No.494137

Stop it!

アキさん

10/7のコミックシティスパーク7にて頒布の緑高新刊無配本、「Stop it!」です。別途、R18シーンを加筆したバージョンはサイトアップとなります。高校二年の夏合宿捏造、高尾君の恋心自覚話。 / 新刊「緑の手、銀の空 前編」の自家通販を開始致しました。興味を持たれた方は、当サイトのINFO頁(http://crosstrouble.com/information.htm )をご覧頂ければ幸いです。/ 後編の発行予定をご質問頂くことが多かったのですが、冬コミで受かっていればその時に、もし落ちていた場合は二月のオンリーに申し込んでおりますのでその時になるかと思います。(冬コミの申し込みジャンルはMMO、ラグナロクオンラインになります)

2012-10-09 17:02:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2568   閲覧ユーザー数:2551

 寝苦しさか、それとも暑さの所為か。理由は自分でも判らない。

(……何で夜中に目ぇ覚めちゃってんの、俺)

 ごろんと布団の上で寝返りを打った高尾は、暗闇の中で天井を見上げ、深く嘆息する。

 周囲の寝息に混じって遠くから微かにさざ波の音が聞こえて来る。手を伸ばしてスマートフォンの画面をタップすると、暗闇の中ぼんやり光る画面が示す時刻は、草木も眠る丑三つ時だった。

(夏合宿、か)

 高尾が秀徳高校へと進学して、二度目の夏を迎えていた。

 二年へと進級した高尾と緑間を中心にスタメンが再編成され、今年の秀徳も昨年と遜色ない強さを誇っている。

 今年の合宿では、吐き気がするほど――というか実際、主に一年生達なのだが吐く人間が後を絶たないくらい、前年に負けず劣らないキツさの練習メニューが組まれた。

 昨年よりもかなり善戦したインターハイは既に幕を閉じたが、前年味わったウィンターカップの惜敗を胸に、秀徳バスケ部員は冬に向けてより一丸となり、誰もがハードな練習に励んでいた。

 日程がずれたのか、はたまた他の宿で寝泊まりしているのかは判らないけれど、秀徳バスケ部が毎年泊まる伝統の宿舎に、去年は居た誠凛の姿は見えなかった。

 彼らが居た昨年は色々刺激しあえたので、少しばかり楽しみにしていたのだが。

(ま、去年はうちも誠凛もインハイ予選で落ちたからたまたま時期が重なっただけなんだし。カンフル剤が少なくてちょい物足りないけど、そればっかはしょーがないか)

 物足りないといえば、大坪や宮地、木村が卒業してしまったのがことのほか寂しく、特に宮地の怒声という名の発破がないのに、何とも言えない物足りなさを感じざるを得ない。

 口が悪いと見せかけて実はツンデレなあの先輩にこの事実を聞かせて、表情の変化を楽しみたいところだ。今度大学の講義が早く終わる日にでも、後輩指導を願い出るという名目で呼んでしまおうかと高尾は悪戯に画策する。

(――とか考えてないで、さっさと寝ねーと明日保たないっての)

 寝よ寝よ、と再び体をごろんと九十度転がすと、そこには気持ちよさそうに寝息を立てている相棒が居た。

 唯我独尊で部内限定の我が儘三回ルール持ちで、意外と天然でおは朝占い信者で変人の呼び声が高いけれど、秀徳バスケ部の中で誰よりもストイックに練習をしていて、バスケに対して愚直なまでに真摯で、天才と呼ばれる称号の影で尽くせる限りの人事を尽くす努力を怠らない。

 我らが秀徳の誇るエース様である緑間真太郎も、周囲の多分に漏れず、練習の疲れから熟睡している。

 当然ではあるが、普段かけているアンダーリムフレームの眼鏡は枕元に置かれていた。顔を洗うときと風呂に入るとき、寝るとき以外は基本的に素顔を晒さないので、こうして緑間の素顔を長く見ていられる機会など滅多にない。

 別に眼鏡を外した顔が嫌いというわけではなく、緑間の場合、ただ単に視力が弱い為に眼鏡が手放せないというだけなのだが。

 灯り一つ無い室内だったが、布団が隣同士なうえ、暗闇に目が慣れているのも手伝って、緑間の顔がはっきり見える。

(つーか……真ちゃんって、こうして改めて見るときれーな顔してんなあ……)

 同学年の男に対して使う表現出ないのは重々承知しているが、全体的に整った造形をしている、と感心してしまう。

 閉じていても判る長い睫毛。切れ長で細い瞳は知的な印象を醸し出す。さらりと流れる清潔さを感じる髪に、面長でシャープな顔の線。白磁とまでとは言わないが、男にしては滑らかな肌はクラスの女子が羨むほどだ。

 これで成績も良ければバスケの才能も無二と言えるものをもっているのだから、天は二物も三物も与えるのかと神様に文句を言いたくなる。

 だが与えられた物に奢らず、常に人事を尽くしている緑間だからこそ、高尾は認めているのだ。

 昨年、雨の中一人で涙を流していた姿が高尾の脳裏に鮮明に思い出され、今の緑間と重なる。

 たったの一年でそうそう顔つきは変わらないが、他人を排除するような雰囲気は薄れ、険の取れ和らいだ表情を見せるようになった緑間は、去年よりも確実に周囲へ人を呼び込んでいた。

 それでも高尾が公私ともに一番親しくしているのは去年も今も変わらない。

(真ちゃんに、もし俺より仲の良い奴とか出来たら――や、キセキは別として。っつか、今の俺だったらキセキの奴らよか真ちゃんと仲良い自信あるけどな)

 脳が半覚醒の所為か、ころころあちこちに飛ぶ思考を抱えながら、なんとなくじっとそのまま寝顔を見続けていると、不意に緑間の唇が薄く開き、深く息が吐かれた。

「……真ちゃん、起きた?」

 声音を抑えてほぼ吐息のみで高尾は問いかけてみるが、緑間からの返事はなく、全く反応を見せない。

 やはり熟睡したままのようだ。

 小さく吐息が出入りする唇へ、なんとはなしに視線が集中してしまう。

 形の良いあの唇から、自分の名が紡がれるのが好きだ。

 自分に対して特にぞんざいに見える言動は、決して無下に扱われているのではなく、ただ単に遠慮が無いというだけで、それだけ緑間が自分に対して親密さを感じている証だ。

 周囲には大変だなとか苦労してるだろと言われるけれど、その度に高尾の中は優越感で満たされた。

 一年の時よりも確かにとっつきは良くなったが、それでも緑間を扱うには高尾がいなければ、というのが、クラスでも部内でも最早周囲の共通認識になっていることと、それを緑間が特に否定しないのも、優越感に拍車をかけていた。

 高尾、と。

 心地良いテノールで自分を呼び、たまに無茶振りをしてくるのもやっぱり自分にだけで、それが何故だか嬉しい。

(俺達の――俺のエース様だよ、真ちゃんは)

 不意に、緑間の唇が無音を奏でて言葉を発する。

 何か夢でも見ているのか、僅かに形を変えた唇の動きは、たった今『たかお』と自分を呼んだ脳内の緑間と完全に重なった。

「あー……キス、してえ」

 無意識に自分が発した言葉に目を瞬かせて振り返り、ハッと我に返った高尾は一気に脳が完全覚醒し、がばっと上体を起こして口に手を当てた。

 誰にも今の言葉を聞かれていなかっただろうかとぶんぶん周囲を見渡すが、幸い全員疲れ切って熟睡しているようで、起きている気配は全くない。

 ホッと安堵して肩を降ろしたのも束の間、自分の発した言葉を改めて思い返す。

(お、俺今なんつった? なんつった?)

 ばくばくと煩い心臓を沈めるように、もう一方の手でシャツの胸元をくしゃりと掴む。

 全身からじんわりと汗が噴き出るのが手に取るように判る――決して、暑さの所為では無い事も。

 緑間はチームメイトであり、コート上でも学校生活でも良い相棒だ。

 相手もそう思ってくれているか聞いたことがないので判らないが、少なくとも高尾は一年間と少しを経て親しく付き合ってきた緑間を親友だと思っている。

 他人との距離が近いように見えて、なんだかんだと最後の一線では壁を作っている自覚のある高尾としては、秀徳内において緑間ほど心を近づけている相手は他に居ない。

 コートではポイントガードである自分とスリーポイントシューターである緑間で多くの点をたたき出す。ツーカーともいえるコンビネーションを取ることができる、希有な存在だ。

 一転、普段の学生生活では、当人に言うと怒られるだろうが、真面目系天然ボケを連発する緑間にツッコミを入れるのが非常に楽しく、遠慮の無い掛け合いやじゃれ合いは日々居心地が良い。

 そんな高尾にとって良好と思える関係を築いている親友に対して、少なくとも言って良い台詞でもなければ、思って良いことではないのは確かだ。

 隣で相変わらず静かな寝息を立てて熟睡している緑間を見下ろす。

 意識すまいと思いつつ、どうしても唇に視線がいってしまう。

 潔癖そうなこの唇が、他の誰かと触れ合ったことはあるのだろうか。

 自分以外の誰かと、自分以上に近づくことを許したことがあったら――そこまで考えて、高尾は胸中で思いっきり突っ込みを入れた。

(ないないないない! それはない、絶対ない! っつか考える方向が間違ってるから俺!)

 勢いよく頭を振ってから、高尾は上掛けを引っ張って頭から被り、勢いよくごろりと転がると、ぼふんと枕へ顔を埋めた。

 落ち着け俺、と心の中で何度も繰り返す。

 これは何かの気の迷いだ。練習の疲労に加え、真夜中で寝惚けていたし、何より薄暗闇に浮かぶ緑間の雰囲気がやたら綺麗で、いっそ色っぽいというか艶っぽいというか、そんなときに自分を呼んだような気がしたから、触れてみたいと――。

(だからそーじゃねえって俺えええええええ!)

 今自分は混乱しているんだ、そうに決まっている――半ば無理遣りに近かったが、なんとか自分を落ち着かせようと必死にそう言い聞かせ、こうなったら寝てしまうに限ると高尾は緑間に背を向け、ぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

 小鳥のさえずりが夢見心地の耳に響く。

 ふわあ、と欠伸をした高尾は、枕元を探るように手を伸ばしてスマートフォンの画面を表示させる。

 薄目を開けて画面を見ると時刻は起床時間の三十分前。今下手に二度寝しては寝坊するのは明らかで、高尾は大人しく起きることに決めた。

 部屋は未だ静かで、部員達の寝息といびきが合唱している。どうやら起きたのは自分が一番だったようだ。

 体が妙に怠く感じるのは、中途半端に夜中、目を覚ましてしまった所為か。何か夢を見ていたような気がするのだが、ぼんやりしていて思い出せない。

 カーテンの隙間から差し込む明るい陽光を閉じた瞼で感じ、朝とはいえ既にだいぶ温つく夏の室温の中、高尾は眠い目を擦った。

(あー……まだねみい)

 ぽやぽやした意識が浮上していくにしたがって、高尾はとある体の変化に気がつく。

 微かに躯を動かしただけで察してしまった。寝間着代わりのハーフパンツの、更に下着の中がやたら湿っていて、息子がすっかり元気に勃ち上がっていた。

 寝起きの朝勃ち自体は、健全な男子高校生としてはまあ、ある意味自然な生理現象である。

 しっとり濡れた布がぬるりと先端を掠めた感触に「うげぇ」と呻く。

 幸い寝ながら達してしまうまでは至らなかったようで、下着の中が最悪の事態になるのだけは防げたようなのだが、今の状態も十分宜しくない。

(……若いねー俺。ってか、こんなんなったの超久々なんだけど。合宿前に抜いてきた筈なんだけどなあ。溜まってたのか?)

 やれやれと体を起こした直後、唐突に昨晩――というよりついさっきまで観ていた夢を思いだしてしまった。

 にわかに信じがたい光景が脳内に展開されていく。

 切なげな熱い吐息、乱れた着衣、上気した頬、眼鏡の向こうで潤んだ瞳、そして互いの熱の中心が重なって――痴態を見せる緑間と自分の姿までが脳裏に浮かんだところで、高尾はぶんぶんと頭を振った。

(お、俺っ、何であんな夢! 嘘だろ!)

 かあっと頬に熱が集まっていくのが判る。

 夢の中での相手が可愛い女の子だったなら、ここまで慌てることもない。高校二年生男子、エッチなことに興味を持つのが普通なお年頃だ。

 体力精神力の配分はバスケに比重を大きく置いているものの、その手の本や映像類が仲間内で回ってくることもたびたびあった。もっとも秀徳は校則が厳しく、万が一教師に見つかったら大変なことになるので、回覧は非常に慎重に行われていたが、それでもそれなりの閲覧経験はある。

 何が悲しくて男同士で抜き合う夢を見ているんだ、と高尾は呻いた。

 親友相手に見てしまったとんでもなく淫猥な夢の結果がこの下半身だと思うと、自己嫌悪でやるせない。

 隣で何も知らずに未だ眠っている、朝日に照らされた緑間の顔を申し訳なさげに見ると、触れ合い扱き合う感触が妙にリアルに脳裏へ蘇ってきて、ぐん、とまた息子が大きくなったような気がする。

(ヤ、ヤバい。これは不味い)

 ここまで勃ちあがってしまった以上、どうにかして処理をしないと治まらないだろう。濡れてしまった下着もさっさと替えたいところだ。出来るなら、皆が起きる前に全てをなんとかしたい。

 整理しきれない心を抱えながら、荷物の中から替えの下着を掴んでシャツの中へ隠すようにねじ込むと、高尾は周囲を起こさないようにそっと部屋をあとにした。

 

 

  

「……はあ」

 食堂で朝食の厚焼き卵を箸でつつきながら、高尾は肩を落として疲れた息を吐きだした。

 諸々の処理を終えた脱力感と虚しさが全身を襲っているうえ、緑間の顔を真っ直ぐ見られないので、これまで合宿の間はずっと隣で食事を摂っていたのだが、なんとなく間に後輩を挟んでしまったのだ。

 何か言いたげな緑間の視線が後輩越しに刺さって痛い。

 後ろめたいことは――妄想的な意味ではあるが、実際に直接緑間に対して何か悪いことをしたわけではない。

 だがどうにも気まずい気分は消えてくれなかった。

 自分のため息にめざとく気付いた一年生部員が怪訝な顔で首を傾げ、どうしたのかと聞いてくる。

「あ、いや。なんでもねーよ。お前もさっさと食っちまえ、今日もきついぞー」

 ははっといつもの笑顔で誤魔化して、高尾は茶碗のご飯をかっ込んだ。

 実際の処、このままでは今日は一日緑間の顔をまともに見られなさそうで、それは困る。

(何で気付いちゃったかなー。ほんと、自分の事ながら知らぬが仏ってこと、あるよな)

 単に欲求のはけ口としてしまった、だけだったなら。

 それはそれで途方もない罪悪感はあるものの、まだ笑っていられたし、ここまで気まずさは無かっただろう。

 今まで緑間と猥談の類いをしたことはないが、これを機に笑い話として言ってしまうのも有りだった。

 問題は――。

(つうか俺、あれが……嫌じゃなかったってのが……)

 夢の内容が不快ではないというのがまた、どうしたものかと高尾の頭を悩ませていた。

 いや、不快というよりもむしろ――これを認めてしまうのは何かが終わってしまう気がするのだが、ハッキリ言って気持ち良かった。

 実際、諸々処理をする際に駆け込んだ手洗いで、脳内に浮かべて使用した映像が夢の中の詳細だったわけで。

 おまけにただ達するだけでなく、そこに胸を締め付けるような切なさが混じっていたことに、高尾は気付いてしまった。

 過去、胸に抱いた覚えのあるその感情に名前をつけるならば――恋、だ。

 手洗いの個室で訪れた賢者タイムの最中、それを自覚してしまった高尾は頭を抱えたものだ。

(よりにもよって、恋とか。しかも男っつか真ちゃん相手に? 嘘だろ? つーかイく瞬間真ちゃんのこと呼ぶとか俺終わってる、マジ終わってる)

 誰かに相談したいところだが、そもそも一番の友人である緑間が悩みの原因であり、交友関係の広い高尾は他にも会話をする友人がいるにはいるし、部内でも同級生や先輩後輩と良い関係を築いている。

 が、そこまで内面に突っ込んだ話をするまでの間柄ではない。

 内容が内容だけに、気軽に話せる事柄でも無かった。

(あーもー。マジどうしよ、俺)

 ご飯の上に昆布の佃煮を乗せ、自分を誤魔化すようにひたすら食べる。

 宿舎の売りらしい甘辛の特製佃煮は白飯によく合っていて美味しく、去年食べたときからのお気に入りなのだが、今朝に限って言えば幾ら咀嚼しても味がよくわからず、用意してくれた人達には大変申し訳ないが、まるで砂を噛んでいる気分だった。

「高尾」

 背後から突然声をかけられ、驚きのあまり高尾は口から心臓が飛びでるかと思った。

 恐る恐る後ろを振り向くと、食事を終えた緑間が空の食器を乗せたトレイを手に、威圧感たっぷりにこちらを見下ろしている。

 眼鏡の向こうから覗く物言いたげな視線は食事中のそれよりも鋭く、不機嫌さを隠しもしない。

 基本的に緑間は親しい人間以外に干渉する性格ではないし、そもそも他人の機微に疎い、言ってしまえば鈍感な側面がある。

 人のことを気にかける癖に、バスケに関しては鋭い観察眼を見せる癖に、他人の情緒に疎いというのが不器用な緑間らしい。

 とはいえ、幾ら緑間が鈍感といっても、名物コンビと称されるくらいいつもなら一緒に居るはずの高尾が、朝からこちらずっとあからさまに接触しないよう避け続けているのだから、この反応は当然といえば当然だった。

(うぐ……怒るなって。こっちだって避けたくて避けてるんじゃねーっつの!)

 幾ら普段から飄々としたポーズを得手としているとはいえ、今朝からの色々な衝撃はまだまだ持続中なのだ。

 そんな状態で落ち着いて面と向かって話し合えるほど、高尾のメンタルは復活していなかった。

「な、なに真ちゃん……」

 二人の間に漂う異様な雰囲気を感じ取ったのか、間に挟んで座っていた後輩がそそくさとその場を逃げるように去って行くのを恨めしげに見る。

 逃げ出せる物なら逃げ出したいのに、緑間の瞳が自分を気にして映すのが嬉しいと感じているのが自分でもどうかと思う高尾である。

 いたたまれない無言の空間が場を支配する。視線を彷徨わせて周囲を見ると、先程の後輩と同じく皆さっさとこの場から退散してしまったようで、食堂には自分達の姿しか無かった。

 話しかけたのはそっちなんだから、さっさと何か言ってくれと、このままでは空気に耐えきれず、いつものノリで場を茶化してしまいそうだった。

 だがその前に、緑間の眉が八の字に歪んで眉間に皺が寄る。

 怒っているというよりも、それは――緑間が当惑しているときの表情だ、と高尾は察した。

「――いや。何でも無いのだよ」

 やおら大きなため息をこれ見よがしに吐いた緑間が、結局それ以上は何も言わず、踵を返して食器返却口へと向かう。

 いつもならば心から信頼している筈の、その長身の背中が離れていくのを、僅かに寂しいと思いつつも安堵しながら、高尾はホッと胸をなで下ろした。

(悪い、真ちゃん)

 もう少し時間が経てば平静になれるだろう――と思う。多分。

 自分の抱える内面の機微を察するのは、緑間には難しいだろう。

 実際、高尾に何かがあって態度がおかしいということは判っていても、原因が『緑間に欲情した挙げ句に好きだと気付いてしまったから』だなんて、あの朴念仁は想像もしていないというか、出来るわけもないと高尾は思う。

 訳もわからずこんな対応をされる緑間には悪いと心底思うが、今日はこのまま避けさせて貰おうと、高尾は心の中で手を合わせた。

 後で適当な説明をすれば、緑間はきっと「そういうことならばさっさと言え。だからお前は阿呆なのだよ」とか何とか言いながら、不機嫌そうな顔を浮かべつつも高尾の話を聞いてくれる。そうして何の疑いもせず、信じてくれるのだろう。

 自分へ寄せられる信用を利用するようで少しばかり良心の呵責はあるが、とりあえずは落ち着くまでが大事なのだ。

 後輩の指導を中心にすれば緑間との接触も減るはず、と脳内で今日の練習の算段をつける。高尾はメニューに関して口を出せる立場に居るので、口八丁を尽くせばそこは簡単にクリア出来るだろう。

「うし、いくか」

 両頬をぱん、と叩いて高尾は気合いを入れる。

 緑間への恋慕は、どうせこのまま抱いていても無駄な、叶う望みのない想いなのだ。

 切なくないと言えば嘘になるが、そんなのは誰に言われるまでもなく、高尾自身が良くわかっている。

 気付いてしまったこの感情をたった一日で断ち切れるとは思わないし、今更気付く前にも戻れない。

 けれど高尾の努力如何によって、少なくとも今まで通りの関係ではいられるはずだ――そして高尾も、今の関係が崩れるのを望んでいない。

 今大切なのは、秀徳高校バスケ部が再びウィンターカップの地で、赤司率いる洛山への雪辱を果たすこと。

 そしてエースである緑間の傍らに、自分が立っていること。

 だから――この想いは封印すべきなのだ。

「がんばろーな、エース様」

 一人きりの食堂にぽつりと、高尾の決意だけが響いた。


 
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