No.534744

銀の槍、家族に会う

銀の槍と道化師は二人で果てのない旅路に繰り出した。そんな中、新たな人影に出会うのであった。

2013-01-22 05:41:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:406   閲覧ユーザー数:386

 将志が愛梨と旅に出て、かなりの時間がたった。最初の方こそ時間を数えていたが、今はもう数えるのをやめている。

 その旅の間、辺りの景色は長い時間をかけてゆっくりと、時には時代の濁流に流されるかのように激しく移り変わっていった。

 

「ガアアアアアアアッ!」

「……来い……!」

 

 ある時点では眼の前に立つ巨大なトカゲを相手にして、将志は槍を構えた。

 その日の夕食は、オオトカゲのステーキと相成った。

 

「…………」

 

 ある時は、水中鍛錬のついでに海洋生物を狩っていた。

 たゆまぬ鍛錬の末、将志は水中でも滅茶苦茶な機動力と攻撃力を持つようになった。

 陸海空全域対応槍妖怪とはこれいかに。

 

「将志くん、大丈夫?」

「……だ、大丈夫だ……」

 

 ある時は、飽くなき食への探求心から未知の食材を食し、毒に当たった。

 その看病は全て愛梨の役割である。

 こいつはいつになったら自重をするのか。

 

「うわぁ~♪ これは凄いや♪」

「……ああ」

 

 ある時は大自然の雄大な景色に愛梨と二人で感動を覚えた。

 巨大な滝、空を覆うオーロラ、荒々しく活動する火山、生命の溢れる巨大な森など、世界の至る所を回った。

 移り行く世界の美しさを心に刻み、旅を続ける。

 

「それじゃあ、行くよ~、将志くん♪」

「……来い」

 

 ある時は二人で永琳の研究所時代のように特訓をした。

 その結果、将志は弾幕を避けるだけでなく斬り払うことも覚え、愛梨は様々なバリエーションの弾幕を会得した。

 

 その長い旅の間、将志と愛梨はいつもどんなときも一緒だった。

 そして、それはこれからも続くのだろう。

 少なくとも、二人はそう思っていた。

 

 

 

 ある日、その二人きりの旅に変化が訪れた。

 その日はいつもの通り、手ごろな洞窟で一夜を過ごすことにした。

 

「キャハハ☆ いっぱい濡れちゃったね、将志くん♪」

 

 うぐいす色の髪から水を滴らせながら、愛梨は楽しそうに笑う。

 

「……全く、突然の雨は困る」

 

 その一方で、銀色の髪から水滴を落としつつ将志がそうぼやく。

 突然の雨にぬれた二人は濡れた服を着替え、濡れた服を適当なところに広げておいた。

 将志はその日の夕食を作るべく、自分の鞄から包丁を取り出そうとした。

 

「……っ」

 

 そして、鞄の中を見て将志は眼を見開いた。

 その眼は明らかに動揺しており、冷や汗が額に浮かぶ。

 そんな将志の様子に、愛梨が気がついて声をかけた。

 

「おや、どうしたんだい、将志くん?」

「……無い」

「え? 何が?」

「……包丁が、無い」

 

 すこし悲しげな声で将志はそう言った。

 料理人にとって、包丁はとても大切な宝物の様なものである。

 それは将志とて例外ではなく、将志もあの包丁を大切に手入れしながら使ってきたのだ。

 それがなくなったのだから、将志の落胆はどれほどのものであるか想像もつかない。

 それを知って、愛梨は驚きの声を上げた。

 

「嘘ぉっ!? ついさっきまであったはずだよ!?」

「……その筈なのだが……ご覧の有り様だ……」

 

 将志はそう言っていつも自分で大事に持ち歩いている、黒いウェストポーチのような鞄の中身を愛梨に見せた。

 鞄の中身は、確かに空っぽだった。

 それを見て、愛梨は腰に手を当ててうなった。

 

「う~ん、ホントに無いや……どうするんだい? これじゃ料理は厳しいよ?」

「……久々にやるか」

 

 そう言うと、将志は自分の本体である銀の槍を取り出した。

 それを見て何がしたいのか察して、愛梨が唖然とした表情を浮かべた。 

 

「……将志くん……君、まさか……」

「……離れていろ」

 

 将志はまな板の上の食材に対して槍を向けた。

 眼を閉じ、精神を集中させると、将志は眼を見開いた。

 

「……はっ!」

 

 将志はまな板に槍の柄を叩きつけた。

 その衝撃でまな板の上の食材が跳ねる。

 

「……ふっ、ふっ、ふっ、は!」

 

 その宙に浮いた食材の間を、銀の線が幾重にも描かれていく。

 槍がかすめるたびに食材は下に落ちることなく切れていき、段々と細かくなる。

 最終的に、まな板の上には賽の目に切られた食材が揃っていた。

 

「……まずまずだな」

 

 将志は残心を取ると、まな板の上の食材を見てそう言った。

 それを呆然と見つめる瑠璃色の視線。

 目の前で曲芸師も裸足で逃げ出すような芸当を見せられたのでは、そう言う反応にもなるであろう。

 

「ねえ、将志?……ひょっとして包丁要らないんじゃないかな?」

「……いや、あれがないと飾り切りが出来ない。それに、あれで切ったほうが楽だ」

 

 将志はそう言って布で槍の刀身を拭きながら、包丁を探して辺りを見回しながらそう言った。

 愛梨はそんな将志が何処まで技を持っているのか知りたくなって、質問をした。

 

「……えっと、一応聞いとくけど、どんな切り方が出来るんだい?」

「……一通りの切り方は出来る。イチョウ切り、小口切り、乱切り、千切り、短冊切り、この他にも基本的な切り方はこいつで出来る」

 

 つまりこの男、スペースや飾り切りを考えなければ包丁など要らないのである。

 何でこんな技を覚えたのかと言うと、試しに愛梨を驚かせようと考えて練習をしていたのだ。

 その効果は大いにあったようで、愛梨は楽しそうに笑い出した。

 

「キャハハ☆ それは凄いや♪ それじゃあ、ご飯が食べられなくなる心配は無いね♪」

「……ああ」

 

 その日二人は普通に食事を取り、少し遊んでから休息を取ることにした。

 

 

 

 翌朝、いつものように槍を抱えて座って寝ていた将志の肩を、揺らす影があった。

 

「お兄様、お兄様、朝ですわよ?」

「……む」

 

 少し低めの色香を含んだ女性の声で起こされ、将志は眼を覚ます。

 将志は立ち上がって軽く伸びをすると、いつも通り槍を振るって稽古をする。

 

「……♪」

 

 透き通った黒い瞳からのご機嫌な視線を受けながら、将志は気にせず槍を振るう。

 しばらくしてそれを終えると、今度は朝食の準備に取り掛かる。

 

「……はっ!」

 

 将志は昨日と同じように槍で食材を刻み、着々と支度を進めていく。

 

「すごいですわね。包丁なしでもここまで出来るものですの?」

「……それは練習次第だ」

 

 質問に淡々と答えて朝食の準備を済ませ、将志は愛梨を起こしに行く。

 

「……愛梨、朝だぞ」

「う……ん……もうそんな時間か~……」

 

 愛梨は眠そうな目をこすりながら今日の食卓へと歩いていき、将志はその横をついて歩く。

 愛梨の玉乗り用のボールの中から机と椅子を取り出して並べる。

 そして三人揃って席に着くと、アルトの声が号令を掛けた。

 

「来ましたわね。それじゃ、食べましょうか」

 

 そうして朝食が始まった。

 今日の朝食は魚のソテーに、木の実の粉で作ったパンにスープと言う、シンプルなメニューだった。

 

「で、将志くん♪ 今日はどこに行くのかな♪」

「……そうだな。今日は東の方に行ってみよう。あの方角はもう長いこと行っていない筈だ。何か変わったことがあるかもしれない」

「へえ、それは面白そうですわね」

「……反対意見は無いのか?」

「無いよ♪ 君と居ればどこだって楽しいよ♪」

「私も特にありませんわ。それじゃ、早く食べて準備しましょう?」

 

 朝食を食べながらその日の段取りを決めていく。今日はどうやら東の方角へ進むようだ。

 そんな中、愛梨が笑顔で将志に声をかけた。

 

「ところで将志くん♪」

「……なんだ?」

「君の隣の子は誰かな♪」

 

 そう言われて、将志は自分の隣に座っている人物を見た。

 

「……(にこっ♪)」

 

 将志に見つめられて、少女は満面の笑みを浮かべる。

 その笑みは花のように可憐であり、美しいという表現が良く似合う大人びた笑みであった。

 

「……誰だ?」

 

 将志は愛梨に向き直り、キョトンとした表情で問いかけた。

 その瞬間、愛梨は全身の力がガクッと抜けてずっこけた。

 

「今まで分かんないで喋ってたの!? 流石にそれはどうかと思うよ!?」

 

 即座に立ちあがって愛梨は将志に抗議する。

 一方、件の少女はと言うと相変わらずニコニコと笑いながら将志のことを見ていた。

 

「もう、酷いですわお兄様。もう数えられないくらい長い時間を一緒に過ごした私をお忘れになって?」

「……む……ぅ?」

 

 微笑を浮かべたまま将志の腕に抱きつきながら、少女はそう責めた。

 しかし、そんなこと言われても将志には少女が何者なのかさっぱり分からなかった。

 将志は再び少女のことを良く見てみる。

 少女は将志と同じ銀色の髪を長くのばしていて、眼も将志と同じ黒曜石の瞳に、非常に色気のある赤い唇で顔立ちは芸術的なほど整っている。

 身長は将志よりも少し低いくらいで、百六十後半くらいの身長。

 スタイルは出るところはしっかり出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる、所謂スタイル抜群の人であった。

 おまけにそれでいて服装は赤地に桔梗の花が描かれた長襦袢に若草色の帯、髪に小さな花がいくつか並んだ髪飾りと言う服装で、将志からは見えないが、何かが帯に挿してあった。

 

「……ああ、そう言うことか♪」

 

 将志が考え込んでいると、愛梨が何か思い当たったようだ。愛梨は少女の所に駆け寄ると、耳元で何かをしゃべった。

 すると、少女は楽しそうに笑った。

 

「ふふふ、正解ですわ」

「キャハハ☆ やったね♪ そう言うことなら早く言ってくれればいいのに♪」

「いきなり名乗っても面白くありませんわ。これくらいの余興があったほうが良いのではなくて?」

「それもそうだね♪」

 

 いきなり仲良く話しだす二人に、将志はますます訳が分からなくなった。

 その光景を見て、少女はくすくす笑っている。

 

「ヒントを差し上げますわ。ヒントは私の髪飾りですわよ」

「……む」

 

 少女に言われて、将志は少女の髪飾りを注視した。髪飾りは白い花が六つ円形に並んで居る髪飾りだった。

 それを見ながらしばらく考えていると、将志はとある名前に思い至った。

 

「……『六花』……?」

「何ですか、お兄様?」

 

 名前を呼ばれたらしい少女は、将志に対して嬉しそうに微笑んだ。

 将志はその少女の眼をじっと見つめた。

 

「……お前、俺の包丁か?」

「ええ、そうですわよ。自己紹介いたしますわ。お兄様の名字を借りるならば、槍ヶ岳 六花(りっか)。お兄様の妹であり、長年連れ添った包丁ですわ」

 

 そう言って、六花と名乗った少女は恭しく礼をした。

 それを聞いて、将志は更に首をかしげた。

 

「……俺の妹?」

「ああ、そう言えばお兄様はご存じないかもしれませんわね。私とお兄様は同じ刀匠が鍛えたものですわよ?」

 

 六花はそう言って自分の本体である包丁を見せた。その刃は、よく見てみれば刃の波模様である刃紋が将志の槍のものと非常に良く似ていた。

 このことから、少なくとも二人は同じ流派の人間が作り出したものであり、同じ刀匠が鍛えたものである可能性が極めて高いことが分かった。

 

「そういうことか♪ でも、何で六花は将志くんがお兄さんだって分かったんだい?」

「私、お兄様の兄弟槍を見てますの。その槍とお兄様が持っている槍がほぼ一緒なんですのよ。一目見て、兄妹だって分かりましたわ」

「……あの時、俺を選んだのか?」

 

 将志が言っているのはあの金物屋で包丁を買った時のことである。

 六花はそれを聞いて頷いた。

 

「ええ、もちろん選びましたわ。自分の家族が妖怪になって包丁を探しているなんて、運命を感じましたもの。それに大事に扱ってくれましたし、今でもあの選択は間違っていなかったと思っていますわ」

 

 どこか夢を見るような視線で六花は将志を見ながらそう言った。

 それに対して、将志は更に質問を続けた。

 

「……長い間残っていたと店主が言っていたが、何故だ?」

「ああ、それは単に良い相手が居なかっただけですわ。どうも、パッとしない人ばかりでしたの。あの時、半分諦めかけていたんですのよ?」

「……そうか」

 

 将志はそう言うと、食事を再開した。

 六花はそんな将志のことを、笑顔を浮かべたままジッと見つめる。

 

「……冷めるぞ」

「ふふ、それはいけませんわね。それじゃあお兄様の料理、頂きますわ」

 

 六花はそう言うと、目の前に置かれていた料理に手をつけた。

 ……何故ナチュラルに三人前用意してあったのかは気にしてはいけない。

 

「……ん~、おいしいですわ! お兄様の料理初めて食べましたけど、こんなにおいしいとは思いませんでしたわ!」

「……そうか」

 

 将志の料理を食べた六花は、絶賛しながら大はしゃぎした。

 初めて食べた料理がおいしかったことが嬉しいようだった。

 

「キャハハ☆ そりゃあ、料理の妖怪ってあだ名が付く様な料理人だもんね♪ でも、将志くんこれでもまだ修業中って言うんだよ♪」

「そうなんですの?」

 

 愛梨の一言に、六花は将志の方を見た。

 将志は眼を閉じ、ゆっくりと頷いた。

 

「……道を究めることに、終着などない。どこまで上り詰めても、たとえ自分の上に誰も居なくなったとしても、上ろうと思えばどこまでも上ることができる。槍も料理も、俺は存在が無くなるまで修練を続けるつもりだ」

「ひゅ~ひゅ~♪ カッコイイこと言うね、将志くん♪」

「お兄様、素敵ですわ♪」

 

 将志の言葉を聞いて、愛梨は笑顔ではやし立て、六花は眼を輝かせた。

 

「……うるさい」

 

 それに対して、将志は静かにそう呟いてそっぽを向いた。

 

 

 

 食事が終わると、三人は食器を片づけて出る支度をした。

 荷物を愛梨のボールの中にしまい、その上に愛梨が飛び乗る。

 

「ところで六花ちゃん♪」

「何ですの?」

「今まで聞いてなかったけど、君は本当に僕達について来るのかな?」

 

 愛梨はボールの上にしゃがみこんで、六花に問いかける。

 

「ええ、もちろん。私はお兄様の包丁、そうでなくてもたった一人の家族ですもの」

 

 それに対して、六花は迷うことなく笑顔で頷いた。

 

「そっか♪ 歓迎するよ、六花ちゃん♪ それと、笑顔ごちそうさまだよ♪」

 

 六花の返答を聞いて愛梨は嬉しそうにボールの上で跳ねた。

 その横で、将志は眼を瞑って立っていた。

 

「……家族、か……」

 

 将志はふとそう呟く。思い出すのは月に向かった主のこと。

 離れ離れになってしまっているが、それまでは家族のように暮らしていたのだ。

 それを思い出して、将志は再び主と再会することを心に誓う。

 

「どうかしまして、お兄様?」

 

 そんな将志の呟きに、六花がその顔を覗き込んだ。

 それを受けて、将志はゆっくりと首を横に振った。

 

「……いや、何でもない。では、行くとしよう」

 

 将志はそう言うと、前に向かって歩き始めた。

 その足取りはとても力強い。

 

「あ、待ってよ将志くん♪」

「おいてかないでくださいまし、お兄様!」

 

 その後を、二人の少女が続いていく。

 こうして、二人で続けてきた旅に、新たなメンバーが加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……む……」

 

 旅を続けてさらに幾年、その日の休憩所に使っている洞窟の中で、将志は中華鍋を前にして唸っていた。

 中華鍋の中には米の代用品の穀物を使った見事な試作品の黄金チャーハンが出来上がっていた。

 しかし、それを作り出した将志の顔は難しい表情だった。

 

「お兄様? どうかしたんですの?」

 

 中華鍋を前にして腕を組んでにらみを利かせる将志に、六花が話しかける。

 それを受けて、将志は六花に対して無言で目の前の黄金チャーハンを乗せたレンゲを差し出す。

 

「…………お兄様?」

「……食べてみろ」

 

 しかし、六花は少しあきれたような表情を浮かべて首を横に振った。

 

「違いますわ、お兄様。そういう時は、あ~んってするのですわ」

 

 子供に教えるような優しい口調で、六花は将志にそう言った。

 その言葉を聞いて、将志はあごに手を当てて首をかしげた。

 

「……いつも疑問に思うのだが、そういうものなのか?」

「そういうものですわ」

 

 将志の質問に六花は即答した。

 それを聞くと、将志は一つため息をついて再びレンゲを差し出す。

 

「……あ~……」

 

 将志はレンゲを差し出しながらそう声を出した。

 ちなみにこの男、これがどんな行動だか欠片も分かっていない。

 

「あ~ん♪」

 

 それを見て、六花は大層嬉しそうに笑ってレンゲの上のチャーハンを食べた。

 口の中でパラリと解け、程よい塩味と深い味わいが口の中に広がった。

 

「……お兄様、この黄金チャーハンちゃんとおいしいですわよ? 何を悩んでいるんですの?」

「……このチャーハン、火の通りが少し甘い。今使っている火では弱い」

「そうなんですの?」

「……ああ」

 

 将志はそう言うと再び腕を組んで唸り始めた。

 どうやら将志にとっては深刻な問題らしく、眉間にしわがよっていた。

 すると、そこに鈴の音のような澄んだ声が聞こえてきた。

 

「あ♪ 将志くん、チャーハン作ったんだ♪ ねえねえ、僕にもくれないかな?」

 

 愛梨は瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせて将志にそう尋ねた。

 

「……良いぞ」

 

 将志はそういうと、レンゲでチャーハンをすくって愛梨に差し出した。

 

「……あ~……」

 

 ……この声付きで。

 

「あ、あ~ん♪」

 

 突然の将志の行動に一瞬戸惑ったが、愛梨はすぐに持ち直してチャーハンを食べた。

 しかしその白い頬は赤く染まっており、左眼の下の赤い涙のペイントが目立たなくなっていた。

 

「……どうだ?」

「え~っと……おいしいんだけど、前に将志くんが作ってたチャーハンはもっとおいしかった気がするよ♪」

 

 将志が感想を訊くと、愛梨は素直にそう答えた。

 

「……やはりな……」

 

 それを受けて、将志は再び考え込んだ。

 愛梨の舌は長年将志の料理を食べ続けてきたせいでかなり肥えており、将志にとっては重要な判断基準になりえる。

 それが以前よりも今のものの味が劣っていると言うのだから、自分の思い違いではないということが分かったのだ。

 そんな二人に、六花が首をかしげた。

 

「お兄様のチャーハンって、これよりもおいしいんですの?」

「うん♪ びっくりするほどおいしいよ♪ あんなチャーハンまた食べたいな♪」

 

 愛梨はうっとりとした表情で将志が以前作っていたチャーハンに思いを馳せた。

 六花はその様子を羨ましそうに見つめた。

 

「……食べてみたいですわ、そのチャーハン……」

「……だが、さっきも言ったとおりそのチャーハンを作るには火力が足りない。何らかの方法で火力を補わなければ最高の味は出せん」

「妖力で炎は出せないんですの?」

 

 悩む将志に、六花はそう提案した。

 しかし、将志も愛梨も首を横に振った。

 

「……炎を出しながら料理をするのは難しい。それに、俺はそういった妖力の使い方は苦手だ」

「きゃはは……残念ながら、僕もあんまり得意じゃないんだよね……失敗すると、鍋が溶けちゃうんだ♪」

「うっ……お二人のどちらかが出来るかと思ってましたのに……」

 

 それから三人はしばらくの間なにか良い方法がないか考えていたが、なかなか良い案が出てこない。

 結局考えはまとまらず、三人はとりあえずの行き先を決めて歩き出そうとした。

 すると、目の前にあるものを見つけて一行は止まった。

 

「……使えそうか?」

「うまくいけば使えるかもね♪」

「少なくとも私達が火をおこすよりは良いと思いますわよ?」

 

 三人の目の前にあるのは、もくもくと噴煙を上げる活火山だった。

 どうやら、溶岩を火の代わりに使おうという算段のようだ。

 

「……行くか」

「うん♪」

「行きましょう」

 

 こうして、何も具体的なことを言わずとも即座に次の行動が決まるのだった。

 

 

 

 

「……ふっ、はっ」

 

 将志は跳ぶようにして火山を登っていく。

 妖怪の中でもずば抜けた脚力を持つ将志は、あたりの景色を次々と置いてきぼりにしていく。

 

「うわぁ~、相変わらず速いね、将志くん♪」

「ちょっとお兄様! あんまり置いてかないで欲しいですわ!」

 

 その後ろからボールに乗って飛んでくる愛梨と、普通に空を飛ぶ六花が追いかけてくる。

 しかし将志の足は速く、どんどんと差がついていく。

 風を切る音が激しくて、将志の耳に六花の声が届いていないようであった。

 

「聞こえてないみたいだね♪ 六花ちゃん、少し僕に掴まっててくれるかい?」

「え? ええ、分かりましたわ」

 

 六花が愛梨に掴まると、愛梨は六花を自分が乗っているボールの上に乗せた。

 

「よ~し、それじゃあ、いっくよ~♪」

「え、きゃああああああああ!?」

 

 愛梨はそういうと、乗っているボールを地面に落とした。

 突然の落下する感覚に六花は愛梨にしがみつく。

 

「せーの、それっ♪」

 

 そして着地する瞬間、愛梨はボールに溜めていた妖力を爆発させた。

 その勢いで、ボールはものすごい勢いで上に登って行く。

 

「いやああああああああああ!?」

 

 今まで体験したことのない速度に、六花は悲鳴を上げる。

 愛梨はそれを敢えて無視して、同じ行動を何回も繰り返した。

 その結果、愛梨達は将志に追いつかんばかりの速度で山を登っていった。

 

 

 

「……この辺りか」

「キャハハ☆ 着いたよ、六花ちゃん♪」

「や、やっと着きましたわ……」

 

 将志達は火口に着くと、料理に使えそうな溶岩が無いか捜索を始めた。

 ただし、フラフラの状態の六花はしばらくの間休憩を取ることになった。

 

「……六花に何をした?」

「ちょっとね♪ 六花ちゃんを乗せて全速力出したから♪」

 

 将志は愛梨と一緒に溶岩を探す。

 しかしどれもこれも冷えていて、目的を達成できそうなものは無かった。

 

「……無いな」

「……そうだね……」

 

 二人は場所を変えながら使えそうな溶岩を探していく。

 そんな中、突然地面が揺れ始めた。

 

「わわわ、これはひょっとするかな?」

「……来る」

 

 将志達が身構えたその時、轟音を響かせて火山が大爆発を起こした。

 轟音と共に溶岩が空高く吹き上がり、黒い煙が空を覆う。

 

「うわぁ、噴火した」

「……一度退くぞ!」

 

 将志はとっさに愛梨を抱えて走り出した。

 空から降ってくる火山弾を躱しながら、将志は六花のところまで一気に駆け抜ける。

 

「お兄様、どうしますの!?」

「……一度安全なところまで退避して、それからもう一度探す。とにかく今は逃げるぞ」

「わかりましたわ!」

 

 三人揃って、一度安全なところまで下山し、活動が沈静化するのを待つ。

 しばらくすると揺れも収まり、火山の活動も穏やかになってきた。

 

「……そろそろ大丈夫か?」

 

 将志はそう言いながら山の頂上を見る。

 頂上では勢いよく吹き上がっていた溶岩もなりを潜め、噴煙も少なくなっていた。

 

「大丈夫そうだね♪ 行ってみよう♪」

「そうですわね」

「……行くか」

 

 三人はそう言うと、再び火口を目指すことにした。

 

「……っと、その前に将志くん♪」

「……何だ?」

 

 突然声をかけられ、将志は愛梨のほうを向いた。

 愛梨は人差し指を立て、口元に当てて、

 

「君は走ると僕達を置いてっちゃうから、僕より前に行っちゃダメだよ♪」

 

 と、将志に注意した。

 

「……む」

 

 全力で山を駆け上って鍛錬をしようとしていた将志は、どこと無く不満げな顔で頷いた。

 

 

 

 

 

「……これは……」

「真っ赤だね♪」

「これなら大丈夫そうですわね」

 

 火口に行ってみると、先ほどの噴火によって飛ばされてきた赤い溶岩がところどころに落ちていた。

 その周囲は、都合がいいことに歩いて近づける場所が沢山あった。

 

「……始めるか」

 

 将志はおもむろに調理道具を広げ、料理を始めた。

 中華鍋に油を引いて溶き卵を流し込み、それが固まる前にあらかじめ炊いた米をいれてサッと絡める。

 その中にほかの具材を投下し、溶岩の強火ですばやく炒める。

 

「……完成だ」

 

 将志はそう言って出来たチャーハンを皿に盛って、一人一皿ずつ配った。

 

「わ~い♪ いただきます♪」

「それじゃあ、いただきますわね」

「……ああ」

 

 三人はそう言ってそれぞれにチャーハンを口に運んだ。

 すると、その場に一気に笑顔の花が咲いた。

 

「ん~♪ これこれ♪ これが将志くんのチャーハンだよね♪」

「っ! この前のとは段違いに、本当に驚くほどおいしいですわ!」

「おおおお、俺こんなにうまい飯初めてだああああああ!!」

「……そうか」

 

 感想を聞いて、将志は薄く笑顔を浮かべて頷いた。

 

「「…………」」

 

 その一方で、愛梨と六花は口にレンゲをくわえた状態で固まっている。

 

「うおーっ、うめええええええ!! 兄ちゃんお替り!!」

 

 そんな中、幼い少女が叫ぶようにそう言いながら将志に皿を差し出した。

 将志はそれを見て立ち上がる。

 

「……了承した」

「「ちょっと待ったあああああああ!!」」

 

 何の疑いも持たずにお替りをよそおうとしている将志に、二人が待ったをかけた。

 将志は訳が分からないといった表情で二人を見た。

 

「……どうした?」

「どうしたもこうしたもありませんわ! どうみても一人増えてますわよ!?」

 

 将志は慌てふためく六花にそう言われて、辺りを見回した。

 

「お~い、兄ちゃ~ん。お替りまだか~?」

 

 お替りを催促する声を聞いてそっちを向くと、そこには炎のように赤い髪をくるぶしまで伸ばし、真っ赤なワンピースを着た小さな少女が立っていた。

 少女は空の皿を両手で持って、オレンジ色の瞳でじ~っと将志の事を見ていた。

 

「……誰だ?」

「いやいや、最初の時点で気付こうよ!? ていうか前にもあったよね、こんなこと!?」

 

 キョトンとした表情を向けてくる将志の一言に愛梨が全力でツッコミを入れる。

 それに対して、将志はただ首を傾げるばかりだった。

 

「おうおう、俺が誰かって? 俺は炎の妖精、アグナ様よ! 分かったか!? 分かったな、良し!!」

 

 アグナと名乗る少女はそう言うとえっへん、と胸を張った。

 よく見ると、足元からは炎が噴き出していて、少女が言っていることが本当であるっぽいことが分かる。

 

「……炎の妖精?」

「おうよ! 『熱と光を操る程度の能力』でちょっとした暖房代わりから森を一瞬で焼き尽くす炎まで、何でもござれよ! そんなことよりお替りだ!!」

 

 アグナはそう言いながら小さな体で一生懸命伸びをしながら将志に皿を渡そうとする。

 その声に、将志は中華鍋の中を覗き込んだ。そこにはもう米粒が数えるほどしか残っていなかった。

 

「……すまん、もう鍋が空だ。お替りがない」

 

 将志が鍋の中を確認してそういうと、アグナはカッと眼を見開いた。

 

「そんなわけあるか! あると思えばそこにあるんだ、あきらめるのはまだ早いだろ! もっと熱くなれよおおおおおおお!!!」

「……うおっ!?」

 

 アグナはそう叫ぶと、足元から巨大な火柱を噴き上げた。

 将志は即座にその場から退避した。

 

「……俺の分ならあるが……」

 

 将志がそう呟くと、アグナは火柱をあげるのをピタッと止めた。

 

「本当か!?」

 

 身を乗り出すようにして将志に詰め寄るアグナ。

 それを見て、将志はさらに声をかける。

 

「……いるか?」

「いる!!」

 

 瞳をキラキラと輝かせながらアグナは将志に元気よく返事をした。

 将志は自分の皿を手に取ると、レンゲでチャーハンをすくってアグナに差し出した。

 

「……あ~……」

 

 ……やっぱりこの声付きで。

 

「ふおおおっ!? 何だこれは、俺をナンパしてるのか!? むむむ、俺に目をつけるとは見所がある、しかも初対面でこの度胸、うん、気に入ったぞ、兄ちゃん!!」

 

 アグナは顔を真っ赤にしてそう一息でまくし立てると、将志のレンゲを差し出す手をがしっと小さな両手で握った。

 

「じゃあ、ありがたくいただくぞ! はむっ♪」

 

 アグナは将志の両手をしっかりと掴んだまま、差し出されたレンゲに食いついた。

 小さなアグナが将志のレンゲを小さな口でほお張るその姿は、えさを食べている小動物を連想させた。

 

「「(あっ、かわいい……)」」

 

 その姿をどうやら二人の見物客は気に入ったらしかった。

 アグナは頬いっぱいにチャーハンを頬張り、ニコニコと笑いながらもごもごと口を動かす。

 

「むぐむぐ……んっく、よし次だ!!」

「……あ~……」

「はむっ♪」

 

 将志はアグナにチャーハンをどんどん食べさせていく。

 アグナは満面の笑みを浮かべてどんどん食べる。

 なお、チャーハンを口に運ぶたびにアグナは将志の手が逃げないように両手で捕まえている。

 その様子を、残る二人はジッと見ていた。

 

「ねえねえ、そういえば将志くんがあ~んってやってるのはどうしてなのかな♪」

「……む? そういうものではなかったのか?」

 

 愛梨の質問に将志はアグナに食べさせながら首をかしげた。

 それを聞いて、愛梨は苦笑いを浮かべた。

 

「ちょっと違うと思うよ♪」

「……六花はそういうものだと言っていたが?」

「……六花ちゃん?」

 

 将志の言葉を聞いて、愛梨は六花のほうを向いた。

 その笑顔にはかなりの威圧感があり、見ていると気おされそうになる。

 

「ちょ、ちょっとしたお茶目でしたの、オホホホホホ……」

 

 そんな愛梨の視線に六花は眼をそらし、乾いた笑みを浮かべながらそういった。

 それを聞いて、愛梨は笑みから威圧感を消した。

 

「まあ良いけどね♪ 笑顔があればそれで良し、だよ♪」

「……そうか」

 

 笑顔を見せる愛梨の言葉に、将志は頷いた。

 

「それはそうと、何で皿ごと渡さなかったんですの?」

 

 六花の言葉に将志とアグナは食事を中断した。

 そして、六花のほうを見て、チャーハンの入った皿を見て、お互いの顔を見合わせた。

 

「「……あ」」

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~……食った食ったぁ! ごっつぁんです! めちゃくちゃうまかったぜ!!」

「……そうか」

 

 アグナが満足そうに笑みを浮かべてそう言うと、将志は一つ頷いてそれに答えた。

 食事が終わると、将志は空になった食器を片付け始めた。

 将志が片付けている最中、アグナが寄ってきた。

 

「おう、兄ちゃん! そういや兄ちゃんはこんなところに何しに来たんだ?」

「……チャーハンを作りにきただけだ」

 

 威勢よく声をかけるアグナに、将志は淡々と事実を告げる。

 すると、アグナは大げさなまでに驚いた。

 

「おおう!? あれを作るためだけにこんなところまで来たのかよ!? そりゃまた何でだ!?」

「……手持ちの道具では火力が足りん。あれを作るには強い火が必要だった」

「なるほどねえ……」

 

 アグナはそういうと、何か考えるような仕草をした。

 少しすると、アグナはポンッと手をたたいた。

 

「そうだ! 兄ちゃん達、俺も一緒に連れてっちゃくれねえか!? 強い火が必要なら、俺は役に立つぜ! もちろん、加減した火だって出せるがな!!」

「……願っても無い話だが、良いのか?」

「良いってことよ! ここは住み心地はいいが、飯がねえし、あってもまずい。だったら、兄ちゃん達についてってうまい飯にありついたほうがずっと良いってもんよ!!」

 

 アグナが威勢よくそう言い終わると、将志は愛梨と六花の顔を見た。

 

「……愛梨、六花……」

「私には反対する理由はありませんわ。賛成する理由ならありますけど」

 

 澄ました笑顔で六花は賛成票を入れる。

 

「キャハハ☆ これでおいしいご飯が毎日食べられるんだから僕としては万々歳だよ♪ 笑顔もかわいいし、ぜひとも連れて行きたいね♪」

 

 愛梨は太陽のような笑みを浮かべてOKサインを出した。

 その二つのサインを見た将志は笑みを浮かべて、

 

「……そういう訳だ。これから宜しく頼む」

 

 といってアグナの頭を撫でた。

 

「よっしゃあ! うおおおおお、燃えてきたあああああああ!!!」

 

 アグナが眼に炎を宿らせて熱くそう叫ぶと、再び火山の火口に巨大な火柱が立った。

 

 

 

 ……その中央付近に、煤がついた銀の槍があるような気がするが気にしてはいけない。


 
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