてしまう。

 

「そうだ、その政宗殿が、今日は参られるのだ」

 

 幸村は藍の世界を眺めた後、合点がいく顔で佐助を凝視した。

 

「不機嫌な理由はそれか」

 

 佐助は不覚にも口をへの字につぐんだ。言い返そうとしたが、それ以外に理由がある筈がないという顔をされてしまっては、足掻くだけ格好が悪いと諦めた。

 

 むしろ言いたかったのだ。

 

「それ以外、何があるってえの」

 

「正直だな」

 

 認めたのが幸村としては意外だった。「不機嫌なのがバレてますから」と言われても、元よりばれるように仕向けられたのではないかと思っても仕方が無い。己の忍の力量は幸村自身が何より知っているから、どうして不機嫌さを隠さないのか知りたくなった。

 

「佐助は、政宗殿が上田に来るのが嫌なのか」

 

 佐助は体制を変えた幸村に、真っ直ぐな目で射抜かれてしまう。

 

 藍が青ともなるのを背にした姿に、唇を噛み締めたくなったが、それを耐えるために口角を上げる。

 

 言える筈がないのだ。幸村を独占する竜に嫉妬しているなどと。

 

「否定はしませんよ。戦でもやりあってたってのに同盟中まで手合わせと称してやりあってさ、どんだけよって呆れてるんです。独眼竜が関わると、旦那のしなきゃいけない政務は溜まるしね」

 

 おどけるように両手を頭の後ろにした姿勢で、事実を述べれば、途端に互いの立場は逆転した。

 

「う、あ、その、政務はきちんとするぞ」

 

「当たり前でしょお」

 

 これ幸いにと目を細めて主を睨めば、立場の弱くなった幸村は、途端に開き直ってしまった。

 

「仕方あるまい、政宗殿と相対するのは面白いからな」

 

「何その言い訳」

 

 童のような言い分だと気抜けされているのも気にせず、幸村は尚も胸を貼って畳み掛ける。

 

「同盟相手であるのを忘れたことはないが、出来うるなら、今すぐにでも殺し合いたいぐらいだ」

 

「朝っぱらから物騒だよ旦那」

 

 さすがに殺し合いという言葉には、佐助も分かりやすく片眉を歪めた。

 

 幸村自身も言ったように、同盟中の国主を本当に殺しはしないだろうし、また殺されもしないだろう。しかし、剣呑な思想であるのに変わりはない。

 

 本当に武士というのは忍の自分にはついていけないよと、ため息をつく。

 

 そんな佐助に、かねてから切望していた事を、これ幸いにと投げかけた。

 

「本当は佐助とも一戦交えたいのだが、お前は本気にならぬからな。面白くない」

 

 唇を尖らせて拗ねられても、佐助にはどうしようもない要望だった。

 

「そりゃあそうでしょうが。守る人と本気でやり合ってどうすんの。まず本気にならないって」

 

 裏切りなど起こさない。気すら無ければ、疑われるのすら心外だ。無論、幸村も佐助がいつか反旗を翻すと危惧してなどいない。

 

 忍を全面に信頼する問題は、互いに、ひとまず棚に上げる。

 

 受け入れられるとは思っていなかったが、こうもあっさり否定されては、正直言って寂しい。だが無無理強いしてどうにかなる物でもないとも理解している。

 

 佐助と真っ向から対峙出来ないのは、幸村とて同じだった。

 

「本気にならぬか。お互いに歯止めがかかれば、まだ良い。また、本気同士なれば、力も相殺される。佐助とは、どれともならぬであろう」

 

 だから仕方が無い、と言い、諦めた。そして視線は再び、軒下から外へと戻る。

 

 佐助は幸村の「お互いに歯止め」と言った意味が気になっていたのだが、尋ねる機会を逃してしまった。そればかりか、青の光景に染まろうとするように見える幸村の姿に、苛立ちが沸き起こる。

 

 幸村は単純に美しいとして鑑賞しているのだが、どうにも、この青がいけないと胸中毒づく。上田の地すら蹂躙しょうとする竜ばかりが出てくるのだから、相当に始末が悪い。

 

 そう、幸村を、佐助から奪う色。

 

 空恐ろしくなる忍に触発された訳でもないのに、幸村がポツリと空に呟いた。

 

「何やらこの色が黄昏時であったのなら、大禍時となるのは、妙なものだな」

 

 黄昏時は逢魔が時ともいう。そして逢魔が時は、大禍時(おおまがとき)が転じている。

 

 昼と夜の境目の薄明かり時、魑魅魍魎に出会う、禍々しい物が降り立つと言われてきた時。

 

 まるで今がその時あると言いたげな物言いに、佐助は冗談じゃないと、起き上がろうとする己の闇に語りかける。

 

 どれだけ真田源次郎幸村が、何者をも顧みず戦場で紅蓮の鬼と化そうが、独眼竜が日の本を統べようと画策しようが関係無い。ここは上田で、幸村の安息とすべき場所だ。どれだけの藍に染まろうと、それは今日あるだけの、朝の風景にしか過ぎない。

 

「真田の旦那」

 

 抑揚が無い声が、幸村の耳に響く。

 

「俺様の背中が、誰のためにあるかを考えてよね」

 

 幸村が何者をも顧みない背中であるのは、振り返る必要のない程の存在である影がいると、佐助も自負していた。

 

 そんな誉を盾に、忍びの、忍ばぬ心ほど禍々しい物は無いとする闇を押し込める。

 

 幸村は口角を上げ、主らしい顔で佐助を見つめた。

 

「故に、俺はお前の本気を知らぬままであろうよ」

 

 武士として強い者と戦ってみたいという、滾る好奇心を、他愛のない我が儘だとして収めた。

 

 佐助が見逃した幸村の寂寥感と共に、スッと空の色は変わり、日の出を告げる物になった。

 

「青が消えたな」

 

 幸村は庭を背にし、閨へと足を向ける。

 

「なれば政宗殿が参られよう。朝餉を済ませたら支度をせねば」

 

 開けっ放しだった障子に、幸村が手をかけるのを見た佐助の顔には、先ほどまでの影はひとかけらも見られない。

 

「はいはい了解しましたよっと」

 

 いつもの二人らしい空気の中、音もなく消えた。これから幸村の見えぬ所で、朝餉の支度やら客人を出迎える準備などで、慌ただしく動くに違いない。

 

 障子を閉めれば、閨に入っていた日の出の明かりは閉じられ、薄暗くなった。

 

 忍の気配が完全に感じられなくなってから、幸村は誰とはなしに言の葉を滑らせる。

 

「佐助」

 

 忍の嫉妬を押し隠す限り、佐助もまた、幸村の寂寥感の意味に気づく事はない。

 

 彼は誰時も過ぎ、大禍時でも無い狭間。

 

「故に俺は、お前の真意を知らぬのだ」

 

 名残の時が呟いた。

 

 


 
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