No.492515

人類には早すぎた御使いが恋姫入り 三十九話

TAPEtさん

この外史が終わったら、私鳳凰一双に戻るか黙々シリーズの改訂版を書くんだ。

2012-10-05 21:07:32 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:5882   閲覧ユーザー数:4909

月SIDE

 

「まだ名前も聞いていませんでした」

 

私は男の上衣を脱がしながら聞きました。

 

「北郷一刀だ。今は劉備軍に居る」

「一刀さん…あなたはどうしてここに居るんですか」

「捕虜だ。建前上、俺は既に亡き者だ」

「…どうしてそこまでしてここに来たのですか」

「君に興味があったからだ」

 

私に…興味?

 

「持ってきたわよ。恋も……ってちょっと月!な、ななんでそいつ上半身裸になってるのよ」

 

その時詠ちゃんが戻って来ました。恋さんも一緒です。

裸になっている男の方の上半身を見て詠ちゃんは声を上げました。

 

「汗かいてたから脱がしたの。あまり騒いじゃだめだよ」

「…一刀…」

 

詠ちゃんに付いてきた恋さんは男の方の様子を見た途端駆けつけてきました。

 

「…大丈夫?」

「大丈夫に見えるなら貴様の目はとんだ節穴だ……」

「…ごめん」

「……」

「恋が悪い。一刀が痛いって判ってたのに…一刀に無理させた」

「俺のとる行動は俺が決める。お前が謝る理由なんてない」

「……」

 

恋さんは悲しそうな目で一刀さんを見つめました。

 

「恋のやつ、アイツが熱があるって聞いたらまるで自分の飼ってる犬たちが病気な時みたいに不安な顔して食いついてくるんだもの。一体何者で恋があそこまで…」

「恋さんが…?」

 

恋さんは戦場では、味方にはたくましい仲間になって、敵には恐怖の対象です。

そんな恋さんは私たちのことを『家族』だと思ってくれます。

恋さんが育てている犬や動物たちも恋さんの大切な家族で、時に元気がない仔が居たら、自分もまた元気を失くしてしまいます。恋さんが相手のことを心配するってことは即ちその人を家族のように大切にするという意味なんです。

そして、恋さんの人を見る動物的な感覚はこの中の誰よりも信用できます。

 

「恋さん、退いてくれないと一刀さんの介抱ができません」

「…恋がする」

「君は他にやることがある。もう君の我侭聞いていられるほどの余裕がない。行け」

「……」

 

恋さんはそれ以上何も言わずに一刀さんから離れました。

そして出ていく前にもう一度一刀さんを見つめて牢屋を後にするのでした。

 

「…俺もこんな所で悠長に看病などされているつもりはない」

「無茶言わないでください。絶対安定しないとどうなるか…」

「安定…?自分たちの状況が判ってるのか」

「…っ」

「一週間だ。後一週間経てば連合軍が洛陽にたどり着く。このボロボロになった漢の都、まるで今のこの国の全景のようなこの場所で、奴らに立ち向かうことが出来ると思うのか」

「だから逃げようとしたわよ。でも、突然アイツらが現れて…」

 

詠ちゃんが言った通り、私たちは逃げる準備をしていました。

虎牢関から皆さんが帰ってくる次第、洛陽を去るつもりだったのですけど、突然現れた兵たちに追われ地下の通路に身を隠すはめになったのです。

 

「どの道もう逃げ場はない。袁紹は怒り狂っている。洛陽を手にするだけでは止まらない。天下の端にまでも君を追いかけるだろう」

「…もう逃げるつもりなんてありません」

「…」

「決めました。陛下をお守りすると、何があっても、あの方を側で支えます」

 

だから、

 

「だから一刀さん、あなたも私に力を貸してください」

 

 

 

 

明命SIDE

 

一瞬呂んに見られてゾッとしましたが、呂布は睨んだだけで私が北郷さんの寝床の下に居ることを明かさず出て行きました。

 

「最初に私たちが洛陽に来た時、洛陽は既に大将軍何進と十常侍たちの戦いで荒れていて、指揮から外れた十常侍の私兵たちはそれを期にして民たちの金品や娘などまで奪っていました。抵抗したら殺し、奪った女は嬲り殺し、まるで地獄絵図でした」

 

呂布さんが消えた後、北郷さんの体を持ってきた布と水で冷やしながら董卓は話を始めました。

寝床の下に隠れていた私は董卓の声を聞いていました。

その声と顔は噂とはまるで違う様子でして、こんな人が逆賊だなんてまず思えないほどでした。それはは己の過ちを認めず力だけど信じてでしゃばるどっかの名家にもっと相応しい名なのかもしれません。

 

「今も大差ないのではないか。家を失い地面を転がりながら餓死していく洛陽は今も変わらない」

「持っている物資を出来るだけ施しましたけど、とても足りるものではありませんでした」

「洛陽から逃げずに生き残っている民だけでも10万はあるわ。その人たちを全部養うにどれだけの物資がかかると思ってるのよ」

 

隣に居るのは賈詡文和。董卓の軍師とされる人です。

 

「…持ってる兵力はどれぐらいだ」

「ボクたちが長安から連れてきてのは1万ぐらいよ。後は大将軍の残党を組み入れたのだけどあまり役に立たないわ」

 

連合軍の数はおよそ10万でした。それも半分以上は袁家の二組のものですかけど。汜水関や虎牢関のような普段難攻不落と呼ばれる場所より戦ってきた董卓軍だったからこそ、その差を耐えることができたでしょう。

でも、この洛陽の崩れた城に囲まれて籠城するというのは自殺行為でしかありません。

 

「霞さんの言う通りだと後3日で私たちの軍が洛陽に到達して、更に七日ぐらいしたら連合軍が洛陽に着くと言いました」

「俺がアイツにそう言ったんだ。判っている」

「じゃあこれからどうするというのよ。アンタには何か考えがあるというから生かしておいたのだから何か言いなさいよ」

「……何が欲しい」

 

北郷さんはさっきまで死の境界を渡ろうとしていた人とは思えない威厳ある声で言いました。

 

「何をしたいのか俺に言ってみろ。興味があれば助ける」

「アンタに選択権は…」

「貴様に聞いてない」

「なっ!」

「…董卓、君は俺から何を求める」

 

北郷さんの関心は常に董卓に向かっていました。

 

「君の軍師が勘違いしているが、残念ながら俺は俺の興味が向かない仕事はしない。逆に興味が向いたら、例えそれが悪魔の仕業でも一枚噛んでやる。だから言ってみろ。君が望むものは何だ」

「私は……」

 

もし北郷さんが董卓を助けて連合軍を裏切るとなれば私はどうするべきでしょうか。

蓮華さまには助けるように命じられましたが、万が一にでも北郷さんが連合軍を裏切って私たちに反撃できる奇策を董卓に与えてしまうとしたら、北郷さんんがいる劉備軍はもちろん、私たちの軍も大きな被害を受けるでしょう。

そうなる前に……

 

「この無用な戦いでこれ以上誰も死なないことです」

「……誰も死なない戦いなんてない」

「わかっています。ですからこのまま終わらせたいんです。たった何人の欲望を満たすために始まったこの戦いにこれ以上の血を流せることは、この国がもう終わっていることを証明しているのですから」

「だからこの戦いを強制終了させ、『既に終わってる』漢を建て直したいと」

「無茶な願いなのはわかっています。でも、陛下のためにも、洛陽の人々のためにもそうしなければいけません」

「……」

 

誰も死なずに終わる戦。

そんなものが出来るはずがありません。

戦争とは利益を巡って争うものです。欲しいものを手に取るまで袁紹は止まらないでしょう。

そして袁紹が欲しいものは、自らが皇帝を立て、この都を自分の思うがままにすること。かつての十常侍の真似と同じです。結局に国にとって変わることは何もなく、ただ腐っていくだけです。

 

「戦争を平和的に終わらせもその罪がなくなるわけではない。この戦に関わったら連中、必ずその代価を払う。それは董卓、君も同じだ」

「ちょっ、月は何も…」

「構いません」

「月!」

 

賈文和は激しく反対しました。仕える者として当然の怒りです。

 

「私に罪がないというのは厚かましすぎるよ、詠ちゃん。皆さんが私を守るために戦ってきた。皆さんが殺した兵士たちの血は私が流した血。私だけ被害者みたいにするつもりはないの」

「でも…だって仕掛けたのはアイツらでしょ!」

「そういう話は停戦会談の場でお前等が悪いから賠償金払えという時に使ってもらおう。戦争というのは両側が対立したから出来るものだ」

「っ」

「見たところ、この董卓は連合軍が集まってるという話を聞いた時から、自分だけ首を差し出せば他は死なずに済むと話していただろう」

「…そうよ。でも、…そんなこと出来るわけないじゃない」

「だから戦った。そしてその戦争への罪は、結局全て君主である董卓に戻ってくる。守りぬけば、勝てば免罪されるのではない。その罪悪感はどんどん増し、彼女の心を悩ませる。いっそ潔く死なせていれば董卓本人にとっては楽だっただろう」

「ボクたちは…」

「詠ちゃんに酷く言わないでください。そうさせたのは私ですから」

「月……」

 

他の軍に潜って間者として活動していたら時々見られる光景です。

 

本当に君主を心より尊敬し、愛する部下は時折君主が望まないことでもしてしまうことがあります。君主が望まないことをしてそれを忠義と思う奴らは普通そういう自分の忠義が報われなければその君主を排除してしまいます。『私はこんなに尽くしたのにこんな仕打ちをするなんて…』とか言いながらです。それは最初から忠義ではなく、君主を対象に自己満足を得ているだけです。

 

君主のために他の誰かを犠牲にする部下を見て君主が取れる反応は二つあります。一つは忠直な部下だと賞賛するか。それとも忠義を装って自分の理想を押し付けてくる自己愛満ち溢れる部下を軍から排除するか。

 

「私はどうなっても構いません。ですが陛下や詠ちゃんたち、そして洛陽の民にはこれ以上苦しみを与えたくありません」

「…天下の英傑の半分以上がこの戦争に参加しているのに…君の命一つでどうにかなると本当に思ってるのか」

「………」

「……」

「……」

 

長い沈黙が続きました。

 

「…まず今洛陽にある軍を全て武装解除させて兵糧は全てばら撒け。本隊が帰ってきたら同じく、最小限必要な分だけ残して全部洛陽に救恤に使う」

「ちょっと、そんなことしたら連合軍とどうやって戦うというのよ」

「あったらどうやって戦うつもりだ」

「っ…」

「あっても勝てないのなら無くても変わりはない。洛陽の人は土を噛み締めながら延命している。一日に何人くたばっていくと思う。そいつらが死ぬ時恨むのが誰だと思う。袁紹?いや、違う。そいつらと戦うためと自分たちが持っていた米一粒まで持っていった貴様らだ」

「…わかりました」

「本隊が帰ってきたら同じく……民たちが君を信用できるようにしろ」

「……それで何が出来るというのよ」

「…貴様が出来ないと思ったこと全部。貴様らがこの国で出来なかったこと全部。貴様らができなかったせいでこの国を傾かせたこと全部」

 

驚くことに、こんなとんでもない話を聞いているのに、この人の口から言われると不可能とは思えなくなります。

天子になんともないかのように刃を向けた人です。

 

「一刀さんの言った通りに手配して。霞さんに話して持ってきた兵糧と張譲さんの倉庫に残ってるものも全部人々に分けて」

「月、考え直して。今コイツの言う通りにすると本当に後がなくなるわ」

「貴様が言う董卓の『後』は、このボロ雑巾のような城に董卓を閉じ込め、兵士の最後の一人まで、将の最後の一人まで血まみれになって倒れながら一ヶ月ぐらい洛陽を守って、その間董卓は餓死して行く洛陽の民たちと、無気力な皇帝を見ながら苦しむ日々を送った挙句に袁紹の剣にその首を落とされるというものだ。それも最上のシナリオでな。」

「なっ…!」

「もっと良い展開があるなら言ってみろ。それじゃ俺は何故貴様は董卓がここまで追い詰められるまで何もできなかったのかを一から説明してやる」

「っっ!!」

 

北郷さんの暴言に感情を抑えられず、賈詡の顔は真っ赤に染まっていました。

 

「詠ちゃんにあまり酷く言わないでください。詠ちゃんは私を守るために精一杯頑張りました」

「彼女『精一杯』やっても君を助けるには足りない。それが彼女が今泣いてる理由だ」

「……詠ちゃん」

 

一刀さんの言う通り何時の間に赤くなった顔から涙を流す賈詡さんの顔からは、怒りというより悔しさが篭っていました。

 

「君のような奴を一人知っている」

「はい?」

「世界を自分の理想のように変えようとする人間。そんな奴は盛り沢山いるが、問題はそれが理想的すぎて、その上己にそれを実現できる力がない奴だ」

「……」

「…アイツには言っていないが、普通そういう人間の努力は報われない。理由は明白だ。自分に出来ないことをやろうとしたからだ。それは自分だけではなく周りの人まで傷つける」

「月のせいじゃないわ!!」

 

 

 

詠SIDE

 

 

月は優しかった。

優しすぎるぐらい、優しかった。

 

黄巾の乱の時、月は賊を討伐する中郎将の位を受けて西涼は無論、都は兗州辺りにまで向かった。

戦うのは恋や霞だったけど、大きな戦いにはいつも月が指揮を取った。

月は自分がその場に居るべきだと思った。戦う時、兵士たちに『殺人』を命じる時、その命を下すのが自分であるべきだと言った。

 

「殺す皆の罪も、殺さなければいけない民たちの罪も、私が背負うから」

 

月は西涼で生まれた。華北で生まれ都に育つ袁家の連中は西涼を田舎呼ばわりするけど…民を愛する心はこの天下にて月の右に出る者は居ないと私は断言出来る。

西涼の子供たちは産まれてから馬に乗り、弓を打った。

小柄な月も例外ではなかった。馬乗りも弓も凡将より上。

 

だけど、ボクは月を戦わせたくなかった。

血を浴びるどころか、遠くで殺しあう兵士たちの姿を見て悲しむあの娘に戦いなんて出来るはずもなかった。

 

そんな月を見てきたボクは…

一瞬、そんな思いをした。

 

それは何進の密書をもらった時だった。

月は陛下を守るため行くと言った。月が決心したことに文句を言える娘なんてこの軍には居なかった。だけど、それだけではない。

 

あの時、ボクは思ってしまった。

 

腹黒い十常侍なんかより、この娘がこの国のためにその場に居るべきだって。

寧ろこの娘が皇帝であるべきだって。

 

 

 

そう思った瞬間、ボクの目は眩んでいたのよ。

退ける間があった。帰ろうと言わなかった。

月の安全を最優先にする時期があったのに、ボクは言わなかった。

そして今更気づく。

 

あの思いは月のためではなかったって。

 

ボクのためだったって。

 

「……ボクのせいよ」

 

幾ら頑張った所で守れるはずがないわ。

幾ら知恵を絞り出したところで叶うはずがない。

 

そうなるようにしたのがボクだったから。

ボクがこの娘の未来を壊した。

 

「詠ちゃんのせいじゃ…」

「分かってるなら良い」

 

ボクを庇おうとする月の声を遮ってアイツの声が胸に刺さった。

 

「…アンタ、アンタは月を助けられるの?」

 

震える声でそう聞いた。

 

「そうするつもりだが」

「どうして?」

 

どうしてアンタはそうはっきり言えるのよ。

 

ボクに出来なかったことだから、誰にも出来ない、なんて言うつもりはない。

だけど、この状況で月を助けて、洛陽を戦から守る?

 

無理よ。そんなのこの世の人間の頭で出来るはずがないわ。

 

急に体から力が抜けた。

自分の過ちを認めてしまったせいだろうか。

もう体を保つ気力も残っていなかった。

 

「…お前のその考え通りだな」

 

それがボクが聞いた最後の声だった。

 

 

月SIDE

 

「詠ちゃん!」

 

倒れた詠ちゃんを支えながら私は一刀さんの方を見ました。

 

「…一度精神的に追い詰めないと人の話に耳を傾けない。この世の連中は皆プライドが高い」

「……」

「最も、既に崖っぷちに居たわけだが…こんな絶望的な状況に陥っている軍の軍師が一体どんな考えで主を見つめているだろうか。その圧迫感が分かるか、董卓」

「…詠ちゃん」

 

いつも辛い時に、詠ちゃんは一番近くに居ました。

だけど詠ちゃんはいつもそんな私のせいで辛い思いをしていました。

 

「何度も思いました。私さえ居なくなれば、全て終わるんじゃないかって」

「…」

「だけど、そうはならないんですよね」

「……そうだ」

 

私が死んでも、この戦は終わりません。

この戦が終わっても、また次々の戦いが生じ、多くの人々が死んでいくでしょう。

 

「噂を聞いたことがあります。黒天を貫いて現れし流れ星に乗ってくる天の御使いが、乱世を鎮め太平な世を持ってくる」

「……」

「あなたがそうなのですか」

「…そうだ」

 

一刀さんは淡々と頷きました。

 

「尤も、俺はこんな国滅んでしまった方がより興味深いものが見れていいけどな」

「十常侍たち、いえ、その以前から少数の高い位置に居る人々の腹を肥やすためにこの国は少しずつ病んできました。だけど、それでもこの国は多くの人々の心を支えています」

「腐った柱を支えにしてる民は…そのうちその崩れてくる屋根に圧されて死ぬ」

「……」

「助けたいのだったら…壊して新しくするしかない」

「陛下はどうなるのですか」

「生かせるなら…その他は皆滅んでも良いというのか」

「……」

「いっそ君がこの戦、勝ちたいと言えば、俺はそっちの方が興味が向く」

「貴方がいうその『興味』というのは、人の血と悲鳴がなければ満たされないものなのですか」

「……」

 

世が乱れ始めて、人の泣き声と屍を見なかった日の方が少ない気がするほど沢山悲しんできました。

 

「私は約束しました。陛下と洛陽の民を守ると…そのために私はどうなっても構いません。ですから…」

「言っただろ。君の命だけで収まらないと。それとも今この場で君を殺して連合軍が止まるか見てみるか」

「でも…」

「……」

 

無理なのでしょうか。

この人を動かすには、私はあまりにも弱い存在なのでしょうか。

 

「君が一番勘違いしているのが何か分かるか」

「…はい?」

「……何で君みたいな人種は皆そうなんだ。自分の価値を判らない」

「自分の…価値?」

 

一刀さんは呆れた顔で言いました。

 

「この戦いは君が発端だ。何故この戦いで人が死んでいくか分かるか。それは君を護ろうとする奴らが居て、君を殺そうとする奴らが居るからだ。君の命は、今この戦争に参加している連中の頭を全て合わせたぐらいの価値がある」

「…だから私は…」

「いや、君は判っていなかった。君が本当に自分の価値を分かっているのならそんな風に言わない。自分一人死ねば済む話だと思う奴が自分を大切にしているわけがないだろ」

「……」

「桃香もそうだった。自分の価値が判らないから我侭で、無責任で、その上周りの心を察することが出来なかった。自分の命の価値を知らない君主は誰も助けることが出来ない。そうやって自分の命を無駄にして、周りの連中の命まで無駄にする。だから君たちは自分たちが望むことを叶えないんだ」

 

 

 

 

 

「ならそんな私をあなたに捧げるとしたらどうしますか?」

 

 

 

 

「……何?」

 

でも、私にはこの体一つしかありません。

 

「あなたは私が勝つ方が興味が向くと言いました。だから、それはつまり私がお願いしたこと、不可能ではないはずです。そうですよね」

「…正確に君が望むものは何だ」

「血一滴もなく、この戦いを終わらせ、陛下と洛陽を守ることです」

「その後は、君はどうなっても構わないと」

「そのためなら、私はどうなっても構いません。死んでも、逆賊とされ死ぬより悲惨な目に合うといっても構いません」

「……」

「だから、一刀さんが私をそんなに大事だと思うのであれば、私と引き換えに、あの人たちを助けてください」

 

 

 

 

 

「条件がある」

 

長らく考えた一刀さんはそう言いました。

 

「なんですか」

「信賞必罰」

「……」

「この戦争の末、義に従った者はその信頼を報われる。間違った連中は例えそれを命に引き換えてもその罪を裁く」

「…それをどうやって分けるのですか」

 

この戦に置いて、誰もそれを裁けるほど綺麗な人は居ません。

 

「…策がある」

「……」

「だが、先ず皇帝の意見を聞こう」

 

一刀さんは立ち上がって、脱いでいた上衣を着ました。

 

「行くぞ」

 

立ち上がった一刀さんは一瞬倒れそうになりましたが、なんとか自分で重心を保ちました。

 

「動いても大丈夫なんですか」

「俺の体は俺がなんとかする……幼平、出て来い」

 

がん!と寝床の下から大きな音がしました。

そして…

 

「いたた…」

「!」

 

いつから居たのか見知らぬ者が一人出てきました。

 

「賈詡をおぶってもらおう」

「へっ!?いや、私はその…」

「それとも、ここに居るお前を見た連中を全て殺して仲謀の所に戻っても良いが、そうなるとどうやって仲謀の顔を拝めるか見ものだな」

「わ、わかりました……」

 

その武将は渋々と詠ちゃんを背負いました。

 

「行くぞ」

「わ、わかりました」

 

私は詠ちゃんの方を一度見て一刀さんの後を追いました。

 

 

 

桂花SIDE

 

 

 

「…マズいわ」

「はい?」

 

洛陽に向かって進軍している中、ふと華琳さまはそう呟きました。

 

「何が不味いというのですか、華琳さま」

「誰も居ないのよ」

「はい?」

「一刀よ……今の一刀には私や貴女も居ないし、劉備も、流琉も凪も側に付いていない」

「…それがどうかしたのですか」

 

確かにアイツの行動が判らないという点では宜しくないかもしれない。

けれど、そういうもの今更話す必要もないぐらい当たり前の話です。

そういう異様さこそがアイツなのだから…

 

「彼を一人にさせたら危険なのよ…何で今まで気づかなかったのかしら」

 

大体アイツは誰かが付いていた所で変わる奴でもないはず。

いつも自分のやりたいようにやって、興味が向けば誰が止めてもやるような男……。

 

「桂花、今から洛陽に斥候を放って一刀が何を企んでいるか探って頂戴」

「斥候は既に放っています。しかし、華琳さま、何故そんなに焦っているのですか」

「…間に合わないかもしれないわ」

「はい?」

「確かに一刀は凡人に出来ないことを平然と考えやっていく男、その才は確かに天の才よ。だけど、彼自身にはその才を使うに加減がないのよ」

「加減…ですか?」

「桂花は自分の策が成功するためなら自分の命を捨てられるのかしら」

「…華琳さまのためなら、場合によっては」

「だけど、そんなことをいつも出来るのかしら」

「さすがにそこまでは出来ません」

「それは何故なの?」

「それは華琳さまが……」

 

…あ。

 

「そうよ。あなたには私という『歯止め』があるのよ。私を側で支えることが目的だからこそあなたの策には『加減』があるのよ」

「…でも、アイツは自分の策を成功させるためには自分の命なんて平然と投げつけられる」

 

いや、寧ろ彼が自分の策に命を賭けなかったことなんてあったかしら。

 

自分たちより多くの兵を相手する時。

欲しい者を手に入れる時。

軍内の自分を狙う敵を一掃する時。

 

自分の目的のために何の迷いもなく命を投げ捨てる。

 

「側に誰か彼を知っている人が居たらそれをある程度はそれを防ぐことが出来る。せめて最悪の状況で彼を守ることが出来るわ。だけど、彼を一人にした時は彼が何をするか判らない。以前彼を一人にした時、彼が私たちの前から姿を消したわ。そして帰って来なかった」

「……」

「今彼が何を企んでるかは判らないわ。でもその策を一人で組んでるのだとしたら

 

 

 

 

 

自殺計画以外の何物でもないわ」

 

 

 

 

 

 

 

解説

 

普段なら解説なんて入れませんけど、この頃は一刀が『一人』なので一刀の心理描写が用意に出来ません。

一刀の一人称は出来るだけ避けたいので次回からはなんとかしようと思いますが、先ずここまでの解説。

 

・自分が死んだことにしようとした理由

 

既に華琳と桃香たちによって話がついている話ですね。

 

華琳が霞を得るため春蘭たちを行かせた場面から始めましょう。

 

一刀は華琳がそうするだろうとは感じていましたが、敢えてその選択肢を潰していました。

普通戦略ゲームをしてる時、良く相手が自分が勝てるように動いてくれないかぁと一人勝ちゲーをしてることが多いものですが、一刀がそんなことをするはずはありません。

が、何故かこの時だけ一刀はその気を緩めていました。

それは連合軍を潰すという一刀の作戦にもちろん邪魔をするであろう華琳が、今回だけ自分のことを察して欲しいという願望が少なからずあったのでしょう。これは話せばネタになる一刀の計画のためでもありますが、もう一つの理由はもちろん華琳がそうすると春蘭が負傷することを察したからです。

 

華琳は何かを得るために犠牲をする覚悟がある英傑ですが、それが自分を支えてきた二枚看板の一人となれば話は別。

華琳自身は部下を信頼しているからこそそんなことができたものの一刀はそこで華琳が衝撃を受けるだろうと感づいていました。

 

それだけならまあどうでも良いです。華琳が自分のミスで被害を受けるとすればそれを助ける義理はこの一刀にはありません。

問題は一刀が春蘭本人に個人的な借りがあるわけです。

一刀はここで選択に迷った挙句、その選択を恋に託します。

 

でも、一刀はこの選択に後悔することになります。

一刀は恋が自分と同じ化物だと評してますが、実際の所二人は大きな差があります。

 

それは恋は情を重んじて動的な行動を取るのが得意に比べ、

一刀は興味を重んじて冷静な行動を取ることをセオリーとする人だからです。

つまり一刀が恋の選択に同じ選択をしたということは、自分のセオリーを破ったことになります。

一刀が自分のやり方を崩した結果片目と片腕を失いましたがそれに返ってくる一刀への補償はありません。

 

更には自分の衝動的な行動で被害を受けるだろう桃香たちを庇うために死んだフリまでしました。

これは或いは真名を呼んだ人への信頼感とも言えますが、逆に一刀がそれほどの信頼感を持てるなら放っておいてもなんとかなったかもしれません。

それを敢えて自分が苦労しながら庇ったのは更に一刀の興味とは関係ない行動となります。

 

・皇帝への憤怒

 

ネタバレですが(後、確かにネタを張ったのに誰も突っ込んでくれないこの悲しさ)一刀は何らかの理由で『何もしない人』に対して怒りを覚えます。

それはその人が有能か無能かを問う以前の問題で、何もしないのだったら何故そこに居るのかと一刀は皇帝に怒鳴りつけます。

何もしなかったことで責任回避が出来る立場ではない人がただ傀儡になっている。

実際に幾ら傀儡皇帝でも何かをしていれば恋姫での局面は違う方向に動くことができたかもしれません(例えば桃香や翠が早期に連合軍を抜けるなど)

だが自分を守る董卓のために何もしなかった皇帝に「お前なんて居ない方が良い」と言いつつ、皇帝に自分で考えさせるための種を植えます。

でもそこで一刀の体は限界を向かえます。

 

 

・外史の抑止力について

 

外史はその元となる外史、或いは正史に近く流れようとする性質があるというのが個人的な設定です。

 

例えば一刀が居ない所でまた張三姉妹が捕まったのがそうで、確かに危険な状況で華琳が春蘭たちを虎牢関に送ったのがそうです。

この抑止力は外史を変えられる力を持つ天の御使いから遠いほどその力を増し、更に抑止力に反する行動をするイレギュラー、一刀に身体的障害を与えます。

一刀が高熱になって倒れるなどの仕組みは、もちろん強行軍など一刀本人のせいもありますが、そういう抑止力が常に働いているものだと思ってくれて構いません。

こういう抑止力はこれからも個別に説明しなくても発動することになります。

 

・一刀の計画

 

最後に華琳が言った言葉が多くを語っていますが、一刀は現在「独り」です。

歯止め役を回れる人が居ない状況で、しかもその計画が抑止力に反する行動であることは一刀の現状からしてほぼ間違いなし。

一番の問題は華琳の言う通りに、一刀が興味と命を置いて、常に興味を選ぶというとんだ化物であることです。

読んでる皆さんの中でも、「ああ、コイツそのうち死ぬな…」と思う人も多くいらっしゃるかと思われ…

 

……

 

ふむ…

 

あ、いえ、なんでもありません。

 

・最後に…

 

自分は恋姫のSSで連合軍をハーフポイントだと思っています。この後は適当に大きめの戦争幾つかやって収まる感じ…?

連合軍こそが恋姫無双で一番盛り上がる場面だと思うわけです。

 

で、現在人類(ryは連合軍の話を最後に幕を閉じるか、或いは一度切ろうと思っています。

 

 

 

「は?お前何言ってんの?」と思う方は…

 

 

 

この外史をタイトルをどうぞ。

 

 

 

では

 

ノシノシ

 


 
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