No.519836

嘘つき村の奇妙な日常(11)

FALSEさん

不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/(これまでのあらすじ:EX三人娘が迷い込んだ嘘つき村。村を支配する嘘つき達が住む館で「惚れ薬」を浴びてしまい絶体絶命の状況で、こいしが嘘つきの命令に反発する。彼女にはどういうわけか惚れ薬の効果がなかったのだ。館から逃走し市街地に戻った彼女を待ち受けていたのは首吊り死体と化した里の男、そして妖怪達の狡猾な罠であった……)

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2012-12-17 23:18:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:620   閲覧ユーザー数:611

 六人の嘘つきは、椅子に座ったフランドールの姿をまじまじと見つめていた。クラウンは彼女の横に直立し、村人の前では絶対に見せないだろう神妙な顔をして嘘つき達の様子を伺っている。

 フランドールを見定める彼らを代表するように、舞踏家が芝居がかったつま先歩きで前に歩み出た。

 

「可愛いお嬢さん、近くでお顔を拝見しても?」

 

 対するフランドールは無言である。彼は躊躇なく手を伸ばすと、つんと尖った顎に二本の指を添える。クラウンが半ば敵意の篭った視線で舞踏家を見るが、彼はそれを意に介さなかった。

 舞踏家は少女の白磁の肌を、整った顔立ちを検分すると、長い溜め息を吐き出した。

 

「これは、確かに。よく似ているね」

「だけど、幼すぎる」

 

 演奏家が精悍な顔を顰め、クラウンを見る。

 

「もしかして、焦っているのかい? 君があの子を錯覚するのも無理はない程度には似ているが」

「別に錯覚などでは……」

「残念ながら他人の空似だと思うな、僕は」

 

 あどけない笑顔のジャグラーが歩み出る。

 

「世の中には、自分自身と似てる人が三人いるって言うじゃない。彼女もその類だと思うんだけど」

「その三人の中の二人が、同じ楽園に現れると?」

 

 クラウンがジャグラーを睨み据える。

 

「そんな怖い目をしないでよ。笑いを振り撒くのが君の仕事じゃないか。もう少し冷静になれば、君の主張に矛盾を見つけるくらいわけがない。惚れ薬を飲んだ者は、嘘つきの質問に嘘をつけない」

 

 片膝立ちになって、フランドールに目線の高さを合わせる。ジャグラーは首を傾け、問いかけた。

 

「君の名前は?」

「フランドール・スカーレット」

「歳は幾つ?」

「だいたい五百歳くらいかしらね」

「家族構成は?」

「五つくらい年上の馬鹿姉が一人。あとは教育係の魔法使いと門番と、メイド長とその部下がいっぱい」

「十年ほど前、君は何をしていたか覚えてる?」

「地下牢に閉じ込められていたわ。退屈な場所」

「何か悪戯でもしたのかい?」

「何もしてないわよ。ただ私の力が危ないからって、四百九十五年も閉じ込められてたわ」

「四百九十五年も、ずっと?」

「そう、ずっと。景色も見えない真っ暗な鉄の部屋。気が狂うほど退屈な時間だったわ。お姉様はたまに玩具を寄越したけれども、すぐに飽きるから壊してまた元の真っ暗な部屋に戻るの」

 

 ジャグラーは顔を上げてクラウンに向き直ると、脱力した表情を見せた。

 

「別人だと思うな。少なくとも、僕達の仲間だった『最も美しいあの子』とは素姓が似ても似つかない」

「むしろ君にちょうど釣り合いの娘さんじゃないか」

 

 舞踏家が入れた茶々にジャグラーが鋭く反応する。

 

「そういうのやめろよ、いつまでもいつまでも……もう僕だって酒も飲めるし阿片だって吸えるんだ」

 

 すかさずその間に、演奏家が割って入った。

 

「むきになるな少年。それより今の問題は君だよ、臆病。別人ってことで踏ん切りをつけてくれるかい」

 

 苦虫を噛み潰した顔で、クラウンが数秒沈黙した。

 

「運命めいたものを感じたんだ。初めて彼女を見た時に、電撃が走った。この娘こそ八人目だって」

「言うなればそれは直感だな。思慮に値しない」

 

 窓際から声がした。椅子に腰掛けティーカップを持った体勢で、彫像男が文字通り硬直している。

 

「この楽園で科学的な見地は何の役にも立たないぞ。そんなものに拘るから君は判断を誤るんだ」

 

 クラウンが反論するが、彼は瞬きすらせずに空のティーカップにいかめしい表情を向け続ける。

 

「それでは、非科学的な方向性から推理しようか? 仮に彼女が八人目の嘘つきだとしよう。この村が真の楽園へと至るためには、元正直村の住人全員がこの場に集まることが条件になると推測した筈だ。だが現実はどうだい? 何か変化があったか?」

 

 クラウンは三つ又の三角帽子を脱ぎ去ると、爪を立てて茶色い髪を掻き毟った。

 

「そう。でもそれは、あくまでも推測だ。何かまだ足りない条件が……きっとどこかに見落としがある」

「考え過ぎだ。少し君は冷静さを見失っているな。かつてのトラウマがぶり返しでもしたかい?」

「そんな筈はないと思うけど……」

 

 彫像男の真摯な言葉に脱力し、項垂れる。

 沈黙したホールに、一羽の鳥が飛び込んできた。それは嘘つき達の頭上で一枚の紙片に姿を変えると、クラウンの手に収まった。軽業師が腰を浮かせる。

 

「ぬえ君からの知らせか。何と書いてある?」

 

 クラウンが手紙を一読して、片眉を吊り上げた。

 

「よくない知らせだ。ルーミア君と小傘君が独断でイレギュラーと交戦して、返り討ちに遭ったらしい」

 

 ついに軽業師は椅子から立ち上がり、脅かされた鶏のような歩みで部屋をうろつき始める。

 

「そいつは、拙い。ぬえ君は、あれと本気で勝負をしたら勝てるのは十度に一度あるかないかと言っていた。二度三度に増やすには工夫が必要だとも」

「警報。君にも落ち着きが必要そうだ」

 

 演奏家が歩み寄って、軽業師の肩を掴んだ。

 

「いかに惚れ薬が効かない相手とは言え敵は一人、孤立無援だ。ぬえ君には村人の動員を自由に行っていいと伝えてあるだろう? 彼女の策に期待しよう」

「ああ、そうだね。少し取り乱した。だが万が一のこともあるから、館の防衛は万全にしておかないと。今度はちゃんと仕事してくれよ、物好き」

 

 円らな目をした奇術師が、ひらひらと手を振る。

 

「心配しなさんなって。相手が気配を自在に消せる奴だと知ってたら、そうそう不覚は取らんさ」

 

 軽く手を打ちながら、演奏家が嘘つき達に告げた。

 

「よし、積もる話はイレギュラーの対処が終わってからにしよう。気障と少年は僕と一緒に来てくれ。警報、インテリ、物好きは館で待機。あと臆病には、フランドール君の世話をお願いしよう」

 

 クラウンは帽子を抱えたまま演奏家に頭を下げる。

 

「有り難う、早起き」

「納得行くまで彼女にインタビューしてみればいい。代わりに、次のパーティーは二人分働いてくれよ」

 

 クラウンと動かない彫像男を除いて、嘘つき達がそれぞれの持ち場に散っていく。

 フランドールは椅子に腰掛けたまま、その様子を無言で眺めている……否、正確には。クラウンにも聞こえないほどの呟きを漏らしていた。

 

「正直村……八人目……最も美しいあの子って……こいしが……イレギュラー……?」

 

 

 §

 

 

 住宅街から離れた場所にある丘陵地に人気はない。乾いた風が草むらとこいしの銀髪を揺らしていた。

 ベージュのシャツに綻びができている。こいしはその上から傷口を手で押さえつけた。血が滲む。

 二人の妖怪を退けたものの、彼女も無傷ではない。闇に包まれた部屋でルーミアの弾幕を強行突破し、矢継ぎ早に風雨の中屋根の上へ登って小傘に尋問を敢行した。それぞれでしっかりと被弾したお陰で、体へのダメージは蓄積している。

 彼女は手頃な広葉樹の木陰に座り込んで、背中に負ったリュックを下ろした。傷薬を探してカバーを開き、最初に現れたのが白い布袋だった。こいしはそれを持ち上げ、まじまじと見つめる。

 

「困る、という感情を私は抱けないのだけど」

 

 短く呟いて傍に放置すると、救急セットが入ったポーチを探し当てた。アルコールの小瓶にガーゼを浸してから、袖を捲って傷口にそれを当てて消毒、しかる後に絆創膏を貼り付ける。その動きに迷いはなく、手馴れていた。

 目立った怪我の応急処置を済ませ、ポーチを再びリュックへ入れようとする。そこで、一個の小さなランチボックスが目に入った。こいしの姉、古明地さとりから託された弁当である。すぐさま引きずり出す。彼女の無意識は確実な栄養の補給を選択した。

 ハムや玉子など標準的サンドイッチが十切れほど、ボックスの中に並んでいる。

 こいしはしばらくの間それを順番に眺めてから、玉子とベーコンレタスのサンドを一切れずつ取った。残りは手をつけずリュックの中へ戻す。作ってから一日近くは経っており瑞々しさは失われているが、彼女は構わずそれを頬張った。一口を数多く咀嚼し、ゆっくりと飲み込む。そして、

 

『――古明地こいし?』

 

 玉子サンドの二口目を含んだところで、聞こえてきた声に動きを止める。

 今度は一気に口腔の咀嚼物を飲み込み、木の裏側を見る。続いて周囲も同様に。人影はない。

 

『聞こえてる? ちょっと開けてほしいのだけど』

 

 しかし、声だけは再び聞こえてきた。しかもごく近い距離、ほぼ真下に近い方向からだ。

 

「誰? 開けるって、何を?」

『よかった、聞こえてるわね』

 

 そして、足元を見る。

 自分のリュックがある。隣には、フランドールの「困った時に開けてほしい布袋」が。

 

『パチュリー、ギミックのリンク状態良好。こちらから完璧にコントロールできるわ』

『どうなってんだ? 向こうは異界じゃないのか』

『まあ、疑問の解明は後回しにしましょう』

 

 今度は数種類の声が同じ方向から聞こえてきた。こいしは両手にサンドイッチを持ったままその方向、例の布袋を見下ろす。

 聞こえてきた声は、全部で三種類あった。

 しかも全てが、こいしには聞き慣れた声でもある。

 

『古明地こいし、この袋を離れた場所に置きなさい。怪我をしたくなければね』

 

 玉子サンドの残りを口に含みながら、袋を眺める。しばらく口を動かした後、こいしは布袋を足で軽く蹴り飛ばし、リュックから遠ざけた。

 

「離したわ?」

『だ、そうよ。アリス』

 

 次の瞬間、袋が変形を始めた。生物を閉じ込めたかのように、もぞもぞと動き出す。

 しゃりん、と刀の鞘ずれに似た音が聞こえた。

 袋が破れる。内部からナイフほどの刃が突き出し、布袋を貫いていた。袋の中の存在は、そのまま刃を巧みに捻り、破れ目を広げていく。

 孵化じみた変形を眺めながら、こいしはベーコンレタスサンドを口に入れた。

 刃が一度布袋の中に引っ込むと、球体関節を持つ小さな両手が現れ破れ目を左右に広げる。勢いよく袋が裂け、ついに中身がその正体を現した。

 ブロンドの長い髪を持つ、一体の人形が直立している。ブン、という駆動音と共に、ガラス玉の青い瞳が己の意思を示すかのように光を放った。

 サンドイッチを千切るこいしの目の前で、それは無音で浮上し、彼女と目線の高さを合わせた。

 

 

 §

 

 

 同時刻、紅魔館地下の巨大図書館内部。

 小さな塔ほどの高さがある本棚が林立し、巨大な迷宮を構築している。その中心にほの暗い明かりが灯り、三人の魔術師の姿を映し出していた。

 

「ようやく映像が入るようになったな。音だけじゃ退屈で仕方がなかったぜ」

「実際、あなた寝てたけどね」

 

 円卓を挟んで、魔理沙の向かいにアリスが座っている。彼女は十本の指全てにリングを嵌め、何かを操るような仕草で中空に手を彷徨わせていた。

 彼女らの中間では、薄紫色のローブを身に纏った図書館の主が円卓の中心にある水晶玉を注視する。直径がボーリング玉の二倍ほどもある水晶玉には、サンドイッチを咥えたこいしの顔が映っていた。

 

「よろしい、映像状態良好。こちらはパチュリー・ノーリッジ。食事中に失礼するわね」

『パチュリー? あなたそんなに小さかったかしら。それに別の何人かの声も聞こえたわ』

 

 水晶玉からこいしの声が返ってくる。

 

「私は依然、動かない大図書館のままよ。間欠泉の異変の際、あなたが魔理沙と戦った時に私達と通信していたのを覚えてる? その際の技術を転用して、遠隔地にいるあなたと会話できているのよ。人形はさながら通信装置と言ったところね。アリスの遠隔操作で追随もできるわ」

 

 アリスの指から時折七色の光が糸状の輝きを放つ。

 

『つまり袋の中から私達を見張っていたのね。最初から出て来ればよかったのに』

「最初から口出しするのも、野暮な話でしょう? で、そこにいるのはあなた一人だけかしら。フランとぬえはどこに行ったの?」

 

 水晶玉の中のこいしが、しばらく沈黙する。その時間を使って彼女は手の中に残るサンドイッチの、最後の一欠片を平らげた。

 

『ぬえは、嘘つきのお屋敷に入った時に残ったわ。フランも連れていかれたって聞いてる』

「あなた一人が、孤立したということね。それで、これからどうするつもり?」

『連れ帰るわ。もう一回お屋敷に入って』

「どうやって?」

 

 再び長い沈黙を迎える。場を照らすランプの炎が揺らめき、無表情で固まったこいしの顔が不規則に明滅した。パチュリーは薄い目で回答を待つ。

 返ってきたのは、行動だった。こいしがその場でしゃがみ込んだ動きに、アリスの指が鋭く反応する。

 

「視線を外すなよ。気配を消されたらおしまいだ」

「私を誰だと思ってるのかしら?」

 

 人形越しの視点が、こいしを追う。

 果たして彼女は、リュックを背負い直すと人形に構わず歩き出した。すぐさま方向転換して後を追う。

 

「無策と受け取ってもいいわね? フランがいれば何とかなるかもしれないけど、今のあなたは一人」

『この人形がフランの代わりになればいいのにね』

「生憎、その子の戦闘能力は人形相応よ。だけど、隙間妖怪が施した仕掛けのお陰でこうして村の外とお話はできるわ。増してその相手は紅魔館の知識」

『その知識で何をしてくれるの……!』

 

 映像が大きく、左右にぶれた。一瞬端にこいしの黒い丸帽子が映る。アリスが歯噛みした。

 

「右手後方から飛来物! 襲撃かしら」

「おいおい、この程度で撃墜は拙いぜ」

「何もしない白黒は黙っといで。大丈夫、こいし?」

 

 映像が安定し、地面に座り込むこいしが見える。

 

『……フランが戻ってきたわ』

 

 地上で、一匹の蝙蝠がもがいていた。


 
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