No.532314

〔AR〕エピローグ -終-

蝙蝠外套さん

twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。
前>その24 後編(http://www.tinami.com/view/532313 )

2013-01-15 22:22:34 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:577   閲覧ユーザー数:576

 

 とうとう、幻想郷は雪景色を装いだした。

 寒々しい昼下がりに、稗田の屋敷の応接間で、稗田阿求と八雲藍が午後のティータイムを楽しみつつ、歓談していた。

「……というわけで紫様は、閻魔様には小言を食らう程度で済んだのさ」

「二時間くらい拘束されるだけで良しとされたのならば、ましなほうですね。私はそれでもご勘弁願いたいですが」

 藍は苦笑しながら同意する。互いに、閻魔がしゃれにならない存在であることを熟知している間柄だ。

 ――異変の解決から随分時が経った。あの狂乱の夜の出来事は、阿求にとっては久々の大事件だった。

 くじいた足は、その日のうちに八意永琳に処置をしてもらったことで、すぐに具合が良くなった――が、一夜明けて妹紅に付き添われて人里に戻ると、思いも寄らぬ仕事が待ち受けていた。

 慧音が、突然人里の住民台帳の再編を提案してきたのだった。話を持ちかけられた当初は困惑した阿求だが、慧音の説明を聞くうちに、その意図を理解した。その際、里長達への説明を補佐する役割も担うこととなった。

 しかして、その作業量はなかなかなもので、稗田家の書庫を一からひっくり返さなくてはならなくなった。稗田家の蔵書には、阿求が生まれる以前の記録も多く眠っており、それが必要になったのだ。

 基本的に阿求は稗田家の蔵書の内容を全部記憶しているが、住民台帳の再編は、阿求一人で進められる作業だけではなく、他者との協力が不可欠であった。

 結局、捻挫の経過を見つつも(一週間足らずで完治した)、十一月の阿求は再編の仕事にかかりっきりになった。今は阿求側の作業は決着が付き、残りは慧音や他の知識人に引き継いでいる。今度の満月の日に、幻想郷の歴史はまた書き換えられるだろう。

 そんな阿求の仕事の区切りを見計らったように、紫の使いとして今日、藍がやってきたのだった。

「さしもの紫様も、激務の後の閻魔様のお説教が効いたようでね。さらに、紅魔館の魔女にも異変の説明を求められたのが追い打ちになったのか、ほとんどふて寝気味に冬眠に入られてしまった。申し訳ないが、バイオネットの再開は当分先になりそうだ」

「あらら、それは残念ですねぇ」

 藍の口から、阿求はあの異変の詳細を教えられた。バイオネットの通信機能術式の不備がもたらした異変。今のところ、この話が天狗の新聞などで報じられた様子はない。

 いや、それ以前に、大変奇妙なことだが、ほんの一握りの人妖をのぞき、あの夜の出来事を覚えている者はいなかったのだ。

 異変を覚えているのは、藍の説明を受けた阿求の知る限りでは、藤原妹紅と永遠亭のツートップ、バイオネットの管理責任者であるパチュリーと八雲の二人、慧音とアリス、そして阿求共々竹林で異変に遭遇した、古明地姉妹だけだ。

 藍が聞いた話によれば、花果子念報の記者、姫海棠はたても当日異変の解決に尽力したらしいが、今のところ彼女がバイオネットに関する新聞記事を出した様子はない。もしかしたら、誰も覚えていないことを記事にしても仕方がないと考えたのかもしれない、と藍は付け加えた。

「なんにせよ、博麗の巫女のやつが、動き出す以前に異変に気づいていなかったあたり、危険度の高い異変であったのは間違いないだろう」

「え、そうなんですか? んまぁ、霊夢さんはかなりムラッ気があるので迅速性では当てにはなりませんけど」

「それを言っちゃそうなんだがな。だからこそ、被害が全くでなかったのは本当に不幸中の幸いだ。紫様は情報統制などを示唆するようなことはおっしゃらなかったが、多分あの異変は、関係者の間だけで秘めておくのが一番だろうな」

「なんか、いつぞやの月の異変みたいですね」

「あれか――正直もう時効でもいいと思うんだけれどねぇ。私は一応口止めされているので、今度紫様にあったら聞いてみるといい」

 話を続ける二人に、稗田家の女中が静かに声をかけてきた。

「ご歓談中失礼いたします。阿求様、アリス・マーガトロイド様がお越しになられました」

「はい、こちらに通してください」

 阿求は女中に指示を出し、女中は一礼の後に応接間を後にした。

「ほう、人形師がお前に用か」

「ええ、ちょっと頼んでいたことが。今日人里に用事があると聞いていたので、ついでということで来ていただいたのです」

「先客であるならば、私はそろそろお暇したほうがいいかな?」

「いえ、大丈夫です。特別秘密にする用件でもありませんので」

 ほどなく、女中に連れられて、応接間にアリスが姿を見せた。

「ごきげんよう、阿求――あら、それに藍も」

「おはようございます、アリスさん」

「久しいな、アリス」

「どうぞ、こちらに」

 ちゃぶ台の空いた一辺に、阿求はアリスを誘導し、アリスもそれに従って腰を下ろした。

「どうです? 『彼女』の様子は」

「全く問題なし。あの時あれだけ稼働したっていうのに、駆動系は劣化してなかったし、今は本当に静かなものよ」

「正直言いますと、異変の当時の様子を見てみたかったというのはありますね」

「その気持ちはわかるわ。あの動きは私でも再現できないし――さて、早速本題だけど」

 アリスは、話を切り出した。

「人形劇の件だけど、私の方はひとまず年明け前ならいつでもいいわ。後は向こうの都合を聞いておいてちょうだい」

「わかりました。では、クリスマス前を考えておきましょう。私も何とか日をあけられると思います」

「クリスマス――そうね、紅魔館がまた招待状をばらまいてくるだろうから、それでぐったりする前に、貴方も見ておきたいわよね」

「人形劇とは、一体何のことだ?」

 事情を知らない藍は、二人の会話に割り込んで訊ねた。

「ええ、なんてことはないです。以前の秋祭りの時に、アリスさんの人形劇が見れなかったので、そのアンコールですよ」

「で、阿求が招待したい相手がちょっと遠方でね。日程を確かめておきたくて」

「ふうん――人形劇なら橙も喜ぶだろうか。最近紙芝居屋が現れなくなったと言って、寂しそうにしていてな」

「紙芝居屋というと、あの噂の変人ね。結局、私は一度も見ることはなかったわね」

 惜しかったなぁ、とアリスはぼやいた。阿求も同意する。その噂の紙芝居屋については、確かめにいく機会がなかったため、一体何者だったのかはわからずしまいだった。

「じゃあ、橙ちゃんも誘ってみてはどうでしょう。顔見知りならば何人か集めても問題はないでしょうし」

「いいのか? 良ければ是が非でも頼みたい」

「いいわよ。時間通りに指定の場所に来られるのならね」

「そうかそうか。すまないな。では日程が決まったら、この式を放り投げて私に知らせてくれ」

 藍は袖口から一枚の札を取り出し、ちゃぶ台に乗せて阿求とアリスに見せた。阿求にもアリスにも解読できない文字が書かれているが、藍の言うとおり、式が込められているのだろう。

「バイオネットの仕事がフイになってしまったからね、年末年始はしばらく暇なのだよ。だから、いつでも連絡をよこしてくれていい」

「では、私の方からお伝えしますので、もう少しおまちになってくださいね」

「頼むぞ――さて、それでは今日はこのあたりで失礼させてもらおう。暇は暇でも日常の仕事はあるのでね」

「前から思ってたんですけど、紫様って冬眠中はどういう風になってるんです?」

「それは私も気になるわね。まさか穴を掘ってそこにうずくまってる訳じゃないでしょうし」

 紫が冬眠するということに関しては、幻想郷内ではある種のフォークロアのような話だった。曰く、本当にどこかにこもって完全に休眠する、曰く、本当は南の島でバカンスしている、等々だ。

 実は阿求も実態を詳しくは知らない。冬の間なにをしているのかを聞けた試しは、前世にまで遡ってもない気がしてきた。

 二人の疑問に対して、藍は少々困った風に苦笑いした。

「気になるのはわかるが、それはプライバシーということで、紫様からは厳重に口止めされているんだよ。だから、各々こうだろうと思うところを想像してくれ、ではな」

 よくはわからないが、なんらかの事情を察した阿求とアリスは、深く言及するのを避けた。そして、退室していく藍を、玄関まで送った。

「じゃ、私も帰ろうかしらね」

「それでしたら、入り口までお送りしますよ。私も、少々出かける用事がありますので」

「あらそう?」

 言ってから、阿求は一旦自室に戻っていき、包みを抱えてやってきた。

 阿求とアリスは、連れだって人里の街道を歩んだ。

「さとりとの文通はどう?」

「順調ですよ。流石に返信に時間はかかりますが、それ以外は以前と同じようにできています」

「思えば、手紙のやりとりって行為自体が、幻想郷では結構画期的だったのよね。やはり、住んでいる場所同士距離があるのがネックだったし」

「だからこそ、バイオネットは人々の好奇心を集めたんだと思います。昔から、人々は異国のお話を聞いて様々な想像をかき立ててきました。それが、直接会うことができなくても、離れた相手のことを知ることができるとあれば、それは気にならないはずはないですよ」

「仮にリスクが伴うとしても、か。ああ、これは皮肉じゃなくてね」

 悪気があったわけではないだろうが、アリスのそれは、阿求にとっては重い言葉であった。困った風に笑いながら、阿求は話を続ける。

「まぁ、実際のところ、はじめからリスクがあることを考えて動くのは難しいかもしれません。それで失敗して、望まない結果となることもあるでしょう。でも――」

「失敗を次の成功に転化するのもまた、賢人の知恵ということです」

『!?』

 突然割り込んできた声に、阿求とアリスは同時に振り返った。

「お久しぶりです、稗田阿求。それと君は――ほう、君が人形師アリス・マーガトロイドね」

 振り返った先には、勺で口元を隠しながらも、その超然たる微笑を隠していない豊聡耳神子がいた。

「豊聡耳さんですか、脅かさないでくださいよ」

「この人が、あの最近話題になった……」

「お初にお目にかかります。私のことは神子とも太子とも、気軽に呼んでくれてかまわないわ」

 神子はアリスに会釈すると、アリスもそれにならって軽いお辞儀を返した。

「今日はどうされたんです?」

「ただの散歩ですよ。気になる会話を耳にしたので歩み寄ってみたら貴方たちがいた、それだけです」

「まるでタイミングを計ったような登場だったけれど」

 アリスは接し方を判じかねているのか、警戒するでも、親密さをアピールするでもない微妙な態度を見せた。

「ある意味ではそうかもね。君たちがちょうどバイオネットの話をしていたから、声をかけたわけだし」

「何か、あったんですか?」

「なあに。バイオネットの次回計画に、私もアドバイザー兼アドミニストレーターとして一枚噛ませてもらうことにしたのですよ」

「え! そうなんですか?」

 阿求にとって二重の意味で寝耳に水だった。藍からは、再開までしばらく時間がかかるようなことを聞かされ、また紫が冬眠に入ったことで、てっきり計画は休止状態に入ったのかとばかり阿求は考えていた。

「そうか、八雲紫の式は把握してはおりませんか。ま、主人が知らないことを式が知るわけもないか」

「どういうこと?」

「次回計画は、現在パチュリー・ノーレッジが独断で進行させているということよ。八雲紫の冬眠明けを待たず、計画の根本的な見直しからとりかかっているみたいでね。勿論、彼女一人だけで、かつてのような幻想郷全土をカバーするネットワークを構築することは不能なのは自明の理。故に、後々八雲紫と合流するつもりのようだけれど」

 神子は、そこで一拍おいた後、クスリと笑って続けた。

「その際、脇に私を置いておくことで、八雲紫が隠し事をできなくするというわけ。その手段の選ばなさと、くすぶる野心、そして私自身もバイオネットには興味があったこともあり、二つ返事で協力することにしました」

 阿求は、嬉しそうに話す神子に対して、人間の業を愉しむかのような悪癖を察知せずにはいられなかった。隣のアリスも、同じことを考えているようだった。

「業を愛でるのは権力者だけの嗜みというだけではなく、ヒエラルキーを越えて知性ある者全てが共通して味わえる愉悦なのですよ。君たちとて、生命の喜怒哀楽に、運命にもてあそばれる有様に、大なり小なり愉快さを感じなかったことなどないでしょう?」

「否定はしませんが、貴方の口から言われても反発心ばかりが湧いてくるのは何故でしょうね」

「右に同じよ。誰も彼もが、万物の理を割り切って考えられるとは思わないことね、聖人さん」

「おっと、少々受けが悪かったようだ。残念無念」

 流石に二対一では分が悪いと見たか、神子は頭をかきながら、優雅に後ずさった。

「それでは、ごきげんよう。また今度、ゆっくりお茶でも飲みながら語り合おうではありませんか」

 阿求とアリスがそれぞれ数回瞬きをした後には、神子の姿は跡形もなく消えていた。

「……なんで同性相手に『ナンパ野郎』なんて言葉が脳裏をよぎるのかしら」

「あの人、史実の上では男性ですし、私も時々性別の判断に自信がなくなるんですよ……それにしても、顔に似合わない言葉遣い知ってますね、アリスさん」

「全部魔理沙のせいよ。貴方もあいつと長時間一緒にいたら気をつけた方がいいわよ」

「肝に銘じておきます」

 微妙な心地のまま、二人は里の出入り口の門へとたどり着いた。門の外数メートルのところで、アリスは飛翔を開始した。

「じゃあ、またね」

「はい、お元気で。日程が決まりましたら、すぐに使いを出しますね」

 森の方へと飛び去っていくアリスを、阿求は手を振って見送った。

 アリスの後ろ姿が、肉眼で見えなくなった頃に。

「じゃじゃーん!」

 鋭い風とともに、阿求の目の前にそいつは現れた。

「おつかれさまです、お燐さん」

「やぁやぁ、元気だったかいお嬢ちゃん」

 お燐こと、火炎猫燐が、元気一杯の笑顔でそこに居た。

「おかげさまで。はい、これお願いしますね」

 阿求は、手にしていた包みをお燐に手渡した。お燐は片手で包みを受け取り、その中身がなんなのか重さと匂いで確かめようとする。

「お、手紙以外にもなんかあるのか……すんすん……これは砂糖菓子かい?」

「はい、人里で人気の落雁ですよ。干菓子ですから、日持ちがしますし、紅茶との相性もなかなかですので、おすすめです。みなさんで食べてください」

「へっへー、そりゃありがたい。あたいチョコレートとか苦手だからさ」

「あー、猫はチョコレート食べると命に関わるって言いますけど、妖怪でもだめなんですか」

「そうだねぇ。食っても平気ではあるんだけど、やっぱり抵抗があるんだわさ。おくうのやつなんか、よくあんなに食うもんだと毎回思うよ」

 ジェスチャーを用いて、お燐は自分の親友の大食いと悪食をアピールする。

「それと、手紙に書いていないことなんですが、人形劇のことについてさとりさんに伝えおいてください。言えばわかると思うので」

「あいよ、任しといて」

 お燐は受け取った包みを、猫車のござの上に乗せる。ござの下には現在なにもない状態だが、これが「なにかある状態」では、人里には近づかないように、阿求はお燐と示し合わせていた。

「それでは、よろしくお願いします」

「じゃーねー」

 そしてまた一瞬だった。お燐は、ほんの数歩で最高速度へと達し、平原の彼方へと消えていった。先ほどアリスを見送るよりも、さらに短い時間だった。

「さってと……今日はもう用事はないし」

 阿求は背伸びをしながら、太陽の光がやってくる方角を見る。その位置から、まだ夕暮れまで時間があることがわかった。

「それじゃ、また小鈴のところにいこっと」

「さとりさま~、ただいま戻りました!」

 阿求に託された小包を抱えて、お燐は地霊殿の談話室に入室した。

 そこには、いつものように様々なペットたちに囲まれ、古明地こいし、そして、古明地さとりが優雅にお茶を楽しんでいた。姉妹に対面する位置に、空も居た。

「おかえりなさい、お燐」

「おふぁえり~」

「うにゅ、おひゃうぇるぃ」

 いつも通り、空は菓子をほうばり、口元は食べカスまみれだった。

 こいしは、手には何も持っていないが口をもぐもぐとさせている。おそらくまたlava=ersチョコレートを飴を舐めるように食しているのだろう。

 そしてさとりは、あらかじめ談話室のテーブルに置かれていたティーカップに、新しい紅茶をそそぎ入れていた。

「今日も、手紙を受け取ってきましたよ~。それと、おみやげに落雁もらっちゃいました」

「ごくろうさま。荷物は私が預かります。さ、貴方もお茶を飲みなさい」

「お言葉に甘えて~」

 お燐はさとりに包みを手渡し、空の隣に座って早速紅茶をすすった。

「さとり様、らくがんってなーに?」

「米粉とお砂糖を混ぜて固めた甘いお菓子よ。でも今日は食べないわ。しばらくはおあずけ」

 つい最近になって、地霊殿でのチョコレート禁止令は明確に解除され、特にこいしと空は連日のように食べ漁っている。

 落雁は人里の銘菓の一つだとさとりは阿求から聞いていたので、当分は封印するか、食い意地の張る二人に隠れる形で食べることになるだろう。

「ああ、それとさとり様。お嬢ちゃんが、人形劇がどうこう言ってたんですが」

「人形劇? ああ、あの事ね。わかりました」

 さとりは茶器をテーブルに置いた後、ポンと手を叩いた。阿求の言うとおり、話はあっさりと通じたようだった。

「そうね、みんなにも伝えておきましょう」

「なになに~」

「今度、地上に人形劇を見に行くのです」

 その言葉に、お燐とこいしは意外そうに目を見開いた。その変化に、空はきょとんとする。

 こいしは、口の中のチョコレートを飲み下して、さとりへ問いかける。

「大丈夫なの? お姉ちゃん」

「そ、そうですね。一応あたいたち、なるべく地上のカタギには近づかない方がいいですし」

「勿論、ほんとはあまりいいことではないけれどね。だから、こっそりと行くわ」

 二人に心配をかけまいと、さとりはお気楽そうに話す。

「それと、人里とか、人の多いところには行かないわ。妖怪が集団行動してたら怪しまれるし、何より私が人の多いところに行くのがつらいからね」

「人形劇って、アリスさんだよね?」

「ええ、そうよ。よく知っているわね、こいし」

「前に会ったことあるよ。うん、アリスさんなら大丈夫だよね」

 こいしは、安心したのか、朗らかな表情で紅茶を口にした。お燐もそれにつられて肩の力を抜く。

「うにゅ、さとり様。地上に出かけるんなら、お弁当持っていきたいです」

「お弁当……そうね、ピクニックって季節じゃないけど、少し食べるものを持っていってもいいわよね」

 空にしては珍しい提案であった。空は守矢神社に出張するときは、そのまま現地で衣食住を提供してもらうため、食事などを持っていくということがない。

「じゃあ、行く前日になったら、食べたいものを言ってね。作れるものは作ってみるわ」

「そういえば、さとり様、今日のご飯はなぁに?」

「おくう、あんたはよくよく食い意地が張ってるねぇ……」

 菓子を食べる手を止めない空に対して、お燐は心底あきれたように肩をすくめた。

 その様子を見て、さとりは苦笑しながら答える。

「この前勇儀がこいしに押しつけてきた、地底古代魚の薫製を食べましょう。そのままを薄く切ってチーズや野菜と一緒にオードブルに、後は火を通してパスタがいいでしょう」

「ちょっと挨拶したらもらっちゃった。挨拶するたび保存食増えるね……あ、そうだ!」

 こいしは突然勢い良く両手をバンザイさせた。

「メガテリウムのコーンドミートもあったから、今度地上に出かけるときはそれのサンドイッチにしようよ、お姉ちゃん」

「はいはい、こいしの希望はそれね……さて、私はそろそろ部屋に戻るわ。みんな、次はおゆはんでね」

『はーい』

 談話室にいる全員に見送られ、さとりはその場を後にした。

 部屋に戻るのは、仕事が残っているという表向きの理由があった。そして裏を返すと、お燐が持ってきた、阿求からの手紙を読むことも理由の一つであった。

 そもそも、実は仕事はほとんど片づいており、今日手をつける必要もない。なので、さとりは、じっくりと手紙を読むために自室に移動したのである。地霊殿の他の面々も、それはなんとなく察していることだろう。

 数分せずに部屋に着いた。さとりは淀みない所作で机に座り、手紙の封を開ける。上質の紙でできた便せんが一枚折り畳まれており、丁寧な楷書が整列していた。

 

>親愛なるSurplus R様

 先日もお手紙ありがとうございます。こちらは日に日に寒さが増しており、部屋一つにつき火鉢を一つ置かなければ凍えてしまいそうです。床暖房が備えられているという地霊殿の空調がうらやましく思えます。

 

 書かれているのは、本当にたわいない世話話だ。ただ、文体は以前バイオネットでやりとりしていた時よりも砕けたものになっている気がした。それが、さとりには心地よかった。

 異変があってから数日後に再開した阿求とさとりの文通は、今のところお互いの近況報告に終始する形となった。これは、阿求の方もさとりの方も、たまってしまった仕事の消化に忙しく、あまり趣味に時間を割ける暇がなかったからだ。

 バイオネットが休止してしまったこともあり、さとりはここ最近小説を書くことも休止している。阿求も忙しそうであるので、作品を送ったりはしていない。何となく、感想を催促してしまうような気がするからだった。

 ただ、今日お燐が送ってきた手紙を読むに、阿求の方の忙しさは一旦収まりがついたようだった。

「バイオネットに投稿予定だった作品をいくつか、本にまとめて送ろうかしら……今度、地上に出向いたときに話もできるし」

 さとりは思いつきをひとりごちる。やや押しつけがましいかもしれないが、悪くない考えだとさとりは思う。

 手紙は、最近人里で起こった座敷わらしの出稼ぎとホフゴブリンの派遣の話の後、こう締めくくられていた。

>そういえば、前からずっと疑問に思っていたことがあります。

 『Surplus R』というペンネームは、果たしてどのような意味があるのでしょうか。いろいろ自分で考えてみたのですが、どうにも思いつきません。ちなみに、私のペンネームの由来は、わざわざ教えるまでもないですね?

 この手紙のお返事でも、今度人形劇を見るときにお会いするときでもかまいませんので、教えていただければ幸いです。それでは、どうぞお体に気をつけて

 Initial Aより

 

「……ああ、そういえば、教えてなかったわね」

 さとりは、ちょっとした不意打ちを受けた気分だ。振り返ってみると、確かに教えた覚えはない。答えを知っているのは、さとり本人以外居ないはずだ。

 それも仕方ないかもしれない。元々、正体をさとられないようにするために、無理な暗号を施したものだ。自分と全く関係のない名前を付けるという手もあったが、わずかでも自分の名前と連なるネーミングにしないと、どこか収まりがつかないし、何よりつまらなかった。

 しかし、あの聡明な少女が答えにたどり着かなかったというのは、中々に愉快でもあった。さとりはミステリーの仕掛けを考えるのにあまり得意ではないと自分で思っていたが、少し自信がついた。

「そうね。今度会ったときに教えてあげよう」

 そのことは、これから書く手紙の返信に添えておくことにした。勿論人形劇の日程や、当日家族を連れていくことも記述する。

 そして、手紙を書きながら、さとりは阿求へ暗号の答えをどう伝えるかも論理立てて考えていた。

「なんてことはないのよね……『さとり』をローマ字に直してから数字で分解して、最後に数字にできないものが残った。それだけ」

 satoriのsaとtoは3と10に変換できるが、riはiを1に見立てられても、rだけは残ってしまう。

 Surplus(余り)だったのが、R。

 これを教えたら、阿求はどういう顔をするだろうか。感心されるか、それともずるいと言われるか。

 どっちにしても、さとりにとっては面白い話だ。答えを教えられた阿求の、いろいろな表情が想起される。

 それらは、まださとりが見たこともない表情だ。

 今からそれを見るのを楽しみに、さとりは、手紙の返事を書き始めたのだった。

 

〔AR〕

 

◎出演◎

稗田阿求 古明地さとり

パチュリー・ノーレッジ 八雲紫 八雲藍

上白沢慧音 アリス・マーガトロイド 上海人形

豊聡耳神子

古明地こいし 火炎猫燐 霊烏路空 地霊殿のペット達etc

チルノ 大妖精 ルーミア 橙 リグル・ナイトバグ

鈴仙・優曇華院・イナバ 小悪魔

霧雨魔理沙 森近霖之助 風見幽香

封獣ぬえ 冴月麟 本居小鈴

西行寺幽々子

姫海棠はたて 藤原妹紅

 

 

◎特別出演◎

ミスタートレンド 麗しの電霊 etc

 

◎執筆◎

蝙蝠外套(残酷綿棒)

 

〔AR〕-拡張幻術-

 

〔劇終〕

 

 
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