No.491665

君の名を呼ぶ(修正版)

sikiさん

以前投稿したものを加筆修正したら量が倍&別物になったので再投稿。
アニメ版のヒカルのその後という手垢のついたテーマですが、読んでいただけると嬉しいです。

2012-10-03 18:04:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3581   閲覧ユーザー数:3570

 

それは午後三時を迎えた頃。そろそろ腹の虫が控えめな空腹を訴える時間帯のことだった。

 

「イッキ! 何やってんだ早くしろ!」

「待てよメタビー!」

 

コンビニの窓ガラス越しに、我先にと走り抜けるメダロットを小学生くらいの少年がだるそうに、しかし楽しそうな表情で追いかけていくのが見えた。

メダロットは今時珍しい旧型KBTタイプ。少年はちょんまげ頭に赤いTシャツ。

学校帰りに幼馴染の少女とよく寄っては、肉まんやらおでんやらを食べながらだべっている、このコンビニのお得意様だ。

 

メタビー。普通のものとは違う、明確な自我を持つメダロット。

彼がイッキとパートナーを組んでずいぶん経つ。二人は時折衝突しながらも、着実に絆を深め合っているようだ。

メダルの力かマスターの力か、はたまた両方か。ロボトルの方もほとんど負け無しで突き進んでいるらしい。

このまま順調に進めば、もしかすると。

 

(さすがにそれはないか)

 

自分で考えておいて、アガタヒカルは人知れず苦笑した。イッキはメダロットを始めてまだ半年も経っていない。

いくら勝ち続けているとは言っても、ロボトルランキング上位に食い込めるほどの実力なんてまだまだ備わっていないはずだ。

……けれど、メタビーとともにあちこち駆けずりまわる彼に、どうしてもかつての自分を重ねてしまう。

学校でふんぞり返っていた悪ガキ三人組をのし、幼馴染の少女と友情とも恋ともつかぬ関係を築き、

悪の組織に立ち向かうイッキは、まさしく少年時代のヒカルとそっくりだったから。

あの頃の自分が今の自分を見たら、いったい何と言うだろう。何を思うだろう。

幾多の戦いを共に乗り越えてきた大事なパートナー“めたびー”を、他でもない己の手で殺したなんて知ったら。

 

(怒るよなあ。絶対)

 

けれど、すぐに知ることになる。ああするしかなかったんだと。

 

ヒカルのカバンの中、メダロッチの中で輝くカブトメダル。

そこに宿る魂に“めたびー”だった頃の記憶はない。自我もない。

消えてしまったのか、眠っているのかはわからない。わかるのは、もう彼は戻らないということだけだ。

喋らない、動かない。命令された時だけ動く“めたびー”。最初はすぐに戻ってくれると思った。

以前と同じように共に過ごし、共に戦っていれば、自ずと記憶と自我を取り戻してくれると思った。

……そして、そのまま八年。諦め、受け入れるには十分な年月だった。

パーツをすべて換え、名前もアークに改めた。自然と連れ歩く回数は減っていった。

今ではロボトルの時以外はメダロッチの中だ。それでも、時折語りかけることだけはやめていない。

マスターの命令に従うだけの人形じゃないと、きっと心は残っているはずだと、そう信じたいから。

 

「いらっしゃいませー。って……なーんだ、君たちか」

 

自動ドアをくぐってきたのは、先ほど通り過ぎたはずのイッキとメタビーだった。家にカバンを置いてきたのだろう。

営業スマイルなんて作って損した。まあ減るもんじゃないからいいけど。

 

「ちょっとヒカル兄ちゃん、なんだはないんじゃないの?」

「そーだ! オレたちは客だぞ!」

「ハイハイ」

 

不当な扱いだと唱える二人を軽くあしらい、さっさと検品に戻る。

早く済まさないとまた店長に怒られてしまう。クビになるのだけはごめんだ。

 

「どーせ今日も肉まんと安いオイルだけ買って、だべるだけなんだろー?」

「違うよ。今のパーツ、新しいのに買い替えに来たの!」

 

へえ? とヒカルは目を丸くした。珍しいこともあるものだ。

ロボトルが終われば、パーツについた傷はナノマシンで大体直ってしまう。

よっぽどめちゃくちゃにされない限り、同じパーツの買い替えなんて必要ないはずなのだが。

 

「メタビーが買え買えってうるさくてさあ。参っちゃうよなあもう」

「お前の作戦はいっつも荒いんだよ。毎回毎回ムチャさせやがって! 見ろよ、くたびれてきてるじゃねーか!」

「それくらいだったらまだまだ使えるって。大体、貴重な小遣いから出してやるんだから少しはありがたく思えよな!」

「何をー!」

「こらこらこら!」

 

蹴る殴るのケンカを始めようとする二人を何とか引き剥がす。

ケンカは外でやれっていっつも言っているってのに。営業妨害もいいところだ。

 

「まったく……マスターとケンカするメダロットなんて聞いたことないよ」

「オレはこいつをマスターだなんて認めてないっ!」

「なんだとー!」

 

ヒカルに捕まえられてなおも二人は腕を振り回し足を伸ばし、相手をぶん殴ってやろうと身を乗り出す。

はあ、まったくこいつらは。いい加減にじれったくなってきたヒカルは一度ため息を吐き、それから思いっきり二人の頭を引き寄せてやった。

 

「いだっ!」

「ぎゃっ!」

 

それぞれの額から火花が散る。イッキとメタビーは打ち付けられた額をおさえ、その場にうずくまった。

機械の体であるメタビーにぶつかったイッキはかなり痛いはずだが、以前石頭を謳っていたし、たぶん平気だろう。

普段からメタビーの頭ぶん殴ってたりするし。

 

「そのへんにしとけってば。パーツ買いに来たんだろ?」

「あ、そうだった!」

 

やれやれ。

がばりと立ち上がりポケットを探り始めたイッキに、ヒカルはまたもやため息をこぼしたのだった。

 

 

「はいどーぞ。全部揃ってるかい?」

「えーっと……うん、大丈夫! ありがとう!」

 

イッキは袋に腕を突っ込み、こくんと頷いた。

今回買ったのは右腕パーツのリボルバーと脚部パーツのオチツカー。

確かに旧型ではあるが、どちらも今でも十分通用する優秀なパーツだ。代金を受け取り、レジを打つ。

小気味良い音とともにフタが開き、液晶画面に渡すべきお釣りの金額が表示された。

 

「あ、そうだ。ずっと前から聞こうと思ってたんだけどさ」

「ん、なんだい? 言ってみな」

 

お釣りを渡しながら快諾してやる。

このメダロットオタクの少年のことだ。メダロット関連のことに違いない。パーツの磨き方か、オイルの注入方法か。

 

「さんきゅ。あのさ、ヒカル兄ちゃんもメダロット持ってるんだよね? 今度ロボトルしようよ!」

「……っ」

 

悪意0%の笑顔で差し向けられた質問に、思わず言葉を失った。

が、それも一瞬。目を細め、口角を上げて、何とかいつものへらへら笑いを取り繕う。

 

「それは、えーっと……また今度な」

「えー! 今度っていつー!?」

「イッキー! はーやーくーしーろーよー!」

「ああもう、わかったってば! じゃあね、ヒカル兄ちゃん!」

「おう。またなー」

 

手を振り振り、慌ただしく店を出ていくイッキとメタビーを見送って、ようやくヒカルは一息ついた。

あの二人が来るといつもてんやわんやの大騒ぎだ。

普段はああでも、ロボトルになると驚異のコンビネーションを発揮するんだから侮れない。

かつてのヒカルと“めたびー”も、傍から見るとあんな感じだったのだろうか。

 

――――あのメダロットを売ってくれ!

 

ふと、イッキがレジカウンターに貯金箱を叩きつけたあの日を思い出す。売ったのは旧式KBTタイプ。今のメタビーだ。

何故あの時、あのメダロットにメタビーと名付けてしまったのかは今でもわからない。

同じ旧型KBTタイプでも、自分にとって“めたびー”は彼だけなのに。代わりがいるはずもないのに。

 

(あーやだやだ。女々しいったらないや)

 

がしがしと頭を掻き、雑念を振り払う。

こんなことを考えたって、いくら嘆いたって、“めたびー”は帰ってきやしないのだ。

今の自分にはアークがいる。それでいいじゃないか。

 

ピリリリリリッ

 

と、着信を告げる甲高い音がエプロンのポケットから鳴り響いた。

仕事中はマナーモードにするよう心がけているのに、今日は設定するのを忘れてしまったらしい。

後で設定し直さないとと思いつつも、こんな時に電話してくる何者かに理不尽な苛立ちを覚えてしまうのは人の性か。

 

「はい、もしもし?」

 

一応店内の隅に寄ってから通話ボタンを押し、耳に当てる。

そうして受話口から漏れてきた声に、ヒカルは思わず背筋を伸ばした。

 

「……ええ、ええ。はい、わかりました。……はい。失礼します」

 

通話を終え、ヒカルは携帯電話を閉じた。

その表情は、いつもの彼からは想像もつかないくらい神妙な――――

 

「ヒ~カ~ル~くぅ~ん……」

「いっ!?」

 

音もなく開かれたバックヤードの扉の隙間から、きらりとメガネが光った。

 

「仕事中はマナーモードにしろって言ってるでしょぉ~……」

「す、すいませんっ! 今設定し直しますから!」

 

背筋が凍るようなか細い怒声に、ヒカルは慌てて再び携帯電話を開き、こそこそと身体を小さくした。

顔をのぞかせたのはここの店長である中年の男性。

色白で幸薄そうな顔をしていて、まるで幽霊みたいな不気味な口調で喋る彼のことが、ヒカルは若干苦手だった。

バイト変えようかなあ、なんて頭の片隅で思ったりしちゃったりするくらいには。

 

 

「機能てええええいし! ウォーバニットの勝利ぃー!」

 

世界メダロット協会日本支部所属の公式審判、ミスターうるちが声高らかに叫ぶ。

そのとたん、周囲でロボトルの動向を見守っていた人々が二人と二体に駆け寄り、それぞれの健闘を称え始めた。

ヒカルはそれを遠巻きに見守るに留める。最初はいがみ合ってばかりだった二人が、やがて世界大会へと歩を進め、

準優勝の栄光を勝ち取り、更には世界を救うことになるとは、いったい誰が予想できただろうか。

 

「イッキ、メタビー。惜しかったわね」

「残念だったな、イッキくん」

「でもすごかったですわ! 準優勝おめでとうございます!」

「ふふん、初出場で二位を勝ち取るなんてね。さすがはアタシの舎弟だ」

「誰が舎弟だ誰が」

「やっぱりヴィクトルは強いんだぜー! 弟子にしてほしいんだぜ!」

「うむ。まあ何じゃ、世界の壁は厚かったということじゃな」

「博士、それフォローになってないよ……」

「くっそお~……!」

「まあまあ、二人とも元気出して!」

 

がっくりと肩を落とすイッキとメタビーの背中を、喝を入れるがごとくアリカがすぱんと叩く。

あの音ならば立派な紅葉が出来上がっていることは間違いないだろう。ご愁傷様、と胸中で手を合わせる。

と、いつの間にか体格のいい色黒の男と一体のメダロットがこちらへ近づいているのに気がついて、ヒカルは体を強張らせた。

 

「礼を言おう。おかげでいい試合ができたよ」

「機体を提供してくださってありがとうございます!」

「い、いいぃえぇ。こちらこそ、チャンピオンのお手伝いができて嬉しい限りですよ! あは、あははははは……」

 

ええい、憑き物が落ちたようなスッキリした顔しやがって。昨晩まで大人も泣き出しかねない強面だったくせに。

色黒の男―――ヴィクトルとは怪盗レトルトの仮面を被ったアガタヒカルとしていくつか言葉を交わしてしまった。

子どもたちには誤魔化せても、洞察力に長けているこの現チャンピオン相手に正体を隠し通せる自信はあんまりない。

適当に相手をしてさっさと退散してしまおう。

 

「ところで……先ほど天領イッキが、お前のことをヒカルと呼んでいたようだが」

「ぎくっ!」

 

まずい。

 

「む……髪型も背格好もよく似ているな。まさかお前」

「あっ、オ、オレちょっと急用を思い出したので! これで失礼しまーすっ!」

「お、おいっ!」

 

踵を返し、荷物を引っ掴んで反対方向に素早く走りだす。

プリミティベビーとジャイアントメタビーの戦いでデコボコになった道路をリズムよく駆け抜け、身長以上もあるフェンスをひょいと飛び越えた。怪盗レトルトをやる上で鍛えに鍛えていたおかげで、身体能力は人並み以上ある。これくらいなら朝飯前だ。

500メートルほど走ったところでようやく足を止め、肩を上下させながら振り返ってみたものの、

人影は見当たらず、ヒカルは心の底から安堵の息を吐いた。冷や汗も相まって汗だくだ。

 

「あ、いっけね!」

 

アークの機体をコンビニのトイレに隠したままだったことを思い出した。

あの中の誰かがうっかりトイレに入りでもして見つかったら事だ。慌ててカバンの中からメダロッチを引っ張り出し、メダロットの転送ボタンを押す。青く丸い光が収縮を繰り返し、やがてアークビートルの形をかたどった。これで転送完了だ。

お待たせ、とアークの肩を叩く。

 

「オレらの時はケータイだったのに。便利な時代になったよなあ」

 

いつものように語りかけてみる。返事はないが、それもいつも通りだ。

ゆっくりと歩き出すと、ワンテンポ遅れて駆動音がついてきた。これもいつも通り。

こうして、怪盗レトルトでもなく宇宙メダロッターXでもない、アガタヒカルの時に連れ歩くのはいつ以来だろう。

ちゃんとマスターだと認識してくれていればいいのだが。

 

さあ、家に帰ろう。いとしの我が家はもうすぐだ。

 

 

ヒカルたちが暮らす家は町外れにある。家と言っても小さなアパートの一室だ。

しがないコンビニバイトの身分には相応の暮らしといえる。

まさかセレクト隊も、怪盗レトルトがこんなボロアパートに住んでいるとは思うまい。

以前博士に半分冗談のつもりで援助を頼んだところ「若いうちの苦労は買ってでもしろ」の一言で突っぱねられてしまった。

苦労なら既に人一倍していると思うのだが、この考え方が根性なしと言われてしまう所以なのだろうか。

部屋は昨日出た時となんら変わりなかった。何も落ちていないし、割れてもいない。

町外れだけあって戦いには巻き込まれなかったらしい。

靴を脱ぎ捨て、絨毯の上にどっかりと胡座をかく。ああ、やっと落ち着けた。

 

「っと、そうだ。磨いてやらなきゃな。アーク」

 

メンテナンス用具を取り出しながら玄関で突っ立っているアークに呼びかけてやると、

彼はゆっくりとこちらへ歩み寄り、ヒカルの前に座った。

頭部のプロミネンス、右腕のイグニッション、左腕のエクスプロード、脚部のファイヤワーク……どのパーツもぼろぼろだ。

これは入念にメンテナンスしてやらなければ。

 

「いやー、今日は大変な目に遭ったな。メダロ人に巨大ロボトルに宇宙人に……。しばらくはゆっくり休みたいよ」

 

機体を磨いてやりながら、大きなあくびをひとつ。今日は結局徹夜になってしまった。

不気味に目を光らせる多くのメダロットたち。向き合ったまま動かなくなった二体のメダロット。

ぼろぼろに壊れたスタジアム。すべて八年前と同じ光景だった。

否が応でも脳裏にあの日の記憶が蘇る。昨晩の、全身に張り付くじっとりとした汗の感触が今でも残っている。

 

それでも、ひとつだけ。

ひとつだけあの日と違うものがあった。

 

メダロッチを失ってもメダロットと心を通じ合わせ、強く結ばれた絆によって

前世の記憶に囚われたメタビーを救い出した少年、天領イッキ。

彼は最初から最後まで、メダロットの魂であるメダルを壊させまいと奮闘していた。

 

「あいつ、すごかったよなあ。八年前のオレとは大違いだ」

 

ロボトルで窮地に追い込まれた時、ロボロボ団にメタビーが捕らわれてしまった時、巨大メダロットと対峙した時。

たとえどんな困難に直面しても、イッキは決して諦めず、立ち向かってみせた。

諦めを知らぬ少年の心がメダロットを強くする。いつだったか、ロクショウが言っていた言葉だ。

もし、もしもだ。もし少年時代の自分が、イッキのような心の持ち主だったならば――――

 

(……何考えてんだ。今更、そんなこと)

 

そう、無駄だ。わかっている。わかっているが、一度回り始めてしまった思考は止めることはできない。

頭の中のプレーヤーがきゅるきゅると回り出し、過去の記憶を映し出す。

 

――――ヒカルくん、決めたんじゃな。

――――……こうするしか、ないですから。

 

本当に?

本当にああするしかなかったのか?

 

もっとオレが強かったら。

もっとオレが勇気を持っていたら。

もっとオレが熱い魂を持っていたら。

もっとオレがパートナーを信じてやれていたら。

 

“めたびー”がすべてを失うことはなかったんじゃないのか。

 

(ああ、そうか)

 

そこまで考えて、彼は唐突に悟った。

あの時、イッキにメタビーの名前を託した意味。自分でも気づかなかった意図。

 

「アーク」

 

磨く手は止めず、物言わぬパートナーの背中に語りかける。

 

「オレ、あいつらにやり直してほしかったんだ。もうあんなことにならないように」

 

重ねるようになったのは、イッキがメタビーと行動を共にするようになってからじゃない。

毎日のように店を訪れ、手の届かないメダロットを穴があくほど見つめていた彼に。

ある日突然レジカウンターに豚の貯金箱を叩きつけ、今までとは違う真剣な瞳でメダロットを求めた彼に。

知らず知らずのうちにかつての自分を重ねて、“めたびー”との出会いをやり直させた。イッキの持つメダルも同じレアメダルだったのは予想外だったけれど。

怪盗レトルトや宇宙メダロッターXに扮し導いたのは、あくまで彼らの友情に賭けたくなったと思ったゆえの行動のはずだった。

本人たちにもそう言った。ああ、だけど。なんて醜いエゴのかたまりだ。

 

「そんなことしても何にもならないっていうのにな。

ほーんと、オレって馬鹿だよなあ! ははははは、はは、……」

 

いつものようにへらへら笑ってみる。が、どくどくと湧き出る自己嫌悪と無力感に、それはあっけなくもほどかれていった。

こんな馬鹿馬鹿しい自己満足のために、大切な“めたびー”の名前を利用するなんて。すべてが終わった後で気づいたのがせめてもの幸いか。もう八年前のことだ。とっくに心の傷も癒え、自分の中では決着が着いたと思っていたのに。

けれど蓋を開けてみればまったくそんなことはなく、自分でも驚くぐらい、まだまだ深いところで根を張っていたらしい。

 

「――――アーク」

 

沈んでいく気持ちに引きずられるようにうつむく。

おかっぱ頭の黒髪がさらりと流れ、カーテンのようにしてヒカルの視界を覆った。

 

「何か、言ってくれよ」

 

今回のことでメダロットたちは前世の記憶を取り戻し、自我を得た。それはきっとアークも例外ではないはずだ。

その可能性を知った時、すっかり諦めていたにも関わらず、少しでも期待をもたげてしまったヒカルをいったい誰が責められよう。

けれど、彼のパートナーは喋らない。いくら問いを投げかけようと、同意を求めようと、応えてくれない。

 

何故だ?

自分を恨んでいるというならそれでもいい。好きに罵ってくれればいい。

口も聞きたくないというならそれでもいい。好きに殴ってくれればいい。

仕方なかったとはいえ、ヒカルはアークを一度殺したのだ。あまつさえ今回のていたらく。何をされても文句は言えない。

 

なのに。

 

「どうしてだよ……どうして、何も」

 

ブー ブー

 

「おわっ!?」

 

その時思いもしてなかった振動に襲われて、ヒカルは思わず飛び上がった。

犯人はパンツの後ろポケットに入れっぱなしだった携帯電話。

なんとなく予想はつくものの、誰だよいったい、と愚痴っぽくひとりごちながら通話ボタンを押す。

 

「はいはい、誰ですかー?」

『おお、ヒカル! 今いったいどこにおるんじゃ!』

 

年季の入った男性の声が受話口を震わせた。ああ、やっぱりあなたですか。アキハバラ博士。

 

「どこって……家ですけど」

『そりゃいかん。これから日本チーム準優勝のお祝いパーチーを開くんじゃ! お前がいなけりゃチームが全員揃わんではないか!』

「なっ……何言ってんですか博士! 宇宙メダロッターXは怪盗レトルトってこと、とっくにバレちゃってるんですよ?

お祝いパーティーなんか出られるわけないでしょ!」

 

まったくこの人は、と片手で頭を抱える。町の復興も進めなきゃいけないだろうに何がパーティーだ。

 

『細かいことは気にするな。イッキくんもお前に会いたがっておったぞぉ』

「できませんよ。さすがに僕の正体にもそろそろ感づいてる頃でしょう。……それに」

『それに?』

「……いえ、別に」

 

もうイッキとメタビーに会わせる顔なんてない。

勝手に彼らを自分たちに重ねて、勝手に少年時代に失ったものを取り戻した気になって。今更どんな顔をして会えというのだ。

 

『ヒカル。お前さん、イッキくんたちをかつての自分たちと重ねていたんじゃろう』

「……!」

『だから彼をメタビーと名付け、あの二人を大人しく見守ることに賛成した。違うかね?』

「気づいていたんですか……」

『とーぜんじゃ。何年の付き合いだと思っとる』

 

電話の向こうで得意げに笑っている姿が容易に想像できる。

けれど口調から、決してからかうつもりではないことは推察できて、ヒカルはあえて答えずに博士の言葉を待った。

 

『よいか。そのことについて何か負い目を感じる必要はない。お前はそうしてもいいくらいの深い傷を心に負ったんじゃ。

少々エゴを押し付けたって、誰も責めはせんよ。……お前さんの“めたびー”だってそう言うはずじゃ』

「……そう、でしょうか」

 

震える手でクロスを握り締める。滲み出たオイルが指を伝って滴り落ち、絨毯にシミを作った。

 

「アークは相変わらずです。何も言ってくれません」

『ふむ……以前一度ばらばらになってしまったからのう。再起動に時間がかかっているのかもしれん』

「これは、罰なんでしょうか」

 

ついこぼしてしまってから後悔した。こんなことを言っても困らせるだけだ。

大抵の者なら逡巡したのち、同情や慰めの言葉をかけてくれるだろうが……。

そこまで考えて、ヒカルは自分でもわからなくなってきている自身の心の一片を知る。

そうか、オレは慰められたいのかもしれない、と。

思えば両親の元から離れて久しく、身近にいる頼れる大人はメダロット博士くらいだ。(あまり頼りがいはないが)

こんな時くらい甘えさせてもらっても許されるのではないか、なんて思いが頭をよぎる。

しかし、少しの沈黙の後、受話口から届いた声は、予想に反して明るいものだった。

 

『ヒカルよ。お前さん、犯罪についてどう思う?』

「え? な、何ですかいきなり?」

『いいから答えんか』

「はあ……まあ、良くないことだと思いますけど」

 

若干の後ろめたさを感じながらもそう答える。

我ながら、いくつものメダルを盗んでおきながらよくもまあ言えるものだと思う。

 

『そうじゃろうそうじゃろう。犯罪は良くない!

特に、人様のものを勝手に盗み出す窃盗なんかは決して許されることではない! のう?』

「ま、まあ……はい」

「というわけで、わしはこれからセレクト隊に怪盗レトルトの所在を垂れ込もうと思う」

「えっ……ええええええぇぇぇっ!?」

 

突拍子もない言葉に携帯電話を取り落としそうになった。意味がわからない。

 

『何をうろたえておる。お前だって今しがた、犯罪は良くないと言うたじゃろうが』

「何言ってんですか! 博士、僕を売るつもりですかっ!?」

 

突飛な言動に困惑させられるのはいつものことではある。が、今回はいつにも増してわけがわからない。

怪盗レトルトの扮装や口上を考えたのはヒカルだが、最初にレアメダルの保護を手伝ってほしいと言い出したのは誰でもない、博士だ。

それだというのに、すべてが終わったらハイ用済み、素知らぬ顔をして通報だなんて、それはあまりにあんまりではないのか。

 

『逃げるなら今のうちじゃぞ。多少インターバルをやろう。逃げきれればお前さんの勝ち、捕まったらわしの勝ちじゃ』

「に、逃げるったって、一体どこに」

『さあのぉ。根性なしは根性なしらしく、田舎に引っ込んだらどうじゃ?』

「んなっ……!」

 

揶揄するような物言いにカチンと来たが、その口調に優しさがかいま見えた気がして、喉まで出かけた反論を飲み込んだ。

 

『もう何年も帰っとらんのじゃろう?』

「……博士」

 

そうか。博士の意図を察し、ヒカルは頷いた。

怪盗レトルトの役目からの解放。これが博士なりの慰めなのだろう。いや、餞別と言った方が正しいのか。

 

『ほれほれ、とっとと荷物をまとめんか! 早くせんと通報しちゃうぞぉ~?』

「やだなあ博士。本当に通報する気なんてないくせに」

『……』

「……え?」

 

まさか本当に垂れ込む気じゃ。いやいや、冗談ですよね?

 

『安心せい! 捕まってしまったらしまったで、申し開きはしてやるわい。

これまでの悪行の数々は、すべてロボロボ団から世界を守るためだったとな』

「ははは……頼みますよ、ホント」

『……ヒカル』

 

いつになく真剣な声だ。背筋を伸ばし、応える。

 

『元気でな。何かあればいつでも連絡してくれ。できるだけ力になろう』

「はい。アキハバラ博士も、お元気で」

 

思えば、博士とは本当に長い付き合いだ。少年時代に知り合い、“めたびー”を失った後も何かと世話になった。

怪盗レトルトという汚れ役を進んで引き受けたのも、半分は世界のためだったが、もう半分は博士への恩返しのためだ。

もっともそんなこと、気恥ずかしくて面と向かっては言えないけれど。

 

「今までありがとうございました。僕、博士のおかげで……」

『やめんか気色悪い! 今生の別れでもあるまいし』

「それもそうですね。……それじゃあ」

『うむ。インターバルは十五分じゃ。それ以上待ってはやらんぞ』

「え、ちょっ!?」

『はっはっは! 師匠からの最後の試練じゃ。頑張れよー!』

「ま、待ってくださいよ! 本気で通報するつもり――――博士えぇ!?」

 

必死の引き止めも虚しく、無慈悲にも電話は切られてしまった。残ったのは一定間隔で流れる電子音のみ。

もちろんそれに向かって呼びかけても返事が返ってくるはずもない。

ヒカルは信じられない思いで携帯電話を見つめ、やがて大きなため息とともにポケットにしまいこんだ。

あの口ぶりからするに、博士は本当にセレクト隊に垂れ込むつもりだ。いったい何を考えているのやら。

幸い男一人、メダロット一人のアパート暮らしだ。それほど物は多くない。急いでまとめてしまおう。

アークに風呂敷やらリュックやらを引っ張り出すよう指示し、タンスを開く。とりあえずは衣服からだ。

 

博士から課された最後の試練とやらのおかげで、さっきまでの鬱々とした気分はすっかり吹っ飛んでしまった。

たとえ記憶や自我が戻らなくてもアークはヒカルの大切なパートナーだし、それはこれからも絶対に変わらない。

考えてみれば簡単なことだ。今戻らなくても、いつか戻るかもしれないし、と未来に期待を寄せてみる。

大事なのはこれからどう生きるかだ。過ぎたことをいつまでもくよくよ考えていても仕方がない。あのヒヨコ売りもきっとそう言うだろう。……そういえば、あの男は結局何者だったのだろうか。神出鬼没、一見的外れなことを言いながらも、少年少女を叱咤し元気づけていた。

単なる説教好きのおじさん? 実はロボロボ団を追う特別捜査官? いやいやもしかしたら……。

ヒヨコ売りの正体についての考察もそこそこに、離れていた故郷に思いを馳せる。

キララはどうしているだろう。もう何年も連絡を取っていない。ナエも、イセキも、ヤンマも、クボタも、ユウキもパディも。

みんな元気にやっているだろうか。実家にもずいぶん帰っていない。きっと両親も心配していることだろう。

心残りがあるとすればタワラーマとジョー・スイハンか。

八年前の誤解は解けたが、旧交を温めることはできなかった。そんなこと、はなから期待していなかったけれど。

縁があればまた会うこともあるだろう。その時は仮面越しではなく、きっと素顔で話せるはずだ。

 

(そろそろ、いいよな)

 

“魔の十日間”の真相が明るみに出た今、こそこそ変装なんかしてロボトルをする必要はない。

そろそろ自分も表舞台に出てもいい頃だろう。宇宙メダロッターXの衣装を捨ててしまうのは

ちょっと、いや、かなり惜しいが。いっそ持っていってしまおうか。いやでも……。

 

その時肩に何かが触れたような気がして、ヒカルは反射的に後ろを振り返った。

 

 

「おじさま!」

 

ぱちんと携帯電話を閉じると、カリンが駆け寄り顔を覗きこんできた。

澄んだ緑色の瞳でまっすぐに見つめられ、胸のあたりがほんのりと暖かくなるのを感じた。可愛い可愛い自慢の親戚の娘だ。

イッキとヴィクトルの試合が終わった間もなく後、博士たちはコンビニ前から純米家へと移動し、パーティーの準備を進めていた。

といっても、段取りはほとんど純米家の執事やメイドたちが取り仕切っているのだが。

そんななか、こっそり会場を抜け出し、ベランダに出てこっそり電話をかけていた博士にカリンは気づいていたらしい。

この娘はのんびりとしているようで実は気が利く。内容が聞き取れない位置でひそかに待っていてくれていたようだ。

 

「長いお電話でしたわね。お仕事のお話ですか?」

「まあそんなところじゃ」

「? さ、おじさま。パーティーが始まってしまいますわ。参りましょう」

「うむ」

 

先導してくれるようにてくてくと歩き始めたカリンの後を追い、博士も踵を返す。

カリンの言った通り、既にパーティーの準備は整ってしまったらしく、向こうはすっかり盛り上がっていた。

掛け値なしに喜び合い、皆の健闘を祝福できる場所。世界大会に苦い記憶しかない一番弟子を是非この場に呼んでやりたかったのだが。

……さてと。右手の腕時計をちらりと見る。ヒカルとの通話を終えて、既にニ分が経とうとしていた。

 

「アキハバラ博士!」

 

賑やかなパーティー会場まで後一歩というところで、駆け寄ってくる者があった。白いスーツが眩しいセレクト隊員だ。

彼らも今回の事件の功労者だが、この場にはあまり似つかわしくない格好である。

くいと白衣を引っ張られる感覚に思わず見下ろすと、カリンが不安そうな表情を浮かべていた。

ただならぬものを感じ取ったのだろう。無理もない。

 

「カリン、向こうへ行っていなさい」

「おじさま……でも」

「大丈夫じゃ。ほれ、イッキくんたちが待っておるぞ」

 

軽く背中を押してやる。カリンは少しの間セレクト隊員と博士を見比べていたが、やがてイッキたちの待つテーブルへと走っていった。

博士は再びベランダへと足を踏み入れ、柵に手を置くと、直立不動のセレクト隊員と向き合った。

バイザー付きヘルメットで半分ほど隠れてしまっている顔からは感情を読み取ることはできない。

が、それは大きなサングラスをかけている博士も同じことだ。

 

「アキハバラ博士、改めて確認させていただくであります。あなたが怪盗レトルトと通じていたというのは、事実でありますね?」

「ああ。しかしじゃな、あれは世界をロボロボ団から守るために……」

「存じております。ですが被害届が出ている以上、奴を拘束しないわけにはいかないであります」

 

この石頭め、と博士はひそかに毒づく。やれやれ、それにしてもいったいどこから漏れたのやら。

博士と怪盗レトルトの繋がりを知る者は極々限られている。ロクショウ、バートン、そしてカラスミ。

そういえば今朝からカラスミの姿が見えない。彼女が一人のロボロボ団員とともにいずこかに消えたという目撃証言が複数届けられているが、もしや。

……いや、今問題にすべきなのはそのことではない。

 

「もちろん十分に情状酌量はさせて頂くであります。どうか情報提供にご協力を!」

「……いいじゃろう。じゃが、あと……そうじゃな、十分だけ待ってくれるか」

「しかしそれでは!」

「待てないと言うのであれば奴の居場所を教えることはできん! 代わりにわしを逮捕でも何でもするがいい!」

「……わかりましたであります」

 

セレクト隊員は渋々敬礼のポーズを取り、一歩下がったかと思うと無線機を取り出していずこかに連絡し始めた。出動準備をさせているのだろう。さあ、これで約束通り十五分のインターバルは用意できた。昨晩の事件など嘘だったかのように晴れ渡る青空を睨み上げ、博士はぎりりと奥歯を噛む。自分がしてやれるのはここまでだ。どうか、無事に逃げおおせてくれよ。

 

 

ぱんぱんに膨らんだリュックや風呂敷。それらをひとつずつ小さな車の上に載せていく。

こんもりと小さな山のように積まれた荷物に紐をかけて固定すると、ヒカルは一息ついて額の汗を拭った。

これでようやく準備完了だ。右手に装着したメダロッチを一瞥する。既に、与えられたインターバルの時刻を三分ほど過ぎていた。急がなければ。

 

「行くぞ、アーク」

 

助手席にアークを座らせ、エンジンをかける。

よくあるパニック映画のようにエンジンがぐずるなんてことはなく、拍子抜けするほどあっさりと車は小刻みに振動し始めた。

よし、と胸中でガッツポーズを決める。ふと左隣の方を窺うと、アークは不慣れな様子でシートベルトを締めているところだった。

長いツノを窓の外に出さざるを得ないこともあり、かなり難航しているようだ。

ヒカルはその微笑ましいともまどろっこしいとも思える動作を見守りながら、つい数分前のことを思い出していた。

 

 

荷物をまとめつつ、宇宙メダロッターXをどうするか考えていたその時、

肩に何かが触れたような気がして、ヒカルは反射的に後ろを振り返った。

 

ぬうっと現れたのは金色の仮面。

……いや、正確に言えば、仮面を被ったアークだった。

 

あまりに予想外。あまりに不意打ち。あまりに不似合い。

突然のことにぽかんと口を開けていたヒカルだったが、間もなくこみ上げてきた抑え切れない衝動に負け、腹を抱えた。

 

「あっはははははははは! な、何やってんだお前! 全然似合ってな……くっ、わははははは!」

 

ひとしきり笑ってしまってから、はたと気づく。アークが今までこんなことをしたことがあっただろうか。

八年前のあの日からアークが自分から動くことなどなかった。ましてや、こんなおちゃめな行動に出たことなんて。

あっけにとられているマスターを前に何を考えているやら。

アークは仮面を外すと、綺麗に畳まれた黒い全身タイツ、白い手袋とともにそれを差し出してきた。受け取りつつ、問いかける。

 

「え、っと……持っていけってことか?」

 

モーター音とともに、彼は首を縦に振ったのだった。

 

 

ぐいぐいと腕を引っ張られる感覚に、否応なく思考の海から引き揚げられる。

見ればアークがこちらをじっと見つめていた。何とか自力でシートベルトを締められたらしく、黒いベルトが彼の機体を斜めに横切っている。なんとなく、何故手伝ってくれなかったんだという抗議の視線を向けられているような気がして、

ヒカルは苦笑を浮かべつつ、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

 

(……自我、だよな。これって)

 

まだ喋れないみたいだけど、指示してないのに勝手にシートベルト締めたし。

なんとなく確証を持てず、首を傾げてしまう。この時をずっと待ち望んでいたはずだったのに、いざ迎えると実感が湧かない。

夢ではないことは既に確認済みだ。じんじんと痛む頬がこれは現実だと物語っている。

 

でも。

ハンドルを切り、駐車場を出る。

 

先ほどから胸の奥から何かが湧き出てきている。

じわじわと、けれど確実に心を染めようと広がっているものがある。できることなら身も心もそれに任せてしまいたい。

だが、今はこの町から逃げることが先決だ。インターバルを過ぎた今、セレクト隊が駆けつけるのも時間の問題なのだから。

 

「っと……!」

 

噂をすれば影というやつか。50メートルほど先のところに白いスーツ―――セレクト隊員たちが見えた。バイクに乗っているようだ。

無駄かとは思いつつも、ヒカルはポケットからサングラスを取り出し装着した。以前博士が戯れにくれたものだ。こんなところで役に立つとは思わなかった。

セレクト隊を前にして道を変えるなど不自然なことはできない。このまますれ違えればいいのだが。

 

「失礼します! ちょっとお時間よろしいでありますか?」

 

やはりそう上手くはいかないか。

 

「我々は、この付近に潜伏しているという怪盗レトルトを捜索中であります」

「えっ、怪盗レトルトがここに? それ本当ですか?」

「確かな情報であります」

 

ええ、ええ、そうでしょうよ。表情には出さず、ヒカルは胸中で捨て鉢に答えた。

何か知っていることがあれば、と聞かれたが、当然首を横に振った。

ここ数年、とぼけることだけずいぶん上手くなってしまったなぁと思いながら。

 

「そうでありますか……」

「すみません、お役に立てなくて」

「いいえ、ご協力ありがとうございました!」

 

ビシッと勇ましい敬礼を返される。すっかりかっこよくなっちゃって。八年前のセレクト隊とはまるで別物だ。

 

「……ところでそれは、アークビートルと呼ばれるメダロットでは?」

「? はい」

「いえ、報告では宇宙メダロッターX……怪盗レトルトもアークビートルを使うとか」

「ぎくっ!」

 

そうだった。世界大会の準決勝、対アメリカ戦ではセレクト隊が待機していたのだ。

宇宙メダロッターXの愛機が何であるかなんて知っていて当然ではないか。

どうする。振り払って逃げるか? いや、まだバレたと決まったわけじゃない。

ここは何とかはぐらかして穏便に事を済ませよう。

 

「じっ、実は僕、宇宙メダロッターXのファンで! この前、同じパーツを一式買っちゃったんですよ~!」

「ああ……なるほど。まあ使うなとは申しませんが……」

「あはは……スミマセン」

 

何とか誤魔化せたようだ。ああ、心臓に悪い。

その後もこれからどこへ行くのかなど形式的な質問をされたが、つつがなく答えることができた。

セレクト隊員は何か考え事でもするように顎の無精髭を撫でてはいるが、見たところこちらを疑っている様子はない。

ヒカルはひそかに胸を撫で下ろした。この山場を越えてしまえば後は何とか――――

 

「ああ、いけない。最後にもうひとつだけ」

「うぇっ!? な、何でしょう?」

「この度は息子のイッキが大変お世話になりました。どうか、お元気で」

 

え?

 

「隊長!」

「ああ、今行く! ……それでは」

 

無精髭を生やしたセレクト隊員はもう一度だけ敬礼すると、踵を返してバイクに跨り、他のセレクト隊員を引き連れてその場を去っていった。

細く伸びた排気ガスがわずかにたゆたっていたが、それも風に紛れて消えていく。

ぽつんと取り残された一人と一体は、ただただ顔を見合わせるのだった。

 

 

数日後。

ギンジョウ町から離れた、とある小さな町。

そこにある自然公園にて、高校生くらいと思しき一人の少女と、三人の少年少女が向かい合っていた。それぞれの傍らには色とりどりのメダロット。

互いに顔見知りではあるようだが、そこに流れる雰囲気はあまり和やかなものではなかった。

金色の長い髪をひとつにくくった少女が太い眉を吊り上げ、声を張り上げる。

 

「ちょっと、三対一なんて卑怯よ!」

「オレたちが卑怯? ……馬鹿言うな。ロボトルはチームで戦うのが普通だろ? 一体しか持ってねえ奴が悪いんだよ!」

「ほんとだわ。妙な言いがかりはよしてほしいわね。

ほら、さっさとメダロッチを構えなさい! あんたのパーツ、全部持っていってあげるわ!」

 

確かに彼らの言っていることは正しい。

だが、良識を持ったメダロッターならば、相手に合わせてメダロットの数を変えるのが普通だ。

だというのに彼らは相手の都合も鑑みず、パーツ目当てにいつもあちこちでロボトルを申し込んでいる。

まったくいい迷惑だ。……これでも一応、根はいい奴らではあるのだが。

 

「あの……私は別に」

「いいのよ。あいつらとなんか戦わせるもんですか」

 

心配そうにこちらを見上げてくるパートナーに笑いかける。

幸い、真剣ロボトルは互いの合意がなければ成立しない。パーツをやりとりできるのは真剣ロボトルとして認定された時のみだ。

こんな奴らに付き合ってむざむざと大切なパートナーを傷つけてしまう必要はない。適当に時間を稼いで、隙を見て逃げてしまおう。

ふと、以前にも似たようなことがあったなと思い返す。あの時もこうやってロボトルを強要されて、自分は腹を立てていた。

どうしたものかと頭を悩ませていた時、幼馴染が颯爽と現れて、手に入れたばかりのメダロットで助けてくれたっけ――――

その時、三人組の中の一人、黒髪を逆立てた少年が片眉を器用に上げ、せせら笑った。

 

「ふん! いつまでもこうしてたって、誰も助けになんて来ないぜ。キララ?」

 

さっと頭に血が上るのを感じた。

単なる挑発のつもりだったのだろう。けれど少女―――キララにとって、今の言葉はタブーに近いものだった。

頭の片隅にあった叶わぬ願望を見透かされたようで、彼はもう戻ってこないと暗に言われているようで。

触れられたくない部分に触れられて、彼女の心は燃えたぎった。目の前の悪ガキ三人組を凛々しく睨みつけ、メダロッチを構える。

 

「キララ!?」

「ごめん、アルミ。ちょっと我慢できそうにない……!」

「そうこなくっちゃ。さ、行くわよぉ!」

「合意と見てよろしいですね!?」

 

どこからかレフェリーが沸いて出、双方の間に立った。真剣ロボトルとして認められたようだ。

もはや知り尽くしているルール説明を聞き流しながらキララは作戦を練る。

相手の使用メダロットはマゼンタキャット、シアンドッグ、イエロータートル。どれも鍛え上げられたバランスの取れたメンツだ。

正直アルミ一人では少々荷が重い。が、彼女だってメダロッターの端くれだ。そう簡単に負けてなどやるものか。

 

「それでは! ロボトルぅー……」

「ちょーっと待ったあ!」

 

レフェリーが高く上げた手を振り下ろそうとしたその瞬間、どこからか声が降って湧いた。

声の主を探すべく全員で周辺を見回す。やがて、アルミがあそこだと声を上げ上空を指差した。

 

公園のフェンスの上。

そこにいつの間にか、一人の男と一体の見たこともないメダロットが立っていた。

陽光に煌めく金色の仮面、風にたなびく赤く長いスカーフ。

筋肉が浮かび上がるほどピチピチの黒い全身タイツに白い手袋とブーツ。そして腰には大きなベルト。

 

――――壊滅的にダサい。

 

「か弱い乙女に多勢に無勢でかかるとは笑止千万! このロボトル、私も参加させていただこう」

「な、何だお前は!?」

「へっ、変態!?」

 

わなわなと震えながら、リーダー格の少女がフェンスの上に佇む謎の男を指差す。

怒っているようなその表情はどこか笑いをこらえているようにも見えた。

キララもまた、胸にざわめくものを感じていた。あの声、あの身のこなし。あのファッションセンス。

まさか。

 

「し、失礼な! 私は遠い銀河の彼方から――――」

 

男は朗々と声を張り上げ、芝居じみたポーズを取り始めた。

いやに見覚えのあるその男の口上を聞きながら、キララは悪ガキたちと顔を見合わせ、微笑む。

聞きたいことも言いたいことも山ほどある。だが、後回しにしてやろう。今はとにかくロボトルだ!

 

「準備はよろしいですかな? それでは、ロボトルぅー……ファイトおぉ!」

 

ロボトル開始を告げるゴングの音が高らかに響き渡る。

愛機アルミに指示を出しながら、キララは隣に立つ全身タイツの男をちらと見つめ、そっと心の中でつぶやいた。

 

 

――――おかえり、ヒカル。

 

 

 

 
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