No.506721

恋姫異聞録 秋の特別編

絶影さん

すいません、遅くなりました
風邪ひいたり、なんか仕事がいそがしかったりで進まず申し訳ないです

今回は秋の特別編です。眼鏡✝無双完成記念と、宣伝協力頂いた
ヒンメル様のリクエストにお答えした短編です

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2012-11-11 01:08:28 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:7888   閲覧ユーザー数:5750

 

 

肌を焦がすような日々が過ぎ、何時のまにか足早に夕暮れが街を包み込む

賑やかな祭りのような夏の熱さから急にもの悲しい景色に変わる

 

翠で覆われていた森は徐々にその色を変え、紅に染められた木々の葉が季節の移り変わりを告げるように森に広がっていた

強い日差しを逃れるために夏侯邸に集まっていた将も、過ごしやすい気候にいつしか仕事の方に精を出すようになっていた

 

そんなある日、屋敷に住む人間が多くなってしまった為、美羽が自分の部屋を外に作ろうと蔵を改装していた

 

「雪蓮、そちらにある壺を外へ出してくれぬか」

 

「よいしょっ、結構おもいけど中に何が入ってるの?」

 

「蜂蜜酒じゃ、飲んではならぬぞ。まだ試作段階だからの」

 

改装を手伝うのは雪蓮と冥琳。人が増えたから部屋を作りたい、研究も出来る広さが欲しい、蔵が調度良いから改装を手伝ってくれ

との申し出に、自分達が押しかけた事も原因だろうし喜んで手伝わせてもらうと二つ返事で引き受けた雪蓮だったが・・・

 

「・・・何時終わるのこれ」

 

城壁の外、森の中に作られた養蜂所に一時保管された美羽の研究資料や材料は、七乃の馬車によって留まること無くピストン輸送され続ける

はじめは大したことは無いだろうと高をくくっていた雪蓮であったが、終わりの見えない作業に軽く引き受けた事を後悔していた

 

「逃げ出すことを考えているだろう?」

 

「い、いやね冥琳。そんな事かんがえてないわよ・・・ええ、無いわよ?」

 

次々に蔵の前に置かれる荷物の前で立ち尽く雪蓮の考えが読めた冥琳は、少々溜息混じりで眉間に皺を寄せた

 

「昭殿が幽州に出張している内に終わらせて、帰ってきた時に驚かせたいと言っていたお前の友の願いを壊すつもりか?」

 

「やるわよ、嫌われたくないもの。そのうち私も師姉様って言われたいし」

 

「何方かと言えば、姉様と呼ばれたいのでは無いのか?」

 

「ええ、でもその前に師姉様って呼ばれないと次に進めなそうだしね」

 

上下関係や、段階と言うのを正しく踏まなければ駄目だと思う、なんたって彼の娘だからと言う雪蓮に冥琳は

なるほど確かにと頷き雪蓮は再び荷物を蔵へと運び始めた

 

蔵から余計な荷物を外へ出し荷馬車に乗せて、養蜂所から運ばれた荷物をほどいて丁寧に蔵に納めていく

気がつけば、仕事を一段落付けた凪達も駆けつけ蔵の改装を手伝っていた

 

どうやら、蔵だけでも生活が出来るように小さな炊事場まで作るつもりでいるらしく、真桜は寸法を測って運び込ませた木材に印を振り

凪は木材を切って、沙和は間取りやデザインを考えて竹簡に書いていた

 

「うむ、今日はこの辺で終わりにするかの。後は明日じゃ、真桜よ窓を付け炊事場を作る作業はどの程度かかる?」

 

「そやな、短く見積もって三日やな。隊長が帰ってくるまでには十分間に合うで」

 

「良かったですねーお嬢様。素敵なお部屋が出来そうですよ」

 

沙和の書いた竹簡を見ながら朗らかに笑を見せる七乃に美羽はそうかと安心していた

美羽が何故、昭が帰ってくるまでに終わらせたいかと言うと、昭が帰ってくれば幾ら疲れていても必ず手伝ってくれるからだ

幽州に出張して帰ってきた昭に手伝いなどさせたくない、戦までもう日にちが無いのだから出来る事なら休ませたいと思っているから

早く改築を済ませて手伝う気でいる昭を驚かせて、留守番をしている秋蘭とゆっくりさせてあげたいと言う美羽の心使いだ

 

「皆の者、ご苦労じゃった。屋敷に昼食が用意してある、存分に食すがよい」

 

「腕によりをかけて作りましたよー、沢山召し上がってくださいね」

 

人差し指をピンと立てる何時もの仕草で七乃は屋敷へと皆を招き、美羽は一人馬車へと乗り込んでいった

 

「何処に行くの?」

 

「うむ、気化熱冷蔵庫の様子を見に行って来る。陽も高く気温も高い、夏程ではないがどれほどの冷却力を発するのか調べておきたい」

 

「きかねつれいぞうこ?なにそれ?」

 

「説明すると長くなるからの、あとで美味い物を飲ませてやる。いい子にしておるのじゃぞ雪蓮」

 

気がついた雪蓮が何やら面白そうだ、自分も行ってみたいと思ったが美羽にいい子にしていろと言われ言葉を無くしてしまい

さっきまで案内をしていた七乃が颯爽と馬車に飛び乗り、屋敷から出ていってしまう素早さに追いつくことは出来なかった

 

「不貞腐れてるな」

 

「そんなこと無いわよ」

 

「ふふっ、美羽がまた良い思いをさせてくれるというのだ、大人しく待っていよう」

 

「冥琳まで何処にいくの?」

 

「我らの屋敷に薊様と蓮華様達が来ている。皆の相手をせねば、この屋敷になだれ込んで来るぞ」

 

軽く手を振って夏侯邸を後にする冥琳に雪蓮は、「ああ、自分が此処に居るからか」と納得し心のなかで冥琳に謝罪をしながら見送った

 

「雪蓮さまー、早く来ないと無くなっちゃうのー」

 

「あ、うん。直ぐに行くわ」

 

大勢が更にこの屋敷になだれ込んでくれば、今度は屋敷自体の大幅改装になんてことになりかねない

これ以上迷惑をかけるわけには行かないわよねと雪蓮は苦笑いを浮かべつつ、外の用水路で手を洗って食卓へ

卓は人が増えるたびに大きくなり、いつしか居間に大きな卓が置かれるようになっていた

 

その卓に並べられる豪勢な食事を前に、雪蓮は定位置に市で買ってきたふわふわの綿が詰め込まれた座布団を敷いて座る

皆も自分専用の座布団を敷いて座る。元々はそんな場所など決まってはいなかったが、自然と自分達の座る場所ができていた

 

「皆おらんし、寄って食べたらエエやん。なんで何時もの位置におるん?」

 

「そうなんだけど、なんか居心地悪くない?」

 

「分かります、以前だれもこの屋敷に居ない時に、真桜の場所に座ったらなんとも言えない違和感が有りました」

 

少し離れた場所で食べる雪蓮に提案する真桜だが、凪の言葉に確かにと頬を掻く。習慣なのだろう、食事を取る時はこの位置だと

躯に染み付いてしまっているらしく、どうにも違う場所で食事を取ると調子が狂ってしまう

 

「でもでも、それだけ雪蓮さまが此処に慣れたって事なのー」

 

「確かにそうかもね、もう自分の家だって言っても良いくらい」

 

目を瞑っても何処に何が有るか解ってしまうと言ったら大げさかも知れないが、それほど夏侯邸に慣れてしまった雪蓮は

もはや実家であると言えるほど居心地が良くなっていた

 

「ふーん・・・」

 

「どうしたの真桜ちゃん?」

 

「いや、そこまで慣れたんなら、違う楽しみも教えとこかなーって」

 

「ま、真桜っ!」

 

何かに気がついた凪は、顔を少し染めて慌て出す。沙和は沙和で、それは良いことだと眼を輝かせていた

雪蓮はなんのことか想像が着かず、春巻きを食べながら訝しげな表情を浮かべていた

 

「違う楽しみって?」

 

「この屋敷では、めっちゃ可愛いもんが三つ見れる。一つはよう見るけど、後二つはなかなかお目にかかれん」

 

「見たらこの屋敷にずっと居たくなっちゃうのー!」

 

光景を思い出す三人はそれぞれに頬を染める。真桜と沙和は満面の笑で、凪は視線を泳がせていた

雪蓮は三人の幸せそうな表情に少し呆けてしまう。これほど三人を虜にしてしまうものとはなんだろう?

この屋敷にずっと居たくなってしまう程のものがあり、どうやら自分がまだ眼にしていないらしい

 

「へぇ、それは猫とか犬ってわけじゃなくて?」

 

「たしかにそれもよう見るけどちゃう、でも猫や犬に似とるな」

 

「失礼だぞ真桜っ!」

 

「まあまあ、一つは何時も見てるんだよ。それは、涼風ちゃんと美羽ちゃんなのー!」

 

それを聞いた雪蓮は、何だそんなことか確かに可愛いけど虜になるほどではないし、あの子達が可愛いのは普通

美羽は少し違うけど、あの姉妹は見ていて微笑ましくなってくる。物知りな姉に、不思議そうな顔をして問いかける妹は

なんだか自分の昔を思い出してしまう。だから、余計に懐かしさが混じって羨ましくさえ思えてしまうだけ

 

「確かに可愛らしいわよね」

 

「ふっふっふっ、ちゃうな~ウチらが思ってる可愛いとは、なぁ凪っ!!」

 

「わ、私かっ!?え、えっとそのですね、お二人が隊長に取り付いているというか、甘えて居るというか・・・」

 

凪が言うには、偶に居間で竹簡を読んでいる昭に、涼風が背中をよじ登って肩に乗り、それをみた美羽が昭の背中に張り付くらしい

その時、美羽は昭に気が付かれないようにか顔を擦り付け、涼風は頭に腕を回してゆらゆらと揺れているようで

姉の動きを気取られないようにする涼風の姿がいじらしく、美羽の幸せそうな顔がとても愛らしいと言うことらしい

 

他にもうつ伏せで寝そべっている昭の背に美羽が取り付き、美羽の背中に涼風が取り付く。まるで亀の親子のような様子が微笑ましいらしい

 

「・・・」

 

「背中の二人の小さな手がしっかり隊長を捕まえていて、嬉しそうに頬を背中に着けてるのが・・・その・・・」

 

顔を染める凪は、小動物を愛でる少女のようで、雪蓮もその姿を想像して顔を緩めていた

 

「それはなかなかね、見たこと無かったわ」

 

「注意深く見てないと見逃しちゃうの、恥ずかしいから気が付かれないようにやってるのが可愛いのー」

 

大人びているように見えて、実はとても甘えているという一面を教えられた雪蓮は、昭が戻ってきたら絶対に見ようと心に決めた

 

「とっても見たいわ、残り2つは何?それを超えるようなことは無いように思えるけど」

 

「沙和、これは沙和が見つけた事や、沙和が教えたってや」

 

「はーい、それはね、春蘭さまなのー!」

 

「春蘭?」

 

そう言われて雪蓮は、少しだけ顔をきょとんとさせる。無理もない、まだ少し抜けている部分があった春蘭の姿を雪蓮は知らない

今の春蘭は、誰よりも厳格で常に将たる闘気をまとい続ける姿。兵を労り、共に食事を取り、人一倍鍛錬に励み、学問を重んじる姿

 

「話では聞いた事あるけど、あまり想像が着かないのよね。彼が怒った時は可愛いってのは知ってるんだけど」

 

「昔じゃないの、こういう事いったら怒られるかもだけど、今もスッゴク可愛いのー」

 

沙和が言うには、確かに昭が怒った時は自分とは関係が無くても泣き出し、昭にしがみつく可愛い姿なのだが

それとは全く違う時が在るということ

 

それは、これもまた昭が居間で竹簡を読んでいる時だが、茶を飲みながら仕事の竹簡を読んでいると春蘭が現れ

後ろから昭の腰に腕を回して少し後ろに引っ張り、強引に卓と昭の間に入って膝の上に座るらしい

 

「へ?」

 

「それでね、持ってきた絵本みたいな竹簡を広げて、隊長の顔をじーっとみてるのー」

 

孫子の兵法をわかりやすくかみくだし、絵本のようにした竹簡を広げて昭に読めとせがむらしく

昭は仕事が途中でも構わず春蘭の為にその竹簡を読んでいるようだ

 

「隊長から聞いたんやけど、それは春蘭さまが兵法を覚えるために隊長が作ったんやって、他にも呉子や論語もあるらしいで」

 

「沙和、それを見た時に直ぐに隠れてずっと見てたのー。声を変えたりして読む隊長に、楽しそうに足をパタパタさせてる春蘭さまが」

 

どうやら面白おかしく物語を読む昭に子供のように喜び、続きをせがむ春蘭の姿を思い出したのだろう沙和は顔をうっとりとさせ

雪蓮は雪蓮で、沙和の表情に幼い子供のような春蘭の様子を思い浮かべて、先ほどの美羽に負けないくらい可愛らしいだろうと

春巻きを運んでいた手は完全に止まり、春蘭の幼子のような行動を思い浮かべていた

 

ここまで2つとも十分自分の想像を超えていた、最後の一つは一体何なのだろうか?

段階を踏んで居るということは、最後の一人は先程の二人を超えるはずだ

それは、目の前で思い出しくねくねと躯をよじる真桜を見て確信に変わっていた

 

「最後の一つは?」

 

「ん~どないしよかな~。教えたってもエエんやけど・・・」

 

「そこまで言って勿体ぶるなんて酷いわ、生殺しよ」

 

「しゃあないなぁ、そんかわしコレを見る時は、ぜーったい気付かれないようにせんとアカンで。ウチら見れんよになってまう」

 

急に真面目な顔になり、箸を置き雪蓮の隣に座って顔を近づける真桜

突然、雰囲気の変わる真桜に雪蓮は少し圧倒され、呆気に取られたまま頷いて箸を置いた

 

気がつけば、沙和と凪も雪蓮の周りを囲んで座っていた

まるで、機密を外部に漏らさぬように周りを見回しながらだ

 

軍議のような緊張がその場には漂い、正座をする三人につられて雪蓮も正座になっていた

 

「絶対に他言無用やで」

 

「う、うん。えっと、そんなに見つかったらマズイものなの?」

 

「ええ、恐らくバレれば二度と見ることは出来ないでしょうから」

 

「絶対に秘密なのー」

 

三人の真剣な表情に生唾を飲み込んでしまう。ただ、可愛らしいモノを見るというだけで此れほど緊張するという

のはどういうことなのだろうか、普通ならば猫を愛でるように遠くから覗いたり、直に触ったりすることだろうが

いままでの話の流れから、どうやら美羽や春蘭のような感じなのだろう。しかし、この三人の雰囲気から感じられるのは

真剣な表情そのもの。美羽や春蘭より可愛らしいが、それだけリスクがあると言うことらしい

 

「で、それは誰なの?話の流れから、誰かであることは確かだと思うんだけど」

 

「感がエエな、流石は雪蓮さまや」

 

「もしかして、秋蘭?確かに、家で彼といる時は猫みたいだけど」

 

家に居る時に見る、夫の前で甘える猫のような姿を思い浮かべる雪蓮

確かに、外で兵士や他の文官、武官達の前に立つ様子とは全く違う姿。透き通る氷を想像させる彼女の雰囲気と

家で眼を細めて夫の側に座る温かい雰囲気は大きな差が有り、真桜達がそういった感情を抱くのは無理がないと考えるが

 

よく考えれば、今聞いた二つの事よりも可愛らしいことかと聞かれるとそうでもない

先の二つは滅多に見られない様子であり、その仕草も誰も居ないからこそ見せる自然な行動なのだから

 

「やっぱり違うわね、誰かしら。流琉とか季衣・・・も違うような」

 

「いや、合っとるで。秋蘭さまや!」

 

「秋蘭?それって、彼の隣にいる時とかの話でしょう?」

 

「ちゃうちゃう、重要なんは隊長と何日か合わずに居たかなんや」

 

凪と沙和がウンウンと頷き、小さな声で話し始める真桜

 

真桜が初めて秋蘭の普段見れない可愛らしさに気がついたのは、仕事で丸一日屋敷に昭が戻らなかった時の事らしい

勿論その間は秋蘭と一度も合っておらず、屋敷に帰ってきた時は、秋蘭は特に普通の様子だったらしい

 

「あれは一日くらいやな、前日から帰って来られんかった日があって、ようやく帰れるってなったんやけど

隊長は、暫くよう寝とらんかったから疲れて城内の木陰で眠ってもうた時や」

 

木陰で木に寄りかかったまま眠った昭を見かけた真桜は、昭は決まった人物でなければ起きない事を思い出し

春蘭か秋蘭、涼風を呼びに行こうと思った時だ、丁度、遠くからこちらに歩いてくる秋蘭を見かけ声をかけようとしたのだが

真桜は、気配を消して急いで草むらに隠れたらしい

 

「隊長に甘える所は偶に見とったけど、一日合わん時はどういう反応するんかなーって興味湧いてな、隠れてもうた」

 

昭を見つけた秋蘭は、急に戦場に居るかのような殺気を張り巡らし、気配を探りだしたらしい

ついその殺気に反応しそうになった真桜であったが、どうにか息を止めて地面に這いつくばって気付かれないようにやり過ごしたようだ

 

【仕方の無い奴だ・・・】

 

誰も居ない事を確認した秋蘭は、やれやれと溜息混じりでそう呟くが、表情は嬉しそうで

木に寄りかかる昭の前に背を向けて座ると、まずは両腕を持って自分の腰に回し躯を預け、暫くそのままで居たらしい

 

「そんで次は、腰に回しとった手を持って、包帯を外して無数の傷跡を指で一つ一つ撫でて、手のひらを広げて自分の指に絡ませたり

して弄んどった」

 

「無数の傷?なにそれ?」

 

「知らんかった?そういえば、隊長の腕の話って聞いとらんの?」

 

「聞いてないわ。彼、何時も腕に包帯を巻いてるなーって思ってたけど、傷なんてあるのね」

 

「そか、そんなら後でその話も聞かせたるわ」

 

「ええ、お願い。それで、秋蘭はどうしたの?まさかそれで終わりじゃないでしょう?」

 

「まあ、そこまでは普通やったんやけど」

 

昼間どこかでぶつけたらしく、昭の手の甲が僅かに赤くなっているのを見つけた秋蘭は、じーっとその跡を見詰め

少しだけ不満そうな顔をして、懐から塗り薬を取り出して丁寧に痣に塗りつけていたようだ

 

「しかも【私のモノなのに】【誰かが当てたのでは無いだろうな】【痕が残ったらどうする】なんてブツクサ言いながらやで」

 

「少しだけほっぺたが膨らんでたんでしょう真桜ちゃん」

 

「そうや、そんな秋蘭さまなんて今まで見たこと無かったから、ウチもう堪らなくなってもうて」

 

「それ以来、私達三人は、秋蘭さまの虜になってしまいまして。ずっと、秋蘭さまを影で見守っていると言いますか」

 

凪が言うには、思い出せば元々の始まりは休日に昭の膝の上で丸まって寝ていた、小動物のような秋蘭を見てからのようだ

その後、秋蘭の意外な姿を真桜が発見して話を聞いた凪と沙和は、昭が屋敷を空けるたびに秋蘭の様子を観察していたらしい

 

「次に見たんは二日空けた時や、二日なんて珍しいことやないし、帰ってきた時も秋蘭さまは普通やった。でも・・・」

 

真桜がたまたま、仕事の事を昭に聞こうと秋蘭と昭の部屋に向かった時、僅かに開いた戸から見えたのは

 

「隊長が座って、涼風を膝に乗せて寝かせてたんや、秋蘭さまは隊長の背中に躯を押し付けて首に腕を回しとった」

 

「普通じゃないの?」

 

「それがな、涼風の顔ばっかり見てる隊長に秋蘭さまはウチでも解るくらい、こう眉間にしわ寄せて」

 

様子が違う秋蘭に気がついた真桜は、つい気配を消して部屋の中を覗いていれば

昭の背から離れ涼風を抱き、そのまま今度は秋蘭が昭の膝に頭を乗せていたらしい

 

「・・・うそ」

 

「うそやない、腹の上に涼風のせて下からじーっと隊長の顔見て、自分の頬なでてくれーって眼で訴えとった」

 

だが、なぜか昭は解っているはずなのに頬を撫でることはなく、秋蘭に対して【どうした?】と首をかしげていたらしく

いじわるをする昭に耐えられなくなった秋蘭は、悲しそうな表情になってまるで春蘭のように足をパタパタとさせて居たらしい

 

「そんでな、隊長がしゃあないなーって感じで秋蘭さまの頬や頭を撫でて、秋蘭さまはめちゃ嬉しそうにしてて」

 

「いいなー真桜ちゃん。沙和もその秋蘭さま見たかったのー」

 

「・・・」

 

話を聞いた雪蓮は、想像以上の破壊力だったのだろう。頬を染めて、秋蘭が甘える様を想像し、稟のようにとは言わないが

鼻血が出そうだったのか、鼻を押さえていた。凪も同様だったのだろうか、ブンブンと頭を振って登った血を冷ましているようで

真桜と沙和は恍惚の笑を浮かべていた

 

「ってことは、もしかして」

 

「そうや、隊長はあと三日は帰って来ない」

 

「もしかしたら、秋蘭様はもっと違う可愛さを見せてくれるかもなのー!」

 

「・・・っ!」

 

真桜と沙和の言葉に耳まで真っ赤に染めた凪が、クラクラとしたまま眼を回し鼻を押さえていた

そんなことを聞いてしまえば雪蓮は、見ないなんてことは出来無い。興味のあるものはなんでも見てみたい、なんでも体験してみたい

そういった気質のある雪蓮は、期待に胸を膨らませ眼を輝かせていた

 

「決まりやな、ほんなら隊長が帰ってくる前に仕事を済ませて」

 

「隠れる場所を探すのー」

 

「その日はなるべく隊長と秋蘭さまを二人きりに」

 

「涼風と美羽はどうするの?」

 

「帰ってきたら、隊長は直ぐに二人のところに行くやろから、狙いは夜やな。だーれも近寄らんようにするんや」

 

等と話し合い、作戦が決まった所で再び食事の続きをしようと卓に視線を向ければ

卓に頬杖をついてコチラを穏やかな顔で見詰める秋蘭の姿。彼女の目の前には、湯気の立ち上る茶が注がれていて

既に何度か口にした後のようである。どうやら、話に熱中し過ぎて秋蘭が帰って来たことに気が付かなかったようだ

 

「・・・話は終わりか?」

 

微笑む秋蘭だが、四人は固まる。特に、凪たち三人は脂汗を流し、カタカタと震えだしていた

無理もない、上官であり普段の秋蘭は部下に対して厳しくもある。昭がその場にいなければ、厳しすぎるほどだ

そんな秋蘭に対してまるで子供を見るかのように可愛い等と口にすれば、一体どんな罰が待っているか

いや、罰は無いにしても厳しい訓練を課せられる事は容易に想像がついてしまう

 

「あ、あのっ!秋蘭さま!沙和たちは」

 

「ふむ、可愛いと言われるのは悪い気はしないな」

 

「そ、そうですよねー。ウチはあんまし言われる事無いから、秋蘭さまが羨ましいですわー」

 

「しかし、覗くと言うのはあまり良い趣味とは言えんな」

 

「う・・・も、申し訳ありません」

 

くつくつと喉の奥で笑い茶をすする秋蘭に、雪蓮はからかっただけかと胸を撫で下ろした

どうやら、見られていた事を気がついていたというか、誰かには悟られているだろうと自覚して居たのだろう

秋蘭は特に表情を崩すわけでもなく、慌てる三人の様子を悪戯のバレた子供を見る母親のような温かい目で見ていた

 

「ごめんね、真桜達に聞いたのは私よ。あまり怒らないであげて」

 

「構わんよ。昭が側に居ると、どうも歯止めが効かなくてな。特に、離れてる時間が多いと余計にだ」

 

「でも残念、貴女の可愛らしい姿を私も見てみたかったわ」

 

「すまないな、私のそういった姿は華琳様と昭にしか見せたくない」

 

恥ずかしいからな、と付け加えながら茶を口にする秋蘭に、雪蓮はそうねと冥琳を思い出す

自分も、冥琳と二人きりで居る時の姿を他人に見せられるか?と言われれば、出来れば見られたくは無い

大事な人との時間を、他人に見られるのはあまり良い気分がするものではない

 

「それにだ、三人は勘違いをしている。魏で一番に可愛らしいのは華琳様だ」

 

「華琳?華琳が一番なの?」

 

秋蘭の言葉に雪蓮は一瞬、華琳を慕い仕える者の贔屓目では無いかと思ったが、どうやらそうではないようだ

彼女もまた、凪達が彼女の事を思い出していた時のように頬を染めていたのだから

 

「昭が帰ってきたら教えてやろう。見れば華琳に仕えたくなってしまうが、それでも良ければだ」

 

「それは強烈ね、是非見たいわ」

 

「なら、美羽から頼まれた仕事を終わらせる事だな」

 

いつの間にか、凪達も秋蘭の言葉に興味が湧いたのだろう。話に食いつき、隣で頷いていた

どうやら、彼女たちも華琳の可愛らしい姿というのを見たことが無いようだ

 

「じゃあ決まりね、急いで仕事を終わらせて、彼の帰りを待ちましょう」

 

「了解しました」

 

「がんばるのー!」

 

秋蘭にバレた今、華琳の可愛らしい姿を見ると決意を新たに、やる気を出す四人。それを見ながら秋蘭は楽しそうに微笑んでいた

それから人が変わったように四人は作業に精を出し、驚く美羽と七乃、冥琳を尻目に予定の一日前には蔵の改築が完成し

立派な離れ兼、研究所として改装されていた

 

 

 

 

「いよいよ明日ね、彼が帰ってくるのは」

 

「そうじゃ、雪蓮はよう頑張ってくれたからの、明日は妾から良い物を贈ろう」

 

「ホント?嬉しいわ、何かしら」

 

「それは明日の楽しみじゃ、父様も幽州から土産を持ってくるはず。それと共に楽しむとしよう」

 

二階建て、地下室有りの蔵を改装した美羽の研究所は、様々な植物の苗や虫の標本、数多くの魚を記録した竹簡などが置かれ

地下には、研究の一環で出来た醸造酒などが保管されていた。地下の作りも真桜の手が加えられ、場所によって温度が違うように造られていた

水を引き込み気化熱を利用した冷蔵庫のような部屋から、公衆浴場の排水を利用した温かい部屋まである。冷暖房完備の研究所となっていた

 

「ただいま、今帰ったぞー」

 

幽州の出張から帰ってきた昭が真っ先に娘たちに案内されたのはその研究所。屋敷の外に、とりあえずで立てられていた蔵は

見違えるほどに立派な研究所になっていて、昭は言葉を無くしていた

 

「な、なんだこれ・・・。地下に氷室、温室、水を引いて小型の水車まで着けて、換気扇かこれは?水を室内に引いて植物を

室内で育てるのか?」

 

「虫の飼育室もあるのじゃ。あっちは貯蔵庫、酒や試作品の肥料等もある。二階は寝室兼書庫じゃ、資料などが大量に保管してある」

 

「涼風も手伝ったんだよ、偉い?」

 

「ああ、二人共凄いぞ!よく頑張ったな」

 

換気扇の技術は、魏の焼肉屋などでも使われて居る。元々は昭の知識にあるレオナルド・ダ・ビンチの水車を利用した換気扇

気化熱冷蔵庫は、庭に水を撒いていた水打ちを華琳に説明できず、美羽に調べてもらった所で出来たもの。他にも、公衆浴場の排水再利用等

この研究所は美羽と昭の知識の集大成のような研究所であるということだ

 

「父様より教えられた知識、そして妾の知識を詰め込み作り上げた妾の城じゃ」

 

「ほう、これは随分と立派ではないか美羽よ」

 

「これは師娘様、態々足をお運び頂き有難う御座います」

 

現れたのは、新城に立てられた呉の屋敷に住まう祭。弟子に呼ばれ、夏侯邸に来てみれば立派な離れの前で父に胸を張る弟子を見かけ

そのままコチラに足を運んできたようだ。真っ白な外壁に、新たに積まれた屋根瓦を見ながら、祭は昭の肩に乗る涼風の頭を撫で

次に、労をねぎらうように弟子である美羽の頭を優しく撫でていた

 

「此れは祭殿、良くぞいらしてくださいました」

 

「なに、弟子の新たな居城となれば、祝の品の一つくらい持参して参るのが師であろう」

 

「我が娘が貴女の弟子であることを誇りに思いますよ」

 

「儂も同じ思いだ。それよりも昭殿、奥方が首を長くして待っておるのではないか?」

 

祭に言われ、屋敷を振り向けばそこには夫の帰りを待っていた秋蘭が、昭の顔をみて微笑んでいた

昭は、その優しく柔らかな笑に誘われるまま秋蘭を抱きしめ、髪を撫でていた

 

「ただいま、やっぱり秋蘭が居ると落ち着くよ」

 

「お帰り、無事で何よりだ」

 

昭は秋蘭を包み込むように抱きしめ、秋蘭は昭のお日様のような匂いを確かめるようにして鼻を動かし

次に、自分の匂いを染みこませるように頬を擦りつけていた

 

「十分可愛らしいわよね、此れでも」

 

「あら、今頃秋蘭の良さを見つけたの?」

 

二人の睦み合いを見ながら縁側で茶をすするのは雪蓮。そこに現れたのは、今更何をいうのかと少し呆れ気味の華琳だ

昭が帰ってきたとの一報を受けて、直ぐに夏侯邸に戻ってきていたようで、その手には仕事中だったのだろう竹簡が握られていた

 

「仕事は終わり?」

 

「ええ、昭が帰ってきたということは、あれを持ってきたと言うこと。それに、新たな試みも成功しているなら、より楽しめそうよ」

 

華琳の言う意味深な言葉に少し首をかしげる雪蓮であったが、見れば華琳に続いて魏の将が夏侯邸に集まるのを見て

疑問は直ぐに吹き飛んで仕舞った。夏と同じように、将が全員集まると言うならば、それ相応の素晴らしい事が起きるのだろうと

 

「昭、楽しんでいるところで悪いのだけれど、試みは成功したのかしら?」

 

「ああ、大成功だ。氷と気化熱冷蔵庫のお陰で、秋刀魚は少しも鮮度を落としてない。まるで、今水揚げしたばかりのようだ」

 

昭の報告に喜ぶ華琳と驚く呉の者達

幽州に出張に行った昭の目的とは、新城から幽州まで魚の鮮度を保っていられるかと言う実験だ

此れが成功すれば、幽州からも新城からも肉や魚を鮮度を保ったまま輸出、出来るどころか交易品として取引が可能となってくるからだ

それも肉や魚にかぎらず、野菜等も同じ方法で輸送すれば、まるでその場所でとれたばかりの物を買うように取引ができる

 

「幽州から何日かかったの?」

 

「汗血馬で出発して約一日ってところだ、腹も硬いままだし目も透明だ、頭から背にかけての盛り上がりも凄いだろう!油がのってる証拠だ」

 

「丸一日置いて、鮮度が全く変わってないと言うことは出来るわね?」

 

「ああ、刺身に出来る。喰わせてやるぞ、華琳と秋蘭が喰いたかった秋刀魚のなめろうを!」

 

将達が集まるのを見て、昭は直ぐに流琉と土間に入って調理を始めた。将達はそれぞれ華琳の指示に従い、庭で七輪を用意して炭に火を灯し

大きめの卓を引っ張りだして食事の容易に取り掛かった。どうやら、魏の将の面々は昭の帰りと、実験の成功を祝う為の宴を楽しみに

していたようで、それぞれに酒やツマミを用意して来ていた

 

桂花や稟、風たちに指示を出した後、華琳は涼風を抱く春蘭と一緒に昭が屋敷に乗り付けた荷馬車から素焼きの箱を開け

中に敷き詰められた氷を取りのぞけば、中からは昭の言うとおり水揚げされたばかりのような秋刀魚のまばゆいばかりの銀の

引き締まった身が華琳達の眼に映る

 

「確かに、実験は成功ね。秋蘭、幾つか彼の元へ持って行ってくれる?向こうの準備は出来ているはずだから」

 

「はい、では塩焼きをお願いいたします華琳様」

 

「ええ、最高の焼き秋刀魚を貴女に味あわせてあげる」

 

幾つかある素焼きの箱のうちの一つを秋蘭は持ち上げ、土間へ準備をしに向かった昭と流琉の後を追う

様子を見ていた雪蓮は、気になったのだろう、華琳の手にする一匹の秋刀魚を興味深そうに眺めていた

 

「貴女から見てどう?呉では何度も魚を見てきたでしょう?」

 

「ええ、確かに水揚げした時と変わらない鮮度だわ。きかねつれいぞうこって凄いのね」

 

「そうね、此れほどの成果を生み出すとは思わなかったわ。元々昭の知識だったのだけど、美羽が詳しい文献を手に入れてね

気化熱冷蔵庫は、どうやら埃及(エジプト)で使われていて、氷を作る事も出来るようよ」

 

「氷も!凄いわね、氷なんて冬にしか出来無いでしょ?埃及なんて、冬なんか来ないって聞いたわ」

 

素焼きの箱に、間に詰められた砂、そして秋刀魚を囲むように敷き詰められた氷をみて雪蓮は眼を丸くし

珍しそうに素焼きの箱や砂を指でなぞり、氷を摘んでは物珍しそうにその理解できない仕組を眺めていた

 

「所で、刺身ってなに?」

 

「魚を生で食べる調理方らしいわ」

 

「生で?うそ・・・うげっ・・・・・・」

 

生でなんて、食べたらお腹を壊すし気持ち悪いと雪蓮は顔を険しくさせていたが、数分後・・・

土間から盆をもって現れた昭の作ったなめろうを、麦飯の上に乗せて頬張る雪蓮が居た

 

「なにこれ、なにこれっ!!美味しいっ!生で食べる魚がこんなに美味しいなんてっ!!!」

 

「昭、調理法を教えてくれる?」

 

「簡単だよ、生姜のみじん切りと長ネギのみじん切り、あとは味噌と秋刀魚を混ぜて包丁で叩くだけ。だけど美味いだろう?」

 

始めは渋っていた雪蓮であったが、薦められ少しだけと口にした瞬間、皿まで舐めるほど美味いといわれたなめろうの虜になってしまったのだろう

気がつけば、昭の教えた通りになめろうを麦飯の上に乗せてなめろう丼として掻きこむ雪蓮だった

華琳は流石に麦飯の上に乗せるということはしないが、箸で掬って口に運び、秋刀魚が蓄えた溢れんばかりの油の旨みと

新鮮で生臭さなど無いが、爽やかさを舌と鼻に与えるネギと生姜の絶妙な味、そして秋刀魚のプリプリとした身の食感に

感動し、箸は止まらず何度もその口に秋刀魚のなめろうを運んでいた

 

「美味しいか、秋蘭?」

 

「ああ、やはり秋は秋刀魚だ。夏の鮎も良いが、秋の秋刀魚は格別だ」

 

「幽州が魏の土地で良かったよ。敵国だったら、忍び込んでまで手に入れなきゃならなかった」

 

「本当だ、もし敵国であったなら、お前は無理をしてでも入り込んで調達しただろう?」

 

勿論と笑を見せる昭に、クスクスと小さく可愛らしい笑でわらう秋蘭。昭はそれをみて満足したのだろう

美羽と涼風を膝に乗せて、華琳の焼き上げた素焼きの焼き秋刀魚を大根おろしを添えてポン酢を垂らして子供達の口に運んでいた

 

「父様、父様!」

 

「ん、どうした美羽?」

 

「今日は、父様が無事に帰ったことと実験成功、そして新たな妾の研究所のお祝いじゃ!」

 

「そうだな、よく頑張ったぞ美羽」

 

「うむ、うむ!それでの、父様に妾から贈り物じゃ!七乃よ、あれを持ってまいれ」

 

「はい、お嬢様」

 

そう言って七乃が研究所から持ってきたのは、大きな壺。美羽の背丈よりも少し大きいくらい

大人一人なら余裕ですっぽりと収まってしまうほどの大きな壺を、昭の前に持ってくると勢い良く蓋を空ける

 

「えいっ!」

 

「お、おおっ!?コイツはまさかっ!!」

 

中から覗くのは琥珀色の液体、香るは麦の香ばしい香り。液体から滲み出る気泡が密に集まり、真っ白い雲のような泡を作り出す

そう、美羽が創りだしたのは麦酒(ビール)。麦酒の歴史は古く、アジアの麦酒は古代のエジプトから造られている

おおよそ紀元前三千年ほど前から造られている麦酒は、大麦を原料として使い、上質の大麦を水につけて発芽させ、粉砕

それをこねて整形しパンする。このパンの焼き方の工夫が重要で、内部を生のままにした半焼きの状態にするのだ

これをちぎってカメに入れ、お湯を加えてどろどろに溶かし、若草を入れた後、煮沸して放置することで自然発酵させる

最後に雑菌などが入らぬよう、瓶には粘土で密封させて作り上げた麦酒を、美羽が昭の時代にあるような口あたりの良い

酒に作り変え、更にはすっきりとした苦味を加え、最後に冷えてるほうがより美味くなるよう調節を施した一品である

 

「へぇ、麦酒ね。私も何度か飲んだことあるわコレが美羽が言っていた良い物ね」

 

「うむ、これは雪蓮が今までに飲んだモノとは少々違うのじゃ。冷やせば冷やすほど美味く、泡が美味い。

そして苦味がツマミの味を引き上げる一品じゃ」

 

気化熱冷蔵庫でこれも冷やしていたのだろうと冷たくなった麦酒の瓶をなぞる雪蓮は、あることに気がつく

 

「・・・貴女、もしかして試飲とかしてたの?」

 

まだ酒は早いと美羽を少し諌めるような眼で見る雪蓮だが、いつの間にか美羽の隣にいた祭が豪快に笑っていた

どうやら、美羽や七乃が試飲をしていたのではなく、隣にいる酒好きの師が自分から望んで協力を申し出ていたようだ

 

「なるほど、祭が飲んでいたのね?」

 

「うむ、実に楽しい実験でございました。今度はコレを使って神酒(ソーマ)を創るとの事らしいので、また美味い酒が飲めると

今から楽しみにしております」

 

「そーまってなにそれ?私も飲みたいわ」

 

「麦酒の原料に西洋唐花草というのがあっての、老化を止める役割があるようじゃ。蕎麦蜂蜜の蜂蜜酒と混ぜて、肉体の老化防止

だけではなく、活性化にも使えぬかと研究しておる。そのうち雪蓮にも味あわせてやろう」

 

美羽と約束を交わした雪蓮は、早速とばかりに昭と共に盃に麦酒を注いで一気に煽れば、口の中に広がるキンキンに冷えたビールの苦味

そして、喉を通る炭酸の爽やかさ、後から口に広がる泡の旨み、最後に麦のふくよかな味わいが余韻として残る

なんとも言えない酒の旨みが、舌を刺激して何か食い物をよこせと騒ぎ始める。今なら、食い物の味をより美味く味あわせてやると

 

「くぅはぁーっ!!さ、秋刀魚をくれっ!!」

 

「うぅーっ!私はなめろう!」

 

ツマミを求めて手を伸ばせば、秋蘭が焼きあがった秋刀魚を解して昭の口に運び、昭は美味そうに大量の餌を食べ、油を蓄えた腹にかぶりつき

苦味と蓄えた油で素揚げのようになった腹の味を楽しんでいた。雪蓮は雪蓮で、二杯目の麦飯の上になめろうを乗せて丼にして頬張っていた

 

「貴女、なめろうをのせて食べてるのね・・・」

 

雪蓮のなめろう丼に華琳は少々眉をひそめ、次に本当に王であったのだろうかと呆れたようなため息を着いていた

昭や昭の真似をする曹騰が丼にして食べているのを何度か見ていた華琳であったが、どうもこの食べ方だけは気に入らないようで

薦められても彼女だけは、別々に箸で少しずつ食していた

 

「仲良く食べている所、悪いのだけれど私も麦酒となめろうを頂いても良いかしら」

 

「ああ、是非食べてくれ。美羽の作ったビールも最高だ」

 

「貴方が天の国で飲んでいたモノと比べてどう?」

 

「向こうで味わったモノより上だ。娘が作ったってのを抜いたにしても、これはなかなかのモノだぞ」

 

秋蘭にお返しとばかりに箸で食べさせる昭を見つつ、華琳は酒の評価を聞き

早速とばかりに美羽から渡された麦酒を口に運んだ華琳は、一瞬強い炭酸の刺激に眼を丸くしたが

直ぐに後から舌に広がる苦味と泡の旨みに満足したのだろう。コクコクと小さく喉を鳴らして杯の中身をカラにし

なめろうを箸で掬って歯ごたえの残る秋刀魚の身と、溢れんばかりの油の旨みに舌鼓を打っていた

 

「うん、なかなかね。生の魚も悪くないわ。それにこの麦酒、様々な料理を味わうのに適しているわね。苦味が舌の上に残った味を

スッキリと洗い流して、次の料理に備える事が出来る。食が進むわ」

 

随分と麦酒を気に入ったのだろう、縁側に移動し稟と桂花、春蘭を側に呼び、給仕をさせながら優雅に食事を取り始めた

 

「んっ・・・もむっ、んぐっ・・・」

 

「なんだ、じっと私を見て。私に何か用か?」

 

「・・・」

 

「?」

 

じーっと秋蘭を見たままモグモグと口を動かし、最後に杯になみなみと注がれた麦酒を一気に飲み干して

口についた泡を舐めとる雪蓮は、チラチラと昭の顔を伺うようにして口を開いた

 

「だって怒るじゃない。ちゃんと食べてからじゃないと」

 

「そうか、なるほどな。それでなにか用か?」

 

「うん、彼が帰ってきたって事は、見れるんでしょ?」

 

「覚えていたか、そうだな明日辺には見れるだろう」

 

「明日か、楽しみね。どこに行けば良いの?」

 

「昼過ぎ、三つ目の鐘が鳴るくらいにこの屋敷に居れば良い。明日の政務を考えればその辺だろう」

 

楽しげな雪蓮に何の事だと昭が首を傾げて秋蘭を見れば、秋蘭はなんでもないと頬に軽くついばむような口付けをする

そんな事をされれば昭はそれ以上きく事は出来ず、とりあえず娘たちからお返しとばかりに口に運ばれる秋刀魚を味わっていた

 

その後、昭の帰りと実験の成功を祝う宴は夜まで続き、魏の将達はそのまま夏侯邸で夜を明かし、次の日にはそれぞれ仕事へと向かっていた

ゆっくりと起きた雪蓮が居間に顔を出した時には既に将達は一人も残っておらず、庭で美羽と涼風を休みをもらった昭と七乃が相手をしていた

 

 

 

 

 

 

「今日の三つ目の鐘だったわね」

 

そう呟くと、雪蓮は庭に降りて蹴鞠をする四人の輪に混ざっていく。傍から見れば、もう敵国だの仇だのと言う言葉は出てこないだろう

それほどに雪蓮は魏に溶け込み、美羽達に対する考え方が変わっていた。ただ、そこには休日を謳歌する家族の姿しか無いのだから

 

声を上げて、子供のように蹴鞠を楽しんだ雪蓮は、昼に帰ってきた秋蘭の作る昼食に舌鼓を打ち

昼食後に妹を連れて、養蜂所へと行く美羽を見送った。美羽には「珍しい、着いて来ぬのか?」と首を傾げられたが

 

「涼風お嬢様とお嬢様のお散歩を邪魔しないように気を利かせたんですよ」

 

との七乃の気を使った言葉に便乗し、美羽の後ろ姿に手を振っていた

 

「・・・・・・そろそろじゃないの?」

 

特に興味も無いが、暇つぶしで見ていた兵法書の竹簡を閉じ

居間の卓で茶を啜りつつ、秋の調度良い日差しを浴びながら縁側で寝息を立てる昭の枕に話しかける

 

枕とは勿論、膝に昭の頭を乗せる秋蘭だ。昭の髪をさわさわと指先で弄びながら、幸せそうな笑をこぼす秋蘭

雪蓮が話しかけるが、聞いているのか聞いていないのか、返事もせずに今度は指先で起きないようにそっと頬を撫で始める

 

「えっと、聞いてる?」

 

「ああ、そうだな。もうそろそろだ」

 

「真桜達は可哀相だったわね、こういう時だけは、彼の部下だったことを後悔してそう」

 

本来は真桜達も雪蓮と共に、此処で時間まで待機しているはずだったのだが

昭が休みになったため真桜達は半ば強制的に仕事に出る事になり、三人は泣く泣く雪蓮に詳しい報告だけを託し仕事へと向かっていた

三人の性格なら、と言うよりも沙和と真桜の性格ならば仕事そっちのけで参加したのだろうが、今回ばかりは秋蘭が居る為にそうもいかず

待ち望んだ菓子を買えなかった子供のように肩を落として仕事に向かっていた

 

「向こうに木が有るだろう、あれの中に隠れて居てくれないか?」

 

指差す方向を見ながら貴女はどうするのと聞こうとしたが、名残惜しそうに昭を縁側の柱に寄りかからせて胸に頬を擦り付ける姿を見て

言葉をかけずに素直に木陰へと身を隠した

 

雪蓮が隠れた木陰とは、縁側の真正面。昭が柱に寄りかかっているのが良く解る

大人二人分ほどある木は、隠れるのにもちょうどよく元々古く、から此処に生えていた木なのであろう

見あげれば年月を帯びて思うままに伸びた枝に生える木の葉は秋の色に鮮やかに染められていた

 

「待たせたな、そろそろ華琳さまがご帰宅なされる」

 

「うん、いよいよね」

 

昭の感触を十分に堪能した秋蘭は、雪蓮と共に木の陰に隠れると、暫くして門から見慣れた金の縦ロールを揺らした人影が見えた

その人物は、いつも従者のように連れているはずの軍師は連れておらず、一人で迷うこと無く真っ直ぐ視線を前に向けたまま玄関に入り

靴を脱いで居間に続く廊下を進めば途中で急に立ち止まる

 

「・・・」

 

共犯者のような身命な面持ちの秋蘭が、口元に人差し指を当てる仕草に頷き息を殺し気配を消す雪蓮

視線の先の人物は、何度も振り返り門の方向を確かめる。真っ直ぐ前を見ていた眼は、先程よりも少し細められたように感じる

何故ならば、彼女はまるで殺気のようなピリピリとした空気を纏っていたからだ

 

木陰に隠れて居ても解るほど、市井の者が一人でも此処に居たらきっと卒倒してしまうか、怯え蹲ってしまうほどのものだ

そんなむき出しの殺気についつい反応してしまいそうになる雪蓮は、隣の秋蘭に抑えられ呼吸を整える

 

【これ、真桜達が居たらバレてたわね】

 

【かもしれんな】

 

秋蘭の出す独特の空気の中でなければ自分ですら反応して、華琳に対し身構えていた所だとなんとか気を沈めてその人物【華琳】を目で追う

華琳は、周りに誰一人居ない事を何度も確認すると、ゆっくり居間まで移動して脇に抱えた竹簡を卓の上にそっと置く

 

そして、再び同じように辺を見回し殺気を撒き散らす。だが、目の前の昭は一向に起きる事無く、それどころか肌を切り裂かれそうな

殺気を微塵も感じて居ないのだろう。呑気に寝息を立てていた

 

【ど、どこが可愛いの?何に怒ってるのか解らないけどこの殺気だと殺されるわよ彼】

 

【心配ない】

 

小さい躯からは想像も付かないような凶悪で巨大な殺気を撒き散らす華琳の前で眠る昭を心配する雪蓮であったが

華琳は、急に殺気を消し去り、今度は眼を泳がせるように当たりをキョロキョロと見回して

ゆっくり昭の側に近寄っていく

 

「・・・寝てる?ねえ、寝てるの?」

 

相変わらず辺を慎重に見回しながら人差し指の先で寝こける昭の太ももをツンツンと突く

何度かつついた後、太ももを手のひらで何度か揺すり完全に寝ている事を確認すると、華琳は顔を真赤に染め上げていく

 

【・・・へ?】

 

思わず声を出しそうに鳴る雪蓮。彼女の眼に映ったのは、普段の華琳からは考えられないような仕草

再びキョロキョロと辺りを見回した後、ゆっくりと昭の膝を枕に横になっていたのだ

それも、くすぐったそうに微笑みながら、まるで猫のように丸まって

ただ、顔を昭の方に向けていないのが彼女のつよがり・・・いや、矜持なのだろうか

 

【ウソ、あれ本当に華琳なの?】

 

【ああそうだ、滅多に見ることは出来無いが、たまにああやって普通に昭に甘えてくださるようだ】

 

気付かれぬように小声で話す二人。華琳は、これが甘え方の正解かどうかもわかっていない様子だがなと付け加える秋蘭だが、雪蓮にとっては

いや、だれが見ても父や兄に甘えている年下の娘にしか見えない

 

暫くそのままの状態で固まっていたが、次第に緊張が解けたのだろう。距離の離れた木陰で見ている二人の眼にも解るほど

華琳は躯の力を抜き、遂には昭と同じように寝息を立てていた

 

「寝ちゃったみたいよ」

 

「では、仕上げだな。まだ此処に居てくれ」

 

首をかしげる雪蓮をそのままに、秋蘭は静かに縁側に近寄り昭の側に身を寄せると、昭の頬をゆっくり撫でる

何時もの起こし方で起こされた昭は、少々寝ぼけた様子で瞼を開き、直ぐに視界に入った秋蘭に安心した顔をする

 

そして、名を呼ぼうと口を開こうとした時、口を人差し指で優しく塞がれてしまう

疑問の篭った眼で秋蘭を見れば、彼女はそのまま指を膝の上で寝ている華琳へと向けた

 

「・・・」

 

膝には、小さく寝息を立てながらシッカリと昭の服を握る華琳の姿

秋蘭の仕草に理解を示した昭は、そのまま立ち去る姿を見送り膝の上で眠る華琳の頭を優しく撫でる

 

「ッ!」

 

「・・・」

 

柔らかな金の髪に触れた瞬間、華琳は眼を見開く。そして、飛び起きようとするが、優しく頭を撫でられて居ることに気が付き

視線を一度、昭に向けてされるがままに、再び瞼を閉じた

 

「だれも、居ない?」

 

「たぶんな。さっき秋蘭に起こされたから、秋蘭はどこかに居るかも」

 

「そう・・・なら、良いわ」

 

木陰で見ていた雪蓮の眼に映ったのは、気持ちよさそうに撫でられる感触を楽しむ華琳

その表情は、実に心地よさそうで心身ともに癒されているように感じる

どこか、小動物のような雰囲気すら漂わせる華琳を雪蓮は食い入るように見ていた

 

【まいったわね、まさかここまでだなんて。普段と雰囲気があまりにも違うからかしら、これはたまらないわ】

 

叱られた時とはまた違う、弱々しさではなく可憐と言う言葉がピタリと当てはまるほどに等身大で小さく愛らしい

膝の上で寝ていることから恥じらいさえ見せる、その頬の赤らみに雪蓮はいつの間にか木から身を乗り出して

華琳の表情を覗き見ていた

 

「何?」

 

「・・・・・・あれっ?」

 

そう、気が付けば木に隠れることすら忘れて正面から周りこみ華琳の姿を見ていた雪蓮は、気がついた華琳と眼が合っていた

瞬間、溢れ出す先ほどの殺気。ゆっくり身を起こす華琳の躯から、その体が倍以上に見えるほどの覇気は垂れ流され始めた

 

「何をしているの?」

 

「・・・えっと・・・秋蘭に呼ばれて・・・あれ?秋蘭は?」

 

「呼ばれて、ならば何故、木陰に隠れていたのかしら」

 

何故それを!?と顔が真っ青になる雪蓮だが、良く見れば落葉が髪や服について如何にもそこの木の陰で見てましたよと言わんばかりだ

 

「ち、違うの。話を聞いて、そう!まずは落ち着きましょう!落ち着いて話しあえば、きっと誤解も解けるわ」

 

「何が違うと言うの?貴女に弁解の余地は無いわ」

 

静かに、呟くように殺気を撒き散らす華琳。雪蓮は、覗き見ていたことの罪悪感も有るのだろう、額から汗を大量に流し

なんとかごまかしこの場をしのごうと秋蘭を探すが、秋蘭は昭の後ろで目を伏せて残念だと言わんばかりに首を振っていた

 

表情から読み取れるのは、もう終わりだ擁護する事もできない。何故、木陰からでたのか?

こうなることは容易に想像がついただろうとの感情

だが、雪蓮は秋蘭に眼で訴える。子猫のようなあんなに可愛らしい姿を見て貴女は我慢できるのと

 

「覚悟は出来た?私は出来てるわ、貴女を殺す覚悟がね」

 

「ヒッ!」

 

ゆっくり躯を起こす華琳。コレが蓮花や祭、冥琳ならば雪蓮は軽く受け流しただろう

例えば、「可愛らしいじゃない」「素直に甘えられるのは良いことよ」等と、大人な対応をとれただろう

だが、相手は華琳だ。そんな言葉は通じない。彼女にとったら、自分の一番無防備な姿を他人に見られたのだ

問答無用で武器を向けてくるはず。その証拠に、ゆっくり起き上がった華琳は、仕事道具の一つである文鎮を握りしめ拳の威力を上げると

ゆっくりと雪蓮に近づいていった

 

「ちょ、ちょっとまって!そんなに怒ること無いじゃない、可愛かったわとっても。今よりもっと貴女を好きになれそう」

 

「もうそんな事はどうでも良いの、この気持を消し去るには貴女に犠牲になってもらわないと」

 

顔を真赤にしたまま静かで重い言葉を吐く華琳に、もう何を言っても無駄だと悟った雪蓮は屋敷の外へと走りだす

敏感に反応した華琳は、昭が止める間もなく雪蓮を追って走りだし、屋敷の外へと消えていった

 

恐らくは、体力が尽きるまで雪蓮を追い続けるであろう華琳の姿を想像した昭は、ため息を一つ吐いて背後から抱きつく秋蘭を見上げた

 

「どうするんだ、あれじゃ雪蓮殿が華琳にひどい目に合うぞ」

 

「さあ、私は知らないな。欲を満たすために犠牲はつきものだ。華琳の愛らしい姿を見れたのだから、仕方があるまい」

 

首に腕を回し頬を寄せる秋蘭に、昭は再びため息を吐くと秋蘭の手を握りながら

腹が減ったら戻ってくるか、と抱きしめられ躯を倒されるままに秋蘭の膝に頭を乗せていた

 

その後、城内を追いかけまわされて散々走り周り、息も絶え絶えに夏侯邸に戻った雪蓮は、もうどうにでもしてくれと言わんばかりに

居間に大の字で寝転がり、いい度胸だ此処で引導を渡してやると何処かで手に入れた牛刀を振り上げる華琳であったが

昭に止められ、不満な顔を向けていた

 

「何?止めるの?」

 

「飯だ、今日は昨日、残った秋刀魚を使って秋刀魚の蒲焼を作った。冷めないうちに食べてくれ」

 

汗を流し険が取れない顔の華琳であったが、差し出される秋刀魚の蒲焼の良い匂いに散々追い掛け回して腹が減っていたのだろう

小さな音を立てて、再び顔を赤らめ昭の差し出す蒲焼を手に取っていた

 

「・・・彼に免じて特別に許してあげるわ」

 

「はあっはあっはあっ・・・あ、ありがとう。もう・・・覗いたりしないわ。神に誓って」

 

険が取れ、縁側に座り昭の隣で蒲焼を食べる華琳は、秋蘭から差し出される麦酒を呑みながら秋刀魚の新たな調理法に舌鼓を打つ

 

「秋で良かったわね、私の濁った心が海と大地の恵みで清らかになっていくわ」

 

「か、感謝するわ。美羽に習ってね・・・」

 

魂が抜けたように項垂れる雪蓮を尻目に、華琳は新たな味覚

麦酒と秋刀魚の素晴らしい味と魅力に、過ぎゆく秋に名残惜しさを感じつつ、再び巡り来るであろう季節に思いを馳せるのであった

 

「来年も、その次の年も、今日と同じように騒がしく心躍らせる日々であると良いわね」

 

「ああ、きっとそうなる。だから、頑張ろうな」

 

「フフッ、頑張ろうなんて当たり前なのだけど、こうやって改めて聞くと重く大切な言葉に聞こえるわ」

 

「それだけ今日のような日を大切に感じてるってことじゃないか?」

 

良い事だと頷く昭に華琳は頷き、珍しいことに秋蘭から差し出される麦飯に蒲焼を乗せて丼として食べていた

今日の日も、大切な思い出の残る一日とするようにして

 

 

 


 
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