No.527387

すみません。こいつの兄です。46

妄想劇場46話目。お正月の間も妄想してました。

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(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2013-01-03 23:36:42 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1075   閲覧ユーザー数:970

 学校から帰ると、妹の部屋に変圧器があった。電柱の上なんかについている、灰色のドラム缶みたいな機械だ。

「変圧器、でけぇ」

「でけぇっすー」

俺と妹が並んで驚嘆の声を上げる。変圧器がこんなデカいものだとは思わなかった。ベッドが変圧器の下敷きになって、ぺっちゃんこになっている。軽トラでも載せられないだろうなってサイズだ。

 言っておくが、妹が変圧器を注文したわけではない。「変圧器、激クールっす!」と言って妹が買ったのかと思ったかもしれないが、実はそうではない。

 真相は、こんな感じだ。

 近所でクレーン車が電線を引っ掛けた。引っ張られた電線は、電柱を引き倒した。引き倒された電柱は家を直撃した。屋根と壁が破壊され、電柱が妹の部屋に変圧器を投入した。つまりは、大規模ピタゴラスイッチである。

 よって、ご近所一帯は停電中。

 関電工、東京電力、警察、消防、総出動だ。電線に首を引っ掛けられて転んだクレーン車を起こすのに、もっとデカいクレーン車が来てる。テレビ局も来てる。イングラムとか現れても受け入れられそうな大騒ぎだ。

 ときおり、妹の部屋から『ぎゃっ』とか『うわっ』とか言う声が聞こえるのは、変圧器と電柱を回収に来た業者さんの悲鳴だ。文化祭の記念にもらってきた血まみれ生首が床に転がったままだからだ。妹の部屋には、一番最初にお巡りさんが入った。そのときの凍りついたお巡りさんの表情は忘れられない。殺人事件に遭遇したときのお巡りさんって、ああいう表情をするんだね。

 

 事故から五時間。

 

 日が落ちて一時間ほど経って、ようやく街灯に灯がともる。さすがの事態に、職場から早く帰ってきた父さんは居間で、クレーンの運転手、警察官、保険会社からやってきた担当者の対応をしている。俺と妹は二階の廊下に居た。

「真菜」

「にーくん」

「年末だしな」

「年末っすね」

「大掃除しようか」

「そうっすねー」

現実から逃避する。だが、やらなければならない事からは逃避しない。マスクと軍手を装着し、決然とドアを開ける。電柱と変圧器が特攻した破砕口は、青いビニールシートで覆われている。電柱に突き飛ばされた本棚が倒れ、その上にエアコンが壁を背負ったまま乗っている。俺の部屋との間を仕切る壁付近には、天井についていた照明器具が電気コードにぶら下がって揺れている。大きな梁が折れて、斜めに床に倒れている。壁のスイッチを入れると、ぶら下がったまま点灯した。照明器具は意外と根性がある。

 大掃除エクストリームモード。

「ふんがっ」

気合を入れて、エアコン付きの壁の破片を横に移動させた。石膏ボードは意外と重い。その下から本棚を起こす。本棚に並んでいたぬいぐるみを救出する。妹が掃除機とはたき、刷毛、ウェットティッシュをつかって埃を除去する。雨が降ってなかったのも不幸中の幸いだ。

「あうー。オウム貝さん、大丈夫っすかー。うああ。トリケラトプスちゃん。ワニくんー」

クマさんやウサギさんは、妹のぬいぐるみ軍には配備されていない。

「あうー。ダンクレオスツスちゃんー。テロドゥスさんー。エデスタスちゃんー」

デボン紀・シルル紀などにいた古代魚類だ。

「ああ。オットイアちゃんー」

カンブリア紀にいた蠕虫状の海産前口動物である。鰓曳動物に分類される。ぬいぐるみが売っているのだから世の中は侮れない。買って愛でる妹も妹だが、作って売るぬいぐるみ屋さんもなにを考えているのか意味がわからない。上野の国立自然科学博物館のミュージアムショップで買ったものだ。

 続いて、本を救出する。机のほうは無事だったから、一番大変なのは本棚の部分だ。

 ブルーシートで覆ってあるとは言え、雨が降ったら隙間から吹き込み放題の有様だ。デリケートな荷物をこの部屋に置きっぱなしにはできない。俺の部屋に移動させることにする。いったん、俺の部屋に移り、押入れの中に積んである押入れのボックスを取り出す。入っている内容物をとりあえず全部床に積み上げる。空になったボックスを妹の部屋に移動して、着るものや、本を詰め込んで、俺の部屋に移動させる。透明な押入れボックスに生首を隠す…じゃなくて仕舞うのは気分がよくないが仕方ない。続いて机を移動させる。

「ベッドはあきらめろ」

変圧器が電柱上から敢行したラ・ケプラーダにより、ベッドの息の根は止まっていた。四本の脚がへし折れたベッドを見て、改めて思う。妹が留守にしている間の出来事で本当によかった。意識せず、隣で立ち尽くす妹の肩を抱く。さすがに軽く震えてる腕をさする。妹は涙目だ。

「…そっすね…」

 

 第三次世界大戦を生き延びた兄妹みたいな光景である。

 

 夕食は寿司である。特上である。クレーン会社の奢りである。

「部屋は片付いた?」

母親が聞いてくる。

「片付いたっす。全部にーくんの部屋に移したっす。でも、ベッドだけはダメっした。即死だったっす」

「じゃあ、真菜はしばらく直人と一緒の部屋ね」

なんだと。

「え?母さん。マジで?この歳で、妹と同じ部屋で寝起きすんの?」

「なに、あんた妹を意識してんの?」

「あ、いや。そういうわけじゃないんだけど…」

もごもご。お前が止めろ!という必死のアイコンタクトを妹に送るが、妹は軍艦巻きしか相手にしてない。

 

 冗談じゃないぞ。

 

 事態の深刻さに気がついたのは、風呂を済ませて部屋に戻ったときのことだ。

 妹の本棚と荷物と机を運び込んだ六畳間は足の踏み場がない。一番奥に俺の机。その横にベッド。ベッドの横には俺の本棚が置いてある。運び込んだ妹の机だが、置く場所がなかったから学校の教室みたいに縦にスペースをあけて、俺の机と縦にならべた。そこから、また椅子を引くスペースだけあけて、妹の部屋から持ち込んだ本棚を置いてある。妹の机の上に、妹の部屋の押入れから持ち出した衣類を入れたボックスが積み上げてある。六畳間は、ベッド、机、机、本棚、本棚が各一畳を占有し、机と机の間に椅子を引くための半畳の空間で埋まってる。

 その配置で、部屋の中で移動しようとすると、どうしてもベッドの上を乗り越えて奥に進むことになる。

 ベッドの上に、先に風呂からあがっていた妹がパジャマ姿でゴロゴロとラノベを読んでいる。白を基調にピンクのドクロ模様のパジャマに、うっすらとパンツだけが透けてる。

 冗談じゃない。

「まさか、真菜…このベッドで寝るのか?」

「そーっすー。にーくんと寝るの久しぶりっすー」

妹が身体を反転させて仰向けになる。ラノベの背表紙には「お兄ちゃんだけど、愛さえあれば関係ないよねっ8」と書いてある。

「ふざけんな。居間で寝ろ」

「いやれっすぅー。んべぇーべろべろぉー」

妹は舌を出して、両耳に親指を当てて開いた手をひらひらさせる。これ以上はない完璧なディスり表現だ。最近食らわせてなかったが、これは踏みにじりの刑だ。

「おしおきが必要なようだな」

踏みにじるべく俺もベッドに上がる。

 ずるっ。足元で毛布がすべる。足を取られて盛大に転んだ。

「ふぎゅっぐえっ」

ストンピングではなく、ボディプレスになった。ま、いいか。

「つーことで、居間で寝ろ。いいな」

腕立て伏せの要領で、潰した妹の上から起き上がりつつ言う。

「いやれっふー♪」

腕を外す。落下。セカンドインパクト。

「ふぎゅっぐえっ」

「居間で寝ろ」

「いいっすよ」

「ようやく分かったか」

「ちがうっすー。にーくん、私の上で寝てもいいっすよって意味っすー」

風呂上りの上気した桃色の頬で悪戯っぽく笑いながら、そんなことを抜かした。不意打ち的に、妹の中に美少女を見つけてしまう。

「ふざけんなぁーっ」

ごんっ。あれ?いい音。

 妹をベッドから突き落とした…つもりだったが、ベッドの真横には机と本棚がみっちりとくっつけてあることを忘れていた。つまり、突き落としたつもりが、机に向かって妹を叩きつけていた。妹を見ると机にヒットした顔面を貼り付けたまま、空いている空間に投擲された下半身だけがずるりとベッドの縁を滑り落ちていくところだった。

「うわっ。真菜、すまん!大丈夫か?」

半分落下した妹を引き上げる。額と鼻の頭が多少赤くなっているが、たいしたことなさそうだ。よかった。

「いたいっすー」

「いや、今のは悪かった。すまんすまん」

「じゃあ、一緒に寝るっすー」

非人道的行為を行った引け目でついオッケーを出してしまった。

 

 眠れない。

 寝心地が悪いわけではない。十二月、冬の最中だ。毛布の中の妹の体温は温かく、心地いい。それはいいのだが、このガリガリに痩せた妹が柔らかくて滑らかなのがいけない。左腕にしがみつく妹。柔らかすぎるぞ。お前。

 電気を消してすぐに、妹が耳元でささやいた不届きな言葉が脳内をリフレインする。《にーくんなら、ちょっとくらいパジャマの中触ってもいいっすよ》…ビッチやめろと言ってゲンコツをお見舞いしたが、そのビッチな許可が今、俺の脳内を駆け巡る。

 こいつ、ぺったんこな洗濯板のはずなんだけど一応ちょっとはあるのか?左腕に当たる温かさに思う。

 部屋に増えた荷物が、外の光を遮っている。いつもよりも暗闇が深い。その中、妹の体温と息遣い、そしてほんのりと香るシャンプーとなにか正体不明の甘いような香り。それだけが鋭敏に感じられる。左腕に微かに規則正しい拍動を感じる。妹の鼓動。ぬいぐるみを抱くように絡みつく華奢な腕。

 あのやかましくて、がさつな妹が黙ってすやすや眠っているのがいけない。この妹はだまって眠っていたら、学校の頭のイカれた男子の言うように美少女かもしれないのだ。それがくっついて寝ているのは、いけない。

「…くくっ」

妹が笑い声を漏らした。

「あ?」

「にーくん、眠れないっすか?」

「寝たふりしてたのか?」

「寝るつもりだけど、私も眠れないん…っす」

内緒話をするような妹の声。暗闇の中の声は、いつもより幼くも大人びても聞こえる。

「お話していいっすか?」

「いいよ」

妹のほうに顔を向ける。暗闇の中、妹の吐く息が当たる。

「にーくん、美沙っちとは付き合わないっすか?」

デリケートな話題、ど直球だ。やっぱり俺の妹だ。

「今はな」

「美沙っちを待たせるっすか?」

「待っててくれるものならな」

「待てといえば、待ちそうな勢いっすよ」

「言わない」

「言わないのは、待てということっす」

「…そうかな…。うん。タイミングが合わなかったのは、うすうす分かってたよ」

「それが、他生の縁ってやつっすね」

触れ合う袖も他生の縁。美沙ちゃんとも、輪廻の螺旋のどこかで縁があったのだろう。でも、その縁は、俺たちをすれ違わせた。

「真奈美っちは?」

「真奈美さんは、恋愛とかじゃないだろ」

「そーっすね。でも、真奈美さんにはにーくんしかないっすよ。彼氏も友達も、にーくんがなければ、なぁんにもないっすよ」

「…ん…まぁ…そのうち、友達もできるさ。だいぶ普通になってきてるし、たぶん人見知り三倍ブーストくらいになってる」

「じゃあ、にーくんは真奈美っちルートでも、美沙っちルートでもないルートを攻略してるっすね?」

「すっかり、エロゲ脳になってるな。お前…。まぁ、ギャルゲと違って、リアルの先は長いからな。俺にも、あと二回モテ期が残ってるはずだから、いいよ」

心の内と違うことを口にする。よくない。美沙ちゃんルートに行きたい。でも、それが真奈美さんのバッドエンドにつながるならダメだ。リアルもギャルゲみたいに、ちゃんと脇キャラも幸せになるエンドを用意していてくれればいいのに…。

 するり。

 妹の手が俺の脇をかすめて背中に回る。

 むぎゅ。

「おい。やめろ。バカ」

「にーくん…私、こうしてにーくんといるの好きっすよ」

「……」

「美沙っちフラグと、真奈美っちフラグを折れば…」

なにを言い出すんだこいつ?

「妹エンドっすよ。誰ともくっつかなければ、妹エンドっす」

「リアルに妹エンドなんてないからな」

この状態で、そんなこと言うな。いろいろ、色んなところが変なことになる。

「どのルートにも入らないと、自動的に妹エンドっすよ。一つの屋根の下に暮らして、なにかあったら助け合って、同じ苗字で暮らす。それって、嫁とだいたい同じじゃないっすか?」

「違うからな。それ」

「なにがっすか?具体的に」

「それ、なんてセクハラ?」

頼むから、そっちに話を持っていくな。精神力で反応を止められない部分もあるぞ。すりすりと身体を寄せてくる妹から、少しだけ逃げる。

「妹ルートに入らないのは、ソレが目的ってことかもしれないってことっすよ」

「……」

いや、まぁ…。美沙ちゃんを見て、ぜんぜん考えなかったとは言えないけどさ。それが目的と言われると、認めたくない。

「ごめんっす。意地悪言ったっす」

「真菜?」

妹の声に一瞬だけ、涙が混じった気がして心配する。

「そう、にーくんに言えば美沙っちとくっつきづらくなるって思ったっす。意地悪だったっす」

「おのれ…。ま、言われなくても美沙ちゃんとはくっつきづらいけどね…真奈美さんのことを考えると…」

「美沙っちと…私で、不利なのはソコだけっすからね。ソコだけっす」

「お前と美沙ちゃんじゃ、メラとメラゾーマくらい違うわ。ばかたれ」

妹の頭をちょっと撫でてみる。真面目に美沙ちゃんに太刀打ちできると思っているんだとしたら、こいつの頭の中身が心配だ。言っておくが、そういう理由だ。

「お前さ。暗くなると性格変わるな」

「そっすか?」

「動物をおとなしくさせるのに目隠しするみたいなものだな」

「にーくんの匂い嗅いでると…落ちつくっす」

そういえば、美沙ちゃんも俺の枕の匂い嗅いでたっけ。真奈美さんもよく、くんかくんかしてるしな。安息香酸でも出ているんだろうか、俺の体。

 妹は一足先に、すやすやと寝息を立て始めた。

 俺の意識もぼんやりとしてくる。

「お前も…」

暗闇。

「…いい匂いするよ…」

 

 翌朝、目覚ましの音で目をさます。

 よく寝た気がする。温かい布団から出たくない。

「おはよっすー。うへへへへ」

布団から出なくてはいけない。

 目を開けると、前方十センチに邪悪な笑みを浮かべた妹がいる。

 むぎゅ。

「にーくん」

ごくり。こいつ、どんな邪悪なことを言うつもりだろう。

「ありがとっすー」

「は?」

「寝てる間、ずっと抱いててくれたっす」

突き飛ばす寸前に、昨夜の反省が生きる。突き飛ばすと、妹ヘッドがデスクにハードインパクトだ。

 無視しよう。

 布団から起き上がろうとして、気づく。

 あ。

 ちょっと妹の目の前で起き上がるには、ちょっとアレな健康な男子高校生の朝の状態になっている。なっている?なっている!?

「ぐひひひひ。なんか当たってるっすよ」

どがんっ!

「ぎゃびっ!」

妹を突き飛ばした。死にはしないだろ。んばっと布団を跳ね飛ばして、荷物の間を身体を横にしてすり抜けてトイレに脱出する。

 冗談じゃねー。

 そうだよ。昨夜、あのまま寝てしまったんだよ。

 妹と話すために妹の方を向いて、美沙ちゃんの女子力に立ち向かえると思っている妹の頭を心配して撫でながら寝てしまったんだ。結果として、妹を抱擁してるみたいな状態で寝てしまった。それだけだ。

 トイレから出たところで、呼び鈴が鳴る。呼び鈴が鳴るということは美沙ちゃんも一緒だな。

 出てみると、やはり美沙ちゃんと真奈美さんだった。美沙ちゃんは、いつもの微笑を浮かべている。安定の可愛さ。

「や、おはよ。ごめん、とりあえず上がって待ってて。着替えてくるから…」

「おはようござい…」

そこまで言いかけて、美沙ちゃんの手が俺のパジャマの胸辺りを鷲づかみにする。

「女の匂いがするッ!」

俺のパジャマを被る勢いで顔に押し付けて、すーはっすーはっと鼻から深呼吸を繰り返す。瞳からハイライトはとっくに消えている。

 キッ!

 美沙ちゃんが二階を睨み世界がブレた。俺は廊下に座り込み美沙ちゃんは二階にいた。美沙ちゃんになにかが発動した。スタープラチナかザ・ワールドのどちらかだと思う。

「ぎゃあぁあー」

妹の悲鳴が上から聞こえてくる。再起不能になってないといいな。

「きょ、今日は…こ、コンビーフのスクランブルエッグ…作る…ね」

「あ、真奈美さんおはよ」

真奈美さんはマイペースだ。

 

(つづく)

 


 
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