No.513112

ガールズ&パンツァー 我輩は戦車である ~友情編~

tkさん

今回の主役は武部さんと冷泉さん。
幼馴染っていいものだなぁ。

2012-11-28 21:25:28 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1570   閲覧ユーザー数:1521

 我輩は戦車である。名を『あんこう』という。

 『Ⅳ号戦車D型』という制式もあるので、別にそちらを使ってもらっても構わない。

 …いや、べつに『あんこうチーム』という名が不名誉などとは考えていない。

 我らが西住隊長の命名に不服など無い。

 ただそういう呼び方もあるという多様性を示したかっただけである。

 

 

 それはさておき。

 今、我々あんこうチームは本日の訓練を終え倉庫内に帰還したところである。

 第一回戦の相手となるサンダース大学付属校との試合も間近に迫っており、私へ搭乗する彼女達も訓練に熱が入っていた。

 

「ふ~んふん、ふ~んふん。ふんふ~ん♪」

 ただ一名を除いて、ではあるが。

 

「…あの、武部さん。何かあったんですか?」

 流石に気になったのだろう。西住隊長が声をかけた。

「いやね~。ちょっとね~」

 わざと焦らすように答えるのは武部沙織殿。

 我があんこうチームの通信手であり、ムードメーカーでもある少女だった。

「もったいぶるな。鬱陶しい」

 そんな彼女に悪態をついたのは冷泉麻子殿。

 私、Ⅳ号戦車の操行を担当する操縦手であり、武部殿の幼馴染である。

「まあまあ、私も気になります。何か良い事でもあったのですか?」

 その間を取り持っているのが砲手を担当する五十鈴華殿。

「それでいて、訓練はしっかりこなす武部殿には驚きました。士気高揚の秘訣でもあるのですか?」

 少々的外れな質問をするのは装填手を務める秋山優花里殿。

 大雑把な紹介ではあるが、以上5名が我らがあんこうチームの面々である。

 

「んふふ~。実はさ、この間告白されちゃったんだ」

 

『え、ええええええ~~~~~~!?』

 武部殿の発言は倉庫内を震撼させた。

 同じく倉庫内に戻っていた他のチームからも注目を集めている。

「沙織さんが、告白をされたなんて…はぅっ」

「ああっ!? 気をしっかり持ってください五十鈴殿!」

 卒倒しそうになった五十鈴殿を支える秋山殿も、若干顔色が悪い。

 さもありなん。

 恋愛に飢える恋に恋する乙女である武部殿は、戦車道=モテるという構図を信じてこの道を選んだ。

 無論、幻想である。

 戦車道は乙女のたしなみというのは事実らしいが、だがらといって異性と付き合える決定打となるかと言われれば、私は首を横に振る。

 そもそもな話、女子学園である大洗で異性との出会いを求める事が困難なのである。

 むしろ校内女子からの人気を着々と獲得している彼女達だった。

「それがこの間の練習試合を見ていた別校の男子が熱心にこっちを調べたみたいでね? 生徒会を通してラブコールが来たってわけなのよ~」

『………』

 総員、絶句であった。

 武部沙織という少女は恋に恋する乙女であって、本当に異性と付き合う事は決してない。

 そう信じて疑わなかった彼女達の認識が、今にも音を立てて崩れようとしていた。

「…で、どこからが嘘だ?」

 いや、ただ一人だけ最初から冷静な人物がいた。冷泉麻子殿である。

「嘘なんて無いわよ。麻子ってば素直じゃないんだから。素直に幼馴染を祝福しなさいよね」

「幼馴染だからこそ、分かるものもある」

「なによー、知ったような事言っちゃって。ははーん、実は羨ましいんでしょ?」

「…全然」

「あっはっは、拗ねるな拗ねるなー。麻子にもちゃんと紹介してあげるってばー」

「迷惑だ」

 そんな二人の雰囲気は剣呑ではなく、むしろじゃれ合っているかのように思える。

 これが幼馴染の間柄という物なのだろうか。

「っと、もうこんな時間。という訳で今日はその返事をしに行くから、これで帰るね」

「ええっ!? 今の話って今日の事なの?」

「そーいう事。朗報待っててねー」

 狼狽する西住隊長に手を振りつつ、武部殿は意気揚々と倉庫を後にする。

 誰もがそれを黙って見送るしかできなかった。

 

 

「い、いやー。武部殿も隅に置けませんね」

「そ、そうですね…」

「………」

 秋山殿と五十鈴殿が気まずそうに言葉を交わす中、西住隊長の顔色は優れなかった。

 その理由に、私はおおよその想像がつく。 

 武部殿は異性との出会いを求めて戦車道を始めたのだ。

 ゆえに特定の異性と交際する事になれば、戦車道に取り組む理由が無くなってしまう。

 西住隊長が危惧しているのはその辺りだろう。

 私としても試合目前という状況で通信手が抜けるという痛手は御免こうむりたい。

「西住殿?」

「みほさん?」

「あ、ううん。なんでもないから」

 秋山殿と五十鈴殿に生返事を返す西住隊長は明らかに快活さを失っていた。

 

 ………もしかしたら、それだけではないのかもしれない。

 彼女の表情には、開いた古傷を必死に堪えようとする煩悶があった。

 もしかしたら、私の知らない彼女の過去に今と似たような出来事があったのだろうか。

 

「…心配は無用だ」

 そんな西住隊長を諭すように冷泉殿は明瞭な声で断言した。

「沙織が男と付き合う事はない。少なくとも、今は」

「そうなのですか? 自分にはお付き合いするのも秒読みの段階にしか見えなかったのですが…?」

 秋山殿の実直な感想に彼女は静かに頷く。

「ああ。華は知っているだろうが、あいつは男と付き合った事なんて一度も無い」

「それは、そうですが。そもそも沙織さんが告白された事なんて私も初めてでして…」

「私は何度か目にしたが、あいつはそういう相手を全部ふってきた」

「ええっ? 沙織さんが男性をふったのですか!?」

「そうだ」

 五十鈴殿が驚愕するのも無理は無い。

 異性との出会いを求めている彼女が、その相手を拒絶するという矛盾。

 その結論がいかにして導き出されるのか、私にも想像がつかなかった。

「それは、どうして」

「明日にでも分かる。本人に聞いたほうが早い」

 西住隊長の悩みを一刀両断するかのように、冷泉殿は言い放つ。

「沙織らしい馬鹿馬鹿しい理由だ。多分な」

 その声色は、友人を心から信頼したものだった。

 

 

 

 そして翌日。

 冷泉殿の言葉通りに武部殿は大いに語ってくれた。

 

「まったく! ふざけんじゃないわよ!」

 正確に言うと、盛大に愚痴りだした。

 

「俺と付き合うんだから戦車道なんてやめていいよね? とかありえない! 彼女になる女の子のしたい事一つも受け入れられないなんて男としての器が小さすぎるわよ! しかも私の事もう俺のもんだーみたいな顔しちゃって! まだキスもしてないのに勘違いしないでよ! もー、ちょっと顔がいいからってときめいた私がバカだったー!」

「ま、まあまあ。武部殿、もうじき訓練も始まりますし…」

 すでに同じ話が5巡目に突入している。本当に腹に据えかねているらしい。

「あんなのこっちからお断りよ! 華、砲手代わって! 今日は撃ちまくってやるんだから!」

「いえ、それは流石に…」

「落ち着け、逆撃墜王」

「うるさーい!」

 秋山殿と五十鈴殿、冷泉殿では抑えきれないようだ。

 いや、冷泉殿はむしろ煽っているともいえるか。

「…あの、武部さん」

「ん? みぽりんもやっぱりそう思うよね?」

「え、えっと。それもそうなんだけど」

 彼女の剣幕に押されつつも、西住隊長は意を決したように言葉を続けた。

「どうして、まだ戦車道を続けるのかなって。武部さんは、その、男の人とお付き合いできれば…」

「へ? …んー、そうね」

 一瞬、西住隊長の言葉にきょとんとした武部殿はしばらく考える仕草をみせた。

 そして自分で考えをまとめるように言葉を続ける。

「最近ちょうど戦車道が楽しくなってきたし。もっといい男の人探したいし。それに―」

 

 うん、と頷いて彼女は華やかに笑ってみせた。

 

「みぽりんは私と華の為に戦車やるって言ってくれたんだもん。彼氏ができたからはいさよならなんて、薄情じゃない?」

「あ―」

 西住隊長がはっと息を呑んだ。

 おそらくこれこそが、冷泉殿の言いたかった事なのだろう。

 今の武部殿は恋愛よりも友情に重きを置いているのだ、と。

「…くさい台詞だ。60点」

「まーこー。今日のアンタはいつになくつっかかるじゃない?」

「いふぁい、ふぁなへ(いたい、はなせ)」

 冷泉殿の頬をつねる武部殿は、少し照れくさそうだった。

 きっとこれが彼女なりの照れ隠しなのだろう。

「お二人は本当に仲が良いんですね」

「ええ、幼馴染ですものね」

 そんな彼女の仕草に、秋山殿と五十鈴殿が頬を緩ませる。

「………ありがとう、武部さん」

 武部殿の言葉を噛み締めるように、西住隊長は瞳を閉じた。

 その端に僅かな湿りがあった事は、おそらく当人と私だけの秘密になるだろう。

 

 

「西住殿。まもなく予定地点です」

「…うん」

 秋山殿に応える西住隊長が緩んだ表情を引き締める。

 気力に満ちている、いい顔だった。

「今回の模擬戦は対サンダース付属を想定してのものです。各自、作戦の最終確認のつもりでお願いします」

 

『了解!』

 

 通信機から帰ってくる各チームの返事にも気合が感じられる。

 今日は良い訓練になりそうだ。

 

 

 

 

「ちょっと待って! みぽりんの話が皆に通じてるって事は、今の話―」

「丸聞こえ、ですね」

「いやあああぁぁぁぁっ!? これじゃあ私の失恋が他のチームにもバレバレじゃない!?」

 五十鈴殿のにこやかな肯定に悲鳴を上げる武部殿であった。

「くうぅ~! こうなったらもっと良い男を見つけるためにも、何が何でも次の試合に勝ってやるんだから!」

 いや本当に。

 今日は良い訓練になりそうである。

 


 
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