No.514818

嘘つき村の奇妙な日常(7)

FALSEさん

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2012-12-03 22:21:13 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:525   閲覧ユーザー数:512

 人里に住む人間の大半は、農林業で生計を立てている。幻想郷縁起を編纂する稗田家、歴史の編纂と教育を司る上白沢家などなど、文化的生活を支える産業に就いている者はほんの少数にすぎない。

 残念ながら、全ての仕事が人里の内部で完結するわけではない。日常的に使う薪や木炭の原料に使う木材、重要な蛋白源となる野獣など、生活に必要な資源は危険な山に眠っているのだ。林業従事者達は山の滋養状態に加え妖怪の縄張りまで視野に入れて入念な計画を練り、里の外に出て行く。

 

「俺は仲間二人と一緒に山へ入ったんだ。そこまではいつも通りだった。いつものように仕事して日が落ちる前に里に戻る、そのつもりだった」

 

 三人の妖怪に囲まれた男が、呟くように語る。

 手足と顔の汚れを拭き取り大分ましになったとはいえ、今にも倒れそうな風体に変わりはない。頬はこけ眼窩は落ち窪み、肌から色艶が失われて、また両腕両脚は枯れ枝のようにやせ細っていた。

 

「よくもまあ、そんなやつれたまんまで抵抗できたもんだ。火事場のクソ力ってやつか。それで、山に入ったのはいつなのさ?」

「一週間くれぇ前だった。俺達ぁ、季節外れの嵐に巻き込まれちまって。それでもなんとか日暮れ前に下山しようと、焦っちまった。気がついたら、森のど真ん中で立ち往生してたんだ」

 

 ぬえが横目にこいしを見る。

 

「最近、嵐なんてあったっけ?」

「命蓮寺のお庭に水溜まりができるくらいの雨を、嵐っていうのならそうかもしれないけど」

「あ、あったんだよ。本当だ、信じてくれ」

 

 男は三人の合間におろおろと視線を彷徨わせる。

 

「とにかく、俺達ぁ夜の山ん中に取り残されたんだ。いよいよ往生かと思ったが、人数はいるから万が一妖怪に襲われてもなんとかなるかもと思って、火を焚いて交代で寝ずの番してたんだ。そしたら」

「森の中から人の声が聞こえたり光が見えたりして、この村に迷い込んだ、と?」

 

 男はぬえの言葉に目玉を剥くほど見開いた後で、再び壊れた人形のように首を縦に振った。

 

「あと二人、仲間がいたと言ったね。そいつらとははぐれたのかい」

「話はこっからだ。俺達もあんたらと同じように、嘘つきに歓迎されて宿を紹介して貰った。飯と酒を貰って奴等は旨そうに飲み食いしてたんだが、俺はカカアが作った弁当を残してたから、遠慮してよ」

「つまり、嘘つきってのは」

 

 言葉を切って窓の外を見る。道端でジャグラーが、変わらず芸を披露していた。

 

「あの道化師がそうなのか。連中は何者なんだ?」

「わ、わからねぇ」

 

 男が膝を抱え、がくがくと震える。

 

「とにかく二人とも食うもの食ったら眠いって言い出したんで、俺達は宿で一眠りして、そしたら……朝起き出したら連中いなくなっててよ。外に風でも当たりに行ったのかと思って、探したら……なんか人だかりができてて……奴等、広場で首を吊って」

 

 フランドールが眉をひそめ、ぬえが身を乗り出す。

 

「はぁ、なんで!?」

「わかんねぇ、わかんねぇんだって……前の日まで、里に戻ったらカカアやガキに、ここのことを話してやろうって笑ってた連中が手前で首くくるなんてよ。俺ぁどうにも信じられんかった。だけどよ、それで終わんねえ、まだ続きがある」

 

 男は血走った目で、三人を睨めつける。

 

「死んだ筈の連中が、何食わぬ顔で戻ってきた」

 

 フランドールが膝に突いた肘を滑らせて、ぬえがベッドの上に突っ伏した。

 

「死んでないじゃん!」

「ほ、本当なんだって! 遺体はこちらで責任持って弔うからって嘘つきが言うんで、俺ぁ間に受けて宿に戻って……また夜になる前に帰ろうとしたら、あいつら毒が抜けたよな顔で戻ってきやがってよ。そしたら……何トチ狂ったかあいつらここに住むと言い出しやがった。二人とも所帯持ちだってのに。何遍も諭したが、聞き入れやしねぇ。垢抜けた顔で笑いやがって……そこで俺ぁ思い出したんだ。昔、おっ母ぁから聞いた、あの世の話をよ」

「あの世?」

 

 眠そうな目をしながら、ぬえが聞き返す。

 

「あの世のものを食っちまったもんは、二度とこの世には戻って来れないって。何か勧められても絶対食っちゃいけねぇって」

「黄泉竈食(よもつへぐ)いね。お姉ちゃんに聞いたことがあるわ」

 

 こいしが久しぶりに口を開いた。

 

「それで思ったんだ。俺だけ首を吊らなかったのは、俺だけおかしくならなかったのは、ここの食い物を食ってないからだって。あとの二人はものを食って、酒を飲んで、それで多分……俺はこの村にいるのが恐ろしくなって、宿から逃げ出したんだ」

「逃げ出したのに、なんでここにいる?」

「村から出られねぇんだよ! どんな具合に歩いていっても、同じ所に戻る! 出口が見つからねえ! それからずっと、もう一週間だ……!」

 

 男が頭を抱える。未だ騒がしい窓の外から、一匹の蛾が入り込み、天井に止まった。

 彼の頭越しに、三人は視線を交わす。

 

「嘘ついてると思う?」

「眉唾。ただ里の人間に、作り話を思いつくようなユーモアはないね。幻覚でも見てるんじゃないかと」

「そしたら私達が今ここで見ているものの、全部が全部幻覚っていうことになるわ」

「ふーむ」

 

 ぬえが口に手を当てて黙考を始める。それを捨て置いて、フランドールが片目を細めた。

 

「この人の言うことを真に受けるのなら、食べ物が拙いということになるわね。何か、混ぜものがしてあると考えるべきかしら」

「食事に一服盛っているって? 村人連中は普通に食べているように見えるけれどな」

「別に、村人全員が同じものを食べる必要はない。私達の食事にだけ毒を混ぜるくらいなら、幾らでもやりようがあるでしょ」

 

 ぬえが苦笑を浮かべる。

 

「毒を混ぜるって、多々良かローレライどちらかが、ってことかい? そんなのあり得……るな、十分。奴らは嘘つきに取り込まれてるくさいし」

「そういうこと。ついさっき、様子がおかしいって話をしたばかりでしょう? この人の話が本当なら、嘘つきは妖怪も味方につけてる可能性があるわ」

「それじゃあ、どうする。全く食わないというのも怪しまれそうだが」

 

 フランドールは自身の荷物に取り付いて、中身を漁り始める。中から大鍋やアルコールランプなど、キャンプ道具の度を越した道具が次々と現れた。

 

「今日の晩御飯は部屋へ持ってくるように、伝えてくれるかしら。詮索される前に、何とかしてみるわ」

 

 さらに現れたのは試験管やフラスコ、銀の薬匙と、もはや生活用品ですらない。

 

「ま、まさか食うつもりかよ。止めといたほうが」

 

 震えた声を上げる男の肩を、ぬえが叩いて諫める。

 

「最初に、食えるかどうか確かめるんだよ。しかし実験道具まで荷物に完備とはねえ。魔法少女の面目躍如ってところかな」

「持たせるんだもの、しょうがないじゃない。一応水もあるけれど何日も保たせられないし、蒸留した水が飲めるかどうか試してみましょう。あなたは、飲み物とかどうしてたの?」

 

 自分を指差して、男が顔を向ける。

 

「カカアの持たせてくれた水を少しずつ飲み繋いだ。それから後は、雨水を手で掬ってどうにか」

「一応雨水は平気、と。水道とかはあるのかしらね。流れ水は忌々しいけれど、なきゃないで困り者だわ」

「私達は、何をしていればいいかしら?」

 

 ベッドに腰かけ足を揺らしながら、こいしが問う。

 

「ひとまず彼の言うことが本当かどうか、確かめてきてよ。多分結界が村に張り巡らされているから、単純に村の外側が出口とは限らないわね。目に付く場所やものを探してみて、できるならばどっかーんしちゃっても構わないから」

 

 ぬえが足を宙に上げ、その勢いで立ち上がった。

 

「分担は決まりかな。じゃあフランには、食べ物の分析と荷物番を頼むか。私とこいしで、外の騒ぎが収まったのを見計らって村を巡ってくるよ」

「お、俺は何してりゃいい。守って貰えるのか」

 

 男が三人を落ち着きなく見回す。

 

「心配しなくてもここで隠れてればいい。フランはそこらの妖怪相手じゃそう負けんよ。知ってるか、湖の館の滅多に姿を見せない吸血鬼姉妹の妹を」

 

 彼はぬえの言葉に目を数度瞬きさせる。そして、ゆるゆるとフランドールの方に視線を運んだ。赤い針のような瞳で牙を見せ微笑みかける彼女を見て、男が腰を抜かして後退りした。

 

「あ、あの流れ星をぶっ壊したっていう!」

「そうそう。だからあまり機嫌を損ねないように、大人しくしておいた方がいい。さもないと、今度はあんたを壊しちまうかもしれないよ?」

 

 男の口から、小さな悲鳴が漏れる。

 

「ぬえ、そんなに脅かすのはよくないわ」

 

 少し明るさを取り戻した室内で、天井に止まっていた蛾が身動ぎし、別の光を求めて動き出す。

 それは室内にいた誰にも気に止められることなく、元来た窓から飛び出して喧騒の夜空へと消えた。

 

 

 §

 

 

 単純な一対一の戦いになれば、彼女達と敵対して太刀打ちできるものなど幻想郷には数えるほどしかいない。ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持つフランドールを筆頭に、無意識に潜む怪物を喚起するこいしもすべてを正体不明にするぬえも、幻想妖怪ヒエラルキーの頂点に近い位置にいる。

 ただしそれは、一対一かつ対等な環境で対決した場合に限った話である。少なくとも彼女達が今いる場所は、相手の土俵の上であった。

 「忘れ傘亭」を飛び出した蛾は星空を慌ただしく舞って、宿屋の裏手へと飛んだ。屋根の上に一人、騒ぎから離れて座り込む影がある。

 蛾は影へと引きつけられるように、伸ばした手に着陸を果たす。黒マントを羽織った人物の周囲には蛾のみならず、季節外れの蛍や羽虫、果ては毛虫や百足などが集っていた。

 それは対話するかのように、しばらくの間手中の蛾と向かいあった。ショートカットの頭上には虫の触覚が二本、小刻みな振動を繰り返している。

 

「生き残りがいるみたい。仕事に手抜かりがあるね」

 

 鈴のような声で、屋根の暗がりに呼びかけた。

 

「おやおや……これはいけない」

 

 闇の中から染み出すように、道化師……嘘つきの姿が現れる。彼の表情に曇りはなかった。

 

「この村も大分大きくなってきましたからね。そのうち嘘つき町と呼ばれるようになるかもしれません」

「未来の展望を語るのも結構だけど、あの三人には気をつけた方がいいんじゃない?」

 

 虫を従えた少女、リグル・ナイトバグの危惧に対しても嘘つきは表情を崩さない。

 

「あなたは、あの三人をご存知ですか」

「最近つるんでる有閑の三妖怪だよ。湖の吸血鬼、地底のサトリ崩れ、そして妖怪寺の鵺ね。界隈ではちょっとした有名人になってるよ」

「なるほど。それは僥倖。伝承級の妖怪をこの村にお招きする機会がやって来るとは」

 

 化粧の下の表情を歪めながら語る嘘つきの姿を、リグルは目を糸のように細め眺める。

 

「呑気ねえ。三人とも私より遥かに格上の妖怪よ? この村くらいあっさり滅ぼせるかもしれないのに」

「その点は心配しておりませんので。壊れたものはまた建て直せばよろしい。家も、人もね。あなたもいつぞやの馬鹿騒ぎはご覧になっていた筈ですが」

 

 リグルは丸い目を見開き、一度唾を飲み込んだ。

 

「あの妖怪(ひと)は、今どこで何を?」

「私達の館の客人として、丁重に扱っております。暴れても無駄と分かったのでしょう。今は大人しくしておりますよ。気になりますか?」

「それは、まあ」

 

 一筋の汗がこめかみを伝う。

 

「花粉を運ぶ虫は、あの妖怪と深く関わるから」

「まあ心配なさらずともあなたに危害が及ぶことはないでしょう。それより今は、新たな客人のことをどのように村へお迎えするかを考えなければ」

「どうするの? そのうち、ご自慢の『惚れ薬』の仕掛けもばれてしまうんじゃないかな」

 

 嘘つきは軽く腕を組んで、右手の人差し指で軽く自分自身の側頭を小突き始めた。

 

「そうですなあ。まずはあの人間、少々目障りです。早いうちに黙って貰いましょう」

「そんな目の敵にする必要があるの? あいつは、ただの人間にしか見えないけれど」

「薬を飲むことなく生き残っているのなら、相応の精神力を培っていると予想されます。有史以前から人ならざるものを倒す役は人間ですし、英雄となる前に手を打っておくのに越したことはありません」

 

 腕組みを解いて、リグルを見た。

 

「あなたにも、もう少し手伝っていただきますよ」

「いいけど、私の本業に差し障りがないようにね」

「当然ですとも。虫の知らせサービスは中々順調と聞いておりますし」

 

 マントを翻し、リグルが屋根から飛び上がる。

 

「お帰りになる前に、もう一つ確認していいですか」

 

 ボーイッシュなキュロットパンツ姿が、嘘つきの方向へ空中で振り返る。

 

「確か、吸血鬼と鵺とサトリ崩れでしたか。金髪のお嬢さんは、どれになりますかね」

「金髪? ああ、吸血鬼かな。紅魔館の悪魔の妹。主人に輪をかけておっかない奴らしいよ」

「ほう、吸血鬼ねぇ」

 

 再び腕を組む。

 

「それが、どうかした?」

「ああ、いえ。個人的な興味です。さぞや由緒ある吸血鬼なのでしょうね」

「そこまではどうだか。五百歳くらいの妖怪なんて、幻想郷には唸るほどいるしね」

「五百歳……」

 

 リグルの周囲をホタルの群れが衛星のように周回して、彼女の姿を幻想的に照らしている。

 

「……聞きたいことは、それだけです。有難う」

 

 飛び去って行くリグルを背後に嘘つきは振り返る。夜なお明るい街の中心には、古城を思わせる大きな洋館が聳え立っていた。

 

「……最も美しい君よ」


 
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