No.542243

【改訂版】 真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 六章:話の七

甘露さん

・初戦闘!
・黄巾党!
・がボクの手にかかった結果がこれだよ!

2013-02-09 22:58:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3703   閲覧ユーザー数:3224

 

**

 

 

「北郷殿、貴方こそ真っ先に仲穎様、いや文和殿の後ろに着いて戻る者だと思っていたが」

 

天水、城郭。

歩兵を率い駐留することと成った郝昭は、城下を眺める一刀の後ろに立つとそうつぶやいた。

月率いる主力は先日発ち、天水に残されているのは一刀と郝昭、その兵二千五百に裏切り者の軍勢が数千と数万の市民。

黄巾の軍勢は勢いを増し、伝令の知らせに寄れば二日の後には天水へと辿り着くという。

それに比べ、頼みの張温軍は四日後、せめて二日は耐えねばならない。

戦闘の用意に、一匹の馬が忙しなく眼下をかけて行った。

 

「郝萌殿、ご冗談を。ならば誰がこの場を指揮し、張温様にお取次ぎなさるというのですか」

 

張温は三公の一人であり、また車騎将軍でもある。疑いようのない漢帝国の最高権力者の一人である。

それを迎えるにあたって、太守数名と私兵団の一軍を率いる将ではお話にもならない。格が圧倒的に足りないのだ。

せめて副従事、州牧の直臣程度の格がなければ代理として出迎えることも出来ない。

 

一刀にはこの場に居なくてはならない明確な根拠があった。故に一刀は牙歯にかけることさえ無く、おだやかな笑みをもって彼女を迎えた。

しかし、露骨に格不足だと言われた郝昭は心中穏やかでない。屈辱と、幻惑的な容姿に見つめられたことで芽吹いた女の自意識、そして何よりそう感じてしまった自身への怒りが。

彼女の頬を赤く染めた。

 

「……急な成り上がりの代償は、何時か高く跳ね返る」

「面白い冗談を仰るのですね。まるで仲穎様に嫉妬なさる中央の害獣の様では無いですか」

 

その一言に、さすがに強い怒りを感じたのだろう。ぐりと目を剥くと、親の敵のごとく一都を睨みつけた。

 

「ぐ……」

「では、これにて」

 

大義、地位、そういったものの上において、一刀はどこまでも正義であり善だった。

負け犬の遠吠えさえ許さない、己の惨めさだけが浮き彫りになる。

仲潁様から信を失い、あまつさえ会議の場で辱められたのも一刀という男が現れたせいであるとしか、郝昭には思えなかった。

 

彼女の道は順風満帆だったのだ。

魏続という良人を得、一軍の将にまで成り上がった。

北郷さえいなければと、思わずにはいられない。

 

一方、恨まれた当人といえば。

 

「(この戦いで彼女が死ねばよいが……まあそう上手くも行かないだろう)」

 

全てにおいて半端であり、独立した兵力でなければならない治安維持隊へと傾く将は、この軍勢に不要なのだ。

半端なだけな将ならばいい。使いようは有る。しかし、治安維持隊、言い換えてしまえば憲兵隊と結びついた兵力はあまりにも危険だ。

彼女が死ねば、後任により適当な人物を据え治安維持隊の分離もより進む。

 

しかし、適当な殺し方、というのもなかなかに思いつかないものである。

一刀は不穏分子を消す方法を、月にさえ証拠を残さず郝昭を殺す方法を考えながら廊下を歩いた。

月はおそらく郝昭が排除されていることは望んでいる。しかし、それと一刀が、臣下が臣下に手を下したことが露見するという事態を許容することとは話が別だ。

一分の不自然さもなく彼女を殺す必要があるのだ。月は王者だ。それ故に一刀だからと情状酌量を与えることもない。

月の思い描く覇道の構想へ水を挿せば烈火のごとく怒り殺され、そして一刀は英雄譚の脇に添えられた偉業の足がかりという花になる。

主のためと余計なことをしてはいけないのだ。臣は歯車のように定められた役割をこなす必要がある。

偉業にさしさわらず、痕跡さえ残さずに進路の細かな石を排除してこそ、月と世界を同じように捉えることが出来ると認められ参謀という役割を任された人間のすべきことである。

一刀はそう、己という者の役割を考えていた。

 

思考が食中毒に見せかけた毒殺をするための毒薬を選定するところまで進んだ挙句普通に腐ったものを奴の食事に紛れ込ませればいいのではないかと思い至ったところで、ふと一刀は顔を上げた。

たまの休憩に城下を眺め涼んでいたら郝昭に会い脳が仕事状態になってしまった。これではまるで休憩など出来た気がしない。

何のために陳情書や謁見願を処理する仕事を部下に押し付け出てきたのかもわからない。

 

と、不意に。

 

「お、かずっ……北郷だーっ!」

「やっほー!」

「っと、おや、これはお久しぶりです、翠さん、蒲公英さん」

 

一刀の腰ほどまでしか身長のない二人が、勢い良く飛びついてきたのだ。

動じること無く二人をしかと抱きとめると順に下ろし頭を一つ撫でる。

 

「えへへ~」

「わ、やめろよっ」

 

対照的な反応ではあるが、どちらも嬉しそうに頬を染めた。

そういえば報告にも、馬騰が子女を連れてきていたとあったのを思い出す。

娘が心配なのか、将来の英才教育に余念が無いのかさっぱりわからない一刀である。

 

「おや、おや。之は北郷殿、お久しぶりですね」

「馬騰殿」

 

一刀が拝礼をすると、馬騰はほほほと優雅に笑ってみせた。

しなやかで気品のある振る舞いは歴戦の将で一児の母とは思えない、と一刀は内心驚く。

 

「いやですわそんな他人行儀な。寿成とお呼びくださいな」

「では、寿成殿。翠さんと蒲公英さんはどうしてこちらに?」

「……子供は目の届く範囲に居させたいものなのです。特に、こんな時勢では……」

 

言い淀む姿に、一刀は寿成の内心を悟った。

なるほど巧妙な一手である。ありがちだが、血は途絶えない。

 

「ああ、なるほど。どうでしょう、宜しければ別室を用意させ話を伺いますが」

「ええ、是非とも」

「ん? 母上どうされたのですか?」

「おばさま、かおいろがわるいですよー」

「ううん、大丈夫よ。優しい子ね二人は」

 

なるほどまさしく母である。

我が子と姪の子を慈しむ姿は一刀に前の世の、教会のステンドグラスを思い出させた。

聖母マリアの姿、いまごろキリストの信徒達はローマに迫害されているのだろうか。

一刀は遥か西方の果てに思いを巡らせた。

 

「さ、もうお部屋に戻りなさい。侍女が点心を用意して待っているわよ」

「分かった! じゃあな北郷!」

「ばいばーい! えへへ、こんどはあそんでねー」

 

無邪気な笑顔に、ひらひらと手を振り優しく見送る。

角を曲がり、その姿が消えた時。すでに一刀には表情がなかった。

 

「……では、こちらへ」

「はい」

 

 

**

 

 

白湯が微かに湯気を上げる。

用意された貴重な甘味には、どちらも手を伸ばさない。

 

「それで、お話とは」

「翠、蒲公英の二人を預かっては頂けないでしょうか」

「……やはりですか。寿成殿、ご存知だったのですね」

「迫害された西羌、降羌にとってこの騒乱は千載一遇の好機。漢を倒せずとも我らの国を作ることは決して不可能ではないのです……」

 

どれだけ馬鹿正直な人物なのだろうか、と一刀は呆れ返った。

国を建てると宣言するその口元は震え、拳はふわりとした腰布をキツく握り締めているのだから。

 

「ならばなぜ、長子を私に預けるのです?」

 

彼は能面のまま、寿成の言葉に問い返した。

月の手の者は、俺の一挙一動を見、寸分の狂いもなく月に伝えていることだろうから。

 

「……韓遂殿は、この場での挙兵が失敗したとしても、必ずや兵を起こす気です。十万の兵を動員できるとも試算しています。ですが、漢もそれを抑える為に数十万の兵を注ぎ込むでしょう。

 何より、仲潁殿。あの方を敵に回すことが、私には恐ろしいことに思えてなりません」

「とは言っても寿成殿、貴女の持つ涼州での影響力は多大なもの。辺境の反乱に失敗したからと言って、おいそれと貴女方が殺されることはありますまい」

 

事実西方を抑える豪族達は、僻地でありながら根深く勢力を張り交易の顔役であることも相まって、おいそれと罰することが出来ないのだ。

出頭せよといくら命じた所でだんまりを決め込まれ、それで年度税を納められればぐうの音も出ない。

 

「しかし、報復を為さない程に、仲潁殿は甘いお方ではありません」

「……まあ、でしょうな」

「親族の一人二人、ある日死んでいたとしても……」

 

俯いたまま語るその調子に一刀は違和感を感じ取った。

どこか、作為を感じるのだ。この話は月への恐れから生じたものではない。

故に彼は、確信をえぐる一手を投じた。

 

「私の下にいるからと、ご息女が無事だとは限りますまい。寧ろ仲潁様のお手元にあると、そうは思わないのですか?」

「……」

 

寿成は語らない。

彼女が何を葛藤しているのか、一刀には知るすべもない。

 

ただ答えを待ち、一刻、二刻。寿成は口を開きかけては閉じ俯き、それを繰り返した。

やがて、埒が明かぬと言わんばかりに一刀は立ち上がると、ずい、と一歩。寿成に歩み寄る。びくり、肩が跳ねた。

随分と小さく見える。ふと思った。

以前、月と合っていた時は覇気あふれる偉丈夫だったはずだが、と。

 

「言えぬ事情が?」

「……いえ」

 

やがて覚悟を決めたらしい。すう、と小さく一息吸うと、寿成は口を開いた。

 

「翠はじきに婚約が決まります。…………韓遂殿のご子息です」

「なるほど、それはめでたい」

「しかし、仮にそうなれば我が家と韓遂殿の家はさらに親しい関係に」

 

ふと、一刀は昔の、霞と過ごしたあの頃を思い出す。

あの時の霞には心を気遣う味方が居なかった。母親とは本来、こういう者なのだろうか。

思いが浮かんで、ぱっと消えた。

 

「仮に乱が失敗に終われば、首謀者である韓遂殿と王国殿は積を負い、子息は人質にとられるでしょう」

「でしょうな。罰は何らかの形で与えねば」

「それに、もし乱が成功したとしても、我々は中規模勢力の寄せ集め。確実に次代の主導権をめぐり内紛が勃発します」

 

それは容易に想像できる光景である。

韓遂が最高指揮官ではあるが、その後継者問題や領地の割譲問題、立てるべき君主は誰なのか。

 

「言うまでもなく、娘の婚約は政略上のものです。…………平時ならばともかく今この時にその婚姻は母として、娘にあまりにも重い荷を背負わせることに、なるでしょう……」

 

一刀の心に羨慕が浮かんだ。彼の、愛してくれた母は、この世界には居ない。

道具として製造した母体があっただけだ、それも今頃はどこかでのたれ死んでいることだろう。

霞にも親は居ない。風の母は生きているかもしれないが。一人で逃げ、一人で死にかけた風には共感を覚えずに居られない。

翠は、蒲公英は、なんと愛されているのだろうか!

 

やはり、それは浮かんで、消えた。

 

もはや羨慕は一刀の心に存在しない。

預かることで生まれる利益、不利益が計算され、ひたすらに月にとって正の存在となるかどうかだけを考える。

──そして。

 

「……いいでしょう」

 

低く、刺のような声が捻り出された。

 

「本当ですか!?」

 

寿成の表情に華が咲く。

 

「子供は、笑顔で居るべきです」

「っ……ありがとう、ございます……」

 

子供を殺すのは嫌いだ。

フェミニスト気取りの自分を、一刀は斬り殺した。

 

 

**

 

 

二日後。

天水攻防戦が始まった。

 

 

**

 

城門の外にはためく黄巾の旗。

わずか数里先のそれを一つ見つめると、一刀は議場の揃った面子をぐるりと見回した。

 

「我ら仲潁様配下の軍勢は籠城します。最悪一週間、攻撃を凌げば張温様が万の軍勢を率いてこちらにいらっしゃるのですから」

「しかし、相手は高々賊軍ぞ。馬で蹴散らせば障害などあるまい」

 

王国、韓遂と共に首謀者に数えられる男である。

威圧感あふれるその声に数名の地方豪族がそうだ、そうだと野次を飛ばした。

 

「ええ、どうぞご自由に。ただし城門の管理は我々が行います。郝昭殿」

「馬遵殿より全権を委託された。四方の門は我々が管理する」

 

野次がどよめきに変わり、やがて罵声となって部屋に溢れかえる。

矛先は月配下の二人と、天水太守馬遵に向けられた。

 

「どういうことだ、話が違うではないか!?」

「はて、何かおかしいでしょうか。張温様をお迎えするには仲潁様の代理である私でなければなりませぬのに」

 

確かに、理には叶っている。

ぐぬと罵声を止めたその数瞬の静寂で、一刀はくすと嫌味に笑うと耳につくねっとりと小馬鹿にした声色でこう述べた。

 

「ああ、打って出られるのならばどうぞご自由に。但し門を管理するのは我々。無用な外敵の侵入を避けるためにも門はすぐに閉じさせてもらいましょう」

「……貴様!」

「よせ」

 

椅子が吹き飛び音を立てる。既視感を感じながら、一刀は立ち上がった王国に侮蔑の視線を向けると、彼は一層怒りを剥き出し剣の柄に手をかけた。

しかし、切っ先が放たれることはなかった。王国と一刀の間に韓遂が滑りこむと拝礼を一つ、辞を低くし頭を下げた。

 

「失礼仕った、北郷殿。民のためだ、そちらの方針に従おう」

 

韓遂の謝罪に一刀は馬鹿にした調子で鼻息を一つ吐き出す。

馬騰が知っている一刀との違いに思わずひっそりと目をむいた。

 

「いえ、韓遂殿が謝る謂れはございません」

 

拝礼こそするがそこには明らかな蔑みが見て取れる。

すぐにくるりと後ろを向くと、郝昭と連れ立って早々に会議室を後にした

 

「では、我々は之にて」

 

ずどん、黒檀の扉が重々しい扉を立てて締まる。

王国は直ぐ様、馬尊のふくよかな胸ぐらを掴むと、大きく揺さぶり鬼の形相で問い詰めにかかった。

 

「馬遵殿、之は一体どういうことだ!!」

「どの口がそれを言うか! 聞けば貴様ら、内応などと言いつつ太平道の軍勢に天水の占拠と略奪を約束していたというではないか!」

 

しかし馬尊は怯むどころか、王国のそれさえ上回る激しい怒りを漲らせ王国の胸ぐらを、華奢な腕で掴み返した。

 

「それは……誰から聞いたのだ!」

「北郷殿が教えてくれたわ! 貴様ら、私の街を売ったな!! もうついて行けぬ、私は仲潁殿に降らせてもらおう!!」

 

ばしん、と王国の腕を振り払うと、肩を怒らせ彼女は一刀達の出て行った扉へとまっすぐに向かい、やがて部屋から消えた。

残された王国は一人、扉が憎いとでも言わんばかりの勢いで一点を睨み続けている。

 

「……まあ落ち着きなされ、王国殿」

「これが落ち着いてっ」

 

方に置かれた韓遂の手を思わず振り払う。

それを微塵も気にせず韓遂は王国の顎を掴むと、無理矢理にこちらを振り向かせた。

 

「元より既に、“北郷殿”のお陰で内応の約束の期日は過ぎておる。高順以下を皆殺しにして挙兵しようともはや黄巾は我らを味方と思わず、また報復の兵が金城より怒涛のごとく押し寄せ張温にも攻められる」

「くっ……」

「露見し、董卓に逃げられた時点でこの戦法は使えまい。ならば我らも兵を損なわぬよう、張温を待てば良かろう」

「……相分かった」

 

王国の体から、怒りが霧散した。

 

「時を待とう、何れ機会は巡ってくる」

 

誰に向けたわけでもない韓遂の言葉に、部屋中の豪族が揃ってうなづいた。

 

 

**

 

 

馬も無ければ当然攻城兵器もない。

黄巾族の残党は城壁を一兵も超えられること無く、四日の後に現れた張温の軍勢と涼州の軍勢系数万に、見るも無残に蹂躙されたのだった。

 

 

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