No.527306

嘘つき村の奇妙な日常(16)

FALSEさん

不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/

(これまでのあらすじ:EX三人娘が迷い込んだ嘘つき村で、こいしは奇妙な地下墓所に埋葬される。一方嘘つきの一人「クラウン」は残る嘘つき達にとある相談をする。それは八人の嘘つきを揃えるためにフランドールを殺すという狂った提案だった。)

最初: http://www.tinami.com/view/500352 次: http://www.tinami.com/view/528295 前: http://www.tinami.com/view/526403

2013-01-03 21:29:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:591   閲覧ユーザー数:581

 テーブルの上に、茶色い錠剤が数個転がっている。三人はそれを摘み上げてしげしげと観察した。

 

「本気でやばいと思った時の非常手段だ。拙いものが見え始めたら飲み込め。噛み砕くとなおいい」

 

 魔理沙の説明を聞き流しながら、こいしがそれを口に含もうとした。すぐさま彼女の手が伸びてくる。

 

「止めろ、今飲むもんじゃない。即効性で、強烈な副作用もある。酩酊、嘔吐、脱力感を始めとして、数えきれないくらいの症状が出るぜ」

「どっちが毒薬かわからんな、それ」

 

 ぬえが思いきり舌を出した。

 

「毒を以て毒を制するってな、あながち間違いじゃないんだぜ。茸の強烈な幻覚作用を跳ねっ返すには、薬も強烈でなくちゃいけない」

「どうしてそんなものを調合する気になったのか、不思議でしょうがないね」

「名実ともに特別製の毒消しだからな。希少菌類と引き換えに永琳から教わった薬剤技術と、黒魔術のノウハウを組み合わせたハイブリッド錠剤だ」

 

 顔を顰めて、ぬえがにやけた顔の魔理沙を見ると。

 ドン!

 ドアを叩く大きな音が、部屋に響き渡った。

 

「ま、本当に万が一だ。多少の胞子だったら普通の中和剤で何とかなる。仮に飲むことがあったら後で臨床結果を聞かせてくれよ」

「おいちょっと待て、飲んだことないのか!」

 

 ドン! ドン!

 

「飲むほど酷いケースがなかったからな。今言った副作用も、素材の薬効を組み合わせた予想だから」

「おい!」

 

 扉を叩く音は、さらに酷くなっていく。

 

「そう心配すんなって。こんなもの飲む必要があるほど酷い幻覚を見る機会なんて、そうそうないぜ。お守りみたいなもんだと思って持って行けばいい」

「そんなこと言うと、却って使うことになりそうで不安になるんだけどな……」

 

 

 ドンッ!

 

 

 ぬえはテーブルに突っ伏したまま、頭を押さえる。

 

「ぬ……ぐぐぐ、ぐ」

 

 ドンドンドン! ドンドンドン!

 彼女の苦悶に拍車をかけたのは、乱打に変わった扉への打突音だった。

 

 ――頭が、痛い。

 ――私は、どれくらい気を失っていた?

 

 テーブルへ額を擦りつけた状態でしばらく煩悶に苛まれるが、外から響き続ける打撃がそれを妨げる。

 

「あー。少しは静かにしてよ……」

 

 ようやく、顔を上げる。その体勢で彼女は口元を押さえ、目を白黒させた。顔にも血色がない。

 

「……どこだ、ここは」

 

 ぬえは、周囲の状況を把握しようと試みる。少し広いホールに、整然と並べられたテーブルと椅子。自身が座っているのもその一つだ。そして彼女の脇には、見覚えのある妖怪達が倒れていた。

 

「……いったーい、何なのよこれ。最悪だわ」

 

 四人の妖怪に先んじて、小傘が身じろぎをする。続けざまに上がった呻き声は、彼女達もまたぬえと同じ症状に苛まれていることを示していた。

 ぬえは頭を押さえながら、直前のことを思い出す。

 

 ――私はこいしと一緒に嘘つきの館に忍び込んだ。

 ――だが目論見が甘かった。あの館は生きていた。一人でに変わってく通路に閉じ込められて、ガスを吹き付けられて、それから後は……

 

 硬直。扉を叩く音が変わらずやかましい。

 痛む頭を小突き回した後、ふと目の前に転がったものに目をやった。紙袋と、散乱する茶色い錠剤を。

 

「あれ? あなたぬえちゃんじゃない?」

 

 扉の音に混じって、若干間の抜けた声が飛んだ。

 

「……は?」

 

 脇を見る。気怠い目をした小傘が見上げていた。

 

「やっぱりぬえちゃんだ。久しぶりー。あなたも、嘘つき村に迷い込んだの?」

「何言ってんだ、お前。久しぶりって、昨日会ったばっかりじゃないか。同じ台詞を聞いた気がするよ」

「ぬえちゃんこそ、何言ってんの?」

 

 ぬえは頭を掻いた。微妙に話が噛み合っていない。

 

「おいおい。いいか多々良、昨日私をこの宿に案内してくれたのはお前じゃないか。嘘つきから新しい働き口を斡旋して貰ったからって」

 

 両手で宿の内装を指し示す。

 小傘は細い目で、食堂の内部を見回した。

 そしてしばらく、ぼんやりと天井を見上げる。

 最後に、ぬえへ視線を戻した。

 

「ぬえちゃん、私のことからかってるのね?」

「からかっとらん! お前がそう言ったんだ!」

「やだなあ、私は気ままなから傘お化けよ? 宿の経営だなんて、そんな小難しいことするわけないわ」

 

 叫び声を上げた表情が、ぬえの顔に貼りついた。

 宿屋の主人としての、記憶が皆無。

 一方、ぬえも館で倒れた後の記憶が欠落している。

 脂汗が零れ落ちた。

 外からの騒音は、いつの間にか止んでいる。

 

「多々良、お前嘘つき村に来て何をしていた?」

「私は、食べ物をいただいただけよ? 風まかせで飛んでいたら、ここに迷い込んだの。変な格好した嘘つきって人に案内して貰ってご馳走をいただいて、それから起きてみたらすごい頭が痛いんだけど」

 

 絶句。

 宿屋の主人の記憶が、完全に抜け落ちている。

 改めて、ぬえはテーブルに散乱したものを眺める。

 魔理沙から譲り受けた、特製の毒消しを。

 

「……ふっ」

 

 鼻息が漏れる。小傘がそんなぬえの様子を見て、目を丸くし彼女の表情をの覗き込んだ。

 

「ふふふ、はっはっはっ」

 

 肩を、体を震わせた。錠剤の一つを摘みながら、彼女は笑い続ける。

 ぼたり、とテーブルの上に水滴が落ちた。

 

「そうか選んだか、記憶にない私は。あいつの言う無意識を操られた状態で、これを飲むことを」

 

 錠剤を何個か掴み取り、ポケットに収める。

 

「ならば、従うしかあるまいよ。他ならぬ私自身が望んだことなら、仕方がない……!」

「ねえ、どうしたのぬえちゃん。泣いてるの?」

 

 小傘が、ぬえの顔を見上げる。残る三人が騒ぎに気がついたか、唸りながら動きだした。

 右手で顔をごしごしと擦る。

 

「……最悪な夢を見たよ」

「どんな夢?」

「友達を殺させられる夢だ!」

 

 ぬえの手に戟が現れる。彼女は肉食獣の視線を、起き上がろうとしている四人の妖怪に向けた。

 

「お前達、悪いことは言わない。早くここから出て、人気のない場所に身を隠しな。ちょっと行ってこの阿呆な村の黒幕をぶっ殺してくるが、その間食べ物は絶対に口にしちゃいけない」

「へ、どうして?」

「記憶が飛んで、こういう感じになる」

 

 窓ガラスが、立て続けに割れる。

 がら空きになった窓から、あり合わせの武器を手にした村人が次々に乗り込んで来た。

 

 

 §

 

 

 地面が剥き出しになった薄暗い空間に、フードを深く被った人影が無言で佇んでいる。

 それはまるで彷徨うような足取りで歩きながら、前後左右を見回していた。床以外大理石に囲まれたその空間に突然変化が生じたのは、そんな時だ。

 数カ所の地面が盛り上がり、突起状に突き出した。余分な土が零れ落ちて、人の形を作り上げる。

 

「ゲホッゲホッ、畜生、また死んじまった!」

 

 それの一つが動きだして、体の土を振り払った。中から現れたのは、フードを被った村人である。

 

「痛ぇし苦しいし、もう懲り懲りだぜ、こんなのは」

 

 今一つの土塊が崩れ、奇妙な姿の村人が姿を現す。彼は大柄な体躯に不釣り合いなベージュのシャツと、黒い丸帽子を被っていた。

 

「た、大変だ」

「な、なんだ兄弟。おめぇも死んでたのか」

「何を言ってる。棺桶の中に入ってたのは、俺だ!」

 

 口をあんぐりと開ける村人の前で、男は黒帽子とベージュのシャツをかなぐり捨てる。

 

「あん時殴り合いになったろ。そしたらいきなり、こいつを被せられたよ。そしたらどうだ、お前らときたら、俺をタコ殴りにしやがって」

「ど、どうなってんだ? あの時死んだのは化け物だと、俺たちぁてっきり」

 

 もう一つの土塊が身をよじらせた。異常に痩せた無精髭の男が姿を現す。

 

「とにかく、一大事だ。まだ化け物は死んでねえ。すぐに嘘つきにこのことを知らせねぇと」

「お、おう」

 

 走りだした二人の村人を、よろよろと痩せた男が追っていきながら声をかける。

 

「お、おい、ちょっと。俺は、どこに行けばいい」

「嘘つきに相談しな。色々よこしてくれるぜ」

 

 慌ただしく走りだしていく三人の男を、フードの人影は部屋の片隅で見つめていた。空気のように。

 

「化け物だなんて、失礼だわ」

 

 フードの下から、銀色の髪の毛が溢れる。

 現れた顔は紛れもない、古明地こいしその人だ。死んではいないが頭に乱雑な包帯が巻きつき、その下に赤い血を滲ませていた。

 

『まあ妖怪だからね。人間の認識ってそんなものよ』

 

 ローブの下からパチュリーの声と共に人形が顔を出す。それと顔を並べるように、蝙蝠の頭が左右を見回してキィと小さく鳴いた。

 

「あれは人間なのかしら。むしろモグラみたい」

『一度村に食われて、村の構成物として再生する。あの奇妙な埋葬には、そう言う意味があると見たわ』

 

 こいしが、ローブを脱ぎ捨てた。

 スカートの上は肌着一枚である。これまでの弾幕ごっこと乱闘で、それも肌を辛うじて隠すボロ布と化していた。素肌にも打撲の青痣や切り傷が目立つ。

 

「あんな場所でストリップすることになるなんて、無意識にもよらなかったわ」

『だが、死なずに済んだろ?』

 

 魔理沙の声。人形が脱ぎ捨てられたシャツを拾い上げて、こいしに手渡した。

 

『人形にぬえの「正体不明のタネ」を奪わせた後、村人の列に突入。混乱に陥った隙に村人へこいしの服を着せ正体不明のタネを植え、囮にして脱出する。うん、こんな無茶な作戦を咄嗟に思いつく魔理沙も大概だけど、実行するあんたも相当なものだわ』

「上手くいったのだから、いいんじゃない?」

 

 しれっと返しながらシャツを身につける。これも乱闘に巻き込まれた時の影響で片方の袖が取れかけているのを始め、破れ目をさらに増やしていた。

 

『魔理沙(こいつ)の嗅覚は、案外馬鹿にできないわ。実戦の経験だけはやたらと豊富だから』

『なるほど、泥棒ネズミも使いようってことね』

『色々と酷いぜ……でも、一つ不思議なことがある』

 

 こいしが帽子から泥を払い落とし、頭に乗せる。

 

『ぬえが真っ先にあの死体をこいしと断定したのが、どうにも納得いかん。自分の使い魔が憑いたものを、どうして誤認したのやら。まあお陰で私達は、館に潜入する隙を稼がせて貰ったけどな』

『誤認ではないと思うわ。これは推測になるけれど、ぬえはきっと思い込みたかったのでしょうよ。あの死体が、古明地こいしであるとね』

 

 ボロボロながら身なりを整えたこいしが歩き出す。人形が急いで彼女の頭上に飛び乗った。

 

『恐らくこいしを殺すことが、嘘つきの命令だったのでしょう。あの時のぬえは命令を遂行したことを証明するため、自分で自分を騙したのだわ』

『そんなことができるのかね? ものを正体不明にする能力はあいつ自身の持ち物だろうに』

『自分の能力だからこそ。解き方と同じくらいに、彼女は騙され方も心得ているのよ。嘘つきに対するせめてもの抵抗だったのだと思うわ』

 

 こいしが部屋の周囲に据えられている螺旋階段を上る。上階はゴシック調の小さな建屋になっていた。館を挟んだ向かいに似た造りの建屋がもう一つある。先ほど、嘘つきが地下墓所と呼んでいたものだ。

 館の正門では、男達が扉を叩いている。

 

『さて、うかうかはしてられんな。奴らが嘘つきにこいしが生きてると知らせたら、警戒が厳重になる』

『倒すのも面倒ね。袋叩きにしても復活するんじゃ。こいし、裏口を探しなさい』

「うーん」

 

 曖昧に返事しながら、こいしが館の裏手に回った。庭園には取ってつけたように満開の花が咲き乱れる。

 そして茨の絡みつく屋敷には窓の類が一切なく、外来者の侵入を依然として拒んでいた。

 

『勝手口の類いくらい、作ってもいいでしょうに』

『作る必要が、ないのかもしれないね。春夏秋冬、庭園の面倒を見る必要がないのならば』

「ねえ、あんな入り口でいいかしら?」

 

 こいしが指したのは、木々に隠れて控え目に取り付けられた木戸である。金具が頑丈に打ち込まれており、なぜかドアノブ類が一切見当たらなかった。

 

「どうやって開ければいいかしら」

『材質も本物の木材を真似て作っているなら、破れないこともないでしょうよ』

 

 人形がこいしの頭の上から飛び降り、扉に触れる。

 

『この人形には簡易スペルを仕込んであるわ。火、水、木、金、土、五行の能力を一回ずつ解放できる』

「じゃあ、火で燃やすのかしら?」

『不正解。木行に克つのは、金行よ。でも』

 

 人形の体が、緑色の発光を放ち始めた。

 

『村人再生のプロセスを見てはっきりしたわ。この村の構成物は、全て土から構成されている。ならば、木行が有効でしょうね……離れなさい』

 

 こいしが数歩引くと同時、人形の発光が強まる。

 

 ――木符「シルフィホルン下級」

 

 

 §

 

 

 薄暗い部屋の中で、一つの影がぴくりと動いた。上階と趣きが異なる無骨な石によって囲まれ、簡易なベッド一つだけが置かれた殺風景な内装である。

 

「あら、あら」

 

 緊迫感のない女性の声で呟くと、影はゆっくりと身を起こす。低血圧を解消するように起き上がった体勢を維持したまま、彼女は口に笑みを作った。

 

「どうやら、お客様のようね」


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択