No.541644

銀の槍、引退する

凄腕の仕事人として、人間の町で働いてきた銀の槍。そんな彼も、そろそろ一戦から退くようである。

2013-02-08 20:14:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:279   閲覧ユーザー数:261

「……これだけあれば十分といったところだな」

 

 将志は蓄えていた銅銭や金銀財宝を数え、帳簿をつける。

 雇われの用心棒や妖怪退治などで稼いだ財は莫大な額であり、通常の人間ならば一生遊んで暮らせるだけの資産がそこにはあった。

 将志達はそこまで贅沢をしたりはしない上に食料の一部を自分で獲っているため、持たせようと思えば二百年は持つ。

 

「……そろそろ潮時か……」

 

 帳簿を見ながら、将志はそう呟いた。

 将志は二十年間町で仕事をしていたが、現在引退を考えている。

 もちろん、身体能力的には全く問題はない。しかし、それが逆に問題となるのだ。

 何故ならば、将志は人間のように歳を取らないからだ。そんな人物がずっと同じ町に居座っていたらどうなるか?恐らく、良い事など一つもないだろう。

 それ故に、将志は今まで仕事をしてきた町から手を引くのだ。

 

「……行くか」

 

 将志は赤い布で巻かれた銀の槍を背負い、黒い漆塗りの柄の槍を担いで仕事場にしていた町へと出発した。

 

 

 

 

 将志は町に着くと、いつも仕事を請けていた仕立て屋に向かった。

 仕立て屋では、店主が番台に座って店番をしていた。

 

「……槍次か。今日は珍しく客は居ないぞ」

「……そうか」

「で、仕事を請けに来たのか」

「……あるのならば請けよう。だが、その前に話がある」

 

 将志が話を切り出すと、店主は仕事内容が書かれた木簡を取り出す手を止めた。

 

「話だと?」

「……ああ。そろそろ潮時じゃないかと思ってな。故郷に帰ることにした」

「……そうか。考えてみれば、あれから二十年経ったのか。お前も若く見えて、中ではガタが来ていたというわけだ」

 

 店主は感慨深げにそう呟いた。それに対して、将志は静かに頷いた。

 

「……そういうことだ。そういう店主も、俺が辞める時には廃業するつもりだったのだろう?」

「ああ。手配師も実際は綱渡りの様な仕事だ。知りたくもない裏の事情を知らなくてはいけないこともあるし、場合によっては命を狙われることだってある。……俺はもう、そういう綱渡りをするのは疲れたのさ」

 

 そう話す店主の顔には影が差しており、どこか疲れた表情を浮かべていた。

 それを見て、将志はため息をついた。

 

「……歳を取ったものだな。店主が弱音を吐くところなど初めて見たぞ?」

「ふっ、違いない。さて、仕事の話と行こう。残ってるのはこいつだけだ、お互いに有終の美を飾るとしようじゃないか」

「……ああ」

 

 そう言い合うと、二人は仕事の話を始めた。仕事の内容は周辺に現れた盗賊の退治だった。

 将志は依頼の内容を確認し、早速仕事に取り掛かった。藍の一件で狐殺しと呼ばれるようになった一騎当千の兵にとって、それは楽な仕事だった。

 

 

 

 

 仕事が終わり、将志は仕立て屋に戻ってきた。

 仕立て屋の店主は将志がやってくると、茶を出して出迎えた。

 

「……終わったようだな」

「……ああ。これが証拠だ」

 

 将志は盗賊の隠れ家から持ってきた武器の類を店主に見せる。

 店主はそれを確認すると、報酬の包みをそっと机の上においた。

 

「これが最後の報酬だ。今までご苦労だったな。おかげで随分と稼がせてもらったぞ」

「……稼がせてもらったのはお互い様だ。それで、店主はこれからどうするつもりだ?」

「なに、幸いにして表の顔も軌道に乗っているからな。これからは、仕立て屋一本でやっていくさ」

「……そうか。なら、その門出を祝ってこれでももらおうか」

「故郷の誰かに手土産か。そらよ、お買い上げどうも」

 

 二人はそう言って小さく笑いあう。

 そこには、二十年間で積み上げてきた信頼関係が確かに存在した。

 

「……達者でな」

 

 将志はそういうと、仕立て屋を後にした。

 

「ああ。お前も元気でやれよ、槍次」

 

 店主はそれに対して短く答えを返して今生の別れを告げた。

 

「……槍ヶ岳 将志か……神を雇うことも、もう無いな。それに、そろそろ雛鳥も巣立つときだ。……寂しくなるな」

 

 将志を見送ると、店主は小さくそう呟いた。

 

 

 

 将志が町の出口に向かって歩いていくと、そこには門の柱に寄りかかっている人影が見えた。

 その人影は将志を視界に捉えると、前に立ちはだかった。

 

「……居ないと思えばここに居たのか」

「……逃がさないよ、将志。勝ち逃げなんて出来ると思うなよ」

 

 立ちふさがった人影、妹紅は俯いたまま将志に向かってそう言った。

 それに対して、将志は小さくため息をついた。

 

「……やる気か?」

「……もちろん」

「……良いだろう、では移動するとしよう」

 

 将志と妹紅は町の外にある草原に移動する。二人は向き合うと、お互いに向かって構えた。

 将志が構えるのは漆塗りの槍ではなく、自らの本体である銀の槍である。

 一方の妹紅は体に炎を纏わせて戦闘準備に入った。

 

「……行くぞ」

「来い!」

 

 将志は一気に踏み込み、妹紅に対して突きを放った。

 妹紅はそれを躱し、炎を纏った拳でカウンターを狙う。

 

「……ふっ」

「ぐっ……」

 

 将志はそれを体を捌くことで冷静に躱し、妹紅に膝蹴りを叩き込む。

 妹紅はとっさに後ろに跳んで受身を取り、受けるダメージを少なくした。

 

「……はっ」

 

 将志はそこに妖力の槍を投げつける。

 

「っ!」

 

 体勢が崩れている妹紅は、それを見てあえて後ろに倒れた。

 すると銀の槍は妹紅の目の前を通り過ぎていき、銀の軌跡が残った。

 それを確認すると、妹紅は素早く横に転がった。

 銀の軌跡が崩れ、夥しい量の弾幕が妹紅が居た場所に降り注ぎ、地面に穴を開ける。

 

「っ、はあああああ!!」

 

 妹紅は素早く体勢を立て直すと将志に向かって炎を放った。

 将志はそれを難なく避け、炎で視界がさえぎられている妹紅の背後を易々と取る。

 

「そこだ!」

「……っ」

 

 しかし妹紅は将志の行動を先読みして後方へ攻撃を仕掛ける。

 炎を纏った妹紅の攻撃を受け止めるわけには行かないため、将志は大きく後退した。

 

「……くっ、出会ってすぐは今の攻撃を避けられなかったものだったが……成長したな」

「はっ、あんたが毎回毎回背後だの死角だの突いてくれるもんだから慣れたんだよ」

 

 一息ついて将志は妹紅の成長を素直に褒める。

 それに対して、妹紅は吐き捨てるように言葉を返した。

 

「……なるほど、二十年間俺に喰らいついてきたのは伊達ではないか。ならば、どこまで付いて来られるか試してみようか」

「上等だ。余裕ぶっこいて追い抜かされても泣くなよ?」

 

 将志が七本の銀の槍を作り出して宙に浮かべると、妹紅の背中から翼が生えたかのように炎が噴出す。

 両者はしばらく睨み合い、相手の出方を伺う。

 

「……どうした、来ないのか?」

「……そうかい。なら、遠慮なく行かせてもらう!」

 

 妹紅はそういうと将志に向かって炎を放った。

 その炎は翼を広げた鳳凰のような姿で飛んでいく。

 

「……疾っ」

 

 将志はその鳳凰の上を飛び越えるように跳躍し、妹紅に向けて槍を投げる。

 対する妹紅もその槍をすり抜けるように前に進み、将志を下から炎で突き上げた。

 

「どうだ!」

「……甘い」

 

 将志は球状の足場を作り出してそれを蹴り、素早く妹紅の死角に入る。

 そして妹紅に水面蹴りを掛け、足を払う。

 

「うわっ!?」

「……はっ」

 

 倒れこんでくる妹紅を、将志は槍の石突を下から叩き込んで宙に浮かせる。

 

「……ふっ、せいっ、そらっ」

「ぐっ!」

 

 宙に浮いた妹紅に、将志は次々と追撃を掛けた。

 その連撃を妹紅は必死の形相で耐える。

 

「……やっ」

「ぐあっ!」

 

 追撃の最後に将志は槍を振り下ろして妹紅を地面に叩き付けた。

 将志は着地すると、油断なく妹紅を見やる。

 

「くっ……まだだ!」

「……流石に頑丈だな」

 

 即座に立ち上がってくる妹紅に対して将志はそう呟いた。

 将志は再び銀の槍を数本作り出し、妹紅に向かって投げつける。

 

「はああああああ!」

 

 すると妹紅はその槍を飲み込むような巨大な炎を撃ちだした。

 しかし槍は燃え尽きることなく飛んでいき、そのうちの一本が妹紅の腹に突き刺さる。

 

「がっ……そこだぁ!」

「……ちっ」

 

 将志が炎に隠れて妹紅の真上から攻撃を仕掛けようとすると、妹紅は手から出している炎をそのまま将志の居る方角へ向けた。

 将志はそれを見て足場を作り出し、それを蹴って一気に離脱した。

 

「……今日はいつになく荒いな……」

 

 将志は妹紅の攻撃を見ながらそう言った。

 普段の妹紅はここまで捨て身の戦法を取ったりはしない。

 将志が知る限り、妹紅は自身の機動力を下げないようにこちらの攻撃を躱しながら戦う形を主としている。

 不死者であるのに将志の攻撃を躱す理由として、将志の槍は刺さったらそのまま残されるからだ。

 かつて将志は妹紅が体に刺さった槍を抜こうとしたところを叩きのめしたことがあるため、妹紅はそれを嫌うようになったのだ。

 

「逃がすかぁ!」

 

 しかし、今日の妹紅は完全に防御を捨てて攻撃に走っている。

 腹に槍が突き刺さったまま、妹紅は将志に向かって炎を放つ。

 その炎も普段より苛烈なものであり、天を焦がしそうな勢いがあった。

 

「…………」

 

 そんな妹紅に対し、将志は黙って槍を投げつける。

 それと同時に、将志は一発の弾丸を妹紅に向かって放った。

 

「ぎゃうっ!?」

 

 妹紅は槍と一緒に弾丸を額に受け、その場に転がった。

 そして起き上がろうとすると、突然腹に刺さった槍が消えた。

 妹紅がそれを怪訝に思いながら体を起こすと、そこには黙って空を見上げる将志が立っていた。

 

「くっ……まだ終わっていない……」

「……ああ。確かにまだ終わっていないな」

 

 将志はどこか上の空で妹紅に対して答えた。

 視線は宙を彷徨っており、明らかに戦闘に集中していない。

 その様子に、妹紅は顔をしかめた。

 

「……あんた、何を考えているのよ?」

「……いや、思えば短い間ではあったが、この喧嘩も日常の一つだったとな。少々感慨に浸っていたのだ。今まで一度も勝ちを拾えずとも、何度でも喰らいついてくるお前の執念には恐れ入るよ」

 

 将志はそう言いながら大きく息を吐いた。

 それを見て、妹紅はにやりと笑った。

 

「そうか。それで、私にやられてくれる気になったのか?」

「……今まで俺はお前に対して少々無礼を働いてきた。その理由はいろいろあるのだが、今となってはそれもない」

 

 将志は眼を閉じ、静かにそう口にした。

 その言いたいことの意味がわからず、妹紅は首をかしげた。

 

「何が言いたいの、あんた?」

「……お前の執念と根性に敬意を表して、これから俺の本気を見せてやる。……お前が越えようとした山、決して低くはないぞ?」

 

 将志がそういった瞬間、周囲が銀色に輝き始めた。

 そこから感じられる力に、妹紅は眼を見開いた。

 

「な、あんたまだそんな力を……」

「……銀の霊峰の守護神にして主の守護者、槍ヶ岳 将志。その力、しかと眼に焼き付けるがいい」

「うぐっ!?」

 

 将志がそういった瞬間、妹紅は吹き飛ばされていた。

 起き上がってみると、さっきまで自分が立っていたところに槍を振りぬいた格好の将志が立っていた。

 

「な、何がっ!?」

 

 状況が理解できていない妹紅がそう呟いた瞬間、足を払われて妹紅の体が宙に浮いた。

 そして次の瞬間、七本の槍が体を貫いていた。

 

「がはっ……」

 

 妹紅は空中で体勢を立て直して周囲を見た。

 すると、そこにはバスケットボールぐらいの大きさの大量の銀の玉が浮かんでいた。

 それを見た瞬間、風と共に腹に焼け付くような痛みを妹紅は感じた。

 

「……え」

 

 見ると、そこには一筋の赤い線が引かれていた。

 それを確認すると同時に、今度は右足と左肩に痛みが走る。

 妹紅が呆気に取られている間に、傷はどんどん増えていった。

 

「あっ……」

 

 そして妹紅は自分にまっすぐ迫ってくる将志を確認した瞬間、銀の槍で体を貫かれたのだった。

 

 

 

 

「……ははは、これがあんたの本気か……今の私じゃ手も足も出ないや……」

 

 妹紅は全身ボロボロの状態で地面に横たわってそう呟いた。

 そんな妹紅のところに、将志は歩いて近づいていく。

 

「……俺が本気を出したのは蓬莱人とはいえ人間では初めてだ。なかなかだったぞ」

「……結局、最後まであんたに勝てなかったなぁ……」

「……なに、お互いに死とは程遠い存在なのだ、縁があればまた会うこともあるだろう。それまでに俺を倒せるほど強くなればいいさ」

 

 将志はそういうと、倒れている妹紅の腹の上に紫色の布の包みをおいた。

 妹紅はゆっくりと体を起こし、包みを眺めた。

 

「何だ、これは?」

「……着物がボロボロだろう、婦女子をそんな格好で歩かせるのは俺の気が許さん。大人しくそれを着ておくがいい」

 

 妹紅が包みを開くと、中には飛び立つ鶴が描かれた浴衣が入っていた。

 それを見ると、将志は妹紅に背を向けた。

 

「……お前はまだまだ強くなれる。いつかお前はそこに書かれている鶴のように、お前の炎が見せた鳳凰のように飛び立つことが出来るだろう。その時には、こちらから戦いを申し込ませてもらうとするよ。……また会おう、妹紅」

 

 将志はそういうと、妹紅の前から一瞬で姿を消した。

 それを見て、妹紅はため息をついた。

 

「……あ~あ、結局勝ち逃げされたか。腹立つ……」

 

 妹紅は傷が癒えると、すっと立ち上がった。

 そして将志に渡された浴衣を羽織り、帯を締める。

 

「でもまあ、あいつの言うとおり生きてりゃそのうち会えるか。首を洗って待ってなよ、将志」

 

 妹紅はそういうと、町の中へと消えていった。

 その口元は、わずかにつり上がっていた。


 
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