No.521385

エチュードを一緒に:Introduction

佐倉羽織さん

全ての宇宙、過去と未来の全ての内の一つで紡がれたのかも知れない物語。それは、恋する少女美樹さやかと、人当たりの良い転校 生暁美ほむらの、もう一つの出会いの物語。 友達にも家族にも内緒の魔法少女、鹿目まどか。彼女を護るため未来からやってきた暁美ほむら。まどかの友達美樹さやかと仲良くなったほむらは彼女の恋をサポートするために奔走するが……。
【コミックマーケット83 1日目にて頒布予定作品の先頭部分を公開します】本篇は頒布物での公開のみになります。ご了承ください。

2012-12-22 10:23:42 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:558   閲覧ユーザー数:556

 

【エチュードを一緒に】Introduction

一次創作 Magica Quartet「魔法少女 まどか☆マギカ」

  日常

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○ 交錯する心の先に

 

見滝原市は急速に発展した実験都市だからなのかもしれない。リズムを刻むようにビルとビルとを区切っている様々な大きさの道路は、昼間の温もりをとどめてはいたけれど、それでも始発前にはLTR(トラム)のレールを暖める必要があるぐらいに冷え込んでいた。今日は風も無いというのに珍しく肌寒い。まどか達が登校する時間になっても、まだまだ気温は下がったまま、吐く息は白いままだった。日はまだ短いけれど、それでも集合場所に設置されている街灯はもうだいぶ前に消灯している。

まどかが生まれてから昨日までの世界と、何も変わっていないように感じるそんな朝の通学路。マミとほむらにとってはもうずいぶん前に世界は変わっていたのだろうけど、今まだ刻々と状況が変わりつつあるまどかにとっては、朝みんなで集まって学校から帰るまでの時間は比較的今まで通りの「ただの学生」でいられる貴重な時間であった。

「昨日の雨はすごかったよね」

さやかが話を振る。今日は珍しくさやかと仁美が前を、ほむらまどかがその後ろを歩いていた。

「でも、まどかと出かけた時にはちょうど晴れてきて、本当によかったです」

ほむらはさやかの背中に話しかける。さやかはくるっとターンをして後ろ歩きをしながらうらやましそうな表情をした。

「え?二人で出かけたの?何でさやかちゃんも呼んでくれないかなー」

「ほむらちゃんと私、初デートだったもん。ねー」

まどかはさやかからほむらに視線を動かして目を細めて笑いながら同意を求める。ほむらも同じ表情で答えた。

仁美は、まどかが「暁美さん」ではなく「ほむらちゃん」と呼んでいる事に気がついた。ほむらが転校してきて四人で行動するようになっても、まどかはほむらにどことなくよそよそしい態度をとっていたけれど、今はもう、まるで昔から仲がよかったみたいに打ち解けたように見えた。そんな風に感じてなんだか自分もうれしくなった。

「あら?さやかさんは振られてしまったみたいですね」

以前は仁美もまどかとさやかがふざけあっていちゃいちゃするのを、何となくうらやましく思いつつ見守っていた。もちろん二人は本気じゃないのは知っている。それでも今までの自分の受けた躾にじゃまされて、同じように騒げないのがちょっと寂しかった。だから自分としては最大限がんばってその話の輪の中に入ってみた。

「そうだよ!まどかは私の嫁なのに……」

「残念でしたわね」

眉をひそめるさやかにころころと笑いかける。そうですわ。わたくしはこれでよいのです。わたくしはさやかさんの親しいお友達。楽しくおしゃべりをして彼女の恋をサポートして。そして――。

あれは先週の土曜日のことだ。仁美はほむらから相談に乗ってほしいと呼び出された。いつもは四人で行くショッピングモールの喫茶店。その中に入った仁美は店の奥で手を振るほむらを見つけるとすぐにその向かいに座った。

「予定よりも早くききたつもりでしたが、もうお見えになっていたのですね」

「お願い事でわざわざきてもらうのに自分が遅れるわけには行きませんから……と言いつつ本当は時間を間違えて一時間早くついちゃったんですけどね」

悪戯な笑みを浮かべる。仁美は改めて彼女はかわいらしい娘だなと思った。ウェイターに合図してロイヤルミルクティーを注文し、一通り雑談をした後、頃合いを見て仁美の方が切り出した。彼女は少しまじめな表情で聞いた。

「二人きりでなんて。ほむらさん、今日はどうしたんですか?」

ほむらは少し緊張した表情でそれでも一生懸命笑顔を作りながら本題に入った。

「あの。この間、仁美さんは『何でも相談に乗ってくださいね』って言ってくれましたよね」

「ええ。今日は何か相談事ですの?」

母親のように穏やかな笑顔を向ける仁美に向かってほむらはこくっとうなずくと続けた。

「あの。……恋の相談を……」

すこし口ごもってそう言うとうつむく。なんだか意外だなと仁美は思った。もう長い間友達のような気分でいるけれど、そもそも彼女はこの間転校してきたばかりなのだ。もう誰かいい人を見つけて一目惚れでもしたのだろうか。

確かにわたくしはほぼ毎日と言うほど、それこそうんざりするくらいの数のラブレターをもらっていたから、彼女は恋の相談相手に選んだのだろう。でも実際のわたくしは……。

「恋の相談?」

「……はい。でも私のではないんです」

自分の相談ではない?どう言うことだろう?

「あの……さやかちゃんは上条君を好きなんですよね?」

何の悪気もないストレートな質問。しかしその言葉を聞いた仁美は目の前が真っ暗になった。それは自覚しているが故に目を背けていた事実。さやかさんは彼の幼なじみでもあるし本人はそれを言い訳にしているけれど、彼女自身の性格からしてそう言うことを隠し通せるものではなく。

そうなのだ。そんなにつきあいが長くないほむらさんにだってそれがわかってしまうぐらい彼女の気持ちはあふれだしているのだ。だが「友達が彼女の幼なじみのことを好きだ」からといってわたくし自身がショックを受けるのは理屈に合わないことだときっと思われるだろう。ただ一点の可能性――仁美自身が上条君を好きな場合をのぞいて……。

仁美は上条君が好きだ。だがそれは心の奥底にしまっている事柄だった。いままでいろいろな男子から、それこそいいなって思うような男子からも告白されていたけれど、それを全部断っていたのは、中学生に恋愛はまだ早いって思っていたわけでも学校の規則が――などと思っていたわけでは決してない。理由はただ一つ。心に決めた人、上条恭介君が仁美の心の中にもうすでにいたからだ。

でも、それはまだ心の奥底にしまっておかなければならない。でもなぜしまっておかなければならないの?いつかチャンスが巡ってきたとき、何かうまい具合に行動が起こせるようにするため?それを最大限に利用できるように切り札としてとっておきたいから?いえ違う。友達の好きな人を横から奪うようなマネしたくないからだ。ただそれだけだ。

だからそのことはまだ誰にも知らせてはいなかった。仁美が「上条君を好き」という事実を知っているのは世界中で仁美自身だけなのだ。

内心そんなことを考えてたのに、仁美は表情を変えなかった。もう身に染み着いたついた習慣。物事を自分の都合のよいように動かす為にきちんと根回しがすむまで、ことを悟られない技術。それが仁美の表面に見る姿を支えていた。

 

「私、さやかさんにはいろいろお世話になったし、彼女のことが……なんて言うか大好きで。だから絶対に幸せになってほしいんです」

 

知らないことは最大の武器なのだなと仁美は思った。ほむらは当然ながら仁美もまた上条君を好きなのだとは知らないはずだ。だから彼女は「大切な友達を思う仲間に純粋に相談している」にすぎないのだ。その言葉が鋭く仁美を突き刺そうとも、そこに的があると明かしていないのだから、仁美は自分自身以外は責められなかった。

彼女は。ほむらは次に「さやかと上条がうまく行くように手伝ってほしい」と言うだろう。ただ自分の仲間と作戦を練りたいと主張するだろう。

 

わたくしは。仁美はどう受け答えるべきだろうか。

 

もし仮に「わたくしも上条君が好きだから協力できません」と言ったところで状況が好転するだろうか?ほむらなら「そうなんだ。気がつかなくてごめんね。こんなお願いしちゃってごめんね」というだろうか。そして「そう言うことなら私、仁美さんも応援します」と言うだろうか。もしかしたら彼女はそう言うかもしれない。がんばって社交的に振る舞ってはいるけれど、長い間病室という籠の中で純粋培養されていた打算のない心の動きは、ある意味予想がつきすぎて怖い。彼女はそんな事態になったとしても驚きはすれども、ちゃんとわたくしも暖かく応援してくれるはずだ。けれども彼女がそう振る舞うことで事実はいっぺんに白日にさらされる。本当に友情を感じていて、だからこそ下手に関係を壊せなくて、今まで悩みに悩んでゆっくりと事態を変えようとわたくしは努力している。でもその話が広まった瞬間、クラスのみんなは「仁美はただ好きな人を奪うためにさやかに接近していた嫌な女」だと思うに違いない。それが仁美仁美には耐えられなかった。わたくしはそんな下世話な人間だと思われたくない。もやもやした心を抱えながら現にこれだけ悩みながら努力しているのに、それが一瞬にして水泡に帰すなんてあんまりだ。

 

結局今突きつけられているこの事実に今の状態でできることはまさに一つしかなかった。

『ほむらと一緒にさやかの親友として彼女の恋の成就に奔走すること』

たとえそれが自分の本心に逆らうことであっても今のこの関係を崩すにはあまりにも準備ができていない。

 

「ほむらさんは優しいですわね」

 

葛藤を見せないように笑顔で答える。相手がほむらでよかったのかもしれない。彼女になら自然な笑顔を見せられる。

 

「優しいなんて……そんな。私は自分によくしてくれた人にちゃんとお礼がしたいから」

はにかんで視線を落として答えた。そしてさっと顔を上げてた。満面の笑みの中にある種の決意を秘めた声だった。

「私はせっかく仲良くなったこの四人とずっと一緒にいたいから」

その言葉が仁美の心に突き刺さった。一瞬言葉に詰まる。

「……わかりました。わたくしもさやかさんとは中学に入ってからのおつきあいですから、知っていることもあまりないかもしれませんが……。それでもほむらさんと一緒にがんばりましょう。さやかさんが幸せになれるように」

ほむらは今までの緊張した雰囲気を引っ込めて聖母のような優しい笑顔を見せた。そして一筋涙を流した。

「ありがとう。仁美さんありがとう」

見つめる仁美は笑顔の下に未だ葛藤を隠していた。本当にこれでよかったのだろうか。いやこれでよかったはずだ。

今はこの四人の素敵な関係を護るように行動してもいいと思うことにした。

ほむらとまどかの秘密(?)デートが発覚したときちょっと寂しい気分になったさやかはあえてまじめな顔を作った。流れから言えばここでさやかがまどかの奪還を宣言するはずだった。

「ううう、絶対にほむらを奪い返してやるっ!」

そのせりふに一番まどかが驚いている。

「え?私じゃなくてほむらちゃんなの!」

なんだか拍子抜けと言うかちょっと寂しい表情をしているまどかにさっと仁美が近づいて肩に手をかけた。

「ではわたくしがまどかさんを」

「えええ?仁美ちゃん?きょ、今日はなんかへんだよ?」

仁美とさやかはアイコンタクトをするとお互いが選んだ相手にアタックを開始した。こういう雰囲気になれていないほむらは何が起こるのか理解できなくてきょとんとしている。そしてまどかは何が起こるのかをよく知っているからこそ明らかに戸惑っている。

「ひ、仁美ちゃん、ね、やめよう?そんなこ……ひゃぁ」

後ずさりしつつ振り向いて逃げようとしたまどかは武術の経験(?)を生かしすっと間合いを詰めた仁美に抱き抱えられる。

「あああのさやかちゃん?なにをいったい?きゃぅあ!あおなかくすぐったいよ!はなしてぇうふふふふちょっ脇はっ」

ほむらは状況が理解できなくて逃げ出すのが一歩遅れた。すぐにさやかに抱き抱えられていろいろなところをくすぐられている。

四人の濃厚なスキンシップが数分続いた後仁美は「あら?そろそろ行かないと」と言うとあっさりまどかを解放した。ほぼ同時に解放されほむらは肩で息をしながら半分放心状態になっている。まどかはほむらにすり寄ると抱き合ってぺたんと座り込んだ。ほむらは目にうっすらと涙さえ浮かべている。

「ほら二人とも早く復帰する!おいてくよー」

加害者の二人が先導する中まどかとほむらはお互いの体を抱きしめたまままるで二人三脚のように支え合いながら立ち上がると体をお互いに離した。それでも最後まで手をつないだままだった二人はお互いにアイコンタクトをするともうずいぶん先に行ってしまったさやかと仁美を一生懸命に追いかけた。

○ 一緒にいたい人たち

 

それは三限目だっただろうか。お昼前で集中力がどうしてもとぎれてしまう授業だ。比較的教室の後ろの席に座っているまどかはふと教室を見回してみた。クラスメイトの多くはまじめに授業を受けているように見る。教室の一番前に座るほむらもその一人だった。

『ほむらちゃん今いいかな?』

まどかは意識を集中してテレパシーで話しかけた。自分と相手が魔法少女だからこそできる方法。ほむらに対してははじめて使うけれどもたぶん届いているだろう。そう思っていったん集中を解いてほむらを見る。まどかからは彼女の背中しか見なかったからまるで何も変わらなかった様に見えたけれどもすぐに答えは返ってきた。

『なに?まどか。今授業中だよ?』

まどかは再び言葉を贈ることに集中する。

『あの。そうなんだけど……ほむらちゃんにお願いしたいことがあって』

『休み時間じゃだめなの?』

『えっと……あの、なかなか二人っきりになれないから。そのあの』

『仕方がないなあ。なんでしょうまどかさん?』

息継ぎをするようにまた集中を説いて教卓前のほむらを見る。テレパシーを送るために意識のほとんどをそちらに向けているまどかと違って、彼女はまるで何事もなかったようにしっかり授業の要点をノートにまとめ続けている。そういう姿を見ると本当に――マミさんとは別の意味でベテラン魔法少女なんだなと改めて思った。

まどかは多人数への短距離送信ならばともかく、遠くへ話しかけたり、近くでも特定の誰か一人にテレパシーを使うのには、まだ残念ながらかなり集中を要するので、何かをしながらというわけには行かなかった。再び外部の感覚を遮断して意識をそちらに集中しする。

『あの……あのさ。ほむらちゃん、マミさんと私と一緒に戦ってくれないかなって思って』

これまでいつも学校で話しているときのような明るい口調でテレパシーが返ってきていたからまどかはちょっと期待した。もしかしたらあっさりいいよって言ってくれそうな気がしていた。けれども少し間をおいて返ってきた声は少し低くなっていた。

『ごめんね。それは無理なの』

あの魔法少女姿の時の突き放すような口調ではないけれど、それでもまどかにはしっかりとした拒絶が感じられた。

『なんでなのかな?』

まどかは自分が思っていたよりも寂しさを感じながら聞いた。

『たとえば……もし今、私と巴マミの意見が対立したとき。まどかはどっちの意見に同意する?』

『どちらか正しいと思る方の意見を』

『内容はぜんぜん反対で間をとることはできないのにどちらも同じくらいに正しく思える意見だったらどう?』

まどかは躊躇した。答えは決まっている。だから伝えるのを躊躇した。

『……巴マミの側につくでしょう?』

ほむらの言葉の後、永遠のような一瞬がすぎた。まどかの答えは指摘されたとおりだ。迷うまでもない。でもほむらちゃんのことも本当に大事に思っているからこそ、簡単にそれを言い出せなかった。

『ごめん』

まどかはその短い言葉を伝えるのが精一杯だった。

『いいの。この世界に生きてきたあなたが、どれだけ私のことを信じてくれたとしても結局あなたの命を救ってくれた恩人を裏切ることはできない。そう考えなければあなたらしくない。それでまどかの選択はあっていると思う。……でも私にはそれがつらいの』

その言葉がすべてだった。ほむらちゃんはたとえどんなことでも自分ではなくマミさんの側に私が立つのを見たくないんだ。きっとそれだけ未来の私と強い絆で結ばれていたんだ。私は自分の友達がみんな仲良くしてくれたらすごい幸せなだな。ただそう無邪気に思ってそんなことを聞いて。

でも今気がついた。それは私のエゴだ。私と仲良くできる人は私が好きなのであって、決して私と同じ人を好きになってはくれない。マミさんはただ私の恩人なだけでほむらちゃんの恩人じゃないんだ。

『それに――』

ほむらちゃんは続けてとても重要なことを告げた。

『さっきからまどか、先生に指名されてるわよ?』

え?

あわてて意識を戻す。とたんに少し怒りがこもった先生の声が聞こえてきた。

「おい鹿目。どうした。聞いてるのか?」

あわてて教科書を持ったまま立ち上がる。

「は、はい!」

「続きを読みなさい」

どうしようどこから?私聞いてなかった……。

『二〇ページ八行目の頭から』

ほむらちゃんが助け船を出してくれた。急いで教科書のページをめくり、指定の場所に目を滑らせる。確認すると朗読を始めた。

「さらりと当然のように言う彼女の何気ない発言に真琴(まこと)織音(おりね)はツッコミを入れざるをえなかった――」

○オムライス!

 

その日の食堂は少し込み合っていた。四人が一番お気に入りの場所は空いていなかった。結局三番目ぐらいに気に入っている場所があいていたので、まどか達四人はそこで昼食をとることにした。お弁当組のまどかと仁美が席を取っている間に残りの二人が列に並ぶ。ほむらは今日はどうしても食べたいメニューがあると言って果敢にも長い列に挑戦しに行ってる。さやかの今日のチョイスはかつとじ定食。ほむらが戻ってくるまでの取り留めのない話題は何となく先ほどの授業の話になっていた。

「さっきの授業中、まどかったらなんかぼーっとしてたでしょ?」

さやかは笑いながら聞く。まどかは恥ずかしくなってうつむいていた。

「珍しくまどかが指名を無視しているからさ。何事って思って。振り向いたらなんか口を半開きにして遠い目をしてるし……」

まどかはガバっと顔を起こした。驚きと恥ずかしさで赤くなった頬を手で隠している。

「え?私そんな顔を!」

思えばテレパシーを使っているときの顔を鏡に映して確認をしたりは当然していないわけで。これまでは会話相手もマミさんしかいないから、まさか授業中に送るわけにも行かないし……。つまりそう言うときの表情を客観的に観察されるのは今回がはじめてだということで。でもそんなひどい顔を……。ほむらちゃんは何も変わらない様子で会話してきてたのに。これが経験の差っていう奴なのかな……。

「まどかさんさっきはどうしたんですか?」

仁美の問いをどうごまかそうかとまどかが考え始めたとき、ほむらがテーブルに戻ってきた。ものすごくテンションの上がったうれしそうな声でだ。

「お待たせしました!これデミオムライスです!すごくないですか!」

ほむらがテーブルにおいたトレイには学食には似つかわしくない本格的なオムライスとこれまた大きめのサラダ、そしてスープが乗っていた。

うちの学食は教職員も利用するから、こういう本格的なメニューが一日に一つか二つ出る。たまに有名なお店が出張してくれることさえある。そう言うときはお値段も学生が買うには結構高く設定はされるけど、別に教職員しか頼んではいけないのではなかった。だから奮発して注文する生徒がそれなりにいるのだ。

ほむらの持ってきたオムライスは一番上に半月上のタマゴが載って、その下にドーム状のライスが乗っている。ライス部分も単なる炒めご飯ではない、ちゃんと炊き込んで作ったチキンピラフだ。周囲に添えられたデミハッシュがかぐわしい。

「すごい……」

「学食レベルじゃないね、これは」

「あのお店で出るものと大きく変わらない出来ですね」

三者三様の感想を聞いてほむらは得意げな表情をした。

「じゃあ行きますよ」

仁美以外は何がどう行くのかよくわかっていないのだろう。不思議な顔をしている。仁美はとても楽しみそうな顔でほむらの手元を見つめている。

ほむらはナイフを手に取りオムレツの真ん中に切れ目を入れ切り裂いた。とたんに中に詰まっていた半熟卵と半分溶けた小さめのキューブチーズがピラフの上に覆い被さって行く。

まどかは息をのんで止まっている。さやかは思わず声に出して感心している。仁美は驚いてこそはいないけれどきれいに完成したデミオムライスに素直に感心している。

「思った以上においしそうです!今週の予算半分使った甲斐がありました!」

「え?半分使っちゃったのほむらちゃん」

笑顔で何気なく答えたほむらの顔を心配そうにまどかが見る。

「うん。明日から金曜日までは野菜カレーだよ。二五〇円」

「うわそれはそれで厳しいな」

確かに学食のカレーは美味しくて安いけど、毎日それだけというのも大変だ。

「でも私オムライスに目がなくて。我慢できずに頼んじゃいました!」

ほむらは周りの動揺に気がつかないようにマイペースな口調で嬉しそうに答える。

「確かにあの店の味が食べられるならこの価格はむしろ安いですよね」

仁美はお弁当を広げながらそうフォローした。まどかもあわててお弁当を広げる。

まどかはほむらちゃんが楽しそうならそれでいいや、そう思った。そう思ったとたんなんだか目の前のオムライスが食べてみたくなった。

「ねえほむらちゃん。一口食べさせてもらってもいいかなあ?」

「いいですよ。たこさんウィンナーとトレードです」

「え?うーん」

「そこで悩むなよ……。わたしも一口ちょうだい。プチトマトとトレード希望!」

無理難題をふっかけられたように手を組んで悩んでいるまどかに軽く引きながら、さやかも交換交渉を始めた。でも交渉条件がちょっとフェアで無いのを仁美に指摘される。

「それはさやかさんの苦手なものではありませんか」

「えへへばれたか」

舌を出しておどけるさやかを見て、ほむらは微笑みながら答えた。

「私プチトマト好きですからいいですよ。一口お裾分けです」

そう言ってさやかにスプーンの差し出す。ひょいっと口に入れて幸せな表情でとろけているさやかを横目にまどかがほむらに話しかける。

「あ、わたしもプチトマト好き!うちのはパパが家庭菜園で育ててるんだよ!」

「あら。まどかさんのおとうさんは多才でいらっしゃいますわね。プチトマトって育てるの大変だそうですよ……」

「え?そうなんだ」

そんな会話をわいわいしつつ四人は昼食をそして食後のおしゃべりを楽しんだ。まどかの様子がおかしかったことは、もうみんなの中から消え去っていた。

 

【続きは頒布版にて】

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コミックマーケット83 1日目(29日) 東5ホール ハ13a 「マドカミ町奇譚」にて頒布開始します。

 

 
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