■33話 汜水関の戦い・後編
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袁紹の部下を斬っては突き飛ばし、斬っては突き飛ばしを繰り返しながら門へと向かう。
後ろを一刀が追ってきている……が程よい感じでぬるい。味方にも怪しまれない程度なのは褒めてもいいぐらい巧妙だ。
出来ればこのまま華琳と合流して俺を追ってきてくれよ。
そんな事を思っていたらいきなり視界が開けた。
「紀霊! 尋常に勝負しろ!」
ドン! と無駄に地面に武器を打ちつけて派手に登場してきた人物が居た。
……へ? おかしいな、目の前に春蘭がいるんだが幻か? と目をこすってみても目の前にいる人物の姿は変わることも消えることも無い。
「華琳様の命によりお前を捕らえる」
いやいやいや、おかしい。おかしいぞ? と思いながらも武器を構える。
「我が貴様程度のものに捕まるはずも無かろう?」
「……!」
とりあえず相手をしている時間はあまり無い……と思うんだけど。
「姉者、落ち着け。紀霊殿、申し訳ないが捕まってもらおう」
「フンッ、二人掛かりか。まぁそれが貴様らの精一杯か」
次から次へと、秋蘭までよこして何で俺を捕まえようとするかな華琳……って訳はしっているけれどね。
ゆっくりしていくわけにもいかないから少しばかり本気を出そうか。
気を全身に張り巡らせ、飛影から降りて小さく呟く。
「すぐすむから、待っててくれ」
「ブルルッ」
しっぽを振り、頭を下げて答えてくれる。この頃あんまり構ってやってないのが悔やまれるぐらい本当によく働いてくれる。
「我の一撃、止められるかな?」
言うと同時に走り出し、一つの大剣を振りぬきつつ、もう一つの大剣で秋蘭の矢を警戒する
ガキンッと気持ちの良い音が響き渡る。
「っくぅうう」
受け止められて悔しそうに唸る春蘭をじっと見つめる。
「可愛くなった?」
そして周りに聞こえないように小さく春蘭に唐突に尋ねてみた。
「な、ななな、何を言っているのだ!」
赤くなって叫ぶ春蘭の隙をついて肘を入れる。正直通じるか分からない程度のお遊びだったのだが想像以上の効果でビックリだ。
春蘭ならこれぐらいで驚くはずないのだが、はてどうしてだろうか?
「ぐふっ」
「姉者!」
一瞬でやられた春蘭に思わず意識を向ける秋蘭。
その致命的な隙を逃すはずも無く、思考を切り、一瞬で間を詰めて右足で……蹴る!
「っぐ!」
弓で何とか防いだみたいだけど足は一本じゃない。
右足が付く前に左足を上げ、再度蹴りを放つ。
「っう……あ……」
今度はクリーンヒットして春蘭同様動けなくなる。
さて、これで大丈夫、すまないけど今は急いでいるからとアイコンタクトで伝える。
そうして走り出そうとした時だった。
ヒュンッと鋭い音が聞こえ、その音に反応して重い大剣では間に合わないと手離して手でそれを防ぐ。
グサッと肉を貫く感覚に顔を顰めながら刺さったもの、矢が来た軌道を見る。
「っ……」
俺がなにもしなければ春蘭に当たっていた。しかし俺はこんな指示をした覚えは無い。
手から矢を引き抜きながら矢の来た方向を注意深く見るが誰もいない。
一体何者がこんなことを?
春蘭に矢を当てて得のあるものなどこの場には俺ぐらいしかいないはずだが……それに流れ矢とも思えないほど正確に春蘭の顔へと向かっていた。
気になるが残念なことに今は考えている暇が無い。
「飛影!」
やってくる飛影にまたがりまた駆け出す、また矢が来ないとも限らないが少し回復してきた春蘭なら問題ないだろう。
後ろで追ってきた一刀が合流しているのが見えるしもう何も問題ない。
とりあえず結果オーライってやつかと楽観視。俺の行為が敵に広まれば危うい気もするが幸いあの場には魏軍の軍勢しか目に見える範囲にいなかったのでそこまで心配する必要も無いだろう。
とりあえず俺も華雄たちと早めに合流しようと速度を上げた。
◇◇◇◇
「ふふふ、許さぬ、許さぬぞ〜〜〜」
貴様の行った事を償わせてやるぞ。
ん? 会って何をすればいいんだ? 罰を与えればいいのか?
罰……罰といえば何がいいだろうか……っう。
己の妄想を振り払うように頭を振る。
我は一体何を考えているんだ。そういったことはやはり結婚してからだろう!
それにまだ真名すらも交換していないじゃないか。
ただ単に機会が無かっただけだとは思うのだが、というよりそう思わないと悲しくて仕方が無い。他の者達は既に真名の交換を終えているのだから尚更である。
交換したところでどうせ結婚するまで断るつもりなのだがそうするとどうすればいい……ぅううううう。
「油断、ダメ……」
罰という単語から面白いぐらいに可笑しな方向に妄想が進んでしまった為か隙が出来た所を李福に助けられてしまった。
「む、すまぬ……」
我が変な考えを張り巡らせていて雑兵にやられたなどと、なんと滑稽な事か。李福には感謝せねばなるまい。
「強い、の……来る」
そういって前方に目をやる李福につられてそこへと視線を飛ばす。
しかし我らの前といえば話に聞いたことも無い奴らではないかと鼻で笑い飛ばす。無名の輩などに負ける気などありはしない。
等と相変わらずの思考をしていると黒い髪を靡かせながら、悠然とこちらを目指して来る女が見えた。
明らかに雑兵ではない、実力も見た感じ結構なものだろう……だが、我の敵ではないなと決め付ける。
時雨からすればこういう所が駄目駄目なのだが強大な敵を相手にしても怯まないという美点でもある。とはいってもいつも蛮勇になってしまうので短所でしかないが。
「油断、ダメ……言った」
侮っていたのがばれたのか李福に注意されてしまった。
確かに我はそれほど強くないと頭ではわかっている。この頃は紀霊に叩きのめされてばかりだしな、そこは認めなければなるまい。
だがそれは紀霊が強いだけであって我が弱いわけではない。大体こちらにもプライドがあるのだ。
名も無き輩に背を向けるなどあっていいだろうか? それは否だ! 我は武の申し子、負けはせぬ。
「我が名は関雲長、華雄将軍とお見受けする。いざ尋常に勝負!」
「お前がどの程度かは知らぬがこの華雄に挑んで生きて戻れると思うなよ?」
「もとより覚悟の上! ではこちらから行くぞっ、でやぁあああああああああ!」
綺麗な黒髪を振り乱し鋭く偃月刀で突いてきたのを戦斧で受け止める。なるほど、重い一撃だ。
「こんな程度で我を討ち取ろうなどと、片腹痛い! その覚悟ごと命を散らせてやろう。っはぁぁああああああああ」
だが所詮この程度、我の連撃に耐えられるはずも無い。
「っく、さすがは華雄将軍、だが我はこんなものではないぞ! 我が一撃を天命と心得よ! せやああああああああ!」
こちらに構わず偃月刀を振り下ろす関羽に即座に反応する。
思ったよりも早い!
「天命などと嘯くな! 我が戦斧で血の海に沈めっ」
力をこめ、こちらも速度を上げ偃月刀と切り結ぶ。
先程よりも重い一撃で手がしびれる。よもやこれほどとは思わなかった、けれどこれはコレで面白い。そう思い始めたときだった。
「華雄、そろ…そろ……撤退、する」
「な、何を言っているのだ! これからがいい所だろう!」
「死に、たい……?」
いつも紀霊にくっついているだけの雑魚だと思っていた李副から発される冷気にも似た殺気に身が震える。
なぜ日頃大人しい李福がこれほどまでの殺気を出せるのだと不思議に思うほどの圧迫感がそこにはあった。
「時雨、もう……近い、十分」
そういって踵を返す李福に追いすがる。これは逆らってはいけないと戦いたいという理性より本能が勝った結果だった。
「一騎打ちの邪魔をしてっ……そうやすやすと逃がしはせぬぞ!」
「黙れ」
短く鋭く言葉を発したかと思うと李福が振り返りざまに盾で偃月刀をいなし、おかしな武器を関羽に突きつける。
我がてこずった相手にここまで、李福はここまで強かったのかと驚愕した。
紀霊の仲間は化け物揃いだ。
「お前、弱い。お前……じゃ、私に……勝つ、無理」
時雨からすればかごめはまだまだなのだが1対1なら初見殺しな戦い方と合わさって大抵の者には負けなくなっている。
といっても先の戦闘で関羽が疲れていることもあって今回はほとんど運がいい部類に入るし、いつものかごめならばもう少し温厚なので再起も可能な隙が出来るはずなのだが、紀霊の策の途中で何か予期せぬ事態を嫌ってかいつも以上に強気だったのが関羽にとっては災いした形となっている。
「っ……」
関羽を殺さず立ち去ろうとする李福を見て何故殺さないんだと非難の声を上げそうになるがぐっと堪える。未だに殺気が治まらない李福の逆鱗にわざわざ触れる必要も無い。
「な……何故殺さぬ!」
「時雨、私……殺し、喜ば……ない」
「時雨? そいつがなんだというのだ!」
関羽が名前に反応するが無視して李福は去っていく。
本当に紀霊に従順なのだなと感心しつつその後に続く、興が削がれたとはこのことかと思いつつ、身近にこんなに面白い相手がいるとは思わなかったと冷静になって新たな好敵手の出現に心踊るのが分かる。
「帰ったら相手をしろ! 李福」
「イヤ」
「っな、なぜだ!」
「イヤ」
「ならば……紀霊と一緒ならばどうだ?」
「それ、無理」
……無理? 一体何を言ってるんだ。正直こっちが有利であちらは結構な痛手を被っている。模擬戦をするぐらいの余裕はあるはずなのだがと首を捻っていると李福が心の中の問いに答える。
「私、たち……虎牢関、まで……退く」
「な、何を言っている! 紀霊はまだ近いといっても一人でいるのだぞ!」
「時雨……一人、違う……上、見る」
李福に言われたとおり上を向くと両側の崖の上に何か動いている気がしないでもないが……まさか引かせていた部隊をこちらが注目を集めているうちに再配置したのか?
「任せ……れば、いい」
「わかった」
李福に従ってまずは汜水関を目指すことにした。恐らくここで自分が出来ることはもう無いだろう。
とここでようやく紀霊に罰を与えるために出てきたことを思い出し地団太を踏む。
紀霊め、虎牢関で会ったらただじゃおかない……。
◇◇◇◇
華雄将軍たちがここから去って唖然としていた。
「愛紗! 大丈夫だったのだ?」
「あ、ああ……」
現れた鈴々の私を気遣った言葉にもあまり反応できなかった。
あの子供……恐らく朱里や雛里と同じぐらいか? それなのにあれほどの殺気、あれほどの実力、そして戦場を冷静に見る目をもっているなんて有りうるのか?。
董卓軍は不気味すぎる……。
「追わないのだ?」
「そうだな、追うぞ! 鈴々」
不気味だからといって戦わないわけには行かない、ここは戦場なのだ。
私の命、奪わなかったことをきっと後悔させてみせる。
◇◇◇◇
あれま……と思わず口から漏れそうになってしまった。
「やっと見つけた!」
なぜなら目の前に現れた褐色の美女があまりにハイテンションだったから……。
「我に何か用事か? 羽虫が」
「へえ、この私にそんなことを言うなんて……世間知らずか、それとも自信があるのかしら?」
困るなー、そろそろ仕掛けたいのにと思うものの囲まれている以上多少相手にしなければならない。
「私の勘だと、あなたそこまで悪い人じゃないわよね?」
っ……この女、どこまで知っている? 勘っていうのは情報を持っていると示唆しているのか? それとも他の意味か?
動揺を声に出さないようにする。
「クフフ、可笑しなことを言うものだ。だが……ただの羽虫如きが我を知ったふうな口を利くな! ッシッハアアアア!」
気を腕にめぐらせ、大剣を横に振るい空気の壁ごとあたりを切り裂き突風を起こして相手を怯ませる。
「どけ、我は急いでいる」
「それは出来ない相談ね……こんなに疼かせて、一人帰るなんて酷いじゃない」
周りの兵は多少なりとも怯んだが目の前の女は怯んだどころか……雰囲気が明らかに変わった。
「はぁ……はぁ……まさかやり合う前からこの状態になるなんてね。嬉しいわ、本当に」
「……」
本物の戦闘狂と呼ばれる人種をはじめて見たかも知れない。明らかに上気した頬、まるで美味しい食べ物を目の前にしたかのように舌なめずりをする様。明らかにこれからの起こるであろう戦闘に興奮している。
「ごめんだけど、相手してもらうわよ」
呼び動作無く唐突に襲い掛かってくる。
でも戦闘狂だろうとなんだろうとこちらにも予定がある。そんなに長く付き合ってられないと大剣を地面に突き刺し、もう一つの大剣で思い切り凪ぐ。
風を纏わせながら繰り出した攻撃は後ろに下がりながら受け流されてしまう。
これは反応できないと思ったんだけどな……と頭をかきつつ相手の実力を上方修正して見据える。
姿勢を若干低くしつつこちらをうかがう姿はさながら獣だが、攻撃できる範囲が少ないのはそれだけで面倒だ。
「羽虫が……」
悪態つくのと同時に気配を消すが相手の視線はこちらを捕らえて離さない。
まさか見えている?
試しに近づくとさがった、襲ってこないところを見ると完全に把握しているわけではないが移動しているのぐらいはわかるのだろう。
これなら避けられるだろうから意味ないな……ならやる必要もない。そう思い気配を戻す。
「何をしたかわからないけど、そろそろ行くわよ」
そういってこちらに飛び掛ってくる女は本当の獣のように見えた。
全身に気を張り巡らせ二本の大剣で対応する。
思ったよりもずっと早い……大剣じゃなければもっと簡単だったのにと思わずにはいられない。
脳内でめんどくさいと愚痴を垂れながら足を固定し、気の密度を上げていく。
さて、死んでもらおうかな……。
大剣一つで相手しながらもう一つは持っている手の逆側の脇腹に近づけ、居合いの構えに似た形をとる。
「瞬く暇も無く散れ」
気を利用した大剣で出せる最大速度の斬撃が空気をパァアンと破裂させながら獲物へと差し迫る。
っな……。
思わず声に出そうになるのを抑える。今の一撃を受けながら吹っ飛ぶ女見て警戒する。まさか反応するとは思わなかったのだ。
でもまだ終わらないからどうでもいいかもと思い直す。
走って近づきながらもう一つの大剣を地面から上へと思い切り振り上げる。
けれどその一撃は辛うじて防がれ、またしても後方に吹っ飛んでいく女を見る羽目になった。流石に耐性の整わない状態での迎撃だったからか着地も思うように言っていないようだが。
正直意味がわからない、あの程度の身体能力なら捉えきれるもんじゃないと思うんだけど一体どうなってるんだか。
「雪蓮!」
2撃で片付けるつもりだった為追撃をしていなかったのだが、どうやら驚いている間に仲間に連れ去られてしまったようだ。
あんな戦闘好きそうな輩が抵抗していないところを見ると気絶してるのかもしれない……まぁいい、このまま再度囲まれてもなんだし、殺せなかったけど今は計画遂行のために逃げることにする。
飛影に急がせその場を後にする。それにしても中々上手くいかないもんだな、やっぱりと一人呟く。
適当に汜水関付近の兵を殺しながら進み、門へと入る。
俺が汜水関に入ったのと同時に轟音が響きわたる。
ゴロゴロゴロゴロゴロと無慈悲な音が辺りの騒音を食い殺す。
連合軍がいる場所は他の場所に比べ比較的両端の崖が傾斜、それを利用した丸い岩での圧殺はとても見られたものではない。
外で悲鳴が上がるのがわかる、外で繰り広げられるのは虐殺でしかない。
これで当分は大人しくなるはずだ。あまり数を用意していなかったので戦意は失われるが解散までの一押しは無いはずだ。
もし連合軍が消滅してしまうと困るので程よく手を抜いてある。
「あっちゃん」
静かな場所へ来た辺りで誰もいないはずの虚空へと呼びかける。
「っは! なんでしょうか」
「岩を全部投下次第、虎牢関まで退く、俺は汜水関を切り崩してから行くから。先に行っていろ」
「了解しました」
あっちゃんの横顔は何か言いたげだった……俺には飛影がいるから。そんな心配いらないのにと思いつつ心配が心地よいのであえて何も言わないでいた。
紀霊隊が撤退し終わった後、汜水関を支える柱を切り崩す。
崩壊する汜水関を残して俺も虎牢関へと向かう。
さて、あともう少しだな……。
◇◇◇◇
不測の事態に対応しながらあの策を本当にここまで実行するなんて……。
でも完全に成功させてしまうわけには行かない。
崩れゆく汜水関を見ながらそう思う。
「春蘭、秋蘭、一刀。時雨の策通り張遼を捕まえた後は出せる人材は総動員してもいいから時雨を捕まえなさい」
「「「っは!」」」
絶対に逃がさない……私を振り回すだけなんて絶対許すもんですか。
汜水関越しに時雨を見るように前へと目を向ける。
あなたはこの曹孟徳のものなのだから……。
◇◇◇◇
汜水関が崩れていくのを見ながら紀霊にやられた雪蓮を見てほっとする。
死んではいない……ただ気絶しているだけだ。
まさか暴走した雪蓮をあそこまで簡単にあしらうとは……あんなのはじめて見た気がする。
これだけのことを成せる知謀、武力を持っている人物がいるなんて前情報は全く入ってこなかったが諜報部隊は何をしていたのだろうか。
でも、これは欲しがりそうだなと思う。
頭痛の種が増えたなと気絶している雪蓮を見ながら瞑琳はそう思ったのだった……。
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■あとがき■
とりあえず4話連続投稿しました。
本当なら1日1話更新でやりたいんですがどうしても時間が……。
一応汜水関の戦いが終わったわけですが、何かしらいいたいことがある人もいると思います。
どうぞ気軽にコメくれればと思います。
厳しい意見も参考になりますのでどうぞよろしくです。
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