No.504473

マクロスF~とある昼行灯の日常~

これっとさん

銀河の妖精、シェリル=ノームのコンサートが始まった。
シェリルが、ダイチが、そしてスタッフ全員が一つとなって…

2012-11-04 21:00:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:9322   閲覧ユーザー数:8833

【シェリル=ノーム①】

 

 

 

ドクン…ドクン…ドクン…

 

 

いつもより心臓の高鳴りが激しい。何十回とコンサートやTVで歌ってきたはずなのに、特に今回。

 

落ち着きなさい…私はシェリル。『銀河の妖精』、シェリル=ノームよ。これくらいの壁、簡単に超えられるはずよ。今までだって超えてきたんだから。

ふと手を見てみると微かに震えているのが分かる。何度か握り締めたり開いたりして感情をコントロールする。

 

そうやって落ち着こうとしている所に、左耳につけているインカム越しに会話が聞こえてくる。

 

 

『音響最終チェック終了!』

『モニター回せ!』

『第1から第5までのコネクターを解除、ステージ変更スタンバイ』

『本番まであと5分』

『3分前になったら煙幕だ。青から順番に打ち上げろ』

『会場周りの混乱は見られません、警備状況異常無し』

『シェリル=ノームの桧舞台だ、とちるんじゃねぇぞ!?』

『了解!』

 

 

…うん。

何だか、ストンッと心の穴に蓋が塞がったみたいに感情が溢れるのが止まる。

そっか、私は一人じゃないんだった。

一人でステージを演出するんじゃない、スタッフと力を合わせてお客さんを魅せる。

私は私に出来ることだけをやるだけ。

力が及ばないところはみんなの力を借りて…

 

 

そしてこのコンサートを大成功に導く!!

もう掌の震えは無いわ!

 

 

『シェリル、準備は良いか?』

 

 

私が今乗っているバルキリーのコクピット。

今回は私が主操縦席に乗って歌いながらステージに降下、ダイチが副操縦席に乗ってバルキリーの操縦全般を司ることになっている。

 

 

「えぇ、いつでもいけるわ」

 

『上等。それじゃあ聞かせてもらうぜ?『銀河の妖精』の至上の歌ってやつを!」

 

「任せなさい!」

 

 

丁度良いタイミングでモニターが開き、後部座席にいるダイチからの激励が入る。

ダイチは相変わらずの雰囲気を醸し出し、まるで私を安心させるかのように振舞ってくれる。

何か分からないけど気持ちが昂ぶってくる。先ほどの緊張は鳴りを潜めて高揚感が滲み出てくる。

ふふっ、ここまでモチベーションが上がるのも久しぶりね。

 

 

『コンサート開始まで1分前』

 

『反応エンジン出力上昇』

『形態をファイターからガウォークへ移行』

『脚部からの逆噴射に問題無し』

 

 

軽い浮遊感を感じ、瞑っていた目を開けるとそこはもう空中。

インカムをヒアリングだけに切り替えてマイクを右手に持ち、スイッチを入れる。

 

 

…さぁ、ここからはマクロスピード全開で突っ走るわよ!

 

 

『5』

 

『4』

 

『3』

 

『 』

 

『 』

 

 

 

「私の歌を聴けぇ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合図が来た。

シェリルが歌う前にいつも気付のような感じで発する言葉。

それと同時にオレはコクピットの防弾ハッチを開け、シェリルを立たせる。

ここでは細心の注意を払い操縦、ぐらつくことが無いように急制動を起こさないように…

 

ん、噴射ゲージもオールグリーン、掛かっている負荷は風速3m/sくらい、と。

これなら問題ないだろ。

 

 

そろそろ前奏が終わる、メインステージに方向を取って進入していく。

客の目を引きつけるよう、前もってしていた打ち合わせどおりステージの上空を旋回させる。と同時に、舞台脇から花火が色鮮やかに噴出す。

 

客が騒いでやがんな、今の所掴みはグッド。

 

 

『歌いだしまであと7秒』

 

 

スタッフから連絡が入る、だが7秒あればいける。

出だしのここでしくじるわけにはいかねぇよな、やっぱ。

 

シェリルが身を乗り出して降りる準備をしている。

念のためにパイロットスーツを装着させ、命綱はつけているから万が一の時でも大丈夫だ。

 

メインステージの上に到着、シェリルが飛び降り…!2m下にガウォークの手の平をスタンバイ、そこを経て無事にステージに降りたのを確認。

 

よし、パイロットスーツを遠隔パージ。

その下からはコスチュームを自在に変化できるという特殊インナーとそのスパッツが現れる。

それも束の間、瞬きする瞬間に衣装チェンジを果たしていた。

 

 

よし、オレの仕事の前半は終わり、このままバルキリーをゆっくりと後退させていく。

 

 

 

それじゃあ12曲が終わるまで、後ろでのんびりと聴かせてもらいますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みんな、次の曲に行くわよ!What ‘bout my star?』

 

…圧巻。

その言葉だけがオレの脳裏によぎる。

 

何て迫力、それでいて精巧な緩急の切返し、圧倒的な歌唱力。

参った、こいつぁ参ったわ。

 

今まで歌を聴いてコレ!ってヤツはランカちゃんが歌う『アイモ』だっけか?あれくらいしか無かった。偶に流行している曲とかも聴かせてもらっていたわけだが、ここまで、なんつーか心を締め付けるような切ない感じは無かった。

かと思えば、まるで180’違う魅惑・誘惑の嵐。

ランカちゃんとは違うベクトルを突き進んで極みを修めた印象を受ける。

 

 

……これが『銀河の妖精』!!

 

 

 

 

……

……だが、何故だか危機感を覚えるのは気のせいか?

何か危なっかしいつーか、切羽詰ったような…これほどの歌にケチつけるわけじゃねぇんだがな…

 

 

ま、オレの気のせいだろう。

 

 

 

 

『コスチュームチェンジまであと10』

『ステージの演出用セリを5番から9番まで上げろ』

『繋ぎ用空砲の安全点検終了、いつでもいけます』

『アンカーネットもスタンバイさせとけ、万が一に備えるんだ』

『会場内の警備、異常無し』

 

 

これほどのスタッフや関係者が綿密に動いてくれている。

最後のオレ主動のアクション…絶対しくじるわけにはいかねぇ、な。

 

 

そうだろ、相棒。

 

オレの呟きに応えるかのように、バルキリーの機体が一瞬だけ煌いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【シェリル=ノーム②】

 

 

 

 

 

歓声、興奮、そして…

身体を包む浮遊感………?

 

 

「あっ…」

 

 

 

私は、何が起きたのか分からなかった。

最後の曲、『インフィニティ』に移る前、セットがせり上がって…

 

ステップ後の立ち位置をほんの少し間違えていたのだろう、ステージ最上階まで上がるセットから………

 

 

落ちた…??

 

 

 

 

周りの風景が嫌にゆっくりと切り替わる。身体は浮遊感に包まれたまま降下していくのが分かる、でも私の頭はそれをゆっくりと、次第に高速で容認していき……

 

 

「………っっ!?」

 

 

声にならない悲鳴。それが私の口から漏れる。

最後の最後で取り乱さないのは私の最後の抵抗かしら。

 

 

ざっと見積もって地面との距離は50mを超えている、最低でも大怪我は免れないでしょうね…

 

笑っちゃうわね、ステージの上の立ち位置を間違え、それが命に直結して…

ごめんなさい、ダイチ。

私はプロを口にしておきながら、全然プロじゃなかった。

 

 

ぎゅっと目を閉じ、衝撃の瞬間を今か今かと脅えながら待つ。

嫌だ、嫌だ、嫌だ…

 

これで終わり?

嫌よ、そんなの!

私はまだ歌いきっていない!

ダイチに、私の歌を全部聴いてもらっていない!

少なくてもこのコンサートだけはやり遂げるわ!

 

それが私の……!!

 

 

 

『アンカーネット、一斉射出!』

『高度間違えるな!』

 

 

 

…えっ……?……

 

 

 

――――――ふわっ

 

 

 

左右から展開された、カラフルな色彩で彩られたネットが私の真下に張られ、

 

 

『シェリル、そのままじっとしてろ!動くんじゃねぇぞ?』

 

 

インカムから聞こえる、ダイチの声。

そして、その数瞬後に感じる、ダイチの匂い。そして絶対的な安心感が私を包む。

 

 

 

……あぁ、助かった。

 

 

 

私の思考は、それだけで一杯になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぃ~、最後の曲に備えてバルキリーを始動させといて良かったわ。

まさか、んなタイミングで落ちてくるとはな。

 

ま、これも危険見積の中に入ってた事項だ、打ち合わせしてあったとおり、スタッフもアンカーネットを張ってくれたし。これでオレが予定通り、バルキリーで演出に向かえば…

 

 

だが、このままバルキリーで受け止めるのはダメだ、いくらアンカーネットで勢いを殺されたとは言え、それでも落ちてくる衝撃ってのは結構なものだ。

 

 

だから…

 

 

『シェリル、そのままじっとしてろ!動くんじゃねぇぞ?』

 

 

バルキリーより先行し、自分自身をコクピットからパージ。

ガウォーク形態のバルキリーはオート操縦とコマンドし、必要最低限のコース取りを行わせる。

飛行キットの推進を最大に、そしてシェリルがネットから跳ね、そして緩やかに落下を開始したところに真横からキャッチ!

 

そう、真上から来るのをキャッチしたんじゃあお互いに負担が掛かりすぎる。最悪、大怪我しかねん。

だからオレがスタッフと調整し、そしてシェリルに叩き込んだのは、『真横から掻っ攫う』ってことだ。

何回も練習した甲斐があってシェリルは取り乱すこと無く空中でじっとしていた。マジで賞賛モンだな。普通の女だったらパニックになっていただろう。

 

 

そして、このままじゃあ歌もクソも無ぇからバルキリーに復帰する。

 

だが、これをアクシデントじゃなく、演出だと客に思わせるのが最重要になってくる。

そこで、オレは一計を投じる。

 

 

『シェリル、上にいるバルキリーに向かって手を翳せ!』

 

 

オレも併せて手を翳す。

んでバルキリーに再接続のコマンドを送る。

 

シェリルが並び、バルキリーに向かい手を。

それに併せて、最後の曲の前奏が始まる。

それがどう客の目に写るのか分からんが、ダメ出しされたんなら後で謝んぜ。

 

 

オレのバイザー越しにモニターが変化する。

 

 

『CONNECT SLAVE』

『CONNECTING…』

 

 

命綱がバルキリーによって引き戻され、そのままバルキリーのコクピットに戻る。

オレは副操縦席にそのまま着座そして接続、シェリルをさっきと同じ主操縦席に立たせる。

 

 

『CONNECTED!』

 

 

よし、接続正常が確認された。

 

 

『絶望からの』

 

 

ん、シェリルの歌い出しにも間に合ったようだ。これでこのまま旋回…

 

 

『鉄中尉、バルキリーをステージ最上階へ』

『最後の衣装チェンジまであと20』

『アンカーネット、格納完了』

 

 

よっしゃ、指示がきたならそれに従わねぇとな。

本来ならこのまま歌い終わりまでバルキリーで旋回やアクションを見せて、終わると同時に退場って流れだったんだが、今回のアクシデントがあったせいで、それに併せた柔軟な対応ってやつだろう。

 

 

にしても、やっぱ保険はかけておくべきだな、今回の件でも良く分かったわ。

ジェシカに黙ってここに来たってのも…やっぱ誤魔化されねぇか、あいつは。

 

かぁ~っ、人にはあんだけ保険かけといて自分にかけ忘れるってどんだけだよ。

折角一仕事終えたっつーのに欝だ…マジでどうしよう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これがシェリルなの?

私が見てきたシェリルとは人が違うように感じる。

 

こんなに安心しきった表情を見せたかしら?

こんなに周囲を頼った口述をしたかしら?

こんなに楽しそうに歌うのを見たのはいつ以来かしら?

 

 

…そう、私の描いたプランは大幅に修正せざるを得ないようね。

 

 

これでは、シェリルを利用…まではできても、心までは堕ちないでしょうし。

 

 

それにしても、次のツアー先をフロンティアに自然に決められたのは良かったかしら。

あそこには、『彼女』がいるしね。

彼女の力はまだ確認できたわけじゃないけど、恐らくは、の可能性はあるわ。

これまで彼女が歌う時、必ず誰かが傍にいたし近づいてデータを取るわけにもいかなかった。

 

フロンティアからの情報は逐一『彼』から入ってはいるけど、どこまで進んでいるのやら。

 

まぁ、兎に角例の計画始動まで時間が限られているのは確か。

鉄中尉にはすこし注意して監視をつけておかないとね。

彼がおそらく、キーマンの一人に入ってくるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンコールまで終わり、ようやくフィナーレを迎えることが出来た。

アンドロメダでのコンサートは諸々の事情があって1日しかできない。

最後の方で私がしくじってしまって、みんなに迷惑掛けてしまったけど、ダイチの言ってた通り、みんながフォローしてくれた。

 

 

「…ありがとう…」

 

 

ぽつりと口に出してみる。

感謝の言葉。そしてみんなが幸せになる、魔法の言葉。

……もう、こんなの私の性格からして言えるわけないじゃない!?

私のキャラじゃないって言うか…

こうなったら、打ち上げの時にお酒を少し入れてから言うしか!

みんな、どういう反応するだろう?

ダイチは?笑って労ったりするのかしら。

 

 

あ。

 

 

お酒って言えば…ダイチってよく飲むのよね?

私とボイスチャットしていた時もお酒飲んでるせいでおざなりにされたし。

というか気づいているのかしら?あの時の相手が私だって。

 

 

…ふふっ。

 

これをネタに、ダイチをからかってみるのも面白いかもね。

 

 

 

「よっ、シェリル。お疲れさん」

 

「ダイチ」

 

 

噂をすれば、ってやつね。

ホント、期待を裏切らない男。

 

 

「初めて聴いたけど、良かったぞ?あんだけ感情を揺さぶられたんはいつ以来だっけか」

 

「ふふっ、当たり前じゃない?私が歌ってるんだから」

 

「ははっ、そりゃあそうか。なんたってシェリル=ノームなんだしな」

 

「そういうことよ」

 

 

あぁ、もう。感謝の言葉を口にしたいんだけど、どうにも勝気な性格が前に出てきてしまう。

これじゃあダイチにも呆れられても…

 

でも、私のこの考えは、次の瞬間に砕け散ることとなる。

 

 

 

「最後の時も、よくガマンして歌いきったな。よくやった、シェリル。凄かったぞ?」

 

――――ポンッ…

 

 

「あ…」

 

 

 

…嬉しくない。

嬉しくないんだからね?

 

 

何よ何よ、不意打ちすぎるじゃない?!

満面の笑顔で褒めてくれて、そして…

 

…頭を…撫でてくれた。

 

 

いつ以来だろう、頭を撫でられながら褒められたのは。

小さい時?…ううん。覚えていない。

 

 

でも。

 

 

「ッ…」

 

 

私の、目から、流れる、この、液体は、何…?

 

 

ダイチが、もう一度頭を撫でてから、踵を返して遠ざかっていく。

私の今の顔、とても見せられない。

 

 

私の足は自然と、逆の方向に動き出していた。

 


 
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