No.542174

銀の槍、料理を作る(修羅の道編)

銀の霊峰に駆け込んできた半霊の青年。それを見て、銀の槍は覚悟と共に包丁を握るのであった。

2013-02-09 21:04:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:372   閲覧ユーザー数:351

「やあああ!」

 

 黒い戦装束の少女が、朱色の柄の十字槍を気合と共に突き出す。

 その突きは唸りをあげて相手を仕留めんと飛んでいく。

 

「ふっ」

 

 その相手である赤い長襦袢の女性は、身体を僅かに横に傾けることでその突きを躱す。

 そして次の瞬間、涼の目の前から消え失せた。

 

「遅いですわよ」

 

 次の瞬間、涼の目の前に女性が背を向けて現れる。

 その直後、涼は膝をついた。涼の腹には、一筋の赤い線が細く引かれていた。

 

「ぐっ……」

「……そこまでだ。この勝負、六花の勝ちだな」

 

 その様子を見て、立会人である将志は試合を止めた。

 六花はそれを受けて手にした包丁を鞘に戻して帯に挿す。

 

「宣言どおり、無傷で勝たせていただきましたわよ、涼。約束どおり、境内の掃除を代わってもらいますわ」

「いたた……滅茶苦茶でござるよ……というか、間合いに大きな差があるのに、何でこんなにあっさり入り込まれるんでござるか?」

「だって……貴女が来るまで、誰が私の相手をしていたと思っていますの?」

 

 当然ながら六花の至近距離での格闘の指導は、涼が来るまでは将志が引き受けていたのである。

 それに慣れてしまえば、それよりも技量の低い涼の槍を見切るのはそう難しいことではないのである。

 その言葉を聞いて、涼は悔しげに肩を落とした。

 

「くぅ……分かってはいたでござるが、お師さんとの差は大きいでござるなあ」

「……当たり前だ。俺はお前の少なくとも千倍の修行を積んできているのだ。そう簡単に追いつかれては立つ瀬がない」

「将志様ぁ~!」

「……ん?」

 

 頭の上から声をかけられて、将志達は上を見上げた。

 すると、刀を持った青年が大慌てですっ飛んでくるのが見えた。

 前に降り立った青年に、将志は声をかけた。

 

「……どうした、妖忌? そんなに慌てて?」

「幽々子様が将志様の料理が食べたいといってごねてます!」

 

 妖忌が慌てて飛んでくるのだ、幽々子が何もしていないはずがない。

 将志は妖忌の報告を聞いて額に手を当てる。

 

「……それで、今度は何を仕出かした?」

「幽霊を引き連れてこちらに押しかけようと、召集を……ゴホッゴホッ!」

 

 妖忌は報告中に激しく咳き込んだ。

 将志は報告の内容にため息をつきながら、妖忌の背中をさすった。

 

「……全く、世話が焼ける……と、妖忌、お前は大丈夫なのか?」

「は、はい……昨日少し風邪をこじらせて寝込んでいたのですが、もうだいぶ良くなりました」

「……そうか。無理はするな、お前がまた倒れれば幽々子に心配をかける」

「お兄様? そちらの方はどなたですの?」

 

 将志と妖忌が話をしていると、六花が話に入り込んできた。

 それを受けて、妖忌は六花に向き直った。

 

「ああ、申し遅れました。私は白玉楼で庭師兼剣術指南役をしております、魂魄 妖忌と申します。いつも将志様にはお世話になっております」

「槍ヶ岳 六花ですわ。それで、何でお兄様の料理を食べるためだけにそんなことをするんですの?」

「……まあ、幽々子だからな」

「そうですね……将志様の料理の味を知ってからというもの、時たまこのように求めるようになりまして……」

「……しばらく行っていなかったからな。禁断症状が出たか」

 

 六花の発言に将志は額に手を当てため息をつき、妖忌はがっくりと肩を落とす。

 その話を聞いて、涼が躊躇いがちに質問をした。

 

「……あの、お師さん? お師さんの料理には、そういう薬か何かが入っているんでござるか?」

「……涼。実際にそういうことをするとどうなるか、その身を持って味わってもらおうか?」

「え、遠慮するでござる! 不用意な発言をしてすみませんでしたぁ!!」

 

 ジト眼を向けられて、涼は即座に土下座を敢行した。その様子を無視して、妖忌は将志に頭を下げた。

 

「とにかく、急がないと幽々子様が暴れだします! 将志様、お願いします!」

「……全く仕方のない奴だ。涼、お前にもついて来てもらう。いいな?」

「へ? 何で拙者も?」

「……とにかくついて来い。道中で説明する」

 

 そして将志、涼、妖忌の三人は大急ぎで白玉楼に向かった。

 

 

 

 

 白玉楼に着くと、将志は一直線に台所に向かい準備を進める。

 その間に残りの二人を集め、作戦を伝えることにした。

 

「……涼、今から俺は支度をする。その間、何人たりとも台所に入れるな。いや、台所の戸を開けさせるな。中の匂いが漏れてしまえば幽々子は即座にこちらに来るだろう。そうなってしまえば、幽々子が満足する味を作り出すのは不可能だ。満足しなければ、幽々子は無限に料理を求めてくるぞ。万が一開けられてしまった場合は、俺のところに来る前に食い止めろ。手段は問わん」

「了解したでござるよ」

 

 涼はそういうと台所のすぐ外に待機した。

 続いて、将志は妖忌に作戦を伝える。

 

「……妖忌。お前は何とかして幽々子の暴走を抑えろ。必要とあればこれを使え」

 

 将志はそういうと巾着を取り出し、中から筍の皮で小分けにした包みをいくつか取り出した。

 妖忌がそのうちの一つを開けてみると、中には柏餅が入っていた。

 

「柏餅……ですか?」

「……俺が作ったものだ。それを食べさせれば、僅かではあるが理性を保たせることが出来るだろう。だが、使いどころに気をつけろ。幽々子の性格上、一時的な満足感の後に急激に空腹になっていくはずだからな。病み上がりにはつらいかも知れんが、堪えてくれ」

「心得ました。それでは幽々子様のところへ行ってまいります」

 

 妖忌はそう言うと柏餅を入れた巾着を手に取り、幽々子の元へ向かった。

 

「……任せたぞ、二人とも」

 

 将志はそれを見送ると、急いで食事の用意を始めた。

 

 

 

 

 妖忌が居間に戻ると、そこでは机の上に幽々子が伸びていた。

 部屋の中に入ると、幽々子はゆっくりと身体を起こした。

 

「妖忌……そこに隠し持っている柏餅を遣しなさい」

 

 幽々子は妖忌を見るなり、開口一番そう言った。

 そこには異常な威圧感があり、思わず妖忌は気圧される。

 

「な、何のことでございましょうか?」

「隠しても無駄よ。この甘い匂いは将志が私のために作った柏餅の匂い……他の柏餅とは一線を画した極上の一品……」

 

 幽々子は妖忌の持っている巾着から漏れ出ているわずかな匂いを嗅ぎ取り、ジリジリと妖忌に近寄る。

 恐ろしいまでの嗅覚である。

 

「ゆ、幽々子様!?」

「……さあ、妖忌……こっちに渡しなさい!!」

 

 幽々子はそういうと、妖忌に向かって飛び掛った。

 妖忌はそれを躱して、部屋の外へと飛び出す。

 

「くっ……今はまだ、渡すわけには!」

「逃がさないわよぉ~……その柏餅は私を呼んでいるのだから……」

 

 幽々子の周りにはたくさんの蝶が飛び回り、妖忌を取り囲む。蝶達は妖忌に向かって一斉に飛び掛っていく。

 それと同時に、幽々子はどこからか取り出した日本刀で妖忌に襲い掛かった。

 

「くぅぅぅ! 幽々子様! お気をお確かに!」

 

 妖忌は蝶を躱しながら幽々子の攻撃を受け止める。

 

「あら……私は正気よぉ? 私はいたって普通に私の柏餅を取り返そうとしているだけですもの……」

 

 幽々子はそう言いながら両手が塞がっている妖忌が持っている巾着に手を伸ばす。

 妖忌は相手の狙いを悟ると、素早く後ろに飛びのいた。

 

「柏餅くらいで刀を持ち出さないでください! というか、そんなもの必要ないって言ってませんでしたか!?」

「だって、これで斬ろうとすれば妖忌は両手を使って防ぐでしょう? そうすれば、その分柏餅の防御は甘くなるわぁ……」

 

 妖忌は迫り来る蝶の弾幕を避けながら幽々子を台所から遠ざけていく。幽々子はそれを逃がすまいとして刀を持って追いかけてくる。

 幽々子の太刀筋は妖忌が指南しているだけあって、それなりに鋭いものである。おまけに蝶の弾幕は、飢餓状態で興奮しているのか普段よりも遥かに苛烈になっていた。

 妖忌とて、油断をしていると足元をすくわれかねなかった。

 

「せ、正常な思考を失っている……止むを得ないか、それっ!」

 

 妖忌は幽々子に向かって柏餅を一つ投げた。

 

「そうそう……素直に渡してくれればいいのよ~」

 

 幽々子はそれを受け取ると、包みを解いて柏餅を食べた。

 幽々子はしばらく満足そうに笑っていたが、食べ終わると再び妖忌に眼を向けた。

 

「……さて、妖忌……まだ持っているわね?」

 

 幽々子の視線は獲物を目の前にした狩人のような視線で、妖忌は思わずたじろぐ。

 

「ほ、本当に今日はどうしたのですか? いつになく荒れてますけど!?」

「ふふふ……いいえ~、妖忌が寝込んでいて私がひもじい思いをしている間にも、銀の霊峰では将志がおいしいご飯を作って食べてると思うとね……」

 

 幽々子は俯いて笑いながらそう話した。

 その言葉には、妖忌や将志に対する深い怨嗟が込められていた。

 

「そ、それでこんなことに……」

 

 理由を聞いて、妖忌は愕然とした。内心、彼はこれから先は何があっても自分の体調管理を優先させようと心に誓うのであった。

 そんな彼の耳に、ぐぅ~という腹の音が聞こえてきた。

 

「くすくすくす……貴方がそんな有様だから、くうくうお腹が鳴りました。蝶は甘い香りに誘われて、ご飯を求めて飛んでいきます」

 

 昏い笑みを浮かべながら幽々子はそういうと、静かに手を上に揚げた。

 妖忌がそれに対して警戒をすると、突如として幽々子の蝶が妖忌の足を後ろから払った。

 

「うわっ! し、しまった!」

 

 妖忌が慌てて立ち上がろうとするが、幽々子は素早くその上に覆いかぶさった。

 二の腕から肩にかけてしっかりと抑え込まれており、妖忌は立ち上がることが出来ない。

 

「ふふふ……妖忌。貴方を、いただきます」

 

 幽々子は焦点のあっていない眼で笑うと、ゆっくりと妖忌に顔を近づけていった。

 

「なあっ!? 幽々子様やめ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

「……っ! 妖忌殿……!」

 

 外から聞こえてきた妖忌の悲鳴を聞いて、涼は顔を上げる。

 

「……妖忌殿という防壁がなくなった以上、次の防壁は拙者か……」

 

 涼はそう呟いて、手にした十字槍を握りなおす。

 すると、段々と近づいてくる気配に涼は気がついた。

 

「ふふふ……なぁんだ、ご飯はすぐ近くにあるんだぁ~」

 

 幽々子は台所からかすかに漂ってくる匂いを嗅いで笑う。

 涼はいったん槍を収め、説得を試みることにした。

 

「幽々子殿。もう少しで完成するのでござる。もうしばし待たれよ」

「うふふふふ……」

 

 説得に耳を貸さず、幽々子は台所へと近づいていく。

 涼はそれを見て、槍を構えた。

 

「……ここは、通さんでござる!」

「羽、ぱたぱたぱた。羽根、ふわふわふわ。翅、ひらひらひら。蝶はご飯を目指します」

 

 幽々子は錯乱した笑みを浮かべながら、ふらふらと台所へと向かっていく。

 

「くっ、正気に戻られよ、幽々子殿!」

 

 そんな幽々子に対して、涼は槍の石突を繰り出した。

 幽々子はそれを受けて後ろに転がった。

 

「いったぁ~い……あら……」

「……っ!?」

 

 起き上がった幽々子に見つめられた瞬間、涼の背筋に強烈な寒気が走った。

 そんな涼に対して、幽々子は綺麗で凄絶な笑みを浮かべる。

 

「あはははは……貴女おいしそ~……ねえ、貴女は食べてもいい亡霊?」

 

 幽々子はそういうと、廊下全体に桃色に輝く蝶を飛ばした。

 廊下が一瞬にして桃色に染まり、涼を取り囲む。

 

「うっ……ひ、退かぬ! 拙者は退かぬでござる!」

 

 涼は背筋に走る悪寒を堪えながら幽々子に対して構える。槍を握る手には汗が滲んでおり、その緊張が見て取れる。

 そんな涼に向かって、一斉に蝶が飛び掛った。狭い廊下に過剰なほどに集まった蝶は、涼に一切の回避の余地を与えなかった。

 

「がはっ!」

 

 全身に衝撃を受け、涼はその場に膝を突く。

 そこに向かって、幽々子は思いっきり飛び掛った。

 

「ぐぅ!?」

「つ~かま~えた~♪ うふふ……もちもちしてて美味しそうねぇ、貴女」

 

 幽々子はぐるぐると渦巻く瞳で笑いながら涼の頬を撫で、舌なめずりをする。

 それは、生物なら誰でも本能的に恐怖を感じさせるものだった。

 

「ひっ……」

「それじゃあ……いただきます♪」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 台所の戸がゆっくりと開かれ、音を立てる。

 その音を聞いて、料理人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「くっ、持ちこたえられなかったか……」

「ふふふふふ♪ 私のご飯♪」

 

 料理を作る将志の背後に、幽々子はひたひたと迫っていく。

 煮物はまだ味が染みきっておらず、将志の目指す味にまだ至っていない。

 焼き魚は香ばしい匂いこそ漂っているが、中にまだ火が通っていない。

 将志は深くため息をついた。

 

「……今ある時間では、仕上げるのは無理か……」

「わ~、いい匂い♪」

「…………仕方がない」

 

 将志はそういうと、菜箸を置いた。

 

「いっただきま~す♪」

「……ならば時間を作るまでだ!」

「むぐっ!?」

 

 将志は幽々子の口に手元にあった饅頭を突っ込んだ。

 幽々子がしばらくそれを咀嚼していると、その顔が段々青ざめてきた。

 

「……っ!? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!? 甘辛すっぱ苦渋ううううううううううううううううう!?」

 

 幽々子の口の中に七色の味が広がる。

 口の中は灼熱地獄になり、頭を突き抜けるような強烈な刺激を受け、筆舌に尽くしがたい苦味と渋みがのどを覆う。

 幽々子はそのあまりに凄惨な味に、絶叫しながらその場に転がって悶絶した。

 

「……今だ」

 

 将志は転げまわる幽々子を抱えて納戸に向かう。

 そしてその中に幽々子を寝かせると、戸を閉めて閂を掛けた。

 

「……これでよし……」

 

 将志はそう呟くと、素早く台所に戻った。

 幸いにして、丁度焼き魚をひっくり返すタイミングであった。

 

「……最初からこうすればよかったのかもしれないな……」

 

 将志はのんびりと料理を続けながらそう呟く。

 そして全ての調理を終えると、将志は幽々子を呼び出しに納戸に戻った。

 

「…………」

 

 そこには、口から魂が抜け出しかかっている幽々子の姿があった。

 口の中は未だに大惨事となっており、幽々子が戻ってくる気配はない。

 

「……ふむ」

 

 将志は懐から紙に包まれた丸い物体を取り出した。その紙を取り去ると、中からは翡翠色の飴玉が出てきた。

 将志はその飴玉を幽々子の口の中に放り込んだ。

 

「……はっ!?」

 

 すると幽々子は即座に眼を覚ました。

 それと同時に、とろけそうな笑顔を浮かべた。

 

「はぁ……これ……すごい……」

 

 幽々子の口の中はまるで天国のような状態になっていた。

 先程までの地獄を洗い流してなお、口の中に言い表すことなどとても出来ないような清涼感と、うつ病患者でさえこの世を楽園と思わせられるような味が広がっていた。

 

「……ふむ。試作品だったのだが、その様子なら問題はなさそうだな」

 

 将志は幽々子の様子を見て、そう言ってうなずいた。

 

「もう、酷いじゃない。あんなもの食べさせるなんて」

「……不完全な料理を食べさせることは俺の流儀に反するのでな。力ずくでも止めさせてもらった。それに、そういうことを言う割には顔が笑っているぞ?」

「だって、今の私は最高に美味しいものを食べてるもの。飴玉一つでこんなに幸福感を感じるなんて思いもしなかったわ」

「……そうか。気に入ってもらえて何よりだ。食事の準備が出来ている。落ち着いたら食べるがいい」

 

 将志はそういうと、涼達を起こしに行こうとする。

 そんな将志を、幽々子は引き止めた。

 

「……ちょっと良いかしら?」

「……何だ?」

「あの飴玉って、まだあるのかしら?」

「……あることはある。だが、食後に食べてもその味は出せないぞ?」

 

 それを聞いて幽々子は首をかしげた。

 

「……どうしてかしら?」

「……その飴玉は、あの饅頭を食べた後でないとその味にならん。相応の試練を乗り越えたものだけが、その味を楽しめるという仕組みだ」

 

 将志の発言に、幽々子はジト眼と共に頬を膨らませた。

 

「意地が悪いわね~……そんなことしなくてもこの味は出せないものなの?」

「……無理だ。そもそも、その味を出すためにあの饅頭を作ったのだからな」

 

 幽々子の質問に、将志はそう言って首を横に振った。

 それを聞いて、幽々子はぽかーんとした表情を浮かべた。

 

「え、嫌がらせのためにあれを作ったんじゃないのかしら?」

「……お前は俺をなんだと思っているんだ……」

「腕は良いけどたまに鬼畜な料理人」

「……後で覚えておくがいい……」

 

 将志はため息と共に、幽々子に対する復讐の爪を砥ぐことにした。

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

「ほへ~……」

 

 幽々子の食事が終わって座敷に戻ってみると、そこにはとろけた表情の涼と妖忌がいた。

 二人は気付けのためにあの地獄饅頭(仮)を食べ、その後救済飴(仮)を食べたのだった。

 

「ふふふ、あんなに緩んだ妖忌の顔なんて滅多に見られないわね」

「……そうなのか? 俺は割と見ているが」

 

 二人の様子を見て微笑みながらそう呟く幽々子に将志は首をかしげた。

 

「それは、将志の料理の中毒性が高いだけよ」

「……俺の料理はそういうものではないのだが……」

「あら、美味しいということは十分な中毒性を持つわよ? というわけで、貴方やっぱりに住み込みで働いてみないかしら?」

「……俺には別に本来の仕事がある」

「……本当、それが残念でならないわ」

 

 将志の言葉に、幽々子は心底残念そうにため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

「はらほらはらひれ~♪」

 

 時は移ろい夕食後。

 本殿の広間にて、涼はくるくると回転しながら踊っていた。

 突然の奇行に、愛梨とアグナが唖然とした様子でそれを眺めていた。

 

「……ねえ、将志くん。涼ちゃん、どうしちゃったの?」

「……料理で楽園を実際に見せられないかと思ってな……少し、幻覚作用のあるキノコを入れてみたのだが……」

 

 実は、将志は涼の夕食の中にかつて自分が食べて幻覚を見たキノコを混ぜていたのだ。

 いわゆるアッパー系のマジックマッシュルームである。

 

「……兄ちゃん、流石にそれは無理だと思うぜ?」

 

 それを聞いて、アグナは将志に抱きついたまま自分の意見を言う。

 

「……やはり無理か」

 

 アグナの意見に、将志は残念そうに肩を落とした。

 

「ああ、あんなところに青い鳥がいるでござる~♪」

 

 涼はそういうと外へと歩いていき、きりもみ回転をしながら夜空へと飛び立っていった。

 その軌道はふらふらとして安定せず、どこに飛んでいくか見当もつかなかった。

 速度だけは速かったので、将志達はあっという間に涼の姿を見失ってしまった。

 

「……飛んで行っちゃったね♪」

「……どうすんだよ、兄ちゃん?」

「……効果が切れるまで放っておくしかあるまい……涼のことだ、あの状態でも死にはすまい」

 

 結局、将志達は捜索をあきらめて中に戻ることにした。

 

 

 

 

 翌日、涼は白玉楼の桜の木に引っかかっているところを妖忌に発見された。


 
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