No.491507

乱世を歩む武人~第四十話~

RINさん

第三章最終話。

2012-10-03 00:55:23 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8173   閲覧ユーザー数:5989

夏候淵

(やれやれ。間一髪といったところか。)

 

不敵な笑みを浮かべる夏候淵だが内心は一安心といったところだ。あと一歩・・・本当にあと一歩遅れていたら桂枝はあのままやられていただろう。

 

しかし、華琳の想定よりずっと速く着いた魏の将達によって桂枝は間一髪で救われていたのだった。

 

ここまでたどり着いた彼女たちは明らかに陣形がおかしい部隊があることに気づき、すぐにその中心で戦っている人物に気づいた。

 

その後、張遼隊によってその包囲網は大いに引っ掻き回し、通り道を開ける。

 

そして撹乱された道をかいくぐり、夏候淵は彼の元へとたどり着いたのだった。

 

華琳達の思惑よりもずっと速く到着した理由・・・それはもとより予定より遅めの時間を報告しておいたからにほかならない。

 

仮に帰還までに他軍の邪魔が入った場合、「予定よりも遅くきた」となっては味方の士気への影響が計り知れないからだ。

 

そして・・・桂枝が援軍が間に合うことに賭けたのもそれが理由。

 

距離と討伐相手を計算しても明らかに遅く設定されていると踏んだからこそ、わざわざ勝てる見込みのない防衛を続けたわけだが・・・それを彼女が知る由はない。

 

紫苑

「あなた・・・夏候淵ね?」

 

会心の矢を弾かれたそれをやってのけた人物をそう断定した。

 

夏候淵

「あなたとは初対面のはずだが・・・知られているとは光栄だな。黄忠」

 

同じく彼女もその矢のさえを見て、彼女も名はせる一流の使い手だということを理解する。

 

紫苑

「ええ、知っているわよ。同じ弓使いとして・・・ね。あなたも私を知っているようだけど?」

 

夏候淵

「なに、あなたと同じだよ。アレほどの腕を持つ蜀の人間で思い浮かぶとすれば・・・まず第一に黄忠の名だろうさ。」

 

黄忠

「あら、それは嬉しいわ・・・ねっ!」

 

そう言いつつも放たれる連射。放たれる矢は先程までとは違い、きちんと鏃の着いた普通の矢だ。

 

夏候淵

「こんなものっ!」

 

全てが急所をねらったその矢を、夏候淵はあっさりと弾き返しお返しとばかりに連射を返した。

 

紫苑

「あなたが部隊を先行させてきたというの!?」

 

後少しで目的を達成できそうだった紫苑に焦りが生じる。今すぐにでも桂枝の無力化を進めたいが・・・ここで矢を桂枝に射掛けたとしてまた夏候淵にはじかれるだけだ。

 

だが・・・それより問題なのは、彼女の余裕のある表情。

 

いまだ夏候淵とて、余談を許せる状況ではない。いまだ彼女以外の武将は存在せず、関羽、趙雲どちらかが桂枝に攻撃をかければ十二分に勝てる・・・はずなのだ。

 

そんな状況の最中。夏候淵はなお、余裕の表情を崩していない。・・・それが紫苑の焦りを増幅していた。

 

では・・・何故夏候淵が余裕をもっているのか?答えは至極単純。

 

夏候淵

「いや、私がたまたま近くにいてすぐに干渉ができると踏んだからほんの少し、先行してきただけだ。」

 

そう、今の状況は偶然穴が開いた先に彼女がいて、ほんの少しだけ先行していただけという状況。

 

夏候淵

「私なんかよりずっとそいつを思っている連中が・・・もうすでにやってきているようだぞ?」

 

 

 

ーーーー真打は、待つ間も無く現れる。それを知っているからこその、余裕。

 

 

 

紫苑

「・・・なんですって?」

 

思わず顔をしかめる紫苑、しかしそれを問いただすまもなく・・・

 

???

「おぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇらぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

けたたましい怒号とともに凄まじい速度で駆け寄ってくる人物が一人。それは・・・

 

「ウチの桂枝に・・・なにさらしとんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

怒りを顔に宿して突っ込んでくる霞だった。

 

関羽

「張遼かっ!」

 

猛烈な勢いで関羽へと突っ込んでいく霞。それを避けられないと判断し、霞を受け止める関羽。

 

関羽

「っっっ!?」

 

何とか受け止めることに成功はしたが砕けた手にも全力を込めなければならず、彼女は思わず苦痛に顔を歪めてしまった。

 

「関羽ぅぅぅぅぅ・・・会いたかったでぇ・・・顔を覚えてくれていたことは嬉しいし、色々と言いたいことややりたいこともあるねんけどなぁ・・・

 

ーーーー今は桂枝をこないな目にあわせた落とし前、たっぷりとつけさせてもらうでっ!」

 

そして始まる霞の攻撃。それは桂枝をして「動きを読んでも両手でないと手が間に合わない」と判断したという神速の体現。

 

暴風のような連撃が情け容赦なく手負いの関羽へと降り注いだ。

 

関羽

「くぅぅぅぅっっっ!!!」

 

ただでさえ強烈なこの攻撃を片手が砕けた状態で受けなければいけない関羽の額に大量の油汗が浮かぶ。

 

趙雲

「愛紗っ!」

 

その様子に慌てた趙雲が関羽の援護に入ろうと身を乗り出す。しかし・・・

 

???

「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」

 

横合いからの強烈な一撃に援護をあきらめなければならなくなる。

 

趙雲

「ちぃっ!」

 

受け止める趙雲。関羽への援護を止めるため、その場に現れたその人物は・・・

 

夏侯惇

「趙雲っ!貴様の相手はこの夏侯惇がさせてもらうっ!」

 

曹魏が誇る「魏武の大剣」夏侯惇だった。

 

趙雲

「おのれ・・・なんという馬鹿力」

 

剣を受け止めた趙雲だが・・・鍔迫り合いをし始めてすぐに押され始めた。

 

もとより速度と身軽さをウリにしている彼女だが・・・桂枝との戦いでそれも大分鈍ってきているため戦い始めほどの技の冴えはすでにない。

 

おまけに今、彼女が真正面から対峙しているのは魏の力の体現、夏侯惇だ。例え最高の状態であろうと真正面で受けたと会っては勝てる道理はない。

 

夏侯惇

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

そのままグイグイと彼女の土俵である力勝負へと引きずりこまれていった。

 

紫苑

「二人供っ!はっ!」

 

押されているの二人を援護しようと紫苑が矢を射かける。しかし・・・

 

夏候淵

「やらせんっ!」

 

紫苑が目を数秒離した隙を突き、桂枝も元へと近づいていた夏候淵によって弾かれてしまった。

 

「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

夏侯惇

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

その間にも状況は動いていく。霞と夏侯惇はほぼ同時に互いの相手である関羽、趙雲を相手に強打を当てることに成功する。

 

関羽・趙雲

「「くうっっ!!」」

 

彼女たちはこらえきれずに大きく後退した。紫苑がそちらへと駆け寄っていき、体勢を整える。

 

霞、夏侯惇もその動きに合わせて夏候淵同様、桂枝の元へと向かう。そして桂枝を背にして三人へと向かい合った。

 

桂枝を背に戦う意志を見せるは霞、夏侯惇、夏候淵という曹操軍でも指折りの三人。

 

対する劉備軍は手負いの関羽に疲労困憊の趙雲、そして・・・桂枝捕獲を最優先としたために残りの矢がほぼ無いにも等しい紫苑。

 

 

ーーーーーーこの場における大勢は、明白に決していた。

 

趙雲

「・・・退くぞ。二人共、桃香様の元に戻らねばならん」

 

苦虫を噛み潰したような顔で趙雲が二人に告げる。

 

紫苑

「・・・ええ、そうね。」

 

紫苑もそれに追従する。もとより不利な状況下、更には曹操軍の逆襲から劉備を逃がさなければ行けないこの状況下において、兵を指揮する人間が三人も集まっていていい道理など無い。

 

関羽

「ああ。口惜しいが・・・仕方ない。総員!撤退だ!」

 

そうと決まれば話は速い、とばかりに踵を返した三人は潔ささえ感じるほど素早く撤退を開始した。

 

紫苑

「・・・ごめんなさいね。」

 

撤退しながらもそうつぶやきながら紫苑は一瞬桂枝の方へと振り向く、その瞳には・・・様々な感情が混ざっている。

 

そして・・・彼女たちは乱戦の中へと己の身体を投げ込み、消えた。

 

「逃がすかいっ!きっちり決着をつけて・・・」

 

当然それを見逃す霞ではない。すかさず追撃を開始しようとするが・・・

 

夏候淵

「待て、霞っ!今はソレより荀攸を・・・」

 

肩を捕まれ夏候淵に止められる。その言葉を聞き霞は改めて桂枝を見やる。

 

そこにいた桂枝は武器をおろし、今まさに崩れ落ちようとしていた。

 

「・・・っ!!桂枝っ!!」

 

慌てて桂枝に駆け寄った霞は、崩れ落ちる身体をなんとか抱きとめることに成功した。

 

「おいっ!桂枝!しっかりせぇ!なぁ、桂枝っ!」

 

抱きとめた身体からは力を感じない。そして・・・

 

「っっ!出血がひどい・・・」

 

手についた血と赤く染まった鎧が桂枝の容態を示していた。

 

桂枝

「・・・大丈夫です、生きてますよ」

 

霞にしか聞こえないような小さな声で桂枝が反応する。これは秘密の会話をするなどの理由ではなく、単純にそれ以上の声が出せないからだ。

 

「桂枝っ・・・!いや、ちゃんと生きとるなら無理に応えんでええっ!待っとれ。すぐに城まで送ったるから・・・」

 

季衣・流琉

「「桂枝兄ちゃん(様)っ!」」

 

話を言い終わらないうちに季衣と流流が駆け寄ってきた。

 

今まで先行した彼女たち二人の代わりに彼女たちが今まで兵の指揮をとっていたのだ。ちなみに霞の部隊は現在、稟が集めている。

 

季衣

「桂枝兄ちゃんっ!大丈夫!しっかりしてっ!」

 

桂枝

「・・・大丈夫だよ。しっかりしてるから心配するな。」

 

流琉

「っ!ひどい怪我・・・。早くお城で手当をしないと・・・」

 

彼女たち二人はすごく心配した表情で霞に寄りかかっている桂枝を見つめていた。その表情に気づいた桂枝は霞から離れ地面へと座り込む。

 

桂枝

「・・・ああ、そうだな。城まで頼んでいいか?正直かなりきつい・・・」

 

そしてこれ以上強がっても意味は無いだろう。と判断した桂枝は素直な言葉を口にした。

 

季衣・流琉

「「もちろんだよ(です)っ!」」

 

座り込む桂枝に肩を貸す二人。それを受け桂枝はなんとか立ち上がり霞の方へと顔を向け・・・

 

桂枝

「・・・というわけですので、霞さん。

 

ーーーー「落とし前」はお任せします。」

 

そう一言呟いた。

 

「・・・ああ。任せときぃ。きっちり付けさせてやるさかい」

 

ソレを聞いて軽く笑みを浮かべた桂枝。

 

そして・・・今度こそ完全に気を失った。

 

流琉

「・・・っ!季衣!」

 

季衣

「うんっ!」

 

肩を貸していた二人はソレに気づき、素早く馬の背に桂枝を乗せる。それに流琉が乗り季衣はまた別の馬に乗って・・・

 

「頼んだで二人共。戦わんでええから、桂枝のことちゃんと城まで送って手当したってな!」

 

流琉・季衣

「「はいっ!」」

 

落とさないように細心の注意を払いながら、城へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて・・・」

 

 

 

 

桂枝を見送った後、霞の周りの空気が一変する。そこにあるのは当然・・・

 

 

 

 

「・・・春蘭、秋蘭。先に謝っとくで。

 

 

 

 

ーーー今のウチはちょっと自制が効きそうにないわ。」

 

 

 

 

 

圧倒的な怒りの感情。彼女の大切な人を嬲り者にした劉備軍への復讐心。

 

霞は、未だかつて無い程の殺気を放っていた。

 

夏候淵

「安心しろ、霞。止めはしないさ。私達とて、それは同じだ。」

 

「霞っ!。部隊を集めました。いつでも突撃に入れます!」

 

そう言っているうちに夏侯惇、夏候淵に続き霞の部隊が集まってきた。華琳たちへの合流部隊として、別働隊で動いている楽進達を除けばこれで今のすべての兵力が揃ったことになる。

 

それを確認した夏侯惇は大きく息を吸い込み、声高らかに号令をかける。

 

夏侯惇

「総員っ!聞けェ!我らはこのまま一気に突撃をかけ、劉備たちの背後を叩く!。霞と秋蘭はその隙を突き、崩れた敵を根こそぎ討ち滅ぼすのだ!」

 

「おうよっ!ええか張遼隊ぃっ!この戦いはウチらの大事な副将、荀攸へ捧げる戦いやっ!手ぇ抜いてる奴を見かけたら承知せんからなぁ!」

 

兵士

「「「応っっっ!!!!」」」

 

兵士の士気が目に見えて上がる。普段は淡白な彼だが、その強さと有能さ、そして性格からくる実直な行動は、部隊の皆から認められているのだ。

 

特に董卓軍時代から張遼隊として付き従ってきた者は桂枝がどのような人物なのかをよく知っている。

 

ーーーーなればこそだ。普段より世話になっている人へと捧げるとなれば、・・・それがその人物がボロボロにされた復讐ともなれば、士気が上がらぬはずもない。

 

夏候淵

「夏候淵隊も張遼隊と同様だ!劉備軍の兵士を一人たりとて討ち漏らしてならんっ!」

 

兵士

「「「はっっっっっ!!!!」」」

 

兵たちの統制がきっちりまとまった。それを夏侯惇は感じとる。

 

夏侯惇

「よし、行くぞ!総員、突撃ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

そしてその機を逃さない夏侯惇が号令。今、この瞬間より・・・

 

 

兵士

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」」」

 

 

 

 

劉備軍の命運は・・・決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~一刀side~

 

一刀

「あっ!あれ!」

 

桂枝の元へと向かっていた俺達に向かってくる馬2つ。

 

その小さな身なりから季衣と流琉だということがすぐに解った。

 

そして・・・流琉の馬の背にのってぐったりしている桂枝の姿も。

 

桂花

「・・・っ!桂枝っ!!!」

 

その姿を確認した桂花が猛烈な勢いで流琉の元へと駆け寄っていった。

 

桂花

「桂枝っ!ちょっと!返事をしなさい!桂枝っ!」

 

流琉

「桂花さん落ち着いてください!桂枝兄様は気絶しているだけです!」

 

桂花

「本当!?」

 

季衣

「うんっ!馬に乗るまでは霞ちゃんと会話できてたし・・・大丈夫だと思う。」

 

桂花

「・・・全く、心配かけ過ぎなのよ。少しはこちらの身にもなりなさい」

 

二人の話を聞き、桂花も落ち着きを取り戻す。

 

そこに華琳と俺、風が桂枝たちの元へと近づいて行った

 

華琳

「季衣、流琉。ご苦労様。よく戻ってきてくてたわ。」

 

流琉

「はいっ!華琳さまっ!ですが桂枝兄様が・・・」

 

華琳

「そうね、よく戦ってくれたわ。・・・一刀、とりあえず桂枝の鎧を外してあげなさい。」

 

一刀

「え?あっ。そうだよな。わかった」

 

確かに気絶しているというのに鎧をきたままでは苦しいだけだろう。俺は桂枝を一度馬からゆっくりとおろし、無数のヒビがはいり、欠けているところも多い鎧を外してやった。

 

そこで俺は見てしまう。鎧にない関節部分を中心としてじんわりとインナーに広がる赤い染み。桂枝がその身に敵の刃を浴びた証となるものだった。

 

桂花

「出血がひどい・・・」

 

桂花は桂枝の服をめくり傷口を確かめようとする。

 

「待ってください桂花ちゃん。こんな砂塵のまうところで傷口を晒したら傷口がよごれちゃいます」

 

桂花

「あ・・・そ、そうね。つい・・・」

 

しかしそれは風の冷静な一言で止められた。

 

それならばと桂花は手当のためにともってきていた包帯を服越しにまいてやる。

 

その包帯もすぐに赤く染まってしまったが最低限傷口を空気に晒す事は防げてはいるだろう。

 

包帯を巻く間も・・・巻き終わった今も桂花はずっと桂枝を心配するような目で見ていた。

 

華琳

「季衣、流琉。あなた達はこのまま桂枝を城の医務室まで連れて行ってちょうだい」

 

季衣・流琉

「「はいっ!!」」

 

その返事をききながら、俺はまた桂枝を馬の背へとのせてやった。

 

華琳

「そして桂花。あなたも城について行き桂枝の手当てを手伝ってやりなさい。」

 

桂花

「華琳さまっ!?私はあなたと共にあいつらを・・・」

 

華琳

「桂枝が他人に触れられるのを嫌う性格なの・・・わかっているでしょう?」

 

桂花

「そ・・・それはそうですが・・・」

 

明らかに桂花の目が泳ぐ。本当は行ってやりたくて仕方ないんだろう。

 

華琳

「それに・・・言葉一つで動揺するようなあなたに、このまま兵を指揮されては堪ったものではないわ。だから・・・命令よ。城に戻り桂枝の看病をしなさい」

 

辛辣な口調で下がれと伝えているが・・・これが華琳なりの気づかいだということを桂花もわかっていた。

 

桂花

「・・・御意」

 

数秒後、桂花は頭を深々とさげ、二人の元へと向かって行こうとする前に・・・風の方へと向く。

 

桂花

「・・・風」

 

先ほどまでの心配そうな声とはまた違った、沈んだ暗い声で風に呼びかける。

 

「はいー。・・・お任せあれですよ桂花ちゃん。」

 

それだけで・・・彼女は桂花の言いたいことを全て察したようだった。

 

桂花

「・・・口惜しいけど、任せたわよ。」

 

そう言って踵を返し、今度こそ季衣、流琉とともに桂花は城へと戻っていった。

 

 

「お兄さんも桂枝さんのところへ行ってあげてください。あの三人では桂枝さんを運ぶ時に引きずる形になっちゃいますから」

 

三人が完全にはなれる前に風はポツリとこちらに声をかけた。

 

一刀

「あっ・・・そうだな。わかった。行ってくる。・・・風はどうするんだ?」

 

風も桂枝に対して好意を持っているのは知っている。桂花と同様心配ならば一緒に戻るか?という提案だったのだが・・・

 

「大丈夫ですよお兄さん。桂花ちゃんが行ってくれた以上、風は軍師としてやるべきことをやるだけなのです。」

 

どうやら余計なお世話だったようだ。

 

一刀

「そっか。じゃあ・・・俺も行くわ。あとよろしくな。」

 

「はいはいー。ぜーんぶ風におまかせなのですよー。さっき桂花ちゃんにもおまかせあれとも言っちゃいましたからねー。・・・ところで華琳さま、一つよろしいでしょうか?」

 

軽い口調でおまかせあれと言った次の言葉には、なんだか凄く強い意志を感じた。

 

華琳

「何かしら?風。時間があるわけではないから手短にね。」

 

「はい、その追撃なのですが・・・風が指揮をとってもよろしいでしょうか?」

 

華琳は僅かに目を見開く。そしてその瞳を見詰めること数秒。

 

華琳

「・・・いいわ風。アナタに任せましょう。劉備軍に私達の怒りをぶつけなさい。」

 

そう許可を出したのだった。

 

「ありがとうございます。」

 

ペコリとお辞儀をして前を向く風。その立ち振舞にはいつものぼーっとした印象はカケラも感じなかった。

 

一刀

「珍しいな。風が自分から指揮をしようするなん・・・て・・・」

 

 

そして俺は隣にいた風を声をかけようとして、きづく。桂枝の姿を見ていた時には心配の色をたたえていた風の瞳は・・・

 

 

「さて、許可もいただきましたし、さっき星ちゃんもいたと思いますが・・・そんなの今は関係ないですね。

 

 

 

 

ーーーー悪いんですけど。蜀のみなさんには生きてこの地を出ることを諦めてもらいましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

今までになく深く、冷たい光を放っていた・・・

 

 

 

 

 

その後の曹操軍の追撃は凄まじいの一言だった。全員が全員、まるで将たちの怒りが伝播していったかような強烈な攻めの姿勢を全く衰えさせずに劉備軍へと突っ込んでいく。

 

特に張遼隊の動きは眼を見張るものがあり、隊長である霞を始めとして、慕っている副将がやられたというその怒りは、俺には到底計り知れない。

 

まさにその部隊の真骨頂である神速を存分に使用した追撃。逃げ遅れた劉備軍の兵士は一人残らずその餌食となっていく。

 

更には普段、戦場では控えめな風がおもてだって行う冷酷で・・・完璧な采配。

 

途中で迂回、分散する劉備軍に対して的確な伏兵を仕込むことにより劉備軍の被害は更に甚大なものとなった。

 

 

 

 

その結果。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達曹操軍は、惜しくも大将首を討ち取ることはかなわずじまいであったが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー当初3万人いた劉備軍のうち、2万5千以上を討ち取るという大勝利をおさめることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~一刀 side out~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~成都にて~

 

 

賈駆

「・・・終わり、ね」

 

劉備軍に混ざっている元董卓軍兵士からの報告を受けた賈駆は静かにため息を付いた。

 

もとよりこの作戦は、虎達の居ぬ間に虎穴に入り虎の子を取ってしまおうといったかなり危険な橋を渡る類の作戦だった。

 

この例えでいうのならば賈駆が行った提案は「もし虎の子が取れずとも、一部の虎の宝物があればとってきてしまおう」という提案。

 

こちらはハッキリといってしまえば宝物が存在すれば虎の子を得るよる遥かに容易な形で手に入れることができたはずなのだ。しかし・・・結果的に宝物を傷つけられた虎は怒り狂い、さらなる大損害へと発展してしまった。

 

自分の提案で多くの兵が死んだという罪悪感もある。しかしそれ以上の感情・・・

 

ーーーー諦念が、彼女の中を渦巻いていた。

 

彼女の思い描くとおりに行くのならば、これから先遠くない未来に、この軍は曹操軍の襲撃を受けるだろう。そして・・・負けるだろう。

 

この敗北で劉備も少しは変わるかもしれない。でも・・・大切な仲間、引いては有力な武将が誰一人かけていない状態では彼女は大きく揺さぶられない。

 

きっと彼女はいつもどおりに、兵の血から目を逸らしていくのだろう。おそらく、逃げ場がなくならない限り。

 

新しく入ってきた・・・いや、荀攸捕獲のために早急に勧誘をしたというべきか。紫苑ならばゆっくりとならば劉備を変えることができるかもしれない。しかし・・・遅すぎる。

 

ここは戦場になる。それが賈駆の読みだった。

 

正直な話、彼女にとってはどこが勝とうが負けようが関係がない。彼女の親友、月こと董卓が王でないのならばあとは彼女が平和に過ごせればそれでいいのだ。

 

だが・・・ここではそれもかなわない。

 

ここは間違いなく曹操と劉備との決着の場になるだろう。進軍してくる曹操を迎え撃つ形で。そして・・・負けるだろう。

 

そんな危険な場になる可能性がある場所に董卓を置いておくことは、彼女にとっては許せないことだった。だから・・・彼女はある決心をする。

 

場合によっては自分は命を落とすかもしれないし、二度と董卓と会えないかもしれない。でも・・・それでも董卓が安全に過ごせるのならばそれでもいいと彼女は思っている。

 

彼女にとってもっとも優先すべきは彼女の安全なのだから。

 

董卓

「詠ちゃん・・・いる?」

 

不意に扉の開く音。ソレとともに彼女にとって最も大切な存在が現れた。

 

賈駆

「月。ごめんね。急に呼んじゃって」

 

董卓

「ううん、いいよ。詠ちゃんの頼みだもん。」

 

と言って彼女は賈駆の対面にある椅子へと座った。そして身を乗り出してこう尋ねる。

 

董卓

「それよりどうしたの?大事が用があるって聞いたのだけど。」

 

そう、彼女が賈駆の部屋に来たのは彼女が呼んだから。彼女の決心を董卓に聞かせるからに他ならなかった。

 

一回、二回と深呼吸をする。そして・・・

 

賈駆

「うん、あのね月。ボク達にとっても大事な話なんだ。いきなりな話になっちゃうんだけど・・・落ち着いて聞いて欲しい。」

 

ーーーー己の思惑をゆっくりと語りはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、劉備たちが帰ってくる頃には・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー二人の侍女と数人の兵士が、成都から姿を消していたという・・・

 

 

あとがき

 

というわけで第三章終了です。次回からは第四章となります。

 

気がついたら閲覧数が全部1500超えているなんていう状況、非常に嬉しい限りです。

 

一番今回の章で書きたかったのは、一刀と桂枝の在り方の違いです。

 

月と太陽と例えましたが彼らの在り方は対照的です。

 

何かをやる時に、その過程や頑張りを大勢の人が見てそれが評価につながるのが一刀で、結果しかださないためあまり表立ちはしないが、その結果を見た人間から大きな評価をもらうのが桂枝。

 

多くの人を笑顔にすることができるのが一刀で、自分の大切な人に笑顔でいてもらう努力をするのが桂枝。

 

そして大切な人がピンチの時、必ず現れて助けに来るのが一刀。既にそこにいて、絶対にピンチ以上の状況にさせないよう頑張るのが桂枝です。

 

 

 

 

少しでも伝わっていればいいなぁと思います。

 

 

 

次の章なのですが、例によって書き溜めが存在しないため不定期更新になります。

 

そろそろ50個目も近いため、IFシナリオの短編でもかけたら書きたいなとも思っていますが・・・それも未定です。気長にお待ちください。

 

 

 

それでは・・・拙い文章ですが、これからも応援よろしくお願いいたします。

 

 

追記:もうすでにお分かりの方が多いと思いますが、ここが蜀ルートへの分岐点となっています。とりあえず魏ルート終わってからの話になりますが・・・やる「かも」しれませんのであまり期待はせずにお待ちください。

 

 

※ここより先ネタバレあり

華琳

「桂枝!あなたには命令違反の罰として2ヶ月間、桂花の補佐役から外れてもらうわ。」

 

桂枝

「・・・はっ」

 

命令違反の罰として・・・か。わかってはいたが・・・2ヶ月。随分と長くとられたものだ。

 

ちらりと姉をみやる。苦い顔をしているが驚いた様子はなく、姉はそれを事前に聞かされていたようだ。

 

まぁ仕方ないだろう。筆頭軍師補佐からただの文官に落とされ2月働く・・・随分軽いものだと判断してもよさそうだ。

 

華琳

「ふふっ。随分とつらそうな顔をしているけど・・・まだ終わっていないわよ?桂枝。

 

 

ーーーー次は私の隊の手助けをし被害を減らし、なおかつ援軍が来るその時までたった一人で持ちこたえたことに対する賞与を与えるのだから。」

 

桂枝

「・・・賞与?」

 

華琳

「ええ、そうよ。桂枝、これはアナタに対する魏王である私からのお礼という事にもなるわ。・・・意味はわかるわね?」

 

王からの礼を断るということは相手に対する無礼にもつながる。すなわち主人は「大度を示せ」とそう言っていると判断した。

 

桂枝

「・・・分かりました。そういうことでしたら。」

 

そこまで言われては断るわけにはいかない。何をもらうことになるのかは分からないが甘んじて受けるしかないだろう。

 

この時私は下をむいたままだったためわからなかったが、後に聞くところによると主人はとても楽しそうな表情をしていたという。

 

そして・・・そのとても楽しそうな表情をした主人は高らかにこう宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華琳

「荀公達っ!これより二ヶ月間。あなたにはこの曹孟徳の補佐を命じる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桂枝

「はっ!謹んでお受けし・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・はいっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が来ても同じ返事だろうと用意していた言葉を発していた私の思考は、その宣言を聞いて1秒で固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乱世を歩む武人第四章。 ゆっくりと執筆中

 

 

 

 


 
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