No.522887

北郷一刀の奮闘記 第十一話 

y-skさん

気が付けば、隔月更新となりつつ今日この頃でございます。
早いもので今年ももう残す所あと僅かとなりました。
来年はもうちょっと更新頻度をあげられたらなぁと思ったり思わなかったりラジバンダリ。
色々ありましたが、無双に徐庶が遂に登場したことが驚きであります。
モバマスにもハマってしまい、楓さんのSSをやりたいなぁとも思った1年でした。

続きを表示

2012-12-25 06:01:22 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3297   閲覧ユーザー数:2612

酷い夢を見た。

ビキニパンツのみを身に付けた大男に追われる夢だ。

その夢といったら、思い出すのも嫌になるくらいの悍ましさであった。

たかだか夢ごときに、なぜ、ここまでの嫌悪感を覚えたかは、てんで分からぬ。

それでも、ぞわぞわと背筋を撫ぜ上げてくるようなこの感触は空恐ろしいものがあった。

そのくせ、その大男の肉体ときたら、見事なまでに鍛え上げられており、男の自分から見ても、充分に魅力的であると感じるまでに

至っている。

それが何とも腹ただしく、やるせなくあった。

ぐいと、自身の拳を握ってみたところで、精々襖を破れるかどうかが関の山である。

それに比べ、あの大男ならば、薄い鉄板程度のものであるのなら、易易と貫いてみせそうではあった。

常日頃から、誰よりも強く、等と考えている訳ではないが、あそこまで極まったものを目にして、何も思わない程枯れているのでも

ない。

久しぶりに、刀を振ってみるのも良いかもしれぬ。

 

一つ考えが纏ると、今度は喉の渇きが気なった。舌の根と、喉とがひっついている。

体内から、水分が最も多く消費されるのは就寝中なのだと、耳にしたことがある。

このままでは快適な睡眠は得られまい。取り敢えず、水だ。ひんやりとした、心地の良い感触の寝台から抜けだし、足を中庭の井戸へと向けるとしよう。

いつの間にか、あの男を悍ましく思う気持ちは、どこかへと消え去っていた。

 

廊下を抜け、校舎の外へと出る。いつもよりも随分と早く、目が覚めてしまったようだ。

早朝と呼ぶには、余りにも早すぎる頃合いである。

辺りはまだ、朧気な月明かりのみによって照らされていた。

 

静々と、優しく柔らかな光が降り注ぐ。

青々としていた樹木に。月光を照り返した葉面が、ぼうっと暗がりの中に浮かび上がっている。

子どもたちが駆け回った大地に。乾いていた砂地も、しっとりと夜気が染み入っているように感じられ。

ゆらゆらと揺れる、虚空に舞う月の光は、風に巻かれた冬の花を思い起こさせた。

見渡す限りに音はなく、広がる先に影もない。

その中を一歩、踏み出す。僅かに足元から音が漏れる。

また一歩、進む。影法師が後を着く。

その何れも、周囲を乱すことはない。暗い帳の中へと吸い込まれ、滲み入る。

ただただ、只管に静寂の中である。静かな静かな夜である。

 

 

古井戸が近づく。途端に体の動きが止まった。

人影があった。白い着物が、朧気な光を受けて、微かに輪郭をなぞり上げている。

思わず身構えた。

こんな夜更けに誰なのか。一体何をしているのか。

取り敢えず、身を隠すべきなのか。将又、そのまま忍び寄るか。

僅かに逡巡するも、諦めて進もうとする。

周囲を見渡した所で、近くに身を遮ることが出来る様なものはなかった。

それと同時に人影も動きはじめる。

気付かれたのかと、踏み出そうとした足を止め、息を殺す。

 

緩やかに人影は動く。

腕を伸ばして、体を回す。軽やかに浮かぶように足を運ぶ。

袖がはためき、髪が靡く。

こちらに気付いた様子はない。その動きは舞であった。

影が、舞っていた。それも女性のようである。

黒い髪がさらさらと流れた。月光を浴びて艷やかに瞬く。

 

動いているのに止まっている。

止まっているのに動いている。

静と動。相反するはずである二つの要素が見事に混ぜ合わさった舞だ。

シャッターを連続で切った写真を、順繰りに見せられているようであった。

一つ一つの動きが、静止画のように、強烈な印象となって脳裏へと焼きつくのである。

そして、その舞はどこまでも静かであった。あれだけ砂地で動いているにも関わらず、音が一切しないのだ。

まるでこの世のものではないかのように。

 

徐々に、女の姿が顕になっていく。

どうやら、月を朧にしていた雲が流れているようである。

先程までは気付かなかったが、女は長細い棒状のものを左手に握っていた。

俄に、女の右手がそれに伸びる。そして、払った。

棒状のもの――鞘から剣が現れて煌めく。

凛とした光を放ち、夜に浮かぶそれは、断てぬものなどないと、そう主張するかのように存在感を持っていた。

正に、抜けば玉散る氷の刃といった様相である。

 

刃に目を奪われている内に、女の動きが変わった。

剣に導かれるように、切れ味を増してゆく。流麗な舞から、鋭利な剣舞へ。

剣を振るう、振るう、振るう。

その度ごとに闇が裂かれ、閃光が走る。それがまた、彼女の舞を鋭く鋭く、抜き身の刃のように尖らせていくのだった。

 

やがて動きが止まる。

どれ位の間、そうしていたのかは想像がつかない。

ただ、確かなことは間違いなく彼女に、そして彼女の舞に見蕩れていたということだけである。

 

静かに女は構えをとった。あれは、脇構えだろうか。本来ならば立っている筈の刃が寝かせられていた。

そして、今度は先程とは違った意味で動けなくなった。

空気が張り詰めたものへと変る。世界中が、硝子細工で構成されているかのように感じられてくる。

身じろぎ一つ、いや、例え呼吸一つでさえもしてしまえば、途端にありとあらゆるものが、罅割れ木端微塵に砕け散ってしまいそうな

感覚に襲われる。

自身の体でさえ、自分のものではないかのように重く、鈍くなってゆく。

この感覚を、俺は知っていた。祖父だ。彼が刀を構えた時も、同じように全く身動きが取れなくなるのだ。

相手の気に呑まれる。こうなると、殆どの物事が自身にとって不利益に働くようになり、今この時もそうであった。

生存本能なのかはどうかは分からない。しかし、無意識のうちに彼女から離れようとしたのだろう。右足が退った。

舞う彼女のようにはいかず、じゃりと、音が漏れる。

 

「誰です。」

 

鋭い声が夜を裂いて響く。

見蕩れていたとはいえ、気に呑まれるとはまだまだ修行が足りない。

そんなことを思えども、今は詮なきことである。

 

 

しかしながら、不幸中の幸いであったことは、彼女の声に聞き覚えがあったことであった。

冷静に考えてみれば、一番初めに思い当たらなければいけないであろうことである。

そこにいきつかなかったのは、寝起き故に頭の回転が足りなかったせいなのだと、そう思いたかった。

 

「済みません、俺です。邪魔しちゃいましたか?」

 

「その声は、北郷さんですか?」

 

彼女――水鏡先生は安堵を含んだ声で返した。

 

ええ、そうです。そう答えて、彼女の元へと歩みを進める。

どんなに気を使った所で、自分の足音が消えることはなく、それが彼女との実力の差を表しているようで、何とも悔しい。

安いプライドだと分かっていても、どうにもならないことだってあるのだ。

 

「どうしたんですか、こんな時間に。」

 

「ちょっと、喉が乾いたものですから。」

 

そう言葉を返すものの、俺の目は彼女の右腕から離れなかった。

抜き身の刀身は、月光に煌々としている。

まるで、時間が止まってしまっているかのように、その剣は静かに、ただそこに在るだけである。

俺の視線に気づいたのか、先生は剣を鞘に収めた。

りん、と甲高い音が、どこまでも広がるように響く。

鈴の音をも思い起こされるような澄んだ音だった。

 

「水なら、わざわざ外にまで出なくとも、台所の水瓶にあったでしょう?」

 

「まぁ、そうなんですが……。」

 

確かにそうなのだが、その台所にいくためには、先生の部屋を通り抜ければならなかった。

幾ら、何というか良からぬ気を起こすつもりがないとはいえ、精神上よろしくない。

彼女は彼女で、本当に不思議に思っているようで、小首を可愛らしく傾げている有様である。

もう少し、自覚というものを持って頂きたかった。

そういえば、自室として充てがわれた保健室は、殆ど寝るだけにしか使っていないため気にしてはいなかったのだが、

部屋に飲み水が無いということがあり得るのだろうか。

自身のイメージでは、部屋に水を溜められるような小さな壷だとか、水差しのようなものがありそうなものである。

そういったものがないのか、後で聞いておくことにしよう。

 

「それにしても、さっきの舞は凄かったですね。思わず、見とれてしまいました。」

 

「普段は、余り人に見せませんから恥ずかしいですね。」

 

そう言って先生は微笑む。月明かりでも頬に薄く朱が差すのを見て取れた。

しかしながら、歴史に名の残る人物とはやはり規格外である。

あれだけ見事な剣舞もさることながら、最も気が惹かれたものはあの構えであった。

間違いなく、自分では敵わないであろう域にあるだろう。

あの気組みを祖父に例えてはみたが、恐らく、祖父でも勝負になるのか怪しいところである。

自分が一番強いと思っていた人物を、偉人とはいえ、女性が超えていくというものは中々に衝撃的ではあった。

だからこそ、気にならずにはいられなかった。

先程は自身の不手際により中断されてしまったが、あの構えから放たれる一撃を見てみたいという気持ちが抑え切れずにいるのだ。

 

「いつも、こんな夜中に剣を?」

 

「はい。どうにも染み付いてしまっているようで……。

 一時期は、これで生計を立てていた時期もあったものですから、やらずにいると収まりが悪いのですよ。」

 

悪戯が見つかった子供のように、先生はばつの悪そうに続ける。

 

「しかし、今は、学問に生きる身。手放そうと思ってはいるのですが、ままならないものです。」

 

そして、少しだけ、彼女は寂しそうな顔をした。

 

先生にもう一度、構えて貰いたくはあったが、この様子では望み薄だろう。少々残念ではあるが、無理を言うのも気が引ける。

おとなしく引き下がることにしよう。両手を、釣瓶に繋がっている縄へと伸ばす。

手伝いましょうか、と先生は尋ねてくれたが丁重に断りをいれる。

からからと音を立てて、水一杯になった釣瓶が姿を見せた。それを井戸の縁へと置き、中から水を両手で掬うようにして口元へと

運んだ。

この時期であっても、地下の水はよく冷えており乾いた喉に心地が良い。

思わず、二杯、三杯と流しこむ。

 

「そんなに飲むと、お腹が冷えてしまいますよ?」

 

彼女はくすくすと笑う。

 

「大丈夫ですよ。子供じゃありません。」

 

流石に恥ずかしく、少し拗ねた様な口調になってしまう。

そんな俺を見て、やはり彼女は声を上げて笑うのだった。

 

 

   北郷一刀の奮闘記 第十一話 風のように、流麗な剣の舞 了

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
16
2

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択