No.529964

嘘つき村の奇妙な日常(19)

FALSEさん

不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/

(これまでのあらすじ:EX三人娘が迷い込んだ嘘つき村で、追い込まれた嘘つき達は「決戦形態」の使用に踏み切った。村とその構成物によって構築された巨人とぬえが対峙する。一方こいしは幽香の助力を得て、一気にフランドールがいる最上階を目指す。しかしそこでは切羽詰まった嘘つきによってフランドールの処刑が行われようとしていた。)

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2013-01-09 23:10:17 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:603   閲覧ユーザー数:600

「うおおおおお、やばいやばいやばいやばい!」

 

 繰り出された「村」の巨大腕を、ぬえがすんでのところで回避する。口で言うだけなら容易いだろう。問題はその腕が彼女の華奢な体躯より十倍は図太く、そして殺人的な速さを持っていることだ。

 

「こんなもん食らったら、一発で正体不明のクズ肉になっちゃうよ!」

『一発当たってみればよかろう。痛みは一瞬だ』

 

 反対の腕がぬえを捕まえようと動き出す。数えて十数回目、肉体限界も真近な回避動作の繰り返し。

 

「とっ!」

 

 横っ飛びに腕を躱すと同時、二の腕に瘤が生えたかのような隆起が起こる。すれ違いざまに、隆起が枝分かれを続け瞬時に大木へ変化するのが見えた。

 

「いったい、何を……!」

 

 新たな回避動作を入れる。インメルマンターンで旋回を始めた場所を、高速飛行する何かが通過した。

 煉瓦。ジョッキ。林檎の実。

 

「いや、ちょっ、待っ」

 巨人の体を形作る家や道具、作物が腕から肩から次々に打ち出される。それらがぬえに向けて殺到し、彼女の体を掠めていった。

 

「小技まで使いやがって!」

『そうかな? これは君達の言う弾幕というものだ。幻想郷的には、何の問題もあるまい』

 

 先ほどの嫌味に対する、痛烈な意趣返し。

 一瞬、言葉を失う。

 

「弾幕か。そうか弾幕か。なるほど、これは強烈な嘘っぱちだ。村全体が、妖怪とはね!」

 腹部に、強烈な衝撃が走った。被弾。

 バランスを崩したところに、再び腕が飛んでくる。

 自由落下に身を任せて腕を避けると、火線が行き交う様子が目に入ってくる。小傘達がぬえと同様に巨人と交戦しているのだろうが、めぼしいダメージを与えられていないのは明白だった。

 

 ――どうにかなるのか、これは。

 

 館に近づくこともままならない。

 逃げようにも、異界の外にどうやって出られるか。

 少なくともハリネズミのような巨人の砲撃に対し、外側から近づくのは困難だろう。せめて誰かが巨人の体内に侵入し、一寸法師よろしく彼? の動きを止めてくれれば、勝算もあるかもしれない。

 館から奇妙な閃光が走ったのは、その時だった。

 ぬえは落下しながら、それを見る。

 攻撃の一部としては、不自然だった。閃光は館の屋根辺りから飛び出し、数秒ほど光の柱を立てた後天高くに消えていく。

 

『……何だ、どうした』

 

 何より奇妙なのは攻撃を繰り出した巨人自体が、動きを止め何らかの事態に戸惑っていることだった。

 

『物好きか? 何をしたのかは知らないが、余計な手出しは却って危険だ……』

 

 がくん。がくん。

 巨人の挙動が明らかにおかしい。それを確認した直後、ぬえの体は水中に落下した。

 

「がはっ! こ、今度は何だ?」

 

 巨人の腰から下が、奇妙な水に満たされている。ぬえもまたその少し白濁した液体の中でもがいた。しかしその液体は彼女の浮上よりも早く上昇して、巨人の体を覆い尽くす。

 

『何だ、これは……止めろ……止めろ……!』

 

 巨人の周囲に、光の粒が現れては弾けて消える。その度にそれは嫌がるように腕を振り回した。

 

「これ、は」

 

 呟いた瞬間、ぬえは我に返る。

 声帯の震動が阻害されない。呼吸をする度、一人ごちる度に口から気泡が漏れ水上に昇るが、彼女の顔には険しさの欠片もなかった。

 液体が幻覚だと気がついたからだ。

 

「まさか……こいし……」

 

 ぬえは体勢を入れ替え、苦悶する巨人を見上げる。

 

「おいこいし、何考えてんだ! 村の全ての無意識に侵入するつもりか!」

 

 応答はない。額を(液体の中にも関わらず)冷や汗が伝う。幻覚の正体には、心当たりがあった。

 こいしのスペルカードの中でも最悪最恐の部類に入る弾幕の一つ「胎児の夢」。

 彼女の能力は、四十六億年に亘る生物進化過程を追体験させる大悪夢を喚起する。この悪夢は出生の過程で全生物の無意識に焼きつけられるものであり、回避する手段は皆無に等しい。

 問題は、現状の影響範囲だ。

 

「こいし、分かってんのか! 村の全てにいちいち悪夢を見せてたら、お前の身があ痛っ!」

 

 ぬえの真近にあった光の粒が、頭の横で弾ける。この粒も弾丸の一種であった。

 

「馬鹿……本当に考えなしだね」

 

 上空を睨む。粒をかき分け、巨人の脇を浮上する。

 

「仕方ない、後始末はしてやるよ。これだけじゃ、さすがに奴も死なんだろうし」

 

 目指す先は、巨人の頭頂、館の最上階であった。

 

 

 §

 

 

 幽香が通路の真ん中で立ち止まり、周囲を見る。

 

『どうしたの?』

 

 続いて、人形を見た。

 

「なるほど。あなたの所までは届いていないのね」

 

 首を傾げる人形を差し置いて、歩き出す。

 

「さて置き。この景色こそが村の真実の姿と考えていいのかしらね? 上とは大違いだわ」

 

 ヒールで踏みしめた地面がカツンと硬質的な音を立てた。地面を力任せに掘削して辿り着いた洞窟の内部に、彼女達はいる。

 上下左右を取り囲むのは青白く光り輝く半透明の、幾何学的な結晶が凝り固まった物体だった。単一で見れば幻想的な光景であったが、水晶の中に見えたものは実に生々しい。

 白骨化した死体が埋まっていた。しかも無数に。

 

「肥料のやり過ぎね。お陰でろくな花が育たない」

『そういう問題なのかしら?』

 

 悪趣味極まる死体陳列場を、一人と一体が無言で通り抜けていく。殺風景を紛らわすように、人形がパチュリーの言葉を発した。

 

『青いのは惚れ薬の高純度結晶体ね。死体を養分にしているという例えは、あながち間違ってないわ』

「ふぅん?」

 

 礼儀程度の相槌が返って来た。

 

『惚れ薬に欠かせないのは、惚れる対象。その為に血なり髪の毛なり、対象の体の一部分を触媒とする事例は山ほど出てきたわ。この手の薬は意中の者を惚れさせたい奴より、民を意のままにしたい君主のニーズが多くてね。多くの錬金術師が大金目当てに試行錯誤を積み重ねている』

「その大半は、あなたの足元にも及ばない似非術師でしょう? 成功した例があるのかしらね」

『数は少ないけど、存在する。十五世紀かそこらの東欧諸侯お抱えの錬金術師が錬成に成功した、その名も操り人形(マリオネット)ってドラッグがね』

『嫌味のようなネーミングセンスだわ』

 

 アリスの言葉が挟まった。

 

『この薬の特色としては、対象以外の血肉を触媒に使えたことが挙げられるわ』

「なるほど」

 

 周囲で水晶漬けになった骨格標本を眺める。

 

『分かりやすいでしょう? 薬を大量に作るには、従来対象者が多くの血を流さなければならなかった。他者で代用できるのなら、乗らない手はないわよね』

「成功したのはいいとしましょうか。それが幻想になってしまったのはどうして?」

『簡単に言えば、殺し過ぎたのよ』

 

 ――ソコニ イルノハ ダレ

 

 足を止める。脳裏に直接語りかけるような声が、お喋りの狭間に無理矢理割り込んできた。

 

『今度は、何?』

 

 続いて、足元を見る。結晶体が次々に増殖して、幽香の足元に絡みつこうとしていた。

 

「どうやら、種のお出ましのようよ」

 

 バキバキと音を立てながら、幽香の前後が結晶体の塊によって塞がれる。

 

『ボムれ、パチュリー。出し惜しみは勿体無いぜ』

『はいはい』

 

 人形が赤の光彩に包まれた。

 

 ――火符「アグニシャイン下級」

 

 人形の差し出す両腕から紅蓮の炎が迸り、前方を遮る結晶体の壁を破壊する。一方幽香は足元の結晶体を難なく払い落としていた。

 

「露払いはお任せしてもいいかしら」

『まあ、人形遣いの荒いこと』

 

 ――水符「プリンセスウンディネ下級」

 ――土符「レイジィトリリトン下級」

 

 通路を結晶体が遮る度に、人形のスペルカードが発動してそれらを打ち壊す。

 

 ――ヤメテ コナイデ ナニヲスルツモリ?

 

 再び幽香の脳裏に響いた声は、先ほどよりも強いプレッシャー、そして焦燥を彼女に伝えた。

 

「そんなこと。決まっているじゃない」

 

 ――金符「メタルファティーグ下級」

 

 幾千本の針弾が破壊した結晶体の先に、他の死体とは異なものが埋まっていた。

 全く腐食が進んでいない、真紅のロングドレスを身に纏った少女の姿が。

 

「……身の程知らずにお仕置きしに来たのよ」

 

 ――ヒッ

 

 目を硬く瞑る少女が、小さく震えたように見えた。

 

 

 §

 

 

 原初の夢。海洋に生まれた最初の生命体。その身はあまりに小さくそして脆弱。僅かな波濤の衝撃。簡単に砕け散り屑へと変じる。命綱は水中に解けた微量の酸素。身を焼く原始の太陽。凍てつく月の光。死滅する同胞。全身を支配する苦痛。助けて止めて嫌だ嫌だ死にたくない。

 魚の夢。自由な五感と自在に動ける体。身を守る銀色の鱗。しかしその身も十全ではない。襲い来る様々な外敵。息を潜め通り過ぎるのを待つ岩場の中。群れを作り逃げ回る弱々しい仲間達。鋏を、毒針を振りかざす巨獣。ああやはり駄目だ死にたくない。

 蜥蜴の夢。強靭な肺腑とより強い鱗の体。しかしより凶悪な進化を遂げた外敵。足元に絡みつくシダ植物。巻き起こる地殻変動。降りしきる溶岩の雨。沸騰する海。逃げ場を失い見上げた先には、長々と首を伸ばす巨竜の姿。助からない死にたくない。

 猿(ましら)の夢。器用に動く手を得て俊敏に動けるようになった体。鋭い牙を並べた猛獣。小さくとも侮れぬ毒虫。十分な体に比して不足する生命の知恵。身を苛む怪我、病、暑さ、寒さ。まだ不十分、不十分。もっと知恵に富んだ体を。生きる力を。

 そして、出生の光。

 どさり、と近くで重いものが落ちる音が聞こえた。

 

「ぐ……」

 

 身を起こすと同時、軽業師が頭を抱え顔を歪める。

 彼が気を失っていた時間は、さほど長くはない。しかし、その間に流し込まれた情報が実に膨大で、鮮烈過ぎた。頭に手を添えたまま、体を震わせた。あの夢の中で、彼は何度殺され何度進化したのか?

 それをたった一人の少女に見せられたのだ。床に穿たれた穴から突如現れた、ベージュ色の悪魔が。

 

「恐ろしい……殺さねば……殺される……」

 

 独り言を放ちながら、手に剣を出現させる。殺すべき妖怪の姿を探すため、彼は顔を上げた。暗く、視界が狭い。奇術師に窓を閉鎖させたままである。

 

「ウウ……」

 

 背後から声がした。暗闇の中で、ゆっくりと起き上がるシルエットだけが見えている。

 

「誰だい? 臆病か? 少年か? ちょっと、あのイレギュラーを探してくれ。今のうちに殺さないと」

 

 暗闇に目が慣れてきて、見えてきた輪郭は。

 人の形をしていなかった。

 

「キエエエエエエエエエエエッ!」

「うわああああああああああっ!」

 

 神に対する冒涜の限界に挑んだかのような生物が、軽業師に対して咆哮を上げる。

 頭部は鋭い顎を持つ昆虫。首から腰まで爬虫類の鱗に覆われ、腕があるべき部分からは甲殻類の鋏が突き出している。腰から下は八つに分かれ、吸盤と粘液に塗れた蛸の脚だった。

 

「ば、ば、ば、化け物おおおお!?」

「キエエエエエエエエエエエッ!」

 

 剣を向ける軽業師に対し、怪物も鋏で威嚇する。

 

「ギャアアア!」「グオオオオ!」「ヒイイイイ!」

 

 さらに絶叫が響く。最初の怪物と似たり寄ったりのキマイラが、次々に姿を現した。

 

「あ、あ、あ」

 

 四体の怪物は牽制し合うように軽業師へ間合いを詰めると、一斉に飛びかかってくる。

 二つの目玉が、ぎょろりと裏返った。

 

「アアアアアアアー!」

 

 半狂乱となり闇雲に剣を振り回す。牙が食い込み、腕が千切れ、脚が飛んだ。

 悪夢は続いていた。

 

 

 §

 

 

 UFOと化した使い魔数体に周囲を守らせながら、ぬえは大部屋の中心に降り立った。

 

「悪夢の続きには、どんなものが見えるんだい? まあ、聞いても答えちゃくれないか」

 

 部屋の中は修羅場と化している。五人の嘘つきが、互いを攻撃し合っていた。あの彫像男すらも闇雲に、ティーカップを振り回している。

 それを無視すると、力尽きて倒れたこいしを肩に担いだ。UFOの一つに彼女を乗せる。

 

「胎児の夢の合間に、数千の使い魔を解き放った。村のあらゆるものに取り憑くよう命じてね」

 

 続いて、椅子から倒れ落ちたフランドールに歩み寄った。ポケットから毒消しを取り出して、小さな口に挿し入れ嚥下させる。

 

「正体不明のタネは、それだけでは意味をなさない。認識しやすい形に姿を歪めるだけだから。だけど、とびきりの悪夢を見た後ならその限りではないよね」

 

 フランドールもUFOの上に乗せ、侮蔑に満ちた鋭い瞳を周囲に向けた。

 

「そのまましばらく、殺し合っていろ。正体不明の無意識に怯え、本気で死にたくなるまで……?」

 

 裾に重力を感じる。よく見ると、青白い顔をしたこいしが薄く目を開けて、シャツの袖を引いていた。

 

「まだ、終わってないわ」


 
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