No.501991

シガラミ

codamaさん

三題噺 「目隠し」 「雛」 「鏡」 作成日 10月24日

2012-10-30 01:15:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:469   閲覧ユーザー数:468

 私の住む村では凶作が続くと、村の守り神である龍神様に生贄を捧げるというしきたりがある。その年に一五になる娘を選んでは、流し雛のように舟に乗せ、川へと流すのだ。

 不思議とそうした風習をした翌年には豊作に恵まれていた。非科学的だといえども、呪いの類はこの村では神聖視されていた。

 私もその風習に対して、なんら疑問を持つことはなかった。周りがそうなのだから私も同じ、物事を考えるには当時の私は幼かった。

 その風習を私が初めて見たのは、私が九歳の時だった。その年は凶作が続いて三年目であり、村長であるオオババ様が占いによって生贄を出すことに決定した。生贄として選ばれたのは、私の面倒をよく見てくれていた隣のお姉さんだった。

 山頂付近に存在するこの村は、人口が少ない小さな集落みたいなものであり、たまたまその年に十五になる娘がお姉さん一人だけだったのだ。そして、彼女は選ばれたのだ。今でも鮮明に覚えている。生贄に選ばれた時の彼女の表情を。まるで魂の抜けた、人形のような微笑みを浮かべていたことを。

 生贄の見送りは村総出で行われる。舟大工が立派な舟を作り、呉服屋が白い着物を用意する。そして生贄となる彼女は禊をし、白い着物を着て、黒い布で目隠しをするのだ。

 何故目隠しをするのか。何でも、生贄となった娘は龍神様の妻として、しばらくお仕えするらしい。その際に視る事などいりません、ただあなた様にお仕えするのが私の務めですということらしい。視力を失う事が、龍神様をお慕いする意思表示だとか何だとか。詳しい話を聞こうにも、お前にはまだ早いの一点張りで誰も答えてはくれなかった。今思うと、私が生贄として選ばれる可能性を考慮していたのかも知れない。

 その後、私も両親に連れられて見送りに集まった。すでに村人たちが集まっていて、皆険しい表情をしていた。ただ、そこから読み取れるのは悲しみではなく、厳格な儀式を行う真剣な表情そのものだった。

 しばらくすると、白い着物を着た彼女がオオババ様に手を引かれながらやって来た。すでに目隠しがされており、おぼろげな足取りでゆっくりと歩いている。舟までの道を村人がアーチ状になって見送る。その中央を歩く彼女の表情は目隠しで読むことが出来なかったが、歩いていく背中はひどく哀しい感じがした。今思うと、お世話になった人がこれから死んでいくというのに、まるで他人事のように遠くから見守る自分がそこにはいた。

 舟に乗せる前に、アーチ状に分かれていた村人は川沿いに集まって最後の見送りをする。生贄となる彼女は、既に目隠しをしているのでこちらを見る事は出来ない。が、オオババ様の儀式の言葉を聞き、手を引かれ舟に乗るのだ。舟に乗ると、最後に村の発展を祈って彼女が彼女としての最期の言葉を残す。

 お世話になった人とは言え、昔のことなので何と言っていたかまでは覚えていなかった。その後は、川を下って舟ごと滝から落ちるのだ。目隠しをしたまま、龍神様に導かれるがままに。

 早い話、死ぬのだ。抵抗の術はなく、村を救うために自分が犠牲になるしかないのだ。

 

 そして、私も一五になった時に生贄に選ばれた。

 同い年の娘が周りにいない時点で薄々感じてはいた、私も生贄に選ばれるのではないかと。

 オオババ様が私を生贄に選んだ時、両親は何とも言えないような苦い顔をしていた。あれだけ事務的にしきたりをこなしていても、家族が死ぬと悲しむものなのか。どこかしら冷めたところがもともと私にはあったが、今更何を思ったところで変わりはしない。そう、私は今日死ぬのだ。

 生贄に選ばれた私は、オオババ様の指示に従い、禊をした。冬場の水はとても冷たかったが、それ以上に心が冷めていたのか、特に何も感じなかった。ただ無心に体を清め、これから訪れる死に備えた。どうせ死ぬのだ、死に姿くらいせめて綺麗な体でいたいと思った。それは私が女だからだろうか、それとも生に対する諦めなのだろうか。死について考えるごとに、冷めた心とは裏腹に様々な雑念が思い浮かんでくる。

 禊を済ませ白い着物に着替える際に、オオババ様が私に話をしてくれた。このしきたりのことや、私を恨んでもいいとか。色々と話をしてくれたというのは覚えているのだが、話の内容は全く覚えていなかった。どうせ死ぬのだ、そう考えると色々とどうでもよくなっていた。生に対する諦めからなのか、どこかしら他人事のように思えてしまうのだ。これから自分が死ぬというのに。

 着替えをすませると、オオババ様の家で私は化粧をされた。先に死に化粧を施す意味と、目隠しをする前に鏡で自分の姿の見納めを済ませるらしい。死にゆくものに対する配慮としては完璧だったが、その完璧さがこのしきたりの冷酷さといったものが見えてしまう。鏡に映る私も、いつかのお姉さんのように魂の抜けた人形のような表情だった。生贄に選ばれると誰もが意識せずにこんな表情になるのだろうか、またも疑問が生じる。それは死に対しての疑問なのか、生に対しての疑問なのか、はっきりと答えは出ないままだった。

 そんなことを考えていると、黒い布が私から視界を奪う。オオババ様が私に目隠しをしたのだ。いよいよ死ぬのだ、そう考えながらオオババ様に手を引かれて歩いた。オオババ様に手を引かれながら、村人のアーチをくぐった。正確にはくぐったのだろう。視覚がなくなってから他の感覚が研ぎ澄まされているのか、何となくだが気配や雰囲気で自分が今どうなっているのかを理解していた。そのまま手を引かれるままに歩き、オオババ様に促されて舟に乗る。

 舟の上でオオババ様の儀式の言葉を聞き、私は適当に最期の言葉を言った。もう死ぬのだ。そう考えると、最期の言葉なんてあっけないものだ。せめてもの両親への感謝の言葉と村の発展を願い、生贄を乗せた舟は死へ向かって出航した。

 

 五分くらい経っただろうか。村人の気配もなくなり、川のせせらぎだけが静かに聞こえていた。この川は滝に着くまでに大分時間がかかる。川の流れと同様に、緩やかに死へ向かっている。時間が経てば私は確実に死ぬのだ。遅かれ早かれ死というものから逃れることは出来ない。焦る必要も、今更ジタバタする気もない。閉ざされた視界の中、私は今までの一生を振り返る。たった一五年の短かった人生を。

 一五で死ぬというのは、やはり早いものだと思う。女性の平均寿命は八〇以上と聞くし、成年もしていないのでお酒や喫煙などもしていない。なんと無欲な一生だったのだろうか。人並みの人生が送れたかと言えば、そうでもない。一五の娘と言えど、好きな男もいなかったし、そもそも恋心というものを抱いたことがないのかも知れない。身近に魅力的な異性がいなかったのか、それとも私が単純に疎かっただけなのだろうか。今となってはどうでもいいことなのかも知れないが、少しだけ考えてしまう。何もない人生だったなと。

 生贄に選ばれたのが私で良かったのかも知れない。後腐れなく、私が死んでもこれといって世界が変わるわけではないのだ。家族は悲しむかもしれないが、来年豊作になって私は村の役に立つことが出来るのだ。このまま、ただ生きているよりかは人の役に立って死ねるというのは、案外いいことなのかも知れない。私が生贄に選ばれることもきっと運命だったのだろう。生に対する諦めがつくと、今度は死に対する疑問が生じてきた。

 人は死ぬとどうなるのだろうか。天国にでも行くのだろうか、それとも何もない無に還るのだろうか。死んでみないとわからないことではあるが、私は目の前に迫る死に対して考える。別の生き物、もしくはまた人間として生まれ変わるのだろうか。死後の魂が循環して、またこの世に生を受けるのだろうか。

 もしも生まれ変われるのなら、今の私が出来なかったことをしよう。長生きして、幸せになりたいな。人並みの生活を送って、恋だってしてみたい。結婚して、子どもを産んで、それから……。

考えれば考える程、やってみたいことが次々と浮かんできた。今の私が出来なかったことが次から次へと。死に対する考えから、私は生まれ変わったらすることで頭がいっぱいになっていた。

 段々と滝の音が聞こえてきた。その音に私の思考は現実に引き戻された。

 寒い、そう感じた。冬に禊を済ませ、薄い白い着物を着ているので当たり前だと思ったが、私はなぜ今になって寒さを感じてしまっただろうか。滝の音が聞こえてからだ、急に体が寒くなったのは。徐々に滝の音は大きくなり、私の死を近づける。死という物を再実感した私は考えてしまった。死後は生まれ変わりなどなく、これから無に還るのではないかという可能性を。

 ドクンと心臓が大きく脈打った。視界が塞がれているため、それはとても鮮明に響いた。寒さを感じていた体に、温かい血液が全身に流れていくような感じがした。死を実感すると同時に、今生きているということを強く実感させられた。心臓の鼓動と考え方ひとつで私は改めて恐怖した。目の前に迫る死に。今まで生まれ変わったことを期待していた分、それが不安に変わった時の反動はとても大きかった。

 怖い。単純に怖くなってしまった。今から死ぬという事が、無に還ってしまうという事が。今までの生に対する諦めも、自分が死ぬという現実から逃げようとしていただけだったのかも知れない。冷えた体、閉ざされた視界、大きくなる滝の音がより一層恐怖を強めた。私は自分自身を強く抱きしめた。冷たい体がぶるぶると震えているのがよく分かった。それは寒さから来るものなのだろうか、それとも死への恐怖から来る震えなのだろうか。きっと両方だ。寒くて、怖い。死というものは本来そういう物なのかも知れない。生き物からぬくもりが消え、ただの冷たい死体となるのだ。私もこれからそうなってしまうと思うと、自身を抱きしめる腕に力が増す。そうすると心臓の鼓動が伝わって、自分がまだ生きているという事を実感する。決して強くはないが、確実に心臓は鼓動を続けている。生を強く実感するが、非情にも滝の音が一層大きく聞こえるようになった。もう目と鼻の先まで、滝は近づいているようだ。

 死。

 もう間もなく私は死ぬ。

 滝の音が私を死へ招いているように聞こえる。

 怖い。

 閉じた視界が、寒さが、より一層恐怖を掻き立てる。

 心臓が、生を主張するかのように鼓動する。私は、まだ生きている。

 死は、無に還る事かも知れない。やりたいこと、私が出来なかったことがもう一生出来ないかも知れない。それは恐怖なのだろうか、それとも生への執着なのだろうか。滝の音が私の死を近づける。

 逃げ出してしまいたい。

 それは死んで楽になるということだろうか、それとも今すぐにここから脱出することだろうか。

 わからない、結局はわからないのだ。死に関しても、今の状況も、私の本心というものも。ただ、わからないということは怖い。生まれ変わるのかどうか、滝まであと何mあるのか、わからないというだけで恐怖を感じる。ならばせめて、自分の今出来る最大の行為、知るという行為はやってもまだ遅くはないだろう。死という恐怖への解決策としてだろうか、生への執着からとった行動かわからないが、私は勢いよく目隠しを取った。

 

 そこには金色の世界が広がっていた。川や舟、私を除く周りの景色すべてが金色に染まっていた。そして、私以外の時が止まったかのように感じた。舟も川も、金屏風に描かれた絵のように動くこともなく、音を出すこともなく、ただその場に止まっていた。どうやら私だけが、この空間で動けるようだ。

 しかし、一体何が起こったというのだろうか。死への焦燥感から解放されたのはいいが、あまりにも非現実的な光景に、私はただ茫然としてしまった。

 その時、私の脳内に直接声が響いた。

「ほう、死に抗ったか」

 ご高齢の男性のような、優しくて渋い声だった。

 誰だろうか。そんなことを考えるとまた声が響く。

「こっちだ」

 どういうわけなのか、声は後ろから届いたような気がした。私が振り返ると、そこには龍の姿があった。話で聞いていた、龍神様が目の前にいた。

 体長はおそらく一〇mはゆうに超えているだろう。童話でみるような龍の姿で、金色の世界に、翡翠色の鱗が美しく映えて見えた。イメージに忠実ではあったが、私は言葉を失った。

「驚くのも無理はない。いきなり色々なことがありすぎたからな。まずは順を追って説明しよう」

 どういうことなのだろうか、さっぱり話が呑みこめない。

「我は龍神、生と死を司る神だ」

 龍神様が何の神様ということまでは知らなかった。

「まず、信じられないかも知れないが、お前は既に死んでいる」

 私がすでに死んでいる?

「どういうことですか?」

 思わず質問する。

「ここは死んだ人間が来る世界、つまり死後の世界だ」

 ここは死後の世界だっていうのか。疑問が疑問を呼ぶ。心の内を読まれているのか、それを察するように声が響く。

「そうだ、お前は現世で死んだ。そして、こちらの世界で転生の価値があるのか試されたのじゃ」

 転生の価値?

「本来なら死んだ人間はこちらの世界に来ることなく、現世にまた転生する。しかし、現世で何かしでかしていると、こちらの世界に来るようになっている」

 何かしでかした……私が?

「自覚がないのも無理はない。現世の記憶は引き継げないようになっているからな。それを説明するのが我の役目だ」

 私は何かとんでもないことをしてしまったのだろうか。少し考えるが、そういった自覚も記憶も全くなかった。

「お前の場合、自殺だ」

 自殺……。私は現世で自殺をしたのか。

「罪を犯した者がこちらの世界にやってくるが、お前は自分で自分を殺した殺人の罪だ。普通の殺人なら価値を問われるまでもなく魂抹消だが、自殺の場合は転生のチャンスがあるのだ。さっきお前が体感したように、死に対して抗うかどうかという事を問われるのだ。村のしきたりに従ってそのまま死を選ぶようなら、仮に転生したとしても社会のルールに潰されまた死を選ぶだろう。そんな失敗を繰り返させないために、こうして機会を設け、転生の価値を問うのだ」

 つまり私は現世で自殺をし、こちらの世界にやってきて、転生の価値を問われたというのか。信じられない。先ほど感じた恐怖や心臓の鼓動はすべてまやかしだったとでもいうのだろうか。だが、この金色の世界と目の前の龍神様を見ると認めざるを得ないのかも知れない。

「状況は呑みこめたか。なんにせよ、お前は試練に打ち勝っただ。また現世に転生出来る」

 そんなことを言われても実感がまだわかないところもある、何より腑に落ちない点がある。

「腑に落ちない点?」

「どうして現世で私は自殺なんてしたのでしょうか?」

「……いじめに耐えきれなくなったのだ。誰も味方をしてくれるものもおらず、一人で亡くなった。自殺をすれば楽になると思ってだろう。お前が一五の娘と言うのも、現世で亡くなった際の年齢だ」

 いじめ……か。確かに少し冷めた部分がある私は嫌われる対象だったのだろう。どこからそんな記憶が来るのかわからないが、うっすらといじめられる自分の姿と、死を選ぶ最期の姿が思い浮かんだ。

「お前が悪いわけではないのだ、辛いことから逃げ出したいときだってあるだろう。ただ、死というものを選んでしまったからこそ、今ここにいるだ。先ほど体感した死への恐怖という物が、本来常に持っていなければいけない感情なのじゃ。そして同時に、生まれ変わったらこんなことがしたいという願望は本心から来るものなのだ。死を選んだのは本当に最終手段だったのだろうが、本心では生きたいと思っていたはずだ。やりたいこともあって、それが先ほどの時に現れただ。お前は転生の価値がある、またやり直したらいい。……それとも、ここで魂抹消を選んで無になるか?」

 私は後ろを振り返る。数m先に、滝が見える。ここで、死か転生か。私は選ばなければならない。いじめられて自殺を選んだ現世の私、仮に転生したとしても同じ結果になるだけではないのか。それならばいっそ考えることをやめて、魂ごと消えてしまった方がいいのではないだろうか。どちらの選択もあながち間違ってないように思えた。ただ、思い返せば死の恐怖も、生まれ変わったらという期待も嘘ではなかった。死んで魂だけになっているという実感はないが、あの時感じた気持ちは紛れもない本物だ。そして、わからないということは怖い。だが、可能性はある。私は先ほど、死なずに済む方法を選んだのだ。目隠しを取ることで、様々なしがらみから解放されることを自ら望んだのだ。可能性のある方に望みを託したのだ。今回だってそうだ、転生した先のことだって結局はわからないが、また自殺するほどの辛い思いをすると決まったわけじゃない。自分の本心に、可能性に賭けてみたいと思った。今度こそは本当にやりたいことをやってやるのだと。

「どうやら、決心がついたようだな」

「はい」

 私は答える。死が怖い、消えるのが怖いというのもあったが、あの時感じた期待の方が大きかった。

 意志のある言葉で私は告げた。

「私は、転生を選びます」

 それを聞いて龍神様が優しく笑った。

「よくぞ言った」

 龍神様が私をつかみ、背中に乗せた。抱き着くと暖かくて、優しいにおいがした。

 私を乗せた龍神様はそのまま金色の世界を泳ぎ、天に昇っていく。死後の世界をあとにする際に色々と考えていることがあった。今後どうなってしまうのか、転生後に果たしてやっていけるのかどうか。そんなことを考えてはいたが、龍神様の力なのだろうか、温かさに包まれるようにして私は微睡んでいった。しがらみから解放された安心感からなのだろうか、金色の世界を天から見下ろしながら、私はゆっくり眠りについた。龍神様の暖かさに、どこか懐かしさを感じながら―。

 


 
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