No.522157

すみません。こいつの兄です。43

妄想劇場43話目。今回から、市瀬美沙ちゃん編。これにて、主要登場人物から普通の人が消えました。

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(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2012-12-23 23:55:13 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1205   閲覧ユーザー数:1125

 数時間前、神様が俺に言った。

「お前を世界で一番幸せな男にしてあげるよ」

俺は、それを撥ね付けた。天使を屋上に置き去りにして、階段を降りたんだ。理由なんて分からない。人のすることに理由なんてない。理由はいつでも後からついてくるだけだ。

 天使を傷つけた俺が、落ち込んだ。勝手すぎる。

 

 ひとりになりたくて、電車に乗らず二時間近く歩いて家に帰った。

 

「ただいまー」

玄関に靴を脱いで、二階に上がる。制服を着替える。制服を着ていたくない。着替えたい。さっきまでの俺が着ていた服を着ていたくない。

 ベッドに仰向けに転がる。

 読みかけの本を読む気もおこらず、天井を見上げる。

 美沙ちゃん…。

 くそ…。意味がわからない。

 美沙ちゃんに告白されて断るなんて、俺は頭がどうかしているんじゃないか。あんなにかわいくて、いい子で、真剣な想いを断るなんて、どうかしてる。百回生まれ変わっても、もう二度とありえない幸運だ。自分で幸運を振り捨てて、美沙ちゃんを傷つけて、自分で腹を立てている。

 本当に意味が分からない。

 さっきまでは、ひとりでいたかったくせに、今度は一人でいると余計なことを考えて頭がおかしくなりそうだ。

 立ち上がる。居間に降りて行く。

 居間のテーブルの上に生首が載っていた。いよいよ俺の頭がおかしくなって幻覚でも見ているのかもしれない。

「なんだそれ?」

「一個もらってきたっすー」

そんな気持ち悪いものどうするんだ。文化祭の思い出の品にしても趣味が悪い。

 妹は、カーペットの上にあぐらをかいてノートパソコンでなにかをしてる。こいつのパソコンは今年高校の入学祝いに買ってもらったやつだから、俺のパソコンよりも新しい。いいな。新しいパソコン。

 妹の背後のソファに座る。テーブルの上の生首を手に取る。マネキンの生首だ。デザイン的なかっこいい奴じゃなくて、けっこうリアルな目も描いてあるやつだ。頭って、意外と後ろがでかいな。そんなことを思う。

「なぁ」

「なんすかー」

そう言って、妹は身体を反らす。上下さかさまに俺を見る。

「この生首、あんなにたくさんどうしたんだ?買ったのか?」

「もらってきたっすー」

「どこから?」

どこでこんな生首がもらえるんだ。純粋な疑問が頭を満たしてくれる。

「美容学校っす」

「なんだって?イマイチ、つながりが見えないんだが…」

イナバウワーみたいな姿勢に疲れたのか、妹が後ろにずれて俺の膝の間のクッションを枕代わりにする。

「あちこちの美容学校に電話して、聞いたっす。生首ないっすか?って」

美容学校の人も大変だな。変な電話来ちゃって…。

「美容学校に生首くれって言ってもだめだろ」

「だめじゃないっすよ。美容学校は生首、ぜったい余るっす」

「意味、わかんねーよ」

「美容学校は髪の切り方を教えるっす。マネキンで練習するっすよ。何度か使ったら、ベリーショートになって絶対に余るっす」

「あ…そっか。それをもらってきたのか」

「そっすよー」

「…おまえ」

そういいながら、妹に生首をパスする。

「なんすかー」

妹が生首を抱えて答える。

「記憶力だけじゃなくて、頭も回るんだな。やっぱ、頭いいわ」

「やっと気づいたっすかー。もっとほめるっすー☆」

妹が横ピースでドヤ顔。イラッ☆

「こっちの首は取れないかな」

膝の間の妹のリアル頭の顎辺りを掴んで引っ張ってみる。

「ふぎゃー」

面白い音がした。もう一回やろう。

 すぽんっ。

 うわぁっ!

 抵抗感なく妹の頭が、引っ張った方向に飛んできた。…と、思ったら妹が俺のほうに向かって自分からのしかかってきただけだった。

 どきどきどきどき。

「お、脅かすな!取れたかと思っただろ!」

ふひひひひひ、と邪悪な笑い声を立てながら、妹が身体をひねって俺と正対する。柔らか温かい。

「にーくんの頭は取れないっすかー」

頭を両手で掴まれて、ぐいぐい引っ張られる。

「鬼うぜぇ…」

ウザいが、まぁ、痛くもないのでしばらくなすがままにされてみる。

「あんたたち、なにじゃれてんの?お父さん遅いから、先に夕食にするわよ」

「ほーい。めしー」

妹が、俺の頭を引き抜くのを諦めてダイニングへ小走りに走っていく。俺の腹の上に残していった生首をソファにおいて、後を追う。

 

 夕食を食べて、風呂に入る。

 

 湯船の中で、またひとしきり自己嫌悪に陥る。ぶくぶくぶくぶく。鼻までお湯に沈めて、ゆるい入水自殺を試みる。二分と持たずに失敗する。

「あー。もったいないことしたなぁーっ!」

叫んでみても、気持ちは軽くならない。振ったほうが落ち込むとか、本当に意味がわからない。今なら、だれにバカ呼ばわりされても同意できる。

 さらに二度ほど、入水自殺を試みてからあがる。

 ほかほかと湯気を立てて階段を上がり、ベッドにもぐりこむ。今日は、もう寝てしまおう。電車を使わずに帰ってきたおかげで、適度に疲れてもいる。のぼせ気味で頭が緩んで、身体が温まっているうちに寝てしまおう。一度目が冴えたら、不眠症にまっしぐらな予感がある。

 美沙ちゃん…。

 好きだよ。

 それは、たぶん本当。

 

 眠りに、落ちる。

 

 翌朝、真奈美さんが一人で玄関先に座っていた。

「おはよ。あがって待っててよ」

真奈美さんを居間に通して、身だしなみを整えに洗面所へ向かう。

「ひどい顔だな」

鏡に向かって悪態をつく。ただでさえ、特徴も意志もない腑抜けた顔が、今日はますます覇気がない。目の下が腫れぼったくなっている。

「俺も、前髪が欲しいよ」

いつのまにやら、台所でパンケーキを焼いている真奈美さんに向かって呟く。テーブルにはおあずけを喰らった犬みたいな顔の妹がいる。こいつ、真奈美さんになにか作れと強制したな。まぁ、真奈美さんがいいならいいけど…。真奈美さんお手製の絶品パンケーキを朝食に食べる。予想を裏切らない。うまい。うちによくメープルシロップなんてあったなぁ。

「真奈美ちゃん来ると思ったから、メープルシロップ買っておいたのよね。よかったわー。役に立って…」

娘と息子の朝食を他人に丸投げして、テレビで天気予報を見ている母さんがそんなことを言う。うちの家族が、本当に図々しくて申し訳ない。天気予報士のお姉さんが、にわか雨に注意するように言っている。台所の真奈美さんは、動作が全体にゆっくりしているのに手際がいいのか、あっという間に料理ができて、あっという間に後片付けが終わる。

 おかげさまで、若干の余裕すらもって家を出る。今朝は、冬服でも肌寒さを感じる。妹は早くも制服の上からオレンジ色のウィンドブレーカーを着ている。こいつは女子高生のくせに、衣服を機能でしか選ばない。華奢な背中にオレンジ色は似合っているが、こいつが選んだ理由はまちがいなく「夜でも目立つから安全」という理由だろう。

「真奈美さんは、寒くないの?」

夏と同じジャージ姿の真奈美さんに聞いてみる。真奈美さんの服装は、ジャージかスウェットか下着姿しか見たことがない。最後のは事故だ。ほっそりとした背中を見たのはずいぶん昔のような気がする。

「…すこし、さむい…けど」

真奈美さんが、ゆっくりとした口調で答える。すこし先行する妹が、こっちを意味ありげに振り返って、また前を向く。

 そうか、寒いんだな。単純にいつもと違うことをするのが怖いのか…。でも、それで風邪でもひいたらいけないよな。

「今度、一緒になにか上に着るもの買いに行く?」

「…う、うん。ど、どこ…行く?ニ…ニッセン?」

俺の『行く』は出かけるという意味。真奈美さんの場合、サイトにアクセスするという意味。

「ま、まぁ。通販でもいいんだけど…」

「あ…そ、そうだよね。…えと…しまむら?ゆ、ユニクロ?」

間違ってもH&MやGAPは出てこない。

「防寒具なら、ワークマン最強っすよ!」

妹からもフォーエバー21は出てこない。どこの世界にワークマンに服を買いに行く女子高生がいるのか。ここだけだ。

 

 俺の中で、女子高生のおしゃれの認識が崩壊を始めるころに、学校に到着する。妹と真奈美さんがいて、美沙ちゃんがいないと指標を失い俺の認識が遭難する。

 

 今日からは、すべて平常運転。いつも通りに授業が進む。三時間目に特殊教室に移動する。渡り廊下を渡るときに、ふと一階の教室の窓に美沙ちゃんを見つける。目が合う。目をそらす。

 昼休み、お茶を買いに教室を出ると美沙ちゃんとぶつかりそうになった。

「わ…。ご、ごめん」

「い、いえ…わ、私こそ…」

気まずい…。美沙ちゃんが先に目をそらして、行ってしまう。美沙ちゃんの目の下が、かすかに腫れぼったい気がした。俺の顔もだけど…。昨日までなら、こんな偶然でも美沙ちゃんに会えれば幸せな気分になっていた。

 今は、気まずい。

 授業が終わり真奈美さんを、市瀬家まで送っていく。玄関先で別れて、来た道を引き返す。自販機の並んでいる角で、美沙ちゃんと出くわす。

「…お、おかえり?」

「……た、ただいま」

道の真ん中で交わすには奇妙な挨拶を交換して、どちらからともなく目をそらす。すれ違う。振り返りたいけれど、振り返らずに駅を目指す。

 顔になにかが当たった。

「あ…」

天気予報的中。ぽつりぽつりと雨が降り始めていた。

 電車に乗って一駅。最寄駅に到着する頃には、わりと本格的な雨になっていた。にわか雨とはわりと言いづらい。傘は持っていない。五百円でビニール傘を買っている大人たちがうらやましい。

「いいや」

雨に濡れるには、少々つらい季節に傘を差さずに歩き始める。それが覚悟なのか、諦めなのか、自傷行為なのかはわからない。おそらくは自傷行為。

 最初の二分で後悔を始める。次の三分、勘弁してくれと思う。家に到着する頃には、忍耐の限界に達していた。

「さみぃーっ!」

そう叫んで、部屋に突撃する。エアコン暖房最強。濡れた制服を脱ぎ捨てて、Tシャツとパンツだけになって風呂にダッシュする。風呂だ!風呂しかねぇ!

 ガラッ!

 妹が風呂場にいた。おとなしく湯船に浸かっているから、音がしてなくてまったく気づかなかった。

「ひあ…。に、にーくん」

 妹の鎖骨。透明なお湯に透けるなだらかな白い曲線。見開かれた瞳…。

「な、な…」

「な…なん…」

湯船の中の妹がフリーズする。俺はとっくにフリーズしている。互いに脳がまともに動作することをやめている。

「…なんてエロゲ?」

ちゃぷ…。

 妹が身体を縮こまらせて、自分を抱くように腕を動かす。その水音に我に返る。

「うああっ。す、すまん!」

どずっ。横っ飛びにバスルームから飛び出す。パンツとTシャツを回収して、部屋に駆け戻る。

 ばたばたとジャージを着て、ベッドに転がる。

 心臓がバクバクしているのは、階段を二段飛ばしで駆け上がったからだ。他の理由は絶対にない。

 うぎゃー。ああああああ。

 ベッドの上で七転八倒する。これは、脳がパニックを起こしてるからだ。冷えたりダッシュしたりして身体もパニックを起こしているからだ。

 そうだ。どうせ妹は風呂に入っているのだ。この隙にエロゲでもしよう。そうだ。それがいい。エロゲだ。机に移動してパソコンを起動する。

 エロゲはいいよな!

 俺くらいのレベルになると立ち絵にもエロスを感じることができる。そうそう、このリビドーはエロゲの効果。それ以外は一切ない。

 心、落ち着く。

 エロゲはいい。

 物語が進み、エロゲの中の二人の関係が進む。

《お兄ちゃんっ!…大好き!》

 本当に終了しますか。YES。

 間違ったルートに進んだようだ。

 

 翌日も、翌々日も似たような毎日。

 

 変わったことといえば神様の嫌がらせじゃないかと思うくらい、美沙ちゃんとのエンカウント率が高いことくらいだ。心当たりはある。神様のくれた百万に一度のチャンスを棒に振って天使を泣かせた。天罰のひとつもくだろうというものだ。

 気分を変えなくちゃな。

「真奈美さん、帰りにユニクロ寄って行こうぜ。そろそろジャージじゃ寒いだろ」

実際には三寒四温。ジャージでちょうどいい日と肌寒い日を繰り返す。そんな毎日、まだ早いという気もする。でも、俺の気分転換につきあってくれ。

 こくり。

 真奈美さんの首が縦に一度振れたのを確認して、いつもと反対側の電車に乗る。ショッピングモールに向かう。そういえば以前ここで美沙ちゃんが水着を買ったっけ。試着室で美沙ちゃんが見せてくれたビキニ姿がフラッシュバックする。あの子を振ったとか、やはり俺は頭がおかしい。

 夏は終わって、秋も終わろうとしている。水着の季節は過ぎて、コートの季節がやってくる。

 夏の始まる頃、美沙ちゃんと来たショッピングモールに真奈美さんと来る。一階のユニクロに入る。ユニクロは店員が話しかけてこないから、真奈美さん向きだ。ところでいつも思うんだが、ショップ店員ってなんだろうね。店店員。

 店の中は混雑してもいないが、それなりに人がいた。カップルがつまらなそうにTシャツを見たりしている。彼女をユニクロに連れてきたら普通はつまらなそうにするだろう。

 紺色ジャージの真奈美さんが、黒のダウンを買おうとしている。

「明るい色の方が似合うんじゃないかな」

「…そう?」

真っ黒なさらさらの前髪の間から、鳶色の瞳を覗かせて確認するように俺を見る。真っ黒な前髪。黒のダウン。紺色のジャージ。コンセプトははっきりしていると思うが、そっちのコンセプトはどうだろう。

「あと、別にダウンじゃなくても…。コートとかもあるよ」

「…なおと、くんは…どれがいいと思う?」

また、美沙ちゃんがフラッシュバックする。「お兄さんに選ばせてあげます」。胸がちくりと痛む。

「そうだなぁ…」

真奈美さんにおしゃれをさせるというのは、難しい注文かもしれない。ユニクロだけど、おしゃれとか言っちゃう。学校指定のジャージと上下980円のスウェット姿しか見たことがないのだから、ユニクロでも十分おしゃれレベルがアップだ。

 パーカーとか、活発なイメージではないな。

 真奈美さんの腰まで届く黒髪に目をやる。腰まで届いているのは前後両方だ。

 黒はないな。

 黒に合う色。白か、赤かな。

 真っ赤なフリースロングコートを手に取る。

「これなんて、どうかな」

「…じゃあ、それ」

「試着くらいしようよ」

「…わ、わたしが試着しちゃったら…」

なにを遠慮してるの。

「試着は、していいの。カバン持っててあげるから」

「…う、うん」

真奈美さんからカバンを受け取って、コートを渡す。

 ジャージの上からおずおずと袖を通す。髪が全部コートの中に入っちゃってるが、真奈美さんは気にしてない。

 しかたないな。

 真奈美さんの髪を掴んで、ずるずるとコートの内側から引き出してあげる。後ろと、前と。

「ちょっと背筋のばして」

「…う、うん」

店においてある鏡の前で、丸まった猫背を伸ばしてもらう。それでもまだ、せっかくのコートが髪の毛に隠れてどんなデザインなのかさっぱりわからない。後ろから前髪を掴んで、左右に分けて肩の後ろに落としてみる。

「ひゃ…まぶし…」

前髪が横に分かれて、まぶしさに真奈美さんがひるむ。

 向こう側でTシャツを見ていたカップルも、こっちを見てぎょっとしている。

 あ、しまった。これは、あの顔の真奈美さんだったんだ。

 他の客からしてみたら、さっきまでジャージで猫背の挙動不審な高校生がいたところに、フランス映画のポスターみたいな顔の美人が真っ赤なコートを着て立っている状態だ。ちょっとしたイリュージョンだ。

 真奈美さんが、ばさばさと前髪を元に戻す。

「…やっぱり、く、黒がいい」

真奈美さんが、そう言ってそそくさとコートを脱ぐと、同じデザインの黒を手に取る。しまったな。完全に油断してた。

「ま、真奈美さん」

「…ん…な、なに…」

「あのさ。ごめん。髪、どけて…」

「…う、ううん…いいけど…人のいるところは…いや…」

「ご、ごめん」

「…い、いいよ。な、なおとくんなら…」

髪の間からすこしのぞく耳たぶが赤くなっている。顔を見られたのが恥かしかったのだろう。悪いことしちゃったな。

「じゃ、じゃあ、それにする?」

「うん」

俺の提案を半分だけ受け入れて、色は自分で黒を選んで、二人でレジに向かう。

 真奈美さんが、レジで店員の確認に首の上下だけで答えるというスキルをみせている間、周りをキョロキョロする。

 あれ?

 店内の鏡に、ちらっと美沙ちゃんっぽいシルエットを見た気がする。こんなところでも偶然に遭遇するのか。女子力マックスの美沙ちゃんがユニクロに来ること自体が奇妙な気もする。人違いかな。それにしても、あんな綺麗なシルエットとさらさらのボブカットが他にいるかな。

 用事を済ませたら、まっすぐに駅に向かう。このショッピングモールは危険なので、長居は無用である。あちこちに、美沙ちゃんと来たときの思い出をフラッシュバックさせるトラップだらけだ。幸い、真奈美さんも早く帰りたさそうだし、ちょうどいい。

 

 ステータス画面を開いて、においぶくろが持ち物の中にないか確認したい。

 

 そのくらい、美沙ちゃんとのエンカウント率が高い。登校時、昼休み、下校時のみならず、週末に遊びに出てもエンカウントする。ラッキーだ。ちろんラッキーだが、はぐれメタルよりすばやくお互いに逃げ出してしまう。経験値は稼げない。美沙ちゃんをやっつけちゃったら、ものすごくレベルが上がりそうな気がする。微妙に言ってはいけないシモネタである。

「なぁ…」

例によって、俺の部屋に入り浸っている妹に尋ねてみる。

「なんすか?」

「この数週間、ずいぶん美沙ちゃんとの遭遇率が高いんだけど…」

「あれ?言わなかったっすか?」

「なにを?」

なにか、言われたっけかな。

「メールしたっすよ?にーくんが、修学旅行に行っていたときっす」

まさか、あれか?《☆激ヤバ!Dカップ美少女!☆》って件名のあれか?

「さっぱりわかんねーよ。日本語でおけ」

「ところで、にーくん」

「ん?」

「美沙っち、フったっすか?」

ぐっ。

「その反応は、フったっすね」

ぐああ…。

「…ま、まぁな」

分不相応にふったよ。まったく俺はどうかしてる。

「わりと、にーくんが修学旅行に行っていたあたりから美沙っち、激ヤバ☆だったっすよ」

「おまえの激ヤバは、いまひとつ意味がわかんないから詳しく頼む」

「こういうことっすよ」

妹が携帯電話を見せてくる。メールフォルダだ。さすがリアル女子高生、大量のメールだ。

 ん?

 あ?

 え?

 全部、美沙ちゃんからのメールだと思ったら、《美沙っち》フォルダだった。それはいい。女子高生なら毎日三十件や四十件くらいのメールをする子だっているだろう。だけど…だけど…。

「なんだこれ?」

「☆激ヤバ!Dカップ美少女!☆っす」

ああ、激ヤバだ。

 ヴヴヴヴ。そう言っている間も、メールが届く。

「なんで?」

「恋する乙女だからっすかね?」

なんで美沙ちゃんから、妹のところに二十分ごとに《お兄さん、なにしてる?》《お兄さん、今、家にいるの?》《お兄さん、帰ってきた?》ってメールが入ってるの?

「返信するから、返して欲しいっす」

「あ、ああ…」

妹に携帯電話を返す。

「あ、あのさ。なんのメールか聞いてもいい?」

「美沙っちが、にーくんが何してるって聞いてるっすよ。これ、返信しておかないと電話してくるっすよねー。にーくん、何してるっすか?今?」

「ひいてる」

「ひいてるって送信していいっすか?」

「まてっ!やめろ!」

なんか、怖いことが起こる気がする。

「ど、どうしたらいいかな…」

「…私の方が、とばっちりっぽくないっすかね?」

「その通りだな。すまん…」

まったくだ、妹がよくここまでキレなかったと、妹の度量の深さに感服する。こいつ、本当にカリスマ性あるな。経営者とかになったら、意外と大成する気がしてきた。

「い、いつもはどう返信しているんだ?」

「壁に耳を当てたり、ドアを小さく開けたりしてっすね」

「はい?」

「《エロゲなう》とか《ひとりエッチなう。オカズは漫画》とか返してるっすよ」

なにしやがる…。とはいえ、闇化した美沙ちゃんのメールに対応してた恩を考えると文句も言えない。

 ヴヴヴー。ヴヴヴー。ヴヴヴー。

 妹の手にある携帯電話が鳴る。メールじゃない。着信だ。

「美沙っちっす」

ぴっ。

「もすもすっすー」

妹が電話に出る。俺は、無言で観察する。

「今、にーくんの部屋にいるっすよー。にーくん、ここにいるっすけどお話するっすか?」

ごくり…。

「いいっすか?ほんとっすか?」

……。美沙ちゃんと話したいような、怖いような気がする。

「…聞いてみるっすか?自分で聞くっすか?美沙っち…マジ身体に悪いっすよ。にーくんは、いいところもあるっすけど、基本変態っす。マジつきあったりしたら、道具とか使うと思うっす。ヤバいっす。やめておくっす。冷静になるっす」

なにそれ?お前、美沙ちゃんになに吹き込んでんの?

「…いや、私はまだ使われてないっすけど。おかずにはされてるっすねー。この間、私がお風呂に入っていたら、全裸で突撃してきてたっすよ。あれは、ぜったい後でおかずにしてたっすね。まちがいないっす。百パーセント確実っす」

「してねーよっ!事故だあれはっ!あと、風呂に入るときは全裸が普通だろ!変態みたいな言い方するな!」

黙っていられん。

「…ま、待つっす。そ、それは駄目っす。よけい駄目っすから、ぜったいやめるっす。美沙っち、おちつくっすよ。…落ち着いたっすか?え?真奈美っち?私より、美沙っちの方が知っているんじゃないっすか?つーか、真奈美っち、携帯持ってないっすよね?パソコン?わかったっす。ちょっと待つっすよ」

そう話しながら、妹がパソコンデスクに向かう。俺のパソコンを起動し、俺のアカウントでログインする。こいつの前にはパスワードなんて意味がない。たぶん、俺がログインしたときの指の動きを完璧に記憶してる。

 もーいーよ。どうにでもしてくれ。

「ないっすよー。真奈美っちからのメールとかないっすー。にーくん、友達少ないっすねー」

放っておいてくれよ。

「あるのはー、エロゲのダウンロード販売のメールとかっすねー。あ、新しいの買ったっぽいっすよー」

「ちょっと待つっすー」

目の前で俺のプライバシーや名誉が、みるみる侵害されていく。

「まだ、あんまりやってないっすね。ほら、サンプルCGには道具を使ってるシーンがあるっす。やっぱ、にーくんは道具とか使うっすよ。やめといたほうがいいっす。マジで」

アメリカ大統領選挙も真っ青のネガティブ・キャンペーン。この妹がいて、なんで美沙ちゃんは俺に告白しようとか思っちゃったんだろう。

「わかったっすー。新情報があったら連絡するっすー。んじゃー」

ぴっ。

 妹が電話を切って、こっちを見る。

「つーことで、エロゲを買うときは私に申請するっすよ」

 

どういうことになっちゃっているんだろうね。

 

(つづく)


 
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